装備 : ザック12.5kg、スキー(板+靴+ストック)8.5kg
7日 :上高地05:30〜横尾07:55、08:10〜槍沢ロッジ10:00、10:20〜ババ平11:10、12:05〜大曲13:00〜グリーンバンド15:30〜殺生ヒュッテ16:55
8日 :殺生テント場06:15〜槍ヶ岳山荘07:40、07:55〜槍ヶ岳山頂08:35、09:00〜槍ヶ岳山荘09:40、10:00〜グリーンバンド10:30、11:35〜ババ平12:05〜槍沢ロッジ12:40〜横尾14:00、14:20〜上高地17:20
去年の6月に槍ヶ岳に登った時、これはスキーで滑れると思って1年間計画を温めてきた。GWに行けば良いのだが幕営装備重量と上高地の混雑を考えると5月後半がいいと思っていた。単独で考えていたがとりあえずネット仲間に声をかけてみた。人が多く集まれば滑りを犠牲にして軽量装備で行こうと思っていたがまりさん、ぽちさんの2人のボーダー参加ということで私もまともな装備を持っていくことにした。板は担いで歩く時に木の枝に引っかけるということで重たいのを我慢してBDのアークデーモン170cm、靴は歩行を考えてこのためだけに半額特価旧モデルのT3を新調した。
週間予報は日が近づくにつれ徐々に悪くなっていて心配していたが直前には雨マークが火曜以降になっていた。いつもの通り村営第2駐車場に停めて仮眠後朝一のタクシーで上高地に向かう。バスターミナルでブーツからサンダルに履き替える。板、ブーツ合わせて8kgがプラスされてザックは20kgになってしまう。とはいえ軽登山靴の彼女達はボード、ブーツも背負っているのでまりさんは30kg弱(ボードなしで25kg)でぽちさんも私と同じくらいだろう。2人は久しぶりに話す機会が出来たようで歩きながらも会話が途絶えない。ゆっくり歩いているつもりだったが2時間半で横尾に到着。
横尾からは道幅が狭くなるのもあって会話も少なくなった。一ノ股の橋を渡った岩の所で休憩したのでその時にサンダルからブーツに履き替えた。二ノ股は橋が改修されて立派になっていた。槍沢ロッジにはほどなく到着して休憩となる。ここのところ天気が良いせいか人も多い。彼女達は靴下まで脱いでくつろいでいる。昼ご飯をババ平でとろうということで出発した。ロッジから先は去年より雪が多く残っている。槍見岩を見ないと思っていたがその付近は雪渓になっていて真横を通らなかっただけだった。

小屋跡で水を汲もうと思っていたが去年水を引いていた場所はまだ雪の中で沢まで汲みに行くことになった。お湯を沸かして各自食事にする。ゆっくりしすぎてしまい此処に着いたのは最初の方であったと思うが出発は一番最後になっていた。彼女達は6本爪アイゼンを付けて私はシールを貼って歩き始める。去年と様相が違い深く切れ込んだクレバスが沢山走っている。トレースが2つに分かれていてまりさんが右手に進もうとしたがその先で左右のクレバスが合流している。私は左のトレースをたどる。案の定つまってしまい渡るのも危険と判断し彼女達は引き返す。しばらく進むと左手からのクレバスに阻まれる。板を履いたまままたいでしまおうかと思ったが彼女達が手前に渡れるところを見つけて今度は私が引き返す。慎重にトレースをたどって行くが沢が露出している所が少なくいつ崩落するかわからないスノーブリッジの脇を歩く。穴が殆ど空いてないのでスノーブリッジの厚さを判断する材料がない。

大曲では夏道と雪渓の段差が大きく左岸沿いをたどるのが困難と思い右岸に渡る。左手の斜面の上に登りトラバースしていく。大曲を過ぎて右岸にトレースが見えたので慎重に私が先にスキーで渡ってから彼女達も渡ってもらう。
ここからはようやっと安心して登れる。帰りは大曲からババ平までは歩くしかないかなとこの時は思った。危険地帯も通過したので一休みする。少し涼しくなってきたのでジャケットを羽織ろうとまりさんが言うので皆ゴアカッパを出す。雪も腐ってこの先急な登りもあるのでここでアイゼンに履き替える。大曲からしばらく登るとクレバスが真横に走っている。右岸寄りに渡れるところがある。上からスキーの人が降りてきた。まりさんが先頭、次がぽちさん私と続く。25kg以上のザックを担いでよくあのペースで歩けると感心してしまう。バンド締めアイゼンのバンドを締め直しているうちに離されてしまい追いつけない。まりさんが立ち止まってザックを降ろしている。「雨!」という言葉を聞き慌ててザックを降ろす。12本爪アイゼンは当然外すとしてもブーツも引っかかって脱ぐ羽目になる。合羽を着るだけでかなり時間を食ってしまう。急に土砂降りになったらこの装備ではアウトだ。穴の補修もしているしそろそろ買い換え時か。雨はしばらく小降りが続く。雷まで鳴ってきた。カメラのストロボのような稲光が光る。ぽちさんがボードはザックから外したほうがいいだろうかと言ったがカールの底なのでまだ大丈夫でないかと思い、まだいいのではないかと答えた。
グリーンバンド手前でまりさんがボードを降ろした。稜線上では数分おきに雷鳴が響いている。一旦ボードを降ろしたまりさんだったが急なところで登るのがつらいのかまたザックに付けている。ぽちさんと私は結局担いだままだった。グリーンバンドで待っていてくれたまりさんに追いついたがここでアイゼンを外しているうちにまた離されてしまう。雨で濡れてバンドを外すのに難儀した。

グリーンバンドから先は傾斜が一旦落ちるのでまたスキーを履く。先行する2人もさすがにペースはゆっくりなのかちょっと先を歩いているように見える。まりさんがどんどん先に行き、ぽちさんが私と似たようなペースだ。それも最初のうちだけで直登でスキーが後ろにずれだす頃にはかなり先に行ってしまった。2人が順に小屋の方に曲がっていく。小屋はすぐそこに見えるがなかなか近づかない。斜登高が必要なくらいの斜度になってしまったので板を外してストックにぶら下げて引っ張りながらつぼ足で登る。スキーを引き上げるときに手首が上に上がると手袋の中の水が袖の中に滴り落ちてくる。合羽の手首のベルクロを締め直すことも考え付かずにゆっくり登る。何時の間にか雨は雪に変わっている。月山の時に鍛冶小屋でまりさんが空身で引き返してプクさんの荷物を手伝いに来たのを思い出した。案の定まりさんは空身で降りてきた。雪の中下ってくる彼女と私の姿ははたから見れば遭難者と救助隊員に見えるほど疲労の度合いが違っていた。彼女にスキーだけ持ってもらい殺生ヒュッテに到着する。
小屋の中は快適だった。彼女達は小屋のサンダルに履き替えている。小屋泊の男性一人が自炊している。私の方は手袋だけやられたが軽登山靴のまりさんは足まで濡れてしまったようだ。各自着替えたりしてすっかりくつろいだ雰囲気になる。いつしか雪もやみ外に出ると雪化粧された槍を見上げることができた。今の時期は日が長くなかなか暗くならない。
まりさんが小屋の人にテン泊ですがここで自炊していいですかと尋ねたら天気が悪いから今日は特別という好意を頂いた。まりさんが沢山担いできてくれたおかげで晩御飯は豪勢だった。水は降ったばかりの雪をかき集めて作り肉やら野菜やらをほうり込んで煮込む。私はばてばてだったが彼女達はまだ元気一杯という感じだ。小屋泊の男性にシャッターを頼みまりさんの持ってきたビールを分けて乾杯した。
雨が降っている時は小屋素泊まりという考えが頭をよぎったが雪に変わった時点で私もテン場で幕営と気を取り直した。一旦やんだ雪がまた降っている。まりさんと私がテントだけ持って一旦設営後荷物を取りにくることにした。まりさんはエアライズ2で私はツェルトである。大き目の岩が沢山あるので岩に張り綱を引っかけてストックで立てる。小屋に戻ってぽちさんを呼んで荷物を運ぶ。ボードや板は小屋の方の好意で中に置かせてもらえた。翌朝は4時起床ということにした。彼女達は当初日曜に涸沢に移動という予定にしていたが殺生付近の斜面が気に入ったとかでここをベースにすることに変更した。
8時過ぎには寝たのだが0時過ぎに目が覚めてしまった。風も全く吹いてなく外を見ると星が見える。その後はあまり眠れず結露を拭いたり荷物を整理したりしていた。4時には朝飯も食べ終わりツェルトを畳むだけというとこまで準備が出来た。隣のテントに声をかけると彼女達もすぐ起きてきた。やはり慣れている人達と一緒だと朝が早い
今日は山頂に行った後、肩からグリーンバンドまで滑ってそこから別行動という話になった。殺生テン場に戻ると遠回りなので私はデポなしなのでペースを考えて先に登る。振り返ると彼女達が歩いてくるのが見えたがザックを降ろして何やらしている。ボードブーツなのでアイゼンのトラブルのようだ。しばらく待っていたが思い直して深めのキックステップを刻みながら先行する。

ぽちさんが追いついてきてまりさんのアイゼンが壊れて片足だけだと言う。雪は柔らかくつぼ足でも問題ないだろう。殺生テン場から斜めに登ってトレースに合流してからぽちさんが先頭を変わってくれる。まりさんもすぐ追いついてきて抜いていってしまう。
後半急になってくると2人はたまに足を滑らして膝をついてしまう。まりさんが先に上に到着してカメラをこちらに向けている。
小屋に着いたとき山頂から数人のグループが降りてきた。気温も高いし登ってきて凍っている所もなかったのでアイゼン、ピッケルなしで行こうと思っていたが大丈夫だろう。

ザックもデポして空身で山頂を目指す。トレースが二手に分かれていてまりさんが右が正しいのではないかと言ったが、ここが登り下りの分岐ではないかと思った。雪でペンキマークが隠れて判断がつかない。どうせ降りてくる人もいないしこのまま下りルートを行ってもいいだろうと思ってしまう。今考えると登りルートは日陰側なのであっちを行ったら苦労していたかもしれない。まりさんはどんどん登っていってしまうがぽちさんは岩慣れしていないらしくとまどっている。ぽちさんの後ろからゆっくり登る。

ぽちさんは慣れてないのでホールドを見つけるのに苦労はしているが危なっかしいということはなくゆっくり着実に登っていく。身長が低い分無理が利かないので途中2〜3ヵ所で苦労していた。後から登ってきた人に追いつかれたので先に行ってもらう。山頂直下の梯子はいつのまにか2本に増えている。そういえばどこかに書いてあったっけ。

山頂からは360度の展望だった。今日は晴れているとはいえ東側からガスが飛来してくる。さっき抜いていった人に頼んで記念撮影する。風もなく暖かでつい長居したくなる。そうしているうちにも雪が腐って滑りが悪くなるはずだ。山頂付近にガスがかかりはじめたのでさっさと降りることにする。ぽちさんがペースが遅いので先に降りればとまりさんが言ったが一人じゃ不安ということで私が先に降りて行くことにした。悪場で待機しながら待つがまりさんがついて教えているのを見たのであとはのんびり途中で休みながら降りて行った。
山荘前で缶ジュースを買って飲みいよいよ滑り出しだ。小屋から下りるコンクリートのスロープが終わったところでスキーを履く。予め岩の出ている所に目星をつけていたのでまず一回ターンした後、斜滑降してそこからキックターンで岩の隙間を斜滑降で通過する。まりさん、ぽちさんの滑りをカメラに収めてから各自思い思いに滑っていく。
斜度が緩くなったところでいきなり雪が重くなって鋭角にターンしようとすると転びそうになる。殺生ヒュッテには向かわず右手の斜面を滑る。岩の脇でちょっと休憩した後また滑り出す。

もったいないので先に行く旨伝えて大斜面を滑って行く。どこでも滑れるので大きなターンで快適に下って行く。足が疲れてきたので2人を待つ。今日の雪質ではボードでも大変なようだ。
当初はグリーンバンド右手を捲いて滑ろうと思っていたが彼女達の登り返しも考えてトレース伝いにグリーンバンドまで滑り降りる。今度はまりさんが先頭だ。この辺になると雪の中に岩のかけらが転がっているのかスキーに何度も引っかける。グリーンバンドの大きな岩の上で休憩する。ここは陽射しも暖かく初夏の兆しだ。まりさんは昼飯用の雪を裸足で取りに行きぽちさんは高度にやられたのか頭が痛いと言って昼寝してしまう。まりさんにパンやコーヒーを分けてもらってしばし休憩の後終バスの時間も気になるので出発することにする。今日は横尾上高地間が3時間はかかってしまいそうな気がする。
ぽちさんはぐっすり眠っていたのでまりさんに別れをつげ出発する。グリーンバンドからの滑り出しは急斜面だが思ったほど難しくもなく滑ることが出来た。さっき休憩した岩はかなり滑り降りないと見えなかった。振り返って岩が見える頃には遠くなっていてまりさんの姿は見つけることができなかった。それでも一応手を振ってから滑り出す。グリーンバンドを過ぎると槍の姿は見えないと思っていたがトレースよりやや右岸寄りを滑るだけでかなり長い間見ることが出来ることがわかった。
トレースは左岸沿いにあるのでその側を滑っていくが行きにクレバスが一本あったのを思い出した。前方に亀裂が見える辺りで右にトラバースしたら難なくつながっているところが見つかった。。その先は右岸沿いを行ったが落石がうるさくなったので一旦左岸のトレースに戻る。
当初の考えではここから板を担ぐつもりだったが滑れそうなのでつぼ足よりスキーの方が過重が分散されて安全ということで滑っていく。右手に行きの自分達のトレースを見つけたので再度右岸にトラバースしてそこから先は行きのトレースをたどる。そのトレースが本来のトレースと合流してからは慎重にトレースを外さないよう滑りつつクレバスを真横に見ながら滑って行く。でこぼこもありこういう状況ではテレマークで良かったと思える。所々漕ぎながらも難なくババ平に到着した。
ここからは板は担ぎだ。疲れた足には応える。槍沢ロッジが近くなってきた頃雪渓横断で左に槍見岩を見つけた。振り返ると槍の先が見える。雪渓で一段高くなっているので岩のところでなくとも見えたのだった。
槍沢ロッジは誰もいなく閑散としていた。横尾も誰もいなかった。20分位休憩していると涸沢方面から70代の男性一人が下りてきた。今日は横尾に泊まるそうだ。バスの時間があるのでと話途中で失礼して上高地を目指す。徳沢辺りから人が多くなった。肩も足も痛いので徳沢、明神と各駅停車で休憩してようやくバスターミナルに着いた。丁度新島々行きのバスが発車するところでそれに飛び乗った。
END