燕、大天井、常念

2001.10.20〜21


20日 中房登山口05:35〜合戦小屋08:55〜燕山荘09:55、11:00〜燕岳山頂11:25〜燕山荘12:10〜切通岩14:35〜大天荘前15:30

21日 大天荘前08:00〜横通岳付近08:55〜常念小屋09:40、09:50〜常念岳山頂10:40〜常念小屋12:40〜大滝ベンチ14:10〜登山指導所14:50〜駐車場15:10

装備 ザック20kg前後

今回の山行は燕、大天井、常念の三山を中房温泉から入山してヒエ平から下山するという計画である。メンバーは私TとKの二人である。当初は燕山荘前でテント泊で東沢乗越を経由して下山のつもりだったが、Kが初日に大天井へ燕で荷物をデポした後にピストンしようという案を出したので、私がいっそのこと最初にヒエ平に車を片方停めて常念まで縦走しようという提案をした。1週間前を予定していたのだがKの都合でずれてしまった。遅くなれば人が少なくなるのは良いのだが寒さが気になる。とりあえず台風は通過していたので好天が期待できそうだ。大糸線穂高駅前で待ち合わせすることにした。駅前にはまだ電車があるせいか客待ちのタクシーが数台いた。送迎用の駐車スペースに車を停めて待つこと小一時間ほどでKの車がやってきた。23時過ぎなのでまだ充分時間がある。私の車をヒエ平の駐車場に置いておくことにしていたので明るいこの駅前で先に私の荷物をKの車に移した。ヒエ平までは林道となっていたがずっと舗装であった。通行止の看板で道が塞がれているので止まると右手に駐車場が左にある旨の看板があった。看板は道を完全に塞いではいないがこの先には駐車するところがないだろうと思い、左の駐車場を探した。すぐ左に道路より低い位置に駐車場があった。真っ暗なのと入り口が急な下り坂になっているのとでまったく見えていなかった。駐車場には5〜6台の車が止まっていた。狭いが2〜30台位は停めれそうな感じである。帰る時に路上に止めている車もあったが路面には落石のための小さな岩が沢山転がっていたのでここに止めるのが安全だろう。ここからKの車で中房温泉に向かう。Kの話では夜間は温泉への道は通行止めで朝5時にならないと通れないとのことであった。案の定看板があり、その手前には道路脇に駐車している登山者のものらしき車もあったが、看板の脇をすり抜ける充分な隙間があったので構わず行けるところまで行くことにした。しばらく行くと工事車両があり、にんじんを持ったおじさんに制止された。ちょっとごねても全く駄目そうだったので少し下った道路脇に駐車スペースらしきものがあったのでそこに車を停めて車とガードレールの間にテントを張った。今回はKが私の4人用テントとホエーブス(2つで7kg弱)を持ってくれるというので軽くなる分不必要なコールマンのガソリンランタンまで持ってきていたので真っ暗な中でテントを張るのに役立った。テントはKが借りてきていたエアライズ2であった。荷物なしだったので2人で寝るには充分な広さだった。とはいえぺグを打たなかったので靴を置くスペースがなく、私のは車の中に入れてKのはテント下に突っ込んだ。二人でビールを飲みながら雑談しつつ1時過ぎには消灯した。空は星がきらめき快晴だった。いつものことだが私はなかなか寝付けなかった。Kはすぐに寝息をたてていた。とはいえ寝ないことには疲れが取れないので目を閉じてじっとしていた。結局寝付くことなく4時頃になってしまった。工事車両が次々に下ってくる音がする。4時半にはKも起き出し撤収する。5時になる前に登山者らしい車が上って行く。5時丁度位にテントを丸めて車にほうり込み出発する。5時半頃に到着する。Kは左折して橋を渡ったすぐ左手の駐車場に車を停めた。ここの駐車場は無料である。

20日AM5:33

今日は大天井でテント泊の予定だが大天荘は14日で営業が終了しているのと途中水場がないのでテントを持ってもらった分調子に乗って水を5Lも持ってしまった。それと普段は絶対持たないガソリンランタンとKが化繊のシュラフしか持っていないというのでダウン280gの1kg弱のシュラフもザックにつめた。そんなこんなで私のザックは21kgほどになってしまった。とはいえKのそれは軽く24〜25kgはありそうだった。Kは登山口で水2Lを補給して我々は登り始めた。駐車場に着いた頃はまだ暗かったのが登山口辺りで明るくなってきた。Kはまだ寒く体も温まらないうちからいいペースで歩き出す。頑張ってついていく第一ベンチまでは急な上りだが登山道はよく整備されて歩きやすい。登山口ですぐ後ろを歩いていたカップルがあっという間に見えなくなった。とはいえ私には無理なペースでしばしば休憩を要求してしまった。休憩している間に先程のカップルやさらに後の人にも追いぬかれた。とはいえ交互に休憩しているせいか抜いたり抜かれたりだった。第二ベンチを過ぎた辺りで水3Lを捨て1.5Lのアルミ水筒と110gガス缶2つをKに持ってもらう。軽くなったとはいえペースは上げられず今までのペースを維持するのがやっとだった。道の傍には長さ3cmはあろうかという霜柱が沢山あった。

合戦小屋にCTをオーバーして到着した。小屋はもう営業しておらず、水も出ない状態だった。トイレは使えるようだった。合戦小屋から少し登ったところに開けたところがあり、数人が写真を撮っていた。

 

20日AM9:00

ここからは槍がよく見える。山頂の方角を仰ぐと燕山荘が見える。「つばめ」と書いて「つばくろ」と読む山名だが山荘は「えん」と読むようだ。ここから先はゆるくなり燕山荘には9:56に到着した。トータルではほぼCTと等しくなった。

燕山荘からの燕山頂方向AM9:56

テント場には2〜3張のテントがあった。スペースが木で棚状に作られているので混雑時には大きなテントで遅く着くと張るところがなさそうである。Kが山荘で飯を食うと言ったのでてっきり山荘で食べるのかと思ったら単に山荘前のベンチで食べるという意味だった。湯を沸かしカップ麺を作ると、Kの汲んだ2Lのポリタンクも空になった。昼飯を終えカメラだけ持って山頂に向かう。今度は私が先頭で空身なのをいいことに飛ばしたら途中で息が切れてしまった。普通に歩きほどなく山頂に到達した。この日は一日ほぼ快晴だったので北アルプスの山々の展望が素晴らしかった。

20日AM11:26奥北燕方向(左)燕山荘方向、これから歩く稜線(右)

Kは山に詳しく、あれは立山だとかあれが白馬だとかすらすらと説明してくれた。私は槍と穂高くらいしか地図なしでわかるのはなかった。遠くには富士山や八ヶ岳、浅間山なども見える。槍をバックに記念撮影し、人が増えてきたのでもと来た道を戻る。大天荘が営業を終えたので今日、明日分の4Lの水を山荘で購入することにした。1L200円だった。昨晩の冷え込みで凍ったとかで水が出ないようでしばらく待たされた。Kの2Lのポリタンクと私の2.5Lのプラティパスを渡したのだがどちらも目一杯入っていたので500cc程特した。この時点では計6Lになった。ここで私の持っていた缶ビール1本をKに持ってもらいガス缶2つを私の方に戻した。これでKは缶ビール4本持つことになったがその後殆ど飲まずに持って降りることになってしまった。Kは水2kg増えるけど大丈夫かと言ってくれたが稜線歩きだしなんとかなるだろうということになった。Kを先頭に12:10くらいに出発した。大下りまでは1時間くらいかかった。

20日13:06大下り手前の道標(左)大下りを下るK(右)

1下りきった時点で13:20くらいだったのでここですでにCTより20分位余計にかかっている。最初の登りで消耗してしまったみたいだ。また登りになったがそれほど急でもなく右手に槍を眺めながら歩く。登山道は稜線の西側を通っているがたまに東側になるところもあり、そういう所は日陰になっていて途端に涼しくなる。そんな所で大きなつららを見た。日陰は地面がかちかちに凍っている。

大天荘が営業していないせいもあり燕〜常念の間の登山道ではすれ違う人も殆どいなかった。たまにすれ違う人も小屋から空身でピストンであろうと思われる軽装で我々のように縦走している人は見ない。14:35に切通岩の所に到着した。地図には鎖となっているが下の右の写真に写っている木の梯子(階段)とその上に少しの間だけで初心者でも安全に通過できそうな所だった。

切通岩の所の喜作レリーフ(左)切通岩を大天井側から俯瞰(右)

 切通岩から大天井側はいきなり急で梯子状の階段で疲れた体につらかった。こんなのをCTで40分も行くのかと思うとうんざりした。Kはあの上に立つ自分をイメージすると言った。私はゆっくりでも歩けばいつか着くと言った。とはいえ非常に急なのは最初だけだった。とはいえきついのには変わりなく私の歩みはだんだん遅くなっていった。14:49に喜作新道との分岐に着いた。

ここまで2時間40分かかっているからすでにCTを50分オーバーしている。4時までに着けたらと思いつつ歩く。この頃にはかなり気温も下がり下手に休憩すると体が冷えてしまう。それでKは私を前にして歩くことにした。私は亀のような歩みで一歩一歩登っていった。だんだん傾斜がゆるくなりとうとう小屋が見えてきた。15:29には目的地に到着した。最後の区間はかなりペースが落ちたと思ったが丁度CT通りだった。

小屋は完全に閉鎖されていて無人だった。当然水は全くない。すでにエスパースの緑のテントを張っている人がいた。我々は反対の西側の砂地にテントを張った。テントはダンロップJ-420という10年以上前の代物でヤフオクで35000円で購入したものだ。4季用のV400かなにかのサイドポールを省略した廉価版らしい。定価54000円の10年落ち新品でこの値段は高いとも思ったが送料込みで消費税もかからないと思えばまあ妥協点かとも思った。商品説明でフライが青ということで10年以上前のものと思ったが(自分のツーリングテントのフライが青で13年前に購入していたので)当然そんなことは出品者は書いてなかった。ついていたアンケート葉書の有効期限は平成3年だった。燕、大天井、常念の3つのサイトのうち眺め、広さ、地面ともにここが一番良いように思えた。ペグも使える。

21日AM6:19

テントを張り終えたら16:00になったので私はラジオの気象通報を聞くとKに言った。Kはその間に山頂に行ってくると出ていった。天気図を書くと20日正午には高気圧の中心が本州の中心と重なっていた。今日一日快晴だったのはこのせいだった。当然こうなると明日は今日より悪いことはあっても良いことはない。とはいえ雨はまだ降らないであろう。ラジオを聴き終わってテントを出ると建物のドアががたがた鳴る音がしていた。無人だと思ったのに人がいたのかと思ったがKがトイレのドアが開かないか引っ張っていただけだった。Kは仕方なくキジ打ちに行った。その間に私は山頂に行くことにした。山頂には先客がありもう一張のテントの人だった。我々とは逆に常念から燕に向かうらしい。テントを出るときには気温が2〜3度になっていたのでフリースとバイク用のウィンタージャケットを羽織ったがそれでも寒い。大天荘から10分程で山頂には立てる。360度の展望でいつまで見ていても飽きない。槍や穂高は逆光なので明朝に期待する。

20日17:00頃、槍(左)穂高(右)

夕日が山並みにかかるまで見ていたせいで随分と時間が経ってしまった。テントではKが寒い思いをしているのではないかと思ったが学生時代ずっと使っていただけあってすでにテントの中は暖かくなっていた。今回Kに持ってもらったホエーブス625は復刻版であるが見た目も操作も同一なのでやすやすと点火してしまったらしい。私はこれをバイクツーリング用に購入したのでまさか山で使うとは思わなかった(2kg弱ある)。火力調整ノブを外しているあたりはさすがだと思った(付けっぱなしにしていると加熱してノブの樹脂が溶ける場合があるらしい)。とはいえ復刻版はこのノブの取付部の突起を割りピンでなくねじにしているので一度外すと再度つけるときに面倒なのでつけっぱなしにする。晩ご飯はKはレトルトのカレーとご飯で私は米を炊いてフリーズドライのすき焼きとカレーだ。たらふく食って19:00には寝ることにする。私はダウン600gのシュラフ、Kはダウン280gと化繊を2重にする。翌朝は日の出をまた山頂で見るということにして5:00起床にした。Kは学生時代は3:00起床で5:00出発だったと言った。寝る前に外を見てみたが月が出ていて星空はまだ見れない。涸沢ヒュッテの明かりが見える。すぐに眠りに落ちたが私は0:00頃に目が覚めてしまった。寝る前に月は西の空にあったので星空が見えないかとテントから首を出してみたが雲がうすく出てきたせいか明るい星以外は見えなくなっていた。また寝ることにするが1〜2時間位は眠れなかった。風が吹いたかと思うと全く無風になったりとそんな音を聞きながら次に聞いた音は時計のアラームだった。テントの外に首を出すが、曇りだった。とはいえ東の空は赤くなっていたので我とりあえず起き上がった。テントの外は氷点下になったようだがそれほど気温が下がらなかったようでテント内は氷点下にはならず二人とも快適に眠ることが出来た。とりあえずホエーブスを点火したが山頂に行こうということになってすぐに消した。代りにせっかく持ってきたのだしということで昨晩使わなかったガソリンランタンを点火して外に持って出た。テント内では暖房代わりになるランタンも外では手をかざしても殆ど暖は取れなかった。一時薄日が槍に当たったが雑誌等の写真で見るような赤い朝の槍を見ることは出来なかった。

21日AM6:08富士山

21日AM6:10 槍(左)穂高(右)

テントに戻りまたホエーブスに点火して朝御飯を作る。昨晩とこの時以外は面倒なのでEPIを使った。Kはレトルトのかゆとシチューだった。私はフリーズドライのチャーハンだったが水の量が少なすぎ、なかなかやわらかくならなかった。朝食を終えると早速パッキングをしてテントを畳む。Kは慣れたものでさくさくとまるで自分のであるかのようにテントを畳んでいく。私は指示されるままに手伝う。8:00丁度に出発出来た。常念小屋経由でヒエ平までCT6時間10分なので常念のピークは今回はやめておこうという話しになった。今日は薄曇りで稜線上は風の強い所もあり、上にフリースを羽織ったが結構寒い。歩くことによる発熱と風の寒さで相殺されて暑くも寒くもないといった感じだ。ぬかるんでいるはずの地面は凍っている。途中風が強く吹いたときKの帽子が風に飛ばされ東側の谷底に去ってしまった。右手に見える槍の山頂付近は時折雲がかかることがあった。

21日AM8:36 東大天井下の道標

いくらも歩かないうちに東大天井の所に着いてしまった。CT1時間半の所を35分だったので信じがたかったがKが尾根の形状から間違いないだろうと言う。確かにヤマケイアルペンガイドから写し取っておいた廃道もあり通行禁止の看板がある。普通に歩いていたので地図のCTが間違っているのだろう。この調子で常念小屋まで予定より早く着けば常念のピークも行こうかという話しになった。

21日AM8:55 横通岳あたりの道標

9:30には眼下に常念小屋が見える所まで来た。先行するKのペースが上り駈け下りるように下っていった。私も遅れまいとついていく。

21日AM9:30 常念小屋を見下ろす

10分で常念小屋に着いてしまった。結局CT3時間の所を1時間40分とCT半減ならずといったところだった。もっと早く東大天井から飛ばしていれば半分を切れたのにとも思ったが、いずれにせよこのCTは間違っていると思う。汗をかくほどになってしまい着いたと同時にフリースを脱いで水を飲む。

21日AM9:40 常念小屋前

ここのキャンプ地は結構石が転がっている。

キャンプ指定場所

テントが一張はってあったが指定場所ではなく小屋の前に張っていた。3つの小屋の前のうちここが一番多く張れそうだった。小屋前に荷物をデポし、カメラとフリースと合羽、さらに山頂でコーヒーでも飲もうとEPIとコッヘルを持った。9:51に歩き始めた。岩のごろごろした急登であるが身軽になったせいで軽快な歩調で行く。とはいえKのペースは結構きつい。昨晩からたっぷり睡眠を取ったおかげか昨日よりは調子がよい。高度計の値を見ると上まで標高差400m、CTは1時間なので40分くらいで行けそうだ。さらに急になった先にピークらしきところが見えたが手元の高度計ではあと150mはあるのでその先があると思ったが、とりあえずそこまで行って休憩しようと言った。休憩しようと言った場所に着く前にその向こうに山頂が見えた。数人の人影も見える。休憩した後はなだらかになり三股への分岐がある。

21日AM10:32 指導標

そこからしばらく行くと山頂はすぐそこだった。山頂にいた数人が我々と入れ違いに下りていったので山頂は急に静かになった。CT1時間の所を50分かかってしまった。途中で下りてくる人の「コースタイムは年寄向きに設定してあるんじゃないか」という会話が聞こえたのでもっと早く着くかと思ったらそうでもなかった。

21日AM10:40 常念山頂にて

午前中今回のコースがヤマケイの百名山登山案内という本に出ていたという話しをKにしたら200名山だろうという話しをしていたが、山頂に100名山と書いてあったので「あれ?」という感じだった。Kもこれで100名山がまた一つ増えたと言っていた。とはいえ二人とも100名山にこだわった山行をしている訳ではない。今回の3山の印象としても天気のせいもあるかもしれないが私としては大天井>燕>常念という順番になるような気がする。こっちの方が涸沢カールがよく見えるが。とはいえ本には下から見た山の形がいいとは書いてある。登山口から登っているぶんには山の形など殆どわからないのだが。

槍(左)穂高(右)

遠くに見えるのは乗鞍岳であろうか

山頂は寒くじっとしているのは結構つらい。Kは缶ビールを持ってきており2口ほどもらう。うまかったが今日は運転もしなければいけないのでKも半分くらいまで飲んで残りは捨てる。昨晩は疲れてすぐ寝てしまったので4本の缶ビールは1kgの重りとして3本も残ってしまった。湯を沸かしてコーヒーを飲んだ後11:00には下山する。今度はCT45分のところを30分で下りれた。途中、一番急な部分で下からくる人が「あとどれくらいですか?」と聞いてきたがそこは標高差でまだ3分の2位のところだった。後から聞いた話ではその女性二人連れは千葉から日帰りだそうだった。CT10時間+往復400km以上運転を日帰りとはすごいと思った。小屋の前でカップ麺で昼食を取ろうとしたら隣のベンチのおばさんが話しかけてきた。千葉から来た2人の話しもこのおばさんから聞いたのだった。おばさんは山頂手前で疲れて引き返したが以前にも登っていると言っていた。我々二人におにぎりをくれたのでご馳走になった。カップ麺を食べている時に我々が来た大天井からの稜線から2人連れが下りてきた。荷物からして今朝、燕を出てきたように見える。寒いせいか上下合羽を来ている。カップ麺の後にインスタントのしるこを作って食べたら昨日からの手持ち6Lの水がすっからかんになったのでKが小屋に水を買いに行く。Kの話しではしばらく下ったところに水場があると教えてもらったとのことだった。買ってもここでは1L100円だそうだ。

21日12:40 小屋前の指導標

12:40に小屋を後にして出発する。すぐに登山道は木立に覆われそれまでの森林限界より上の稜線歩きが懐かしい。急な下りであるがここも燕の登山道と同様よく整備され歩きやすい。もうこれで終わりと思うと余裕も出てくる。心なしかKのペースが遅いようだったが足に水膨が出来てしまったとのことだった。しばらく下った所に「あと300m」という看板があったが、標高差では300mもないが距離ではもっとあるよなあ。騙しだなと二人で結論した。確かに下る分には木で階段にしているのでいいが、登るにはかなりきつそうで最初の第一ベンチまでの行程より急である。おまけに登ってきたらここは後半戦だ。元気づけるための看板だろう。

21日13:02 最後の水場の沢

CT40分のところを20分ほどで最後の水場と書いてある所に出る。沢の源流は横通岳かららしくさっきKが小屋で聞いた話でもそのまま飲めるらしい。ここで水を汲んで喉を潤す。Kは足の痛みもありタバコ休憩となる。ここで先に出たおにぎりをくれたおばさんに追い付く。やっぱり追い付かれたとか言われたが、我々が休憩している間にまた見えなくなった。我々が出発しようとした所で後から来た女の人に追い付かれた。結構なペースで下りてきたつもりだったが休憩すると遅くなるということだろう。胸突八丁高巻道で追い付いてしまい譲ってもらい先に行く。地図では注意と書かれていて、確かにがけっぷちを歩くのだが、よく整備されていて危ない所はロープが張ってある(転んだ場合は気休め程度だが)ので高所恐怖症の人でない限り安全に通過できそうだ。高巻きを過ぎるといくつかの沢を横切る徒渉があるのだが、どれも木で橋がかけられており随分親切な道だと思った。

21日13:55 烏帽子沢

13:55に烏帽子沢という看板の所に着く。沢が北側にあるのだが5万分の1地図上には出てないので位置が確定できない。とはいえほぼ中間地点であるのと時間的にここが地図上の笠原なのだと思う。そこからしばらく歩くと王滝ベンチに着く。

21日14:09 王滝ベンチ

この時は地図上の笠原という場所がここかその前の指導標であるのだとは思えたが、確信がなくまだ結構歩かなければならないのかとも二人とも思っていた。Kは足が痛いため私が前を歩くことになりだんだんと歩きやすくなった道をほどなく行くと行く手に鳥居が見えた。地図上の山の神だとすればヒエ平はすぐそこということになる。

 

21日14:40 鳥居と指導標

ここで再度地図を見てみるが、登山口にはWCありとなっている。確か車を停めた所にはトイレはなかった筈だ。Kにもしかして登山口からしばらく林道を歩くかもしれないと言う。10分も歩かないうちに登山口の小屋が見えてきた。CT3時間10分のところを2時間10分であった。

21日14:49 登山口

ここが一ノ沢山岳補導所で看板にタクシー乗り場は1km先と書いてある。トイレの脇に水が出ていたので喉を潤す。凍結防止の為か止めないで下さいと書いてあり、勢い良く水が出ていた。休憩している間に高巻きで抜いた女の人に追い付かれた。早いですねとKが言ったら荷物が軽いですからと自分のザックを振って見せた。Kはゆっくり休まず歩けばあんなペースでもこっちより早いんだなあと知ってはいるのだが口に出していた。先に行ってくれということなので足早に歩いた。途中工事車両がわざと道をふさぐようにして止めてあり、こうでもしないとだめな状況なんだろうなと思った。山の上は初冬のようだったがこの辺りはまだ秋だった。紅葉がすごく綺麗だった。

いつしか道は舗装になりほどなく最初に来た駐車場に着いた。

21日15:12 駐車場は左手下

靴を履き替えて車を動かしKを迎えに来た道を戻ろうとしたがもうすぐそこにKは来ていた。Kを乗せ最初の中房温泉に向かう。行きは夜中だったせいか見なかったが、やたらいっぱいサルがいた。一匹見ると道路脇の崖に目をやると何匹もいるのだった。16時過ぎには中房温泉に戻り、登山口から少し下った有明荘で入浴する(600円)。ゆっくり汗を洗い流し、17時頃には帰路についた。

END

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