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2003.7.5(土)晴れ
日帰りで火打山に行って来ようと計画をしていたら、日曜日も晴れマークの予報。では妙高山にも登ろうと急遽決定した。早速、高谷池ヒュッテにキャンセルが出ていないか電話をかけたら残念ながら、空きは無し。では黒沢池ヒュッテに泊まるかと検討したが、「すし詰め状態は嫌だ」と言うことになり、テントを担ぎ高谷池でテン泊することにした。 4:30高岡を出発。滑川IC〜妙高高原ICを高速で走り、笹ヶ峰に着いたのが7:25だった。杉ノ原スキー場辺りは濃霧でヒヤヒヤしたがそこを過ぎると青空が広がり、期待が大きく膨らみ、嬉しさが倍増した。 準備をして7:40、真新しい白木で出来た吾妻屋の登山口をくぐる。ズッシリ重いリュックを担ぎ、林の中を森林浴しながら緩やかな木道を踏みしめて進むと黒沢橋に着いた。橋の袂で川瀬の音を聞きながら休憩。いよいよ登りが始まる。「ここで高度を稼がなくては」と余裕たっぷり。十二曲がりの標柱がある所からは岩場の急斜面になり、リュックの重さに太ももが疲れ、足が重い。さっきの余裕は吹き飛び真剣になった。漸く緩やかになり雪を踏み進むと、10:00富士見平分岐に到着した。
高谷池は左に進み、やがて火打山、焼山が端正な山容を見せ、高谷池ヒュッテの三角屋根も見えてメルヘンチックな風景にワクワクして写真を撮る。焦る心で木道を辿ると11:00小屋に着いた。 小屋の前では多くの人がベンチに座り寛ぎ、賑わっている。受付をして(一人400円)テン場を教えて貰い、早速テントを張り大休憩。テン場には誰も居なかった。今日は妙高山に登るのでゆっくりはしていられない。11:45そそくさと、準備を整え出発した。
茶臼山の下りから青いドーム型の黒沢池ヒュッテと池が目に飛び込み、穏やかな風景にうっとり。「あんなに下るのか。ちょっと勿体無いな。」45分間で黒沢池ヒュッテに到着した。小屋の前のテーブルでは2パーティーが休んでいたが、寂しく静かだった。特徴のある小屋をバックに記念写真を撮り、妙高山の警告を読む。「アイゼン、ピッケルの無い人は事故が多発していますので行っては行けません。また、初心者の人も危険ですので中止して下さい」アイゼンピッケルの持たない私達はチョッとビビッタが「初心者ではない」と拡大解釈して大倉乗越に登り始めた。下って来る人に聞くと「有るに越したことはないけど、慎重に行けば大丈夫」と答えが返ってきた。
12:50大倉乗越に着く、ここからの妙高山は釣鐘のような形をしていて、厳しく男性的だ。「さあ、此処からがスタート」気を引き締めて出発。燕新道の合流点まで110mを下り、途中にはデブリが発生している急斜面のトラバースがあり、神経を遣った。合流点からは425mの登りで雪渓をつめ、急斜面の岩場が連続していた。14時過ぎると人影も無く心細く、精神的に疲れ「早く頂上に着きたい」と願った。岩峰が現れ正面が開けた時、Tが「着いたぞ」と叫ぶ。 14:40誰も居ない広い頂上に到着。鎖場方面や山裾にガスが湧きがっかりしたが、辛うじて火打山方面の眺望が良く、頂上に立った喜びが込上げてきた。Tは大石に座り一人で祝杯をあげ満足そう。風は無く暖かく迎えてくれた妙高山に抱かれ、至福の時を過ごした。 もっと長く頂上に居たかったが、高谷池まで先は長いので、15:00下山開始する事にした。雪渓を下り、急斜面のトラバースを過ぎ、大倉乗越の登りで飲み水が少なくなった事も手伝い、一番の疲れのピークとなった。「黒沢池ヒュッテでコーラを飲もう」を合言葉に頑張り、16:45黒沢池ヒュッテに着いたときは本当に嬉しかった。
小屋は満員で次から次に人が押し寄せてくる。「こんな辛いけど、やっぱりテントでよかったね。」と顔を見合わせ、冷たいコーラを飲みほした。復活した二人には茶臼山の登りなど気にもならず、17:45高谷池ヒュッテに戻った。 テン場に着くと5張りのテントが並び、仲間が増え嬉しかった。水場の横のテーブルでささやかな夕食を楽しみ、夕焼けの空を眺め、たそがれ時をゆったりと過ごした。 今日は累計標高で1700mも登り、疲れも貯まっているはず。「ゆっくり眠ろう」 |
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2003年07月08日 22時54分57秒
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2003.7.6(日)雨のち曇り
![]() 夜中に目が覚めたら、テントに雨がたたく音。「うそ」「信じられない」「朝には晴れるだろう」とまた眠る。 結局、雨は止んでいなかった。今日は火打山に登り、帰えるだけ。「時間はたっぷり有るからゆっくり待とう」と時間を過ごすが、一向に止む気配がない。仕方なく準備をして7:00出発することにした。 高谷池はまだ早春の面持ちで、植物の芽吹きも無い。ぐるりと池を半周し、雪渓を登り進むと、木道が現れ、濃いピンクのハクサンコザクラが群生している。思った以上に咲いているので嬉しくなり、「かわいい、かわいい」と声をかけた。やがて天狗の庭に辿り着くが、楽しみにしていた逆さ火打はお預け。幻想的な地塘の風景と、幾何学模様をかもし出す池を分ける隆起部分が面白く写真を撮った。雨は止み、ひょっとすると晴れるんじゃないかと期待が膨らみ、うきうき歩く。
尾根に差し掛かった時、東京の近畿ツーリストの団体さんが下りて来た。「頂上は何も見えなかった」と言いながらも登頂した満足感が漂っていて、微笑ましかった。頂上手前の板で崩れ止めされたハイマツ帯では、1羽の雄雷鳥の出向かえを受け、脅かさないようにゆっくり静かに歩いた。巣を守っているのか逃げない。至近距離になって漸く飛び立っていった。「今年も雷鳥に会えたね」と突然の出逢いを二人で喜びあった。雪渓を登り、少し行った所が頂上で、8:25に到着。 ![]() 頂上は広く中央に石が積んであり、石仏が置かれていた。視界は全く無く、東京のご夫婦と写真を撮り合い、歓談をして休憩をしているとまた雨が降り出し、本降りになった。惜しいが長居は出来ない。8:45下山することにした。 下りは晴れたり、雨が降ったりと目まぐるしくお天気が急変し、願はくば「天狗の庭で火打山を見せて、」「テントをたたむ時だけは晴れて」と祈ったが、両方とも叶わなかった。 今の火打は高山植物は咲いているものの、開店準備の真っ只中と言った感があった。 9:50高谷池に着き、帰りの準備をして13:00笹ヶ峰登山口に着き、今回の山行は終わった。 行けそうで行けなかった火打、妙高、二座に登れ、満足はしたが、やはり今回のコースは合理的ではなかった。テント泊は良いのだが、朝テントを片付け、移動し、また詰め替えして、預かってもらうのが面倒だと思ったが、やはり高谷池から妙高山の往復は疲れた。 コースとしては笹ヶ峰〜黒沢池でテント張り〜妙高山〜黒沢池テン場泊 二日目は高谷池でリュックをデポして〜火打山〜笹ヶ峰がベストだと感じた。 |
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2003年07月08日 22時50分20秒
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2003.6.21(土)晴れ
梅雨の中休みに「ここぞ」とばかり、草津白根山と四阿山に行ってきた。4時半高岡を出発し、滑川から中野まで高速を利用し、後はR292を走り白根レストハウスに着いたのが8:00だった。 此処から山頂駅まで歩くのかと思っていたら、弓池の横の道へ車が入って行く。「では、私達も」と車を移動する。7月1日からは通行止になるらしいが今は通れた。リフト乗り場横の駐車場には6台ほどの車が止まっていて、此処に登山道があった。 8:30登りだす。標高差155mとお気軽コースで気合も入らず、ブラブラ歩く。木道が敷かれ、花の名板が目に止まり、「ふむふむ」と余裕たっぷり。突然視界が開け、火口と展望台の巨岩が目に飛び込み、歓声をあげる。先行の人が「コマクサが咲いている」と叫ぶ。「え、どうしてこんな所に」見れば斜面一面にショッキングピンクのコマクサが「私綺麗でしょ。」と華麗な姿を見せ咲いている。こんなに早期、まして標高が低いのに、驚くばかり。私は知らずして来たが、ここはコマクサの群生地として有名で、一番華やいだ時期に訪れたのだ。「うれしい。」 深田久弥が「ローマの円形劇場を思わせる」と言った、カラ釜の横を通り、頂上を目指し木道を歩く。なだらかな山と広々とした開放感コマクサが茂る白砂が心地良く、心が潤った。
コマクサを眺めながら探勝道最高地点に、到着。写真を撮ったり、眺めたりと寛いで居ると強風が吹つけ長居が出来ず、下山することにした。帰りは鏡池コースを下る。展望台ピークの階段を登る頃から突風が吹きだし、飛ばされそうになった。やっとの思いでピークの岩陰に身体を隠し、安全を確保する。 本白根山頂を眺めていたら、今行って来たピークの後ろにもっと高い場所がある。地図を広げて見ると、やはりまだ先が在ったのだ。登山者に聞くと「頂上は硫化ガスが噴出して立ち入り禁止だ」と言う。何かすっきりせず、頂上は無理としても、三角点には行けたのでは無いかと心残りだった。 鏡池に下る途中、カメラを忘れ取りに戻るハプニングがあったが、時間はたっぷり、慌てることも無く、鏡池を眺める。鏡池、カラ釜、湯釜と火口が点在し、自然のダイナミックな営みと怖さに思いめぐらせた。
10:50登山口に到着。50台位の車があり、路上駐車など大変な人気だ。鏡池コースは、樹林帯の中を歩くので眺めは悪く、距離もあるので下りに使った方が良いと思った。草津白根は白根山、逢ノ峰、本白根山の総称だが、湯釜には観光で登っているし、10分の登りに駐車料金を出すのが勿体無く山を後にした。登山のあとの楽しみはなんと言っても温泉だ。初めて行く草津温泉に胸膨らませて、ヘアピンカーブを急降下させ、草津の温泉街に入った。 町営有料駐車場に車を止め、無料の温泉めぐりを楽しむ。湯畑の前に在る白旗の湯、さすがに熱い。身体を冷ましがてら町を散策しながら、千代の湯、地蔵の湯と3軒ハシゴした。長湯は出来ないものの、身体がつるつるして大満足だった。また桁外れの湯量の多さに唖然とし、草津の人が羨ましかった。 白根山に登って景色を楽しみ、山の恵みで身体を癒し、つくづく山は生きているんだ「ありがとう」と感謝し、せめて私達が出来ること、「自然を変えず大切にしていかなければ」と痛切に思った。 |
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2003年06月24日 21時21分38秒
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2003.6.22(日)曇り時々晴れ
どうしてあずまやさんを四阿山と書くのか良く分からないが、レンゲツツジの大群生を見たくて、この時期この山を選んだ。ダボス牧場の駐車場で車中泊し、5:40登り始める。今日のコースは中四阿を登り山頂へ、そしてその後根子岳を辿る計画だ。 トイレ前にある案内板の前を通り、5分ほど舗装道路を歩くと左に四阿山登山口のアーチがありここを進む。牧場の柵の横をゆったり登り、沢を渡り少し行ったあたりからレンゲツツジの群生が見られた。白樺の樹皮の白さとレッドオレンジの花のコントラストが美しく、何万本は有るだろう木々が、狂喜乱舞して山一面が華やかに染め上げ、私の顔もゆるみっぱなし。目を下に移せば、名も知らない高山植物が可憐な花を咲かせ種類の多さにも驚かされた。「本当にいい時に来たね」と喜び合う。 ピーク1917mからは全く風景が変わり、低木が這いガンコウランやコケモモの中にコイワカガミのピンクの花が疎らに咲き、高山庭園を歩いているようなワクワクする心地よさ。「花の好きな人には堪らないでしょうね」「女性的で良いね」と言い合いながら、ウットリと歩いた。中四阿から少し下り、急登すると四阿高原からの道と合流して平らな笹原にでた。此処からの頂上は三角形の端正な形で「もうすぐ」と気が早った。根子岳分岐、鳥居峠の分岐を通過して、立派な木階段を登り終えると、8:00に頂上に着いた。
頂上からは遠景の山が見えず、辛うじて浅間山だけが薄く確認できた。祠の後ろで小休憩して、8:20根子岳に向かう。十ガ原まで暗い森林を300m下り、根子岳までは200mの登りだ。笹原に風が渡り心地よい。途中には巨岩が有りこの上で写真を撮った。鐘の音がして目をやると、もうすぐそこに根子岳頂上があり、多くの人が休んでいた。 9:30頂上に到着。パンを食べて、休んでいると懐かしい富山弁。「富山の方ですか?」「入善やちゃ」と2人の男性。6:20から登って同時刻に着いた。何たる速さか。山の話で盛り上がり楽しい一時を過ごし、10:00に下山開始した。
このコースでもレンゲツツジの大群生に逢い圧倒された。根子岳コースからの登山者は多く50人、30人と団体さんが登って来るが、私は中四阿からの方が登りやすいと思った。最低鞍部から四阿山までの登りが300mの急登で暗い樹林帯なので視界が利かないこと、中四阿コースの庭園が素敵で見ながら登れる利点と根子岳を登る200mは風が吹き抜け心地よい、根子岳の稜線の見晴らしが良いことなど挙げられた。10:50ダボス牧場に到着。一目散で売店へ。ソフトクリームを食べ、「あ、美味しい。幸せ。」 ダボス牧場は入山料がいる。車を止められて、一人200円を払い菅平高原に別れを告げた。 少し遠回りだが、小諸の懐古園に行くことにした。いつも素通りしていたが、チャンス到来、藤村の「千曲川旅情のうた」のイメージを味わいたく、是非行ってみたい所だった。 懐古園に入ると三の門が待ち構え、二の丸の石垣が威圧する。古い苔むした石垣が多く残され、当時の栄華を彷彿させてくれた。千曲川が望める水の手展望台に登って見ると愕然とした。ゆったり流れる千曲川にダムが掛けられ、流れを塞き止めている。目を右にやれば、工事現場で建設機械が立ち並び、土が剥き出しになっていて痛ましい。 懐古園は掃き清められ、草笛の音色が流れる心落ち着く所だが、「景観までは気にしないのか」と悲しくなった。 小諸からは上田、松本とぬけ、安房トンネルを通り、荒神の湯で身体を洗い20:00帰宅した。 今回の山旅は白根山のコマクサ、四阿山のレンゲツツジと 最高の輝きを放つ時期に訪れることが出来、大きな喜びだった。 |
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2003年06月24日 21時16分13秒
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2003.6.14(土)曇りのち雨 僧ヶ岳の東又コースを登りたいと思っていたので、土曜日の降水確率が20%と言いう事で出掛ける事にした。 5:30高岡を出発し、魚津をぬけ片貝山荘に向かうあたりから、もうガスが湧き霧雨状態で気分が沈む。しかし、東又登山口に着いた時はガスも上がり、天気の回復を祈りつつ準備を始めた。黒部から2人の若者も到着し、7:10 若者を先頭に登りだす。 東又コースは急登だとは聞いていたが、いたる所にロープが掛けられ、かなりの急斜だ。全身から汗が噴出し、目に入いり、しみて痛い。休憩中の若者を抜き、汗を拭きながら黙々と標高差660mの急登に耐え、8:35 伊折山に到着した。 伊折山の標柱の「僧ヶ岳へ3時間」を見た時「うそ、そんなにかからねいね。」と2人で地図を見あった。ここからは緩やかな登山道が続き、うきうき気分で歩くが、雨が降って来た。 傘を差し、僧ヶ岳を目指すが、だんだん雨脚が強くなって来て、成谷山手前1550m地点でTが「帰ろう」と言う。「風は無いから大丈夫」と私が言う。「こんな酷い雨の中、頂上に行ったって、酒も飲めない、非難小屋もないのに」とTが反対する。「折角、あの急登を登ったのに、あと標高にして300mしかないのに勿体無い」と反撃した。「車で待って居るからお前だけ行ってこい」とTが言う。結局9:15引き返すことになった。 傍らに、かたかごが花弁をしっかり閉ざし寂しそうに咲いている。せめて、写真ぐらい撮っておこうと、頂上に行けない遣る瀬無さをぶっけた。 9:45伊折山で雨具を着て、滑る急斜面をロープを借りてひたすら下り、10:40登山口に着いた。若者達も引き返していて、着替えを済ませ、帰る所だった。お互いに残念がり、別れを告げた。 今日のお天気同様、気持ちは灰色、達成感もなく虚しさが心を覆っていた。気分直しに北山鉱泉に行き半日休憩をしたが、老女3人が居る、暗い湿っぽい部屋に通され、ここでも心は落ち込んだ。 本当に冴えない、気の晴れない一日だった。 |
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2003年06月16日 15時48分57秒
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2003.6.2(月)曇りのち晴れ 思いがけず時間が取れたため、巻機山と守門岳に行ってきた。 雨の中、1日の11時ごろ高岡を出発し、急ぐ旅でも無く滑川ICから上越ICを高速で、あとは1般道を使い、4時過ぎ巻機山の駐車場に着いた。重苦しく雨の降る中、所沢ナンバーの車が先着していて、心強い。今日はここで車中泊する。トイレも水もあり、有難かった。 次の朝、登山口に一番近い駐車場に車を移動し、準備をしていると、2台の送迎ミニバンが到着し、ゾロゾロ人が降りてくる。その中に岩崎さんの姿が目に入り、Tに「岩崎元郎さんや。」と教える。15名のパーティでストレッチをして、登って行かれた。「頂上で写真をお願いしょうね」と私達も5:30出発する。 私達は谷コースのヌクビ沢から登り、ニセ巻機の尾根コースを降りることにした。私は反対したのだが、Tが折角だから違うコースにしょうと言い張り、それに従った。 割引沢の巻きコースを登り、シラネアオイを鑑賞しながら進むが、急斜面のトラバースの連続で、気が抜けない。ようやく、7:00ヌクビ沢出合に着いた。ここからは雪がギッシリある。 谷が2つあり、右の谷のデブリが物凄い。谷を横切る登山道らしきものはあるが、飲み込まれて潰されている。ガスが掛り景色も見えない。ここで徒渉とガイドに書いてあるので、辺りを見渡すが判らない。地図を広げ、右の谷と言うことは解るが、なんの手掛かりも無く、雪渓の上やデブリの上を登ったり下ったり、印を懸命に探すが時間ばかり経ち、もう7:40になっていた。「危険だから止めよう。私達では力不足。」「諦めて振り出しに戻り、尾根コースを登ろう。」意見が一致し、標高200mほど下った所で、誰かが登って来た。 すかさず声を掛け「ここのコースを知っておられますか?」「はい」と頼もしい返事。「うれしい、御一緒させて下さい」とお願いする。群馬の4人のパーティで2人は初心者みたいだった。リーダが私達に「アイゼンを持っていますか?」と聞かれた。「持っていません」赤面するほど恥ずかしかった。「このコースは急斜面の雪渓を登るのですよ」と言われ自分の軽薄さに呆れ、情けなかった。 再び8:55ヌクビ沢出合に到着。ここ群馬の人がアイゼンを履かれ、9:00出発。40分間も探したが、印は見つかるはずは無かった。みんな雪の下なのだ。 リーダを先頭にデブリの谷を登って行くと左に行者の滝が現れ、写真に収める。リーダが「私達は遅いので先に行って下さい」「行者の滝の右横に少し夏道が見えるでしょう?巻いてあそこに行って、あとは雪渓を登り詰めると稜線に着きます。」と教えて下さった。たぶん責任は持てないと判断されたのだろう。お礼を言って、ここで分かれ9:25雪渓を登り始める。 慎重に慎重にキックを入れジグザグで登る。「毛勝谷みたいやね」「ほんとう」滑ると危険なので集中し、1歩1歩意識して足を置いた。やがてガスも晴れ、天狗岩が真横に見える。空も青空が顔を出し、雪が少しでも緩むのを期待した。 1800mあたりの飛び出た尾根に夏道が目に止まり、ここを登り11:25稜線に着いた。
![]() 危険から開放され、心から寛ぐ。目の前には割引岳が、反対側にはゆったりと木道が巻機山に続いている。「なんて綺麗なんだろう」優しい山容にうっとり。 2時間ロスしたので、先を急ぐことにした。木道が雪の下になった所から最短距離で雪上を歩き、藪を漕いだら11:50御機屋に飛び出た。ここが事実上の頂上になっていて、立派な山名板が立っていた。折角だから牛ノ岳にも足を伸ばし、地塘が点在する女性的な穏やかな山頂の散歩を楽しんだ。
山頂には人っ子一人居ない。簡単に食事をして13:05 井戸尾根コースを下山する。4合目で諦めていた、岩崎先生のパーティーに追いついた。最後尾の先生は「先に行かれますか?」と聞かれたので、「よろしかったら、駐車場で写真を撮らせて下さい」とお願いをし、同行することにした。優しい人柄で、心のバリアもなく、私が高岡から来たと言うと「僕は人形山が好きです」と言われ、山崎富美雄さんのことを、やまとみさんと呼んでおられ親交の深さが伝わってきた。15:20駐車場に到着。なんと、群馬のパーティーと再会する。結局頂上には行かず、「谷で遊んで来た」と答えが返ってきた。2つのパーティーに心からお礼を言ってお見送りをし、私達も六日町温泉に向かいここを後にした。 今日は大きな贈り物を2つ貰った。1つは岩崎元郎氏にお会い出来たこと、あと1つ群馬の方に会い、ヌクビ沢を登られたことだ。本当に人の出会いに感謝し嬉しい実りある一日だった。 |
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2003年06月05日 18時22分45秒
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2003.6.3(火)晴れ 二口コースの駐車場で車中泊をしていると、次々に車が到着する。巻機山には5パーティーしか居なかったのに、守門岳は人気があるようだ。 5:30、出発。鳥居横の林道を10分ほど歩くと登山口があった。最初から急登だが、道端の植物が余りに活き活きと育ち、肥よくな土壌に感心しながら登っていくと、平らな所に出てすぐに護人清水があった。雪解け水のような冷たさで、とても美味しい。この辺りのブナ林がまた綺麗で、朝のやさしい陽光が斜めから射し、あまりの美しさに、シャッターを押した。 6:50 「5/10」と書かれた中間地点に出、ウワバミ滝を眺めながら一休みする。 腰をあげ、歩き出すと「長い長い登り」と書いた案内板が目に入る。心して登るが、やはり長く、大岳分岐まで延々続いていた。 7:45分岐からは雪で覆われた青雲岳を越え、守門岳に進む。道端にはかたかごやシラネアオイが咲いていたが、期待していた大雪屁は小規模になっていた。 8:20守門岳(袴岳)に到着。鐘を鳴らし、祠にお参りする。360度の大パノラマで、山また山。山への思いが益々募り、地図を広げて山座同定をする。おにぎりを食べたり、景色を眺めるが、風が強く寒さには勝てず、8:55大岳へ向けて出発することにした。 分岐まで戻り、雪原を歩き、急下して、鞍部から130mを登り、9:50大岳に着いた。 ここにも鐘と袴岳より立派な祠があり、拝礼する。神事が有ったのか、ろうそくの蝋が流れ白くなっていた。展望が無い代わり風は無く穏やかだ。保久礼コースから男性二人が到着し、暫し会話を楽しむ。 別れを告げ10:10下山開始する。保久礼コースの上部は赤土で滑りやすい。気を付けながらドンドン下って行くと、数組の登山者が登って来た。「何時から登った?」「もう守門岳に登ったの?」と質問された。やがて登山道は階段に替り味気ない。しかし足場が安定するので時間は稼げた。 11:05コンクリートで造られた寸胴の無人保久礼(ほっきゅうれい)小屋に着く。静まり返えった暗い雰囲気に、想像していた小屋とのギャップの大さでドット疲れた。小屋の前には冷たい水が出ていて、喉を潤し、先を急ぐ。 「二分」の標識が左を指示し、それを頼りに山道を下ったら、砂利道の林道に出て、もっと下ると11:25駐車場に着いた。車が1台しかない。「あの人たち二口の駐車場から歩いて来たのだ。」 大きい駐車場でどちらに向かって歩けば良いのか判らなく困っていたら、軽トラックが来た。二人同時に手を上げたら止まってくれ、荷台に乗せてもらうことになった。風を受け、ジェットコースターに乗っているようで二人の顔が自然にほころんだ。 11:30二口駐車場に到着。何回もお礼を言い、思ってもみない親切に感謝して、めぐり合わせの偶然にも喜んだ。昨日、今日と良い事ずくめで新潟が大好きになった。 保久礼コースは二口コースに比べて人通りが少なく、下りに使って正解だと思った。 帰りは守門温泉に入り、魚沼産のコシヒカリをお土産に17時ごろ帰宅する事が出来た。 |
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2003年06月05日 18時16分51秒
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2003.5.30(金)晴れ カタカゴの群生を見たく、大日山に行ってきた。 高岡を5:10出発し、R8を走り(大長野西、八幡、の間バイパス充実)、山中温泉を通過して真砂町の富山興業所横の駐車場に着いたのが7時過ぎだった。 鎖とロープで通行止めになっていて、大日山の道しるべがその前に立っていた。 7:25歩き出す。10分ほど歩くと石の鳥居があり、ここが徳助新道の登山口になっていた。私たちは甲山(カブトヤマ)経由で登るため、ここを直進する。7:45登山口に到着。 登り始めから急登であったが、やがて平坦になり雑木林を歩く。今日は台風の影響からか風が強く、林の中はゴウゴウ ガサガサと騒音を立て、気味が悪い。急登と緩やかな斜面が交互に現れるブナ林の尾根を黙々登る。 漸く目の前が開け、明るくなった。カタカゴの一群が今を盛りに咲いている。「きれい」と写真を撮り、カタカゴ原の花に期待が膨らむ。笹に覆われた山道を緩やかに登ると9:30避難小屋に着いた。 大きなドアを開き、中に入れて貰う。ストーブが置かれ、毛布も、ろうそくもあり、快適そうだ。外はゴウゴウ風が鳴るが、室内は天国。三方がガラス窓で明るくて気持ちがよい。床に腰掛け一息着き、空腹を満たした。小屋前にある、甲山の標識前で白山を背景に記念写真を撮り、9:50ここを後にする。 甲山から大日山までが、この山の一番素敵な所ではないだろうか。下って行くと、スパッと正面が切れ落ち、びっくりする。右は谷になっていて見晴らしが良い。「わ、綺麗」。穏やかな気持ちのいい笹原を進み、カタカゴに思いを寄せる。 登りにさしかかり、カタカゴが現れ始める。「あ、終わっている」道沿いにずっと生えているのに、見る物見る物が実を付け、青々してがっかり、「来るのが遅すぎた」とつぶやく。それでも遅れて咲いてくれた群生を写真に撮り、「仕方ないか」と諦めた。 10:25大日山頂上に到着。正面に白山連峰がどっしり大きく見える。左に笈ヶ岳、大笠山が黒く見え、懐かしく感慨一入だった。風を避け少し戻り、低木の中でランチタイム。 ここは暖かく居心地がいい。誰にも会わない山行に、「今日も貸し切り」となにか寂しさを感じる。 11:00徳助新道を下る。冷水の頭で振り向くと甲山と大日山が仲良く並んで私たちを見送ってくれた。小大日山の登りで一組の男女にすれ違い「風が強いですね」と声を掛けて下さった。小大日山からの白山も綺麗で写真を撮っていると、風で飛ばされそうになり、長居は無用と帰路を急いだ。徳助の頭に着き、長い急登を下ると、荒廃が進んだ神社横に着き、12:45鳥居の登山口に着いた。駐車場に戻る途中に建っていた、ログハウスのドアが開いていて人の姿が見える。奥深い山中で風が泣く日は、人の臭いがうれしいものだ。 帰り、古九谷窯跡に立ち寄り、登り窯の当時の繁栄を偲び、山中温泉では男女別館という贅沢な造りの菊の湯で疲れと汗を流し、18時に帰宅した。 |
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2003年05月31日 20時15分46秒
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2003.5.23(金)晴れのち雨 この時期お天気の安定が望めるため、少し遠出して位山と恵那山に行ってきた。 5:50高岡を出発して、宮村のモンデウススキー場駅の道に車を走らせる。41号線からスキー場で開発された位山がなだらかな姿を見せる。 駅の道に車を止め、スキー場の右端にある登山口で登山届を書き、8:35出発。「頂上まで5.5k」と書かれていて距離はあるようだ。 単調なスキー場を登るのだが、直登の為か結構足にきた。30分間で最終リフトに到着。晴れているのに霞んで北アルプスの山々がまったく見えない。恨めしく思いながら小休止をして、階段を登り林に入る。 これが登りかと思うほど水平で、Tはボヤク。次々に出会う、巨石、奇岩が目を奪い、その岩に根を張る木々にも驚かされる。誰もいない奥深い山に入り込み、木々の息ずかいを感じながら、進むと柵で囲った鏡岩と天の岩戸に10:10到着した。 大きな巨石が2つ寄り添い、空間が出来ていた。ここから左に進み、展望台へ。しかし、もう展望台は無く、ベンチだけとなっていた。ここが頂上かと思ったが標柱もなくガイドで調べたらもっと奥だった。リュックを担ぎ直し、頂上へ進む。 あたりはドウダンツツジの群生地であまりの多さに驚かされた。花はまだ早いようで、「これが満開だったら」と少し残念だった。 10:30位山到着。庭園のような落ち着いた場所で、おなかを満たし大いにくつろいだ。下りは天の泉により冷たい水を飲み、帰ることにした。 こんな日は誰にも会わない。位山は私達だけの貸切だ。登山道を下ってみると「平坦だと思っていたけど、結構登っていたがやね」と2人で笑い合った。だいぶん下った所で1組の男女に出会い、ちょっと嬉しかった。 順調に下り、スキー場では登山道を通らず、分水嶺公園にめがけて降り、12:30駐車場に到着した。 着替えを終え、明日登る恵那山に向けて出発。途中下呂の幸の湯(300円)で汗を流し中津川の黒井沢登山口に向けて爽快に車を走らせた。 「折角来たのだからと恵那山神社に寄ろう」とまだまだ余裕があった。2本の樹齢800年の夫婦杉に圧倒され、大満足で登山口へ。急に道が狭くなり分からず、地元のお爺さんに聞くと、「道路工事で今は黒井沢登山口から登れない」と言う。頭が真っ白になった。そして「神坂峠からしか行けないから19号線に戻れ」と言う。ガンーもう時間が無い。パソコンが故障して情報を得られなかったことが悔やまれた。 落ち着いてナビを合わせるが道が無い。漸く人に聞き神坂峠の林道に入る。道は狭く対向車が来たら大変。雨が降り出し、だんだん大降りになり大雨になった。薄暗い林道を心細くハンドルを握る。雷が光る。ヘァーピンカーブを嫌になるほど曲がり、やっと峠に着いた。 すぐに登山口は見つかったが、車が揺れる程の強い風。閃光が走り、辺りがまったく見えない。駐車場も無く、人っ子一人居ない。峠を下ってみるが駐車場が見当たらない。もう1度峠に戻り、ナビを追って行くと富士見台キャンプ場があった。「あ、助かった」急いで下って行くと電気がついた萬岳荘が建っていた。屋根付きの駐車場に車を止めさせて貰い、挨拶に行くと管理人さんは「空いて居るから使ってください」と優しく言われ、「地獄で仏」ってこの事と心から感謝した。 ようやく落ち着き、今日は此処で車中泊にした。 |
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2003年05月26日 20時39分46秒
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2003.5.24(土)晴れのち曇り 昨日はあんなに荒天で何も見えなかったのに、神坂峠のすぐそばに駐車場があった。ここに車を止め、恵那山まで「6.8km」の案内板を横目で見ながら6:00登り始める。 130m登って、1700mのピークに立つと、恵那山が遥か向こうに屏風のように広がり、その稜線に繋がる幾つものピークが見渡せた。今度は此処から鳥越峠まで150mの下りだ。なんと神坂峠1569mより低いのだ。本に記された健脚向きの意味がようやく分かった。 2つのピークを越えて大判山に7:25到着。今日もお天気が良いのだが北、中央、南アルプスが全然見えずがっかり。ただ、恵那山に続く山のピークが気になり落ち着かず、腰を上る。 アップダウンを繰り返し、天狗ナギの崩れを横から見ながら尾根を通過するが、とても覗き込む勇気は無かった。2000m地点から残雪が現れたが、赤いリボンが幾つも吊るされ道を見失う事はなかった。かなりの急登をしのぎ9:00稜線分岐に着く。 此処からはなだらかな稜線歩き。1面に咲くミツバオオレンの可憐さに癒されたり、立ち枯れの風景を見たり、次々にある社を拝んだりしながら、非難小屋についた。ここから10分間程で恵那神社があり、同時に9:40頂上に着いた。 頂上は50人位の東京のツァーで、満員。広河原から登ったそうで、「2時間30分で登った」と言っておられた。新しく出来たコースらしく、私は「何か損をした」ような気になった。 腹ごしらいをして、10:10下山することにした。下りと言っても登り返しが沢山あり気が抜けない。下っている時、沢山の人に出会った。 神坂峠コース、結構人気があるらしい。幾つ登り返しがあるか、数えながら下り、大判山で小休憩してあとは懸命に歩いた。 最後鳥越峠からの150mの登り終え、ようやく下りだけと思った時は、笑みがこぼれた。結局10のピークを数え、神坂峠に13:15着いた。 大変だった分、返って十分な満足が得られ、2人の話題は尽きなかった。しかし、感想としては眺望が望めなかった為、「ただ登っただけ」といった感もあった。 帰路に昨日と同様、下呂温泉の幸の湯で汗を流し、20:30帰宅した。 |
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2003年05月26日 20時32分19秒
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2003.5.18(日)晴れ 旧五箇山街道を通り、高落場山に行って来た。残雪期にたいらスキー場側から登ったことはあったが、ここのコースは初めてで、特に五箇山街道に興味がそそられた。 8:30登りだす。新緑を背景に石畳のような趣があり、歴史を感じ当時の往来を彷彿とさせた。 20分で唐木峠に着き、左折し尾根に取り付く。なかなかの急登であったが、次第に緩やかになり、ブナ林がこの季節目にやさしい。巨木のブナ達が伸び伸びと枝々を広げ、みずみずしさが心を安らかにし、潤いを与えてくれた。 草沼山の分岐に着き、右に行くと、9:50頂上に出た。 頂上で2人の記念写真を撮ってもらうと、「いい夫婦」と声がかかる。「え、」と言うと「標高が1122」。おもわず大笑い。ゆったりと休憩して、10:35今度は草沼山(奥つくばね山)に向かう。 分岐まで戻り、下ってすぐ66名の金沢の団体さんが登ってきた。「これでは頂上は一杯」とバッテングしなかったことを喜んだ。このあたりのブナ林も素晴らしく、こんなに巨木が残って居るのかと嬉しくなった。 11:10草沼山に到着。三角点があり高清水山や林道が見渡せたが先を急ぐ。ここを下り、林道に出て縄ヶ池に向かった。 縄ヶ池には盛りは過ぎているものの沢山の水芭蕉が咲き、清楚な姿を堪能することができた。池のほとりでコーヒを沸かし、静かな湖面を眺めながら止まった時間を楽しむ。「ああ、今日も幸せ」 12:30縄ヶ池を後にする。此処からも長い長い林道歩き、途中、夫婦滝の水の多さと美しさに見とれながら、13:30登山口の駐車場に到着した。 あとは桜ヶ池クワガーデンに立ち寄り、汗を流し帰宅した。 |
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2003年05月26日 14時03分39秒
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2003.5.10(土)晴れ 以前から気になっていた、高頭山と尖山に行って来た。 高岡を6:30出発して、熊野川ダムの湖畔を走り、播隆上人の生誕地である河内の登山口に着いたのが、7:30だった。以前は発電所の右横を登ることになっていたが、今はゲートで閉ざされ、駐車場前の川沿いの尾根を直登することになっていた。 7:50出発。高頭山と書かれた案内板を辿りながら高度を上げて行くと、導水菅が現われその横のコンクリートの階段を歩く。何時しか導水菅は終止し、導水菅を越え右側の水平道を行くと三枚滝の分岐に8:35到着した。ここからようやく山登りらしくなる。 登山道の両側には椿の木が自生し、満開の赤い花が静寂の山に彩りを添え、心が和んだ。 登りきると、切株の尾根に出て展望が開ける。しかし、犯罪と思えるほどの立山杉の残骸や、切り株が痛々しく、痛恨の思いがした。「この巨木が生きていたらどんな姿だったのだろう」と口惜しかった。 やがて平坦地になり、元測候小屋の場所で休もうと思っていたが見つけられず、登りに差し掛かりそのまま歩き続ける。新緑のブナの林が目にやさしく心まで豊にしてくれる。 いつしか残雪が残る1180mの前ピークに着く。駐車場に車が1台在ったので先客がいると思っていたが、雪の上に足跡がなく私たちだけのようだ。大きく左に進路を取り高頭山に向う。木には赤い布が吊るされ、判り易く頼もしい。三角点も雪の下で分らず、高いほうに登って行くと、高頭山頂上に10:05到着した。 頂上は広く刈られ、ブナが林立し地面は落ち葉がフワフワして非常に居心地が良い。「幸せやね」貸切の山頂で、おにぎりを食べ、Tは酒を飲む。寝そべって、空を見上げれば、芽吹いたばかりのブナの葉が透け綺麗だ。東笠山、西笠山、が見えるはずなのだが、木々に阻まれ全容は見えず、ちょっと残念。帰り支度をしていると、富山の御夫婦が着き、頂上を譲って10:50下山開始とする。 下山時途中にあと4組の6人と出会い、今の新緑の時期にしては少ないように感じた。 12:05登山口の駐車場に着き、今度は横江の尖山に向う。
![]() 尖山は余りにも簡単に登れる山なので、その為だけに時間を割くのが勿体無く、機会を逸していた山だった。今日は念願叶って初めて登るので楽しみだった。 13:10わだちの出来た砂利道をやっとの思いで運転し、狭い駐車場に車を停める。 13:20歩きだす。右に小川のせせらぎを見ながら、味気なく広い登山道を歩き、あとは大きなジグザグを何回か登ると、あっという間に13:50頂上に着いた。あまりにも呆気ない。しかし、展望の良さはピカイチ。鍬崎、大日、立山、鳥ヶ尾、鉢伏、水須山、今登った、高頭山など360度のパノラマが楽しめた。頂上には蝶が飛び交い、うぐいすが鳴き、暖かい日差しを楽しんでいるようで、穏やかだ。ここでコーヒーを沸かし、眺望を楽しみ14:15下山開始。 「これは山ではないね。」幅広く造った登山道は遊歩道。もっと自然林の中を歩くのかと思っていたが、がっかりしてしまった。14:40登山口に到着し、吉峰で風呂に入り帰宅の途についた。 |
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2003年05月12日 16時12分32秒
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2003.5.2(金)晴れ ゴールデンウィークを利用して、観光と温泉めぐりを取り混ぜて中国・山陰の山に出かける事にした。 1日の朝5時に高岡を出発し、敦賀まで高速で行き、その後R27からR9と日本海側を南下することにした。天の橋立、鳥取砂丘、皆生温泉と立ち寄り、松江城に着いた時はもう真っ暗だった。公園の照明で城郭を見学するが石垣や木々に風格があり立ち去り難く、出雲の大社の道の駅まで進む予定だっが、ここの駐車場で車中泊し、もう一度明るくなってから見学する事にした。 次の朝、山陰の城下町松江から出雲に移動し、出雲大社で拝礼し、三瓶山西の原登山口にある定めの松に着いたのが9:30だった。 青空に男三瓶と子三瓶が穏やかに並び、その裾野には広大な草原が若草色に広がり美しい。 9:50歩き出す。ススキの草原には沢山のわらびが生えびっくりする。そこを過ぎ急斜面を登るのだがジグザグに道が切ってあり、新緑のカラマツの中を気持ち良く歩く。背丈が10cm位の白いばらや、スミレが可愛い姿を見せ、心も和む。 標高900mあたりから日本海からの強風の為か木が育たず、ゴロゴロした石になり勾配が増すが、登り詰めると平坦な土付きの穏やかな道に変わり、頂上に向って緩くカーブを描きながら伸びていた。 11:15男三瓶頂上に到着、強風で非常に寒くフリースを着こむ。「良い山やね」と口々に共感し合う。30分休憩して今度は鉄塔の林立する女三瓶に向う。 下りだからと思っていたら、なかなかの足場の悪さで浜田中学校の団体に会い、身の置き所に困った。岩場もあり注意をしながら12:20頂上の女三瓶山に到着した。 ここから太平山方向に進み、火口にある室の内池に下った。グリーンシャワーの木々の中を歩き12:55池に着く。静寂の中にモスグリーンの湖面広げ、鏡のようにあたりを写していて、しばし時間を忘れた。しかしここから鞍部まで登り返しが待っている。真夏のような気温に汗が噴き出し非常に疲れながらも、13:20鞍部に登りきった。 ここからは扇谷を下るが呆気なく、14:00登山口に着いた。 温泉に入るか、足立美術館に行くか迷ったが、松江城のロスがたたり時間が無いので三瓶温泉に向った。鉄分が豊富なのか赤いお湯で湯量も多く大満足だった。 気持ち一新、有料と無料が入り混じる不思議な山陰道を走り、明日登る大山の麓の、下山キャンプ場に6:20到着した。結構賑わっていて、駐車スぺースが広く快適な車中泊が出来た。(駐車料金410円) |
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2003年05月06日 20時54分55秒
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中蒜山(1123.3m)上蒜山(1199.7m) |
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2003.5.3(土)晴れ 今日は2座登りたいので早起きした。下山キャンプ場のすぐ前から夏道が付いていて、5:30石段を登り出す。 さすが100名山だけあって整備が行き届き、丸太の階段に味気なさを感じるが、新緑が綺麗で爽快だった。 6合目に着くと北壁が目に飛び込み、岩稜が谷に落ち込んでダイナミックな景観だ。大山は崩壊が進んでいるのか、8合目までガレ場が続き、針金のネットで石を包み崩壊防止が施され、苦労が偲ばれた。 細い痩せ尾根を通過したら、木道が頂上まで伸びている。拍子抜けするほど呆気なく、7:20大山頂上に着いた。ここも風が非常に強く、寒い。しかし、360度の大展望が楽しめ、剣が峰や槍ヶ峰が目を引き、米子の町や日本海も望め、見晴らしが良い。 20分間休憩をして下山する事にした。頂上小屋でトイレを借りたら、中は綺麗に掃き清められ、床はひかり、むしろがきっちり折りたたまれ「大事に使われているな」と感心し気持ち良かった。 下っていると大勢の人が登って来て、「何時から登ったのか」と何度も聞かれた。高岡HCのA夫妻が今日登るので、何時会えるかと楽しみにしていたら、Aさんの声が聞え「Aさん」と声を掛けた。会話を交わし、健闘をたたえ合い、別れた。9:00登山口に到着し、着替えをして、今度は蒜山に向けて出発した。
![]() 米子高速を使い溝口ICから蒜山ICまで行き、ナビの誘導のもと塩釜の登山口に10:00到着した。蒜山高原はレジャー施設が多くあり、多くの人で賑わい華やいでいた。 準備をして、10:20中蒜山に登り出す。涼やかな林を抜け、沢を渡り、尾根を登るのだが、此処も中蒜山まで何合目と標識版があり励みになった。5合目の祠を過ぎたところで、その後の急登に備えて休憩を入れる。9合目まではかなりの急登でそこを抜けると。穏やかな道になりほっとした。11:50が中蒜山頂上に到着。 頂上には木々が無く見晴らしが良く広い。30人位の人がお弁当を食べくつろいでいた。目の前に上蒜山が存在感をアピールする。その間にはユートピアの鞍部があり、黄金に輝く笹原の中にゆったりと山道が続き綺麗だった。 休みもそこそこに意を決して12:00上蒜山に向けて下りだす。26度の気温と容赦ない太陽が照り付け、まるで夏。鞍部から、220mの登りが辛い。2ヶ所の急登をしのぎ1202mのピークに12:50着く。 8人ぐらいの人が休んでいて、ここから15分の所に1199.7mの上蒜山があると言う。薮の中10分で頂上の三角点に着いた。ここでランチタイムと言っても展望が無い。10分ほど休み1202mに引き返す。写真を撮り下山開始。 中蒜山には120mの登りで思ったほど辛くは無く、45分間で着いた。後は塩釜までの下りを根気よく下り15:15登山口に着いた。 楽しみだった毎秒300Lが湧き出る塩釜の冷泉を見物して、腹一杯冷泉を飲んで顔を洗い身体を冷やした。 今日の温泉は三朝温泉、ラジウム温泉ということだったが、お湯は無色透明。飲泉も飲んだがよく分からなかった。ゆっくりしようと思っていたが「花湯祭り」で花火大会があると聞き、通行止めになったら大変と温泉街を出ることにした。ここらか120kmある氷ノ山に少しでも近かづき、疲れたところで道の駅に入り車中泊する事にした。 21:30村岡ファーム道の駅に着き、ここで倉吉市のスーパーで買ったビールで乾杯し、就寝した。「ああ、疲れた。お休みなさい」 |
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2003年05月06日 20時45分44秒
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2003.5.4(日)晴れ 今日は最終日、村岡ファーム道の駅から、氷ノ山の登山口福定親水公園に向う。 7:00準備をして登りだす。布滝、くの字の滝、不動滝を眺めながら黙々登る。登山道は広く登りやすいが虫が多くまとわりついて難儀する。1時間25分で避難小屋のある氷ノ山越に着いた。福井の御夫婦に虫除けをかけてもらい、感謝する。少し休み頂上に向けて出発。 ブナの根が階段に成っているが、素晴らしい巨木のブナと握手し、氷ノ山の登りに差し掛かる。コシキ岩を過ぎるとジグザグの広い山道になり9:25頂上に着いた。あまり労を感じなかった。パンを食べ小休憩し、9:45東尾根を下山することにした。 今日は町主催の氷ノ山の山開きなのか、大勢の人々が列を作って登って来る。雪解けでぬかるみ、足場が悪く逃げようがなく時間がかかる。最後尾の人々は初心者のようで、苦労している。同情したくなる。「確かに910m標高差はキツイだろう。」私たちにしても、登りはこたえなかったが、下りは結構疲れた。漸く東尾根登山口に11:15 到着。 ほっとする間もなし、此処からが大変。太陽は輝き温度を上げ、非常に熱い。照り返しの舗装道路を4km歩かなければいけない。真昼の太陽は陰を創らず泣きたくなる。私たちと反対コースの登山者は登りになるのでもっと酷い。リュックを担いだ人々が四苦八苦する道のようだ。 11:50福定親水公園に到着したときは本当に嬉しく、安堵した。車に乗り込み、途中で冷たいコカ・コーラを飲んだら、生き返った様に、美味しかった。 下山後の楽しみは温泉、城崎温泉に入ることにした。城崎小学校のグランドが臨時駐車場になっていて車を停め、外湯めぐりのさとの湯に向う。温泉街は人の山。駅舎さとの湯の足湯にも人だかり。800円は高いが施設は綺麗で色とりどりのタイルが散りばめられ模様となり、アラビアのモスクにでも居る様な感じがした。2階が露天風呂で、ここも気持ち良かった。少し町を散策して、帰路についた。 宮津手前で渋滞に巻き込まれ、心配したが11:50無事帰宅出来た。走行距離1360kmだった。 |
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2003年05月06日 20時33分46秒
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