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2003年5月10日
飛騨美濃国境マイナー峠巡り
いやいや、今年の年度末は本当に忙しかった。
激寒の冬しかり、多忙しかりでトレーニングの開始がすっかりずれ込んでしまった。真面目にトレーニングした結果、何とか身体が距離バカ仕様に対応してきたようなので一気に復調を目指し連続峠アタックだ。
距離 123km
小坂〜日和田峠〜馬瀬村名丸〜岩屋ダム〜金山〜白川町佐見〜野田押峠〜下呂町火打〜笹峠〜下呂〜小坂
本日の峠 
日和田峠780m
野田押峠540m
笹峠  640m

 ボチボチシーズンやなぁと思いつつも、一度怠惰になった身体はなかなか始動できない。レギュラートレーニングのウォーキングを再開するのも天候の加減や仕事の加減でずいぶんと遅くなってしまった。しかもちょっと歩くだけでやたらエライのだ・・・・「こんな事で今年は自転車乗れるのやろうか」と心配になってきた。
 「調子がよければ」と思っていた「浜名湖一週」も結局トレーニング不足と仕事の都合で見送り、あとからサイスポ誌を読みながら行かなかったことを大いに後悔した。しかし、シーズンはじめにいきなり無理することもない。なんといったって今年は「不惑の40才」なのだ。
 幸い4月中旬からは天候も安定し、レギュラートレーニングも順調に進んだが、なぜか今年最初の50kmポタリングは死ぬかと思うほど辛かった。あまりのエラさに予定した峠を全てすっ飛ばし平地オンリーで何とか家にたどり着くというていたらくだったのだ。それでも何度か繰り返すうちにポタリングの距離を徐々に伸ばし何とかハーフセンチュリーくらいは走りきれるように仕上がってきたようだ。
 昨シーズンの走り納めにする予定のコースだったが、予想外の降雪で走れなかった「飛騨美濃国境峠コース」を今年最初のコースに決めた。このコースはアクセスの長い峠道が続くやや厳しいコースだが、途中で辛くなっても反転して下ればJRの駅があるといういつでも脱出可能なエスケープルートが確保されている。そのため一応輪行袋を装備した。
 41号線の久々野〜小坂間は自転車泣かせのルートだ、ここさえなければ職場まで自転車通勤しても良いのだが命には替えられない。かといって迂回路はいずれも1000m越えの峠が待っている・・・・というわけで小坂町の職場まで車でワープ走法。
 41号と併走する県道を快適に飛ばす・・・・つもりだったがあんまり足が動かない。本日は時間を気にすることなく走るつもりなので「まぁいいや」と強い向かい風の中をゆっくり進む。陽は照っているのだが風が強くて冷たい。それでも時々顔を出す太陽の光はすっかりと初夏の装いのようだ。


 まずは本日最初の峠、萩原馬瀬境の日和田峠だ。
 標高差は400mほどで慣らしにはちょうどよい峠だが九十九折の楽しい旧道は今や廃道同然で通れない。そのためほとんど一直線に延びる勾配8%の新道を軽めのギアでキコキコ登る。
 冬に痛めた右膝の調子も悪く時折結構な痛みに見舞われるが超ワイドレンジのギアで何とか凌ぎつつ高度を稼いでいるうちにだがだんだんと足が軽くなるのが実感できてきた、ここしばらく基礎トレを真面目に続けていることがいい結果につながってきているようだ。あんまり足が回るものだから萩原町が一望できる写真ポイントをつい通り過ぎてしまい少し引き返す
 トンネルを抜け役場方面に降りて遠回りをする。馬瀬川はいつ見ても大変美しく心が洗われるようだ、その眺めを少しでも多く楽しむために遠回りしたのだがウナギの寝床のような谷筋の馬瀬は風がマトモに吹き抜けてずいぶん走りづらい。
 下り基調のコースだが向かい風で身体が冷えるのと思ったようにスピードが上がらないのがつらいがその分馬瀬川の新緑が十二分に楽しめる。
 岩屋ダムあたりからようやく調子があがってきて時々写真を撮る程度に止まるだけでほとんど休憩をとることなく金山の道の駅を目指した。
 岩屋ダム周回道路は結構名の知れたサイクリングコースでこの日もロードレーサー2台と出会う。普通ロード乗りは意外とクールで出会っても軽く会釈する程度なのだが本日のロードレーサーは2台とも手を大きく挙げてニッコリと笑って挨拶してくれ、何となく長距離愛好者の臭いを感じる。
 金山まで降りてくるとさすがに気温が高い、先程まで冷たい風に体を震わせていたが今度はズンズンと汗をかきはじめ、ようやく気持ちよく走れるようになったが60km近く休憩を取っていないので金山の道の駅で昼食休憩をとり、標高差はそれ程でもないが頂上までのアプローチがやたら長い松阪峠と笹峠を目指す。
 41号線と257号線に挟まれる形で下呂間で通じているこの道は交通量が少なく渓流沿いで起伏がある楽しいコースだ、アプローチは金山駅から少し下った飛騨川と佐見川の合流点から遡る。
 それ程急でもないがそれ程緩いこともない上り坂が延々と続くなか快調にペダルを回す、ちょうど南飛騨は藤の花が見頃で渓流の上に多い被さるようにして咲く藤に小さな虫たちが群がる・・・・と廃屋前に変な乗り物発見。
 手漕ぎ自転車風車椅子かなぁ・・・・片手でクランクをくるくる回す構造のようだ、いつの時代の物かわからないけど当時は革新的な乗り物だったのだろうな。
 
 だんだん標高を稼ぎ、峠の頂上らしきところを過ぎた直後に「下呂」という小さな道標を見つけ急ブレーキ、少し引き返して神社の横の細い道を登り始めたのだがこれがだんだん狭く急になってくる。得意の30tクルクル作戦でもほとんど停止したような登り方しかできない簡易舗装の直登だ。

 頭に描いていたのは白川町佐見と下呂町門和佐を結ぶ「県道」の松阪峠であるがどうも様子が変、道はどんどん暗く狭く山奥へと向かう。まぁしかし、地獄の底につながっているわけでもあるまいし舗装の続く限り行こうと思いさらにペダルを回す。
 稜線に近づき斜度が緩やかになるとようやく初夏の太陽と再開できた。頂上らしきところの道標は「下呂町焼石」・・・・・?????
 門和佐よりずいぶん下に位置する地名だなぁ・・・・せっかくここまで登ったしこのまま下るか・・・・・・
 ところがこの先、簡易舗装とは名ばかりのほとんどオフロード。タイヤは耐パンク性能が高いので信頼できるが、リムやスポークがイカレそうだ。しかし、このダウンヒルが意外とおもしろく調子こいて下っているととっても痛い目にあった。
 長距離用にサドルが2ラチェットほど上向きにセットしてあるのだが、段差を乗り越えた拍子に股間をサドルのトップで強打したのだ・・・・・・
 あまりの痛みにブレーキをかける力すら入らず・・・・痛みをこらえてズルズルズルズル・・・・・・・






 結局、予定していた門和佐ではなく焼石まで下ってしまい、本日仕上げの峠の笹峠へはほとんど最初からアプローチせねばならなくなった。
 まぁ今日は身体を目覚めさせるのが目的なので状況としては望むところだ。

 あとで調べてわかったがこの峠は「野田押峠」というらしい。

 笹峠で100kmを超えるが調子は大変よろしい。下ったところにある農協で大休止していると暇なヤジオヤジが寄ってきていろいろと質問してくる。
「競輪の選手か?」・・・・こんなデブでは競輪選手はやってらませんねぇ。
「どっから来た?」・・・・あっち
「どこ行く?」・・・・そっち
「この自転車いくらや」・・・いくら鮭の子、自転車はアルミフレーム。
 まぁ本当はきちんと丁寧に応対していたがその腰の曲がった爺さんは若かりしころ未舗装の41号線を自転車漕ぎ漕ぎ高山の「風俗店」(←当時)へ通ったそうな・・・・
 私も食欲をペダルを回す原動力にするが、やっぱりあっち方面を原動力にするとさらに強力なパワーが発揮できるかも知れ無いなぁ・・・・

 それにしても、昔の鉄骨自転車でダートを爆走して高山まで行くとは・・・・この爺さんを密かに「爺雷太くん」と呼ぶことにしよう。ひょっとしたらホンモノの雷太君でもこの爺さんには負けるかも。
 ちなみに高山から帰る下りでは夜の思い出とサドルから伝わる心地よい振動でもう2回ほど一人で逝ったそうな・・・・・爆!・・・・・そんな話するなよなジジイ!

 実は意外と面白かった爺雷太くんに別れを告げて一気に小川まで下り下呂駅へ、再び県道に戻り小坂へ向かう。このころにはすっかり足が回るようになっていて緩やかな登り基調の道を23kmアベレージでペダルを回す。・・・・・なんとかセンチュリーライド上信越に出場できそうな雰囲気・・・・よっしゃよっしゃ。