あいのコラム
大陸横断
駄目駄目インターネット(中国)
ノース・フェイク(中国〜ネパール)
モンゴルの思い出
中国のインターネットは、ほんとに駄目だ。インターネットカフェはたくさん、それこそ腐るほどある。だからインターネットでは不自由しないかというと、私達は結構苦労しているのである。
まず何と言っても、超人気サイト「たる&あいの世界一周」ホームページへのアクセスが拒否される!最初はホームページを置いているサーバーが不調なのかと思っていたのだが、どこでやってもダメ。なんでなの・・・と思っていると、知り合った日本人が「いくつかのサイトはアクセスできないようにしているみたいですよ」と教えてくれた。どうやら中国政府は私達をねたんで、そんなひどいしうちをしているらしい、というのは冗談だが、私達がホームページを置かせてもらっている「ジオシティーズ・ジャパン」は本当に、中国全土でアクセスできないようになっているようだ。他にもいくつかあるらしい。ただし時間帯によっては、たまにアクセスできることもあるそうだが。
まだある。フロッピー使用禁止というか、フロッピーデッキの付いていないマシンがほとんどなのだ。ウイルス防止のためらしいのだが、世界中のインターネットカフェに行ったが、こんなにフロッピーを使えない国はなかった。インターネットカフェでは、メールをフロッピーに落として、自分のパソコンでゆっくり読んだりするのが楽しみなのに、そういうのができない。それにホームページの更新はフロッピーからやっているので更新もできない。バックパッカー御用達のユースホステルにあるインターネットではフロッピーデッキ付きのものがあったので、1度は更新できたのだが、そのあとは全然だめ。更新を楽しみにしている読者のみなさんには申し訳ないのだが、これも中国政府の妨害工作かもしれないので、中国を出るまで諦めてください。
(2003/10/30)
(追記)中国政府のインターネット規制のターゲットは「アダルト系」と「個人取引(オークションを含む)」なのだそうです。中国ではYahooにアクセスできないのですが、これはYahooでオークションをやっているからのようです。GeocitiesはYahooの一部です。
(追記2)中国に留学中の友人に聞いた裏技。URLのwwwの後ろに「02」を入れるだけで見れるようになるそうです。試してみたらいけました!これ発見した人ってすごい。
中国人は実に「ノース・フェイス」が好きだ。「ノース・フェイス」はアウトドア用品のブランドで、すごく高い。ゴアテックスのジャケットは軽く3万円はこえるはずだ。ところが中国ではおっちゃん、おばちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、リキシャのおっちゃんまで「ノース・フェース」だらけ。当然ながら本物ではなく、お得意のコピー商品だ。だから「ノース・フェイク」なんて呼んでいる。実はダンナのフリースは日本で買った本物ノース・フェイスなのだが、中国で着ていると偽物に見えてしまって全然価値なし。高かったのにね。
ま、それはおいといて気になるお値段は本物の10分の1ぐらいか。私達もチベットはラサでノース・フェイクの仲間入り。これからの寒さを考えてダウンジャケットが欲しかったのでノース・フェイクのダウンジャケットを一着190元(2700円ぐらい)で買った。生地からして結構本物っぽくよくできていて大満足。ただ、くずの羽毛を詰めているのか、細かい羽毛がやたらと出てきてすぐに中味が無くなりそうなのは仕方ないか。ゴアテックスのジャケットはフリースのインナー付きで150元(2100円ぐらい)で売っていた。もちろん偽ゴアだと思うが、これも細かいところまでコピーしていてよくできている。なにより「ゴアテックス」と本物(?)のタグまで堂々とついているのには笑ってしまう。
この「ノース・フェイク」は北京の秀水市場をはじめ、チベットのラサ、ネパールのカトマンズやポカラでたくさん売られている。もちろん有名どころの他のメーカーのフェイクものもある。スポーツサンダルのメーカーで「Teva(テバ)」という私のお気に入りのブランドがあるのだが、これって結構マイナーだと思っていたのが、なんとフェイク・テバをカトマンズで発見。箱まで本物そっくりで一瞬ふらふらと買いそうになってしまった。グッチとかシャネルとかは全然興味ないけど、アウトドア用品は別。ブランド好きの気持ちがちょっと分かった。ついでに言えば、中国を旅行している欧米人も日本人も「ノース・フェイク」が多い。みんなブランド好きなのね。
(2003/11/9)
モンゴルは以前から行きたい国だった。島根に住む伯父・伯母がモンゴルを気に入ってしまい、日本とモンゴルの友好の活動をしたり、モンゴル人留学生のホームステイを受け入れたりしていた。女の子のいない伯父夫婦には、私と妹は娘のように可愛がってもらった思い出がある。伯父は数年前に亡くなってしまい、伯父の遺骨の一部をモンゴルの川に流した、という話も聞いていて、この旅でモンゴルに行くことがあったら是非そこを訪れたいと思っていたのだ。
シベリア鉄道でヨーロッパからアジアに戻るという計画が具体化したとき、モンゴルにも行けると胸が躍った。
モンゴルの大草原を馬で駆けるのを想像して行ったのだが、私達の行ったのは10月に入ったばかりというのに最低気温は−10℃〜ー15℃、最高気温は滞在中にグングン下がっていき、10℃ぐらいはあったのが、日中でもマイナスの日々が続くようになってしまった。だから、大草原は茶色い枯れ野原だし、遊牧民は移動してしまって、馬も借りれなかった。モンゴルは夏にいくべし。
伯母に連絡すると、以前ホームステイしていたバイラーさんという数学の先生を紹介してくれて、彼にあちこち案内してもらうことになった。まずは何を置いても、伯父のお墓参り。お墓参りといっても、お墓ではなく散骨した場所に行くだけなのだが。
「明日行く」と伯母に電話をかけると、なんと「明日は伯父さんの命日だから、私も島根の山に登ってお参りしてくるわ」との返事だった。薄情なことに、10月の始め頃だったというのは覚えていたのだが、私は伯父の命日を忘れていた。そして偶然、この日にしよう、と決めた日が伯父の命日だったのだ。伯母の返事を聞いて鳥肌がたってしまった。これは偶然に見えるけど、きっと偶然ではないのだなと思った。きっと伯父さんが呼んでくれたに違いない。
翌日は快晴。バイラーさんの生徒(16歳)の運転する車に乗り、バイラーさんと私達の4人でその場所に向かった。ウランバートルから少し離れた、雑木林を縫うように川が流れている美しい所だった。雑木林は紅葉が終わりかけだったが、日にきらきらと輝いていた。モンゴル人のピクニックに来る場所で有名なのだそうで、もう少し暖かかったらさぞかしいいだろうなあ、と思った。途中から道無き道を行くのだが、バイラーさんは数年前の場所をしっかり覚えているようで、少年に指図していた。たどり着いた川のほとりで、伯父の大好きだったビールを川に流した。伯父のことが思い出されて、涙が出そうになった。バイラーさんもダンナもビールを黙って流してくれた。川の水は冷たく澄んでいて、せせらぎだけが聞こえる静かな時間だった。
後で伯母からメールをもらい、伯母も「山で伯父さんの好きなビールを供えてきました」と書いてあったのを読んで、日本とモンゴルで、同じ日に同じことをしてたんだなあ。きっと伯父さんも喜んでくれたよね。
![]() 空気が澄んでいて、川がきらきら光る場所 |
(2004/2/20)