巻機山天狗岩奥壁

    昭和四十三年七月の記録

  巻機山の天狗岩(もしくは黒ツルベ)については、『岳人』231号上越周辺特集に、東京学芸大学山岳部の記録が出ている。 巻機山の位置、高度、および問題の天狗岩についてのイントロダクションなどはそれによられたい。

  われわれがこの岩峰を訪れたのは、昨年の十月末であったが、天候に恵まれず、ルートの偵察だけに終わったが、このとき、いわゆる正面壁の奥に、ブッシュのない三角形の奥壁があることを知り、その岩壁を経て、ダイレクトに天狗岩を登ることの可能性を見出した。それはおそらく人工登攀の連続になるであろうがルートとしては決して不自然ではないと思った。

  このルートへのアタックは、今年の七月にもち越されたが、パーティは石黒久、大村宏夫、浅井健二郎、他1名の四名。

 このうち浅井は山麓のTWV小屋を中心に、すでに何回かこの山を訪れるうちに、天狗岩への関心をもちはじめたのである。(岳人232号の記録速報欄には、長岡山岳会の記録もある。)

 記 録

 七月六日(試登)

  TWV山小屋をBCにする手はずを整えたが、前年の偵察によって装備は多くした。ただし、予定は二日間で登りきるつもりであった。ところが、六日町につくと、あいにくの雨だったので、ゆっくりとバスで入り、懇意にしている清水の「雲天」という山の宿で朝食兼雨やどりをする。

  九時ごろ雨があがったので出かけ、TWV山小屋に荷をデポする。巻き道を通ってヌクビ沢出合へ出、ここから割引本谷の雪渓をゆく。一時晴れた空も、再び霧が出てなにも見えない。その切れ間をみて正面壁の取付点の台地まで登ると、再び霧。めざすルートはもっと奥なので、なにも見えないまま下部スラブ帯を登ってどんづまりのバンドに立つ。やがて霧の切れ間に見当をつけて上部スラブ帯へ登りはじめる。めざすのは三角形垂壁の中央である。

  やや右よりにとりついたが、十メートルでつまった。そのとき左方十五メートルに連打されていた古いボルトの列を発見した。改めてこれにしたがって登ると、約三〇メートルで終わっていた。さらにハーケン、およびボルト数本を打ち加えたが、このとき雷雨になり、岩面が滝と化したので、一目散に逃げ下った。

 十二日

  きょうは雨が降っていないので、バス待ちの時間を有効に使うため、タクシーで入山。TWVの山荘で荷を整理して天狗岩へ向かう。

  先週の最高到達点の上の小スタンスに立ってボルトを一本打ち、ここを第一ピッチ目のビレー点とする。さらにハーケンを四〜五本連打して登ったが、リスが狭くハーケンは半分も入らない。スリップすればまず全部ぬけるだろうと思われたので、ボルトを打ったが、さらにボルト三、ハーケン一で三角形の垂壁基部ラインの数メートル下に迫った。

  このとき、右手五メートルのところに古い捨てなわのついた古いボルトを発見。これは先行者が下部で右ヘトラバースし、凹角状のルートを登った後、懸垂で下ったものであろうと判断した。

  ここから左にごく狭いがなんとかトラバースできそうなバンドを見つけたので、ハーケン三本で、垂壁基部の草付スタンスに立つ。そこは垂壁の中央から少し右よりであった。垂壁は最初の五メートルくらいが少しかぶっている。この日は左へ斜上気味にボルト九本を連打して下山。小屋につくころは雨になった。

 十三日

  きょうは時どき晴れ間が出る程度だが、まず天気はよい。決して油断はできないが、しかし単調な作業を続ける。全くのボルト連打である。願いはただ一つ、ハーケンを打ちたい。リスを求めて右へよる。ハング帯へ入り、下側のオーバーハングの左端をかすめ、ついに大ハング下に達する。草付スタンスからここまで三五メートルにボルト二十余本、ハーケン五本を使用した。当然一人で打ち続けるわけにはいかないので何回かトップを交替して時間を食う。

  ハング下に達した石黒は、ハングのひさしに逆うちハーケンを三本うち、その三本に体重を分散させ、出口にボルトを一本打って下りてきた。すでに夕方で、夜の来るのと競争するように下山。あすは完登をめざそう。実質的にはハングを越えたのだから。

天狗岩概念図 天狗岩奥壁ルート図

 十四日〜十五日(完登)

  同じ目的では、もう二度とこの道を通るまい、というのがこの日ヌクビ沢出合への道をたどりながら言いあった言葉である。しかし、登りきれるだろうか。ハーケンはまだ充分ある。が、ボルトは十四本しかない。下降用に何本かとっておくとすれば、アタック用には、わずか十本程度である。できるだけハーケンで登らなければならない。これからはルートがのびるにつれて、四人の協同作業になるし、また登るほどに下降できなくなる。

  ハングの出口に打ったボルトに一身を託して次のボルトを打つ、ついにハングは完全に越えた。リスをさがす。ありがたいことに、ハングを越えてからは、かなりハーケンが打てる。が、次のハーケンを打っていると、そのひびきでのっているハーケンがぐらっときて抜けそうになる。一度おり、ハーケンを叩き直し、それにはのらず、ホールドとして次のハーケンを打つ。

  われわれは中央稜の前面フェイスへ出るために、顕著な白い凹角をルートにするつもりであった。それが最も近いルートなのである。ところが、そのためにはボルトがいる。リスがないのである。仕方なく右よりにルートを求める。ハーケンを逆打ちにしたところで、右のバンドへトラバースし、灌木スタンスに立つ。ここまでを第四ピッチにする。

  この上はちょうど三角の垂壁と中央稜フランケの境壁にあたる。一見フリークライミングで行けそうであるが、目の錯覚も甚だしく、いざ登り出すと、かぶっている。二メートルほど上って動けなくなり、セカンドの肩に降りてハーケンを打つ。左斜上したいがリスのあるところを追って、どうしても直上せざるを得ない。そして前面フェイスへあと五メートルという地点で再び一様にかぶったフェイスになる。ここにハーケン二、ボルト一を打ったが、カラビナ、ハーケンが尽き、しかもこの日一日トップを続けて疲労した浅井は一度灌木スタンスヘ下り、他1名と交替する。

  もうあと少しなのだが、時間の余裕も少ししかない。いずれにせよきょう中にはぬけられまい。ビバークプラッツをさがさなければならない。そのためにも前面フェイスまではぬけなければならない。後続の大村、石黒の二人は、昼すぎからハング下のボルトテラスでじっとしている。

  ここでトップに出た他1名は、下から見るとますます空間にのり出して、ボルト、ハーケンの連打で、ついに前面フェイスに手が届き、アタック用の最後から二本目のボルトを前面フェイス側の岩に打つ。が、打ちこむにつれて岩が浮いて危ない。そこですぐ上に改めて最後のボルトを打ち、さらにハーケンを数本打って、ブッシュ帯に出、それにそってハング下のスタンスに立つ。

  ラストの石黒が来た時には、すでに夜の七時半、闇の中で左下の枯れ木テラスへザイルトラバースをし、灌木を折って、なんとか四人がすわれるよう整地する。一日中、雨はいまにも降り出しそうだったが、ついに降らなかった。

  翌朝、ゆっくりと出発。前面フェイスは逆層でもろく、すでにわれわれには登るための用具も時間もない。この日がすでに日程からはみ出しでいるのである。ブッシュをたどって左の凹角に入る。ここもブッシュだったが傾斜が強い。九ピッチ目、ダイレクト・カンテ(仮称)のフランケを半ば木登りで登り、カンテの前面フェイスに出る。さらにブッシュを二○メートルで、中央稜の頭下の台地に出た。ここを登攀終了点にする。

  小憩後、西側へトラバースして急斜面をブッシュにすがりながら約百メートル登って天狗の頭に出た。午前八時半であった。裏側のコルまで下り、ヌクビ沢へ、ブッシュをつたわっておりる。

  このルートのグレードは六級であった。この登攀に使用したボルトは四十数本、ハーケンは四十本弱である。

(浅井健二郎・記)


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