額 井 岳 
(812.6m)

東峰を従えた額井岳
               
 
 全国各地では、富士山に似た端正な三角形の山容をもつ山を
 その地の名を冠して「〜富士」と呼ぶことがある。
 奈良においても「〜富士」はいくつかあるが、
 榛原の町の北にそびえ「大和富士」と称される額井岳が代表格であろう。

 山頂には龍王社が祀られ、古くから雨乞いの信仰の対象とされてきており、
 地元の人たちの生活と密接な関わりをもってきた里山である。

 榛原の新興住宅地である天満台を起点として、
 十八(いそは)神社から額井岳を経て、北東へ続く戒場山へ縦走するコースをとった。





近鉄大阪線榛原駅から天満台東3丁目行の奈良交通バスに乗って、天満台東2丁目で下車。
住宅地を北へ抜けて、額井岳の秀麗な山容を眺めながら、舗装された坂道を登ってゆく。


天満台住宅地 額井岳

広域農道を渡り山手に向って進んでいくと、集落の最奥に鎮座する十八神社へたどりつく。
すぐ前には、東海自然歩道が東西に通じている。

十八神社の祭神は、神倭伊波禮毘古命(かむやまといわれびこのみこと)とされており、
極楽寺という廃寺の鎮護社を地元の産土神として祀った神社で、神殿は春日造によるものという。

十八神社の鳥居
十八神社拝殿



鳥居を右にして、右手にカーブしながら山道に入ってゆく。
地元の榛原町が設置した道標が分岐ごとにほぼ完備されているので、それに従っていけばよい。
植林に覆われた中を登って出会う林道を左にとり、次の辻を右、少し行ったところで左の山道を選ぶ。
高度を上げてゆくと雑木林も現れ、いくぶん明るくなってくる。

植林帯の道 雑木林

程なく稜線へ乗っかり、北方面へは都祁村方面へ下る道が通じている。
ここを右にとって、尾根伝いの急坂をしばらく登ってゆくと、台地状になった額井岳の山頂へたどりつく。

稜線出会い
山頂への尾根道



山頂には、龍王を祀る朱色の祠と四等三角点がある。
昔は「岳のぼり」として、干ばつの時に山頂へ登り、祠の前で火を焚いて雨を乞う信仰があったという。

あたりの樹木は伐採され、南から西にかけて眼下に榛原の町を見下ろしながら、室生の山々から音羽・龍門山地、
遠く台高や大峰山脈の稜線まで見渡せ、北方面には貝ガ平山と香酔山が指呼の間にある。

龍王社 四等三角点

榛原の町並み。正面奥は伊那佐山 左・貝ガ平山、右・香酔山




山頂を辞して、東へ戒場山に向けての縦走に入り、急傾斜の坂を下ってゆく。
小ピークを過ごしたところにある無線反射板付近からは、正面に戒場山が望まれ、さらに進んで戒場峠に下りつく。

戒場山 戒場峠



峠からはひと踏ん張りの登りで、戒場山(737.6m)の頂上に立つ。
植林に覆われ展望は得られないが、三等三角点が設置されている。
木に巻かれたテープを目印にして、南側の戒長寺方面へ下山する。

戒場山頂上



戒場山の中腹にある戒長寺は真言宗の古刹で、寺伝によれば、用明天皇の祈願で聖徳太子が建立したという。
本尊は薬師如来像で、境内には戒場神社も鎮座し、県天然記念物のお葉つきイチョウやホオノキの巨樹、
十二神将が彫られた重要文化財の梵鐘などを擁する山寺である。

戒長寺の本堂
鐘楼門と石段



戒長寺の鐘楼門から石段を下って、東西に走る東海自然歩道を右に向かう。
山麓の田園風景が広がる中、山裾を縫うように続く舗装路を進んでゆく。
やがて左に、万葉歌人の山部赤人の塚とされる五輪塔を見る。

「田児の浦 うちいでてみれば真白にぞ 不尽の高嶺に雪は降りける」
と「富士山」を詠んだ山部赤人の塚が「大和富士」の麓に眠っているのも感慨深い。

山麓の田園風景 山部赤人の塚

ここから自然歩道と離れ、天満台東3丁目バス停を指す道標に従って山道を下る。
田園のあぜ道を通って、林道の坂道を進み西方寺を過ごしてゆくと天満台住宅地の東端に出る。
大通りを右にとれぱバス停である。ここから榛原駅へ帰路に着く。

天満台住宅地の大通り




 榛原の北側を東から西へ、戒場山・額井岳・香酔山・貝ガ平山・鳥見山と連なる山地は、
 室生火山群に属しつつも、区別して額井火山群と呼ばれている。
 この山域の最高峰は貝ガ平山(822m)であるが、独立峰的な山容をもつこの額井岳が主峰格であろう。
 山域の名称も、忠実にそれを示している。
 
 近鉄大阪線を挟んだ南側の室生ダム周辺から眺めるこの山は、
 西峰と東峰を両脇にしてちょうど「山」の字に見えるというところも、興味深い。




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