ひとりごと


2002 12月08日
熊との遭遇
山登りを長く続けていると誰でも1度や2度は危険な目に会った事があると思う。 一口に危険な目にといっても様々であろう。 私は登山中に2回、熊と出くわしたことがある。幸い大事には至らなかったが。 以下、私があるMLに流した投稿を引用した。

一度目は単独で中ア・木曽駒の上松尾根を下山中(たぶん、5合目くらい)に
右の藪から左の急斜面へものすごいスピードで登山道を横切って消えてしまいまし
た。
あの速さでは残念ながら逃げても無駄という認識をもちました。 

問題の二度目です。晩秋の頃、同じく中アの空木岳の池山尾根を2人で下山中でし
た。
ほぼ水平の樹林帯の登山道を僕が先頭で歩いていました。
道がゆるく右にカーブして先が見えた瞬間、クマのお尻が・・・。しかも、マジ〜?
!というくらいデカイ。 こちらに気づいている様子で首を曲げて後ろを振り返る
しぐさをしていた。
幸いにして奴の首は180度回せないらしく目と目は合わなかった。
当然、僕は立ち止まって後ろの相棒に○○さん、「熊ッ クマ〜」と小声で急を告げ
ました。
しかし相棒はのんきな調子で、えー クマ?と大きな声で・・
「しっ、声が大きいバカ。」 まぁ バカとまでは言いませんでしたが心の中では言
いました。
「どこに?」と問う○○さんに指をさして教えましたが、超ド近眼の○○さんには
10m程先のクマが巨大な黒い塊にしか見えないらしく、「あれ、クマか?・・」
と解ってない様子。
とりあえず元来た道を10〜20m程戻って退避。
「どうしよう?」 秋の日はつるべ落としと言うように、もう夕闇が迫ってきてる
し、この道を行く以外ないし。 一度見にいったが、最初の体勢のまま動かず。
○○さんはキョロキョロと何かを探してる様子。「ただやられるだけではシャクにさ
わるから一発でも二発でもお見舞いして果てたい」と棒きれでも捜してるんだって。
この人マジー? なんとかなだめて、もう一度様子を見に行くことにする。
いない! やった〜!

めでたく下山にかかる。ところが、ギョ!? 右上方20mの斜面に、さっきのクマ
がお座りの体勢でこっちを見ている。
もうこうなったら、気づかぬふりして通過するしかない。あわてて走ったりして刺激
しては駄目だし、一度目の体験でクマのスピードにはかなわないのは解っている。
「○○さん、居る、さっきのクマ、でも見たら駄目だよ。知らん顔してこのまま行く
よ。」
しかし、何度も見上げる○○さん。 「バカッ。 見たら駄目だって」 
・・・バカッは再度、心の中だけで言いました、年上ですし。
教えた僕の方がばかだった・・
結局、無事に下山できました。 めでたしめでたし \(^0^)/

クマさんに恨みはありませんが、やはり山で会うのは遠慮しときたいです。
なんとクマさんは頭がいいんだと空木岳の時には関心しました。
斜面の上方に位置して下を見下ろしたのは、それが有利な体勢だと考えたからだと感
じました。
そして、こちらの出方を観察していたように思います。
普通、人間の気配を感じるとクマは逃げると言いますが、あの堂々とした態度のクマ
さんはきっと空木の大将では?
この時は慌てず騒がず(内心あせりましたが)、刺激しなかったのがよかったのかも
知れません。

クマとの遭遇は2度とも、1500〜2000m辺りの深山でしたが環境破壊の影響
でしようか。
(山にエサとなる木の実などが減っている)近年では里山の人家に近いところにも出
没しているようです。 山では人の気配を感じると普通、離れて行くようですから音
を出すものを身につけるのもいいかも。 
でも、その音が好きな変なクマがいたら困りますが・・・(^^)


・・・という顛末でした。熊と出会ったらどうするか? 最悪なのは騒いで急に逃げ出したり することだそうです。ムツゴロウさんも言ってました。そういう場合には熊から目を離さず (あなたの敵ではないよと感情を込めて)ゆっくりとその場を立ち去るのが良いと。 できるかなぁ?

2002 11月13日
現代人は忙しい
パソコンが普及してインターネットも手軽に利用できる世の中になった。 情報を得るばかりか発信も自由にできる。 従来のメディアの他にプラスして手にした訳で本当に便利な世の中になったものだ。 便利な反面、情報の氾濫に翻弄されないようにしたい。 趣味は多様化し、仕事は効率を求められ現代人は良くも悪くも忙しいのでは。

2002 11月10日
地方の低山
今日、岐阜県七宗町の納古山(のこやま)に登った。標高600m程度の里山である。
特に名の知れた山では無いので他の登山者に会うことも少ないと予想して出掛けた。
ところが頂上に着くと20名近くの人で賑わっているし、下山中も続々と多くの人々が
上がってくるのに出会い驚いた。
登山道なども良く整備され地元の人々に親しまれているのがよく判った。
つい高い山や有名な山に目がいってしまうが、自然に親しむ登山の原点を納古山で
出会った人たちに教えられたような気がする。


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