あいのコラム
東アジア〜帰国
中国のトイレは「すごい」という話はよく聞いていた。仕切りが無いとか、広い場所に穴が開いているだけ、とかいうような話だったような気がする。それじゃあ、前の人のお尻をみながら用を足すんだろうか、そんなのいやだなあ、と思っていた。
そして初めての中国で公衆トイレに入った時、いきなりその現実に対面してしまった。都会のしかもど真ん中(まあ、辺境のカシュガルなんだけれども)なので、近代的なトイレだと勝手に思っていたのだが、入ってみてびっくり。
タイル張りの50cmぐらいの深さの長い溝が1本あり、前後の仕切りは腰ぐらいの高さ、ドアはあるはずもなく、横からは丸見えである。前の人がパンツを下ろしているのもしっかり見える。でも男女別れているし、しゃがんだら前後からは見えないので思ったよりも恥しくない。そして、溝の中には人の落し物が見えるけれども、定期的に水を流しているのだった。なんだ、たいしたことない、と思ったのは、まだまだ序の口だったのであった。
中国の都会は、本当に都会である。大きなビルがばんばん立ち並び、片側3車線なんて広い道路が碁盤目に走り、人々の服装もパリッとしている。町は人口の多さを反映してとてつもなく大きい。首都である北京のトイレは、近代ビルの中は日本のものと同じレベルであった。ちゃんとドアがあり、水洗、しかも無料(公共トイレは有料が多い)。
北京の中の、 再開発で取り残されたような、古きよき中国の町に入ってみた。平屋の小さな家が細い路地の両側にぎっしりと立ち並んでいる。小さな門は半開きで中をのぞきこんでみると、もう使えないようなガラクタが家の横に積み重なり、洗濯物がはためいている。なぜか公共トイレが多すぎるぐらいある。どうやら家にはトイレが無く、みんな公共トイレを利用しているらしい。これは伝統的なトイレを見るチャンス、と思いトイレに入ってみた。入口は男女別になっているのだが、それぞれに一部屋ずつ、仕切りは一切無く、四角い穴が4〜5個並んでいるのみ。うーむ、どうしようと一瞬躊躇したが、ここは中国だ、中国人のフリをして用を足すことにした。人がいなかったのも幸いした。でもしゃがんでいると、バタバタと足音がして中学生ぐらいの女の子が入ってきて、ばっとパンツを下げ、じゃーと用を足し、あっという間に出て行ってしまった。慣れたもんである。きっと生まれたときから、こういうオープンな環境で育っているから何とも思わないんだろうなあ。
そういえば、中国のユースホステルに泊まった時、そこで働いている20歳ぐらいの中国人の女の子がいつもトイレのドアを半開きにしていた。なぜちゃんと閉めないのか不思議だったのだが、こういうのに慣れていると閉所恐怖症になってしまうのかもしれない。
男の方はどうだった、とだんなに聞くと、大で踏ん張っているおっちゃんと目が合って、なんとも気まずい思いをしたとのこと。 こっちは気まずくても向こうはへっちゃらなんだろうけど。
清潔度は、中国人の衛生観念を反映して、かなり!!汚い。時には足の踏み場もないぐらい汚い。サンダルで中国のトイレに入るべからずである。
これは、宿のトイレでも言えることである。中国のホテルはロビーがとっても立派なものが多い。立派なフロントデスク、壁には世界の時計が並び(たいがい狂っているが)、今日の気温、天気などのボードが掲げてあったりする。これにびびってはいけない。さて、ご案内、と階段を上がったとたんどこのボロビルだろう?というぐらいグレードが落ち、トイレの臭いがプンと鼻をつく。そんなに立派なフロントを作るんなら、先にトイレを掃除しろ、といいたいがどうも無理のようだ。共同トイレからはなるべく離れた部屋をとるのが鉄則である。
さて、中国のトイレは田舎に行けば行くほど退化していく。最後にたどり着くのは「トイレが無い」である。そのへんでしろ、と言われる。建物の陰に行ってみるとトイレットペーパーの華が咲いている。そこがみんなのトイレである。
「トイレ無し」でもチベットを旅行している時は、だだっ広い高原の中、青空の下でのトイレは気持ちよかった。男だったら立ったままできるから、絶景を眺めながらさらに気持ちいいらしい。うらやましい。
いろんな国のトイレを見てきたが、やっぱり中国がNo.1である。
![]() トイレの一例。ここはまあまあきれいだけど、見事にドアがありません。 |
(2004/9/2)
旅の最後の国、韓国ではアカスリに行くと決めていた。
2年10ヶ月の旅の垢をすっかり落として日本に帰ろうと思っていたからだ。
旅をしている間、バスタブにお湯を張る、いわゆるお風呂に入れる機会は非常に少ない。
安宿にバスタブなんてものが付いているはずもなく、ほとんどはシャワーのみ。「バスタブ付き」というのは高嶺の花である。
運良くバスタブ付きの宿に泊まっても、栓が無かったり、溜められるほどお湯が出るのか心配で結局シャワーになってしまうことが多い。
結局、この旅でお風呂に浸かったのは10回以内だろう。
そそくさと洗うシャワーだとなんとなくお風呂のようにきれいになったような気がしないのは日本人だからかなあ。
で、アカスリである。体のあちこちに溜まっている(ような気のする)垢を一気に落としてもらおうというわけである。
ソウルで泊まっていた安宿は日本人が多く、そこに近所の銭湯のチラシが貼ってあった。「アカスリ12000(=1200円)ウォン」とある。前日に行ってきた人の話を聞くと、是非行くべきだ、一皮むけたようになってさっぱりするよ、とのこと。ますますやる気になってさっそく行くことにした。
その銭湯は宿から歩いて3分ほどの小さなビルの中にあった。1階に受付、階段を上がって2階が女性風呂、3階が男性風呂のようである。受付で入場料3000ウォン(=300円)を払い、2階に上がった。入口は暖簾がかかっていて中はロッカー式の脱衣所と大きな鏡があり、隅にはコイン式のドライヤーがあったりと日本の銭湯とそっくり。テレビでワイドショーのようなものをやっているのまでそっくり。まだ午前中なのでお客さんは2〜3人しかいない。これはまるで日本のようだなあ、と思いつつ服を脱ごうとすると、そこに待機していたおばちゃんにいきなり「アカスリ12000ウォン」と日本語(?)でお金を請求された。先払いらしい。日本人もたくさん来るのだろう。
お金を払い、引き戸を開けて風呂場に入ると、そこも日本とそっくり。大きな浴槽が2つあり、その横にはサウナがある。壁に沿ってシャワーと鏡がずらっとならんでいて、隅っこにプラスチックの椅子と洗面器が重ねてある。韓国の町は、歩いていると時々日本にいるように錯覚することがあるが、銭湯ではますますそんな気になってくる。
アカスリする前には、皮膚を柔らかくしておいて垢が出やすくなるようにした方がいいかと思い、体を洗ってからサウナに入ったり浴槽に浸かったりしていた。久し振りの浴槽は気持ちいいことこの上なし。15分ぐらいしたら、アカスリおばちゃん登場。こっちにこいと呼ばれ、風呂場の隅に置いてある病院の処置ベッドのようなベッドに寝かされる。もちろん一糸まとわぬ姿のままである。おばちゃんはというと、固く締まった小太り体型で黒いレースのブラジャーとパンツをはき、そして両手には手袋形のアカスリタオルをつけている。堂々たる仕事着だ。
さて、アカスリ開始。体にお湯をざっぷーんとかけ、ほんの申し訳程度にせっけんをつけてゴシゴシ、ゴシゴシ。力を入れてひたすら擦る。せっけんがちょっとしかないので、けっこう、いやかなり痛い。垢は消しゴムのカスみたいなのが出ているのが見える。驚くほど出ると聞いていたが、思ったより少なかった。この旅でたくさん溜めていたはずなのになあ。ちょっと残念。時々、熱めのお湯をザッパーンとかけられる。仰向けにされたり、俯きにされたりと全身2回ずつゴシゴシやられて20分ぐらいで終了。そうそう、最後に顔をゴシゴシ。顔をアカスリタオルでこするなんて乱暴な事やめてえ〜と思いつつ、されるがまま。韓国人の友達が、エステは行くけどアカスリは行ったことない、と言っていた意味がちょっとわかった。これはお肌にいいのか、悪いのか。どちらかというと悪いような気がする・・・。
でも、2年10ヶ月分の垢を落として、ほんとうに体が軽くなったような気がした。気持ち良かった。
(2004/9/4)
旅の途中、あるいは旅が終わってからでも「なにか危ない目に遭ったり盗まれたりしたことはありますか?」という質問はよく受ける。
これだけ長い旅をしていて、危ないところ(アフリカとか南米とか)にも行っているんだから当然あるだろうと思うのかもしれない。
残念ながら、ほとんどないんです。
ほとんどというからには「ちょっと」はある。
盗まれたことは1度だけ。グルジアという、実は私も行くまで知らなかった国の地下鉄で、デジカメをすられてしまった。
ダンナがウエストポーチにデジカメを入れていたのだが、車内が混んでいて隣に立っていた男にやられたのだ。
その男は新聞を読んでいたのだが、やけにくっついていて新聞がダンナの肩に乗るぐらいまで接近していた。へんだなあ、とは思っていたのだがまさかスリだとは。それ以来、デジカメは必ず紐でカバンにくくりつけるようにしたので大丈夫だった。
スリ未遂は2度。どちらともか弱い女性、つまり私をねらったもの。場所はブラジルとモロッコ。そしてどちらも手口は同じで、混んだバスの中で前後を2〜3人の男に挟まれて前の奴が立ち止まり私を通せんぼする形になり、後ろまたは横に何気なく張り付いていた奴らがポケットに手をつっこんでくるというもの。
そういえばダンナも一度ヨーロッパのどこかでやられていたっけ(バルト三国のどこか)。バスのトランクに荷物を入れようとしているときに、後ろの男に財布を狙われたのだが、財布とズボンを紐で結んでいたので盗られず、気が付いたら財布がぶら下っていたのだ。
それから、両替サギが1回。ガーナからトーゴに入った国境でやられてしまった。後で数えたら日本円にして約4000円足りなかった。何度も数えたはずなのに、本当にマジックだった。あまりにもレートの良い両替は注意しないといけない。その後も、何度か両替サギ師には遭ったがあまりにも下手くそだったのでバレバレ。
南米で悪名高い首締め強盗にも遭わなかったし、ホテルで盗まれることもなかった。飛行機でロストバゲージは一度あったが、3日後に帰ってきたのでよしとしよう。
話のネタには困るけど(みんな結構盗まれていて、そういう話は盛り上がる!)、トラブルが無い(いや、ほとんど無い、ですね)というのは自慢してもいいんじゃないのかな、と思う。まあ、これもひとえにダンナの慎重な性格のお蔭ともいえる。私一人だったら、南米辺りで全部荷物盗まれてとっくに帰国してたんじゃないかと思うよ。
私達の安全対策はこんな感じである。
ホテルからの外出時、移動時には大きいザックには鍵をかける。サブザックも同じ。
ホテルに荷物を置いて外出する時は、大事な荷物はザックの中に入れ、ザックをベッドなどの家具にチェーンで固定して鍵をかける(アジアはやらなかったけど、アフリカや南米はやっていた。特にアフリカは泥棒宿が多いのです)。
でも、実はザックに鍵をかけても簡単に開いてしまうのです。その気になれば。
それにザックは布製だからカッターとかで切られればお終いだし。
それでもやっていたのは「泥棒への心理的圧力」のため。ダンナいわく「荷物が散らかっていたら、ベッドメーキングなどの時に、最初は盗る気がなくても目の前にあったらつい盗ってしまうということもある。きちんとしまっておけば、こいつら隙が無いなと思い、盗むのをやめるかもしれないやろ」。確かに一理ある。
下車する乗客がバスのトランクを開ける時も必ずチェック。これは、夜中だと本当にメンドクサイが仕方ない。
南米やアフリカでは、数分ごとに後ろをチェック。怪しい奴がつけてきていないか。
こんなことばかりしていると、まわりの人がみんな泥棒に見えてきてしまう。これじゃいけない、と思っても盗まれた時のくやしさを思うと(たとえ未遂でも目をつけられたということは油断しているように見えるってことで、くやしい)だんだん目付きが悪くなる。盗まれる時は本当に一瞬の内にやられるし。
親切にしてくれる人がいても、この人は本当にいい人だろうか、それともカモを探しているのか、と疑ってしまう。でも、自分を守るのは自分しかいないから仕方ないことだとも思う。
旅に出ると性格悪くなります、目付きも悪くなります。本当です。
日本に帰ってきて母に「なんでそんなに眉間に皺をよせてるの。行く前はそんな恐い顔じゃなかったのに」と言われてショックを受けた。
ぽけーと平和な顔をしていると隙があると見られる、男に笑顔を見せるとイスラム圏では大きな誤解を生む(体を許してると思われても仕方ない)なんて日々が長かったので、そういう表情になってしまっていたらしい。習慣とは恐ろしい。
帰国して1ヶ月、日本の生活にも慣れてきて少しは穏やかな顔になっただろうか。
(2004/9/11)
あんまり役に立たない長期旅行のミニ知識です。
パスポートのページ数の節約方法
出発時にはパスポートはほとんど新品でした(彰宏は新品、愛は1回オーストラリアに行っただけ)。
もちろん増補はしました。彰宏はお得なミャンマーで。なぜなら、ミャンマーは公定レートと闇レートの格差が激しくて、
普通なら1500円ぐらい掛かるところを100円ぐらいで増補ができるのです。でも増補は1回のみ。頁が足りなくなったら新しいパスポートを作らなければなりません。高いし、面倒です。
で、本題ですが、ギリギリ足りました。48頁+40頁(増補分)のうち、最後の1頁だけ残りました。あとはぎっしりスタンプが押されています。
スタンプが押される時、適当な国だと適当な頁を開いて適当にポーンと押されることがあります。そういうことを防ぐために私達は、パスポートカバーをつけて、余っている頁は1枚分だけ出してあとはカバーの中に隠していました。こうすると、スタンプを押す人も「もう残りがないねえ」などといいながら、小さなスペースを見つけて押してくれます。あるいは、「ここに押してください」とこちらから言う事も多かったです。時々変な基準を持っている人がいて、ビザの隣の頁じゃないとイヤ、とか見開き右側じゃないとイヤとか言われて揉める事もありましたが、たいていは気持ち良く押してくれました。実は最初の方にある追記の頁までスタンプを押してあります。アフリカとかだと小さい事を気にしないので、ここに押してと言うと何も考えずに押してくれます。
こうした努力が実って、 なんとか旅行中にパスポートを更新することなく済ませることができました。
でも10年パスポートなので、まだ5年以上期間が残っているにもかかわらず、残り1ページのみ。5年にしとけばよかったかなあ、と少し後悔しています。
化粧品
私はもともと化粧はあまりしない方だったのですが、洗顔料・化粧水・乳液ぐらいは普通の女性並みに使っていました。仕事の時はファンデーションと口紅ぐらいは塗っていましたし、日焼けにも一応は気をつけていました。
しかし、長期旅行というと化粧品を2年分持っていく訳にもいきません。とりあえず少し持っていって、切れたら現地調達しようかとも思いましたが、外国製の化粧品は肌に合わないかもしれないし。思い切って基礎化粧品は全部カットすることにしました。だって、ダンナの顔を見ていると何にもお手入れしていないのにつるつるしてる。まあ、彼は肌がもともと強いみたいですが。
本当は基礎化粧品などいらないのではないか(化粧品会社の洗脳?)、それに荷物も軽くなるし、シンプルライフにしてみよう、と思ったから。だから旅行中、顔は普通の石鹸で洗い、化粧水・乳液は無し。でも私は乾燥肌なので、乾燥して寒い所だとバリバリになってしまいます。そう言うときは、ハンドクリームを少しの水で溶いて乳液のようにして塗っていました。これでOK。
口紅やらアイシャドーやらは1つずつ持っていたのですが、はっきり言って必要なかったです。口紅などは途中で捨ててしまいました。
こんなに手抜きをしていても、旅行中はトラブル知らずだったのに、 東京に住んでいるうちに肌にぶつぶつができてきました。
東京ってよっぽど水と空気が悪いんじゃないかと思ってしまいます。
日焼け止めは日本の物を3〜4本持っていって毎日塗っていました。「旅行中はすごく焼けるよ〜日焼けは恐いよ〜」とバックパッカーの友達にさんざん脅かされていたのでこれだけは死守。しかし、毎日塗っていた私と、何も塗っていなかったダンナと色が同じってどういうこと??
まあ、塗っていなかったらもっとひどいことになっていたかもしれない、ということにしておこうか。
コンタクトレンズと眼鏡
私もダンナも目が悪いので、眼鏡とコンタクトレンズは必要でした。
ダンナは普段は眼鏡をかけて、泳ぐ時だけワンデイのコンタクトレンズをつけていました。眼鏡は旅行に出る直前に新調したのですが、世界中の埃にまみれ、帰る頃には傷だらけで霞んで見えるほどでした。
私は普段はソフトレンズを付け、泳ぐ時だけワンデイにしていました。ソフトレンズは予備を2枚。無くすことはなかったですが、汚れが落ちなくなって1枚捨てただけだったので足りました。保存液は1本でOKのものが使いやすいし、世界中大都市ならば売っているので便利です。1本で何ヶ月も持ちますから。
ブラジルで目の矯正手術をして眼鏡もコンタクトも要らなくなった、という人にも会いました。旅行者の間で結構はやっているらしい。うらやましい〜と思う反面、手術をする勇気が出ないなあ、とも思います。