吾妻(高湯〜東吾妻〜土湯)

2004.1.24〜1.25


24日 5:50 スカイライン除雪終了点〜7:00 リフト終点〜9:05 慶応山荘付近〜11:10大根森を登りきった地点〜11:35五色沼湖面〜13:30酸ガ平避難小屋着

25日 6:00 酸ガ平避難小屋発〜8:20 東吾妻山頂〜11:10 鳥子平付近〜12:50 高山山頂〜15:45 林道ゲート〜16:10 女沼駐車場

装備:ザック15kg、スキー3.5kg

今シーズンは泊りで山に行けるのは1月だけになってしまったせいもありスキー山行の意欲が低下していた。とりあえず今年も吾妻だけは行っておこうかと思ってMさん(♂)を誘ってみた。彼とは昔からの知り合いであったのだがひょんなことから去年の暮れに上高地に一緒に行くことになり、その時初めて彼がテレを昔からやっていることを知ったのであった。さらに星穴の時のAさん(♀)、Bさん(♂)にクライミングジム知り合いのCさん(♀)、Dさん(♂)が加わり総勢6名となった。人数が多くなると欲も出てきて東吾妻も行けたらいいかなと思い始め、どうせ行くなら道具も吾妻向きのやつを新調してしまおうと旧モデルのカルフ10th MT TOUR(鱗板) + BDテレベートを\11kでゲットし、単なる物欲でカタログ落ちしたクリスピのピークという2バックルの革靴まで買ってしまった。ザックは去年17kgでかなり難儀したので15kgまで減量した。テントは2〜3人用を私が持ち、共同装備の4人用テントをBさん、大鍋+ストーブ+ガス500缶をMさん、晩御飯の食材をCさんとDさんに持ってもらうことになった。計画としては高湯から入山して去年と同ルートを進み、吾妻小舎から先の鳥子平で幕営し、そこに荷物を置いて東吾妻を往復、あとは高山を越えていくというものだった。

Mさんとは現地合流ということで我々5人スシ詰めになった車は一路北を目指した。去年自転車を置いた辺りに車を置こうということで一旦スキー場駐車場まで行きそこにテントを張りMさんと待ち合わせた福島西IC近くのコンビニに引き返す。途中Aさんからメールがあった。「シールがない!」というとんでもないことが書かれている。Mさんと合流して土湯に向かうが去年通った林道ゲートまでの道は全く除雪されていない。仕方なく女沼方面から行くのを試みるがここも轍がついてはいるがとても私の車では行けそうにない。仕方なく女沼の広い駐車場に車を停めた。吾妻スキー場に戻るともう3時を回ってしまった。4時起きということで仮眠するがやはり眠れなかった。4時にテントの人達も起こして準備を始める。Aさんはシールなしではどうしようもないので一日スキー場で滑って新幹線で帰ることになってしまった。

まだ暗いなか除雪終了点からゲレンデに入る。下の駐車場で仮眠をしたのだがここまで上がると車が沢山停まっていてテントまで張られている。普通はリフトで上がるのだが今年も時間に余裕が欲しい為その前に上がってしまう考えだ。Aさんに別れを告げスキー場の斜面をBさんを先頭に登り始める。まだ圧雪車が入っていない為ゲレンデは一面新雪が積もっている。Bさんは滑りたいと連呼している。

 23日 AM6:15 ゲレンデからの眺め

歩いているうちにすぐ明るくなり日が射してくる。斜面は赤く染まっている。去年と違い車で行けるとこまで登ったせいか1時間程度でリフト終点に到達した。

 23日 AM7:05 ゲレンデトップ付近

ここで小休止する。この辺りは雪原状になっているのでルートに入るとこまで私が先行する。赤布、緑布があるところでまたBさんに先行してもらう。大根森で私が先行するということでBさんにラッセルをお願いしたのだが4kg強のテントも入った私より重たいザックを担ぐBさんはラッセルしているにも関わらず後続よりペースが早い。こんなことでは全部先行してもらった方が早いのではないかと思ってしまう。何故だか私のスキーは重く後続なのに足が重い。最初はプラブーツでなくゲーターだから靴の抵抗が大きいのかと思っていたのだが先行者のトレースの上でシールの滑りが悪くなっているようだった。Mさんに2番目を交代してもらう。去年スキーの先端が突き刺さってしまった橋の所は雪で埋もれて難なく通過出来てしまう。

23日 AM8:30 沢に架かった橋の所

Bさんのラッセルはペースが落ちることもなくどんどん進んで行く。積雪は靴が埋まる位であるがスキーのトップは雪に潜るのでそんなに楽ではないはずなのに。去年と違いすんなり慶応山荘手前の広い雪原に出た。ここからは山荘は見えない。

 23日 AM9:05 慶応山荘付近

ここから先頭を交代した。大変になると思ったが雪は軽くさっきと違いシールがよく滑るので予想したほど大変ではない。それでもさっきに比べるとペースは落ちた。去年は赤布をたどることを考えすぎて効率が悪かったので目標を定めてなるべく尾根の上から外れないようにルートを取った。天気が良く遠くの赤布も良く見える。ルートが明瞭なのでMさん、Cさんにも先頭をやってもらう。1時間強の登りで見晴らしの良い尾根に出た。

 23日 AM10:20 五色沼より一つ手前のコルから

ここに来てBさんがなかなか来ない。シールが利かなくて登れなくなってしまったそうだ。登れないからとトラバースして逃げるとかえって斜度がきつくなり登りにくくなってしまったようだ。シールも流用で幅が狭くストックも深雪では役立たずのリング径が小さいゲレンデ用だから後ろに滑るともうどうしようもないようである。今度はDさんを先頭に私が最後尾につく。最後のトラバース状の登りでは去年遠藤さん(吾妻小舎オーナー)に教えてもらった木より一本右上の木の左手を目指すようDさんに指示してしまった。私とBさん以外はカービングスキンなので問題なかったがBさんは登れなくなってしまった。私が去年通った方にトレースを切り直し、さらにBさんが上の方で斜登高とキックターンを繰り返してようやく五色沼を見下ろすコルに出た。

23日 AM11:15 コルから登ってきた方を振り返る

正面に一切経山が見える。風は今までよりは強くなったが稜線上であることを考えると殆ど吹いていないようなものだ。去年はここら辺では疲れて遠藤さん一行の後を何も考えずについていっただけなのでどこから登ったかよくわからない。五色沼の向こうに木立の並んだ尾根が見えてあそこから登ってしまえばいいかと後で後悔することも知らずに判断してしまった。

23日 AM11:15 一切経山と五色沼(赤線がこの後たどったルート)

ここで板を外して指導標の所まで家形山方向に歩いていく。

23日 AM11:15 家形山方向

去年のルートは五色沼に降りず北面を巻いたのは判っていたのだが少し滑り降りたような記憶があったせいでなんか間違っているような気がしつつも湖面に滑り降りた。湖面はストックを突くとリングが雪につくかつかないか位で先端が堅い氷に当たるのが判る。雪を掃き寄せればスケートリンクになりそうだ。

 23日 AM11:35 五色沼湖面より

GPSを見るとルートはもっと北側である。「山スキールート図集」には湖面に降りるルートも出てるし途中でルートに合流出来るだろうと安易に先程目星を付けた尾根に取り付いたがこれが間違いだった。木は思った以上に密でトレースをうまく切れない。木立の左手は風下で吹き溜まりとなり登れず、右手は谷になっていて雪崩を考えると入ってはいけないように思われた。仕方なく木の枝をつかみつつ枝を分けながら登っていく。殆ど木登りでようやっと上に出た。後続はBさんとDさんが登り切れずに最後の部分で右手の谷に入ってしまう。途中で後から来たパーティーが後ろに見えた。彼等は殆ど標高を下げずに北面を巻いている。いつのまにかすぐ右下まで追いつかれている。後は緩くなった尾根を登っていき後続パーティーとのトレースが近くなってきた所で斜めにトラバースして彼等の後ろについた。天気は何時の間にか風雪となった。ジャケットのフードを出す。風で雪のあまりつかない緩斜面を登りきった所で追い抜いたパーティーが休憩している。彼等の横で我々もシールを剥がし準備をする。彼等のトレースの後を追うように滑り始める。先に酸ガ平避難小屋の脇まで滑って後続を待つ。Mさんはこける回数が多いのかなかなか来ない。風も雪も強くなってきたので小屋で休憩したくなってしまった。現時刻が13時半、予定幕営地の鳥子平は休憩なしでも早くて15時になる。このまま雪が降り続いたとするとテント設営、明日の撤収は大変である。東吾妻は諦らめるかなと思い始めて避難小屋泊という逃げが頭の中を占めてくる。小屋の扉は凍り付いて開かないので窓から入る。スキーも全て窓から中に入れる。ここで泊まることに決まるのは早かった。入り口の氷も剥がして扉も開くようにした。皆がくつろぎ始めた頃に突然入り口の扉を押す音がした。なんと入ってきたのはAさんだった。リフト乗り場で慶応山荘の方がシールを貸してくれて追いついて来たそうだ。小屋の中から声が聞こえるから見てみたと言う。なんでまだこんな所にいるのだと言われてしまう。外にはBさんをここまで案内してくれたがもうさん達一行がいた。これまで去年の吾妻、月山とニアミス続きだったがもうさんに初めて挨拶することが出来た。がもうさんは東北各所のスキー山行を「飯豊朝日連峰の麓から」というHPに上げていてその詳しい内容から毎回貴重な情報を得ていたのである。

小屋の中は氷点下8度位、外は氷点下16度だった。とりあえず適当に食べ始めていたのだがどうせなら晩飯にして早く寝ようということになり鍋を作った。小屋の中は気温が低くガスストーブだと効率が悪い。ザックからドラゴンフライも出して火を付ける。ポンプ回りから染み出しがあったが灯油だから気にせずに使う。食事が済んだらもう就寝である。19時前には寝る体勢になった。22時に目が覚めた。眠くないので酒でも飲もうと思い一旦用を足しに外に出た。何時の間にか晴れていて風はあるが星が出ている。これなら東吾妻に行けるのではないかと思い立った。運良く姥ガ原からの夏道のルートもGPSに入力してあるしここなら吾妻小舎より100m程標高が高い。そうと決まればもっと眠らなくてはということで3時にアラームをセットしたのだが目が覚めたのは皆より遅く4時を回っていた。朝も小屋の中は変らず氷点下8度のままでダウン300gシュラフ+サーモライトリアクターという軽量インナーシーツで暖かく眠ることが出来た。

準備が済んで6時頃には出発した。外は少し星は見えるが雪も降っている。しばらく平地歩きの為、薄手の手袋にオーバーミトンでは手がかじかんできた。蓬莢山を右に巻いて鎌沼の手前に来た所で風が弱くなったのでここで手袋を交換した。地図を見て鎌沼の脇から姥ガ原に登るルートに目星をつけ一段高い丘に上がった。明るくなるとともに天候も良くなってきた。

 24日 AM6:33 姥ガ原付近

姥ガ原を横切ると木道が見えた。この辺は冬の間は風が強いところだそうだが今日は殆ど吹いていない。東吾妻への夏道を示す指導標の所で左折する。山腹には夏道の部分に木立がなく一直線に山頂に切り開きが見えるのだがそれはある程度上がった所からだ。登り始めるとその切り開きが見えなくなってしまい方向が判らない。適当に登りつつGPSの液晶表示を見ながら左にルートを修正しながら登る。木立と風のせいで雪面の起伏が大きく苦労する。Aさん、Bさんに途中先頭を代わってもらいつつGPS入力ルートと重なった辺りで下から見えた切り開きに合わせることが出来た。GPSがなかったらこのルートに合わせることは出来なかったであろう。木立が切れているので眺めが良い。

 24日 AM7:22 東吾妻山腹から一切経山

ここからは私が先頭にゆっくり登る。動物の足跡が山頂方向に向かっている。傾斜が緩くなり山頂も近いと思ってGPSを見ずに適当に登ったらルートを外れてしまった。ここで初めてGPSのナビ機能を使って山頂方向を調べる。Aさん、Bさんに先行してもらい方向と距離を読み上げる。木立が切れた向こうにAさんが山頂を見つけた。風が今までより強くなりそれまで綿帽子のような雪を付けていた木立が樹氷の様に凍り付いた木立に変る。何時の間にか右のシールが取れている。トップを木に引っかけて取れてしまったようだ。寒い為粘着力が低下して金具で引っかけただけになる。もたもたしている間に皆は山頂へ向かっている。

24日 AM8:25 東吾妻山頂付近

皆に少し遅れること山頂に着いた。残念ながらガスに覆われて視界が利かない。皆自分のカメラを出して記念撮影をする。

24日 AM8:25 記念写真

寒いので早々に下山することにする。この時、間違えて夏道の指導標に向かってしまった。GPSにはルートを良く分かってなかったので夏道と本来のルートに挟まれた尾根を入力していたのだがどこでも滑れると安易に考えていたのが間違いだった。去年高山から撮影した東吾妻の写真を見れば判った筈であるのに登ることばかり考えて滑ることはおろそかになっていた。下り始めてからはGPSに入力した尾根に戻ることすらままならなかった。木の間をシールを付けたまま縫うように進む。Bさんに先行してもらい左へ行ってもらおうとするのだが戻るよりは下ってしまい南面を進んでしまう。途中GPSの電圧低下表示も出て電池交換で寒い中皆を待たせてしまう。途中傾斜が緩んだ辺りで夏道の指導評を見つけるのだがそこで真っ直ぐ降りてしまいまたルートを大きく外してしまう。その後はトラバースしつつも標高を下げてしまい何時までたっても戻れない。この間Aさんがシール落としたり、スキーの先端が木の枝の下にくぐって刺さったりで皆散々な目に遭いながら降りて行った。

 24日 AM9:50 東吾妻中腹にて

傾斜が緩くなり木立の間隔も広くなった辺りで真横に行くつもりでトラバースしてようやっと夏道の軌道に乗せることが出来た。影場平手前でまたBさんに先行してもらい鳥子平にナビを設定してBさんに磁石を手に進んでもらう。ひたすら東に進むと傾斜がきつくなりそこを滑り降りるとスカイライン車道に出た。Bさんは何時の間にかコンパスを落としてしまったようだが結局見つからなかった。

 24日 AM11:15 ようやく車道(冬季閉鎖)に

しばらく休憩した後吾妻小舎方向にしばらく行くと向こうにグループが行くのが見える。その後その人達に追いついて判ったのだが東吾妻山頂から本来のルートを滑ってきたそうである。山頂付近の広いバーンにAさんがシュプールを見つけ悔しがっている。全て事前調査の甘い私のせいであった。Bさん、Aさんのペースでこの人達に追いついて先を譲られたのだが後続が来ないのでまた先に行ってもらう。トレースは多くの人が通っただけあってコの字形ですごく楽である。

 24日 PM12:22 高山中腹から東吾妻

途中きつくなってBさんがMさんのストックを借りる場面もあったがほどなく山頂に到着した。風が強いと思って山頂の向こう側に少し降りてシールを剥がすと予定に書いた通りにAさんが先に下ってしまう。私は東吾妻で剥げたシールが横にべろんとずれてしまうので滑り降りれないので山頂でシールを剥がした。去年うなりを上げていた反射板も今日は風が殆どなく静かである。

 24日 PM12:50 高山山頂

山頂からはトレースを伝ってトラバースしていく。途中真下に向かうシュプールもあるがひたすらトラバースしていく。尾根の端の雪がつかなくなる辺りの手前でトレース伝いに下に滑る。

 24日 13:05 安達太良方向

ある程度下った所からまた尾根伝いにトラバースしていく。シュプールが下に沢山ついているから大丈夫だろうと風で盛り上がったノールの新雪部分に突っ込んで行ったら突然足元から前に向かって10m程度30cm程の厚さで剥離して雪崩れた。規模は小さいが立派な雪崩である。BDのカタログ写真のようにナイフですっぱり切ったように落ちた。破断面を写真にでも撮ろうかとも思ったが危ないところなのでさっさと旧雪の上をトラバースして先に行く。

 24日 13:15 写真の中心辺りが雪崩れた

皆は尾根の上の方の安全な部分を雪崩れたとも知らずに降りてきた。そこから去年行き過ぎてしまった所も下に向かってシュプールがついているので間違うことはない。

24日 13:20 快適な斜面

この辺になると皆思い思いにターンを切れる。Mさんだけは何故だかこけまくっている。そこから先は傾斜も緩くなりシュプールを追いつつ滑っていく。トレースがついているからまだいいがやはりこの辺りはルートが判りにくい。Mさんがなかなか来ないので彼が来るのを待って彼の後ろを滑ることにする。途中登り返しもあったが鱗板なので力を消耗せずに済む。いつしか左手に尾根の向こうも見え、さらにしばらく進むと尾根が狭まった所に着いた。Bさんは荷物をものともせず綺麗なウェーデルンを決めている。Aさんも綺麗にターンを決めていく。

24日 14:15 尾根が細くなる辺り

Mさんが大変そうなのでAさん、Bさんで彼の荷物の一部を分担する。それでも彼等の足前は変らずどんどん滑り降りて行く。その後にCさん、Dさんが続く。荷が軽くなっても転倒の疲労からMさんは何度もこけるが不屈の闘志?で立ち上がる。夏道をそのまま行くと登り返さねばならぬ部分もトレースをたどると滑ったままショートカット出来た。

24日 15:10 登山道から林道に折れる分岐手前

右に折れ、狭い道を下りていくとほどなく林道に到達した。鱗板は便利かと思ったが滑りが悪い分あっという間に置いていかれてしまう。歩く部分で有利であってもトータル時間では劣ってしまうようだ。途中林道をショートカットする部分があったがMさんがさらにこけて消耗しそうなので林道上にトレースを切って先行した。この部分以外ではあまり鱗も役立たない。最後の登り返しでようやっとCさん、Dさんの背中が見えた。とはいえ去年ここでかなり嫌になったので鱗で正解ではあったと思う。

24日 15:45 林道ゲート

ゲートから左手に行けば女沼方面であるが、緩い登りが続いている。ようやっと鱗の出番であったが下りになったらBさんに追いつかれてしまった。Aさんはシールを付けると言っていたそうである。見覚えのある舗装路に出て左折し少し登ってさらに滑って最後は雪を拾いながら歩き16:10、ようやく車に到着した。Bさんは板を外して歩き、一足先に車の所で待っていた。さっき左折した所まで車で戻りそこから人と荷物が隙間なく詰った車で高湯に戻り、温泉に入ってさらなる高速ドライブの後自宅に着いたのは午前1時過ぎであった。

五色沼付近のルート左が去年の正解、右が今年の不正解

東吾妻の間違いルート

END

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