穂高北尾根四峰北条・新村ルート登攀

    昭和三十四年三月の積雪期第三登の記録

  昭和三十四年三月二十五日〜二十九日

   パーティ 上越支部 定方良輔、新井登吉郎、岡部 勇

三月二十五日  快晴

  上高地から西穂へ回る鈴木たちより一足先に涸沢小屋を出て五六のコルへ登る。昨日の雪でラッセル深く荷も重いので四時間を要した。コルには芝浦工大のテントがあり、奥又白池にも一張り見えた。

  すぐ、六峰寄り奥又白側の斜面に雪洞を掘る。雪が堅く三時間かかった。終日快晴。

(涸沢小屋9:45 五六コル14:00)

三月二十六日  風雪

  朝から風雪、一日中寝て暮らす。吹雪の中を芝浦工大の人たちは下っていった。

三月二十七日  晴

  昨夜とった天気図で今日の天気は分かっていた。三時起床、5時には暗い中を出発する。

  五峰の登りも例年になく凍っていて四五のコルには六時に立つ。四五の雪渓を定方、岡部、新井のオーダーで降る。昨日の雪が一尺ぐらいあって、トップの踏み出す足もとから板状に雪崩れてヒヤッとする。

  四五の雪渓を三分の二ほど下りたところから第一テラスへトラバースした。夏の広々とした草の台地ほ傾斜五十度ぐらいの雪壁である。見上げる四蜂の璧は高く大きく圧倒せんばかりだ。

  ここで新井、定方、岡部のオーダーでアンザイレン。使用したザイルは放出ナイロン二本である。夏ルート通りに取り付くが、今年は氷のつき方がいちじるしく、完全に氷化したアイスリンネに始まる。リンネの左側にあった古いハーケンにカラビナをかけ五米ばかり登って右手のカンテに出る。ハーケンを打つにはホールドもないようなところを七米ばかり更に登ってまたリンネへ入る。六十度ぐらいのこのアイスリンネはアイゼンのツァッケを受けつけず、一つずつステップを刻んだ。このピッチに残置ハーケン共五本使って一時間かかった。

  八時近く壁にも陽がさして暖かくなってきた。時々氷のかけらがヒューヒューと音をたてて落ちてくる。トップやセカンドが雪や氷を落とすので、ラストの岡部は、ザックを頭にのせたまま身動きもできない。次はリンネの左側で七十度ぐらいの草付きまじりの壁を十米直上する。偃松や草付についた竪雪をピッケルでたたき落とし、岩を掘り出して登る。ハーケンニ本、残置のもの三本使用。右に四米トラバースしてまたリンネに入る。壁からリンネに移るところがわるい。リンネを五米更に登り偃松を掘りだしてビレイする。すでに十時だ。ラストの岡部がやっと登りだす。もう日は高く手袋はビショぬれである。

  この辺りはもう上部がハングしているので日光でとけて落ちてくる氷片は頭上をとびこえて行く。風もなく全く静かだ。

  またアイスリンネにピッケルをふるうとパチンパチンと云う一ふりごとにとび散る氷がキラキラと輝く。十米ほど登ると右下からくいこんでくるリンネとのくいちがいのところがハングぎみになっていて打残しハーケンが四本ばかりある。身体をそらしてこれを乗りきるとすぐ先に偃松テラスの左端が見える。テラスの手前は傾斜がゆるくなる。ところがゆっくり休めると思った偃松テラスは六十度ぐらいの斜度で、切落ちた足もとには今朝通った四五雪渓のトレールが見えて高度感ひとしおである。テラスの岩壁よりを切崩してジッヘルするより方法がない。荷物のある定方、岡部はハング気味のところで苦労したようだ。とにかくはじめて三人一緒になり。テルモスの温いミルクを楽しんだ。

  テラスの右端から垂壁に取り付く。八米直上すると小ハングにぶつかる。ここにある古ハーケンにアブミ三個をかけて乗切ると大ハング下のテラスに立つ。二人立つのがやっとである。見上げる大ハングには太いつららが下っていて悪そうだ。ハング下へは残置ハーケンに四個のアブミをセットして達する。八十センチ張出しのあるハングの出口へ何とか手はとどくが力が入らずに失敗、アブミに乗ったまま休んでまた試みるが失敗。くやしさと淋しさが頭をかすめる。日がかげってくるとたちまち毛糸の手袋が凍ってしまった。手袋をとりかえたのち、一番下のアブミをはずし、これをハングの出口上にかけてやっとのり切った。一時間半かかっている。さすがにぐったりしてしまった。四十度ぐらいのスラブを右へ十米トラバースして尖岩テラスへ出る。定方が着き、岡部のザツクを釣り上げる。はや五時を回ったがこの上は一ピッチで夏の登攀終了点に着く。とにかく今日中に終えたい。

  すぐ右へ垂直な壁十米のトラバースをはじめる。打残しハーケンを利用しながら進むが大変むずかしく、この登攀中で最も微妙なところだった。トラバースのあと凹角を十米登って夏の終了点に着くのだが、ここはかぶりぎみでともすれば体が外に投げだされそうだ。ハーケンニ本を打ちドッペルザイルにしたがどうにもしぶくて動かず、出口で完全につまってしまった。やむを得ず定方が途中までトラバースしてカラビナをわたし、やっと小さなテラスに立った。

  このピツチは意外に時間をくった。もう七時てある。尖岩テラスは小さく二人がやっとである。やむを得ず二ヵ所に別れたままでビバークする。トップは定方のビニール合羽を借りてヤッケの上に着る。凍りついたテラスを切り開いて腰を下すが、敷物がないので朝までまんじりともできなかった。徳沢の灯りがすぐ近くに見え、月明に足許の梓川がなんとも云えず美しかった。

(五六コル5:10 四五コル6:10 第一テラス7:00 アイスリンネ7:30偃松テラス12:30 大ハング17:45 尖岩テラス19:00)

 三月二十八日  晴

  大滝山の上に太陽が上ってくると、長い一夜も明けたのだ。定方が立ち上って登りだす。二人がトップのいるところまで登りつくのに二時間かかった。夏はここからもうザイルをはずし右へトラバースしてガレを登れば終るのだが今は雪の付き方わるくこのまま直上する。定方、新井、岡部のオーダーである。岩と偃松の五十米にハーケンを五本使った。昨日からのアンザイレンをやっと解くと、五峰の頭に青木が顔を出した。われわれのサポートに来てくれたのかと声をかけたら、関西登高会の事故の手伝いの由。四五のコルへ向う途中で登高会の人に会うと、去る二十二日、同じ北条・新村ルートを登って悪天候のため一人凍死され、今その遺体を引上げるところと云うことであった。

  天候に恵まれたのは何よりであった。

(尖岩テラス6:00 登攀終了9:40 四五コル12:30 五六雪洞13:00)

 三月二十九日  曇

  高島たちと合流して滝谷へ入る岡部を涸沢小屋に残して下山する。屏風岩の前で滝谷隊に会う。横尾附近の雪は入山する時にくらべるとかなり少なくなっている。

  奥又白谷出合から見ると四峰の壁がガスの中に見えかくれしていた。上高地泊り。

(五六雪洞8:00 横尾11:00 上高地16:30)

(新井登吉郎・記)


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