コイカクシュサツナイ岳
2002年12月27日(金)N〜2003年1月3日(金)
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コイカク夏尾根
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コイカク夏尾根から・1719を望む
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【地図】岩内川上流,札内川上流,ヤオロマップ岳,ポンヤオロマップ岳 1/2.5万
【メンバー】K崎,T橋(真),U住
【予定の行動】
12/27:札幌―ピョウタンの滝C0
12/28:C0―札内川ダム―コイカクシュサツナイ川―コイカク夏尾根末端C1
12/29:C1―コイカク夏尾根c1600付近C2
12/30:C2―・1719―コイカクシュサツナイ岳―コイカク-ヤオロ間c1740ポコ東尾根c1600付近C3
12/31:C3―ヤオロマップ岳⇔1839峰―コイカク夏尾根C2=4
1/1:C4―コイカク岩稜―1823峰―・1573リンゴ畑C5
1/2:C5―・1807⇔カムイエクウチカウシ山―右岸尾根c1700付近C6
1/3:C6―右岸尾根末端―札内川―下山
1/4・5:停滞日
【実際の行動】
12/27:札幌―日高町の自動車工場事務所C-1
12/28:C-1―山岳センター軒下C0
12/29:C0―札内川ダム(carデポ)―コイカクシュサツナイ川―コイカク夏尾根末端C1
12/30:C1―コイカク夏尾根c1170 C2
12/31:C2―・1719⇔コイカクシュサツナイ岳―C2=3
1/1:C3―c1610 C4設営⇔コイカクシュサツナイ岳―C4
1/2:C4―・1719―コイカクシュサツナイ岳―c1740ポコ先で引き返し―コイカクシュサツナイ岳―コイカク岩稜頭―C4=5
1/3:C5―コイカク夏尾根末端―コイカクシュサツナイ川―コイカクシュサツナイ川出合―札内川ダム下山
「あっ、ヤバイ!」
そう思った時にはすでに遅く、カリカリに氷化した雪面を滑り始めていた。
U住さんの悲鳴が聞こえる。
スピードが増していく。
この氷化具合・斜度では止められない。
目の前に木が見える。
あれにぶつかる以外に助かる術はない。
体勢を整え、胸からぶつかる・・・!
「大丈夫ー?」
U住さんの声が聞こえる。
どうやら助かったようだ。しかし、息が苦しい。胸からぶつかったせいだ。
まずったな。ここで骨折でもしていたら大変なことになる。
12月31日、奇しくも大晦日に起こしてしまったアクシデントだった。
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今年の正月にはまとまった休みが取れるから日高の長い山行に行こう―
T橋さんの呼びかけでこのパーティーが組まれた。
計画は、コイカク夏尾根から主稜線に上がって1839峰をアタックし、あわよくばカムエクまで狙おう、という社会人山岳団体としては比較的大きなものだった。
3人パーティーだし、みんな積雪期の日高の経験も浅かったが、軽量化を考えたり、記録を調べたりと入念に準備をした。
新人が多いこともあり、山岳会にもだいぶ心配をかけた。
だが僕の中では、「完遂は難しいだろうが、1839峰方面だけなら勝算は充分にある」―そう思っていた。
決して厳冬期の中部日高を侮ってはいなかったが、登攀中心の山行に多く参加していたため、尾根を辿る山行の難しさを多少忘れていた点はあったかもしれない。
結果は惨敗であった。踏めたPeakは一つのみ。
雪の状態が悪かった、と言い訳をしたくなる。
だが同時期に中部日高のぺテガリ岳に入山していた同じ山岳会のパーティーは、みごと登頂を果たしている。
力量不足を痛感させられた。
SL、Mに対する申し訳なさで胸がいっぱいになる。
自分の実力不足・認識不足・経験不足に情けなくなる。
悔やんでも仕方が無い。泣き言を言っても仕方が無い。
この結果を悔やんで云々言うよりは、リベンジして次にはPeakに立たせる、というのが一番のお詫びだろう(もしもう一度一緒に行ってくれればの話だが・・・)。
待ってろよ、1839峰、カムエク!
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2002/12/27(金)
札幌は雪が降っている。雪で車が埋まってしまっていたりしたため、U住さんの到着が若干遅れる。
T橋さんは免許を持ってないし、僕は雪道の運転に不慣れなので、運転はU住さんに全てまかせることになってしまう。お疲れ様です。
札幌を出てからは快適に車を走らせるが、日高の道の駅手前で車がスリップ。橋に少しぶつかって車の側面をへこませてしまう。
(後で右のウインカーもとれていることに気付く)
そのまましばらく走るが、どうも車の動きがおかしい。気付くとへこんだ部分がタイヤにあたり、タイヤがパンクしてしまっていた。
携帯でJAFを呼び、来た自動車整備工場の方の事務所に一晩お世話になることになる。
丁度、正月休みに入る時期だったので、近日中の修理は無理そう、とのこと。
早くも山行に暗雲が立ち込め始めた。
悩んでも仕方ないので、明日、修理可能かどうかを調べてもらってから考えることにする。
2002/12/28(土)
どうやらパーツを取り寄せようにも、年末休みに入ってしまったため、厳しいとのこと。
代車を貸してくれるとのことなので、それを利用して入山することにする。
実はこの故障させてしまった車はU住さんの友人の車だったのだが、その友人とも連絡を取って、保険の適用や修理の話は下山後にすることにさせてもらう。感謝。
中札内の道の駅で今後の天気を調べると、どうやらしばらく良さそう。期待が高まる。
安全運転でピョウタンの滝まで。一応ダムまで行ってみると、ダムに向かう道の脇に車を置いてもいいとのこと。
でもとりあえず風雪を凌げる山岳センターの軒下にテントを張ることにする。
本当はC1で食べるはずだった鍋を食べて就寝。
明日は工事車両をヒッチするために早起きすることを確認しあう。
この日の内にC0できただけでも良しとしなければいけない。
2002/12/29(日)
04:00 起床―06:05 C0発―06:45 札内川ダム発―07:20 コイカクシュサツナイ川出合 07:45―09:45 堰堤捲き終わり―13:40 c580右左岸枝沢出合―15:15 コイカク夏尾根末端C1
時間通りに起床してそそくさと準備をし、出発。
「いたやトンネル」という名前に一同顔を見合わせる。複雑な心境でトンネル内を歩く。
程なく工事車両が通りかかり、ヒッチに成功。コイカク沢出合まで乗せていただく。多謝。車だと一瞬。
準備をして出発。
U住さんと僕はワカンは八剣山で試したのみなので、全装を背負ってのワカンでの歩行のしんどさに驚く。
c485二股まで林道を歩く。右股はほぼ雪で埋まっているので楽々渡渉。
その後、左岸の尾根の張り出しを乗っ越してから右岸に渡渉。
c490に土の函っぽい地形があるが、右岸から捲ける。
その後左岸に渡渉し、c500の尾根の張り出しを乗っ越す。
するとc500の平らになっている辺りに小さな小屋がある。だが鍵がかかっていて入れない。
そのまま左岸を進み、堰堤は左岸を高捲く。
その後は広い沢中を適当に歩いていくと、c530の等高線が狭まっている所に第一の函がある。
結氷状態が良くなく、とても中は行けない。右岸を捲く。
第二の函はc540の等高線が狭まっている所にある。記録では中を行ったりしている。
この手前で左岸に渡り、函の中、左岸の縁の雪の上を行くが、途中からは縁の雪が無くなる。
これでは中は行けない。デポ旗に導かれるように左岸の函の上に出て捲く。
後は特に何も無い。適当に渡渉しながら上二股まで。
c580の右左岸枝沢出合付近は流木が多いため踏み抜くことが多く、非常にしんどい。
予想以上に時間がかかり、上二股に着いた時点で15時をまわっていた。
上二股でC1とする。
SL,Mは風邪気味で辛そうだった。早く治ってくれればいいのだが。
2002/12/30(月)
04:00 起床―07:00 C1発―08:45 c810急登上―10:50 c1050急登上―コイカク夏尾根c1170 C2
SL,Mは朝起きるのが苦手なようだ。相変わらず起きてくれない。
SL「私は朝起きられない人だから。」
L「・・・」
今日一日でどこまで天場を上げられるか。昨日の時間のかかり具合から考えると、ギリギリ上までは行けないかもしれない。
想像通り、下部は膝くらいのしんどいラッセルになる。交代しながらジリジリ進む。
それでも、地図上で等高線が混んでいる部分は雪の付きが悪く、笹が出てくる登りづらい急登となる。
途中からワカンアイゼンにすると、少しは登りやすくなる。
c1060の急登を越えると尾根上は割りと堅くなり、登りやすくなる。
そのため、地図読み間違いをしてしまう。
c1200からの尾根の向きをc1420からの尾根の向きと同じと勘違いしてしまい、c1420まで登ってしまったと現在地を誤認した。
Lが一人で偵察に行くも、ちょっと登ったくらいでは現在地を確認できるほど顕著な地形は現れず、先ほどの地点をc1420と断定する。
(実は翌日登った際、あとほんの少し登れば・1305に到達して現在地を確認できたことが判明する)
この辺は非常に雪が少なく、平坦地でなければテントを張れそうにない。
c1420より上に確実に張れる天場があるかどうかわからないので、もう少し下にあった少し平坦な地点に天場を設営することにする。
(結局、c1170あたりに天場を設営したことになる)
けっこう風の吹き抜ける場所だったため、ブロックを積む。
だがこの辺は雪が少なくブロックがなかなか切れない上、気温も非常に低かったため、うまくブロックを積むことが出来ない。
結局、テントの高さの2/3くらいまで積んで終わりとする。
このブロック積みの際、みんな非常に足先が冷たく、SLが足の親指の感覚を無くする。
寒さを考慮せずにブロック積みを続けてしまったのは不注意であった。
翌日の行動はSLの足の具合を見て考えることにする。
2002/12/31(火)
04:10 起床―07:10 C2発―08:30 c1430―10:30 c1610―11:40 ・1719上―11:50 コイカクシュサツナイ岳―12:00 ・1719上―14:20 c1430―15:05 C2=3
朝にSLの足の具合を聞いてみると、まだ感覚は無いらしい。だが、足の指の色を見ると血行は良さそうだし、黒く変色をしているわけでもない。
迷った末、SLは今日一日様子見の停滞、僕とU住さんで上部の偵察に行くことにする。
出発しようとすると、朝日が昇ってくる。太陽の丁度向かいにあるピラトミ山のJ.P.が刻一刻とその色を変えていく。どの瞬間を切り取っても、絵になる。至福の時。
気温は低い。-20℃くらいか。風も若干はある。一応ケアをしないと凍傷を作るかもしれない。
C2からはEPで登っていく。一応ワカンも持って行く。
登っていくと程なく・1305の平坦地が現れる。あぁぁ・・・。地図読みを間違ってしまったか・・・。大反省。
・1305はジャンボエスパースでも2〜3個張れそうなくらいの広さ。デポ布多数、なぜか虎ロープ(黒と黄の縞のロープ)も張ってある。Why?
この辺は一部雪が少ないせいか、ズボズボであった。
そこから若干斜度のある丸い尾根を登っていくと、尾根が少し左に折れ、c1420からの平らで細い尾根に出る。
この辺りは尾根の西側から風が吹き、東面は若干吹き溜まる感じで雪が比較的多い。斜面を切れば天場の設営も充分可能。尾根の東側に張れば風も防げる。
c1420からc1550で1本西の尾根にジャンクションする部分までは部分的に岩が出てくるが、いずれも上を行ったり西捲き可能。
東側に段差や雪庇ができていることがあるが、雪庇も高々30cmで大したことはない。
c1550のジャンクションからc1600の平坦になる部分までがこの尾根の核心か。
場所によっては西からの吹き上げによって雪面が堅く氷化している。急な部分はアイゼンをしっかり蹴りこんで登っていく。
1箇所岩を捲く部分でメンバーが怖がったので、指示をしながら慎重に捲く。
帰りはここを下るのは怖いと言うので、c1600から派生する1本東側の尾根を少し下ってから、こちらの尾根に乗り移ることにする。
地形図を見ると、向こうの尾根の方が斜度はあるが、西からの吹き上げの影響を受けないため、木は多い。
木を掴みながらなら充分下れそうだ。
平坦になったc1610で休憩。ここが樹林限界くらいだが、雪を切れば天場を設営できそうだ。天場を上げるならここかな、と話し合う。
記録では「ここから主稜線まで10分」とあったが、雪が締まっている時の登りならそれも可能である。
だが、ここの核心は下りであった。この時はそのことにまだ気付いていなかった。
標高差は100m位あるが、すぐに・1719直下まで行ける。僕はこの時、雪の堅さを全然気にせずに登ってしまう。
U住さんが・1719直下の登りで、怖くて登れない、と言う。確かに、登れるギリギリの堅さ・斜度だ。
・1719の標高点の石柱をアンカーにし、確保をする。主稜線に到達。
・1719〜コイカク間は十勝側に1m位の雪庇がある。視界さえあればまず落ちることはないが、もし踏み抜いたら助からないだろう。
コイカクシュサツナイ岳はもう目と鼻の先。スタスタ歩いてコイカクシュサツナイ岳Peak着。Peak手前にケルンがあった。
この頃丁度東側にガスがかかってきて、1839峰はよく見えない。一瞬見えたが、直下は絶壁のように見えるが・・・?
そそくさと帰り始める。・1719直下の下りでU住さんを確保、バックステップで下る。
僕はロープ無しでも下れると思い、ロープを解いて前向きに下り始める。この考えが甘かった。
下り始めた数歩目、アイゼンの歯が刺さらなかったのか、刺さったが刺さりが甘く外れてしまったのかはわからない。
僕の体は北向きでガンガンに氷化した斜面を滑り始めていた。
後は冒頭にある通り。運良く滑落したラインに木があり、
それにぶつかっても運良く怪我の一つもせずに事なきを得た。
この事故に関する考察は最後に書くが、原因はただただ『油断』であった。リーダーにも関わらず、まことに安易であった。
なお、この滑落で僕のカメラのレンズが壊れてしまった。財布は痛いが、壊れたのがカメラで幸運だった。
壊れたのが自分の体だったら進退窮まったし、ビーコンが壊れたなら下山が確定だったのだから。
胸を強打し、左足も痛む。「こんなところで怪我をしたら帰ることができない―」冷や汗がにじむ。
1分くらいは強打した胸が苦しく動けなかったが、なんとか動けそうだ。
自分はリーダーなんだし、とりあえず安全な場所までメンバーを避難させなければならないと思い、痛む足を動かしてU住さんの待つ尾根上まで戻る。
雪の状態が悪く慎重にくだらなければならないことを確認しあい、下り始める。
登りには何とも思わなかった斜面が、下りだと非常に危険になっていた。一歩一歩足を蹴りこみながら、慎重に下る。
だが、後ろを振り返り、メンバーに指示を出そうとした瞬間、また滑落してしまった。
雪面に対して前向きだったため、すぐにピッケルによる滑落停止で止められた。だが、あまりに情けないミスであった。
今一度慎重に下ることを確認して、やっとのことでc1610着。
2度の滑落。僕は少なからず動揺していただろう。この先も核心が残っているが、ここで充分休憩をとることにする。
ここからは登りの時に確認した通り、一本東の枝尾根を少し下ってから取り付き尾根にトラバースして戻ることにする。
斜度はあるが、木が豊富に生えていて、雪もズボズボなので慎重に下れば問題は無い。
トラバースする小沢も、しばらく降雪がなかったため安定している。
コイカク夏尾根に戻ってホッと一息。ここまで来れば、なんとでもなる。
後は登りの通りに下り、天場まで。SLには「15時を回ることは無いと思う」と言っていたが、帰幕したのは15時を若干回っていた。
天場で明日の行動を話し合う。
SLの足の具合は、相変わらず。痺れは取れないらしい。僕の体も今のところ大丈夫そうだが、明日の朝の2人の容態を見てみないと何とも言えない。
とりあえず2人の容態が何ともなければ、今日イマイチな事故を起こしてしまったが慎重に行けば通過できないことはないので、
天場をc1610まで上げて、コイカクシュサツナイ岳の先を偵察することにする。
日高地方には低温注意報が出ている。冬型は少し緩む。それに伴い風も若干弱まるようだ。
2003/1/1(水)
04:30 起床―07:45 C3発―08:30 c1430 08:45―09:45 c1610 C4設営 11:45―12:50 コイカクシュサツナイ岳―14:10 C4
今日から2003年。今日もいい天気。ずっと冬型が決まっていて、日本海側は悪天だが、日高や道東は連日の好天なのだ。
山の上で晴天の中新年を迎えられる、というのは最高の贅沢ではあるまいか?
朝食は雑煮。いいね。
予備日分の食料・燃料と行動食、ゴミ、ワカン、ストックなどをデポ。ずいぶん軽くなった。
登りは昨日と同じ。全装なのに、個装の昨日よりだいぶ早い。Why?
昨日目をつけていたc1610の尾根の東側を切って天場を作る。
最初は雪を掘るとブッシュや氷の層が出てきたて不安だったが、鋸やスノーソーを駆使すると、快適な天場ができた。
日差しで上部の雪がいくらかでも緩むのを期待して出発。
だが、状態は昨日と全く変わらない。慎重に歩くように言い聞かせて・1719直下まで。
リードの確保をしようにも、雪が堅すぎてピッケルが刺さらないため、スタンディングアックスはできない。
尾根上にはほとんど木は無く、かろうじてアンカーに使えそうな木もだいぶ下にあるため、30mのロープでは足りないだろう。
リードの僕は確保無しでロープを引っ張っていくことにする。
昨日の今日でまた滑落したら、例え事無きを得ても、もう山に登る権利なんて無い。自分に言い聞かせ、神経を研ぎ澄ませて挑む。
昨日はスタスタ登ってしまったが、アイゼンの刃先があまり刺さらないことを考慮すると、確かに登りでもプレッシャーはある。
ピッケルのアッズ(ブレード)をカッティングに使うのなんて、アイゼンが無かった時代の技術かと思っていたが、
これだけ斜度があってアイゼンもうまく刺さらない状況で確実に登るには、カッティングせざるを得ない。
なんとか登って一息つく。はっきり言って、ロープをつけて岩登りするのよりもずっと怖い。
ロープをつけていれば(ロープが切断したり、下手なプロテクションの取り方をしない限り)まず死ぬことはないのだから。
2番手のSLはプルージックで登ってもらい、3番手のメンバーは確保する。
皆、快晴の日高の絶景にただただ見とれる。カメラを壊してしまった僕以外の2人は日高の絶景をカメラにおさめている。
U住さんは積雪期の日高で晴天にめぐりあったことがなかった、とのこと。感激していた。
僕とU住さんは昨日に引き続きコイカクシュサツナイ岳のPeakに立つ。T橋さんは今山行初のPeak。
コイカクの先を少し偵察するが、コイカク-ヤオロマップ間には木が無く、かといって雪も多くなく、確実な天場が無さそう。
雪さえあればブロックを積んだり、雪洞を掘ったりできるのだが、この状態では「名物ナナシ沢の吹き上げ」を防ぐことができる天場は作れない。
5日が下山予備扱いなこと、コイカク沢を詰めるのに1日かかったことを考えると、4日朝には少なくとも上二股には居たい。
そして残りの日程を考えると、ヤオロ方面にアタックキャンプを設営するのは厳しい。
C4からのロングアタックの可能性に賭けることにする。
・1719の下りはメンバー・SLは確保し、僕のみ・1719Peakの石柱で懸垂下降する。
全員懸垂下降するということもできなくはないが、石柱のアンカーとしての強度に不安があったので、確保の方が確実と思い、2人は確保で下ろした。
危険を冒すのは一人で充分、ということである。15mの懸垂では若干短いが、急傾斜部分は避けられる。
その先も慎重に、あらん限りの力を振り絞って雪面にアイゼンの歯を突きたてながら下る。
場所によってはカッティングしながら下った。
明日は夕方から少し天気が悪くなりそうなので、しっかり引き返しリミットを守ってロングアタックをすることにする。
ヤオロ方面の雪の状態次第では、潔く諦めることも確認する。
1月1日の夜に見る夢が初夢、ということで、みんな「富士・鷹・茄子」をイメージしながら眠った。
2003/1/2(木)
03:30 起床―06:35 発―06:50 ・1719直下―07:15 ・1719上―07:25 コイカクシュサツナイ岳―08:00 ・1560先c1620 08:15―08:45 c1740ポコ―
09:10 c1740ポコ先引き返し―09:45 ・1560コル 10:07―10:45 コイカクシュサツナイ岳―11:00 ・1719―11:15 コイカク岩稜頭 11:35―12:35 C4=5
快晴、無風。あいにく、「富士・鷹・茄子」の夢を見た者はいなかった。T橋さんの初夢がドラマ仕立てで面白い。
薄暗い中、出発。雪の状態は相変わらず。
・1719直下は念のためリードも確保することにするが、もしロープが足りなければ一声かけてから解除して、とSLに頼む。
丁度この登りの準備をしている時に御来光、となる。こんな絶景の中で滑落したらいい笑い者。美しい朝焼けの中、カッティングしながら慎重に登る。
案の定、ロープは足りず、・1719まであと3m、という核心の所でロープ解除となる。あぁぁ・・・。
だが昨日のカッティングの跡もあるし、この登りは3回目なので、余裕を持って越えられる。セカンドの登りは昨日の通り。
僕とU住さんは今山行3度目、T橋さんは2度目のコイカクPeakに立つ。
Peakからヤオロ方面も十勝側に段差や雪庇が出来ている。あまり寄れないので大きさはわからないが、それほどでかくはない。
ヤオロ方面の主稜線上には木はほとんど無い。潅木や這松が少し頭を覗かせていたりするが、この雪の量でこれなら、春には真っ白だろう。
雪はたまにズボッっと這松を踏み抜いたりすることもあるが、かなり快適。スタスタ歩ける。
ナナシ沢の吹き上げは恐ろしく激しいことで有名だが、この日は無風。むしろヤオロマップ沢から少し風が吹くくらいだった。
・1719直下の斜度と比較して、・1560コル後のc1570〜c1600と、その先のc1650〜c1740ポコの登りが核心かと話し合っていたが、
c1570〜c1600は幾分雪の状態が良く、下りも問題ないと判断し、通過。
その先のc1610の平坦地で休憩。
c1650〜c1740ポコの急登は岩が出ていたりして、日高側を捲き気味に登ることになる(雪の状態が良ければ、上も行けないことはないと思う)。
ここも雪が硬い。しかし、プレッシャーはあるが、下れないほどではないと判断、慎重に登る。
c1740ポコに着いて先を見ると、非常に細い尾根になっている。しかも、雪は非常に堅く、・1719直下と同じくらい。
雪庇は大きくはないが十勝側に張り出し、部分的に岩も出ている。
ここはセオリーとしては日高側を捲き気味に歩くのだが、今回は雪が堅すぎて日高側の急斜面をトラバースするのは非常に危険。
行くなら尾根上を忠実に行くしかない。
まず僕が歩いてみるが、尾根自体が細い上に雪庇もあるため、歩ける部分が非常に限られる。しかも雪は異常に堅い。
部分的に出てくる岩も乗っ越さないといけない。
例によって、雪が堅すぎて確保は出来ない。
全員、五体満足で越えられるだろうか。今は風が無いから行けるかもしれないが、天候は悪化傾向だし、帰りに風が出てきたら?
多くの仮定をし、考察を繰り返す。
そして、悩みぬいた末、引き返しを決定する。また、この状態では先に行ける見込みも無いので、下山も決定する。
「1839峰とは言わないまでも、せめてヤオロくらいは踏ませてあげたかった。」悔やむ自分がいる。
その反面、引き返しを決定し、ホッとしている自分がいる。
自分は正しい判断をできただろうか?安全と危険の境目を性格に見極め、決定を下せたのだろうか。
臆病風に吹かれてしまっただけではあるまいか?
引き返しながら悶々と悩み続けた。
帰路は行きと同じ。c1740ポコ〜c1650の下りは、人によってはバックステップを使いながら慎重に下った。
後はなんもで・1719まで。この頃から日差しも強くなり、厳冬期とは思えないくらいの好天になる。まるでGWのようだ。
時間があるので、コイカク岩稜(・1719西のc1700ポコから主稜線を北に向かう岩稜)の見物に行く。
・1719-c1700ポコ間は北側の沢が切れ込んできているが、南側が平らなのでスタスタ歩ける。
コイカク岩稜は想像以上に岩々している。捲くなら日高側だろうが、この雪の状態なら厳しいだろう。
岩稜頭のc1700ポコで休憩し、もうしばらく見納めとなる日高の絶景を目に焼き付ける。
ここから見ると、1823峰は非常にでかい。そしてその奥にはカムエクが聳え立っている。
いつか絶対にリベンジに来る。心に誓った。
・1719の下りは昨日の通り。僕は懸垂で降りたので、テープスリングを残置することになってしまった。僕が山スキー部の1年目の時から使ってきたスリング。
「こんな所に残置していかないでおくれよ」そのスリングが訴えかけてくるような気がした。(馬鹿か・・・)
命には代えられないため仕方ないのだが、いつか回収に来る。そう約束する。
まだ昼過ぎだったので、C4に着いて、今日のこの後の行動について話し合う。
c1610からの下りという核心を今日の内に越えてしまいたい、という意見もあったが、
メンバーの「この(高い)天場から夕日・朝日を見たい」という強い要望を受け、今日はc1610の天場に留まることにする。
あいにく、夕日はコイカク岩稜の陰になるので良くは見えなかったのだが、夕日に染まる1823峰はそれはそれは美しかった。
カメラが壊れてしまったのが惜しまれる。だが、これは日高の山々が「もう一度写真を撮りに来いよ」と言っているのかもしれない、と思った。
この晩は多少天気が崩れるかと思ったが、満点の星空であった。帯広の夜景も美しい。
寒空の中、もうしばらく見ることのできないであろう景色を飽きることなく眺める。
2003/1/3(金)
03:00 起床―06:15 C5発―06:50 核心部捲き終わり―07:15 c1420―07:25 ・1305―07:38 C2デポ地 08:05―09:00 上二股 09:30―
12:50 コイカクシュサツナイ川出合 13:10―14:15 札内川ダム下山
今日中に下山は無理だろうが、出来れば札内ヒュッテくらいまでは下ろしたい、ということで気合いの3時起き。
だが早く準備をしすぎて、行動可能なくらいの明るさになるまで震えながらまつ羽目になる。
6時の予報によると、今晩あたりから天気は荒れるようだ。
東側の空が赤く染まり始める中、出発。
c1610からの下りは12/31の通り。コイカク夏尾根に戻った頃に丁度御来光になる。皆、しばし見とれる。
後も12/31同様にガンガン下って、デポ地まで。ここでデポ品を回収、またガシガシ下ってあっという間に上二股についてしまう。
行きにはあれだけラッセルに苦労したのに・・・。今日中の下山も見えてきた。
コイカク沢のトレースは、消えてしまったところが大分ある。トレースも、うまく乗らないとズボッと踏み抜いてしまい、不快。
それでもトレースを歩いたほうが早い。目を皿のようにしてトレースを探しながら歩く。ルート・渡渉は行きとほぼ同じ。
寒気が入り冷え込んだせいか、雪が羽毛のような結晶を形作っていて、綺麗。
行きに7時間半かかったコイカク沢が、帰りには3時間20分であった。
まだ年始のため工事は始まっていないので、ヒッチはできない。歩くしかない。
札内ヒュッテを覗いて見て、その綺麗さに驚く。ここで1泊でも良かったかな。薪も使っていいようだ。
後は外より寒いトンネルを黙々と歩いて、札内川ダム下山。
お疲れ様。みんなで握手を交わす。
この後、銭湯(名前・場所は忘れた)に入り、帯広で豚丼を食べ、帯広労山の事務所に一晩お世話になった。
丁度、T橋さんの知り合いも下山して帯広労山事務所に泊まっていて、賑やかな夜になる。
2003/1/4(土)
朝から大雪。帯広では大雪が降ることは稀らしく、町中があたふたしていた。除雪の手際も札幌より悪い。
行きに車で事故を起こしているので、帰りは慎重に狩勝峠を通って帰札。
帰宅してみると、水道管が凍結していた・・・。
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・1719直下での滑落について
雪の状態としては、雪と氷の中間ぐらいの堅さであった。人によってはピッケルの石突きが刺さらないほど。
この山行に行くにあたって、北大の山岳部・ワンゲル・山スキー部の記録を当たったが、調べた範囲では
一つとして・1719直下について言及しているものは無かった。
今回このように雪面が氷化した原因として、次の3つを考えた。
- 北向き斜面であり、日が当たりにくいこと
- 風の強い山域であること
- しばらく降雪が無かったこと
もし1.2.の理由からあれだけの堅さになるのなら、記録に現れてもよいはずである。
3.まで加わることによって、あれだけ記録的な堅さになったのだと推測しているが、
高々十数個のデータからでは何とも言えない、というのが実情でもある。
とにかく、これだけの堅さになる可能性は充分にありうる。今後この山域に行かれる方は充分注意されたい。
なお、僕の滑落に関しては、記録中にも述べた通り、ただただ「油断」であった。
登攀など危険度の高い山行に行く機会が多かったため、尾根の危険度を見誤っていた部分もあったかもしれないし、過信もあったかもしれない。
『尾根歩きでも充分死に得る』
そういう認識を持って冬山に臨もうと思う。
記:2003年1月13日(月)
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