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霧島の四季
霧島山麓に横たわり、火山活動の
歴史を物語る「炭化木」を紹介します


(2004年7月1日 更新)

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崖の淵に突き出た炭化木
噴火の際に横倒しとなった木はそのまま火砕流に飲み込まれて炭化しました。
沢を埋めた火山灰は、その後の雨水で少しずつ下流に流され、二百九拾年の年月を経て地上に姿を現しました。
溶岩の間から突き出ているなは直径50cmほどの炭化木です。
おそらくもっと長かったと思われますが、厳しい風雨の中で折れたのでしょう。
付近には壊れた炭化木の破片が散らばつていました。



被災当時のままの炭化木
この炭化木は直立しています。
直径は40cmほど、高さは4mほどです
溶岩の中にしっかりと埋め込まれたのでしょう。私達が使う炭にちかい状態を見せています。
激しい風雨に曝されながら、また流れ去る土砂にも堪えて真っ直ぐに立つたままの姿は感動を与えてくれます。






残された炭化木

以前には高さ80cmほどでしたが壊されてこんなに短いものになってしまいました。
直径25cmぐらいの立木が炭化したもので、炭化の状況が一番よく判るものでした。
どのような考えで、どのような目的で壊したのか判りませんが、貴重な遺物を壊して持ち帰るなどとても残念なことです。













炭化木が点在する沢

高千穂峰の北西に矢岳(ヤダケ 1132m)という独立峰があります
この山は霧島連山の一角をなしていますが、宮崎県にあり独特の植物分布帯を持つています。
この矢岳の南斜面の沢にあるのが炭化木です。
享保元年(1716年)、近くの新燃岳が大爆発し、その際に発生した火砕流が矢岳の麓を埋め尽くしました。
樹林帯を覆つた火砕流は立木を飲み込み、横倒しの木や立つたままの木を埋めました。
この時に高熱の火砕流の中で、蒸し焼きとなつた木が炭化しました。
長い年月埋もれていたのですが、その後の激しい雨が積もつた火山灰や土砂を少しずつ流し、290年の歳月をかけて地表に現れたのが炭化木です。
約30〜40本ほどが地表に露出しており、霧島の火山活動を示す貴重な資料となっています。
同じようなものは、熊本県の人吉でも発見されていますが規模の大きさでは比較になりません。(20〜40cmの小さな炭化木)
最近この炭化木を壊して持ち帰る被害が出ています。興味だけで貴重な自然の遺跡が壊されるのは残念なことです。
写真の中央やや右に立つている炭化木は高さが7mほど、表面は白化し宿り木も着いています。

                                     









 

















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