あいのコラム  中米


2001/11/12  ベリーズ

2001/11/16  おしゃれについて

2001/11/20  民族衣装とバスの国グァテマラ
2001/11/29  ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカ・パナマ

 


 

11月12日 ベリーズ

ベリーズという国をみなさんご存知でしたか?
私は今回いくことになるまで全然知らなかった。だんなに聞くと、前回の旅行で夜についてホテルの受付カウンターのところでお金を払おうと財布を出したとたん、物陰に隠れていた強盗に財布をひったくられた(旅のトラブル参照)らしいのですごくイメージが悪いらしい。そっか、ぶっそうで(まあ、夜に限るらしいですけど)黒人が多い国なのかなあと漠然と思っていた。
黒人が多いというのは、国旗をみるとわかるのだが、白人と黒人が向かいあって立っている。白人と黒人が協力して国を作っていこうという願いをこめてあるらしい。 中米諸国は黒人比率は低い国が多いのだが、ここは特別。もう一つおもしろいことにこの国だけ英語が公用語だということ。この理由には歴史的背景があるのだけど、ほんとにここだけ特別な国という印象。

今回はだんなもとっても用心深くて、ベリーズには昼間明るいうちに入るようにスケジューリングしていた。
メキシコの国境の町、チュトマルからバスにのって国境を越える。その日はいい天気で、窓からの景色は自然がいっぱいと言う感じ。かわせみ(たぶん)が電線にとまっていたり、湿原地帯には蓮が咲いていたり、すごくきれい。観光案内のパンフレットを見るとジャガーやバクなどの野生動物の写真がのっているので自然保護に力を入れているらしいし。いつのまにかバスの運ちゃんも英語の歌のカセットをかけていた。
これが、こわい国なのかなあ?と思ううちに、9時過ぎにベリーズシティに着いた。港町なので、見回した感じでは、山陰の大きめの港町という雰囲気。(それでもベリーズシティはこの国の経済の中心地。)でも黒人がやっぱり多かった。違う国にきたんだなあと実感する。

ここから45分ほどボートに乗ってキーカーカというリゾートアイランドに移動する。キューバでカリブの海を堪能しようと思っていたのだが思惑が見事にはずれたので、ペリーズで、というわけ。この島はアメリカではスキューバダイビングの島として有名らしくて、アメリカ人だらけという印象。白い砂、青いというよりエメラルドグリーンの海、メインストリートは舗装もされていない砂地の道、車はない、のんびりした島だった。沖縄の離島ってこんな雰囲気だったなあ。シュノーケリングをやったのだが、さんご礁がとてもきれいだった。ハリケーンにすこしやられたってガイドの人は言っていたけど。宿もコテージを一軒借りれたし、(なんと冷蔵庫つき!ビールが冷やせる!)英語が通じるという安心感もあって思わず2泊してしまった。これでカリブの海に対しては思い残すことはない。

キーカーカから戻ってきてベリーズシティに1泊しようと思っていたのだが、宿を探して町を歩くうちに、町は汚いし、日曜日なので店もしまっているし滞在するのは無駄な気になってきてそのままバスに乗ってグァテマラに行ってしまった。なので、ベリーズは2泊しかしていないのでよくわからないのだが、そんなに怖い国とは思わなかった。しかし、お金は一杯とられた。ビザが25USドル、出国税が10USドルになんだか分からない税が約3.5USドル(2人だと2倍)。まあ、でもキーカーカは楽しかったからよしとしよう。

 


11月16日 おしゃれについて

旅に出てからおしゃれについて、いろいろな発見があった。
まず男性では、靴にすごく気をつかう。メキシコに行って、靴磨き屋さんの多いことにびっくりした。勤務中の警察官も堂々と靴を磨いてもらっている。ここグァテマラでも、小学生ぐらいの少年が靴磨きを一生懸命している光景を何度も見た。(グァテマラでは子供が働いているのは普通に見る)子供が働くというのはまた別の話なので置いておいて。だからこっちの人の靴はいつもピカピカなのである。

女性は、赤ちゃんのころからピアスをつけ、栗色または黒い髪は長く伸ばし、服はからだの線がでるようなぴったりしたものを着て、お化粧は(ただでさえはっきりした顔なのに。。。)まゆげくっきり、まつげばっちり、もう気合入ってます!という感じなのである。女の子は女らしくと教育されているみたいですね。

ところで、ここグァテマラのアンティグアという町では、アジア系の人が結構いる。スペイン語の語学学校がたくさんあるので勉強しに来る人が多いから。日本人を始めとして、韓国人、中国人がいるらしい。したがってここの人はアジア人に慣れていて、見分け方まであるらしい。
その見分け方というのは。。。女性に限るが、韓国人が一番化粧をしている(特にまゆのお手入れ)。中国人と日本人は、見分け難いが、日本人のほうがもっとしてない、というのである。ふーーーむ、そういわれればそうかも、と妙に納得した。たしかにこの辺までやってくる日本人の女の子ってまゆげ描いたり、アイライン引いたりしてる子は皆無といっていい。そんな余裕が無いのか、そういういことを気にしない人ばかりなのか、よく分からないけれど。 そいういう私も、しみが怖いから日焼け止めは塗るけど、ほんとうはそんなもの塗りたくないのである。そういえば、口紅も最近、塗らなくなってしまった。方程式にはまってるなあ。。。


11月20日 民族衣装とバスの国グァテマラ

合計9日間いたグァテマラという国。私には、民族衣装とバスの印象が強い。

まず民族衣装は、この国の西側の山岳地帯に限られているようである。アンティグアとそれより北の村々の人たちは、観光用とかではなくて普通に民族衣装を着ている。ただし、男性が民族衣装を着ていたのはごく一部の村に限られたけど。
その民族衣装というのは、まず頭には布か紐をまきつけ、上着はカラフルな織物または刺繍の施されたもの、スカートは渋い色の1枚の織物を巻きつけて、腰は日本の帯よりは細い紐でしばっている。小さな女の子からおばさんまでみんなその格好をしていてカラフルである。それがまた良く似合う。歩いていても、すれ違う人の服を眺めるのがとても楽しい。民族衣装博物館で何万円という値段がついているような服を何気なく着ているところを見ると、何枚も持っているのかもしれない。あまりにかわいらしいのでつい欲しくなるんだけど、日本じゃ浮いてしまって絶対着れないのよねー、残念だけど。

そして、恐怖のバス。グァテマラのローカルバスはなんとアメリカのスクールバスの払い下げである。(よく映画に出てくる黄色いバス)もちろん子供用に設計されているので、座席は狭い。1つの座席は大人2人が座ればちょうどいいサイズなのだが、グァテマラではバスの中で立っていたら法律違反だそうで、そこに3人の大人が詰め込まれる。みんな半座り状態でぎゅうぎゅう。それでも次から次へと人が乗ってくる。このバスに3時間乗ったときはほんとにおしりが痛くて辛かった。人を乗せるほど収入がよくなるのでバスの車掌さんもどんどん乗せる。そうそう、この車掌さんもグァテマラ独特のパフォーマンスを見せてくれる。荷物を屋根に載せる、下ろす、道端の人たちに声をかける(例えばグァテマラシティ行きなら「グァテ、グァテ、グァテー!」と叫ぶ)、料金を回収する、を一人でやっているので大忙し。走っているバスを追いかけて飛び乗ったり、とび降りたりとにかくすごい体力である。料金など誰から回収したのか良く覚えているなあと感心してしまう。そんな車掌さんたちなのだが、一つの法則を見つけた。やせている人は正直で、太っている人はボルのだ。(太っている人は私腹を肥やしているのだろうか?あまりに分かりやすすぎるけど。)


カラフルなバス



11月29日 ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカ・パナマ

考えてみたら、中米の国々のことなんて全然知らなかったんだった。メキシコとパナマの間にごちゃごちゃとちっちゃい国がいくつかあるけど、なんていう名前の国があって、どこにあって、どんな特徴があって・・・なんてこと考えたことなかった。この旅に出るまでは。一生縁が無いと思っていたのに、そのほとんどの国を旅しようとは、人生何が起こるかわからないものである。(今回はエルサルバドルだけは行ってない)

あんまり見るところも無いと聞いていたので、グァテマラを出発して以来毎日移動を続け、ホンジュラス2日、ニカラグア2日、コスタリカ2日と駆け抜けてきてしまった。確かに、これといった観光の目玉は無いようだった。もっと時間をかければいろんないい所があるのかもしれないけど。でもバスを乗り継いで国境を越えていると、それぞれの国の違いを肌身に感じるものである。

まずホンジュラス。この国は、コパン遺跡。ここはマヤ遺跡の中でも、レリーフなどが特によく残っているというので突出している。今まで見た遺跡は、神殿などの建造物は残っていたが、マヤ文字や石の彫刻などはほとんど残っていなくてのっぺりしていたがここは違った。文字の一つ一つが、彫刻の顔や細かい部分までが残っていて楽しめた。楽しめたというのは変な表現かもしれないけど、神様の彫刻が日本の金剛力士像に似ていたり、顔の彫刻が日本の漫画に出てくる顔に似ていたり(笑える!)。妙に親しみが湧いた。
国境を接しているグァテマラ、エルサルバドル、ニカラグアが内戦で荒れていても、この国は平和を保ち続けたという歴史どおりに、治安も比較的よく、道路も整備されていておちついた国だった。


↑どこかで見たような顔でしょ? (コパン遺跡にて)

次にニカラグア。ダンナが10年前に旅行した時は内戦が終わった直後で戦車の残骸が首都マナグアにごろごろしていた、という国。国境を越えたとたん、道路は舗装してないし、バスはものすごく汚いし、おおっこれはどんな国なんだ・・・と不安に駆られた。内戦の前は社会主義国だったらしいのだが、それを知らなくてもなんだか雰囲気がキューバに似ているなあと思った。物がたくさんあるキューバという感じ。田舎では未だに馬が車と並ぶ輸送手段だし(馬車や馬に乗った人がごろごろいる)、空気が似ている。でも何より忘れられないのが首都マナグア。ここは、1972年の大地震によってかなり被害を受け(中米は活火山が多いのです)、内戦によってさらに壊滅状態になり、何も無いところからまた復興してきた町である。10年前よりかなり建物は増えているとはいえ、首都というにはあまりにも寂しい町だった。人も少ないからのんびりしているのかと思えばとんでもない。他の旅行者にもうわさは聞いていたのだが、日本人が強盗に遭ったという話がごろごろしている。女の子が昼間に一人で歩いていたら、前から歩いて来た若者が鉄パイプを持っていていきなり殴りかかってきた、とか、できれば避けたい町だったんだけど、バスの都合で仕方が無い。ここ何ヶ月かでも日本人が何人も襲われているらしい。日本人がお金を持っていると新聞に載ってしまったから、東洋人が狙い打ちされている、と知ったのは宿が一緒だった日本人の男の子に聞いたから。(たるの日記参照)そんな話を聞いたから、ただでさえ最低の宿(暗いし、天井にくもの巣は張ってるし、汚いし)なのに、不気味さが増していく。しかも、夜中に近くや遠くでホイッスルの音が時々鳴っていて、(なぜ鳴らしているのか知らないけど)よく寝られなかった。翌朝無事にバスに乗って、マナグアを脱出した時は、ほんとにホッとした。内戦を一番最近までやっていた国、と考えると、内戦とはいかに国、経済、そして人々の心を荒廃させるものか、と実感したのだった。戦争はだめです。

コスタリカは、一転して、平和憲法を持ち、軍隊をもたず(日本の自衛隊のようなものはあるらしいが)、自然保護に力を入れていて国立公園がたくさんある国である。ニカラグアを抜けて着いた首都のサンホセはまるで天国のよう。町の中心の歩行者天国のショッピング街は家族連れで賑わい、マクドナルド、ケンタッキーなどのファーストフード店がひしめいている。少し外れるとスラムっぽい町並みになってガラッと雰囲気は変わり気は抜けないが、それでもマナグアのような不気味さはない。道もいいし、人々も明るい。隣同士でもこれほど違うものか、という感じ。今回は国立公園が月曜日は休みなので日程が合わず、どこにも行けなくて残念だった。でも行った人に話しを聞いたら、天気が悪くていまいちだったとのこと。11月までは雨季なので、時期としてはあまりよくないかも。

そして最後にパナマ。入国の時にごちゃごちゃあって(たるの日記参照)いきなり悪印象のパナマであったが、町はきれいだし、他の中米諸国並みに物価は安いし、なかなか良い国のようである。中米諸国の中では一番の先進国と言えるかもしれない。そしてたどり着いた中米の終着点パナマシティでは、日本人の駐在員の家族にお世話になっていて、もう最高。知人の紹介ということで初対面だったのであるが、とてもお世話になってしまって、まるで日本にいるかのような安心感を味わっている。清潔な家、日本食、日本語での会話、かわいい子供達、ホットシャワー(水シャワーがほとんどなので)。だんなさんが働いている間に私達が家でごろごろしているのはホント心苦しいのだが、ここで南米に向けて充電です!


 

 

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