凌雲岳北稜

2002年12月20日(金)N〜23日(月)


【地図】ニセイカウシュッペ山,層雲峡 1/2.5万

【メンバー】M本,N海,K崎

【予定の行動】
12/20(金):札幌―層雲峡 青少年旅行村C0
12/21(土):C0―リクマンベツ川―c700台地―c930台地―・1469―・1559 C1
12/22(日):C1―P1―上川岳―・1973―凌雲岳―黒岳―黒岳肩c1750 C2
12/23(月):C2―黒岳北稜―黒岳―C2―層雲峡下山

【実際の行動】
12/20(金):2000 札幌―2400 層雲峡 青少年旅行村C0―2530 就寝
12/21(土):0440 起床―0710 車止め発―0815 リクマンベツ川左股c580の滝―0930 c720台地上 0945―1045 c930台地 1100―1445 c1550コル C1
12/22(日):0400 起床―0640 C1発―0755 P1基部―1155 ・1973基部―1415 ・1973-凌雲岳コル 1425―1505 凌雲岳―1600黒岳石室―1700 c1880段差 C2
12/23(月):0550 起床―0830 C2発―0905 黒岳 0925―1020 ロープウェー駅 1100―1210 層雲峡下山

12月の連休に黒岳北稜に行こう。
1ヶ月以上前から約束を取り付け、パーティーを組んでいた。
脱ゲレンデ。本当の意味で登れるクライマーになろう。そういう企画、のはずだったのだが・・・。

12/20(金)
クリスマス前の3連休。世間はクリスマスムード一色だ。
そんな連休に3日とも山に入るなんて。しかも男3人で。山屋さんの悲しい性。
僕は12/20に札幌近郊の八剣山に行ったので連続4日間の山行になる。
札幌で買出しをし、一路層雲峡へ。今年5度目の層雲峡だ。
青少年旅行村の敷地内には『かんぽの湯』とオートキャンプ場がある。
勝手にかんぽの湯の駐車場に車を止めるのも気が咎めるし、キャンプ場は(冬場に利用客なんていないから)除雪されていない。
仕方なく、旅行村手前の駐車場にテントを張る。酒を飲んで就寝。
・・・3時間しか寝れないじゃん。昨日も3時間も寝てないのに。


12/21(土)
ちょっと寝坊してしまった。急いで準備する。
かんぽの湯でも道路沿いの駐車場でも駐車を断られた為、青少年旅行村の二股道路の右股奥の除雪終点に車を泊める。
かんぽの湯め、誰のおかげで成り立ってると思ってるんだ。
そこからは林道は分かりづらいが、すぐに明瞭になる。どんどん進む。
地図上の林道終点はちょっとしたダムっぽくなっている。
c545二股は右股は明瞭だが、左股はそれほど明瞭ではない。
リクマンベツ川の渡渉で苦労した、という記録は見たことが無いのだが、今回はだいぶ渡渉に苦労させられた。
K崎が一度沢に落ちかけた。要注意。
左股の下部はなんも。c580屈曲点に山谷にも記述のある滝が出てくる。
門のような岩壁の間から流れるなかなか荘厳な滝。高さ30mくらいか。
山スキー部の記録では、その滝を捲いてさらに上の尾根から取り付く、とあるが、滝の右岸は岩壁、左岸はブッシュの急斜である。登りたくない。
今回は山谷の記述に従い、滝の手前から右岸の沢地形に入り尾根に取り付くことにする。
この沢地形は右岸・左岸は急でズボズボ、沢中はあまり雪が詰まっていない、という状態で、あまりよろしくない。
下部でN海が転んだ際にストックを失くしかけるが、何とか見つかり事なきを得る。
雪崩に注意しながら急斜をジグを切りながら登る。
c700の岩壁帯の基部まで登り、それをトラバース気味に右から捲き、c720台地の上に出る。
あまり楽とは言えないルートだ。お勧めしない。

c720台地からc930台地へはブル道が走っている。ありがたく使わせていただく。
コンパスで方向を確認しながら行くが、概ねきれいにc930台地に向かっている。
c930台地への急登にもブル道が走っていて、それを使うと楽。
台地上に出る部分では、ブル道が尾根を東に回り込むように延びているので、適当な所からブル道を外れて登る。

c930台地上からは地形にあまり特徴が無く分かりづらいことと、尾根が・1461に向かって収斂しているため、どう転んでも・1461に辿り着けることを考慮し、 ・1461にコンパスを切って直進することにする。
案の定、現在地把握は困難だが、・1308付近の尾根型や・1461手前の急登はわかる。
この辺はカンバ・タンネの密林である。
・1461への急登途中で休憩していると、2人パーティーが追いついてくる。札幌と東京の人らしい。
ここからはラッセルお願いね、ということで楽をさせていただく。
・1461からの稜線は尾根上は木が無いものの、脇の斜面は樹林内。東側に段差か小雪庇がある。
2人パーティーがc1550コルに雪洞を掘っているので、うちらもコルでテントを張ることにする。

軽量化のためガスを最小限に切り詰めているので、ガスで暖を取ることはできない。
メンバー2人は軽量化山行の洗礼を受けることになる。
K崎はジフィーズ(乾燥食料)初体験だったが、美味いと思ったようだ。
山スキー部の雑炊よりはだいぶマシ。
明日の天気を気に揉みながら、寒い一晩を過ごした。


12/22(日)
天気よ、良くあってくれ!と願いながら外に出てみると、だいぶいい天気。月も見える。
これは行けるか?期待に胸が高鳴る。
あわよくば昨日の2人組みにラッセルをお願いしたい、という浅はかな考えは雪洞の前にささっている2組のスキーによって脆くも打ち砕かれる。
気を取り直してスキーで出発。

c1570からのちょっとした急斜でEPにする。
少し替えるのが早かった気もするが、シールにしては堅いので仕方ない。EPだとけっこうズボズボ。
P1は2.5万図でc1630からの急斜部分。岩峰で乗っ越すのは不可能に思われる。捲くことにする。
山スキー部の記録では西捲き、山谷でも「リクマンベツ川側を捲く」とあるが、ブッシュが多く、斜度も有り、ズボズボでしんどそう。
一方東側は、ブッシュはほとんど無く、斜度もそれ程でもない。
雪崩判断さえしっかりすれば充分行けると判断し、東捲きをしてみる。
弱層は、新雪とそのもう少し下に肩くらいの層がある。安心とは言えないが、通し。空身でトレースを付けてから捲く。

P1と・1740の間の稜線でK崎がフラッと東側に小滑落する。核心では無いとはいえ、要反省。
・1740は単なるポコ。上川岳(P2)も山谷に書いてあるように尾根上の単なるポコ。標識も何も無い。
この辺は2.5万図では細く見えるが、さほどでもなく、雪庇や尾根上の岩の状況に応じて上を行ったり、西側を捲き気味に行ったりする。
雪庇は(時期的なものか)大きいものは無く、高々1m程。だが、踏み抜いたら無事では済まないだろう。

上川岳の上に立つと、・1973(P3)がその威圧的な風貌を覗かせる。
尾根上にドカンと岩峰が聳えていて、とても登れそうにない。
かといって、西側に逃げようにも地図を見れば分かる通り、急傾斜の岩稜や草付きであり、困難を強いられる。
それ以前にそこまでの急斜面のトラバースが危険だろう。
可能性があるとすれば、東側か。しかし、それも雪の急斜面で、一見すると雪崩は避けられそうもない。
この・1973の乗っ越しが凌雲岳北稜の核心、ハイライトである。

岩稜を岩峰の基部まで登る。すると、身の丈以上ある大きな岩に行く手を阻まれる。
その奥に3m位のチムニーが見える。そこが山谷にある『中央やや左の凹角を3級+くらいの岩登り(15m)で越える』という部分だ。
どこから測って15mなのかは疑問だが。
巨岩から測って15mなのかもしれないが、この巨岩はのっぺりしていて、アイゼンでの乗っ越しは非常に困難と思われる。
素直に東側を小捲く方が賢明だ。
M本氏リードで東小捲きを開始。1.5m程の小チムニーを乗っ越して尾根上に戻り、チムニー下まで。
チムニーの下には残置ハーケンがあり、テラス状になっている。そこにザックを残置し、空身でチムニーを乗っ越す。
チムニーの上がテラス状になっているので、そこでピッチを切る。
確保点は掘り出した這松。割としっかりしている。
次のK崎もそのチムニーは空身で登る。スタンスは無く、チムニーに足と背中で突っ張るようにしてズリズリ登る。本当にV+か?
K崎が次のN海を確保、その間にM本が先のルートを偵察。
チムニー下でN海からザック手渡し・引き上げで荷揚げする。

だが、まだ核心は終わりではない。
テラス状から7〜8mくらい3級-の岩登りが続くが、ノンザイルで越える。スキーが岩に引っ掛かって発狂しそうになる。
その後は山谷にもあるように、岩峰基部の白水川側(東側)を捲いて抜ける。
急斜面でアイゼンが岩にあたるような雪の状態のトラバースもあり、緊張を強いられる。
そこを抜けると、目の前に凌雲岳が姿を現す。・・・遠い。遠いよ。マジか。
・1973と次のポコのコルへの下りは、山谷には『懸垂下降もしくは慎重にクライムダウン』とある。
確かに、岩場の下降であり、スキーを付けた全装ではいやらしい。だが、懸垂下降するほどでもない。
後は凌雲岳とのコルまで岩々した尾根を下る。やっと核心部が終了した。

だが、この時点で14:15。今日中に黒岳肩のベースキャンプに入るのは断念せざるをえない。黒岳石室で天場を切ることにする。
凌雲岳の登りは岩がゴロゴロし、雪も少なく歩きづらい。
視界が無くなった際にコンパスを切るためとはいえ、果たして凌雲岳に登る必要はあるのか?と疑問を抱きながら歩を進める。
頂上部が緩やかな山は登っても登ってもなかなかPeakに着かないから嫌いだ、とブツブツ言いながら凌雲岳Peak着。
雪は部分的にはあるが、石の露出が多く、危なそうなのでEPで下る。
当初は凌雲岳Peakから黒岳石室にコンパスを切るという方針だったが、黒岳石室へのびる沢型がズボズボっぽいので、
桂月岳の岩峰(c1860の岩マーク)の上部からトラバースして石室に向かうことにする。
黒岳石室は例によって雪に埋まっている。そして、例によって南京錠で鍵がしてある。
なんて登山者に優しくない小屋だ。上川町のバカヤロー!と悪態をつきながら途方に暮れる。
風は強く、こんな樹林外では石室以外に泊まれそうもない。
上川町に対する激しい怒りから(避難小屋なのに釘を打ち付けて入れないようにしてあるとはどういうことだ!)、K崎の頭の中では小屋の入り口を破壊して侵入する、という考えに傾きつつあったその時、M本が(その野生の勘で)テントを張れそうな場所を探してくる。
石室から東の黒岳沢源頭部の段差だ。
時間も時間だし、とりあえず風の凌げるその段差でC2とする。
結局、終日晴れだった。厳冬期の大雪山でこんなに天気に恵まれることはそうそうあるまい。運が良かった。

予定天場までたどり着けなかったため、明日に黒岳北稜を完登できる見込みは無くなった。
下部だけ登って懸垂下降、という案もあったが、どうせ完登できないなら次回の楽しみに取っておこう、ということで明日は下山のみとする。
次の日の行動食にまで手を出し、飽食の夜となる。
樹林外天場にもかかわらず、気持ち悪いくらい風は無い。それがかえって怖い。


12/23(月)
朝起きると予想外に吹き溜まっていてビビル。
一瞬、テントが潰れたのかとさえ思ってしまった。
下山のみ、ということでゆっくり準備する。
昨日とはうって変わってガスガスビュンビュン。
完全装備でc1960ポコ目指してコンパスを切って進む。
雪が少ないがEPだと埋まるのでスキーで歩く。
c1960ポコ北側の崖もコンパスを切っていけば落ちることは無いでしょう。なんもで黒岳Peakまで。
Peak直下が急なので、M本とK崎はPeakからEPで下る。N海はスキー。
M本とK崎も途中でスキーに替え、1pitchでロープウェー駅まで。
雪質は良からず悪からず。黒岳リフトからは整地してあり、ゲレンデとなる。

時間があるのでロープウェー駅からは歩いて降りようと思っていたが、親切な従業員さんの話によると、一応スキーで下れるらしい。
せっかくなので、スキーで下ることにする。
まずロープウェー駅で暖を取って一服。もう気分は下界だ。
従業員さんは凌雲岳北稜から来たと聞いて驚いていた。メジャーなコースじゃないからなぁ。
スキーコースは有るといえば有るが、幅が狭く傾斜が急で除雪もされておらず、上級者向きである。
コースも所々矢印で誘導されているが不明瞭な箇所も多い。
ロープウェー駅から・1038の方へ向かい、c1040位で沢地形を渡り、夏道尾根に向かってトラバース気味に下る。
夏道尾根は、水線の沢型に向かって雪庇が出来ている(高々50cm)。
後は夏道通りに下ることになる。c980の屈曲部分はロープで夏道方向へ誘導してある(若干不明瞭)。
c900〜c700の岩壁はなかなか威圧的である。そして間もなく林道に出て、下山となる。

層雲峡―上川駅のバスに乗って車の回収に行くことにする。13:40のバスを待ちながらしばし休憩。
陸万でバスを降り(\340/人)、少し道を戻って車の回収(徒歩7分くらい)。
黒岳の湯(\600)で汗を流し、旭川の『ミラクル』(\1480)というバイキングで気持ち悪くなるくらい飯を喰い、帰札。

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当初は黒岳北稜へのアプローチとして凌雲岳北稜を選んだわけだが、 期せずしてというか、想像通りというべきか、凌雲岳北稜乗っ越しのみで終わってしまった。
だが、この凌雲岳北稜だけ取ってみても、充分手応えがあって面白いルートである。
山谷ではこのルートのグレードを『!!*』としているが、他の『!!*』のルートと比べると1つか2つレベルが高いと感じた。
それは核心部の・1973(P3)のためなのだが、あのチムニーはただ冬尾根をこなしているだけでは登れないだろう。
あれを越えるにはある程度の冬の岩登りをこなしておく必要があると思う。
それを除けば、他の『!!*』と変わらない。基本的な地図読み能力・天気判断・ルートファインディングが出来れば充分行ってこれるだろう。

今回の目的は、『2泊3日で凌雲岳北稜を乗っ越して、黒岳北稜の登攀をする』というものであった。
考えうる限りの軽量化をし、相当天気に恵まれた中でこの結果だったので、厳冬期にこの計画を完遂するのは厳しいだろう。
もう少し雪の締まり、日が長くなった春になら、可能かもしれない。
もっとも、僕らなんかではなく、もっと屈強なパーティーなら楽々こなせるのかもしれないが。
リーダーのM本氏はもう一度リベンジすると言っている。それも、春ではなく冬にもう一度。
今度はリクマンベツ川からではなく、七賢峰の滝からアプローチしよう、というお馬鹿な計画まで飛び出している。
でも、それが実現したら、なかなかハードなルートになるだろうなぁ。誰も2登しようとしないだろうけど。

記:2002年12月25日(水)


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