能・狂言の散歩道

能狂言の散歩道

(味方玄師の舞台より)

観世流能楽師味方玄師(平成12年度京都市芸術新人賞受賞)のご好意により師の舞台写真の転載について許可を頂きました。

              「葵上」








8月31日 高野山 常喜院座敷能 「葵上」

(あらすじ)
誇り高き女性六条御息所。光源氏の正妻葵上に対する嫉妬と怒りから肉体を遊離した生霊が、葵上を襲う悲劇。出典は源氏物語






               「清経」



 「清経」 恋之音取

(あらすじ) 一ノ谷の合戦に敗れ、戦いの世に生きることを嘆いた平清経は、或る夜、笛を吹き今様を朗詠します。そして、西に傾く月に「南無阿弥陀仏弥陀如来、迎えさせ給え」と願い、真っ黒な冷たい海に入水します。清経の妻は、清経が自ら命を絶ったことを恨み、形見の髪も見るに忍びず泣き明かします。その夢枕に清経が現れ、自らが神にも見放され、入水に至ったことを再現し、消えていきます。



「石橋」



(あらすじ) 中国、清涼山にかかる石橋。橋の幅は一尺にも満たず、苔むして滑りやすく、下は千丈の谷。向かいは、文殊の浄土。はるばる海を越えてやってきた寂昭法師の目の前に、霊獣獅子が姿を現し、勇壮に舞い戯れます。

白獅子を味方玄師、赤獅子を弟・味方團師の兄弟コンビが舞台をつとめられました




(能狂言と私)



(宝生能楽堂にて)

能狂言とのなれそめ
学生時代下宿していたお寺が能の先生のご実家だった関係で、アルバイトで能楽堂の下足番をよくやり、また門前の小僧よろしく暇にあかせて見ていました。また、その先生ご一家とは、お二人のご子息もプロになられ活躍されていますので、機会を見つけ舞台を観に京都へ行くのを楽しみにしています。


新年初の能をみました
1月14日は観世銕之丞家(注)を中心とする演能の会である、銕仙会の1月例会を観ました。演目は能は、翁、山姥で狂言は三本柱でした。翁の感想を 素人、ミーハー的に書いてみます。

 「能にして能にあらず」といわれ、能の古態をとどめる神事、天下泰平、五穀豊穣を予祝する祝言の曲です。面もあごがばらばらに動く切あご式といわれる能面の以前の面影を伝る独特の様式です。

9世観世銕之丞の襲名後の初めての会ということもあり、シテは観世銕之丞、三番そうには、人気狂言役者の野村萬斎、後見には片山家の御曹司片山清司とベテラン浅見真州、笛は12世藤田流家元藤田六郎兵衛という豪華布陣でした。

シテが神となり、おごそかに「とうとうたらりたらり・・」と謡い、三番そうの萬斎は鈴を振りながらリズミカルに舞い踊る舞台は神事を彷彿とさせ、お神楽の響きと通じるものがありました。観世銕之丞の名に負けない貫禄と威厳をシテに感じ、また三番そうの萬斎の美男子ぶりには思わずみとれてしまいました。彼には単に有名であるだけでなく何かオーラを発しているのがみてとれました。また、笛方の藤田六郎兵衛が烏帽子を付けるとまさに絵にでてくる武将のようでした。座席が脇正面の前から三列目の中央であったので、舞台の迫力に圧倒されました

(注)観世銕之丞家は江戸中期の十五世観世左近元章の時に観世本家から分家し、近年は観世寿夫を中心に広く舞台芸術の視野から能を見直す動きを積極的に行い高い評価を得ている。京都の観世流の重鎮である片山家とは、縁戚関係にある。

今年は、法政大学の「初めての能狂言講座」に通いながら、銕仙会の毎月の定期公演を初め、野村万斎さんの舞台を中心にみていこうと思っています。全くの素人ですが、演劇としての能・狂言の面白さに、はまりかけています。
何か難しそうと敬遠されがちですが、腹の底から楽しく笑える狂言と夢幻能といわれる斬新な作劇法をもつ能は、決して古臭いものでなく、年代を問わず楽しむことができる娯楽と思います。すこしでも多くの人が親しみをもっていただくことを願って、素人としての紹介ページを続けていきたいと思います。

   


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