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「君のいない星にて」―内藤三恭司追悼文集―
Sakuji Naitoh.We are always thinking about you.
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世界中を見渡せばほとんどの人は
君のことを知りませんが
君のことを知っている少しの人は
ずいぶん悲しい思いをしています
ことあるごとに僕らは君のことを思いだし
思い出しては人生のことを考えています
君に話しかけたり
単に生きていたらなあと思ったりします
世界中を見渡せばほとんどの人は
君のことを知りませんが
君のことを知っている少しの人は
君のいないこの星が
ちょっとつまらなくなったと思っています
そして時が経つほどに
君のいない日々に少しづつ慣れてしまう
自分の残酷さが嫌になります
詞・服部 文祥
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2000年3月5日「大日岳遭難事故」から1年後、関わった人々の様々な思いを纏めた内藤三恭司追悼文集「君のいない星にて」が完成しました。遺稿集や友人達からのメッセージ、一周忌までの日々を綴った家族の手記など涙と笑いがぎゅっと詰まっています。
はじめに・22年間の歩み・山歴
第一章 遺稿
第二章 逸話集
第三章 追悼の記
第四章 突然訪れて永遠に去らぬ深い悲しみ
第五章 僕らの絆に含まれるもの
■手帳
3月3日17時〜戦国登山基地にて
・温度急上昇で雨が降ったときはなだれに注意。
・雪どうはアーチ型に作る。天井を四角にしない。「遺稿集より。人生を終える前の1ヶ月程の間、内藤三恭司は常にこの手帳を携帯し、なにかある毎に書き留めていた。なだれ事故はまさにこの2日後起こった。」
■落書き
やっと南ア深南部から部室へ帰ってきた。深南部はあまりの深さに度ぎもをぬかされた。まるで修行のようであり、たくさんの反省とリベンジが僕らを待っていた。サゴチは悟りを開いていた。僕もやり方を教わったが修行が足りなかった。賢者〈サゴチ〉曰く「意識を断ち切るんだ!」この言葉は深南部の深さ並みに常人には理解できなかった。とりあえずこの山行きは面白すぎた。そしてすごくしんどかった。まじで。「遺稿集より(サゴチは部員のあだ名)」
■フクマエ君誕生
フクマエってなあに?服を後ろ前に着たとか。フクマエのフクは幸福のフク?様々な憶測が乱れ飛んだ。きわめつきは私が三恭司を連れ子に再婚し、旧姓ふくまえさんだったとか…。
ちがいます。〈フクマエ〉はワンゲルの先輩から頂戴したワンゲルネームなのです。トイレの中から女の子に告白したので「拭く前」というのがその由来。究極のネーミングは直ちに定着、本人も愛用。 「逸話集より」
■事故・それからの日々
その夜は私達夫婦が辿ってきた月日の中でもっとも不幸な夜であった。
三恭司が雪の中で助けを求めている姿が頭を駆けめぐる。素人考えでいろいろ思いを巡らす。希望と絶望が交錯した。二人とも狂い出しそうだった。
あきらめるわけにはいかなかった。雪の中は意外に温かく雪崩で雪に埋もれ、一週間生存した例もあるという。あんなに元気な子なのだ、きっと無事でいる、今ならまだ間に合うかもしれない…。そう思うとなんとしても現場へ行き、スコップを振るって自ら息子を掘り出したい衝動に駆られた。
…生きていてほしかった。たとえ五体満足でなくても。「突然訪れて永遠に去らぬ深い悲しみ」より
【大切な岳友がある日突然山で死んでしまったら、残された者はどうやってその事実を自分に納得させるのだろう。友がこの世に存在しなくなったことなどまったく関係なく生きている者に日常は流れ込んでくる。
内藤三恭司、享年二十二歳。昨年3月5日大日岳山頂で雪庇雪崩に巻き込まれ死亡。この本は山という「絆」で彼と結ばれた仲間達が、世に問うた遺稿・追悼文集だ。遭難の事実を知った瞬間から、自分達の手で遺体を家族のもとに帰し、この本を出すまでの数ヶ月間に彼らが何をどう考え、どう行動したか、それを書いている者の歯ぎしりの音が聞こえてくるほど克明に綴られる。
「君のいない日々に少しづつ慣れてしまう自分の残酷さ」からもけして目をそらそうとはしない。その辛辣さが、淡々と記述された彼の生前のエピソードや思い出話を一層浮かび上がらせ、内藤三恭司という、山で逝ってしまったひとりの青年の人間像を読む者に焼き付けるのだ。
本を閉じると、彼らの絆の強さに、嫉妬に近い感情すら抱いている自分に気付いた。会ったことのない内藤青年が、誇らしげに軽く手をあげて夕日の残照に向かって自転車で走り去っていく後ろ姿が、確かに見える気がした。N/K】 「岳人2001年7月号 書評欄より転載
「君のいない星にて」A5判 縦書き 311頁 定価3,000円
お問い合わせは
電話 045-381-3678
Eメール sa9zi@ze.catv-yokohama.ne.jp内藤悟まで
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