我が家の紋入りの瓦

2009年11月 新潟の家

 最近のゆうき@朝食中

今回は、新潟の家に別れを告げる旅行であった。いよいよ一人暮らしの母が東京に来るのである。
離れて暮らすのは心配なのでそれはいいのだが、思い出多き新潟の家は売却が予定されている。
そこで、新潟の家を簡単に記録してみたい。

新潟の家は少なくとも5代は住んでいる古い家である。
その昔、曾祖父のそのまた曾祖父が菅名村の村長を務めたような有力者で、自分の家の前を県道が通るように図ったのだという。

  食堂と応接間

ここは縁側なのだが、かなり前から応接セットを置いてある。

真中の部屋にはいつからか、故人の写真を置いてある。戦死した祖父、94まで生きた豪傑の祖母、父、曾祖父、祖父の軍服姿である。

その右には神棚がある。右の写真は父の書斎になっていた部屋だ。

  

玄関を前から見るとこんな感じである。門から敷地の中を水路が流れている。

 

 

くっついているので離れではないが、離れのような続きの部屋が裏側にある。庭には実用的な木が植えてある。食べられるものばかりだ(笑)
庭のはじっこにはなぜか庚申塚がある。

 

右は、いまでこそ物置だが、昔は風呂だった。

 

門から玄関への小道の右に土蔵がある。ガラクタばかりだそうだが、漆器などもあった。

 

昔風の漆器が40セット。和紙に包まれていたせいか保存状態も良い。

 

 なぜか正式の契約書や通知文書の類で包んであった。

そしてお墓参りへ。こちらは撤収するつもりはない。

 

 村松公園でひと遊び

最後に玄関の前で家族全員でパチリ。

2010年4月10日 後日譚

後日、法事で新潟へ行った時に、一部修復して頂いた蔵を見せてもらった。前回開かなかった扉も簡単に開けることができる。床が抜けそうになっていたらしいが、きれいに直して頂いていた。