拾遺物語 = ボツなる記録


送信日時: 2004年10月5日 22:59:56 +0900
件名: 東海自然歩道−踏破記念


 こんちには、K@愛知です。山ではないですが、、、

・昭和49年に全線つながった東海自然歩道。山歩きを始めたばかりの我々は
 トレーニングと称して、しばしば歩きにいったものです。いつかはきっと全線
 踏破を目指そうと誓い合いつつ。

・それから○十年、そんな約束などまるっきり忘れてる私の元に、当時の仲間から
 一通のメールが届きました。あと一区間を残して、愛知〜岐阜県下のコースを
 踏破完了との話。
 なんと、あの約束を忘れずに、しつこく続けている奴がいただなんて!!
 それも、○十年かけて、ようやく愛知〜岐阜区間だけとは!!
 只々吃驚するやら呆れるやら・・・うーん!

・が、しかしその反面で、彼の境遇を考えるならば、その奮闘たるやイチローの
 記録にも匹敵する快挙なのです。そこで、その偉業を祝して祝賀会をやろうと
 いうことになり、最後のゴール区間に同行することにしました。
 勿論、その実、ゴール後の飲み会が目的なのは言うまでもありません。(笑)

・かくして迎えた10/3の日曜日、集まったのは3名。天気は、前夜の天気予報を
 覆して朝からの雨。それも本降り。期せずして、誰の口からも「やっぱり!」
 という言葉が出てくるほどに、彼は名だたる雨男でもあったのです。
 秋祭りの支度に忙しい綾渡・平勝寺を出発した我々は、紅葉で有名な香嵐渓を
 目指して、石仏の見守る山道から、つづら折れの道路へと、雨の中、淡々と歩
 き続けました。距離にして数キロ、3時間あまりの行程で、ゴールの香嵐渓
 ビジターセンターが見えて来た時、彼の脳裏に去来する思いやいかに・・・

・さてさて、無事目的を達成し祝賀の席に移りましたが、そこで出る話題は
 もっぱら昔日の偶行の数々や、誰ソレの病気の話に、家庭や職場への愚痴、
 そして最後に行き着くところは結局、「年取ったなぁ・・・」(笑)

・はてさて、大きな目標を一つ成し遂げた彼の次なる目標や如何に。その記念
 すべき一回目のイベントには、また駆けつけることを約束しました。そして
 また、再び○十年後のゴール時にも必ずしや。
 でも、ひょっとして・・・その目指すゴールとは、あるいは、三途の川と
 なるのかも。。。(^^;;;

ではでは、お騒がせしました。(^_^)


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送信日時: 2001年7月17日 23:45
件名: 天保山


 天保山ファンの皆様こんにちは、K@愛知です。

・度々MLを賑わす天保山。私もいつかはと思っていたのですが、
 新潟勢にも先を越されて。。。(^^;;
 それでは私もと、HY@大阪さんの叱咤(!)激励(?)を受けつつ
 旅立つことになりました。

・『わたしの一名山』のKT隊登頂記を本屋で立ち読みし、
 YSさんの先日のML報告をプリントアウトし、
 もちろん地図もダウンロードしと、万全を期したつもりでしたが・・
 駅に降り立った途端、襲い来るモーレツな暑気に思わず目眩が。。
 どうやら、登頂を目指すには最悪のシーズンを選んでしまった模様です。

・YSさんのML報告では、
> 目の前に山があるが、山頂はこの山の右手奥だ。
> でも、高いところに登りたいのが山屋の心情。
> 登って見ると、「山頂はここではありません」のなんとも親切な標識があった。
 とある。
 ここはバリエーションに拘って正面ルートを避け、裏登山道を探して
 右手奥へと回り込む(実はトイレに立ち寄りたかっただけ・・)。
 そこから石段を直登すると、右奥に山頂を示す看板が。
 そしてその直下に、あった!三角点だ。

・海を渡る風はさすがに涼しく、木陰は心地よい。
 山頂のベンチに腰掛けて、コンビニおにぎりで登頂を味わう。
 直ぐ目の前をフェリーの巨大な船体がゆったりと通り過ぎてゆく。
 他では味わえない展望(?)だ。

・下山も大汗をかきながら、ようやく辿り着いた「山小屋」は、
 小さいながら明るい雰囲気の喫茶店だ。客は私一人。
 登山認定証を発行してもらいながら、店主と話がはずむ。
 「天保山山岳会は、会員が多いのですか。」と伺うと、
 傍らの奥様を指さしながら、「いえ、二人だけです。」と。。

・今日は大量の汗で、思いのほかハードな登山となりましたが、
 それでも大阪人の「大いなるロマンとイチビリ精神」を
 ふんだんに味わい、楽しい一日でした。
 でも、また、などとは、ちょっと・・(^^ゞ



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送信日時: 1999年12月20日 12:57
件名: [mountain 256] 富士山で雪トレ!


 こんにちはKです。
先日ポストしたように、18-19日と富士山の雪トレツアーに
参加してきました。

ところが、雪トレでありながら積雪はほとんど無し。
ISさんが行かれたとき以降まったく降ってないようで、
かろうじて8合目より上が縦縞模様になっている程度でした。
おかげでというか、スバルラインが通行可能でしたので、
馬返しからの予定を急遽変更して5合目まで車で上がり、
そこから夏道を8合目近くまで歩いて、ようやく積雪を発見!
ただし、ガリガリの砂混じり・・・(^^;;;
おまけに時間が掛かったので、初日は基礎的な歩行訓練のみで
あっさり終了といった具合でした。

18日の天候はガス。但し風はほとんど無く、それほど寒さは
感じません。時々ガスがはれ、青空を背景にした雄大な山頂が
くっきり見えて印象的でした。

泊まりは5合目の佐藤小屋で、この日の宿泊は全部で30人程度
でした。献立は、夕食が中華飯+豚汁で甘酒のサービス付き、
朝は炊き込みご飯+味噌汁。ご飯、汁ともお代わり自由。
まだ車でボッカできるだけに、新鮮な野菜サラダが出てきて、
ちょっぴり山小屋らしからぬ所も見せてくれました。

翌朝は快晴、但し見上げる山頂は雪煙を上げているようで、
耐風訓練には絶好と、コーチ陣がけしかけます。
気温は5合目で−12度でしたが、さすがに寒いです。

そのかわり展望は素晴らしく、下に山中湖や河口湖を見下ろし、
正面には奥秩父の山々、その左に八ヶ岳、さらに左に南ア。
そして東側の山々は・・・さっぱり判りません。
きっと、ここらが中部と関東の境なのでしょう。(^^ゞ

この日の訓練は、前日に続き歩行訓練と滑落停止、それに、
やはり時間がないため、簡単なロープワークで終わりました。

というわけで、雪トレなど滅多にない機会だけに、いい練習には
なりましたが、やっぱり雪が無い雪トレはちょっと寂しいです。
それに、標高3000mでの雪トレは、すぐに息があがってしまい、
えらいのなんのって・・・ (^^;;;
おまけに、堅雪上で滑落停止訓練をしたおかげで、全身
アザだらけに・・・ (-_-;

帰路、朝霧高原で赤富士を眺めながら、やっぱり富士山は
眺めるモノだなと、つくづく感じました。(笑)



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送信日時: 1999年10月10日 23:36
件名: 鈴鹿の沢の仙人


 こんにちは、K@愛知です。

今日は、鈴鹿・鎌ヶ岳の水量谷へ行ってきました。
この谷自体は、野洲川のどん詰まりにあたる、こじんまりとした沢なのですが、
今日はそこで、鈴鹿の沢だけで30何年というベテランの方と一緒になりました。
その方は、特にこの辺りの沢が好きだそうで、
毎年、何回かは訪れて、コースの手入れをしているそうです。
それも、ただ、この沢が好きだからという理由で。

この時期にこんな谷に来るのは、やはり相当な物好きと見込まれたらしく、
「おーい、力を貸してくれ。」と転石を転がしたり、
「ちょっと、そっちの端持って。」と流木を片づけたりと、
ちょっぴり、お手伝いもいたしてきました。

#代わりに”幻の滝”の所在を、2〜3、教えていただきました。

大雨の後などは、2〜3人で鋸を持ってきて、
ザイルとカラビナを利用して、ちょっとした土木工事もするそうです。
確かに、あちこちの、その工事跡があります。
側面のガレが崩れ出し、倒木と土砂で、沢が数mに渡ってせき止められて
しまった所では、脇のほうが1mぐらい見事に切り開かれています。
普通は、ショベルカーでも使わないと、こうはいかないでしょうに。

恐縮&感謝。

今日は鋸は持ってきてないけど、と言いながら取り出したモノはカッターナイフ。
それで、木の枝に着けられた赤テープを外しに掛かりました。
「テープを付けたら、自分たちで外してもらいたいな。」
「だいたい、バリエーションルートに来るような人が、
 他人の付けたテープを当てにしてちゃダメだよ。」
「そんな事してるから、何年経っても地図が読めないんだ。」

うーん、ひたすら恐縮、冷や汗・・・(^^ゞ

そうこうする内に、「この沢は源頭までいかずに、
次のガレを登ると、ヤブをこがずに稜線に出られるよ。」と
言い残して、ご自分はヤブの枝沢を登って行かれました。

感謝、感謝。


帰りは、一般ルートを湯ノ山に下りましたが、そこで交わした会話2題。

男A「宮妻に下りたいのだけど、こっちでいいのですか?」
当方「いや、分岐を間違えてますよ。
   さっきの分岐まで戻って、もう一つ先の看板の所を下ってください。」

男B「この道はどこへいくのかな。峠のトンネルに戻りたいのだけど。
   車が置いてあるので。」
当方「えーっ、まるっきり逆方向ですよー。
   もう一度山頂まで戻って、反対側の道を下ってくださーい!」

どうも、稜線のあっち側とこっち側では、次元が異なっている山でした・・・。



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送信日時: 1999年6月22日 09:14:50 +0900
件名: 3周年オフミ反省会(関西版)の報告


廻目平の皆さん、こんにちは、Kです。

In message "Re:MML 開設3周年記念廻目平オフミ終了",SGさん wrote:
> p.s
> 会計報告:FKさんが未だ書いていないようなので。
> 残余金\17000は関東と関西の出席費に応じて分配し、関西分はKさん
> に\3400, 関東分はFKさんに\13600 お渡ししました。今回のオフミの
> 反省会でお使いください。:-)
>
という、SGさんのアリガターイ!お言葉に従って、先週末に関西・東海版の
反省会を開いてきましたので、報告しておきます。


会場は、鈴鹿・御在所岳の藤内壁で、全員岩にぶら下がって反省・・・という
趣向でしたが。。。(^^;;;
出席者は、残念ながらISさんが風邪で、YMさんが急用でドタキャン
というわけで、HYさん、TRさん、それに私の3名でした。

まずは土曜の夕方、三ツ口谷テン場に集合し、土砂降りの雨の中で前夜祭と
なりました。(なぜ反省会に前夜祭が・・・などと聞かないでください。)
5時頃から始めた打ち合わせが12時を回っても終わらず、とうとう
アルコールがすべて尽きた頃、ようやくお開きとなりました。
当然、二日酔いで岩に向かった人もいて、まずは反省その一、でしたが。

翌日曜日は、ありがたいことに天気も回復しました。
藤内壁の一ノ壁は高さ数十メートルの巨大な壁で、反省会にはもってこいの
場所のようです。まずは、TRさんから壁に面して・・・
その後の顛末は、当人にお任せしまーす。>TRさん、HYさん


以上、反省会の報告?でしたが、さりながら、よほど煩悩の多い面々なのでしょうか、
一度では懺悔しきれずに、引き続き、反省会(その2)が六甲で繰り広げられる
ことと相成りました。
(中には、その3、その4まで計画している罪深い人もいるようですが・・・)
ご声援???ください。。。(^^ゞ



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送信日時: 1999年5月11日 20:17
件名: [mountain:10239] 東海オフミ報告


 皆さん、こんにちは、K@愛知です。

先にご案内いたしました東海オフミが、この週末、盛大に執り行われました。
まずはその”主催者側発表”です。実状のほどは、ご参加の方々からの報告が
きっとあることでしょう。


1.お題目:MML東海「天ぷら」オフミ

2.日時:5月8日(土)〜9日(日)

3.場所:伊吹山・北尾根コース → さざれ石公園コース

4.参加者:16名
      ・MT@名古屋・名誉幹事さん
      ・HY@大阪さん
      ・SM@大阪さん
      ・YM@木曽さん
      ・ST@名古屋のお嬢さん
      ・IS@西宮さん
      ・KT@多治見さん
      ・KS@石川鶴来さん
      ・FJ@岐阜さん
      ・OZ@岡崎さん
      ・SS@金沢さん
      ・IN@板橋さん
      ・FK@野山放浪さん
      ・TR@京都さん
      ・AS@岐阜羽島さん
      ・K@愛知・雑用係


5.報告:

・オフミ恒例の前夜祭は、伊吹山麓のさざれ石公園特設会場にて行われました。
 午後4時の定刻には全員集まり、早々に祝宴の開始です。
 なお、それに先立ち「稲葉さんと登る稲葉山」オプションツアーがあった模様
 ですが、それについては、後ほどその筋からの報告を待ちましょう。

・前夜祭メニューは、今回のオフミタイトルにもなったHYシェフの「天ぷら」と、
 シチリーナSSさんの七輪による「さんま」「スペアリブ」etc、YMさんの
 「たけのこの炭火焼き」、それに東海オフミには欠かせない「味噌煮込みうどん」が
 続きます。オフミも回を追うごとに、ますますグルメになっていくようです。

・もちろんお酒も、あちらからもこちらからもぞくぞく出てきて、自然と皆さんの
 頬がゆるんできます。オフミ共同テントの中に全員が車座となって、お酒を酌み
 交わし、楽しい山の話が尽きません。5時頃から始まった宴会も、いつの間にか
 11時を廻り、まだまだ名残は尽きませんが、翌日のことを考えて打ち止めと
 いたしました。

・翌朝は、小鳥の鳴き声で眼が覚めました。すがすがしい五月の空です。
 朝食は、YMさんの「山菜炊き込みご飯」です。一升ものご飯がきれいに
 なくなり、お弁当用に追加したほどです。やまんどさんのコッヘル炊飯の術も、
 もう名人の域に達しております。

・3台の車に相乗りで、北尾根コースの出発点となる国見峠に移動しました。
 峠からは、”彼方”に伊吹山が見え、「あそこまで歩くのか?」という声が
 誰からともなくあがります。北尾根とはいいながら、実際はいくつかのピーク
 を連ねる稜線上の縦走コースで、けっこう手強そうにも見えます。
 8:10、まずは快足のFKさんが先陣を切り、SMさん、SSさんらが
 それに続きます。鈍足隊は、ゆっくりゆっくり歩き出しました。

・伊吹山の北尾根は、この地方でも有数のフラワーロードと称されているコースで、
 確かに道の両脇はまさに春爛漫のお花畑が続いています。山草やきのこに詳しい
 ASさんの案内で、図鑑を引いたり、写真を撮ったりと、フラワートレッキング
 を存分に楽しみました。
 陽気はいかにも春らしく、登りでは暑いほどなのに、腰を下ろすとすがすがしく、
 琵琶湖から吹き抜ける風が心地よい、といった案配で、絶好のハイキング日より
 でした。いったん座り込むともう動けなくなりそうです。

・先頭集団は、11時には山頂到着だったそうです。一方、最後尾集団の我々は、
 4時間かけてようやく、北尾根コースの終点である静馬ケ原まで達しました。
 今日はこれでよしと、先頭集団が戻ってくるまで、しばし昼寝タイムです。
 ただ、山頂売店の冷えたビールに、ちょっとばかり未練はありましたが。

・打ち合わせ通り先頭集団とも合流し、山頂で待ち合わせていたKSさん、
 キセル参加?のFJさんらも加わって、全員そろっての記念撮影をしました。
 皆さんの満足そうな顔がとても印象的です。赤ら顔の方も2〜3名いるよう
 ですし。。。

・14:00、下山開始。コースは、前夜祭会場のさざれ石公園に、ひたすら下る
 道ですが、この道にも花が咲きにみだれています。さざれ石公園は、君が代に
 歌われる天然記念物の「さざれ石」が祭られているところです。
 (真偽のほどは、各自でお確かめください。)
 15:30には、全員無事に前夜祭会場に帰還できました。お互いに感謝と
 再会を約す言葉を交わしたのち、解散といたしました。

・のんびりオフミを唱った今回のオフミですが、絶好の天気に恵またこともあり、
 ご参加の皆様のご尽力のおかげで、まさにそれにふさわしいオフミとなりました。
 ホントにオフミって良いものですね、ありがとうございました。



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送信日時: 1999年2月21日 23:19
件名: [mountain:09354] 鈴鹿・御池岳テント行


皆さん、こんにちは、K@愛知です。

 OMさんの [mountain:09058]「鈴鹿御池岳でズボッ!」に誘われて、
この週末、久しぶりにテントを担いで鈴鹿・御池岳に行ってきました。今年の
鈴鹿は雪が多く雪遊びには絶好で、我々中年登山隊も少々、はしゃぎ気味です。


・アプローチのR306は、まだ閉鎖期間中ですが、一応除雪されていました。
 ただ登山口付近はツルツルに凍結しており、注意が必要です。

・コグルミ谷登山口を7:30に出発、どうやら我々が本日の一番乗りのよう
 です。積雪は予想以上で、登山口からいきなり数十cmあります。表面は昨日
 降ったばかりのサラサラ雪ですが、その下は締まっており比較的歩きやすい
 状態でした。ただ後半の急登では、荷物が重いせいもあって、アイゼンを
 着けましたが。

・天ガ平の手前から急に積雪が増え、ワカンに履き替えです。ここで後続の
 単独行者が追い越していきましたが、つぼ足でのラッセルは見るからに
 きつそうです。

・一週前のトレースは完全に埋まってまして、真の谷への下りルートが判り
 ません。さきの単独行者と一緒に探しましたが、よく分からず、最後は
 エイヤッと下りました。まあ、当たらずとも遠からずという所でしたが。

・御池岳頂上への分岐点に11:00着。いやはや、ラッセルはお腹が空きます。
 その近くにテントを設営し、まずは昼飯です。その間にも他の登山者が何人か
 登って行きまして、おかげで山頂へのトレースはバッチリです。我々も身軽と
 なって、山頂へ向かいました。

・御池岳の山頂は、背丈ほどの標識柱が頭だけ出している状態です。残念ながら
 風が強く、雪も降り出して、展望はさっぱりでした。

・一休みの後、かすかな踏み跡を頼りに奥の平に向かいましたが、念のため、
 テープを付けながらです。樹林帯を抜けると、笹原は完全に埋まって一面の
 雪原となってます。吹きさらしのため、雪の表面は氷化しバリバリですが、
 歩くには苦になりません。
 ここで降雪はますます激しくなり、ほとんどホワイトアウト一歩手前の状態と
 なりましたので、結局、ボタンブチの分岐箇所で引き返しました。

・皮肉にも、御池山頂まで戻ってくると、雪も止み時々青空さえ覗くようになり
 ました。時間はまだ早いので、池の平を目指すこととし、まったくトレースの
 無い尾根を適当に下って行きます。

・池の平は、ただっ広い大雪原です。そのど真ん中で大の字になって寝ころぶと
 気分壮快で、「ああっ来て良かった!」という瞬間でした。

・テントに戻ったのは、3:30。結局、朝から8時間、ほとんど歩きづめでした
 ので、さすがに疲れました。今日の夕食は焼き肉パーティー。肉はたっぷりあり
 赤ワインも付いています。実はこれが重かったのです。(^^ゞ

・またまた寒波の襲来とかで、夜中の降雪を心配しましたが、せいぜい10cm
 程度でした。でも今日は一日雪となりそうなので寄り道は止め、早々に下山
 です。昨日のトレースが、すでに半分埋まっていました。
 下山途中は誰ともすれ違いません。この雪では、さすがに誰も登ってこないよう
 です。

・無事に車に戻って、ほっと一安気。おかげさまで、久々の御池岳テント行を
 堪能できました。


さて、今回の御池岳や先の霊仙山も、藤原以南の山と比べても、かなり積雪が多く
なっています。今週も寒波が続くようですので、我々のトレースも週末には消えて
いるでしょう。まだしばらくの間は、冬山のつもりでお出かけ下さい。



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送信日時: 1999年1月16日 23:25
件名: [mountain:08969] 鈴鹿の大雪・敗退記


 皆さんこんにちは、K@愛知です。
こちら鈴鹿でも、何年ぶりかの本格的な雪となりましたので報告します。


 正月より降り続いていた関ヶ原の雪が、小康状態となった本日、
さっそく関ヶ原の南にそびえる霊仙山に、いつもの仲間3人で行って
参りました。もちろん、ラッセル要員などいない我々のことですから、
最初から敗退覚悟の、雪見行です。

 名神高速を関ヶ原ICで下りると、すでに積雪20cm超の銀世界で、
柏原から林道に入ると、当然ながら除雪は無し。早々に車を諦めて、
長い林道歩きとなりましたが、所によってはガードレールが埋まるほどの
積雪に、「これでは登山口までで敗退だなあ」と冗談(なかば本気?)が
出る始末。幸いトレースがあったので、なんとか一合目を目指す。
 ところが沢伝いの吹き溜まりに難渋したのか、そのトレースもすぐに消え、
1週間前の踏み跡らしき窪みがかろうじて続いているのみとなりました。
この時点でもう完全に山頂は諦め、でもせっかく来たのだから、せめて
4合目の展望ピークまで行こうかと、果敢にラッセルに挑む。
 ようやく1合目着が9:20。歩き始めてから、はや2時間。無雪期の
倍以上の時間が掛かっている。でもここからは尾根歩きなので楽になる
はずと、気を取り直し先に進む。ところがその先で、当てにしていた踏み
跡が乱れ、どうやら道を失って引き返してしまった様子。予想以上の積雪で
夏道の跡形もなく、ここから先は兎の足跡だけが頼りとなる。
 2合目着が10:00。やはり夏時間の倍。3合目には10:55着。
ここらですでに積雪1m以上で、ワカンを着けていても膝まで潜る状態
となり、そろそろ体力も限界で、おまけに仲間のワカンの紐が不調と
あって、ここで断念することとなりました。
やはり目標の4合目までさえも、行けませんでした。。。(^_^;;

 展望の良い所に座り込んで昼飯を取っていると、下から単独行氏がやって
きました。この雪の中をよくぞ一人でと感心していましたら、なんとワカンを
持ってきてないそうで、トレースの尽きた雪原にしばし呆然。ようやく1歩を
踏み出したとたんに股までハマってしまって苦笑い。やはり彼もここで断念
したようです。


 さてさて、ここまでで雪見行としては十分堪能させてもらいましたが、
いずれまた出直しをしなくてはいけません。
MTさん、HTさん、またご一緒にいかがですか・・・!



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送信日時: 1998年12月23日 23:04
件名: Re: [BOOK] 机上登山(募集:、、、、)


 皆さんこんにちは、K@愛知です。
MTさん、ご無沙汰してますが、着々と山に復帰中のようですね。

> >今、手元に机上登山という本があります。
> ちょっと予告編をしておいたのですが、どなたも言及されてないようですの
> で今回はこの本を。
>
> 著者 : 西丸震哉
> 書名 : 机上登山
> 出版社: 博品社
>
> 著者は多分、著名な方なのだと思いますが、1923年生まれ、、、登山家
> 探検家、、、とあります。
>
おやおや、懐かしい名前が出てきて、思わず釣られてしまいました!!

 学生時代(今から○ン年前)反主流派を自認する私としては、
反骨を標榜する(現役の頃は?)この人の本を、よく読んだものです。
当時は食物研究家という肩書きもあったので、彼の探検用食料を
真似てみたりしたこともありました。
#とても本番で実践する気はしませんでしたが。

 一時期、異例のベストセラーなど出して、結構、世間を騒がせたりも
したようですが、まだまだ著作を続けているのですね。ちょっと、昔を
思い出してしまいましたので、正月休みにでも読んでみます。


 さてさて、ここに出てきた以上は、私もお薦めの一冊を。
というより、私のお気に入りの本ということで勘弁願います。
#ローカルネタでごめんなさい。
#いささか身内びいきもありまして・・・(^^;;

著者 : 近藤郁夫
書名 : 「幻の池を探して−御池岳やぶこぎ賛歌」ほか、
      全3冊+増補版1冊、
出版社: 自費出版

 鈴鹿の御池岳は「テーブルランド」と称される広大な山頂平原が拡がって
まして、そこには小さいながらも、多くの池が点在しております。
それも、1年のほんの一時期しか現れない池。逆にどんなに日照りが
続いても水が枯れず、雨乞の池として崇められていた池。
昔から言い伝えられていながらも、今では所在も判らなくなった池。
悲恋の伝説を秘めた池、等々・・・。
この本は、それらの池巡りに取り憑かれた登山者の山行記ですが、
時には民俗や伝承の謎解きにまでも話がおよびます。

 しかしながら、それらの池は、ほとんどが深い笹ヤブの中で、おいそれと
近づくこともなりません。なんせ鈴鹿の笹は、背丈を越えるほどのモーレツな
ヤブですから、それはもう大変です。ヤブに押し倒され、道を失い、ヒルに
襲われたりして、時には大声で喚き散らしたり、もちろん敗退も屡々です。
その描画が自虐的なほどにリアルで、読む者にとってはまた痛快なのです。
まさに「何のために・・・」と問いたくなるような。

 でも、なぜか「物好き」として片づけられないところがありまして、
いつしか私も、御池の笹ヤブに誘われたりして。。。 (^_^;;



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送信日時: 1998年2月7日 23:53
件名: Re: 好きな山アンケート集計 06FEB98 &募集締切 2/13


MTさん、こんにちは、Kです。

> 先日, 気がついてみたら, もう, 立春でした。
> いつまで, このアンケートを続けようかとも思っていましたが, 来週の終りぐ
> らいで, 約一カ月になります。で, 来週の終りで終了にしたいと思います。
>
その内に、その内に、と思っていたら立春で、、、(せめて啓蟄までは???)
ちょっとあわてて返信。


==== 思い出の山 ========
[ 山名 ] : 雲ノ平
[ 推薦理由 ] :
どの山にも、それぞれに思い出はありますが、
特に一つというと、、、ちょっぴり、しょっぱい青春の味。

失恋、退職、諍い・・・いたたまれず飛び出した私を
それでも優しく迎えてくれた雲ノ平。

テントから正面に薬師の姿を眺めつつの昼寝。
黒部源流にさまよい、祖父のピークで、雲間に見え隠れする槍の穂先を
倦まず眺めた夕暮れ。
汗を流そうと温泉に下り、その帰りにまた大汗をかいてしまった一日。
静寂という言葉がいかにもふさわしい水晶池畔で、カミューを読み耽った一日。

何も気にせず、時間をも忘れて、気ままに過ごした1週間。
生活に追われる今にして、それが最高に贅沢な山旅だったことに気がつきました。

もう一度、雲ノ平で昼寝できるのは、また20年先になるのかな。。。


もう一つ、
==== 育ててくれた山 ========
[ 山名 ] : 鈴鹿・霊仙 (柏原−西南尾根)
[ 推薦理由 ] :
私としては、ぜひ鈴鹿の山を挙げたいところですが、さて、どの山にしようかと
迷ってしまいます。一応、コースまで含めて一番好きな所として、柏原から登り、
最高点ピークを経て、西南尾根を下る長大な漫遊コースを推薦させて下さい。

時期は、西南尾根の福寿草が鮮やな早春か、柏原道にカタクリが咲き乱れる
5月はじめ、あるいは、木陰にひっそり○○○(ヒミツ!)の咲く頃が、
日も長くなっていいでしょう。

朝一に柏原駅から歩き始め、雑木林越しに伊吹や御池を眺めながら登る柏原道。
(残念ながら現在は、四〜七合目にかけて伐採されてしまい興冷めですが、、)
八合目からは一面の笹の海に飛び出し、琵琶湖の全景を眼下に見下ろす大展望。
その琵琶湖めがけて、一気に駆け下る西南尾根からの急な下り。ようやく
今畑部落に下っても、近江鉄道経由では名古屋に帰る頃には夜も更けてしまう
ので、やむなく汗拭き峠を登り返し、養鱒場までの長い林道歩き。そして
案の定、最終バスに乗り遅れ、醒ヶ井駅までの長い道のりをテクテク。。。
延々9時間歩きづめの、長ーい一日です。

でも、気分はきっと爽快ですよ!



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送信日時: 1997年 9月 6日 土曜日 23:53
件名: [mountain:00838] Re: Fujisan

MTさん、YMさん、ENさん、
こんにちは。愛知のKです。
私達も、9/5(金)に富士山に富士宮口から登ってきました。
初めての富士登山です。

MTさん[mountain:00745] Fujisan
>当初は、空いてることが予想される今週末(9/6,7)に行く予定だったのですが、
>先週末の天気が良さそうだったのと、
>夏休みも最後だしもう空いているだろうという甘い考えのもとに、
>先週末に決行しました。
>人出は、期待に反してとても混んでました。

私達も当初は、9/6,7に行くつもりでしたが、天気の案配を眺めて、急遽、
9/4夜出発、9/5ピストンに前倒し(会社サボって!)しました。
おかげで、信じられないような「静寂な富士山」が楽しめました。

9/5の 3:45に登り始めましたが、登りで出会った方は4名ほど。あと
御来光を拝んで下山してくる数グループと、9合目あたりですれ違った
ぐらいです。従って、ほとんど前にも後ろにも見渡す限り人気のない所を
歩いている状態でした。

5:20頃、7合目付近にて御来光が拝めました。今回御来光は諦めてたの
ですが、9月に入ると7合目でも御来光が見えるのですね。これは
ラッキーでした。
天気は、移動性高気圧にすっぽりと覆われて快晴。振り返れば、伊豆半島の
輪郭がくっきり見え、その向こうには伊豆大島らしき島影まで望めました。
朝のうちは、やや風も強く結構な冷え込みで、もうすっかり秋山です。

9合目越えたあたりから、特に疲れているわけではないのに、足が重く
感じられました。やはり酸素が足りないみたいで、大幅にペースダウン。
7:45山頂着。神社も郵便局も閉まってましたのでそのまま剣ケ峰へ。

空は、完璧な秋晴れで一日中快晴が約束され、風も止んで暖かな陽気に。
しかも明日も休みとあって、あわてる理由などなく、のんびりゆったり
お鉢巡りを楽しみました。途中人に出会うことなく、見渡す限り人影も無し。
思う存分、富士山を独り占めしてきました。


YMさん[mountain:00749] Re: Fujisan
> 御殿場口へのコースを下り、宝永山のところから富士宮口へ抜けることも
>できますので、これだと、同じコースを通らずに周遊できます。わずかな距
>離ではありますが、砂走りもできますし。

ありがとうございます。
正直言って、下山ルートについては全く考えてませんでした。富士宮口を
戻るしかないと思い込んでましたから。YMさんのメールを読んでさっそく
(MTさんに先立って)御殿場コースを下ることにしました。

砂走りというものを一度体験してみたくて、7合目から砂走りのルートをとり
ました。ところが登山靴ではなかなか走れません。かといって普通に歩くには
難儀な道です。これは、はまったかなと思いましたが、開き直って大股で
ズルズル、ズルズルと。コツを掴むと結構楽しめました。調子に乗って、
宝永火口への下りでもこれをやって、ズルズル、ズルズル、ズテッ!


ENさん[mountain:00752] FW: Fujisan
>山をやっている人は余り富士山に関心を示してくれませんが、少しでも
>多くの人に富士登山の良さを知ってもらえれば幸いです。

私達が今まで富士山を敬遠していたのは、テレビなどで紹介されるあの夏の
喧噪。あれを見るたび、二の足を踏んでしまいます。今回幸いにも、思いも
よらぬ富士山を目一杯堪能してきまして、今まで抱いていた悪いイメージは
一掃されました。山そのものが悪いのではないのですね。日本一の高さを
誇る独立峰。そのスケールの大きさは、さすがです。
いつもこうなら申し分ないのですが。
結局、また行くかと問われると、「ウーン、やっぱり10年後かな?」


#帰ってきたらメールが溢れてました。わずか2日で71通。ウワーッ!


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送信日時: 1997年 7月 27日 日曜日 23:52
件名: Re: Mt.HIJIRI


OU@板橋区様、今日は。

>西沢渡で尾根に移る前に、「野猿」なる、篭のようなもので、
>沢の上を荷物のみを渡すようなことが書かれています。
>この辺りの様子がわかりません。荷物だけ篭で渡して
>人はどうなってしまうのでしょうか。
>徒渉?だとしたら、荷物をしょって渡るのが危険なぐらい
>沢の流れが速いということなのでしょうか。
>それとも、沢に降りるのが急な為、荷物だけ別扱いしているので
>しょうか。このあたり、ご存知の方がいたら教えて下さい。

正面切って問われると非常に答えにくい御質問ですね。オフレコ
ならば一言で済むのですが。。。

一般にこの手の物を荷物専用とするのは、安全上の問題からです。
乗用とするには、設備面、管理面の問題がつきまといますから。
仮にそれを登山者が本来の用途以外に用いた場合、それは利用者側
の不法行為とみなされます。勿論、万一の場合(と言っても頭から
ズブ濡れになるだけで済みそうですけど)の法律的な問題は残りま
すし、かといって撤去されれば我々も困ります。要するに暗黙の
了解とやらで、設置者側、利用者側ともにあまり触れられたくない
話題なのですね。(例の有料送迎バスと同じような性格の話です。)
従って、ここに具体的な使用法を書くのも憚られる(幇助にあたる
?)し、ましてや公式のガイド等には決して書けないことです。
結局、登山は各自の判断/責任の基で行いましょう、ですね。
なお、西沢渡の徒渉は十分可能です。でも誰もここまできて濡れ
たくはないですものね!

ということで、ここは一つ、私も責任逃れの意味で「匿名記事」と
しましょうか。では安全登山を心がけてください。前科一犯より。



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送信日時: 1997年 6月 8日 日曜日 23:11
件名: 物見山から


こんにちは、愛知のKです。

 いま、愛知の山仲間の間で注目を集めているのが「物見山」です。
物見山は、愛知県のほぼ中央にある高々300mほどの里山で、
本来、それ自体は決して注目を浴びるほどの山ではありません。
しかしながら、現在愛知県が、この山麓に広がる「海上の森(かいしょの
森と読みます)」で万博をやろうと計画中なのです。
そうなれば当然、物見山も海上の森も今の姿は失われるでしょう。

 私も時々物見山を歩いてみますが、シデコブシが咲きギフ蝶が舞う緑豊かな一角です。
ここが名古屋からわずか30分の所だとは思えないほどの、のどかな里山です。
当地でも、ご多分に漏れず開発の波は止まることを知らず、その本来「どこにでも
ある(はずの)里山」が今では、ずいぶんと貴重になってきています。
今ここに住んでいる鳥も虫も獣も、みな近くの山から追われて、ようやく
新しい安住の地を見つけたばかりでしょう。
そして昔からここに住んでる方々も、この地に限りない愛着を持っています。
 私の山仲間も皆反対しており、ささやかながら署名集め等に駆け回りました。
また、多くの県民も「なぜ万博を」「なぜ海上の森で」と問いかけています。

 その万博の開催地決定のBIE総会が、この12日にモナコで開かれます。
開催が決まればもう後戻りはできないでしょう。
いま、愛知の多くの山仲間が心を痛めていることを、心に留めておいていただけませんか。



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送信日時: 1997年 6月13日 金曜日 23:11
件名: Re: 物見山から


KB@郡山さん、NZ@LISBONさん、IZさん、
ご返事ありがとうございます。K@愛知です。
愛知万博の件、もうすでに結果はご存じかと思いますが、
物見山にとって残念な結果となりました。

地元のマスコミなどは、かつて「県民不在の計画」とか
「いい加減な環境アセス」とか批判していたものが、
万博開催は趨勢とみるや手のひらを返したように、
「カナダに大勝」とか「万博万歳」などと、お祭り騒ぎで、
耳を覆いたくなるばかりです。
我が仲間からもさっそく怒りの電話が架かってきました。
(そんなにオレに怒鳴るなよ!)

物見山の登山口に当たる海上の森の辻に「弘法様」と
よばれるお堂があります。その入り口には何時のころからか
賽銭箱に代わって記名帳が置かれています。この地を訪れた
実に多くの方々が、この自然を残すことを願って署名されました。
その方々も、今後の物見山を見守ってゆくことでしょう。
私もまた、物見山に行ってきます。

いたたまれない思いから湿っぽい話になってしまいました。
すみません。