赤沢岳西面登攀 関西支部五月合宿

    昭和四十二年四月の記録

編 成 CL・佐藤宏道 SL・上西 稔 SL・辻本貴志
食糧・今井 豊 器材会計・久松 勉
気象医療・広部 紀 記録・伊藤太嘉四
新人・和泉正則 OB・正野 進

行 動 四月二十九日 富山−弥陀ケ原−室堂−一ノ越
四月三十日 一ノ越−タンボ沢−黒四ダムー赤沢出合
五月一日 赤沢出合−左俣上部BC
五月二日〜六日 赤沢岳西面登攀
五月七日 左俣上部BC−黒四ダム−大町

  合宿所感

  関西支部では毎年五月の合宿は、冬季合宿や夏の縦走、登攀合宿とはやや趣を異にした意欲的な山行を行っている。

  地理的な関係や、関西支部という立場から、どうしても計画・準備の段階を東京本部に任せきりになる夏冬の合同合宿にくらべて、一から十までの計画・準備を会員の皆が、一つ一つ丹念に手がける事から、こうした意欲が自然に出て来るものだし、山登りの本来の在り方からも、これは当然の事だと思う。

  もっとも、この他にも新しい仲間の入って来る事や、サラリーマンでも比較的休暇がとりやすく、従ってメンバーのまとまりやすい事などの理由がある。

  しかし何よりも、五月の山が四季の山の中で一番美しいからである事を忘れてはならない。

  とにかく、今度の赤沢岳の西面はいろいろ出た案の中で、殆んどの会員が賛成した合宿地だった。主唱者の佐藤が、猫の耳附近には末登の岩壁がどっさりある、と吹きまくった効果もあったし、私自身はと言えば、何年か前のやはり五月に後立山を縦走しながら深い黒部側の斜面をのぞきこんで、一体、この陰にどんな沢が刻み込まれているのだろうと考えた事をふと思い出し、答を止す方法を見つけた様な気になって、この案を支持したわけである。

  もっとも、日数にしばられて仕方のない事だったが、美女平から一ノ越、タンボ沢、黒部というアプローチにはもう一工夫欲しい所だった。

  赤沢もかつては北アルプスでも最も奥深い神秘的な場所だったのだろうが、ダムのトンネル出口から僅か一時問足らずで、その本流に入る事が出来る様になってしまった。大タテガビンや、黒部の奥の得体の知れぬ大岩壁として時々話題になる事のあった丸山の東壁も、もう目の前である。アプローチの苦労は殆んど無くなってしまったと言ってよいだろう。

  しかし、それにしてもこのアプローチを奪われた壁や沢が、何となく貧弱に見えるのはどうしてだろうか。深い山と急峻な谷に守られてこそ黒部の壁と沢の魅力があったのだろうか。かっちり正面を見せた大タテガビンですら、何となく自分の色艶の悪い肌と不恰好な凹凸を恥じているかのように見える。

  それも無理もない事かも知れない。

  今、この脆い壁を登り、そこに新しいルートを拓くために、幾人かの若いクライマー達が懸命の努力をしていることを、このダムに遊ぶ人達に話してみるがいい。きっと意外な顔をする人の方が多いだろうと思う。

  国土資源開発を理解しない訳でも、又認めない訳でもない。

  しかし、このコンクリートの大造形から僅か一、二時間の雪の壁で転落による遭難者が出たり、雨に濡れた負傷者が必死にビバークを重ねている山登りの現実の姿を見せつけられると、所詮両立し得ないこの二つに、やはりある心の戸惑いを奥深くに感じているのにふと気が付く。

  そして殆んどそれと同時に、あたかも反動の様に我々にこうして残された日本の山や谷を、もっともっといつくしんで登らねばならないという気持が、心の中に大きく拡がって来るのである。(正野 進・記)

赤沢岳西面概念図

 行動記録

  四月二十八日

  文無し山屋御愛用の鈍行、20時06分大阪発新潟行に乗車。

  四月二十九日 雨のち晴

  大勢のスキーヤーに囲まれて千寿ケ原、更にテレビ中継のライトに照らされながら美女平に。天狗平までのバスに乗るのに、ザツクを計量して料金を取られる。軽い軽いと微笑を浮べながら、五、六十キロのザツクを運んで料金をまけてもらう。美松坂のシゴキ名所が一つ消えてしまったのは惜しいな、と昔の苦労を思い出したOBがニヤリとする。

  天狗平はガスに雨。早速ポンチヨをかぶる。雷鳥沢へ行くスキーヤーが、ガスの中をあちこちの方向に消えてゆく。室堂まで登って地獄谷を大きく迂回するのが以前の道だったのに。 室堂ではトラクターが数米に及ぶ積雪を掘じくって冬山のルートを妨害していた。

  一ノ越への登りにかかると急にガスが切れて青空がのぞき始め、一ノ越では完全な晴天に変った。黒部側にやや下った御山谷で合宿初日の幕営をする。日は高く、岩茸取りにも飽きたので、佐藤、広部と散歩に出る。雄山へ登るという佐藤と、浄土、竜王へ行くという正野、広部が仲間割れしてしまったが、今度の合宿で三千米を越えたのはただ俺一人と威張る佐藤よりも、静かな浄土、竜王へ登った組の方が得をした事だけは確実である。

 タイム 天狗平−室堂−一ノ越(15・45)

  四月三十日 快晴

  東一ノ越までは、夏道通しのルートをとったので固い雪面のトラバースが連続し、新人は足がすくんだようだった。東一ノ越は全く気分のいい所でゆっくり大休止。合宿にしては珍らしくのんびりする。そろそろ顔が雪焼けでヒリヒリして来た。ここからシリセードでタンボ沢へ入り、そのまま沢通しに下降して簡単に黒部湖畔に出てしまう。黒四ダムには観光客が大勢暖まったコンクリートの上に寝そべっていて、重装備で通る我々はよい見世物になってしまった。

  今は廃道になっている工事用道路を大きく赤沢へ廻り込み、黒部本流へ下る雪渓の傍に幕営する。夜はどっさりフキのトウを集めて風味豊かなスープを仕立てたが、やけに苦っぽくなり、うまいうまいと平らげたのは、少々トウの立つて来た正野と辻本だけだった。

 タイム 一ノ越−東一ノ越−タンボ沢−黒四ダム−赤沢出合(14・30)

  五月一日 曇のち雨

  午前中新人の雪上訓練と赤沢上部の幕営地を偵察。午後より天幕を撤収し赤沢の雪渓を登って左俣上部にBCを設営する。

 タイム 左俣上部BC(14・30)

  五月二日 晴

  赤沢左俣  パーティ 正野・辻本・広部

  赤沢左俣は一・二のコルまで雪の斜面が続くだけである。コルへ出る数十米がその中でも急斜面となり、両側壁から落石の攻撃に会うので油断が出来ない。コルからハイマツの中を適当にルートをとり赤沢岳の頂上へ出る。往路を引返えして三峰へ登り、一・二のコルの下へザイルをフィックスしてテントへ戻る。時間が早いので雪の上へ倒木を集めてトカゲを楽しんだが、落石には胆を冷やされ続けた。

 タイム BC(6・00)コル(8・00)赤沢岳頂上(9・00−10・00)二峰(11・00−12・00)BC(13・30)

  赤沢右俣  パーティ 上西、今井

  赤沢右俣より三峰猫の耳に突き上げる雪壁を登り、西尾根を辿って一・二のコルより左俣を下降してBCへ戻る。

 タイム BC(6・00)三峰(11・00)一・二のコル(14・00)BC(15・00)

  北西尾根偵察(中止)  パーティ 佐藤、久松

  北西尾根偵察のため取付点まで行くが、BCが倒木で倒されたのを望見したので、中止して直ちに引返えす。天幕を張り直してから再度北西尾根下部偵察し帰幕。(14・30)

  雪上訓練・テントキーパー  伊藤、和泉

  五月三日 快晴

  赤沢左俣  パーティ 佐藤、久松

  赤岩左俣より一・二のコルへ出て西尾根を赤沢岳頂上へ。北西尾根、鳴沢パーティと合流して、往路を下降。

 タイム BC(6・00)赤沢岳(10・00−12・00)BC(13・00)

  鳴沢  パーティ 正野、今井

  北西尾根へ一旦登ってから、適当に雪の斜面を鳴沢へ下る。赤沢に比べ、両側壁が樹林に被われているので、出合の滝を除けばやや暗い感じの一本調子な沢であった。上部は単調な雪の急斜面となり、鳴沢岳と赤沢岳の中間の主稜線へ出る。赤沢岳頂上で各ルートを登ってきたパーティに合流、全員で一・二のコルより赤沢左俣を下る。

 タイム BC(6・00)鳴沢(7・00)主稜線(10・30)赤沢岳(11・00−12・00)BC(13・00)

  北西尾根  パーティ 上西、辻本、和泉

  今日も快晴だ。BCより百米程下った地点より北西尾根に取付く。雪の急斜面を五十米トラバースし、尾根に向って直登する。ブッシュの中に二ケ所、フィックスザイルがある。どうやら東京M会のものらしい。雪がぐさぐさに腐って登りにくい。北西尾根のブッシュの中を縫うようにして進む。所々で古いペナントや、錆ついた針金を見かける。左前方に岩小屋沢岳から鳴沢岳の稜線が見え出すと、尾根は雪稜となり赤沢岳頂上へ続いている。

  赤沢岳手前の小さなピークで一本たてていると、佐藤、久松のパーティが頂上に向かって登っているのが見える。遅れじと我々も直ぐ出発。最後の約三百米は雪面が堅く締ってアイゼンがよく利く。快適な登りで一気に赤沢岳頂上へ飛び出す。鳴沢パーティも主稜線を近づいて来るのが見える。

  七名全員頂上へ集結。澄み切った五月の青空の中に岩ツバメが無数に飛び交っているのがとても印象的だ。頂上より一・二のコルまではハイマツとガレ場の簡単な下り。一・二のコルより雪庇を二十米のアップザイレンで赤沢左俣へ降りる。雪渓上部が急なので、慎重を期し佐藤は新人和泉とアンザイレン。他の五名はそのままBCまで下る。

 タイム BC(6・00)赤沢岳(10・30−12・00)BC(13・00)

  下山 広部、伊藤  下山(BC6・00)

  五月四日 快晴

  停滞(休養) 佐藤、上西、辻本、今井、久松

  下山 正野、和泉 (BC11・00)                                              (以上 正野 進・記)

  五月五日 晴

  赤沢岳第二峰左稜  パーティ 佐藤、上西

  赤沢岳二峰から北に延びている左稜の一番下の尾根より取り付く。ブッシュと雪まじりの尾根で傾斜はだんだん強くなるが強引に木登りで登る。取付より一時間程で二十米位の岩壁に突き当り尾根は消える。ここでアンザイレンし、バンドをスタカットで左上へ捲き気味にブッシュにつかまって登ると広い雪壁に出る。この雪壁をアンザイレンしたままコンテニアスで登ると、トレールがあり、二百米程で雪稜に出る。雪稜はすぐにナイフリツジの岩稜に変り、二ピッチで岩稜は切れ右稜との間のルンゼのどんづまりに出て右手の岩稜を登る。岩稜は広く容易な三ピッチで最後の岩峰下に出る。岩峰は十五米程で右上から左下へ走るクラックにハーケンがあり、これをルートにして簡単に頂上ヘ出た。
  右俣側は二百米程切れ落ちたフェイスでものすごい高度感がある。頂上より二峰右峰に行き、西尾根隊と合流して一・二のコルより左俣をかけ下る

 タイム BC(5・50)二峰頂上(9・20−10・30)一・ニのコル(10・40)BC(11・00)

                                               (以上 佐藤宏道・記)

  赤沢岳西尾根  パーティ 辻本、今井、久松

  赤沢右俣第三峰右峰にダイレクトに突き上げる尾根を登攀し、右峰より西尾根を辿って、一・二のコルより赤沢左俣を下降、BCへ帰る。

 タイム BC(5・50)三峰(8・15)二峰(9・40−10・30)一・二のコル(10・40)BC(11・00)

  五月六日 晴のち曇

  赤沢岳二峰フェイス  パーティ 佐藤、上西

  二峰フェイスは西尾根二峰の西側に面して圧倒的に赤沢右俣に切れ落ちた岩壁で左峰直下はオーバーハングの連続した壁であり右峰直下は草付きのスラブで構成され、それらを結ぶところの岩壁には三〜四本のルンゼが走っている。我々はこのルンゼにルートを求めた。右俣はデブリで埋めつくされており、簡単に取付点に達した。

  見上げる岩壁は昨日上からのぞいた通り、ルンゼがルートになりそうであった。

  まず佐藤がトップで真中より左よりのガリーに取り付く。ガリーからチムニーになりハングしてつまってしまったので、左のフェイスにハーケンを打ちアブミを使って左上の外傾したバンドに出る。バンドは一米位の幅で右上へ走っており、十米で元のガリーに入る。前と同じようにガリーは十米でチムニーになる。チムニーの上部に雪がつまっている為に、一旦左のフェイスにハーケンを打ちアブミを使ってせり上り雪のブロックの上に立つ。

  非常に不安定なので気味が悪い。急いでハーケンを打ってアブミに乗る。チムニーはチョックストーンでふさがれている。頭の上にハーケンを打って抜けようとするが岩がもろく、打っても全く利かない。左右の壁にもリスがないので、思い切ってアブミの最上段に乗っかり、岩を抱くようにしてやっと乗っ越す。

hsk4rb.jpg

  最悪のピッチであった。ハングを抜けると左は圧倒的なスラブの壁だが右手がゆるいフェイスになる。上部は大きな岩がふさがっているので右のゆるいスラブをルートにして岩を回り込むと、草付きのバンドに出た。更にバンドから草付きの凹角を登るとテラスに出る。テラスより右手にルンゼが走っていてルートになりそうだが、それに入るには一段下へ降りねばならないのでそのまま直上する。草付きバンドから凹角になり、ハングしているので右のカンテを乗っ越すと雪とブッシュの六十度位の斜面に出る。この斜面を直上すると雪庇が張り出したコルに出た。雪庇の下をトラバースして張り出しの少ないところから乗っ越す。

  二峰の左峰で右稜隊を待ち、合流して上西、辻本は一・二のコルより、佐藤、今井、久松は頂上より北西尾根を下る。

 タイム BC(5・40)取付(7・20)終了点コル(11・55)二峰の左峰(12・10−13・15)一・二のコル(13・30)頂上(14・10 北西尾根下降)BC(15・25)

(附記 我々が登攀したルートに先登者の痕跡は全く見出せなかった。佐藤宏道・記)

  赤沢岳第二峰右峰  パーティ 辻本、今井、久松

  二峰右稜をほぼ末端から登り、二峰左峰にて二峰フェイス隊と合流し、辻本は上西と一・二のコルより赤沢左俣を下降。今井、久松は佐藤と共に北西尾根を下り、それぞれBCへ戻る。

 タイム BC(5・40)二峰左峰(13・05)一・二のコル(13・30)BC(13・50)

  五月七日 雨
  連日晴天が続いたが、合宿最後の今日は朝から雨となった。思う存分登りまくった充実感を抱いて下る我々にとって、少々の雨なぞ全く気にならない。赤沢を下る足どりも軽く、全員濡れ鼠になって黒四ダムのトンネルに飛び込む。

 タイム BC(7・00)黒四ダム(12・00)

icon380.gif「アーカイブ」へ

icon380.gif「年表V」へ