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2002年9月8日
サイクルマラソン 鳥羽志摩線 ←LINK
三重県志摩半島パールロードを中心に走る120km、海辺を快走したくてエントリーしたのだが思わぬ展開に

120kmコースエントリー
志摩町〜パールロード〜鳥羽市往復

公称       120km
メーター読み  107km
最高標高差   150m

 正式な大会初挑戦である。海を望む120kmのコースは普段山ばかり走っている私にとってとても魅力的なのである。
 得意の輪行で最寄り駅に着くがあいにくの雨、現地まで自走してこれまた得意のキャンプ泊をするつもりなので背中には生活道具一式が装備されている。ランドナーなら荷物をバッグに振り分けられるのだがロードレーサーでは背負っていくしか手段はない。
 雨の中荷物を背負って落車などして怪我をしてもつまらないので路線バスで行くことにする。1時間ほどローカルなバスに揺られているうちに雨もやみ日差しが戻ってきた。
 
スタート地点近くのキャンプ場にテントを張り前夜祭の会場まで自走して向かう、大会前にセンチュリーラン愛好者の会「自転車百哩走大王」に加入していたのでチームメイトとは初顔合わせとはいえ仲間がいると思うだけで心強い。
 大会当日は夏の日差しに戻りすごく暑い!涼しい高原で練習している身としてはこの暑さが大敵になりそうだが、練習は十分積んでいるのでおそらく時間内にはたどり着けるはずだ。
 
何となくアバウトにスタートするが集団走行は初の経験なのでかなり後方からスタートして様子をうかがう。アップダウンはあるが穏やかな内湾と白波砕ける外海を交互に眺める道は美しく快適でほほをなでる風が心地よい。
 集団が引っ張ると単独走行よりも楽に速度が上がるがチーム大王はドラフティング禁止、前車との間隔に注意しながらペダルを回す。それにしてもアップダウンが激しい、なだらかな海岸線を快走するイメージはすでに崩れ去った。よく考えたら志摩半島は美しいリアス式海岸だったことを思い出し、先を思いやってペース配分を考え回転型クルクル作戦に変更して軽いギアを選択する。
 
 田舎者の特権で高原部で坂ばかり登っているためかワイドギアの効果か意外と登りで他の自転車をスルーできる。ただし、これもツーリングのクセで下りはついついゆっくり下ってしまう。
  本日の体の調子は上々とほぼ確定してきたのでペースを上げ、休憩パターンはいつもと同じでよいと判断して第一給水所はパスし30km地点の第二給水所を目指す。それにしてもしょっちゅう給水ているのにあまりの暑さのためすべて汗になってしまっているのか尿意をまったく催さず走りに集中できる。大会直前の練習中にタイヤを切ってしまうアクシデントに見舞われ急遽買ったばかりのスペシャのタイヤは重量の割に軽い走りをしてくれる、重い分だけパンクに強いので路面をそれほどシビアに選ばずに走行できるのがありがたい。
 
 海岸線のサイクリングロードに入ったところで大王ジャージを発見、30人ほど後を追走し得意(?)の登りで20人ほどゴボウ抜きしてチームメイトに近づくが交通量が増えてきたのでそのままの位置をキープ・・・なんとラッキー!前走は女性でほのかな甘い香りが漂ってきてとてもキケンだ。
 結局そのままお待ちかねのパールロードに突入する。まずは挨拶代わりの長い登り、続いてパルケエスパーニャに突っ込むように激下り、次はロングな激坂登り、前車のペースが落ちる、女性のお尻は恋しいが自分のペースを守ることが第一なので涙ながらにスルーして前へ出る。
 
ひぃぃぃぃ!今までのアップダウンとは比較にならない強烈さだ、いよいよ必殺フロント30tの出番が来た。ガチョンとギアを落としてポジションを高回転仕様にずらす。一度速度を落とした愛車は再度加速を続けてぐいぐい坂を登る。重いギアを必死で踏んでいる純レーサー仕様の高級車種をクルクル作戦で何台もスルーする。ギア比にプライドも何もないツーリング野郎だからこそできる大技である。ただし、自転車も乗り手も純レーサー仕様の場合はいとも簡単に軽々抜かされてしまう事も付け加えておく。
 
 第2給水ポイントは絶景のパールロード大橋のたもとの展望台に設置されている。ここは何が何でも寄らねばならない、ここまで30kmを1時間10分できているのでゆっくり休み景色を楽しむ。大会スタッフも大勢出ていただいた上にみなさん大変親切でとても気持ちよく走らせてもらっている。
 
 さて、これからが鳥羽志摩線の本領発揮、中途半端な長さの激登り激下りを繰り返す。いつもの練習環境は山間部、当然延々登って延々下る道しかないので激坂登りのストレートパンチでノックダウン寸前でも耐えて頂上さえすぎれば長いインターバルが待っている。しかし、それほど長くない距離のアップダウンを繰り返し、いい加減つらくなったところで長い坂があるこのコースはジャブでさんざんつつかれた後にとどめのストレートを喰らうようなものだ。せめてもの慰めは時々みえる海、走ってみて初めてわかった事だがここは「海がみえる山岳コース」なのだ。
 
 そのストレートパンチのような激坂のはるか上方彼方に第一チェックポイントの鳥羽展望台がみえる。思えば20年前、当時付き合っていた彼女に突然の別れを告げられ「一人で帰るから」という彼女を展望台に残して去るという涙なしでは語れない思い出の場所である(ひょっとしたら伊勢志摩スカイラインの朝熊山展望台だったかもしれない)。ついでに言うと今の妻がまだ「彼女」だった頃、レストハウスで注文した手こね寿司を「まずい!」と二人でさんざんこき下ろした場所でもある。そんな場所を今自分だけの力で登っているかと思うとなぜかすごく感慨深くなってきた。
 
 標高差はたかだか100m、飛騨地方の女子高生ならママチャリでスイスイ登ってしまう標高差をロードレーサーにまたがって死にそうになりながらここで配られる昼食「手こね寿司」目当てに最後の力を振り絞る。それにしても食意地も意外なところで役立つものだと自分自身に感心する。
 第一チェックポイント到着、50kmを2時間ちょっとというだいたい計算どおりの走りができている(サイクルコンピュータでは45km)。まだ昼飯には早いのでどうしようか迷っているとチームメイトから「この先さらにキツイから食べた方がいいよ」とアドバイスをもらうのと得意の食い意地が顔を覗かせたので封を切る。ちなみにレストハウス製ではなかったので期待が膨らんだ。
 
 うんうん結構美味しいよ!さてここが勝負の分かれ目、隣で一緒に手こね寿司をほおばっている参加者は「暑いし坂がキツイしここで折り返しますよ」と話しかけてくる、周辺の何人かは「おれもそうしよかなぁ」「このコンデションで90kmも走れば十分だよ」と同調者が何人か現れる。しかし、迷うことはない普段めったに味わうことのできないこの環境を走りたい気持ちの方がはるかに強いのだ。
 予想外に量があった手こね寿司でおなかがふくれすぎて少々苦しい、しかし、ここから鳥羽まではほとんどが下りだと聞いていたので安心してポンポンのチャプチャプになった腹で120kmコース折返し点を目指す。いきなりの激下りで見通しがいいのでドロップの下を握りフロントをアウター、リアをトップに入れてペダルを回してみる・・・おおー!65kmオーバーもう少しで70kmだぁ〜・・・しかし、勢いはそこまでで登りにさしかかってしまった。ここは勢いで登り切るがちょっと下った先にはまたもや激坂、これがきつくて長い「だれじゃ!ほとんど下りだと言ったのは」ポンポンチャプチャプのお腹が非常に苦しい。
 
 次の激下りは「どうせ次もすぐ登りだろう」とあんまり喜ばないようにして下る。右手下方には真珠筏を育む海が一望できて本当に綺麗だ。坂の途中で「鳥羽一郎兄弟」の看板が微笑みかけてくる「あ〜ぁウザイぞ」そういえばあの二人は相差の出身だったな。けれどもこういった景色を楽しむ場所にはこのような看板は不必要だと思う。
 ヨーロッパのリゾート地などに行くとこのような看板はまずお目にかかれない、きちんと規制されていて必要最小限、それも風景にマッチするよう工夫された看板があるのみだ。日本は列車で走っていても「清酒○○」とか「★★観光センター」などというハレンチな看板が堂々と立っている。最近ようやく規制ができてきたがもっと強力に押し進めて環境の美化を図るべきだと思う。
 
 さて、何度かコーナーを回ってもまだ下りは続き少しうれしい。途中に海の博物館とか鳥羽竜発掘の地とかツーリング野郎の心をくすぐる場所があるが本日は「競技中」でありゆっくり見物している場合ではない。深いコーナーを右に抜けたとたん銀の吊り橋と青空と光る海が視界に飛び込んだ。うぉぉぉぉ絶景!けれども激暑! それにしても絶景を十分楽しめたダウンヒルだが、この先折り返してきたら今度は絶景を楽しむ余裕すらない激登りに変身するのだ。
 
 向こうから見覚えのあるオートバイがやってきた。そのすぐ後は折り返してきた先頭グループだ、「レース」状態はさすがに速い。半分死にかけの「サイクリング」を敢行している「距離バカ」とは違い、明らかにスピードも維持している。その中にスタート前に写真を撮った初老の渋いレーサーもいる。年寄りとはいえなめてかかってはイケナイのがこの世界、当然我が「百哩走大王」にもとんでもない実年老年がうようよしている。事実私の父ほどの年齢のチームメイトに未だ追い付くことすらできないでいる。
 
 「もういいよ」というこちらの気持ちには関係なくさらにアップダウンは続きこれに暑さが追い打ちをかけてくる。左側にコンビニを発見してどうするかと悩んでいるとはるか向こうの交差点の建物に自転車がいっぱい見える、どうやらあれが折返し点のようだ。それならばと迷わすそのままそこへ向かいチェックを受け無事折返し点に着いたと克子に電話する。
 65kmを3時間で走ってはいるが先ほどの休憩からたいして時間はたっていないのでドリンクの補給を受けてすぐに走り出す。相変わらず体は好調でパンパンチャプチャプだったお腹もこなれてきて気分も良くなってきたがこの暑さと先行きを考えてペースをやや落とす。
 
 それにしても暑い、腕時計に付いた気温計は35度を指しているうえに湿度も高く流れてくる汗もあっという間に蒸発してゆく有様だ。水分補給をこまめに行うためにボトルのドリンクを口に含む「ウッ!なんじゃこりゃぁ」激マズである。ドリンクは「麦茶」を愛飲しているのだが先ほどの給水でスタッフが間違ってスポーツドリンクを入れてくれたらしい。麦茶とレモン風味飲料がこれほど合わないとは恐れ入る、しかもこの先30kmはそれを飲みながら行かねばならない。ダブルステンボトルに冷封されている非常用「アクエリアス」はとても貴重なものになった。
 
 さて、いよいよ鳥羽展望台への登り返しが始まった。標高差自体は飛騨の名だたる峠郡に比べればそれほどのことはないがその斜度が半端じゃない、短距離にして直線的に一気に標高を稼ぐ自転車にとって一番つらい道路状況だ。オマケに標高が低い分、気温も高く疲れを癒す冷たい風なんてどこからも吹いてこないし冷たい湧き水もない。
 こうして考えるといつもの練習環境はものすごく恵まれているように思う。そもそも都会のサイクリストは田舎者が練習している環境にわざわざ走りに訪れるほどなのだ。飛騨は木陰に入れば涼しい風が吹き、谷には美味しい水が満ちあふれ交通量も少なく景色も良い、雪で走れない時を除けばいいことだらけだ。まぁどんなに飛騨に思いをはせようとこの海が見える絶景だけは鳥羽志摩線だけのもの、十分楽しんでこそのロングライドだ。
 
 折返し点を前後して120kmコースの参加者とすれ違うがエントリー人数に比べてすれ違う人がずいぶん少ない気がする、後で知ったのだがかなりの人が90kmで折り返していったらしい。
 真上から照りつける太陽は日陰すら奪う。どこかで休もうにも炎天下しかないので休むに休めない、チーム大王必需の梅干しを含み日陰を探してさらにペダルを回す。今度は例の鳥羽一郎がしばらくの間微笑みを投げかけてくれる「こっち見るんじゃねぇ!」とつぶやくが看板に文句いってもね。 
 
 結局鳥羽展望台まで一気に登り詰め非常用アクエリアスを一口飲む、そして一度激下りした次の登りでようやく日陰を見つけて倒れ込んだ。距離的にも時間的にもちょうど休憩を取るべき時間であったのがうれしい。ダブルステンに冷封されていたアクエリアスがすごく冷たくて美味しい、さらに持参のケーキ2個を流し込み、体に糖分を回らせる。
 甘いものを摂取して幾分元気を取り戻したがこの先さらにアップダウンは続く、あと10kmほどでパールロード大橋の給水ポイントに到着するのだが、普通なら30分のその距離の長く感じることといったら本当に未体験ゾーンである。
 
 給水ポイントまでの最後の登りにとりついた頃に空の具合がおかしくなってきた。重く藍色がかった雲が積み重なり鈍重な陰を落とし始めたうえに腕のプロトレックの気圧計が不安定な下降を始めた。これは間違いなく夕立雲である。登山の経験からいって2時間後には夕立に襲われる可能性が高い。
 
 80kmポイントまでは4時間半、予定より30分遅れたがこの先のアップダウンはそれほどでもないことを考えると残り40kmは2時間で十分お釣りが来そうだ、何とか夕立から逃げ切れるように休憩もそこそこに再びペダルを回す。
 最後のパルケエスパーニャの激坂を登り切り一般道へはいる。しかし、これが暑さと照り返しと自動車の熱気でほとんどインドを走っているようなものだ。
 パールロードは低木とはいえ林に囲まれていた分だけ涼しかったのだろう、仕事柄緑の効用は十分承知しているが今回は身をもって体験した。登り坂でのダッシュと周りの熱気がが応えたのか高校の時の部活以来久しぶりに熱中症の症状が現れ始めた。ガソリンスタンドで蛇口を借りて濡れタオルを作り、後頭部を覆いペースを落としてコンビニを探すがこういうときに限ってなかなか見つからない。
 
 ヘロヘロ走っていると左隣に自転車が並ぶ、参加者かと思いきや電アシチャリのオバサンが日傘を差しながら涼しい顔でこっちを眺めている。ちょっと前へ出るとオバサンはまたぴったりくっついてくる。ロードレーサーがママチャリに併走されるという「鮒子」のような屈辱を味わうが無理すれば熱中症が目の前にいる。と、ファミリマ発見!猛ダッシュをかけてオバサンをぶっちぎりはるか前を前走していたMTBもスルーして冷房の効いた店内へ飛び込む。
 
 まずポカリスェットを半分に薄めたものを飲み、ツーリング時の「緊急ダッシュ用セット」コーラとウィダーインゼリーパワーインを摂取して水道の水を借りて頭からかぶる。陰でしばらく休んでいると熱中症の危機は去っていった。
 さて、残りは20km、夕立のことを考えると多少急ぎたい気がするが熱中症が顔を出したらゴール目前でリタイアという事態も考えられる。それならばまだ雨に濡れた方がマシだと考えアベレージ20kmで走れるようペース配分するが、道路の行き先案内から残りのルートを考えるとどうしても距離が120kmに満たない気がする。地図を出して計算するがやっぱり15kmほど不足する。
 
 頭に「?」マークをいっぱい並べつつもとりあえずゴールに向かってペダルを回す。途中スルーする参加者に「もう少しですよ、がんばりましょう」と声をかけるが本当は自分自身に言っているのだ。 「ダッシュセット」の効果が表れる前に懐かしい橋が見えてきたバイパスが行き止まりになり左へ下り、旧道を少し戻るとゴールのB&Gである。
 「残り10km、これからダッシュするぞ」と思う前にゴールしてしまいなんとなく拍子抜けして信じられないが「百哩走大王」の面々がすでにくつろいでいる所を見るとやっぱりそれでいいらしい。
 手続きを済ませ、生まれて初めてもらう「完走証」を手にする。スタート前の自分の写真と志摩半島の風景が刷り込まれたとてもうれしい完走証だ。
 
 ツーリングや練習も含めて今までで一番キツイライドだったような気がするが自分でルートを決めて一人だけでスタートゴールする充実感とはまったくちがう充実感が溢れている。これが「大会参加」の充実感でこれを味わうために何度も何度も苦しい大会にエントリーしてしまうのだろうと思う。
 新たな境地を開く「距離バカ」なるさんであった。 

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