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【沿革】

   
年代 その他
1976年 4月 蒲田のシステムラボラトリで中村が持参したラジコンの雑誌(ラジコン技術)
に筒井,若生が群がる。筒井が飛行機は俺にまかせておけと豪語。
5月 早速,ラジコン飛行機を購入して製作開始。
6月 多摩ニュータウンで筒井,若生,中村で初飛行会。
着陸方法で色々頭を悩ましたが,結局エンジンがかからず離陸不可。
切り換えの早い3人はすぐに宴会に切り替え。
7月 多摩ニュータウンの飛行会で初めて飛行機が空を飛ぶ。
ただし,全員大破。この時,大型のゼロ戦2機の飛行を
見て感動。
9月 3人の飛行会は依然として平均飛行時間10秒の惨状。 
恥を忍びついに大岩さんを多摩ニュータウンに招待。
大岩さんのリトルホークの飛行技術に感動。
10月 いよいよラジコン飛行機が盛り上がり,加藤さんが多摩の
飛行会に参加するようになる。また,筒井,若生,中村に
社内の同好の士数名をを加えて軽井沢で大飛行会を実施。
この時,中村が30分間の連続飛行時間を記録。
ただし,また最後に大破。
これを最後に事務所が蒲田から武蔵小杉に移転し仕事が
忙しくなったこともありしばらく飛行会は中断。
1977年 3月 この頃,世の中ではラジコン自動車が急速に普及。新し物好きの
(飽きっぽい)筒井,若生,中村は会社のメンバ数人とともに,
会社の屋上でラジコンカーレースを開催し始める。
4月 この頃,車気違いの田谷さんがカーレースに参加。
毎週水曜の夜は会社の屋上でカーレースで盛り上がる。
そして,その帰りは飲み屋で一杯やるようになる。同じ頃に
吉本さんもカーレースに参加するようになる。
5月 この頃,レースの帰りに三浦さんと一緒になり飲み屋に連れ込む。
筒井さんの熱っぽい語りかけに三浦さんがだまされついに
ラジコン機を購入。
6月 多摩ニュータウンの飛行会に三浦さんも参加するようになる。
着陸方法を心配していたが,エンジンをかける際にエンジンで指を負傷し,
会長自ら車を運転して自宅に送り届けることになり,
着陸の心配は杞憂に終わる。
7月 そしていよいよ更谷さんが登場。まずは飲み会に参加。
それでクラブを正式に赤とんぼと命名。
8月 赤とんぼ第1回飛行会を岩岳で開催。
1978年 5月 ドイツ・シーメンス社の技術者4名を幕張に招待して
日独合同飛行会を開催。
1979年 8月 筒井さんの熱弁に騙され全員がゼロ戦のスケールモデル
を購入。しかし,第1機の完成は購入から20年後になる。
  これからはグローバルな時代だ!と言う筒井さんの熱弁に騙され,
外人教師を呼んだ赤とんぼ英会話教室を蒲田の飲み屋
(早乙女)で開催。ただし,英語は全然進せず,会の実態は
極めて飲み会に近い状況。
1980年代   岩岳合宿に加えて八ガ岳清里や,西富士高原で飛行会を開催。
  西富士高原の田貫湖で赤とんぼファミリーキャンプを開催。
夜の流れ星の異常な多さに驚くとともに感動。
この日,群馬県の御鷹山に東京から大阪行きのジャン
ボジェットが墜落していたことを翌日知る。
 
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