THE MIRACLE

1 PARTY
2 KHASHOGGI'S SHIP
3 THE MIRACLE
4 I WANT IT ALL
5 THE INVISIBLE MAN
6 BREAKTHRU
7 RAIN MUST FALL
8 SCANDAL
9 MY BABY DOES ME
10 WAS IT ALL WORTH IT
11 HANG ON IN THERE
12 CHINESE TORTURE
13 THE INVISIBLE MAN (12"VERSION)
*ヨーロッパツアーを終えたメンバーは、再びオフに入った。その間に、ROGERはソロアルバムを発表し、FREDDIEはスペインのオペラ歌手、モンセラート・カバリエとの共演作、「バルセロナ」を製作と、それぞれの活動に専念している。
その後、再び集まって製作されたのがこのアルバムだ。このアルバムから、製作者のクレジットがすべてQUEENになっている。曲の方はポップあり、ロックありのQUEENらしいアルバムとなっている。THE MIRACLEのビデオクリップでは、10歳位の少年たちがメンバーに扮装して演奏しているというもので、この少年たちのパフォーマンスがそっくりなのが面白い。最後に本人たちも登場するのだが、その時の、小さいFREDDIEとBRIAN本人、小さい BRIANとFREDDIE本人のカラミは必見である。このアルバムを発表した後、ツアーは行わないとしたQUEENであったが、その為か、この頃からFREDDIEの体調に関する噂が流れていた。しかし、BREAKTHRUのビデオクリップで元気な姿を見せている。そして、すぐに次のアルバム作成に向けスタジオ入りしたのだった。

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INNUENDO

1 INNUENDO
2 I'M GOING SLIGHTLY MAD
3 HEADLONG
4 I CAN'T LIVE WITH YOU
5 DON'T TRY SO HARD
6 RIDE THE WILD WIND
7 ALL GOD'S PEOPLE
8 THESE ARE THE DAYS OF OUR LIVES
9 DELILAH
10 THE HITMAN
11 BIJOU
12 THE SHOW MUST GO ON
*前作発表後、ほとんど間を空けず製作されたこのアルバムは、'91年初めに発表された。この頃になると、英国のゴシップ誌はこぞってFREDDIEの体調についての記事を掲載していたが、本人たちは沈黙を守った。
このアルバムは、今までのQUEENに於いても一風変わったINNUENDOから幕をあける。このアルバムで特徴的な点は、人生、特に未来へのメッセージといった様な印象を受けることだ。 (内容は歌詞を見て欲しい。)また、THESE ARE THE DAYS OF OUR LIVESで過去を振り返るような内容になっているが、それだけに留まらず、前向きな姿勢である事がうかがえる。 そして、THE SHOW MUST GO ONで幕を閉じる。この曲で「ショウは続いていく。」と言い、ファンに彼らが再び最前線に戻って来ることを期待させているが、それははかない夢となる。
このアルバムを発表した同じ年の11月23日、FREDDIEから全世界のファンに向けてコメントが発表された。それは、自分がAIDSに感染しているという衝撃的なものだった。そしてこの発表の翌日、AIDSによる気管支肺炎により、その生涯に幕を下ろしたのだった。享年45歳。QUEENとしてデビューしてから18年目のことだった。

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GREATEST HITS U

1 A KIND OF MAGIC
2 Under Pressure
3 Radio Ga Ga
4 I WANT IT ALL
5 I Want To Break Free
6 INNUENDO
7 It's A Herd Life
8 BREAKTHRU
9 WHO WANTS TO LIVE FOREVER
10 HEADLONG
11 THE MIRACLE
12 I'M GOING SLIGHTLY MAD
13 THE INVISIBLE MAN
14 Hammer To Fall
15 FRIENDS WILL BE FRIENDS
16 THE SHOW MUST GO ON
17 ONE VISION
*FREDDIEが亡くなる直前に発売された2枚目のベストアルバム。HOT SPACEからINNUENDOまでの曲が収められている。ウェンブリーで演奏された曲も多く、80年代のQUEENを知る為にもってこいの1枚だ。このアルバムもチャートに1位で初登場をする。FREDDIEの死は、結果としてQUEENのアルバムのセールスを伸ばし、12月にはアルバムトップ100に5枚のアルバムがチャートインしていた。また、Bohemian Rhapsodyを再リリースし、その収益をエイズ撲滅基金に寄付している。
FREDDIEの死が近い事を察したBRIANは、自らのソロアルバムのリリースを遅らせようとしていたが、FREDDIEは「これ以上の宣伝効果はないだろう。」と予定通りのリリースを勧めたという。そして翌年、THESE ARE THE DAYS OF OUR LIVESが'91年の最優秀シングルに選ばれ、その受賞式に参加した際、ROGERとBRIANからFREDDIEの追悼コンサートがウェンブリースタジアムで開催される事が発表されたのだ。QUEENが'86年にライブを行ってから6年ぶりにウェンブリースタジアムに戻って来る事となったのだ。ウェンブリーで行うことについてBRIANは「感慨深い。」と語っている。そして、1992年4月20日、多くのゲストを迎え、エイズ撲滅とFREDDIEの追悼という2つの目的をもったコンサートが開催されたのだった。この様子は全世界に中継され、後にビデオ化されている。

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