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2002年10月19日(土)「生涯最高の紅葉なり」

 「中禅寺湖の紅葉は最高」。先週知り合ったカヤッカーたちの言葉が、そのまま私の感想になりました。言葉を失うくらいに美しい光景って、生涯にそう何度もはめぐり合えないのだろうなあ。暗いうちに到着した中禅寺湖は、段々と明るくなるにしたがって紅葉が鮮やかに浮かび上がってきます。赤、黄、オレンジ、黄緑、深緑。混ざった錦の美しさは、言葉で表現しきれません。早く近寄って見たいと、心がはやります。
 観光客の多くがまだ寝静まっているであろう中、船を静かに漕ぎ出して行くと、湖岸の木々の影が、鏡のような湖面に映りこみます。ああ、こんな素敵な光景を見逃さずに済んで、本当に幸せ。どうやら、今日が紅葉のピークだったようです。一生であと何回、こんな光景を見られるのかなあ。
左:湖面もきれい
中:ニンバス社のニヤック2002年モデル
右:ここはカヤックでしか来られません




2002年10月13日(日)〜14日(月・祝)「憧れのシーカヤック」

 2000年のGW、沖縄・竹富島の西桟橋で、日没の瞬間を待っていた時のこと。オレンジ色に輝く海面をすうっと横切っていったのは、ほっそりした船でした。彼女と夕日の間をさえぎるものは何もないんだろうなあと、羨ましく思いました。それがシーカヤックとの出会い。Seakayakerという雑誌を買ってみたり、リバーカヤックに挑戦したり、時任三郎の体験記を読んでみたり。徐々にふくらんでいた期待が実現したの記念すべき日が、今日なのです。
 昼に下田でTさんにピックアップしてもらい、1時頃からついに海へ! 雲ひとつなくベタ凪で、コンディションは最高です。アドバイスしてもらいながら、松浦を出て、雲見のもう少し先まで。洞窟や岩の間を潜り抜けるときは、探検してる気分になります。楽しーい。マスクとシュノーケルとフィンを借りて、ちょっと潜ってみたりもしました。水温は24℃くらいあって快適。岩のかげに、ツマグロハタンポの300匹くらいの群れがいました。ツノダシとタカノハダイも。帰りになると、ちょっと疲れが。漕いでも漕いでもなかなか目的地が見えず、ついつい無言になってしまいました。ごめんなさい。
だんだん夕日が海面に近づき、海が輝いてきます。ゴールも間近になってきたので、日没までの数分は、カヤックの上から眺めました。きれいだったー。刻々と色が変わって。
 夜はイセエビの味噌汁、焼きそば、ポトフなどなど。どれもおいしかったです。つい、飲みすぎてしまいました。ビール、泡盛、焼酎。夜は、砂浜に張ったテントの中で、波の音を聞きながら、シアワセな気分に包まれて眠りました。

左:今日の夕日は忘れません。あこがれてたあの風景と同じかも。左が私
中:誘っていただいたTさんと。左の赤い艇が今回のパートナーでした
右:この時は生きていたイセエビも、1時間後にはおいしい味噌汁に

 翌日は6時前に起きて、薄暗い中を北上しました。目的地は天窓洞。文字通り、岩の天井にぽっかり穴が開いて、空が見えます。遊覧船が入っていけないような狭いところへ行けるのも、カヤックの魅力だとか。なるほどー。戻ってもまだ7時すぎ。早起きすると1日が長いです。昼は峠の途中にある「合歓」というヨーロッパの家のような作りの中華料理店に行きました。BGMは50年代?のジャズ。不思議な雰囲気のお店でした。お風呂に入ってさっぱりしたあと、渋滞を避けて下道で東京へ。こちらもところどころ混んでおり、長旅となりました。帰宅したのは11時すぎ。本当にお疲れ様でした。でも充実した2日間になりました。ありがとう。

左:天窓洞からの帰路。すっかり明るい



2002年10月10日(木)「別ノ世界」

 仕事の合間にふらりと入った書店で、なんとなく手に取った『ファースト・プライオリティー』(山本文緒著、幻冬舎)。8ページくらいの短編がまとめられています。最初に読んだのが「三十一歳」。時間のたつのを忘れました。久々に。どの作品も最初の1文がいい。奇をてらった文では決してないけれど、無駄なく違う世界に連れて行ってくれる。中学生のとき立ち読みに夢中になって「帰ろうよ」と声をかけてきた友達の顔を見て「この人誰?ここどこ?・・・わたし誰?」と呆然となった感覚を思い出しました。

 仕事に関係ない本を、読もう。


2002年10月8日(火)「次の一手」

 「ここ、いいなあー」と密かに憧れている部署の方を、今晩紹介してもらいました。半年前にそこへ移ったという彼は、私が思い描いていた以上に仕事を楽しんでいました。アウトドア好きで、シーカヤックを持っていて、キャンプが好きで、一人で旅行もする。しかもかなりの男前! なんだか期待していた以上に楽しい夜になりました。さらに、帰り際に「民家再生」の話で盛り上がり、ここまで一緒に面白がれることに正直びっくり。この会社の中を、もっともっと掘り起こすのもいいなあ、と再発見した夜でした。今度は一緒にキャンプにいきましょうねえ! ま、その部署に行けるかどうかは別にして、異動希望を出してみることにします。まずはその一歩から。


2002年10月2日(水)「一線」

 疲れがどっと出たのか、のどの奥にイガイガがあって、昨日から熱が。今日は夕食の約束がキャンセルになったこともあり、早々と帰って野菜たくさんのチゲ鍋を作りました。珍しくケーキなど買い込んで、1週間分のカロリーをまとめてとった、という感じ。こういうの、カラダには悪いんだろうか。ま、カラダの命ずるままに。早く治して今週末こそ海行くぞ。大潮だし。


2002年9月18日(水)「初めての経験」

 なんだか妙に里心のついてしまった今回の旅でしたが、今日でようやく最終日。ロッテルダムで予定の時間を1時間以上オーバーしながら最後の仕事を終え、空港行きの電車は18:01ということを確認して、駅でタクシーを降りました。「7番線か8番線だよ」。親切なドライバーにお礼を言って3分前にホームに駆け込むと、ちょうど「18:01発」の表示。やれやれ、と乗り込み、ぼんやりしたりうとうとしたりしていました。45分で空港に到着。のはずが、予定の時間を過ぎても着きません。あれ、遅れてるのかな、と思いながら10分ほど経過したところでまわりの人がいそいそと降ります。むむむ、嫌な予感・・・。ああ、なんと! 逆方向の電車に1時間ものってしまったではないですか! 今まで順調だったところへ仕事が終わって安心して油断していました。ロッテルダムから北上して空港に行くはずが、思いっきり南下してベルギー国境近くまで来ています。あわてて空港に戻る列車に飛び乗り、あせるココロを落ち着かせながら時間をおおまかに計算してみます。ああ、どう考えても間に合いそうにない・・・。泣きそうになりながら、ガイドブックやら航空券をひっくり返し、JALに連絡しないと。なんとかスキポール空港の番号を探し当て、ようやくつながったものの、飛行機は定刻どおりです、ととりつくしまもありません。不覚にも涙がぽろり。結局離陸時間の10分後に空港駅に到着したのでした。JALの係員と話すと、「日にちの変更がきかないチケットだから片道のチケットを割引で買ってください」と。それが25万円だと!いったい航空券の値段ってどうなっているのでしょうか。しかし、会社に請求するわけにもいかず、自腹では悲しすぎる。無理を承知で「なんとか道はないのか」としつこく食い下がったところ、日本の代理店に事情を電報で知らせ、日本のJALの営業に掛け合い、特別に認められれば空席にのせてもらえるかも、との話。これしかない!と食いつき、とりあえず電報を打ってもらうことに。
 とりあえずどうしようもないので、空港近くに宿をとることに。目の前のシェラトンに電話すると235ユーロ。そんなとこには泊まれない! 空港内のツーリストインフォメーションに行くと、シェラトンは199ユーロ、となりのヒルトンなら99ユーロ。なんだか価格に対する不信感が更に高まったまま、ここは当然ヒルトンへ。2時間ほど仮眠したところでもがくように起床。日本の代理店に電話して、JALにかけあってくれるように依頼します。電話すると、フットワークの軽い担当者は夏休みとのこと。泣きたくなりながら、電話口の人に事情を話し、JALとの交渉結果の電話をじりじりと待ちます。約30分後。「翌々日の便、最悪でも3日後の便に変更が認められました」。やったー!(涙)。朝の4時。やりました。すぐに会社に帰国日が遅れる旨の電話とメールを入れ、アポイント先にはお詫びと変更の連絡を入れました。
 海外の個人旅行や海外出張の経験もそれなりにあったつもりでしたが、飛行機に乗り遅れたのは初めて。国内でも数え切れないくらい飛行機のったけど、逃したことはなかったよなあ。でもまあ、ひどい状況から、考えられる最善策まではたどりつけたかな。ああ、忘れらない旅になりました。それにしても、こういうケースではみんな25万円も払ってチケット買うのだろうか。なんていうか、粘った人勝ち、情報を手に入れられる人勝ち、みたいな状況って、なんとなく不公平な気もします。素直な人からカネとって、無理を承知でごり押しする人が得をする。資本主義で情報社会って、そういうことなのか。
 今日はさすがに1枚も写真撮る余裕なし。つかれた。


2002年9月15日(日)「Statue of ネロとパトラッシュ」

 今日は、オランダに赴任している友人のTさんご夫妻が案内してくださるということで、朝から国鉄に乗ってロッテルダムまで、約1時間の旅です。ロッテルダムは見るところがないというTさんのおすすめで、車で1時間のベルギーのアントワープに行きました。オランダの西に位置するベルギーは、南西部でフランスに接しています。そのせいか、オランダよりだいぶおしゃれな街、というのがTさん夫妻のベルギー評です。日曜のアントワープは飲食店以外しまっていますが、なるほど、ショーウィンドーの感じも確かにオランダよりおしゃれかも。

中右:ベルギーはオランダよりもなんとなくおしゃれ(アントワープの街)

 まず、カフェで軽くご飯。フライドポテトを食べるところはオランダと同じですが、メニューはちょっと違います。隣の人が食べているピザとしか見えないものは、オムレツ。いったい卵を何個使っているのでしょうか。デザートはベルギーワッフル。日本で「マネケン」のブランド名で売られているのと違い、いわゆるワッフル型に流したものが出てきました。驚いたのがその食感! 軽くて表面はさくっとしています。パンケーキとは大違い。それに粉砂糖や生クリームをつけていただきます。おいしかった・・・・。
 さて、腹ごなしに街をぶらぶら歩きます。向かったのは、ノートルダム寺院。ここが、フランダースの犬でネロとパトラッシュが最期に入れた教会です。ここには3枚の有名な絵があるのですが、ネロの見たかったというのは「キリスト降架」。体に穴の開いたイエスの絵は、美しいという感じではあまりなく、??。ここから河の方へいって仮設の展望台から街を見下ろした後は、地下鉄(トラム?)でダイヤモンド街に行きました。研磨作業を見られるといういかにも観光客向けのセンターを冷やかして、お土産用にダイヤチョコレートを購入。そういえば子供の頃、指輪型の飴があったなー。その後、ここから4キロほど離れた町にネロとパトラッシュの銅像があるらしい、ということで昨日に引き続き銅像探しに出ました。 町では、中心部と思われるところがマーケット開催中でした。リサイクル市、というよりむしろボロ市。10年前くらいのスキーブーツや20年以上としか思えない木製のテニスラケットなど。モノを大切にするヨーロッパの文化の片鱗を見た気がしました。お目当ての像はTさんが発見! きのうのミッフィーとあまりかわらない大きさでした。うつむいているネロがなんとも哀しい。この銅像、あまりにもネロとパトラッシュを訪ねてくる日本人が多いため、地元の観光局が調査に乗り出して、ネロが住んでた町を割り出して立てたとか(地球の歩き方より)。ノートルダム寺院にはあれほどいた日本人ですが、ここにはひとりもいなかった。ちょっと優越感。うふふ。
 ロッテルダムへの帰路、ちょっと寄り道して寄ってくださったのがキンデルダイク(「金出る大工」と変換された・笑)。ここは、オランダでもまとまって風車が残されてるところです。道路を挟んだ両岸に17(だったかな)の風車が並んでいるのはなかな壮観です。ところで風車って、実は羽根つきの住居なんですね。あの根元がお家だって、知ってました? その後ロッテルダムのインド料理のお店でカレーをいただいて電車で帰宅。22時すぎのアムステルダム中央駅は、薄暗くてなんとなく物騒な感じ。走ってホテルまで帰りました。さて、明日から後半戦です。


左:ちょっとマニア? 名前忘れちゃった町の中にみつけたネロとパトラッシュ。
中:キンデルダイクにある風車群。ちょっと雰囲気が印旛沼に似ている。ていうか逆か。

右:シロウト写真家の心をくすぐる風景です。


2002年9月14日(土)「Statue of Miffy」

 ヨーロッパの空の玄関口、スキポール空港から車で15分のアムステルダムに宿を取って4日目。出張の折り返し地点の今日は完全オフです。疲れが出て寝坊してしまったけど、なんとか午前中に予定していたユトレヒトへのday tripに出発しました。アムステルダム中央駅からユトレヒト中央駅までは電車で30分。降りるとまずオランダ随一という近代的なショッピングセンターがあります。そこを抜けるとユトレヒトの町。espritとか、見慣れたロゴもぽつぽつ見えます。運河沿いには小さな店がびっしり軒を並べています。カフェ、アンティークショップ、雑貨屋、自転車グッズ屋、土産物屋、郵便局などなど。教会を中心にした1キロ四方程度の小さな町は、1日もいれば十分という小ささ。のんびりしているから、アムステルダムにいるときよりもほっとします。
 ここはうさこちゃん(現ミッフィー)の作者、ディック・ブルーナさんの住む町。まず向かった中央博物館にも、ブルーナさんコーナーがあります。各国語に翻訳されたミッフィーの絵本が20冊近く並んでいる中には、しっかり「うさこちゃん」の字も見えます。うう、ファンとしてはたまりません。となりの教会ではオルガンのコンサートやっており、飛び込みで聴きました。キリスト教徒ではない私ですが、深く響く音にココロ洗われます。次に目指すはミッフィーの銅像。数ヶ月前に旅行で来ていたMD嬢もみつけらなかったので、2人分の使命をおびて、いざ。ということで、立ち寄ったワインショップでお兄さんに聞いてみました。えーと、像は英語で・・・、あ、自由の女神はStatue of Libertyだったはず(受験?英語も時には役立ちます)だから、"Would you tell me where is the Statue of Miffy?"
 お兄さんの答えは"Statue of ・・・What?" あらま、銅像は通じたけど、ミッフィーがだめとは! "Statue of a ・・・ rabbit. Uhhh, famous rabbit. Uhhh, a character. " うう、いろいろ言うも通じず。これはだめかな、と思ったところペンを差し出されて、「絵を描け」と。おお、たしかに。これは描きやすいもんね、まかせてください。で、すぐに通じました。やったー。しかし、Miffyで通じないものなのでしょうか。地元なのにねえ。さて、地図につけてもらったマークを頼りに観光客もほとんどいない運河沿いのちょとした空き地を訪ねると、果たして、探していた彼女の像はありました。立体かと想像してたら、クッキーみたいに平板な彼女でした。
 夜は「カジュアルなイタリアン」とのリクエストをコンシェルジュ投げたところ、すぐに教えてくれたラ・マドンナという店へ行きました。これが期待以上のおいしさでした。ガーリックトーストはトーストというよりもガーリックだけをのせたシンプルなピザ。3ユーロくらい。7ユーロのラザニアもおいしかったし、ついまた食べ過ぎてしまいました。明日はロッテルダムの友人を訪ねます。車でアントワープまで連れて行ってくれるそうです。楽しみなりー。


左:寒いというわけではなかったのですが、運河沿いの道は、夏だともっと気持ちいいんだろうなあ。

右:2頭身の彼女と。ユトレヒトではほとんど日本人を見かけませんでしたが、ここには女性二人連れが。


2002年9月8日(日)〜9日(月)「為セバ・・・(2)」

 朝8時よりテラスで朝食。主役の登場を待って、緊張の仕事がスタートしました。ああ、私の器は小さいなり。反省点も残りましたが、とりあえず午前中に終わったので石垣行きのフェリーに駆け込み、タクシーに飛び乗り、空路宮古へ。のんびりした離島だというのに、私ひとりなんとも慌しいです。お出迎えいただいて、オリックスの選手も泊まるというホテルへ。追加の仕事を終えたあと、なんと!残す1つのミッションの鍵を握る人の家を発見! 夜回りならぬ昼回りです。今日いきなりは無理だけど、明日ならOKとの許可をいただき、ああ、ついに、後半の日程で今回の目的がすべて果たせることに。「為セバ・・・」とはよく言ったものです。
 夕食は、28歳の料理長が腕をふるった、オリジナルの和食をいただきました。自分でつんできたというゼンマイの胡麻和えやオカノリ(だったかな?)など、丁寧な仕事ぶりで工夫を凝らした、感じの良いお料理の数々でした。コブシメのさしみは細かな包丁を入れて焦げ目をつけてあり、ゆし豆腐と冷たいご飯にあわびやゴマを入れたお茶漬けは不思議なコクがあります。ダイビングもやるという料理長、これからがまた楽しみです。
 翌月曜。仕事は夕方なので「えい!」とホテルの前のプライベートビーチに飛び込みました。水着とマスクとシュノーケル、そしてデジカメのハウジングだけはカバンに詰め込んでいたのです。水深1.5メートルの海。しかしいるではありませんか!フタスジリュウキュウスズメダイ、やたらとカラフルなハギ、などなど。大好きなカクレクマノミの若魚(っていうのかな)、じゃかじゃかカメラに収めました。うふふ。夕方になって最後の仕事をつつがなく終え、宮古からの直行便が羽田に着いたのは22時過ぎ。結局真夜中に帰宅しました。ああ、なんだか疲れちゃったな。あさってから海外出張だというのに。


左:この青い空はやっぱり南の島。目の前には絶景の海が広がります。私有地からのカメラ。となりの別荘地、本気で欲しいと思いました。誰か一緒にどうですか。

右:ウェイトなしで1.5Mの水深で止まるのって、異様に難しい。渾身の、ていうかむしろ執念の1枚は、カクレクマノミ。


2002年9月7日(土)「為セバ・・・」

 朝6時。風はまだ残っています。恐る恐るJALに電話したところ「欠航にはなっていません」とのこと。やったー(涙)。朝8:00の便でようやく石垣に向かいました。ここまでねばったご褒美でしょうか、台風のために流れてしまった3つのミッションのうち2つが奇跡的に回復することに! ああ、人生、あきらめずに動いてみるものです。すごすごと東京に帰ってたら、いきなりの復活はありえなかったからなあ・・・。ということで、午後一に1つ仕事を終え、夕方には小浜島に到着。しばらく時間が空いたので、自転車を借りて島内を探検(というほどでもないけど)してみました。竹富島に似たかわらぶきの家並みは、もうすこし生活感を感じさせます。ちゅらさんの家もちゃんと残されていました。観光名所ですね。まだまだ風の強い夜、アジア風のコテージで就寝。明日は朝から2つ目のミッションです。


左:もう大人なんだからこういうところに泊まっていいのかもしれない。窓の外には八重山の海。

右:「ウェルカムですぅ」って、ほんとにかいてありました。こはぐら荘。


2002年9月5日(木)〜6日(金)「離島は遠し」

 
さて今日こそは那覇!と意気込むも、予定していた朝のJAL便は欠航。午後の便はすべて満席だというので、伊丹発のANA便を急遽押さえて、バスで向かいました。出発時間を過ぎても「天候調査中」。結局欠航になってしまいました。伊丹発はもうないので、急ぎ関空に移動してキャンセル待ちすることに。あー、長い一日になりそうです。まずは臨時便含めて3便あるJALのカウンターへ。24番。ううむ、微妙?? ここで普通料金のチケット買ったらなんと、そのチケットでANAのキャンセル待ちも出来るのですね。知らなかったー。こちらは56番。厳しいかな。午後になってようやく、那覇便が飛び始めました。いよいよか! 先にチャンスが来たのはANAだけど×。むむむ・・・。気持ちを切り替えJALの臨時便にトライ。こちらはあっさり乗れました。16時すぎにようやく大阪とお別れです。那覇に近づくとさすがに雲も増え、飛行機も揺れます。台風だものねえ。でも低い高度で接近した那覇空港に、1回で無事着陸しました。やったー。
 ところが台風おそるべし。空港と飛行機をつなぐボーディングブリッジ(だったかな)が、強風で故障してしまいました。そのため、時折ゆれる機内にさらに1時間閉じ込められたのでした。ああー。で、空港に降り立つとそこは東京や大阪に帰れない人たちでごったがえしています。その脇をとおって外に出ると、ホテルを急ぎ手配する人が携帯で電話をかけ続けているのでした。あ、私も宿がない。ちょっと離れた都ホテルをおさえました。ああ、ようやく休める。と思ったものの、今度はタクシーが長蛇の列。またもや1時間コースでした。また風雨が強まり、時々前が見えなくなるくらいに雨がフロントガラスをたたきつけます。やっぱり沖縄の台風ってすごい。道には街路樹の大振りな枝が倒れています。ようやくホテルにチェックイン。それから急いで翌日の便を出来るだけ手配しました。あとはキャンセル待ちかな。
 夕食はホテル内の鮨屋に。貨物が入ってこないからということでガラスケース内はちょっとさびしかったけど、生のマグロがおいしかった!赤身といってたけど、中トロみたいでした。
 翌6日は朝6:20に起きて状況を確認したところ、離島行きはすべて欠航。台風は久米島のあたりでほとんど停滞しているようです。やれやれ。インターネットの使えるホテルということでハーバービューホテルに移動して、またスケジュール調整に入りました。昼はタクシーの運転手さんおすすめのパンダ餃子の焼き餃子定食。中国人の料理人が作る本格的な餃子です。それが8個に卵コーンスープ、マーボー豆腐もついて500円は安い。やっぱり物価、特に食は安いよねえ。夕方また天気が崩れてきたので、ホテルにこもって来週からの出張の準備にとりかかりました。夜はオランダのガイドブックを買って、沖縄そばを夕食に。国際通りを歩いて、Tシャツ1枚買って、ホテルへ。ようやく台風もゆっくり西北へ動き出したようなので、明日は離島になんとか入れそうです。果たして土日で仕事できるチャンスはあるのでしょうか。さもないと、月曜がまたハードなスケジュールに・・・。


2002年9月4日(水)「『なんちゃって海日記。』in 大阪」

 大阪で午後一の仕事を終えた足で那覇にいくぞ! の予定だったのだけど、台風16号が直撃間近で欠航になってしまい、大阪で足止めとなりました。急いで翌日のスケジュール調整をしたあと、さてさて、どうしようかな。と、思いついたのが海遊館。ダイバー仲間の評判が良かったから、一度行きたいと思っていたのです。それに、ひとりでUSJというのもなんだし(笑)。で、地下鉄に乗って大阪港駅へ向かいました。18時に到着して閉館まであと2時間。よしよし。これがまあ、すごーく楽しかった。海遊館そのものがよく工夫されていることももちろんあります。スケールが大きい。中央の巨大な水槽なんて、4メートルくらいのジンベイザメが泳げるくらい。マンタやその他のサメも入ってるんだけど、それらがとても小さく見えるのです。確か、太平洋という名前だったかな。

左:ダイバーあこがれのジンベイザメ。他のサメたちがかすむ迫力でした。大きい・・・

右:オウサマペンギン?毛が生え変わる時期は動かないので太っておくんだって。ふうむ。

 それ以外の水槽でもテーマ性がはっきりしています。グレートバリアリーフだったり、中米だったり、日本海だったり。サンゴやケルプも本当の海らしくうまく作りこまれてます。ただ水槽ならべただけじゃなくて、テーマパークみたいなレイアウトや演出もかなり○。そうそう、最後におまけであったクラゲコーナーも美しくて素敵でした。
 でもね、やっぱり一番楽しめた理由はね、この2年弱海に潜ってたからだと思うなー。名前のわかる魚もたくさんいるし、その魚を初めて見たときのうれしかった気持ちや、写真をうまく取れなかったこととか、いろいろ思いがめぐりました。分厚いアクリルガラス越しに、ばしばし写真とりました。照明や背景も演出されてて、撮影するのもとっても楽しかった。また行きたいなあ。


左:ハリセンボンもたくさんおりました。水中よりずっと撮りやすいなあ。

右:エンゼルフィッシュ?はゆらゆらと漂って幻想的です。



2002年8月31日(土)「新しい体験」

 夏休み最後の日。1週間延期になっていたフィールドアーチェリーに今日は行ってきました。朝10時に世田谷区を出発し、横浜市戸塚区に着いたのは昼前でした。もっと郊外かと思っていたら、その場所は住宅街の一角の竹やぶのある小山の中。まず、今日がアーチェリー初体験のトモ君と私に合わせて、M代ちゃん、W君と4人揃って、矢の番え方、弓の握りかたと、一から教えていただきました。新しいスポーツって、やっぱりわくわくします。一通り習ったあとは、全12コースに出発。小学生が遠足で行くような整地された山道、って感じです。その中に、直径1メートル程度から50センチ程度までの的があります。上級者の方は60メートルもの距離から的を狙うのですが、私たちは最大でも15メートル、近いときは5メートルの距離からです。近いんだけど、これがなかなか難しい!  結構苦戦して、だから楽しめました。こんなに神経を集中する瞬間って、日常ではあんまりないですもんねー。優勝はM代嬢。見事な腕前でした。私の成績は散々(笑)。次回はもうちょっと優勝争いにからみたいものです。でも、アップダウンのある山道を、おしゃべりしながら歩くのは、ほんとに楽しかった。途中で見かけたかなり年配の男性が、淡々と的を射ている姿が素敵でした。静かな竹やぶの背景とも合っていて、自分だけの世界、っていうか。矢がどうなったか確認するのに、オペラグラスを使うんですよ。なるほどね。
 1ラウンド終えて遅めの昼食の後は、練習場で淡々と練習しました。料金は3500円。これで道具も貸りて、練習自由、コースへは何回も行けます。満足度かなり高し。帰り道「お風呂!」と全員の意見が一致して、RAJAという温泉センターへ。M代嬢と私は、韓国式アカスリ30分コース(3800円)を初体験。なんていうか、容赦ない力技で、垢は驚くほど(!)出てきました。うん、確かに効果は大きかったのですが、とにかく痛い。靴磨きされる靴になったような気分でした。慣れるとこれがいいのかなあ・・・。さて、渋谷を目指して車を走らせると、多摩川を渡るときにちょうど花火がスタート!これは全く予定外でうれしいオドロキでした。橋の上で車をとめ、オープンカーの幌を全開にして、たぶんこの夏最後となるであろう花火にしばし魅入りました。最後に松見坂のSOで軽く飲んで、充実の12時間コースが終了です。休みの日に早起きすると一日が長くって、本当に得した気分。とてもいい休日でした。M代ちゃん、W君、トモ君、ありがと。


左:気分はウイリアム・テルか那須与一か。W君(手前)とトモ君の雄姿。


2002年8月25日(日)「普通の休日」

 たまっていた写真を昨夜整理していたら、アルバムがなくなってしまったので、今日は自転車で自由が丘へ買い物に。愛用している、黒い台紙で蛇腹折りのシンプルなアルバムをおいている「HOTCH POTCH」へ。なんてことはない雑貨屋なんだけど、携帯のストラップとか、ちょっとしたものがかわいい店です。今日はアルバムの他に、苔玉(@850)を2つ買いました。そろそろエアコンもいらなくなるから部屋も乾燥しないし、いいかな。
 料理モードは今日も引き続き、です。料理にハマっているUさんのHPにあるレシピからアイデアをもらいました。牛肉とレタスのオイスターソース炒め。「ビールとごはんに異様に合う」というコメント、なるほどな、という味でした。(私は豆鼓醤を加えてみました)。もう一品は、かつおの刺身。見るからに鮮度がよくてぴかぴかで、脂もしっかりのっていた。ねぎとしょうが、にんにくと大葉をたっぷりのせて、酢醤油をかけてできあがりなり。ちょっと量が多かったなあ。それは、いつもの悩みなんだけど。
 

左、中:HOTCH POTCH は文房具などを置く雑貨屋。苔玉は、この間見た花屋さんのよりも元気できれいなつくりでした。

右:めずらしくアルコールのある夕食。冷やしたグラスに注いだ生搾りはうまい。


2002年8月24日(土)「魔法のおなべ」

 昨日の夜から雨模様です。行きつけのショップでは日帰りのツアーがないということで、今週は「海日記。」はお休み。何か料理でもするかなーということで、中抜きした丸鶏一羽と、シャンツァイ、ザーサイを買ってきました。メニューは「中華粥」。洗った鶏を米と水と一緒に、ただひたすら火にかけるだけです。弱火で3時間近く待てば、ふっくらした肉はほろほろとくずれ、脂でうっすら色づいた粥はどろどろに。湯気にまじる香りが食欲をそそります。それもこれも魔法のおなべ、DO(ダッチオーブン)のおかげ!中華粥の時には、ふたの裏に突起がついたキッチンDOがぴったりなのだ。たくさん作りすぎたので残りは冷凍しました。そういえば最近、DOもってキャンプに行ってないなあ。
 午後、神子元に潜りに行っているN殿から、「数百匹のハンマーヘッドシャークの大編隊と遭遇!背筋がゾクゾクするほどでした!」と興奮したメールが。数百匹って、すごい迫力だったんだろうなー。いいなー。今度神子元に行くときは、私も連れてってほしいなり。 


右:1羽いれると米や水の入るスペースが限られて、どうしても鶏の割合が多い粥になっちゃうのだなー。


2002年8月21日(水)「気持ちの良い夕べ」

 仕事をばたばたと切り上げて、渋谷のわいん亭に向かいました。道玄坂を上りきったところにあるのでタクシーにしたら、駅の辺りからやたらと混んでて動きませんでした。水曜なのにねえ。わいん亭は1週間前にも来たばかり。で、その時の帰り道に賭けをして、勝ったごほうびにワイン1本をご馳走になりました。というのが今宵の趣旨です。メンバーもその時と同じ、M代嬢、Wくん、トモくん、私。夏休みの自由研究の話をしたり、バルセロナのグエル公園の話をしたり。なんていうか、居心地の良い夜でした。店を出るとまわりは見事なホテル街。やたらと風情のある和風の建物に、「旅荘××(宿泊3500円、休憩2500円)」とあるのを見て、「安い!お金のない二人が旅行するのにもいいね」と感心した大人4人なのでした。今度の日曜は、このメンバーでフィールドアーチェリーをしに戸塚に行くことになりました。今日みたいな気持ちの良い天気だといいなー。


2002年8月17日(土)「初夏に生まれた雪ちゃん」

 ちょっと寝坊しましたが、昼過ぎにいつも遊んでもらっているU夫妻のお宅訪問。もうすぐ3ケ月になる雪ちゃんに初めて会うのです。またまた渋谷に寄って、公園通りのGAPで一目で気に入ったのが花柄の刺繍が両脇に入った、薄いベージュのオーバーオール。裾が広がってて、おませ(←今も使うのかな)な感じ。似た柄の刺繍が入った真っ白いTシャツと組み合わせて、箱詰めしてもらいました。贈り物、特に赤ちゃんのものを選ぶのって、こちらも楽しい気分になるから大好きです。さてさて、雪ちゃんは顔立ちが涼しげで、クールな感じ(赤ちゃんの表現としては不思議だけど)のべっぴんさんです。でも、あやして笑った顔は赤ちゃんらしくて、やっぱりかわいいです。目も真っ黒できらきらしてるし。ぷわっとした腕や足をさわっていると、癒されます。大きくなったら、一緒にスキーや海にいこうねー。お酒も飲もうねー。
 さて、明日は台風が近づいているけれど、伊豆の海にいくことにしました。さてさて、どうなることやら。久々に海日記更新、の予定です。お楽しみにー。


右:おなかいっぱいでシアワセな雪ちゃん。愛情一杯注がれてすくすくと。


2002年8月16日(金)「映画館へ行こう」

 お盆休みの渋谷は人が少ない気がしたけど、夜7時に始まったEP2はほぼ満席。やっぱり大画面と音を楽しむなら劇場だなー。ライトセーバーのチャンバラの場面などなど、迫力あり。見に行くと約束してから、EP5,6,1と予習(復習?)を重ねて準備万端。なはずだったんだけど、「あれ、この人いい役?悪い役?」などと混乱してしまいました。話についていけなくてごめんなさい。帰りの空気はすっかり秋。N殿は1年の3分の2がかーっと暑い夏だといいと言ってたけど、私はやっぱり今のままがいいな。久々にクーラーを止めて部屋に風を入れ、DITA&グレープフルーツ。予告編ではT3がちょっと気になりました。学生の頃にデートでT2に誘われたっけ。考えてみたら沢山の分岐点でどちらかの道を選んできたのだなあ。などと考えてしまうのも、秋の夜。


2002年8月9日(金)〜11(日)「ママと娘」

 突然北海道に行きました。金曜の夜。離陸の15分ほど前に羽田に滑り込んだけど、JASの係員は驚きもせずにチェックインしてくれました。スバラシイ! 今回は1日5000円で借りたサニーが活躍してくれました。追分に行ったり、早来のあたりをうろうろしたり。あ、カマンベールソフトクリームは、とってもおいしかったな。東京でも売れると思う。で、行き当たりばったりに、高速で札幌まで移動しました。雨模様で20℃くらいと、寒かった。ホテルはテレビ塔からほどちかい、ホテルニューオータニ。一応ロゴなんかは本物なんだけど、どうも垢抜けないし、部屋も狭い・・・。隣の新しいホテルのほうがよかったかなあ。 狸小路の居酒屋で軽く飲んで就寝。翌日は札幌市内が見渡せるという藻岩山に登ったけど、雲で眺望は×でした。残念。行き先を変えて、羊が丘へ。ちょっと晴れてきました。おいしそうなニオイにつられて、ジンギスカンを注文。オープンエアで食べられるもっと良かったのになあ。その後は支笏湖経由で空港へ。短い旅でした。東京の暑さが、ちょっといとおしく感じられました。いつのまにか私、夏に強くなったのかも。

左:夜の時計台は立ち位置がライトアップされて観光客が順番にポーズ。

右:さっき食べた生ラムは君たちの仲間だったのだろうか。ママは満足。(羊が丘)




2002年8月5日(月)「線路沿いの長いながい廊下」

 明日は朝から京都で仕事なので、前日からホテル入りです。今回はJR京都駅の真上のホテルグランヴィア京都。立地は最高。遅い時間にチェックインしようとしたら「申し訳ありません、お客様のご予約のお部屋が一杯になってしまいましたので、1つ上の部屋をご用意させていただきました」と言われました。うふふ、ちょっといい気分。そういえば、同じことをいわれてANAホテルの100uのスイートで騒いだこともあったっけー。部屋はバリアフリーになっていて、お風呂は1畳分の洗い場&椅子に桶つき。なかなか○です。ロビーを出て階段をおりると改札口の向こうにホームが続いている作りは、なんとなく欧米の駅を思い起こさせます。ちょっとほめすぎかな。

左:部屋はなかなか広くて快適。



2002年8月4日(日)「もしかしたらCMデビュー」

 元ちとせ、ライブで初めて聴きました。うーん、やっぱりすごい、あの声は。なんていうか、違う世界に連れて行ってくれる感じ。人間の声って、どんな楽器もかなわないような、すごい表現力や可能性を持っているんだなぁと思いました。千葉マリンスタジアムを埋め尽くした観客を前に、彼女はのびのびと楽しそうに歌っていました。それを見て、曲だけ聴いていた時よりももっと好きになりました。また行きたいなあ、ライブ。今回は所属事務所の総出でのライブ、オーガスタキャンプ2002での1ステージだったので、おまけに山崎まさよしやスガシカオなども聴けました。看板アーティストのステージは、さすがにはずさなかった。そんな中で、1番印象に残ったのは、野狐禅(やこぜん)という男性2人のバンド。ストレートに迫力にあふれてた。ものすごい数のライブこなしてから、メジャーデビューしたようです。そのライブの経験からくる自信なのか、他のアーティスト目当てに来ていた3万5千人にも臆せず全力で歌をぶつけてた。最後は会場と一体感をもつまでに持ち込んでいた実力は、すごいと思いました。ぜひ今度は彼らのライブに行ってみたいなぁと思わせるほどの魅力でした。

左:オーガスタキャンプ2002で歌う、元ちとせ(千葉マリンスタジアム)



2002年8月3日(土)「Happy Birthday」

 あさって5日は父の誕生日。今日はまず、東急玉川線駒沢大学から徒歩0分のケーキ屋さん「パティスリーナオキ」に向かいました。ここのケーキは丁寧な仕事で甘すぎず、品のいい味で見た目も美しいケーキばかり。いつも選ぶのに迷ってしまう店です。今日は、前日に予約しておいたバースデーケーキをピックアップ。ついでにカヌレをひとつ買って、電車の待ち時間にこっそりかじりました。一時のブームが去ったカヌレだけど、やっぱりここのはおいしい。これからも作り続けてほしいなあ。
 さて、本日の主役は父、のはずだったのだけど、やはり甥っ子の慧(あきら)2歳7カ月が中心です。おじいちゃんちはこの間も来たばかりのはずなのに、子供って毎回リセットされるのか、はじめはママの後ろに隠れてばかりでした。でも1時間もすると慣れてきたのか、ぱたぱたと家中を走り回ります。子供って、ほんとに歩かないよなぁ。元気がありあまっている感じ。で、なんでも大人と同じ扱いを要求します。食事の支度も手伝いたがるし、飲み物も同じものをほしがる。でもまだおむつしてるんだけど(笑)。大人たちが話している内容は、かなり理解しているみたい。しゃべれないのが、もどかしそうでした。そういえば赤ちゃんサインだっけ、あれを覚えると彼のストレスは減るのかなあ。無類の車・ミニカー好きで、ステップワゴンのCMが始まると、BGMを1秒聞いただけで「ホンダ!!」と叫びます。CMで商品名や企業名を連呼するのって、やっぱり宣伝効果絶大なんですねえ。子供の能力って、おもしろい。どこかに偏っているせいか、特定の機能がやたらと強力です。おじいちゃんは遊びつかれ、「来てくれてうれしい、帰ってくれてうれしい」としみじみ言ってました。なるほど。


左:パティスリーナオキ。駒沢大学の駅をでて、東京三菱銀行を二子玉方向へ4-5軒ほど。246沿いの小さな店です。生のケーキもフィナンシェなどの焼き菓子も、どれもおいしい。

右:おじいちゃんに「もう1回」「もう1回」と遊んでもらう慧。