赤沢山南壁正面壁と赤沢針峰登攀

    昭和四十三年五月の記録

       パーティ 清水清二(L)、石黒 久、浅井健二郎、今井昂司(OB)

  北アルプス槍ガ岳東鎌尾根の西岳から伸びる稜線は、槍沢に面した所で赤沢山(2670・3メートル)を作り、そこからいきなり槍沢小屋めがけて切れ落ち、四百メートル以上の赤黒い岩壁を形成している。槍沢より槍ガ岳の登頂を試みる登山者は、だれでもこの岩壁に目を見はっていたことと思う。

  しかし本峰の正面壁は小屋より少し下った沢の出合より望まれ、小屋の前より望むスラブは実際は赤沢山の前衛峰ともいえる切り立った見事な針峰に突き上げている。徳沢より横尾の途中でも前方の赤沢山の正面壁上部の大フェースは、はっきりと見分けることができる。屏風岩と比べ傾斜が少し落ちることと、横尾からのアプローチが長いことで、あまり人には知られず、登られた記録も少ない。しかし壁が直接ピークに突き上げていることと、ブッシュが少なく快適でアルペン的なダイナミックな登攀ができるといった魅力がこの壁にはある。

  私たちは正月の連続登攀の際に、北尾根より、雪を付けず黒々としたこの壁を遠望し、次の目標と決めて準備を進めてきた。しかし試登を行なったわけでもなし、岩質・地形等についても全く資料はなく、壁の色と一枚の写真からボロボロの錆びた岩壁と判断し、相当数の登攀具を用意して、この壁の登攀に向かった。登ってみてわかったことだが、岩質は実にすっきりした花崗岩で形成されており、最少の登攀具で実に快適なスケールの大きい、フリー・クライミングを行なうことができた。

赤沢山南壁・針峯登攀ルート図

 正面壁クラツクルート  パーティ 清水、石黒、浅井

  五月一日(晴)

  ベースを槍沢小屋まで上げる予定で起きたが、移動牲高気圧の到来を知り、一ノ俣よりアタックを行なうことを決める。濡れたシュラーフを干し、ビバークの準備をして七時三十五分に出発する。南壁のルンゼから出ているデブリの上で正面壁のルートを調べ、登行にかかる。

  ルンゼの雪渓は途中で二つに分かれ、われわれはできるだけダイレクトなルートを捜すため、赤沢針峰と奥壁とにはさまれたルンゼを登り、最もふさわしいと思われる所を取付点とした。夏ならば雪渓がなく、ここを取付とするのは少し無理と思う。上部フェースの右肩より一直線に見事なクラックが一本おりている。今日はこのクラックがルートである。しかし中間にハング帯が二本程通っている。ここが登攀のポイントになると思われる。他は快適そうなスッキリしたフェースに見える。

  針峰の側壁を見ながら登攀の準備を済ませ、お互いに人工的手段は避けて、できるだけクラシックな登り方をすることを申し合わせ、登攀を開始する。下部岩壁はフェースの凸状部より凹角を抜け、百六十メートル、五ピッチで上部岩壁と下部岩壁を分ける中間バンドに達する。ここまでは烏帽子奥壁を登ってるような気分で非常に快適な登攀を行なった。 バンドから五メートル程左へ悪いトラバースを行なって上部岩壁のクラックに入る。このクラックの入口がハング帯の切れ目だった。クラックに入り、また右へ左へと岩の弱点を見つけて二ピッチ程登ると、頭上は完全なハングでルートを断たれてしまう。

  そこでハング帯にそって、右へ十五メートルの細かいトラバースを行なう。足元が切れ落ち、ビレイピンを打っても全然きかず、荷物が多いため、ハラハラしながらトラバースしてクラックの入口に立つ。ここからの登攀はこのルートのクライマックスであった。ハングしたクラックに手の甲を押し込み、足先を使って強引にぶら下り、ハングを乗っ越す。 ハングの上は一人用のテラスがあり、そこから上は、どこまで続くかわからないようなクラックが続いていた。二十メートルごとにピッチを区切り、思わず声を出したくなる程快適なフェースとクラックを登って行く。足元がかろうじて入る部分、手の甲だけしか入らない部分、いずれも足の間からは取付の雪渓が見え、高度感を楽しみつつ登って行くと、クラックはチムニーと変わり、十ピッチ目で上部岩壁の肩についた。長時間の休憩をとり、夕日の赤沢山頂に立つ。

  下降路は頂上から二ノ俣谷と槍沢の間におりている尾根を下り、途中から槍沢側のルンゼに、シリセードで下る。二十キロから三十キロのスピードで雪崩とと一緒に下ると、頂上からわずか二十分で槍沢についた。

 タイム 一ノ俣(7・30)出合(8・30)取付点(10・10)登攀開始(11・10)中間バンド(12・10)終了点(15・25)赤沢山頂上(17・10)下降ルンゼ出合(17・50)一ノ俣(18・20)

赤沢山南壁正面壁クラックルート

赤沢山南壁正面壁クラックルート登攀(清水清二撮影)

 正面壁直登ルート  パーティ 清水、石黒、浅井、今井

  五月二日(晴)

  先日のクラツクルートの登攀で調子も出て来たこと、上部から見た感じでは、壁の中央部にもなんとかフリーのルートがとれそうな気がすると同時に、上部岩壁の一枚岩のフェースもなんとかなるような気もし、今日はOBの今井も合流して四名で出発した。

  クラックルートと同じ取付点より登攀を開始し、クラックルートの左にルートを取り、取付点真上のカンテ状のフェースを二ピッチ登って凹角に入る。三ピッチの凹角は岩全体が浮石でできているようで、一つの落石が何倍にもなって凹角の中に落ち危険わまりない場所で、ザイルを引いただけでボロボロ落ちて行った。凹角の上を左に回り込みながら登ると、中央に十メートルの雪田を持った緩傾斜のフェースが六十メートル程続き、乾いたのどを適当にうるおしながらフリクションで快適に登り、五ピッチで中間バンドに立つ。ここは四、五人なら楽にビバークできそうな広いバンドになっている。

  上部岩壁はバンドからうまい具合に上がっている凹角状の浅いクラックを利用して三十メートル登り、頭上のハング帯を右に大きくトラバースすることによって突破口を発見し、凹角状のフェースを左上へ登り、八ピッチ目で上部に通じる凹角に入る。岩場を左に右にルートを変えながら、まるで知能テストをやっているような登り方が続く。

  九ピッチ目で凹角からチムニーを抜けると、再び頭上はハングで抑えられ、トラバース気味に右から上に出る。十ピッチでフェースを登って上段バンドに達すると、昨日の終了点がやや下に見える。ここで残置ハーケンを発見した。先日も下部岩壁で錆びたハンマーとジャンビングを発見した。バンドから上は、四十メートルのチムニーが肩まで続いており、もし先行者があれば、ここから上に抜けているに違いないものと思う。われわれは上部岩壁の頭に直接抜ける直上ルートを選んで登ることに決め、一枚岩のフェースの登り口にかかった。

  一枚岩の中間に斜上気味のクラックが走っており、この中に足先を入れて左へトラバースを行なうが、先に行けば行く程クラックは浅く、最後は一本の横リスと化している。微妙なバランスでトラバースを終了し、上部のハング帯とピナクルで形成されているチムニーを登るが、ここでもチムニーが広すぎて身体が小さいと苦労をする。

  この中も浮石が多く、ひとかかえもある石が抜け落ちる一幕もあった。ビナクルの上も浮石の凹角をだましだまし登り、十四ピッチ目でカンテに回り込む。しかし、このカンテに予想以上の労力を使わなければならなかった。ハーケンを一メートルごとに八本程打ち込んで吊り上げ気味になんとかカンテの上に立つ。このカンテから見る足下の高度感は最高で、今登って来た十四ピッチの岩壁が、取付まで丸見えで、はるか下には赤沢針峰の頂を見おろすことができる。このルートのクライマックスである。

  ここから四十メートル、灌木のリッジを登ると赤沢南壁の頭に立った。夕日の赤沢山頂で、雷鳥とたわむれながら下山に向かう。今日はシリセード用にオーバーズボンを着用して、一気に槍沢まで滑り落ちる

 タイム 一ノ俣(6・45)取付点(9・00)登攀開始(9・20)中間バンド(11・20)上段バンド(14・00)終了点(17・10)赤沢山頂上(17・50)下降ルンゼ出合(18・20)一ノ俣(19・00)

  この二つのルートの登攀中、埋込みボルトはクラックルートの終了点に一本打ち、ハーケンは両ルート共、確保用に打っただけで人工登攀的要素の用途には一切使用せずに登れたことは非常にうれしく思っている。壁自体ブッシュは少なく、オロシ金の上を歩いている位に快適で、残置ハーケンは少なく岩場の弱点のみを登っているため、ルートは自然明快だが、登攀後の下山ルートを夏はよく調ベる必要があると思う。

 赤沢針峰中央チムニー(仮称)よりP2・P1 パーティ 今井、浅井

  槍沢小屋と赤沢山の間に位置し、あたかも、赤沢山の護衛であるかのごとく立ちはだかっている岩塔で、槍沢側は槍沢小屋より一気に大スラブとなって頂まで達し、赤沢山側は上から下までハング帯で形成され、上より三つの起伏をなしていて、その高さは三百メートルに達している。

  赤沢山南壁の登攀終了後、この岩塔の頂をトレースすると同時に、この岩塔の持つ最悪の壁、赤沢側の側壁を登攀することにした。名称も赤沢針峰と仮称したが、正式な名前があればそれに変えたい。上部よりP1、P2、P3と分けられ、P1とP2は判別しにくいが、岩の層の違い等から区別した。P2とP3は高さも大分異なり、中央に大きなチムニー状のルンゼを形成している。これを中央チムニーと仮称し、ここよりP1、P2のトレースを行なった。

  五月三日(晴のち雨)

  赤沢針峰に、槍沢から一見して、それと見分けられるチムニー状ルンゼで、上部はP2とP3のコルに突き上げている。このルートの問題点は、コルより上部、P2に至るカンテ状のリッジと思われていたが、事実、非常に人工的要素の多い登攀を要求された。小屋より雪渓を三十分程登ってルンゼの入口につく。一ピッチ目からいきなりチムニーを四十メートル登り、十メートルのルンゼを抜けると再びチムニーになって、大きなチョックストンの下に出る。

  右側のリツジを登り、上部のテラスに出てから、またチムニーの中にルートを取って登る。非常に深いチムニーで、高度感はあるが、人が入ってないため、浮石が多く、ヘルメットの有難さが身にしみる。チムニーとルンゼの登攀を五ピッチ行なって、P2・P3のコルに達した。

  これからが問題のP2への登りだが、カンテと見えたのは、実際は幅広く、真中に凹角がある。これにルートを取ったが、約十メートルで頭上のハングに行き詰まる。人工登攀でハングを越えスタンス、ホールドの乏しい凹角を七〜八メートル登り、次のハングを越えたところで頭上を大ハングにさえぎられる。このピッチはかなりの時間を費やす。

  大ハングは、約五メートル左へ、ハングを抱くようにトラバースすると、傾斜の落ちたフェースとなり、それを二十メートル登ると四つ目のハングに出る。更に左へ十メートルのトラバースを行ない、上部に抜ける凹角を発見し、十メートルの右斜上でP2のリッジに立った。

  ここからはボロポロのリッジを登り、P2、P1をへてなんなく正面壁と針峰のコルに下り、槍沢側のブッシュの中を百二十メートル西へトラバースして、ハイマツの尾根に出て、そこからブッシュ帯の下降とザイルによる下降を行ない、うまい具合に雪渓におり、激しい雨の中をライトをつけてBCに向かった。

 タイム 登攀開始(10・50)P2・P3のコル(13・45)P2リッジ(16・30)正面壁と針峰のコル(17・30)下降終了(19・30)

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