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十二月二日 企業の社会貢献は社会責任ですか社会義務ですか社会圧力ですか。 社会貢献というものは企業の資源を使用して社会の目標をたつするとおもっています。引き起こすコストの増加はだれが負担しましたか。 株主?株式の収益の減少を引き起こした。従業員?給料の減少を引き起こした。顧客?価格の増加を引き起こした。政府、社会?多分減税の要求が満足できません。例えば以前の中国の企業は大部分に自分の託児所や学校や企業の内部の全額医療福祉制度があります。如何して実行できますか、引き起こしコストとけつそんは国家が負担しました。最終、企業の貢献行為は社会の利益を害しました。今国営企業が直面する問題は一つが上述企業功能の社会化です。企業の社会功能は何ですか、社会事務について企業はどんな程度に影響をあたえていいですか。企業が専門以外の功能を履行することは適当ですか、そらなら、毎回の選挙のごらに政治献金の性質はどの様に定義しました、社会の福祉のために献金をします。こんな解釈だといってもよかったかと思いませんか。それに社会貢献はどんなようなきぎょうが適用しました。全部の企業?増税でもいいですよ。具体的な企業の社会貢献行為について、たとえば環境問題、企業は相当的に責任を負いますよ、雇用平等、何故それに関する法律は制定されました、多分企業の雇用行為に不平等の現像がありますよ、たとえば男女共同参加、本当に企業は志願で履行しましたか。国家の法律を守るほかがありません。本当に社会貢献ですか。 四日 問題:1企業の学生アルバイトの雇用と企業の人件費の減少。 2今ポルカとイズミのいろいろな販売活動、本当に地域の住民の便宜のために開催しますか、それとも競争相手に対する活動ですか。 以上述べることは企業社会貢献行為と企業利潤の増加の高度の関連性です。 3北欧国家の福祉社会主義化と社会主義中国の国家と企業の福祉の社会化。 4中国南京市等の水汚染の処理、国家は水汚染処理工場の建設資金を提供します、でも地方政府は水道費によって工場の運営の資金を解釈して要求されます。現実は水道費の二倍三倍の増加ので徴収しにくいようになるので十万トンの汚水処理能力の工場は五万トンの標準によって運営します。組織はどのように社会責任を負うから組織の運営のコストの増加を解決しますか。 貢献行為と危機前期制御の関係。
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十八日
企業の社会意義についての感想
企業が現代社会の経済組織だけと思っています。今週の教科書の101頁に”人間の自発的な行為を実現する場の創造を営為とみなす”と書きます。マルクスさんもこんな様に未来社会に人間と対する労働の意義を描きました。もし本当に企業がこのような組織になると先生、このような企業の社会貢献度は何%ですか、社会貢献度が100%の企業はどのようなきぎょうをなりますか、今の企業の概念によってまだ企業ですか。個人と企業と社会の目的の達成が100%に同一するとこのようなきぎょうがある社会の中に企業の性質がなんですか。多分今の概念によって企業が消失しますよ。
仮に企業は人間価値実現の場です。このような企業はどんな時代の企業ですか、十九世紀のイギリスの工場?今のイズミ?未来社会?
当代の社会に従業員の個人の価値実現の満足が本当に今大手企業の企業文化の一部分になりました。企業の目的は一方企業自身の人間資源を十分に利用します。たとえば今の企業の学習組織化です。他方、企業の人間資源の特殊性、あるいは自我選択性によりますから。たとえば今中国の新産業のnetworkの株式の中層管理係員の高い流動性です。
人間が自己価値実現の能力は下述によって決まります。
一生産資料の保有
二自分の労働過程に対する支配
以前人間の基本の経済組織が過程でした、でも、歴史の
最終の決定要素は社会が需要する乏しい資源の保有度です。たとえば権力、資本、専門技能など。
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二十日
今日は経営学の課題の締め切り日です。毎日暮らす高梁をはっきり分からないのに気がつきました。いつの間にか、年末になっているとこらです。日本の留学生活に慣れるか慣れないかじぶんであまりよく分かりませんでした。
四月間ぐらい単に友達と一緒に遊覧の旅に出ることがないが、いまの余暇の生き方は全部食べ物を買いたり料理を作るような家事です。課題に作為されできることが多分まだ前期の蛍祭りの三人の遠征です。
春の桜と秋の紅葉は日本の代表的な風物ですが、でも夏の蛍がじぶんのふるさとにも見える景物です。しかし、日本ように地域の交際活動の主題になることが多分誰でも考えられないと思っています。
<未完>今、三人の遠征を思い起こせばまだたのしいでした。愉快な思い出はこのように単純で簡単で忘れ苦いでした。
言語の世俗化 ―― 講義内容に関する発想 ビジネスコミュニケーション学科 1302802 戴 松 1. はじめに 言語は人と人のコミュニケーション及び読み書きのための道具にすぎず、社会文化の キャリアであり、社会文化の変化と発展の反映である。ここでは、アジアの近代化のプロ セスにおける言語の変化に関して、自分の考えを述べてみようと思う。 2. 伝統的な民族国家 例えば、中国・韓国・北朝鮮・日本等伝統的な民族国家では言語そのものは近代化に伴 い、大きな変化があった。 中国では、20世紀20年代に、文法・言葉遣い・表記等を含め、言語にめぐって、大きな 変革が行われた。欧米の民主と科学思想の導入及び普及のために、不可欠の基礎を築いた のである。また、教育の大衆化のためにローマ字の綴り方を導入した。 そして、第2次世界大戦後、韓国と北朝鮮の独立に伴い、同じく教育の普及及び政治上 の理由から、徹底的に漢字の使用を停止したのである。 日本の場合はどうなるであろうか。周知の如く、日本語は和語・漢語・外来語の三つか らなる混種語と言われている。漢字が中国から伝わってくると同時に、政治制度や経済制 度・生活の諸方面において大きな変革がなされた。それから、第2次世界大戦後、外来語 が大量に使われるようになる時はちょうど史上において、日本経済が最も高度に成長する 時期と重なっている。 3. 植民地であった国家と地域 これらの国ではそれぞれ民族言語を有するほかに、英語はほとんど共通語になっていると 言っていいぐらいである。例えば、香港やシーンガポーロなどである。これらの国の共通 な特徴として、政治の民主化・自由平等思想の定着・経済の発展レベル等もほかの国と地 域より、早い傾向が見られる。 4. 終わりに 上述の諸現象は私たちに何を示唆しているのか、深く研究する必要があると思うが、少な くとも、私たちの社会生活において、言語は計り知れない役割を果たしていることは論を 俟たないのである。 したがって、時代のあらゆる変化を生きてきた、百歳を越えた高齢者は「紳士化」的言葉 とは何か、「庶民」的言葉とは何か、「U」「non-U」とは何か等の質問に対して、おそら く誰もが困惑を感じるのであろう。というのは、言葉の変化はどのような規則にしたがっ ているのか、どのようの基準で決められているのか、またはいつ変わるか、常に定められ ないものであり、つまり、変化が激しすぎるのである。