あいのコラム  オーストラリア・東南アジア


ヒゲをそった

清潔すぎるアジア
ボリボリ インドネシア
インドネシアのトイレ事情
ガイドブックいろいろ
東南アジア最後の国、ミャンマー

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ヒゲをそった

剃ったのはもちろん、私ではなく、ダンナである。
パタゴニア辺りから伸ばし放題だったから2ヶ月半ほど。
日本人宿では、みんなから「それだけ濃いと様になりますね」などと誉められていい気になっていたダンナ。オーストラリア入国時に、その風貌の怪しさから(と私は思っているのだが)、荷物受け取りの辺りで係官から念入りに職務質問をされてしまった。だから言ったのに〜。
次に行くのはシンガポール。これもまた、入国審査が厳しそうな国である。さすがに、このままではまずいと思ったのか、やっと剃る気になってくれた。私はチリに居る時から剃れ、剃れと言っていたのだが。

はさみで短く切ってから、電気カミソリを当てる。すっかりつるつるになった顔を見て思わず笑ってしまった。10歳ぐらい若返ったうえに、坊主頭なのでますます可愛らしく見える。まるでマルコメである。これで片道航空券しか持ってないけど、無事シンガポールに入れるだろうか。


うわー、むさーっ!!

なんだか、さわやかになってる・・。

(2002/04/02)



清潔すぎるアジア

アジアのスタート地点はシンガポールだった。きれいな空港にまず驚く。ゴミを捨てると罰金、つばをはいても罰金などと噂には聞いていたが、街を歩いていてもゴミはほとんど落ちていない。たまたま見つけると、おおーあった、と変なところに人間らしさを感じてしまったりして。東南アジアというとゴミゴミしていて、あんまりきれいじゃなくて、暑くて・・・というイメージがあるがここだけは特別らしい。
さて、シンガポールには建前では、ハエもいない、蚊もいないらしいのである。実際はマンションの13階でも蚊に悩まされたのだが。そのために、色んなところに殺虫剤を振りまいているらしい。「鳥があまりいないでしょ?」と言われて気付いたのだが、そういえば、熱帯地方というのに鳥の姿をあまり見ない。確かに清潔なのはいいことだけど、少し背筋が寒くなった。ここは「明るい北朝鮮」と言われているらしい。住んでみないとわからないが、こんなところにもその一端を窺い知ることができるかもしれない。

(2002/04/10)



ボリボリ、インドネシア

インドネシア人はとても人懐っこい。目が合うとニコッとして「こんにちは(日本語で)」とか「ハロー」とか気軽に挨拶する。その後「タクシー?」とかなんとか言ってくることもまた非常に多いのだが。しかしこの人懐っこさにだまされてはいけない。インドネシア人は、すぐぼってくる。バリは「神々の住む島」、とか「癒しの島」なんてとても素敵なキャッチフレーズで宣伝されているけれども、ここも例外ではない。例えばクッキー。普通3500ルピアで売っているのを、6000ルピアとか言ったりする。ミネラルウオータ1.5リットルが2500ルピアのところを3000ルピアと言ったりする。500ルピアなんてたったの7円なんだけど、それならやめる、というとすぐ下がる。それに、あとでぼられたんだ、と気づいた時、もんのすごく悔しいのだ。それがたった7円でも。

普通、値札はついていないので言ったもの勝ちである。まあ、それでも1ドルもしないし、いいか、と思って買ったら(私は全般的にどんぶり勘定なところがある)、ダンナがものすごく怒った(ダンナは経済学部出身なので経済観念が鋭い、とでもしておこう)。物を買うときは現地の金銭感覚で買わないといけないのだそうである。それはその通りだけど、そこまで怒らなくても・・・と思った。でも前提として、それぞれのものの値段を知らないとぼってるかどうか判断のしようがない。そこで私たちはスーパーがあると入って値段を調べる。スーパーはたいてい値札がついているからだ。市場調査をすると、実はこんなに安かったの?とか、妥当な値段だったんだな、とかいう発見があるのだ。

南米では、そんなにぼってこなかったので、結構安心して買い物ができたのに、インドネシアでは買い物はバトルだ。日本でも値切った経験がほとんどないので私は現在修行中の身である。私はサロンという腰に巻く布が欲しくて買いに行った。市場のおばちゃんにつかまって、最初の向こうの言い値は7万ルピアだった。「高い」と言うと、「いくらなら買う」と、さっと電卓を出してくる。「うーん、4万ぐらいかな」 と遠慮がちに電卓をたたく。この時点で既に負けていると後で思い返すとわかるのだが、その時は結構値切ったかな、と思っている。そうすると向こうは「それは無理だよ、5万でどう」と来る。「そんならいらない」 と立ち去りかける(立ち去ろうとするのがポイント)と「4万5千」、「4万」とグングン下がってくる。「もう一声、3万5千」。これで商談成立。おばちゃんは「ガルンガン(お祭り)だからオマケよ、他の人には言わないでね」なんて言ってる。半額まで値切ったので私も満足。

それなのに翌日、ダンナがまた別の店で同じサロンを2枚で3万で買ったときには、あっけにとられた。最初、高い値段を吹っかけてきたので、問題外と思った私たちは店を出ようとした。そうしたら私たちを離すまいと掴みかからんばかりにおじさんがとおせんぼしてきて、興奮しておもわず言ってしまったようだ。いやー、ほんとにバトルです。安くて買えたんだけど、私は複雑。もっと修行しなければ。

だからといって、インドネシアが嫌いになったかといえば全然そんなことはない。むしろ結構好き。ボルのはきっと常識なんだ、挨拶代わりなんだと無理やり納得させると、買い物の時以外の人懐っこさが際立ってくる。特に民宿の家族は旅行者としては一番身近な人たち。ほんと、いい笑顔の人が多かったなあ。特にバリ。しつこい物売りもたまにはいたけど、それはどこも一緒だから。

(2002/04/23)



 インドネシアのトイレ事情

インドネシア人はとても清潔好きだ。一日2回「マンディ」という水浴びをする習慣があるのも一因かもしれない。

そして、トイレ。洋式便所一辺倒だった南米から、しゃがむ形式になった便器を見て、あーアジアだなあと思った。便器が直接お尻にくっつかないのでなんとなく安心感がある。そして、インドネシア人はお尻を水で洗う(東南アジア全部かもしれないけど)。トイレの横に蛇口と水槽(またはバケツ)とひしゃくがある。用が済んだらひしゃくで水をすくってお尻を洗い、手を洗い、出したものを流す。時々「マンディ」もしているようだ。だからインドネシアのトイレはいつも水浸しである。でもぜんぜん汚くない。

実は私たちはこの旅行の初期からこういう形式のトイレを採用していた。「うんこボトル」という少々美しくないネーミングだが、用が済んだあとこのペットボトルに水を汲んでお尻を洗うのだ。メキシコで「日本百名山夫婦」に教えてもらった。最初、ダンナがそりゃいい、ということで飛びついた。私はどうしてもその気にならず、「騙されたと思って一度やってごらんよ」という言葉に、騙されたと思ってやってみた。そうしたらやめられなくなった。この方法は体にもいいし(紙だとお尻によくないことあるし)、とても環境にやさしい。パタゴニアトレッキングの時は、物陰に残されたトイレットペーパーを見ては、みんなこの方法にしたらいいのに・・・と思ったりした(トイレットペーパーは自然界では分解されない)。

南米では少々異端なこの方法だが、本家東南アジアに来ると、みんなそうしている。トイレ後ちょっとお尻が冷たいけど、ここは熱帯。すぐに乾く。それにしても、インドネシアのトイレって、どっちを向いてしゃがんだらいいのか未だにわからない。


インドネシアの典型的なトイレ。

(2002/04/25)



 ガイドブックいろいろ

ガイドブックというのは旅の羅針盤。頼りすぎてもいけないし(時々間違ってるし)、かといって無いと心もとない。初めて行く国、街をまず理解するのには欠かせない。私たちがこれまで使ったのは、日本の大御所「地球の歩き方(以下、歩き方)」、西洋人のバイブル「Lonly Planet(以下、ロンプラ)」、日本の正統バックパッカー路線(?)「旅行人」の3種類である。それぞれに特徴があって結構おもしろい。

ロンプラはバックパッカー発祥の地かどうか知らないがオーストラリアの会社が発行している。英語だからアメリカかと思っていたらそうではないのである。西洋人のバックパッカーは必ずと言っていいほどロンプラを持っている。どうやらスペイン語版、フランス語版も存在するようだ(ヘブライ語もあるらしい)。バックパッカーというとなんとなくアメリカ人のような気がしていたのだが、アメリカ人は実は少ない。ほとんどはヨーロッパ系である。ドイツ、オランダ、イギリス、オーストラリア(ヨーロッパじゃないけど)、そしてイスラエル人なんてところが非常に多い。その彼らのほぼ100%がロンプラを持って旅行している。ロンプラに載ったらそれは一つの権威である。ある旅行会社のドアに「ロンリープラネットお勧め」と誇らしげに書いてあった。ホテルも宣伝しなくてもどんどん客が来る。中には営業努力を放棄してしまったようなホテルもあった。良し悪しである。
面白いのが、日本のガイドブックには絶対に載らないだろうという情報もいくつかある。例えば「ゲイの旅行者の方へ」あるいは「レズビアンの旅行者の方へ」なんて項目が各国に必ずある。「この国はゲイにとってはとてもいい国です。」なんて記述もあった。あれはブラジルだったかな。あるいは「女性の一人旅の方へ」「身体障害者の方へ」「お子様を連れた旅行者へ」という項目もあって、これは日本のガイドブックも見習ってもいいかな、と思う。

歩き方はというと、写真が多い(ロンプラにはほとんど写真がない)、コラムが多い、読み物としては結構楽しめる。しかし最近バックパッカー向けからツアー客向けに路線変更したのか(市場の大きさからしたら当然だけど)、高級ホテルは充実してるのだが、安宿情報にまったく力が入っていない。シェラトンとかヒルトンとか私たちに縁のないホテルにやたらページを割いているのに安宿情報は名前と住所、コメントも1行だけなどという扱い。もちろん高級ホテルはロンプラには載っていない。

旅行人はロンプラの日本版といった雰囲気を漂わせている。なかなか情報も詳しくていい。このガイドブックは、国別ではなくて、あるテーマに沿って複数の国をまとめてある。例えば、「シルクロード」は中国から中央アジアの国々(ウズベキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャン・・・・と10カ国)を網羅し、シルクロードが通っている国について必要最小限の情報を載せている。

ところでガイドブックを読んでいると時々とんでもない事を書いてあって、のけぞってしまうことがある。
一番驚いたのが、ロンプラ南米編のコロンビアのところに、「パナマからコロンビアへの道路はありません。でもジャングルの中を歩いて行けば1週間から2週間ぐらいで行くことができるかもしれません。ツアーなどもないので、現地の詳しい人に案内してもらった方がいいでしょう」なんてのを見つけた時。さすが、オーストラリア、国が大きいだけあって書くことが大胆だ。でも、あそこってゲリラが出て命の危険もあるところと聞いていたのにこんなこと書いていいのか、ロンプラ。まあ、西洋人は自己責任の意識がしっかりしているからそれでいいのか。

2つめは歩き方のアルゼンチン編。アコンカグアという南米一高い山についての記述の中に「半ズボン、スニーカーで登ったつわものもいる」とあった時。アコンカグアは6000mを越える山。こんななめたことを書いたら勘違いした旅行者が、軽装で登ってしまうこともあるかもしれない。実際に登った人がどこかの日本人宿の情報ノートに「読者を殺す気か!」と書いていたがその通りだと思う。山はなめちゃいけません。夏のアコンカグアで凍傷になって指を無くした人もいるのです。そういうことも書かないと。それともこれも自己責任か?あんまりよくないよなあ。

日本から知り合いに持ってきてもらったり、送ってもらったりして、現在、旅行人と歩き方を何冊か持っている。最初はロンプラを世界各地で買いながら行こうかとも考えていたが、やっぱり英語はとっつきにくい。いくら平易な言葉で書いてあっても、ぎっしりまるで辞書のように書かれたページを見ると少々怯んでしまう。読むぞ!と気合を入れないとなかなか読む気にならないのである。しかしロンプラは歩き方にはない細かい街まで網羅され、情報も遥かに多いので捨て難い。そこでロンプラと日本語ガイドブックの併用となる。重たいんだけど仕方ないと諦めている。

(2002/5/23)



 東南アジア最後の国、ミャンマー


夜の空港を出て驚いた。道にボタボタと血痕が落ちているのである。そういえば、ミャンマーは軍事政権の国。なにか恐ろしいことが起こったのだろうか、と不安になった。タクシーから見る街中もなんだか暗い。しかし、翌日その正体がわかった。「噛みタバコ」である。生の葉にいろいろ包んだキャラメルぐらいの大きさの噛みタバコを噛んでいる人(男性)をあちこちでみかけた。道端でペッと吐いた跡をみると真っ赤なのである。ついでに言えば、長年噛みタバコを噛んでいる人の歯は赤黒く染まり、ニカッと笑うとかなり無気味だ。

そんな感じで始まったミャンマーの旅。スーチー女史が軟禁されているとか、最近開放されただとか、軍事政権の独裁政治でなんだか恐ろしい国というイメージを抱いていた私は、首都ヤンゴンを歩いてみて、あれ、なんか違うぞ、と思った。人が明るいのである。視線が合うとにこっと穏やかな笑顔を返してくれる。政府は勝手なことをやっているが、庶民の生活はまた別の次元で見たほうがいい。噂ではかなり酷いことをやっているようなのだが(ある金額のお札を今日から廃止する、などということを3回もやったらしい。日本でいえば1万円札は今日から紙切れです、というのと同じ)、明るさと純粋さを失わないミャンマーの人たちのパワーの源は何なのだろうか。あるいは宗教なのかもしれない。私たちのようななんちゃって仏教徒とは違って、パゴダのお参りを見ていてもとても熱心だ。

ミャンマーは鎖国状態にあっただけあってあまり西洋化していない。男女ともにロンジーという巻きスカートのような服を着ていて、ズボンの人はほとんどいないし、タナカという独特の化粧をしていて、おもしろい国に来たなあ、と楽しくなった。
いたるところにパゴダ、お寺が建っていて、エンジ色の衣をつけたお坊さんをよく目にする。ミャンマー男性は一生に一度、最低一週間は出家しなければいけないそうなので、この多さも納得できる。女性は出家の義務はないのだが、男性ほど多くないにしろ尼さんも意外といた。尼さんの衣装はなぜか、朱色のスカートにピンクの衣。出家というイメージとかけ離れていて、なんでこんな色なんだろうと不思議。

ある日、テレビのCMを見ていておもしろいのがあった。粉石けんのコマーシャルなのだが、男性が川で洗濯をしている。ごしごし擦って、棒でたたいている。ミャンマーで普通に見られる光景だ。だたし洗濯をしているのはたいてい女性だが。そして、女性はタライに粉石けんを溶かして、付け置き(洗濯機ではない)。その間に庭いじりをしたりしている。二人で同時に物干しに干していると、女性の方は真っ白、男性の方は黄ばんでいて、「なんでそんなに白いの?」と男性が驚いている、というもの。川で洗濯なんて日本では桃太郎ぐらいの昔話、ここでは現実。川といえば、川で沐浴、川から水汲みと川と生活とは密接に結びついている。死んでしまった日本の川とは大違いなのだ。

それから嬉しかったのが物価の安さ。食事は焼き飯が350チャットだから60円ぐらい、ビール大瓶が500チャットで100円ぐらい。しかも「ミャンマービール」は結構おいしいし、よく冷えている。これから先の国はビールにありつけないかと思うと、私たちは毎晩、1、2本は飲んでいた。
ついでに言えば、ミャンマー料理は油っこくて、何度か油にあたったので私たちはもっぱら中華専門だった。

旅行のしやすさで言えば、長距離バスは日本の中古とはいえ、一応エアコンバスが走っているのでまあまあ。でも古いのでサスペンションはかなりくたびれていてよく揺れる。それにたとえ夜行バスでも、補助席があたってしまうこともあるようなので注意が必要かもしれない。幸い私たちは大丈夫だったが。 中、短距離はミニバスにぎっちり詰められていくことになる。座席の下も荷物、通路には木やプラスチックの椅子が並び、時には屋根の上にも人が乗り、よくこのスペースにこれだけ乗るなあと感心する。でもミャンマー人は慣れたもの、お構い無しにどんどん乗ってくる。

こうやって2週間のミャンマー旅行をふりかえってみると、人が良かったなあ、と思う。絶対私たちの方が金持ちなのに、御飯を奢ってくれたり、ツアー代を値切ったのに、ガイドさんはクッキーの代金を受け取らなかったり。村を歩くと、子供たちが「ハロー」と声をかけてきて、写真を撮ろうとすると恥しそうにポーズをとってくれたり、とほほえましい出会いが多かった。「マネー」を要求するスレた人が少なかったのもよかった。観光客ズレしていない少数民族をたずねる旅などは、ミャンマーがおすすめかもしれない。タイなどはかなりスレているらしいので。ワールドカップを一緒に見ていた時は、みんな日本を応援してくれていて嬉しかった。「同じアジアだから日本や韓国を応援してるんだ」と言っていた。

治安がよくて「微笑みの国」ミャンマーは、また訪れたい国の一つになった。

(2002/6/12)


みんなロンジーをはいている。


タナカを塗った子供。

 

 


 

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