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2002.12.23(火)曇りのり晴れ
医王山の避難小屋でT氏恒例のクリスマス会を楽しんだ。参加者は15人で3台の車に分乗して粗谷の登山口に9:15に到着した。雪は思った以上に無く、おまけにトレースも付いていてカンジキはいらない。準備を済ませ9:30登り出した。
クリスマス会の期待感から、足取りも軽く快調に飛ばし、10:50国見ヒュッテに到着した。去年と同様、今日も眼下には散居村が広がり眺望も良く心も爽やか。写真など撮ってから少し戻って、今日の宴会場である避難小屋へ向かった。 11:05小屋に着く。小屋の中は四角い鉄製のストーブに蒔きが込められ、非常に暖かい。すでに男女1組が休んで居られ、私達15人が小屋に押し寄せて行ったので驚いた様子だった。 T氏を中心にテーブルを囲み、まずはビールで「メリークリスマス」。各自が持ち寄ったご馳走を広げ宴会の始まり。ワインや日本酒、焼酎、ビールと飲み交わし、笑み満面の顔と楽しい言葉のやりとりで場はすぐに盛り上がり、酔いも早い。いい気分になったところで、お汁粉で〆ッくくりお開きになった。 楽しい時間が過ぎ、ストーブの蒔きも燃え尽きた13:20居心地の良い避難小屋に別れを告げた。 来た道を下りながら、「来年は ○○へ行こう」「○○は良かった」と来年の山行を約束しつつ、14:15登山口に着き、今年も集えた喜びを胸に抱き、楽しい一日が過ぎていった。 |
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2003年12月24日 16時51分33秒
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2002.12.20(土)雪
朝起きたら昨夜からの降雪で、びっくりするほどの大雪だった。今日の天気は曇りのち雪であまり良くないらしい。武奈ヶ嶽以来、悪天候や、所用で山行が出来ず、今週は好天気を期待していたのに気が滅入る。9時ごろから青空がのぞき始め天気回復してきた。もうじっとしていられなくなり山行きを決定。大辻山か牛岳を考えていたので、出発時間が遅くなる事を考慮して牛岳に決めた。雪かきや準備に手間取り、庄川の登山口に着いたのが、11:10だった。 さすが山間部の雪量は多い。牛嶽ふるさと遊歩道と書かれた登山口には雪が積もり足跡はなく私達だけのようだ。少し先のカーブまで行き、やっと車のスぺースを確保して準備をした。平地では青空だったのにここでは雪が降っている。山々の輪郭を浮き上がらせ、木々の幹と枝々に積もる雪の光景は水墨画の世界でその美しさに息を呑んだ。 11:20雨具を着て歩き出す。登山口でスノーシュウを履き、いよいよラッセル開始。今日の楽しみは初めて履くスノーシュウ。快適に雪の上を歩けるだろうか、期待と不安でワクワクドキドキだ。カンジキより歩幅が大きく効率は良い。しかし、慣れない為か重く感じられ、持ち上げないで引きずるように心がけ登った。1ヶ月ぶりで足の筋肉が衰えているのか、本当に重いのか思考しながら先頭を歩くが、アキレス筋が痛くすぐ疲れ、甚だ情けない。Tが終始リードしてくれ今日は頼もしく感じられた。私は後を歩き快適この上ない。 林道の大きい案内板あたりから雪が猛烈に降り、雷光が走り雷鳴が轟きだした。「杉に落ちたらどうしよう」と心細くなり、戦意喪失する。「何処までいけるかな?」「ベンチまでは行こうね」「こんなに雪が深いから行けない」「ではヒュッテまで行って小屋で休もうか」お互いに了解して登り続けた。深い所では110cm位の雪が積もり、ヒュッテまで遠く感じた。ヒュッテが見え、杉の大木が通せんぼして倒れている。この大木が小屋を直撃しなくて良かったと心から思った。
12:35ヒュッテに到着。雨戸が1枚外れていて外の光が窓から入り少しは明るい。入り口の戸はなく非常に寒いが、天井があり囲いがある空間は、天国にいるみたいに幸せだった。炎を見ていると暖かくなるかと思い、杉葉を燃してみるがすぐに消えてしまい、灰が立つだけ。仕方なく諦めてガスストーブで湯を沸かし、カップ麺を食べ身体と悴んだ手を温めた。しかし、じっとしているとすぐに凍えて来て、暫く休み、13:30小屋に別れを告げた。 真っ白な深雪の山中を、今日は私達だけと大いに満足しはしゃぎ、二人で付けた雪道をなぞり、14:10登山口に戻った。 スノーシュウ体験初日は、まだ慣れないせいか思ったよりはきつく、会心の笑みとはいかなかったが、追々履き慣らそうと二人で誓い合った。 |
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2003年12月22日 09時46分57秒
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2003.11.24(月)雨
当てにしていた、公共施設の駐車場が工事中で使えず、北山通りにある住宅会社の客用の駐車場を借り車中泊させてもらった。 朝6:30駐車場を後にする。今日の日程は延暦寺参拝と武奈ヶ岳だ。 コンビニで買い物をし、比叡ドライブウェイーで延暦寺に向かう。途中の山中にコンビニがありその大駐車場で朝食を済ませ、8:10延暦寺に着いた。根本中堂に行くとまだ開戸されていなく、20分ほど待って中に入れてもらった。「国寶とは一隅を照らす人」と伝教大師の教えをありがたく聞き、私も自分の納まり所で努力し精進しなければと、素直に受け止めた。比叡ドライブウェイーの料金が2350円と高額なのが気になったが、お説教代と思い、一路 武奈ヶ岳登山口である葛川坊村町の明王院に車を走らせた。雨が酷くなり、気持ちも落ち込む。「朝方まで星が出ていたのに」と愚痴がでるが、坊村の市民センターの駐車場に着き10:10歩き出す。
明王院の朱塗りの橋を渡りお寺の奥に「御殿山から武奈」と書かれた案内板があり10:20傘をさしながら登り始めた。植林された杉林を抜け、広葉樹の落ち葉を踏みしめ急登を黙々登り、御殿山には1時間半で着いた。
西南稜の楽しみはここからの景色なのに何も見えない。非常に寒くじっとしているとガタガタ震え長居は出来ない。12:00雨具を着て御殿山からワサビ峠に下る。70m登り返して、その後は稜線歩き。晴れていれば笹の草原で見晴らしが良く、琵琶湖も見えるはずの素敵なところ。なのに今日は雨風が身体の体温を奪う。修行僧になったつもりで頂上を目指し12:35目的は達成された。頂上には三角点とお地蔵様が並んでおられ、一礼し、写真をとってすぐに下山することにした。 ワサビ峠に戻りランチタイムを取り、14:35登山口の明王院に戻った。 武奈ヶ岳は御殿山まで標高差800mの急登で、あとは笹原のアップダウンの稜線歩きと2つの楽しさがあり、御殿山までの山道は落葉樹の木々が落ち葉を積もらせ、Tは「良い山だ。良い山だ。また来ようと」としきりに言っていた。 帰りは朽木村のてんくうの湯(600−)で身体を温め、敦賀ICから高速に乗り20時無事に自宅に着いた。 今回の旅は、金剛山 武奈ヶ岳ともお天気に恵まれず印象は薄かったが、多くの仏像に接し、人の幸せと平和を願い、無心に仏を彫った先人の魂が私の心に大きく響き、無欲の中にこそ、心を揺り動かす大きな力があるのだと改めて思い知った。「謙虚でなければあんなにいいお顔にはならないだろう。」と人間の偉大さと素晴らしさを肌で感じ、いい旅が出来たと喜んでいる。 |
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2003年11月27日 09時25分39秒
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2003.11.23(日)晴れ
晴れの予報の3連休を利用して、京都の広隆寺、奈良の中宮寺、お二人の思惟半跏弥勒菩薩にお会いしたいと思い、金剛山、武奈ヶ岳、登山を取り入れ、出掛けて来た。 22日 5時自宅を出発する。八日市ICを下り国道25号を通り奈良に入り、室生寺、薬師寺、唐招提寺、中宮寺(弥勒菩さまの清純な優美なお顔と微かな微笑みに大感動)、法隆寺と巡り、當麻町に在る道の駅ふたかみパークで車中泊した。。
23日 御所市高天の高天彦神社前の駐車場に着き、準備をして6:50登り出す。金剛山は大阪側からの千早本道を登るのが一般的だが、私達は奈良側の郵便道を登る。神社前の舗装した山道を15分程行くと滝があり、その前の橋を渡ると山道になった。丸太とゴロ石で出来た幅広い階段で標高にして150mほど続いていた。「かえって歩き難い」と文句を言いながら湧出岳を巻きながら進み、再び現れる階段を登りつめると、8:20水越峠分岐に着いた。ここからは緩やかで、一ノ鳥居、仁王杉と写真を撮りながら行くと8:35葛木神社に到着した。
二人の男性が居られ、「神社の後ろが最高地点だ」と話している。私達も神社の横に廻り「進入禁止」のロープを跨ぎ中に入った。最高地点には何もなく、踏み跡だけが残っていた。ガスが湧き急に寒くなり、葛木神社境内で少し休み、8:45下山する事にした。 下山途中10組くらいの登山者に会い、挨拶を交わしながら下り、9:50高天彦神社駐車場着いた。下界は良い天気で青空だった。 ここから京都の広隆寺に移動する。京都の紅葉を見ようと全国から観光客が押し寄せ、道路は大渋滞。結局広隆寺に着いたのは15時で何処にも寄らず5時間も費やしてしまった。修理を終えた国宝の桂院本堂(八角円堂)を目の当たりにして、研ぎ澄まされた清雅な美しさに息を呑み、時間が静止した。「美しい」「美しすぎる」と感動し動揺する。 いよいよ霊宝殿に入り、まずは弥勒菩薩さまに会いに行く。抑えた薄暗い光の中に半跏思惟弥勒菩薩が座られ、静かに「どうしたら私達人間を救えるのか」と考えていらっしゃる。崇高なお顔を拝み、ひたひたと感動が湧き、「ありがとう、あなたに会えて幸せです」・・・・と合掌した。弥勒菩薩さまの向かいには千手観音立像、不空絹索観音立像が立ち、あまりの見事さと美しさにノックダウン。予想以上の素晴らしい多くの仏像の中で至福の時を過ごし、立ち去りがたく目に焼き付けるようグルグル霊宝殿を廻り、感動の渦の中で泳いで喘いだ。興奮冷め遣らず広隆寺を後にする。 もう1つの楽しみはNew京都駅の見物だ。市街中も大混乱で駅まで1時間半もかかりやっとのおもいで京都駅裏に駐車場を見つけ、南北自由通路を通り伊勢丹の11階レストラン街へ行き、京都駅を見下ろす。 「凄い」天空の城みたい。伊勢丹の中がくり抜かれステージになり、野外コンサートホールになっている。人がひしめき合い、照明がそれを浮かび上がらせ、それもデザインの内に含まれ「なんと素晴らしい。素敵な建築物だ」と感嘆する。本当に来て良かったと得をしたような満足感で一杯だった。 |
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2003年11月27日 09時19分41秒
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2003.11.15(土)曇りと時々晴れ
以前から登りたいと思っていた、赤兎山と大長山(おおちょうやま)に行ってきた。大長山、赤兎山は銚子ヶ峰から三ノ峰、別山、白山、と白山連峰を一望出来る山で、福井では人気の山だ。そして紅葉の終わったこの頃が人出も少ないと考え、出掛けることにした。 4:30自宅を出発。白峰からR157で勝山市の小原に入り、そこの林道を終点まで行くと6:50登山口に着いた。(R157からは11km弱で途中から未舗装になっているが悪路ではない) 広くて50台位入る駐車場には誰もいなく、初冬の山中は風がゴウゴウ泣き、気味悪く、余りの寂しさと寒さで士気も上がらず、車の中でおにぎりを頬張りグズグズしていた。 駐車場から100m程歩くと右に登山口があり、7:15登り出す。緩やかな山道で、冬枯れの木々の中を落葉踏みしめ、小沢を3つ渡り、7:50小原峠に着いた。
右に行けば赤兎山、左に行けば大長山だ。まずはアップダウンのある大長山に向かう。風が強く非常に冷たい。この風がいつ雪を連れて来てもおかしくないと感じながら、5つのピークを越え、ぬかるみの笹原を行くと9:00大長山に着いた。
雲が掛かり山々の頂上は見えない。風を除け一休みしていると、雲が流れ白山連山が見えてくる。「今がシャッターチャンス」と懸命に写真を撮る。「うれしい。やっぱり姿を見せてくれたね」と興奮。七倉山、大汝、御前峰、別山、三ノ峰、銚子ヶ峰と、大スクリーンに山々が並び、大きな喜びが込上げる。「あれが釈迦新道、観光新道、砂防新道、チブリ尾根、鳩ヶ湯新道はえ〜と?」と今まで登った登山道を俯瞰して、楽しんだ。 9:20頂上を後にして赤兎山に向かう。小原峠まで6組の登山者にお会いし、「結構大長山にも足を延ばす人がいるのだ」と認識した。1時間で小原峠に着き、少し下った所にある峠の石仏にお参りし、標柱の所で休んでいるとどんどん人が登ってくる。 9:25赤兎山に登りだす。ブナの根を階段状にした急登だが、高度を稼げるためあっという間に大舟山の分岐に着き、あとはゆるい登りで9:55頂上に着いた。
今登ってきた大長山が穏やかな姿を見せてくれ辿った道を目で追う。荒島岳や経ヶ岳もよく見える。しかし、白山連山は雲の中に収まりもう見えなくなっていた。風も冷たいので避難小屋に下ることにした。広い草原の笹原に赤い小屋が建ち、木道が伸びてメルへンチックな風景に心が和む。地塘を見ながら15分間で小屋に着いた。広くて、明るく、清潔な空間に身を置き、寒風を遮断してくれる小屋に感謝しながら、先着3名の中でランチタイムを取った。
山談議と休憩をして12:00下山開始する。また赤兎山頂上に登り返し、あとは下りだけ。13:00登山口に戻った。 大長山はアップダウンがあり、登り甲斐があって白山が真近い。赤兎山は簡単に登れて、地塘を配した穏やかな広々とした草原が女性好みの山だった。2つの山に登れて今日も心満ち足りた一日だった。 帰りは取立山の登山口がある東山いこいの森に寄り、登山口を確認し、大門温泉で汗を流し、18:00帰宅した。 |
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2003年11月17日 13時29分36秒
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2003.11.8(土)曇り
Tが仕事疲れから肩が痛いと言うので、温泉にでも浸かって和らげようと考え、高速の滑川ICから朝日ICまで料金が半額なので、宇奈月温泉の宇奈月ダム奥にある、“とちの湯”が紅葉の見頃かと出掛けることにした。ただ行くのも勿体無いので、南保富士に登ることにした。 三峯グリ−ンランドの駐車場に着いたのが、8:45。富山からのご夫婦が準備をしておられ、私達は2番目だった。準備を済ませ、私達が先行し8:55登り出す。 登山口は駐車場の前、広場横に大きな案内板があり、真新しい公衆トイレの前を通り「中部北陸自然歩道」と書かれた道を辿ると林道に合流し、15分程歩くと七重滝の分岐に着いた。指示に従い直進し、すぐ(30m位)左側に“南保富士“と書かれた標板があり、山道に入った。 緩やかな雑木林を暫く行くと急登になりジグザグに登り、後は尾根を巻くように道が付けられていた。岩の地肌に落ち葉が積もり、滑りやすく足元に力をいれ注意をする。一度は緩やかになり、また頂上への登りはきつくなるが、10:00頂上に着いた。
真っ白なガスで何も見えない、赤い前掛けをしたお地蔵さんが迎えてくださった。山名柱と「連続48ヶ月登頂2000.7〜2003.6」と書かれた小石が奉納され、お地蔵さんの横にチョコンと置いてあった。「冬のラッセルは大変だ」と二人は感心しあった。 10分間休み下山することにした。途中10人位のグループが登ってこらてれ、先頭の人に挨拶する。何処かで会った顔?“この優しい顔は、栂海新道下山時の林道で車に乗せて下さった黒檜(ネズコ)の会の人だ”と思い浮かべ「ネズコの方ですか?」と声と掛ると、びっくりして「そうです」とお互いに目を合わせた。あの日の感動が蘇り、「また会えてうれしいです」と胸が高鳴り、ご縁があったと大変喜んだ。男性が「HPを見ています」といって下さり、お礼を言って別れた。 11:00 三峯駐車場に到着。南保富士は日没が早くなるこの時期、短時間でゆっくり楽しみながら登れるいい山だと思った。私達は望めなかったが、頂上からの展望は素晴らしいと書いてあり、機会があればまた出掛けたいと思った。 12:00に宇奈月温泉とちの湯(500円)に到着して、2回温泉に入り、ゆっくり身体を休めリフレッシュして帰宅した。 |
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2003年11月09日 15時45分08秒
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2003.11.3(月)晴れのち曇り 廻り目平キャンプ場には早朝5:00に入場した。ゲートは無人で、駐車券を取れば開くようになっていた。金峰山荘の横を進むと、平らなスペースが空いていてそこに車を止め、施設の様子を見て廻り、明かるくなるのを待った。朝食を食べ準備をして6:50林道を歩き出す。 金峰山は最初の計画では大弛峠まで車で行き、金峰山までの稜線歩きと、甲武信ヶ岳側にある国師ヶ岳に登りたいと思っていた。しかしガイドには悪路と書いてあり、川上村の役場に問い合わせると、「車の腹が擦り、お勧めできません」と言われ、仕方なく国師ヶ岳は諦め、金峰山だけにした。(山梨側の牧丘からは全面舗装がしてあるそうだ。) 林道歩きは快適で、西股沢の清流を眺めたり、小川山のギザギザの岩峰に驚いたり、特異な岩峰、岩柱の山々にカメラを向けたりと飽きない面白さだった。50分程歩くと林道にはロープが張られ、左の堰堤を渡るように案内してあった。心地よい、ふかふかの登山道を行くと中ノ沢の河原に出て仮設橋を渡り、少し行くと右斜面に登山道があり、8:00登りだす。 カラマツの落ち葉が山一面に降り注ぎ、黄金の絨毯を歩いているようで、リッチな気分になり、「贅沢だ、贅沢だ」と胸がときめいた。中間地点でボッカの若者に会い、楽しく歓談し、30Kgの荷物を担ぐと聞いてびっくり。別れを告げ、暫く行くと見慣れた後姿の二人ずれ。「Hさん〜。」お互いにびっくり。我がHCの10組の皆さんが奥秩父の三山を登っていることは知っていたが、まさか今日ここで会うとは思ってもいず、非常に嬉しく、懐かしかった。先行しているメンバーを驚かそうと、静かに近づき大きな声で「高岡ハイキングクラブの皆さん」と呼びかけたら、一斉に後を振り向いて皆がビックリした。「金峰小屋で待っています。」と挨拶し、追い越した。
9:30小屋に到着。小屋のまえのベンチに座り、暖かいコーヒを飲み栄養補給をしながら、皆を待った。小屋から頂上までは20分と書かれた案内板があり、参考になった。小屋がちょうど森林限界で見晴らしが良い。瑞牆山が特徴ある岩峰を空に向け、奇怪な姿を見せて綺麗だ。皆が到着し、三日間の健闘を称え、エールの交換を済ませ、私達は一足先に頂上をめざした。 頂上の右横には五丈岩が見え、ワクワクする。まずは金峰山の頂上に登る。10:05頂上に到着したが、ガスで展望がきかず、がっかり。山名板の前で写真を撮り、五丈岩に下りた。
赤い鳥居の後にドーンと五丈岩が立っている。「なんでこんな大岩が上手に組めるの。」天狗の仕業か?はたまた宇宙人か?「不思議。」登ってみたくなり、少し登ったが、Tが「待っていると寒いから下りて来い」と怒り出し、あえなく退却した。10:25下山する。 登り返しもないので順調に下り12:35金峰山荘の駐車場に到着した。すでに登った甲武信ヶ岳、瑞牆山、そして取り残していた金峰山と奥秩父の山を登り終えた事と、この三日間の山旅に終演の幕を引き、心から満たされた。 帰り支度をしてキャンプ場を出ようと駐車券をゲートの機械に差し込むが、戻って来て、出られない。金峰山荘の受け付けに行き、精算して貰うと朝7:00前に入場したら前の日の分と2日分の料金だと言われた。何か腑に落ちない、損をしたような気がした。 帰りは大泉村のいずみ温泉センター(800円)で汗を流し、長坂ICから松本ICまで高速に乗り、平湯経由で20時帰宅した。 |
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2003年11月06日 22時15分46秒
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2003.11.2(日)晴れ ■ 荒船山は荒波を航海する船を思わせる山容の山で、その船上に是非立ってみたいと思いやって来た。 内山キャンプ場からの荒船山は船首が望める位置にあり、楽しみにしていたのだが、朝霧が立ちこめ何も見えない。がっくりしながら、諦めて登山口の内山峠に移動した。
峠の駐車場にはもう7台位車が止まっている。今日は二座登るので6:30から出発と考えていたが、結局出遅れてしまい7:15の登山出発となった。 登山道は駐車場の奥にあり、大きい案内板が立っていて、下りぎみに道が伸びていた。気持ちのよい整備された山道を、落ち葉を踏みしめながらアップダウンを繰り返し登ると一杯水があった。橋を渡り、岩場を登ると、笹で覆われたトモ岩の上にでる。ガスが晴れ、澄み切った青空が胸をワクワクさせ、心が躍った。 浅間山が葉を落とした木々の間から威容を見せ、「綺麗」と叫びシャッターを切った。避難小屋があり、その少し先に展望台があった。展望台は遮るものはなにも無く、大きな山容の浅間山と、奇岩怪石の妙義山が目を引く。トモ岩の断崖がスコーンと切れ落ち、吸い込まれるような気がして崖には近づけず怖かった。余りの眺望の良さに立ち去りがたいが、時間も無いので最高地点の行塚山に向かう。 溶岩台地の船上を気持ちよく歩き、「どうしてこんなに高い所に広い広い平坦地が出来たのだろう」と自然の偶然に驚愕した。
9:00行塚山に着く。ここからはロウソク岩が目を引き、その後には八ヶ岳の山並みが青空に映え感激した。昨日登った天狗岳を目で追い、5分間だけ休み、下山する。 笹と冬枯れの木々と青空と日光、真直ぐ続く平坦な道。快い秋の陽だまりが、今の時期最高の山だと大変気に入った。絶え間なく次から次に登山者が登って来て人気の高さも伺え、お勧めの山だった。 10:20内山峠の駐車場に戻り、時間節約のため登山靴を履いたまま、43km離れた御座山登山口の南相木村栗生に向け車を走らせた。 ■到着時間が心配だったが、11:45には登山口に着いた。 御座山(おぐらやま)は「佐久の幽巒」と呼ばれた秀峰で西上州から佐久にかけての最高峰の山と記され、神が鎮座する所を意味するのだそうだ。神が鎮座する岩とはどんなところか興味が湧き、登ってみたかった。駐車場には栃木の単独男性がやはり今から登るというのでちょっと心強く、嬉しかった。 11:50歩き始める。整備された登山道を緩やかに登りながら目を空にやれば、コバルト色の空とカラマツの金色のコントラストが稜線でせめぎあい非常に美しい。段々山道は急登になり、30分程歩くと不動の滝に着いた。落差と水量が無く、「これが滝か」とちょっと期待はずれだった。
登山道は急斜面をジグザグに切ってあり、厚く積もった腐葉土がスポンジのようで歩き易く心地が良い。鎖場がありそこを過ぎると、祠のあるピークに飛び出た。「なんだもう頂上か」と思ったら、向かいに白い岩肌をさらけ出した大岩峰が見え、その岩頭には人が立っていた。「やっぱりね。これじゃなかった」と鞍部に下り、もう一頑張りし、13:40御座山頂上に着いた。
頂上には祠が祭られ、神妙にお参りした後は、360度の大パノラマを楽しんだ。奥秩父の山々、八ヶ岳、浅間山が大きく見え、明日登る金峰山も眺めた。 神の御座所で私達も座らせてもらい、お腹を満たし秋の日差しをからだ一杯に受け、心から安らいだ。 14:10下山開始。腐葉土のふわふわの感触を慈しみながら、ひたすら下り15:05登山口に到着した。 欲張り過ぎた二座登頂だったが、やり遂げた充実感は大きく喜びが込上げてきて、二人は握手した。そして、好天に恵まれ忘れえぬ爽快な眺望が目に焼き付き、いつまでもいつまでも幸せな一日だった。 御座山を後にして、南相木村の滝見の湯(超お勧め350円)に入り、ここで食事をし、明日登る金峰山登山口の廻り目平キャンプ場にむかった。 |
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2003年11月06日 10時06分35秒
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2003.11.1(土)晴れ一時曇り 連休を利用して、北八ヶ岳の天狗岳を中心に、荒船山、御座山、金峰山に登ってきた。 4:00家を出発して、諏訪ICで下り茅野から麦草峠に着いたのが8:45だった。広い無料駐車場には10台位の車があり、準備をして9:00歩き始める。 麦草ヒュッテの前は、笹で覆われた広大な草原が広がり、心まで伸びやかに開放してくれ、登る喜びが湧いてきた。斜面の登山道を行くとすぐに樹林帯に入り、針葉樹と苔が織り成す森は重厚な威厳を放ち、異世界に迷い込んだ趣だった。丸山は地図上では緩い登りと考えていたが、かなりの急登で存在をアピールした。丸山の頂上には祠があり、安全祈願をし、高見石小屋に下った。
10:00高見石小屋に到着。小屋の前では冬用の薪割りの真っ最中で、白銀の季節の到来を強く意識した。視線が小屋の奥に行く。高見岩だ。「どうしてここにだけ、大岩が積み重なったのか」と自然の創造に驚かされた。岩の上から白駒池が青い湖水を湛えて、緑の森にぽっかりと大きく沈み美しい。展望を楽しんで小屋に戻り、テラスの椅子でゆっくり休む。ここではまだ時間の余裕があった。 鬱蒼とした森が明るくなり、白い幹だけの立ち枯れが目立つようになり、11:15中山頂上に着いた。少し行くと展望が開け、ここで初めて天狗岳が姿を現した。天狗の鼻を思わせる東天狗、丸みをおびた西天狗、ダイナミックな風景にうっとり。「でも遠いな」気は速やるが、また峠まで下らなければいけない。11:35中山峠に着き休憩をとった。非常に寒く、手や耳が痛い。熱いコーヒーを飲むとホットした。しかし、ここから登りだけだと思うと「確実に頂上に近づける」と気が楽になった。
秋冷の中、黙々と岩の登山道を登りつめ、荒々しい岩峰が目の前に立ちはだかり、12:35東天狗の頂上に立つことが出来た。「やった。」と喜んでいると、硫黄岳方面にガスが掛かりはじめ、見る見るうちに山々は見えなくなりがっかりする。岩陰でランチタイムにしたが、標高の高い西天狗のことが気に掛かり、ゆっくりも出来ない。そそくさと赤天狗(岩が赤く見えるから)に別れを告げ、青天狗(ハイマツで囲まれている)に向かう。西天狗頂上には三角点があるだけで、山名標柱もなかった。写真を撮ってすぐに下る。 下山コースは天狗の奥庭を通り、黒百合ヒュッテに下りる。ゴロゴロの岩場で足場が悪く、非常に疲れた。時間に余裕があれば一番楽しみにしていた場所だったが、スリバチ池もひえ上り水も無く、何処が池だか分からずじまいで猛スピードで駆け下りた。
14:15黒百合ヒュッテに到着。よく雑誌で紹介される黒百合ヒュッテも見てみたく、楽しみにしていた1つだった。「黒百合」と彫られた看板が味わい深く、小屋の前で写真を撮った。ベンチに座り地図を出して確認すると、距離にしてまだ半分しか来ていない。17時には暗くなるだろうと思うと身が引き締まり、緊張が走った。10分間だけ休み、ニュウに向かう。
中山峠から中山に戻るように行くと右にニュウの分岐があった。登山道は歩き易く、原生林の中をひたすら歩いた。15:15ニュウの岩突起が見え頂上に、駆け上がり眺望を楽しんだ。ニュウと言う山名がかわいく、気になってどんな所なのか期待していたが、三角点がある岩場のピークだった。「天狗岳があんなに遠くに見える。」と人間の足の速さに我ながら驚いた。反対側は白駒池、茶臼山が見え展望はよかったが、ゆっくりする時間はもう残されていない。。 最短コースで白駒池に下りようとしたが、見落としたのか登山道が分からず、結局稲子湯分岐まで行く羽目になてしまい心は焦った。16:00白駒池が光を湖水に反射させ、神秘的な水色で輝き私達を迎えてくれ、心が和んだ。遊歩道をひたすら走るように歩き、16:45麦草峠に着いた時は疲れ果てて、バテバテだった。 朝9時という遅い出発と、日没が早いこの時期では距離15km、累計標高950mはハードな山行だった。しかし、両天狗岳に登れた喜びがジワジワと染み出し、「本当に良く廻れた」と心から健闘を称え合い、「もう少し遅れたら大変だったね」と暗闇迫る山中を、暖かい車の中から眺め、次の目的地に向かった。 あすは荒船山と御座山に登る。荒船山登山口の内山峠がある佐久市に向かい、途中内山鉱泉(350円)で汗を流し、芯から冷えた身体を温め、内山峠を素通りし、内山キャンプ場内にある市営‘山荘あらふね‘の駐車場に行き、ここで車中泊した。 |
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2003年11月05日 16時40分25秒
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2003.10.26(日)曇りのち晴れ 会山行の鏡平にMだけ参加した。去年の夏、鷲羽 水晶岳に登る時、小池新道を通り鏡池に写る槍ヶ岳を写真に収めたが、無性に雪を付けた槍が見たくなり、「池に写ったらさぞ美しいだろう」と、行きたい欲求が大きく高まった。 高岡Pを5:30出発し砺波Pに寄り、参加者9名は2台の車に乗り分け、新穂高温泉左俣ゲートに7:50到着した。
リーダーA氏が「12:00タイムリミット。最終下山タイム16:00」と告げられ、8:10林道を歩きだす。このあたりの紅葉が素晴らしく、正面奥には青空に映えた奥丸山も美しく、足取りも軽く、50分間でワサビ平小屋に到着した。 小屋はもう閉ざされ、物々しい補強材と外壁に塗られた防水剤が、不快な匂いを漂わせ、頑固なまでに人を拒み長い冬に備えていた。小屋前のベンチに座り小休止していると二人組の男性が追い越していった。楽しみだった小屋前を流れる小川の水を飲んだが、猛暑の時に飲んだ、あの感激はなかった。 9:10小屋を発つ。林道を歩き続けると橋に着いた。去年は崖崩れのため橋を渡り対岸を歩いたが、今はもう復旧工事が終わり従来の登山道が出来ていて、木の橋を渡り岩石のガレ場を登り始めた。順調に高度を稼ぐが、空一面に雲が掛かり、お天気は期待出来そうにない。A氏が「ガスが掛かれば槍も見えないから止めましょう」とつれないお言葉。「でも、皆さん鏡池はみたいでしょう」と牽制球。1700mあたりから雪が見られ、思った以上に積もっているので驚いた。秩父沢の仮設橋も外され、飛び石を渡り、何度か休憩を取り11:40鏡平に到着した。
鏡平小屋も冬支度をしてひっそりと建っていた。前の広いテラスにも雪が積もり、もう冬景色だ。寒さ除けに小屋のひさしを借りてランチタイムにするが、手が悴み痛くなった。食べ終わり小屋の前で写真を撮っていると、「槍が見えてきた。」と誰かが叫ぶ。振り向くと神々しく槍の山頂が浮き上がっている。これは大変だと鏡池に向かって走った。雲が切れ始め青空に槍ヶ岳、大喰岳、がのぞく。歓声が上がり、各自のカメラでシヤッターチャンスを狙う。「綺麗やね」「見られるとは思わなかった」と興奮しながらみんなで喜びあった。素晴らしい光景を目に焼き付け、12:40下山開始とした。
雪を踏みしめながら初冬を感じ、落ち葉を踏みしめながら晩秋を想い、華やかな山の紅葉に深秋を楽しみ、季節の移ろいを標高差1200mで体感し、心から満ち足り幸せだった。途中ワサビ平小屋でティータイム。お天気も回復し青空のもとで熱いコーヒーと紅茶で疲れを癒す。T氏のウクレレとハーモニカの生演奏で益々盛り上がり、ひっそりとした寂しい山中に賑わいが戻り、厳冬に耐える小屋への餞とした。 15:30ゲートに戻り、帰り支度をしながら、夏の喧騒が嘘のような小池新道の静寂を思い出し、出会ったのは3名だけだったと、趣ある初冬の山行に、大満足した。 帰りは暖かい温泉に身を浸し、疲れと汗を流し、八尾のY山荘に立ち寄りコーヒーをご馳走になり、19:40高岡Pに帰った。 |
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2003年10月28日 10時15分36秒
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2003.10.19(日)晴れ<>
以前から白山釈迦岳に登りたいと思っていたら、高岡HCの10月号会報にS氏リーダーで山行案内が出ていたので参加することにした。 今日のコースは釈迦新道を登って七倉山へ、そして室堂を経由して別当出合に下る18km累計標高2000mの長丁場だ。参加者は11名で健脚揃い。 4:00高岡Pを出発し、2台の車で高速を利用して、市ノ瀬(950地点)の釈迦新道ゲートに到着したのが5:50だった。帰りを考慮して、一台の車を別当出合に配車し、その間ゆっくりと準備をして、6:15全員揃ったところで林道を歩きだした。 舗装はしてないがしっかりとした車道で、爽快な朝の空気を胸一杯吸い込みながら、思い思い足取りも軽く自由に歩く。トンネルを抜け、橋を渡り暫く行くと左側に釈迦新道登山口があった。 ここからが山道。気合を入れて7:05、A氏を先頭に歩きだす。単独の若者も同行して順調に高度を稼ぐ。ブナ林の落ち葉をザクザク踏んで秋を感じたり、水飲み場で喉を潤したりしながら、よく踏まれた山道を登る。時計を見てびっくり。なんと一時間で標高差500mの速さ「ちょっとペース速くない。」ペースは落ちる事無く2020mの釈迦岳前峰には登山口から2時間で着いた。 ![]() ここからの眺めは素晴らしく、限りなく澄んだ大気の中、青空をバックに正面には大汝山、御前峰が二つ立ち並びその前には垂直に崩れ落ちた崖がガップリ口を開け、広大な深い谷を削っている。左に目をやれば、四塚山と七倉山が重なり、すぐ横には釈迦岳。うっとりしながら、白山の山域の広さを痛感した。 前峰から、少し下り釈迦岳に向かう。希望者だけ(7人)頂上に立つことになり、9:20白山釈迦岳に着いた。笹で覆われ、三角点と標柱があり、長年の念願が叶い嬉しかった。(名前のイメージから、もっと人が登っていると思ったが、楚々として寂しいところだった) 若者と別れ、また登山道に戻り先を急ぐ。大きく下るため先行隊との距離が出来たが、日当たりの良い所で待っていてくれ隊列が戻った。この先からは急登。喘ぎながら登ったが、北側の日陰斜面では新雪が見られ、今年初の雪に心がときめき癒された。疲れとシャリバテで列が乱れ始め、各自のペースで登る。私は我慢が出来ず、もちを頬張り登り続けると11:10七倉の辻に辿り着いた。 先着の5人が休んでいて、Hさんが「七倉山に行く」と聞く。「もちろん」と答え、リュックを置き4人で登る。緩やかな登りで頂上には何もなかった。しかし、眺望は最高。剣岳から槍、穂高まで名峰がずらりと並び、下に目を移せば、鶯平や間名古の頭やその登山道が眺められ、悦に浸った。
七倉の辻に戻り、ランチタイム。快晴の青空と優しい陽の暖かさ、大自然の空間に身を置き、風景と色彩を楽しむ。11人だけのパラダイス。「こんな素敵な所が有るの。ああ、贅沢な幸せだ。」 室堂までは気が抜けないと11:45ここを発つ。御手水鉢まで下り、大汝山分岐まで登りが続く。後を振り向くと火の御子峰が不毛の赤い山肌をさらし、ひときは目を引いた。大汝山を巻き(1人登頂)、御前峰の御宝庫を望みながら分岐で休憩し、皆が揃うのを待った。元気4人組は剣ヶ峰を目指す。私達はパスし、13:15室堂に到着した。
さすがここまで来ると登山者が多い。風を避けるためビジターセンター前に回り、休憩をとる。テラスと階段では沢山の人が暖を取り、ランチを楽しんでいた。センターは厳冬に耐えるよう、窓や戸は厚板で覆われ、硬く閉ざされており、「山はもう冬なのだ」と思い知った。剣ヶ峰登頂隊が帰って来て14:15室堂を後にする。 黒ボコ岩で後続者を待ち休んでいると、ガスが出始め灰色の世界になり寒くなった。延命水を飲み、石畳の階段を下り(途中工事をしていたが通行可能だった)、甚之助小屋で休みを取り皆が揃うのを待つが、寒くなりここからは一気に駆け下り、16:15別当出合に着いた。 別当出合はシーズンも終わり、寂しく暗く陰鬱な面持ちだった。皆が揃ったところでS氏とA氏に車の回収をして貰い、帰りは白山総湯で汗を流し19:50無事高岡Pに帰りついた。 今回の山行は長時間行動の覚悟はしていたが、思った以上に速く回られ、白山を充分堪能できた。今年はチブリ尾根から別山へ、釈迦新道から七倉山へと違った角度から白山を眺められたことが大きな喜びになった。 |
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2003年10月21日 12時44分28秒
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2003.10.11(土)晴れ とびっきりの風景と紅葉を見たいと思い、M単独で焼岳に登って来た。前回は中ノ湯コースから登ったので、次回は中尾温泉側から是非登りたいと思っていたコースだ。5:00家を出て7:10焼岳の登山口駐車場に着く。 中尾温泉駐車場は工事事務所敷地内に在って、緑のフェンスで囲まれ12台位止められるが満車になっていた。林道ゲート手前にも車が並び、運良くスペースがあったのでここに車を止めた。 7:25歩きだす。舗装した林道を少し行くと正面に焼岳の岩峰が望めワクワクする。“登山心得”なる大きな案内板が左に立っているので「なるほど」と目を走らせる。前方に父子が歩いているので後を追いながら、右に沢を渡ると言う登山道を探す。とうとう見つからず林道は終点になり、7:55焼岳登山口に着いた。
林道の左側に山道があり、順調に登り進めると右岸に、紅葉した樹木の中に白水ノ滝が白く飛沫を落下させ、美しい姿を見せてくれる。登山道は整備され森の中にはブナやコケツガの巨木が点在し目を見張り、ここでも感動した。鍋助横手で二人ずれの男性が休んで居られ追い越す。登りが緩やかになった所で私も次の急登に備えて休憩を取った。 標高1750mあたりから白く輝く笠ヶ岳が見え、余りの美しさに「素晴らしい、素晴らしい」と同じ言葉を発しては興奮した。 9:05秀綱神社に着く。大岩の前に真新しい鳥居あり、ここで安全祈願をする。ベンチに座り栄養補給した後、説明板を読む。秀吉の追ってから逃れるため中尾峠越えをし、途中半ばにして非業の死を遂げた秀綱と身重の妻を悼み、「高山から波田までは遠いな」と心が重く暗くなった。そういえば、島々宿から徳本峠に登った時もこんな話が有ったと思い出し、このあたりの山の深さや険しさに思いを廻らせた。 ここから少し登ると焼岳小屋の分岐があり、右に進み9:35旧中尾峠に出た。ここは上高地からの登山者と合流するので一度に賑やかしくなり、中尾温泉コースでは3組にしか会わなかったのが嘘のようだ。中尾峠からの焼岳は岩峰が厳しく、黒いシルエットを浮かび挙がらせ、山容はまるで鬼ヶ城の要塞のようだ。森林限界は過ぎていて、眺めは最高。気合を入れて登りだす。 岩なのか、土が固くなっているのか分からないが、その上は砂が覆い被さり、ザレ場でズリズリとよく滑る。砂が飛ばされて無いところは慎重に足を横向きに置き、黙々と登った。頂上直下では中ノ湯コースとも合流していて、大渋滞。ガス噴出場所は狭く順番を待ちをして、漸く10:20頂上に立っことが出来た。
「やった。ばんざい」360度の大展望台。うれしさが込上げてくる。正面には槍、穂高その下には上高地。左手には笠ヶ岳とその下には中尾温泉街。右手には堂々とした霞沢。後は乗鞍。白山も青い山並みを見せ、八ヶ岳の後には台形の富士山の頭まで見え大満足。今日のお天気に大感謝である。しかし、頂上は強風で砂が飛び、眼を開けて居られない程酷い。風が止まると写真を写す。せっかく登ったのだから、少しでも長く居たかった。ランチは到底食べられないが、景色を楽しもうと山座同定をする。全てを目に焼き付け、下山する頃にはリユックと髪の毛が砂ぼこりの洗礼に遭い、真白くなった。 10:40下山開始。どんどん登山者が登って来て、下りられない。登り優先なので待つより他にない。結局、登りと同じ時間を要した。 11:20中尾峠に戻る。大岩の陰で風を避けランチタイムを取る。目の前にはやさしく笠ヶ岳が広がり、心が癒される。「綺麗だな。」「今度は抜戸、弓折を辿りたいな」とその姿を見ながら思った。
寒くなったので、11:30下山する。帰りは林道を歩かず、近道探しをする。林道終点の登山口に着くと真直ぐ道が伸びている。朝は気が付かなかったが、中尾温泉と書かれた案内板も地面に置いてあった。「ああ良かった」とそれを頼りに直進する。登山道は広く足場も良い。途中には「中尾温泉近道」と書かれた板を見てうれしくなる。インターネットの情報に書かれた沢を渡り、舗装道路林道に出た。なんと“登山心得”の大きな案内板の前に飛び出した。朝、この看板を見ていたのと、前の父子につられて林道を歩いてしまったのだった。しかし、林道歩きも30分間、近道の情報でも30分間と書いてあるから時間は同じのようで、どちらも歩くことが出来たので尚良かった。 13:00駐車場に到着。思いのほか早く戻れた。中尾温泉の山本館で温泉に入り(500−)16:10無事帰宅した。山の自立を考えて、初めての一人旅は大成功だった。 |
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2003年10月12日 22時05分35秒
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■2003.9.27(土)晴れ時々曇り 身体の不調で山への意欲が失われ、登りたくなるまで気長に待っていようと思っていたら、「土日のお天気が良い」と聞くと無性に山に登りたくなり、減量した体力に不安を抱きながら戸隠山と黒姫山に登ることにした。 朝5:30家を出発し、滑川ICから信濃ICまで高速を利用して、8:00戸隠奥社Pに到着した。 準備をして8:20参道を歩き出す。大鳥居をくぐり神域に入ると爽やかで冷やかな空気が身体に沁みわたり、目は脇を流れる小川のせせらぎと原生林を追う。心が何処までも純粋になっていく。朱色の隋神門を過ぎ、天に突き刺す見事な杉並木に歴史を感じながら進むと9:00奥社に着いた。お参りをして(さっきまで純粋な心だったのに欲張りな私は3つもお願いをしてしまった)少し戻り、登山口と書かれた案内板を見ながらいよいよ登り出す。 「危険個所有り」の文字に気が引き締まり、落ち着いて行こうと心に誓った。50分間ほど急登すると五十間長屋に出た。ここで栄養補給をして休むが汗が気化して非常に寒い。腰を上げ左の露岩を鎖で廻り込むと垂直にそそりたつ断崖が現れその見事に息を飲む。「凄い、いいね。来て良かった」と絶景を堪能する。そこを過ぎると百間長屋に出る。道幅も広く休み場所としては格好のところだ。お地蔵さんが2体並んで居られ、ここでも安全祈願をお願いし通過した。 ![]() ここまでは普通の山登り。天狗の露地を過ぎたあたりから鎖が連続しだす。戸隠山の特徴は垂直に近い岩壁を15〜30mの長い鎖を登ることだ。岩肌は小石が埋め込まれたようにデコボコしていてホールドの役目をしてくれる。鎖と大き目の石を掴みながら登るとそんなに難しくはない。鎖を頼りに胸突き岩を登り終えると「やすらかに○○さん」と犠牲者の碑が目に入りゾーとして冥福を祈った。ここから短い鎖を登りきると、よく写真で見る核心部の蟻ノ戸渡りが目に飛び込んできた。 「ヘェーここか」と心は落ち着いていた。Tが先を行く。最初は5mほど土付きのリッジを渡るがここはまだ広い。岩が立ちはだかり、鎖が垂れている。鎖を掴み岩上に出ると狭いナイフリッジ。想像していたよりもずっと狭かった。例の小石混じりのデコボコ肌で安定性がない。両側絶壁落ちれば死ぬ。慎重に四つん這いになり赤ちゃんのように這う。少し行くと広くなり立つ事が出来た。20mほどで蟻ノ戸渡りは終わり、大きく下る。ここが問題だ。40cm幅のナイフリッジ上で方向転回をして後ろ向きで下りなければならない。神経を集中して慎重にやり過ごしたが、本当に怖かった。剣ノ刃渡りは東側が大きく崩れ、それを利用して鎖がつけてあった。鎖を掴み反対側に登り返しここは難なく通過し、11:00八方睨に到着した。 八方睨の見晴らしは最高で本院岳、西岳へと稜線が伸びている。正面には青空が広がり高妻山の端正な姿が浮かび、晴ればれと心は痛快だった。山頂には若い男女二人組みがランチを摂り休んでいる。挨拶を交わし、健闘を称え合った。九頭龍山方面の情報を貰い、八方睨を後にして戸隠山に向かう。途中、蟻ノ戸渡りが良く見える所があり、無事通過出来た事を喜んだ。
11:15戸隠山頂上に到着。頂上は狭いが正面には高妻山が絵のように聳え美しい。ここに座り、ゆっくりランチを楽しむ。風も無く穏やかな空間に身を置く幸せ。ほっとする。しばらく休み11:45頂上に別れを告げた。
九頭龍山縦走は危険場所もなく、距離は長いがいくつかのアップダウンがあるだけ。裾野から見るとギザギザで怖そうだが、土付きの登山道で快適だった。下界には奥社や鏡池やスキー場が見え、まさに箱庭。 13:15一不動避難小屋に到着。中に入り休憩を取る。3年前に高妻山に登った時は暗い印象だったが、戸が全開され明るく、床はピカピカで居心地が良かった。ここまでくればもう一安心。一杯清水で喉を潤し、何度か沢を渡り(今回は水量が多かった)牧場での牛乳とソフトクリームを楽しみに快調に下った。 14:30牧場に着く。ここから戸隠連山を一望したいと楽しみにしていたが、生憎のガスで何も見えずちょっと残念。ソフトクリームを食べながら、蟻の戸渡りを思い出し、「怖かったけど楽しかったね」と大満足しあった。 後はキャンプ場から戸隠奥社駐車場まで自然観察道をテクテク歩き45分後マイカーに辿り着いた。神告げ温泉で汗を流し、食事をして、戸隠イーストキャンプ場の駐車場へ戻り、此処で車中泊した。 ■2003.9.28(日)晴れのち曇り キャンプ場の駐車場から黒姫山西登山道の大橋駐車場が混む事を予想して早めに移動する。車が一台いて、私達は2番目だった。此処で朝食を摂り、準備をして6:35歩き出す。
頑丈なガードを抜け、つま先上がりの林道を歩く。空は快晴で「いい日になったね」と心がウキウキする。裾野を広げた堂々とした黒姫山も見え、頂上では全ての山が見えるだろうと大きく期待が膨らんだ。30分位歩いたら林道が終わり、いよいよ登山道。黒ガマのような土で滑り易い。林道を2つ横切ると、軽トラが一台止まっていた。後で判った事だがこのあたりでは竹工芸品を地域産業にしていて、ススダケを採集しているらしい。 7:35新道分岐に着く。真中の道を選び、新道に入った。此処からが山道といった感じで、ブナ林が広がり青空にブナの葉が揺れ、斜光が幹を照らし、森の妖精が「おはよう」と飛んで来るのではないかと想像しては、何回も何回も深呼吸して空気を吸い込んだ。 段々急登になり、黙々を登り稜線に出る。急に平坦になり8:45しらたま平に到着した。岩石が転がり広い場所でゆったりしている。空は晴れていて御巣鷹山や黒姫山は見えるが、高妻山や戸隠山方面は雲に包まれ何も見えなかった。紅葉が始まり美しい。季節の移ろいに心なしかセンチメンタルな気持ちになった。休んでいると急にガスが昇ってきて黒姫山の稜線を隠し始め、がっかりする。今日もまた諦めますか、本当に山の天気は気分しだいだ。 「さあ、頂上に向けて一頑張。」とまた歩きだす。9:30黒姫山頂上に着いた。
頂上には5人位の人がいた。挨拶を交わし、祠に参拝。すっぽりとガスの中に入った頂上では何も見えず、展望を楽しむことは出来なかった。ガスが晴れるのを待ちランチタイムにする。コーヒーを沸かしパンを食べ、Tは酒を飲んだ。少し明るくなり、妙高方面を見るが裾野の乙見湖には太陽が当たっているが上部は雲が掛かり純白の世界。想像だけした。
10:00下山開始、帰りは峰ノ大池と七つ池を見ようと西登山道を下った。滑りそうな岩石に注意をしながら行くと七つ池の分岐に着いた。少し入らなければ行けないので割愛し、峰ノ大池まで一気に下った。思ったより大きく静寂の中に鏡のようにあたりを写しだし、美しかった。 西登山道は距離も長いし、足場も悪い。最初は庭園のようだと喜んでいたが、次々に濡れた岩石が現れ、滑らないよう気を遣う。余り歩かれていないように思えた。リボンと踏み後を確認しながら、岩を降ったり登ったりする。特に天狗の岩床は「こんな所に道があるの?」と苦笑してしまうほどだった。やっと石から開放されたら、熊がでそうな笹薮の山道。そこを過ぎれば水平道の大ダルミの長いこと、12:00新道分岐に着いた時はほっとした。なんと登りと同じ2時間を費やしてしまった。このコースは登りに使わないほうが賢明だ。 12:45大橋駐車場に到着。駐車場に車が溢れ返り満車になっていた。着替えを終え、帰りは白馬に立ち寄り、温泉と白馬飯店(TがファンのYasuhiroさんお勧めの店)での食事を楽しみに鬼無里村の山越えをした。第一郷の湯に入り、いよいよ白馬飯店に着いたら様子がおかしい。営業時間がお昼の部は2:30で終了し夜の部は17:30になっていて休んでいるのだ。がっかりして、ドーと疲れた。 18:00帰宅。今回の戸隠山はスリルのある蟻ノ戸渡りがなんと言っても印象的だった。黒姫山は楽しんで登れる穏やかな山で、思いがけず紅葉も見られラッキーだった。ただ言っても仕方が無いが、頂上から火打、妙高、焼山、雨飾山、見たかったな。 |
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2003年09月30日 19時39分32秒
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