月山

2003.4.19〜20


19日 姥沢駐車場04:40〜リフト終点06:10〜牛首07:30〜鍛治小屋08:30〜山頂09:00〜鍛治小屋09:45、10:00〜リフト終点11:20

20日 リフト終点08:50〜姥ヶ岳山頂付近09:20〜リフト駅10:30

前回の本沢温泉の時に月山の話が出たのでとりあえず調べてみることから始めた。東北は遠いという理由で敬遠しているのもあったが月山は以前調べた時に山頂からの滑降はトラバースが続いてつまらなそうというのが候補に挙がらなかった理由である。しかしながら月山スキー場〜月山山頂間は確かにそうであるが他にも滑れるエリアが沢山あることが判明した。オフ会を当てにしていると話がまとまらなかった場合にどこにも行けなくなるのでとりあえず単独で行く場合を想定して計画を立てた。肘折温泉へのロングコースもあるが足の確保等関東から行く場合には3連休でもないと無理なので同じ山頂からの東斜面を滑って戻ることを考えた。念仏ヶ原小屋まで降りてしまうと下り過ぎで、途中幕営して戻るのも装備が重くなってしまう。そう思っていると清川行人小屋の存在に気が付いた。この小屋を利用して一泊二日で往復するプランを立てた。オフ会としてはまとまらなそうだったので単独でと考えていたのだが本沢の時一緒だったまこさんが19〜20日の週なら行けると言ってくれた。さらにプクさんがこれに加わり、他の予定が流れてしまったまりさん含め4人メンバーが揃った。私のみテレマークスキーであとの3人はボードという組み合わせである。おまけにまこさんとプクさんはスノーシュー以外は未経験である。

週末の天気はどう見ても悪そうであった。予想天気図を見ると土曜の午前中に低気圧の中心が山形県にくるようである。中止ということも一瞬頭をよぎったが延期するとGWがあるのでまた来年ということになってしまう。駄目ならスキー場を滑ってキャンプして帰れば良いということで決行した。我々4人を乗せた車は東北道、山形道をひた走る。天気はまだ晴れていて月や星も見える。夜間通行止の看板の脇を摺り抜けて駐車場に着いたのは午前2時頃だった。低気圧がそれるということは期待できそうになかったので目標を月山山頂往復、余裕があれば石跳川を滑るということで装備を日帰りに詰め替えた。天候がもっているうちにということで3時から1時間仮眠して出発ということにした。4時に準備を始めて4時40分に出発した。GPSの電源を入れたところここの高度はまだ1255mだった。車道を少し行っただけで雪のあるところに出たのでスキーを履く。シールで行けるからいいがゲレンデスキーを担いで歩くにはちょっと距離がある。

19日 04:52 姥沢リフトまでの道

リフト乗り場をやり過ごしリフト横の樹林の斜面を登っていく。雪は気温も高いので腐っている。今日はシールも良く効き登りやすい。アッセンションのシールは今の時期が一番具合がいいのかもしれない。途中プクさんがMSRスノーシューのヒールリフターに踵が乗らないと言うのでまこさんのTSLとチェンジする。段々と高度を稼ぐと遠くまで見えるようになる。

19日 05:26 姥ヶ岳南斜面

まだ曇の間に青空ものぞき遠くまで見渡せる。若干遅れがちなプクさん、まこさんを待ちながらゆっくり登る。まりさんは先行して見晴らしの良い所で写真を撮っている。

19日 05:29 南方向

斜度が緩くなったところで後続2人を待って休憩にした。高度計を見るとリフト終点まではあと標高差100m位だった。

19日 06:12 姥ヶ岳斜面

斜度も緩くなりほどなくリフト終点に到着した。小屋とトイレがある。しばし休んだ後記念写真を撮って出発する。風も出てきたのでゴアジャケットをザックから出して羽織る。

19日 06:12 リフト終点

ここから延々とトラバースなのだが斜度は予想していたほどきつくなく広大な斜面を左右に眺めながら登っていく。どこかのHPで高度を下げずにトラバースすると遠回りになるということが書いてあったので山肌を同高度で辿らず真っ直ぐ行くことにする。まりさんにそのことを伝え滑り出す。一旦下っても登り返しはきつくなく3人を大きく引き離してしまった。プクさんはボードを担いでいる負担からか遅れがちである。早く山頂に立たないと天候がもたないと励ます。見た目には昼くらいまで持ちそうな感覚だが予想天気図、天気予報からすればいつ崩れてもおかしくない。プクさんのボードを外してストック一本をまりさんに持ってもらう。ここでいつガスに捲かれてもいいように各自の無線機のスイッチを入れる。左手でボードを雪に突き刺しながら進む。プクさんも肩の荷が軽くなったせいかペースが合うようになってきた。風はさっきより弱くなってきた。天候の変わり目のような気がした。

19日 06:42 牛首に向かって登る

スノーモービルらしきトレースを辿ってなるべく先の方で稜線に出た。おそらくこの辺りが牛首近辺なのであろう。目印の棒が一定間隔で刺してある。ここからは鍛冶小屋とその向こうに頂上小屋の屋根も見える。まりさんがあと少しと言ったが殺生ヒュッテみたいになかなか着かなかったりしてと茶化してみる。

19日 07:33 牛首付近

牛首付近で少し休憩した後出発する。稜線上のせいもあり風が強くなってきた。左手で持っているボードが風にあおられる。まりさんが代わってくれるというのでその言葉に甘えて持ってもらう。まりさんはボードを抱えていてもすたすたとどんどん行ってしまう。私はプクさんの後ろにつけてゆっくり登る。後ろを振り返ると遠くに豆粒のように4人前後のグループが来るのが見える。

19日 07:55 鍛治小屋までもうちょっと

登るにつれ段々斜度がきつくなってきた。斜登高に切り替えてゆっくり登る。プクさんは後ろに滑っている。前のめりにならないようにと言う。高度を上げるほどに風が強くなってくる。まりさんとまこさんが鍛冶小屋の左手を捲いて向こう側に行くのが見えた。

19日 07:59 来た方角を振り返ると

プクさんと共に登っているとまりさんが小屋の左側から空身でこちらに降りてくる。左から行くと風が強いから右から回るといいと言う。まりさんがプクさんのザックを背負うと2人を先導して歩き出した。鍛冶小屋のところまで来ると風はすごく強くなった。気温が高くて寒くはないが風の強さは1月の高山の時と同じくらいだ。小屋の屋根の上の風の死角で休憩する。風が強いのと山頂方向で雪が切れている所もあるのでここにスキーとボードをデポすることにする。まこさんはここで待ってようかなという発言もしたが結局4人で山頂を目指すことにする。まりさんが荷物をどうしようかと言ったが天候の急変もあると思ったので持っていこうと言う。ここから先はつぼ足なのでおいていかれる。雪が腐っていて所々ももまでズブっと刺さる。足を引き上げながら体重をゆっくりかけながら進む。

19日 08:52 山頂小屋が見える

山頂部の平坦部に出るとさらに強烈な風に見舞われた。ここまで強くなると11月の硫黄岳に行った時と同じくらいだ。まこさん、まりさんは随分先を歩いている。プクさんはフードを絞ったのと風で目が開けられないのかふらふら進んでいる。風から逃げたいから皆やや風下側に寄っている。私は風上側の方が雪が少ないという理由で足が潜るのを嫌って左手を意地でも進む。プクさんが風に押されてか皆の向かう方向と違う小屋の風下東側に行ってしまった。まこさんとまりさんがちょっとした窪みで待っていた。この時の私の心はとりあえず視界の中で一番高い所に立たねばということしかなかった。まだ天候ももっていたので3人を待たず一人先行して一番高い雪から飛び出ている建造物にたどり着いた。何かの屋根のてっぺんだった。丁度その陰に身を置くと全く風を受けないで済んだ。まりさんがこちらに向かってくる。大声で叫んでも風にかき消されてしまう。まりさんはストックがないので匍匐前進でこちらに来る。ようやく屋根の陰にたどり着く。

19日 09:06 強風で匍匐前進

それに続いてまこさんも同じように這ってくる。小屋の向こうに消えたプクさんはどうしたのだろうと話していると無線から呼びかけがあった。小屋の向こうにいると返信するとちょっとしてプクさんの姿も見えた。プクさんを一番風の当たらないところに座らせて登頂記念の写真を撮る。プクさんは風に翻弄されて顔を伏せてしまっている。大声でこちらを向かせてシャッターを押す。風が強すぎてファインダーをのぞいている間に風に倒されてしまう。山頂はまだ360度の展望が効く。写真を撮るのも大変だ。プクさんは殆ど周りを眺める余裕がない。

19日 09:16 皆揃って記念写真

写真も撮ったのでさっさと撤収する。プクさんはかなり参ってしまったようだったのでまりさんと二人で励ましながら鍛冶小屋に向かう。鍛冶小屋に降りて行くと我々が荷物をデポした側と反対側の陰にさっきの人達が来たのが見えた。私がHPの掲示板を訪問して知り合ったがもうさんも今日来ると聞いていたのでその中にいるのかなと思ったが風も強く下山準備もあるのでそちら側まで回り込まなかった。あとで掲示板で聞いてみよう。

19日 09:44 鍛治小屋にて

小屋の屋根の上で一息ついて滑降の準備をしていたら何時の間にか辺りは真っ白になっていた。ガスが出て全然視界が利かなくなった。殆ど同じタイミングで雨も降ってきた。スキーを履いてまこさん、まりさんを待って後ろを振り返ると一人ガスの中、山頂に向かう人が見えた。視界が利かないので横滑りで降りて行く。少し滑ると正面の雪が切れていた。ルートを間違ったのに気が付いて皆が追いつくのを待つ。まりさんが右の方じゃないかと言うのでトラバースしてみるとトレースが見つかったので無線で伝える。10m程離れただけで人の姿がぼんやり見えるだけで20m位離れると見えなくなってしまう。プクさんはボードを履いた後は水を得た魚のように打って変わってすぐ後ろを滑ってついてくる。ようやく牛首の辺りに付いた。まりさんは稜線を辿ろうかと言ったが行きのトレースを辿ることにする。ボードの3人には申し訳ないがルートを失うと面倒なのでひたすらトレースを辿る。

19日 10:27 あっという間に真白

しばらく滑ると行きにボードを突き刺して登った自分のトレースがあった。この時はずっと登りだったのでしばらくこれを辿る。その先ではトレースは後から来た人のも含め何本かあったのでなるべく山側のを辿る。行きの自分のトレースを辿ると登りもあるのでそれは避けたかった。ボードの3人は途中何度もボードを外しつつ先行する私の無線連絡を待ってついてきた。ゲレンデの音楽が聞こえてきたかと思ったら突然リフト終点に出た。

とりあえず小屋に入る。小屋の中はほぼ満席状態だった。雨のせいで皆ぬれねずみだ。私は手袋とスキーパンツが少し染みた程度で済んだがまこさんは上も染みてしまったようだ。まりさん、プクさんはブーツがぐちょぐちょになってしまった。4人で月見うどんやそばを食べてくつろいだ後出発した。いつの間にかこの辺も風が強くなってしまったようですごい音がする。外に出るとまりさんとプクさんのボードが散乱していた。ゲレンデになってもガスは晴れず皆物足りなさを抱えたまま車に戻った。

行きにチェックした志津のキャンプ場は駐車場からサイトの距離が離れていてちょっと躊躇していた。雨の予報を知っていたのに傘が1本しかないことも拍車をかけ駐車場とサイトが隣接しているキャンプ場への転進も考えていた。それでもとりあえず見に行こうということになり私が下見に行った。池があって眺めも良くこれならちょっと大変でもいいかなという気になってきた。三角に雪から突き出た建物の反対側に回ったらそれはトイレの入り口だった。2階に入り口があって1階(雪の下)がトイレになっている。入ってみると真っ暗だったので車にヘッドランプを取に行く。今度はプクさんと二人で行くことにする。行く前に明月荘に立ち寄ってキャンプをする旨を伝えたせいか次に行った時はセンサーが作動して電気がついた。トイレはヒンヤリして冷蔵庫のようだった。プクさんが向かいの東屋の屋根の下はどうなっているのだろうというので身を屈めて入ってみると平らにならせばテント2張り張れるスペースがあった。皆でスコップで整地して幕営となった。用意した生肉や野菜で鍋を作りビール片手にお腹一杯食べた。徹夜がたたって19時には就寝となった。

20日 05:48 この東屋の下にテントを張った

3時に小用を足したくて外に出ると雨はやんでいた。高曇りで視界も利く。3人を起こして姥ヶ岳〜石跳川ルートに行こうと提案する。天気予報では今日も雨である。テントを畳みつつ昨日SAで買った生ラーメンを朝食にして準備をしているうちにガスが出て雨まで降ってきてしまった。まこさんは今日は止めて温泉にでも行くという。まこさんに後で迎えに来てもらうことにして月山スキー場まで送ってもらう。

20日 05:49 トイレの入り口

概ねの予測時間を伝え姥ヶ岳山頂で再度連絡するということで出発する。あんまり人がいないと思ったらリフトの係の人が前を行くのが見えた。リフト運行はこれからのようだ。リフト乗り場の建物にはアイゼンで中に入っている人がいた。8時になっても準備中とかで8:30頃にようやくリフトが動き出した。姥ヶ岳は上の方はガスがかかっている。案の定リフトを降りた辺りはガスに曇っていた。まりさんは行く気満々である。念のためコンパスとGPSを出して登り始めるがよく見ると圧雪車の跡があり左にはロープトウのワイヤーもある。ロープトウの終点を過ぎると傾斜も緩くなり風も強くなってくる。山頂の指導標らしきものの所でさっきのアイゼンの人が休んでいる。ただの木の棒にも見えたが根元の方に「山形県」の文字が見えた。記念写真を撮りたいというとその人はこんな天気でと言いながら快くシャッターを引き受けてくれた。

20日 09:30 姥ヶ岳山頂にて

まりさんが稜線の向こう側でボードをつけようと言うのでしばらく進んだところでツェルトを雪に刺したボードを使って被った。このツェルト、プクさんに昨日持たせていて今朝「これは持ってかなくていいんですよね」と言われたものだった。風に煽られるツェルトを尻で抑えながら熱い飲み物を飲みつつ行動食を食べた。シールを剥がしているうちにエッジで指を切っていて血が出ていた。それをまりさんに指摘され、プクさんからカットバンをもらった。

20日 09:42 姥ヶ岳山頂付近にて

しばらく滑るとすぐ平坦になった。ガスが少し薄くなると正面にピーク(1688m峰)が見えた。地図を見ると金姥方向に向かっていたようだ。当初考えていた斜面は左手ということになる。しかしそこは雪が完全になくなっていてさっきの指導標付近は木道が出ていた。とりあえずさっきの指導標まで戻ることにする。途中まりさんが足を踏み抜いてももまで埋まってもがいている。雨が降ってなければネタに写真でも撮るのだが。自力脱出できなくなっていて足の回りの雪を二人で手で掻き出してようやく抜ける。そういえばさっき通ったとき2本雪面に亀裂が入っていた。ミニクレバスといった感じだ。さっきの指導標を通り過ぎてしばらく行くと右手に雪のついた斜面が見えた。先にしばらく滑るとだんだんと斜度がついてきた。無線で滑れることを伝え来てもらう。方向がわからないのでGPSを片手で滑る。液晶画面上で伸びていく自分のトレースを見るとどうも姥ヶ岳南面を滑っているようだ。さっきの木道部分は北西稜線直下なので少し歩いて下れば滑れそうな気がしたが雨と濃霧もあるのでこのままトラバースして戻ろうということになった。GPSの液晶のトレースが行きのトレースに近づくと前方にロープトウのワイヤーが見えた。そこから各自思い思いに滑ったらあっという間にリフト終点に着いた。ここまで降りるとガスもなく視界が利きあとは昨日も滑ったゲレンデを滑る。まりさんがデジカメで滑っているところの動画を撮ってくれた。今度はカメラを受け取って先に行きまりさん、プクさんが連なって滑っているところを動画で撮る。車道の脇を滑れば志津まで行けるかと思って行って見ようかとなったがしばらく行くとトレースもなくなったので下調べなしでは無理ということでボード、スキーを引きずりながらリフト小屋まで戻った。ここで志津に待機していたまこさんに連絡し、迎えが来るまでの間まりさんはもう一本滑りに行った。

GPS軌跡(ルートメモリ5分間隔のため飛んでいる部分あり)

雨、雨、雨と散々だったはずだが楽しい山行だった。

END

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