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2004.6.13(日)曇りのち晴れ 大雪渓を登り白馬岳に行ってきた。蓮華温泉からの日帰りでは2回登っているが、猿倉からは初めてで、16年前の秋 家族旅行で猿倉から白馬尻まで登り、大雪渓を眺めたあの当時の小屋や登山道はいったいどうなっているだろうと気に係り「いつかは猿倉から登りたい」と胸に留め、その機会を楽しみにしていたのだった。 家を3:40に出発し、魚津から親不知を高速であとは一般道で走り、猿倉Pには6:10に到着した。新設された広い駐車場は様相が一変していて驚いたが、広いスペースは登山者には嬉しくゆったりと駐車することが出来た。 正面には峻麗な白馬岳がそそり立ち、気高く格好良い。気も漫ろに準備をして6:20歩きだした。林道を行くとヤマウツギの花が咲き、今真盛りなのであろう山菜取りの人が多く見受けられた。やはり私じゃ見つからないわけだと納得しながら歩くと、車道が終わり狭い岩道になった。サンカヨウやシラネアオイが咲き、少し進むと目前が開け雪渓となった。雪の上を歩き250mぐらいで建物が見えてきた(ここも昔の面影が無かった。)どちらもまだ営業はしていなく、白馬尻小屋は工事中だった。 7:15白馬尻小屋の前でアイゼンをつけ栄養補給をしていると、山裾から猛スピードでガスが上がり、見る見る内に白馬岳が飲み込まれ、ホワイトアウトになった。「今日はこんな日ではないよね」と悔しがるが状況は変わらなかった。埼玉の男性が着き挨拶を交わし、一足先にM先行で登り始めた。
落石の不安とガスと雪上でのコース取りが心配だったが、雪渓の真中を歩くようにして登ると、先行者のアイゼン跡が時折見受けられ「有る有る」と確認しながら登り続けた。途中から雪上に赤いマーキングが施され不安は無くなった。次第にガスが消え、青空に山が映えて美しく心も軽やかに晴れ上がった。 標高2250mあたりで夏道が露出し一休みをする。岩道のアイゼン歩行は、ガチガチ音はするし不安定だしアイゼンに石が挟まるしと非常に疲れる。しかしその後も雪面のトラバースが有ったり登りが有ったりと、先が読めず仕方なくアイゼンを着けたまま登り続けた。雪解け水があちらこちらと清流をつくり登山道にも流れ込む。自然の鼓動を見聞きするようで快く疲れも軽減された。村営頂上宿舎が見えはじめ、あと少しと角材の階段を登るが、予想以上に長く感じた。 小屋手前でアイゼンを外し、10:15村営頂上宿舎に到着した。小屋に入って空腹を満たす。ストーブが焚かれて暖かく心地良かった。一息付き「後でまた来ます」とお礼を言って頂上を目指す。
小屋の横を登って稜線に立つと、正面に台形の旭岳が雪のスカートをはき鎮座し端正な姿に「美しい」と息を呑んだ。白馬山頂に目を移せば要塞のような白馬山荘が横長に連なり建ち、その背後にはアンバランスな鋭三角形の頂上が空に向かって気高い姿を誇示していた。地面にはトウヤクリンドウがクリーム色の花を咲かせ、土と同化したように物静かに沈黙していた。
11:00白馬岳頂上に到着した。頂上には埼玉の男性が居られ「強いですね」とお褒めの言葉を頂き「あなたも強いですね」と健闘を称え合った。楽しみにしていた頂上からの杓子岳や鑓ヶ岳が見えない。それにしても猛烈な寒さだ。雨具を着るが、耳や手が突き刺さるくらい痛い。風を避け座ろうと適当な場所を探すが見つからず、写真を撮って下山することにした。稜線を下っているとガスが消え、灰白色の杓子岳や鑓ヶ岳の神々しい姿が現れ「わぁ、見えた。綺麗」と急いでシャッターを押し興奮した。 11:25村営頂上宿舎に戻りランチタイムにする。ストーブの横に座り、熱いコーヒーを注文してゆっくり飲んだが、冷えきった身体は中々温まらなかった。 11:55村営頂上宿舎を後にする。途中結構登山者が登って来た。標高2250mでアイゼンを履き、白馬大雪渓をザクザクと小気味良く下り、白馬尻小屋に着きアイゼンを外し、林道を下り13:55には猿倉Pに戻った。 白馬岳は思った以上に時間がかからなかった。雪に馴染みが無い人には大雪渓は大きな喜びを与えるのだろうが、残雪の山に登って居る者にはそう感動はなかった。私の好みから言えば蓮華温泉から登り、雪倉山や白馬大池を眺め雷鳥坂を登り小蓮華岳の稜線から白馬三山を眺めながら歩くコースが変化に富んで好きだと感じた。 下山後は第一郷の湯(400−)に入り、下道をゆっくりと走り、所用を済ませ19:00帰宅した。 |
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2004年06月15日 10時29分51秒
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2004.6.6(日)晴れ ジャスコの駐車場は夜通し明るく安眠は出来なかったが、朝から牛乳を飲んだりサラダを食べたりと買い物には大変便利で、トイレの心配もなく大いに助かった。 8時始発の八海山ロープウェイに乗るため13km離れた山麓駅に移動し、車の中でコーヒーを飲みながら時間がくるのを待った。登山届を書きチケットを買う。大勢の人が集まっているがどうも登山者は少なく、あとは元気なおじいさんとおばあさんが多いようだ。地下足袋を履き背中にはカゴを担いでいる人もいた。聞いてみると30人ぐらいの山菜取りのグループや個人の方々だった。片道900円の運賃を払ってもそれ以上得えるものがあるのだろう、皆さんの目は輝き、弾んだ会話が少年の様で微笑ましかった。ロープウェイは静かに駅を離れ山頂を目指し710mを8分で運んでくれた。 8:10階段を登り出す。すぐに広場があり八海山大神の石像が祭られてある。「無事に下山出来ますように」と祈願し頭を垂れた。木道を歩き幾つかのアップダウンを繰り返し1時間弱で右に大岩が現れた。“胎内くぐり”と書いてあるので、岩の中に入ると長い梯子がかけられ一部狭くなっていたが、すぐに外に出た。鎖場を登り岩場を行くと登山道と合流して一登りすると女人堂に9:10着いた。 ここから標高差300mの急登が始まる。雪面をトラバースして登ると、コイワカガミやタテヤマリンドウの小花が可憐に咲き、目を楽しませてくれた。鎖が掛けられた岩場を登ると鐘の音が聞こえ薬師岳に着いた。神像を拝み、行く手に目をやれば千本桧小屋の赤い建物と釣り鐘のような地蔵岳が見えいよいよ来たなと期待が膨らんだ。 9:50千本桧小屋に着いた。ここで休憩をしてストックをしまう。さあ行きますかと腰を上げ、核心部に入る。
踏み後を頼りに登るとTが「行き止まりだ」と言う。行ってみると谷だ。「違う」と引き返し迂回路に進んだ。少し行くと地蔵岳と不動岳の間に道標があり八峰と書かれていた。意気込み過ぎて地蔵岳に登ったのだ。再び気を引き締めて登りだす。鎖場の連続だが、岩には小石が混ざり滑る心配はなく思った以上に簡単だった。 しかしハイシーズンでは大渋滞し、鎖を待つのに長時間必要になるだろうと想像し、この時期で本当によかったと思った。11:00最後の大日岳の15m鎖を下り、八峰縦走は終わった。 八海山の最高地点、入道岳に向う。穏やかな稜線に登山道が延び、やさしい風景だ。誰にも会わず後からも誰も来ない静かな稜線にはコイワカガミやシラネアオイが咲き、そよ風が吹き抜け清々しい。自然と対峙し、その中で自分が融和していることに幸せを感じた。
11:25入道岳に着いた。驚いたことに二人の男性が休んでおられ、嬉しく挨拶を交わした。山頂には山名板も無く石柱が2つ倒れていた。記念にここから八峰方向の写真を撮った。4人で楽しく山談議をしながらランチタイムにする。目の前には昨日登った駒ヶ岳が鎮座していたが、雪を持たない無表情の顔と姿に戸惑いを感じ、なにか寂しいものを感じた。 11:55頂上を後にする。八峰の分岐に戻り、帰りは迂回道を通り、日の池 月の池 が見たく下った。小さな三日月型の月の池は確認出来たが、日の池は雪の下で見つからず、ちょっと残念だった。幾つかの鎖場を登り12:40千本桧小屋に着いた。 女人堂までの登山道にはコシアブラの木が点在していて、私達も少し貰ってお土産にした。ロープウェイ駅まで後20分と書かれた案内板が目に入り14:00発のロープウェイに乗ろうと大急ぎで駆け下り、13:50には駅に到着出来た。14:00発ロープウェイが動き出すと雨が降り出し「測ったみたい」「良いタイミングだったね」と喜び合った。 下山後、六日町の中央温泉(250−)で汗を流し、お土産には銘酒八海山を買い、心身とも満たされ、豊かな気持ちで18:30自宅に戻った。 八海山は想像していたよりも難しくなく、怖いところは無かった。戸隠山のありのと渡りは怖かったな! |
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2004年06月08日 23時38分45秒
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2004.6.5(土)晴れ 晴れマークが土 日まで並び、それではと魚沼駒ヶ岳と八海山に登ってきた。前日の4日14:00に出発し、魚津ICから上越ICまで高速で後はR-253を走り、途中には大山温泉に入湯したり十日町で食事をしたりして20:00道の駅“ゆのたに”に到着した。広い駐車場には多くの車が停車していて、私達もここで車中泊した。 5日 道の駅から駒ヶ岳の登山口に移動する。R-352は灰ノ又から冬季閉鎖され、枝折峠には入れず、この時期は駒ノ湯から小倉山を経て標高差1700mを登り駒ヶ岳の頂上に立つコースのみである。駐車場にはもう7台くらいの車が止まっていた。 5:30登山届を書き歩き出す。吊橋を渡るとすぐに急登になったが、グリーンシャワーの中小鳥のさえずりや春せみの鳴き声を聞きながら順調に高度を稼ぎ、雪渓を通過したり鎖場を登ったりしながら三角点のある小倉山に7:45に着いた。
少し下ると残雪模様を際立たせた駒ヶ岳の麗姿が目前に迫り、登高意欲をかき立てた。ここからは登りも緩やかになりタムシバやオオカメノキの木々に迎えられ、心もほぐれ余裕が生まれた。左には三角の頂上とギザギザの尾根を持つ端正な荒沢岳が静かに聳え目を魅了し、「いいね、荒沢岳にも登りたい」と強く願望した。 35分間で百草の池に着いたが雪で覆われどこが池なのか判らなかった。次第に急登になるとシラネアオイの群生が目に飛び込み、清々しい姿に疲れを忘れた。P1763に登り着くと岩道になり、正面には中ノ岳に続く雪壁の稜線が美しくダイナミックな景観に圧倒され心がときめいた。 風向計を目指し岩場を登ると9:35駒の小屋に到着した。黒い小屋の背後には純白の衣装をまとった駒ヶ岳が横たわり、あまりの荘厳さに息を呑んだ。小屋の前には水管からドクドクと清冽な雪解け水が流れ木槽を満たし、手を入れるとちぎれそうなくらい冷たい。熱った体が本能的に冷水を求め「冷たい」「美味しい」と動物的にガブ飲みした。身体の中から体温が下がり快い。「この水、有料にしてもいいよね」と二人ではしゃいでいると、にこやかに管理人さんが出て来られ、挨拶を交わし「本当に美味しい水ですね」と謝辞を述べた。小屋ではすべての登山者が安全を期すため署名をすることになっていて、私達は5日付けで三番目の到着だった。汗が引き、元気を取り戻した二人は頂上に向かい9:55駒ヶ岳の頂に立っことができた。
頂上には柏崎からの男性がおられ、360度の展望を見飽きるくらい見渡した。南には中ノ岳〜兎岳 丹後山、南東には平ヶ岳とその左右には燧ヶ岳と至仏山、北には守門岳と浅草岳と毛猛山、眼下には八海山が望め、未踏の山々に思いを寄せ、「何時行けるのだろう」と思うと大きなため息がでた。無風の頂上は快適でゆっくり時間を費やし、3人で楽しく歓談した。冷水が恋しくなり10:40下山開始する。 小屋まで下ると大勢の登山者が着きベンチで休んでいる。管理人さんに「最高のご馳走でした」と言うと「また水を飲みに来て下さい」と返答され、みんなが一斉に(水飲むのに1700mはないだろうと)大笑いをして盛り上がった。 下山途中小倉山で休みを取り、後ろを振り返り駒ヶ岳をゆっくり眺め目に焼き付け別れを惜しみ、春ゼミの合唱に送られながら1000mの長い長い尾根を下り13:50登山口に戻った。 駒ヶ岳は堂々と風格があり、青空と残雪と新緑の織り成す美しさは格別で大満足だった。 下山後、秘湯の駒ノ湯に入湯したかったが、長時間過ごせる六日町温泉の清流館に行き汗を流すことにした。清流館で仮眠してゆっくり疲れをとり19:30今夜の泊まり場所である八海山ロープウェイの駐車場に移動した。真っ暗な山道を走り漸く着いたと思うとなんとゲートが閉鎖されている。ナビで近隣の道の駅を検索するが「この付近に該当の施設は有りません」とつれない返事が返ってきた。困りはて24時間営業の六日町ジャスコの駐車場に戻りここで車中泊させてもらうことにした。 |
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2004年06月08日 08時09分25秒
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2004.5.30(日)晴れ 会山行で花の100名山 鉢伏山に行ってきた。E氏リーダーで参加者は31名の大所帯。 晴れ女晴れ男を乗せたマイクロバスとワゴン車は高岡を6:00出発し、松本に向けてひた走った。松本の町が広がりその背後には美ヶ原や鉢伏山の山並みが屏風のように立ち並び「どれが鉢伏山、高ボッチ山はどれ」とまだ見ぬ山々に期待が膨らんだ。 19号線で塩尻市に向かい、崖ノ湯温泉の案内板を頼りに左折し林道に入った。林道は狭く対向車が来るたびヒヤヒヤしたが、高ボッチ山に近づくと小高木の木々にかわいい白い小花が咲き、みんなが目を輝かせ「何の木だろう」と興味を示し楽しませてくれた。(後で小梨とも言うズミだと教えてもらった。)三差路の鉢伏山との分岐に着き車は右折して、まずは高ボッチ山に向った。
10:25 広大な駐車場に到着した。長時間バスに乗って居たせいか、狭い空間からの脱出と開放的な穏やかな風景が心地よく、草原の空気が爽快だった。頂上に向けて柵が設けられ、「登山靴いらないね」「サンダルで行く」などと歩き出す。10分ほどで頂上に着き、360度の景色を楽しんだ。蓼科山や八ヶ岳、諏訪湖など良く見え、方位盤で山々を確認して記念写真を撮った。残念ながらレンゲツツジを見るには早すぎたようだった。 次は鉢伏山に向う。鉢伏山も笹で覆われたやさしい山容をしていて穏やかに私達を待っていてくれる。車は300mの標高差など物ともせず楽々と私達を高所へ運んでくれた。 11:35鉢伏山有料駐車場に着く。「へ〜、マイクロバス2000円は高いね」と言っていると綺麗なおねえさんがにこやかに徴収に来られ、男性だったら文句もいえない。 ![]() 準備を済ませ11:45登りだす。すぐに対座するように美ヶ原が望め林立した鉄塔が印象的だった。緩やかな登山道が頂上まで続き、さぞ初夏には花々が咲き乱れ、綺麗なのだろうと想像しながら登ると12:00には頂上についた。 展望台に登り風景を眺めたあとはランチタイム。思い思いに座り込み、満腹になったところでハーモニカの競演となった。それに合わせて歌を口ずさみ楽しく時は過ぎていった。雲が出てきて13:15山頂に別れを告げ下山した。 帰りはひらゆの森で疲れを取り、19:30無事高岡Pに戻った。 両山とも残念ながらレンゲツツジは見られなかったが、両座の頂上を踏めた事がうれしく有り難かった。しかし労せずして登った山頂は物足りなく、炭酸がぬけたコーラのようで爽やかさに欠け印象が薄く寂しいものだった。 |
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2004年06月01日 13時42分25秒
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2004.5.22(土)小雨のち曇り ハードな山として知られ、シャクナゲを見に金沢市犀奥の高三郎山に登ってきた。 自宅を5:00に出発したが、金沢に近づくにつれて小雨が降り出し、止む様子がない。天候の期待外れや犀川ダムへの狭い曲がりくねった寂しい道路や山容を呑みこむガスが、心を曇らせ気勢を失わせた。 6:25犀川ダムに到着。驚いた事に屋根付の駐車場や道路には車が10台ぐらい止まっていて、人の気配が感じられ嬉しさが込み上げてきた。バイクで乗りつけた松任の男性が「山菜ですか?高三郎ですか?」と私たちに質問し、「高三郎です」と答えると「この車の半分以上が山菜取りですよ」との言葉にがっくり肩を落とした。男性も小雨が降っているので迷っておられたが、結局私達が登るので決行され、道連れができた。 6:40一足先に雨具を着て、ダム管理棟の前のゲートを越え歩きだした。湖水を眺めながら水平道を暫く行くと岩壁が崩落して道路が塞がれている場所に着き、ここから急に道幅が狭くなり登山道となった。ダムの水位が高く、「まだダム湖が終わらない」「本当に広大やね。」とうんざりしていると赤い吊橋が目に入り、一安心した。 橋を渡り左に進むと倉谷集落跡に着いた。ブルーシートで造ったテントハウスが並び、犬君がシッポを振り歓迎してくれたが、山中での突然の建造物には違和感があり馴染めなかった。ここは山菜、岩魚取りの拠点になっているらしく、男性3人の人影が見えた。 ![]() 倉谷川の流れを左に見ながら進むと支流が行く手を阻み、渡渉となった。靴を脱ぎ、流されないように慎重に対岸に渡る。雨は止みここで雨具も脱いだ。踏み跡を辿ると、すぐにまた川が登山道を横切っている。「え、また渡渉〜」と靴を脱ぎ、身を切るような冷たい流れに足を入った。渡り終えて足をタオルで拭き靴を履いていると、楽しくなって来て「大冒険やね」とうなずきあった。そのあと沢の渡渉を2回突破し、8:35シャクナゲ尾根登山口に着いた。駐車場から登山口まで2時間を要し、さすがに奥深い山だと感じた。 気合を入れ8:40登山口を登りだす。ここで初めて一組の登山者(父娘)に会った。「きつい山ですね」と挨拶を交わし中学生の娘さんを激励した。シャクナゲ尾根というから、さぞ繁茂しているのかと楽しみにしていたが、予想以上に本数が少なく花も咲いて無く、がっかりした。 P951辺りから細尾根になり、足を滑らせないように気を遣ったり、P1089の急登を黙々に登ったり、崩れた斜面に落ちないようにロープを掴んだり、と一時も気が抜けない大変な山だった。Tは「見晴らしが悪いし、こんなきついだけの山は嫌いだ」と文句を言い「2度と来ない」と不平を言った。1350mあたりから残雪があったが、登山道は出ていて迷うことは無かった。頂上が近づき残雪を踏みゆっくり左に進むと11:25高三郎山頂上に到着した。 ![]() 「やった」と大声で山名柱に歩み寄り写真を撮った。その前には三角点があり、手で触れ喜びを噛み締めた。ハエが飛び交い五月蝿い。虫よけスプレーをかけ、ランチタイムにした。頂上からの展望はあまりよくなかったが、奈良岳方面が木々の間から見えて綺麗だった。12:05帰る用意をしていると松任の男性が着かれた。「おめでとう」と言うと「今年初めての登山で足がつった」と言われ、一人には出来ないと男性の休憩に付き合った。 12:15三人で下山開始。少し下ったところで単独の男性が登って来られ、その後に男女2人の登山者に出会った。今日の登頂者は6人だった。分岐に着き、帰りは長尾根に下った。右側にシャクナゲ尾根を見ながら下る。登山道もしっかり付けられ、大岩の登りや巨木の絡み合った神秘的な光景に驚かされたりと変化に富んでいる。登り返しが無いのも嬉しく下り易かった。 14:15長尾根登山口に到着した。沢で暑く熱った顔を洗い気持ちをリフレッシュし、長い林道を歩き16:15犀川ダムPに戻った。 高三郎山は1421.4mとそんなに高い山ではないが、登山口まで往復4時間、登りだけで標準時間が3時間半〜4時間と長時間行動が必要で、ハードな山だ。しかしだからこそ登り甲斐があり、登った後の充実感が心に染みいるのかも知れない。 湯湧温泉に入ろうかと思ったが、刀利ダム経由になるので気力もなく、一目散に金沢に戻り8号線を走り家路を急ぎ18:00に帰宅した。 我が家の玄関前には見た事も無い立派な山ウドの大包みが置かれびっくりした。心当たりの知人に電話でお礼を言って心温まる気遣いに感謝し、さっそく夕食のご馳走となった。時期限定の山の幸に豊かさを感じ、幸せな心温まる日だった。 |
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2004年05月24日 17時19分51秒
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2004.5.15(土)晴れ 去年の6/14東又から僧ヶ岳を目指したが、途中お天気が崩れ引き返す結果となり、是非このコースを登りたいと再チャレンジしてみた。 インターネットでは片貝山荘まで車が入れず、徒歩30分間と書いてあったが、林道は開通していて、6:15には東又登山口に着いた。時間に余裕が出来たので、目に入ったウドを採集したり他にもまだないかと探していたら、出発時間が6:40になってしまった。 登山口から伊折山まで急登が続くものの、様子が分かっているだけにあまり気にならず、小さな可憐な花々を眺めながら高度を上げていく。振り向けば毛勝山と大明神山が手にとるようにアップで迫り、毛勝谷に誰か登っていないかと凝視したが、まだ時間が早いので諦めた。 8:00 伊折山に到着。此処から残雪がありアイゼンを付ける。緩斜面になった残雪を踏みしめ、青空と芽吹き始めた小さい若葉とダイナミックな毛勝山の白とグリーングレーの織り成す雪模様のコントラストが爽快で「この季節ならではの色合いやね」と心が躍った。雪で倒れた枝々が行く手を阻み、藪漕ぎのような所もあったが、9:00雪で覆われた成谷山に着いた。
360度の眺めに大満足。先日登った濁谷山も見え懐かしく眺めた。なんといっても圧巻は毛勝山。三の股から二又、頂上とよく見えるが、人の姿は私の視力では確認できなかった。成谷山からの稜線は僧ヶ岳へと延び、その先は一度下り駒ヶ岳に伸びやかに延びている。鹿島槍の吊尾根も美しい。「最高やね」「信じられる?目の前にこんな突飛拍子もない大風景があるとは」「笑ってしまうほどの絶景や」と心行くまで山々を眺め、沈黙した。 所々顔を出した夏道と雪稜をかわるがわる歩き、10:10僧ヶ岳頂上に着いた。
今日も貸切。こんなに素晴らしい日に私達二人だけとは。毛勝山を眺めながらランチタイムにする。ビニールシートを敷いて寝転び、「幸せだ」「幸せだ」と無意識に口から言葉がついて出てきた。朝日、雪倉、白馬三山も青く輝き、至福の時を過ごした。後ろを見れば富山湾が丸いカーブを描き、能登半島が横たわっている。その左には白く白山の山並がある。宇奈月側の仏ヶ平にはもう雪がなく、誰か登ってこないかなと待ちわびたがいつになっても人の姿は現れなかった。首を360度回転し、充分に眺望を楽しみ、お腹も一杯になったところで、11:10下山することにした。 頂上から少し下ったところで二人の男性が登ってきた。「だれにも会わなかったから、お会い出来て嬉しいです。」と挨拶を交わした。15分後5人のパーティーに会い、今日の登山者はみんなで9人だった。 12:10伊折山に着きアイゼンを脱ぎ、立て屏風のような毛勝山に見守られながら、長い急登をひたすら下り13:05登山口に戻った。 着替えをして毛勝の夏道登山口を探しに車で移動する。登山口に印があるかと思ったが無く、確認は出来なかった。(帰ってから、本で調べると橋を渡って右カーブ200mの所と書いてあった)林道は標高800mのところまで開通していて、車が15台位停まっていたが、「私達が登った年は橋を渡って広い駐車場があったのに」と山の変貌に驚かされた。 帰りは大谷温泉(350−)で疲れと汗を流し、17:00帰宅した。 東又のコースは始終毛勝山をみながら登るので展望がよく、この時期お勧めのコースだと思った。 |
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2004年05月16日 16時41分44秒
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2004.5.4(火)雨 4日目は西日本一の高峰石鎚山に登る。 朝起きるとやはり雨、益々降りが強くなり情けなくなる。ロープウェーの始発が7:40で時間をもてあまし、返って気持ちが滅入った。受け入れ難い事実に、「仕方が無い」頂上だけ踏もうと雨具とスッパッツをつけ駅に向かった。 7:40石鎚登山ロープウェーに乗り込み標高1280mまで運んでもらう。山頂成就駅に降り立った7人位の登山者はリフト乗り場に向かった。私達は歩くことにして7:55成就社に向けて歩き出した。広い道路を歩き20分間で石鎚神社成就社に着いた。 重厚な造りの立派な中宮神社に参拝し、見返遥拝殿では石鎚山が見えるように正面がガラス張りにしてあり、山岳信仰の歴史をみたような気がした。 8:20登山口の南門をくぐり、八丁まで100m下る。整備が行き届き、間伐材で階段が造られ、だれでも登れるようにしてあった。下山される白装束の信者さんがご苦労さんのアクセントで「おのぼりさん」と笑顔で挨拶して下さり、心が和んだ。 鎖場と東コースと書かれた分岐に着き、試し鎖に進む。試し鎖だから短いのかと思っていたら74mもあり、祠がある岩峰の前社森の頂上に出た。Tが「下るところが無い」と言う。間違って行場に来てしまったのかと心配したが、後から来た群馬の男性二人が東側の低い所に鎖を見つけてくれ慎重に下り一軒茶屋で休憩をした。雨が酷く雨宿りに丁度良かった。熱いミルクティーを飲み身体を温めた。もう、ずぶ濡れでどうでも良かった。奮起して9:05先に進む。
登山道は間伐材の階段以外は水が溢れ流れ、沢を歩いているよう状態だった。少し登ると夜明し峠に着いた。ここから石鎚山が見えるはずなのだが、今日は雨で何も見えない。1の鎖に着く。「たぶん、もう来られないから全てを体験しょう」と1の鎖(33m)、2の鎖(65m)も登る。3の鎖場にはロープが掛けられ関係者以外立ち入り禁止とあり、巻き道を通り10:40弥山に到着した。
真新しい白木の神社に参拝し、社務所で「酷い雨風ですね」とお守りを買うと「こんなに悪天候で登って来られたのだから、きっと御利益がありますよ」と宮司さんが言われ、「何処から登られたのですか?」と聞かれた。「朝ロープウェーに乗り、来ました。」と答えると「早いですね」とお褒めの言葉を頂いた。 神社を下り、新築された小屋で休憩させて貰う。ストーブが焚かれた暖かい空間に身を置くと心が癒された。ずぶ濡れの雨具を脱ぎハンガーに掛け、身体を休め、栄養補給を摂ると、元気が出た。雨は小止みになり、11:00天狗岳に向かう。 ![]() 群馬の男性二人も着き、4人で鎖を下りた。祠のある岩峰(天狗岳)に立ち「此処だ」と叫び、写真を撮ってもらう。よく見ると、うっすらガスの中にあと2つ尖った岩峰が見えた。下の3人が「まだ踏みあとがある」と言い、行ってみることにした。奥まで行きそこで(南突峰)写真を撮り引き返した。 白石小屋に戻りTはお楽しみの祝杯を上げ上機嫌。私も朝の天気では最高点の天狗岳登頂は無理かと思っていたが、頂きを踏め、スリルのある鎖場にも登れ、大満足だった。 12:10下山開始する。巻き道を下り山頂成就駅に13:55到着した。 雨具のポケットに入れてあった。往復チケットが雨で融け、跡形もなくなっている。そっと取り出し係員の人に見てもらい、14:00のロープウェーに乗り駐車場(700−)に戻った。 山麓下谷はもう晴れていた。全てを着替え、道後温泉に向かう。松山自動車道を走り、松山市から道後に入ったがどこも渋滞していた。見慣れた道後温泉本館には、入浴するため長蛇の列が出来、びっくりした。Tの機転で駐車場に入れ、私達も列に並び、2階の休憩室でお茶とおせんべいが出て、浴衣付きで620円のコースを選んだ。汗を流し、道後温泉の雰囲気を味わい、帰路につく。 今治で食事をして、しまなみ海道の来島海峡SAで車中泊し、ライトアップした多々良大橋と、早朝の瀬戸内海を眺めた。翌日5日国宝姫路城を見物して、高速の渋滞にも遇わず、17:00自宅に戻った。走行距離1630kmの長旅だった。 |
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2004年05月09日 13時24分20秒
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■2004.5.3(月)曇りのち雨 朝起きると小雨が降っている。がっかりしながら「今日は東赤石山と笹ヶ峰に登るのに」と愚痴がでる。自然が相手だから仕方ないが3日までは晴れの予報だったのでほんとうに恨めしかった。 橋の前にトイレとバス停があり、その空き地の右奥に登山口があった。雨具は着ず、6:20登り出す。 ![]() 東赤石山は石が付く山名だけあって、石を踏みながら登る。緑石や白石を見ているだけでも気晴らしになった。空は灰色で冴えないが、清流と岩が織り成す景観が、手を変え、品を変え、スライドショーのように目まぐるしく変わり、目と耳を飽きさせない。「四国って積雪が少ないのに水の豊富なところやね」「自然林が多いのやね」とその水量と清冽な流れに感服した。 瀬場谷に着き、真新しい丸太橋を渡る。少し行くと7:10赤石山荘の分岐に着いた。左は山荘へ、右は横道に通じ、右の案内板には登山者がマジックで書いたのか「足場良し、水場あり」と記されていた。それを信じて右に進む。滝の轟音が聞こえ、徒渉をして清流と戯れる。犬が吠えるような声でかえるが鳴き、自然が豊かなのだと気持ちも豊かになった。コメツガの暗い林を通り抜け、黄土色の石を踏み急登すると8:50横道に合流した。 単独の男性下山者に会い挨拶を交わす。風雨が強くなりここで雨具を着た。東赤石山に入る登山道を登り、右に折れ岩稜を登ると10人ぐらいのパーティーが下って来て道を譲って下さった。有り難く感謝して岩を登ると9:20東赤石山頂上に着いた。
雨で何も見えず、Tが楽しみにしていた瀬戸内海の島々はおろか、視界は7m程度で風も強く長居は出来ない。地元の男性が1人居られたので写真を撮って頂き下山し、赤石山荘に向かった。 9:50赤石山荘に着いたが、のっぺらぼうの小屋で、何処が入り口か分からない。鍵がかかっているのかと思ったが扉が開き、此処で休憩をさせて頂いた。ご主人は先ほど山頂下で出会った神戸のパーティーが帰って来たのかと、お茶を用意して待っていたのだった。「富山から来た」と言うと「富山の人でこの小屋に泊まった人は誰も居ない」と話され、楽しく会話が弾んだ。あいにく財布を忘れ、ジュース1つ買うことが出来ず、心苦しかったがお礼を言って10:05下山した。 こちらの登山道は整備が行き届き歩きやすい。しかし、下るに従がって傾斜度が高くなり、下りでも大変疲れ瀬場谷まで長く感じられた。やはり下りに使って良かったと思った。どちらの登山道も自然が造り出した水公園のような景観で、山での眺望はなかったが、充分満足させくれる、良い山だと感じた。 11:55筏津登山口に到着し、靴を脱ぐのもそこそこに、次の笹ヶ峰の登山口を目指した。大永山トンネルを通り新居浜市に出て、国道11号を走り西条市に入った。 ■加茂川橋を左折し国道194を走り、下津池で左折し林道に入る。 車一台やっという狭い道で、待機場所の間隔距離が長く、「誰も下りてこないで」と祈りながら運転をした。カーブを回りきった所で、伐採した丸太を満載したトラックが下って来て、度肝を抜かされたが、少しバックして退避場所を確保し、ほっとした。林道は未舗装になり、「こんなところで対向車が来たらとどうしょう」と心配したが後は誰にも会わなかった。 登山口には14:15到着し、車が5台停まっていた。急いで靴を履き、14:20登り出す。 グレーのパイプ管で階段が施され、変哲の無い山道を黙々と登る。下山者が「お泊りですか?」と聞く。「いいえ」と答えると信じられないと好奇の目で見られた。山中は静まり返り不気味なほどだ。宿(しゅく)を越えたあたりから雨が強くなり雨具を着込み、山道を行くが、ガスに突入し視界はなく、午後3時にしては薄暗く心も沈んだ。
15:20丸山荘に着いた。雨の中、人のけはいが無く寂しさが漂う。「頂上まで40分」と書いた案内板を見ながら、頂上を目指す。森林限界を過ぎ、急に目の前が開け笹原に飛び出した。「ああもう少し」と言い聞かせ登ると「あと20分」と書いてありどっと疲れた。斜面を覆った笹原を雨に打たれながら修行僧のような気持ちで登り続け16:05山頂に着いた。
南側の谷から暴風が吹き、飛ばされそうになった。一目散に祠のある石陰に走り身を隠す。嬉しさより、やっと終わったと言う感じがした。Tが私の口びるが青くなっていると教えてくれ、雨具のボタンを掛け暖かくしてパンを食べた。写真も霞んで写らないので、早々に下山することにした。山頂を下り、北側に戻ると風が無い。「酷い雨風やったね」とねぎらい合い、来た道を戻り17:40登山口に着いた。 東赤石山の標高差1037m、笹ヶ峰の標高差859m、2座加算すれば2000mの登りに、やり遂げた充実感と満足感が心身にみなぎっり幸せだった。雨に降られて頂上からの眺望はなかったが、東赤石山は大岩でゴツゴツしていて男性的。笹ヶ峰は全山が笹で覆われて女性的。それぞれ特徴があり、四国の山は粒揃いだと感心した。 下山後、西条市の湯之谷温泉(300−)で疲れをとり、明日登る石鎚山ロープウェーのある下谷の民営有料駐車場に移動して、ここで車中泊した。 |
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2004年05月08日 21時14分36秒
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2004.5.2(日)晴れ 二日目の日程は三嶺に登り、東祖谷村のかずら橋、大歩危、小歩危を見物して、琴平の金刀比羅宮に参拝し、東赤石山の登山口、筏津にたどり着く行程だ。 いやしの温泉郷からも三嶺の登山口はあるが、少しでも標高を稼ぎたいので名頃から林道を走り、平尾谷登山口(標高1120m)から登ることに決め出発した。狭い山道を対向車が来ないように願いながら平尾谷登山口についた。もう車が5台停まっている。準備をして6:30登り出す。
よく踏まれた笹と雑木林の登山道を啄木鳥のドラミングを聞きながら快調に登り、50分間で平坦なダケモミの丘に着いた。ここは最終林道登山口の合流点でもあり、休憩にはもってこいの場所だった。一組のご夫婦が休憩をされていて挨拶を交わし、横を通り抜けた。笹の斜面を少し登ると尾根に乗り、進路が大きく右に曲がった。このあたりで木々の間から正面に三嶺が見え、「あれだ」「端正な形やね」とうなずき合った。尾根上にはモミやツガの木が林立し薄暗い。いつしか樹林帯を抜けると岩道になり、目の前に岩壁と熊笹で覆われた急斜面が谷まで延び、そのダイナミックさとコントラストに息を呑んだ。ジグザグに岩道を登り詰めると予想もしない美しさ。池が広がり、クマザサで覆われたやさしい緩やかな山上に魅了され「なんて綺麗なんだろう」と絶句する。右には赤い小屋が建ち、左には頂きが待っている。早く頂上に立ちその風景を見たいと気が急いだ。
8:05三嶺の頂上に到着。西熊山、天狗塚の稜線は言葉に言い尽くせない美しさで、小高く、たおやかな山並みがミヤマクマザサとコメツツジに覆われ、柔らかい色彩が山を包み、何処までも続いている。「綺麗だ」「良い山だ」「良い山だ」と絶景に感激した。休んでいると高知側からも登山者が登って来て、頂上が賑やかになった。あとを譲り8:35下山することにした。 来た道を下ると多くの登山者が登って来て、人気が伺われた。登山口Pには9:45戻り着いた。 下山後、いやしの温泉郷で汗を流し着替えをして観光客に早変わり。香川の金刀比羅宮に向けて車を走らせた。奥祖谷から東祖谷村への道幅が狭く、対向車が来るたびに時間がかかり到着時間が延びる。東祖谷のかずら橋は観光化されバスなども多く大渋滞で秘境とはいえず素通りした。大歩危峡も大渋滞だったが、首尾よく駐車スペースが空き見物できた。しかし、黒部峡谷など知っている私達には迫力が感じられず、どうしてこんなに人が集まるのだろうと不思議だった。それにしてもこの大渋滞、反対車線で本当に良かった。 14:00漸く金刀比羅宮に着く。ここも人が溢れ石段が見えないくらいの人だかりだった。本宮までの階段785段は誰でも登るが奥社までの583段はめっきり人が減る。此処から自然林が残り、多くの巨木が静かに時間を刻んでいた。計1368段を登りきり、拝礼し柏手を打った。おみくじは小吉だったが全て良いことが書いてあり、願いが叶うよう〆縄に結んだ。 金刀比羅宮をあとにして、愛媛に向かう。さぬき豊中ICから三島川之江ICまで高速で走り、国道319で東赤石山の登山口である筏津山荘の駐車場に着いたのが19:20であたりはもう真っ暗だった。 シェラフに入り1日を振り返ると、三嶺の風景が思い出され、良い山だったといつまでも余韻が残り、まさに四国の名山だと思いながら、眠りについた。 |
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2004年05月08日 09時24分49秒
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2004.5.1(土)晴れ ゴールデンウィークを利用して四国の100(剣山、石鎚山)200(三嶺、東赤石山、笹ヶ峰)名山、に登ろうと計画をたて、出掛けて来た。 3:30家を出発し、徳島の剣山に向けて高速をひた走った。茨木ICから宝塚ICでは27kmの渋滞にまき込まれ2時間も余計に時間を費やし「どうなるか?」と心配したが、あとはスムーズに流れ、初めて見る明石海峡大橋に感激したり、淡路SAで休んだり、淡路島の風景を眺めたりして、徳島に入った。 ナビに誘導され、徳島自動車道に入り美馬ICで下り、そこから国道438を登坂した。狭い道で、車のすりかえに気を使いながら、14:05剣山の登山口である、見ノ越Pに着いた。 リフトに乗るか迷ったが、やはり山を登る者として「歩くべきだ」と、14:20少し戻り剣神社に向かいその右横から登り始めた。木々はまだ芽吹かず早春のようで心なしか寂しい。30分間で西島駅に着き、多くの登山者に会い外人さんが多いのにも驚いた。鳥居をくぐり右の登山道を行く。暫くすると剣山の全容が姿を見せ、低い青い建物と頂上が望まれた。
突然、目の前に王冠のような大きく衝き出た岩が現れ、その下には赤い屋根の大剣神社が祭られていた。「日本一の良縁」と書かれた木板が目に付き、ふと「結婚前に来れば良かった」とつまらぬ事を思い、苦笑いをした。少し休み、また登り続けると 剣山本宮の鳥居に着いた。神社で拝礼し後ろに回ると大岩があり、しめ縄がかけてあった。剣山の御神体は岩のようだ。本宮と土産屋の狭い石段を登ると視界が開け、笹原に木道が伸び頂上に至っている。
15:30一等三角点に触れ、剣山頂上に到着した。丸石や高ノ瀬に伸びる稜線は穏やかで魅力的、遂に四国の山に登ったのだとうれしさが込上げてきた。しかし、観測所やアンテナ、鉄塔、見晴らし台など人工物が点在していて、頂上に何もなかったらどんなに素敵だろうと残念で仕方が無かった。三嶺まで縦走すると言う東京から来た男性と山上で楽しく一時を過ごし、15:50下山する事にした。 途中、行場に寄ったが、大岩はあるものの鎖場は見つけることが出来ず、刀掛に引き返し西島駅に下った。リフト乗り場を見送り、登山道を下り17:00見ノ越Pに戻った。 “名物祖谷そば”という文字が目に入り、急に食べたくなりお店に入る。控えめなおばあさんがお茶をいれてくれ、おじいさんが素朴なそばを作ってくれた。老夫婦が手の空いたところで世間話をする。富山から来たと言うと「道路など広いのでしょう?」と聞かれ「ここは日本一貧しい所です」と言われたのが印象的だった。実際、奥祖谷は陸の孤島と言った感があり、家は貧素で、こんな山奥に生活があるのかと驚かされた。 おじいさんが薦めてくださった、渓谷の中に架かる情緒たっぷりの奥祖谷の二重かづら橋を見物して、いやしの温泉郷(600−)で疲れを取り、1日目はここの駐車場で車中泊した |
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2004年05月07日 22時11分53秒
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2004.4.29(木)晴天 憧れの笈ヶ岳に行ってきた。 去年 日帰り大笠山経由で挑戦したが、あと僅かで届かず、どうしても頂上を踏みたいと、今年はジライ谷から日帰りで笈ヶ岳を目指したのだ。 前日の20時に家を出発して瀬女道の駅で車中泊し、早朝白山自然保護センター(蛇谷)に移動した。薄暗い駐車場にはすでに車が4台ほど停まっているが、後から後から車が来て人気をうかがわせ、心丈夫でうれしかった。 明るくなるのを待ち、4:55自然保護センター裏にある小屋の横を登り出した。短いトンネルを2つくぐり、穏やかに下って行くと20分間で野猿公園に着いた。ここでストックを仕舞い、沢を渡った。 地図を見て等高線の込み様からどんなに怖いのかと心配したが、登山道が踏まれ、ロープや針金が下がり、思ったほどきつくは感じなかった。標高1200m位から新雪が積もり美しいが、この辺りから痩せ尾根を歩くので気を使い、冬瓜平の分岐までの距離が長く感じられた。分岐手前標高1400mの広くなった場所で後ろを振り向くと、今登ってきた尾根と、その頭上には大きな山塊の白山が朝陽のやさしい光に包まれ、白嶺を輝かせ美しく、心を癒してくれた。
私達の前に先行者がありトレースが付いている。かなりの熟達者で35cm位はある新雪の登りのラッセルとコース取りには頭が下がった。最初私達は冬瓜山のナイフリッジが危険なので冬瓜平に下りて進む計画を立てていたが、この雪では体力の消耗が激しいので「トレースに従おう」と申し合わせた。トレースは直接冬瓜山に続いていた。怖いもの見たさも加わり未知の冬瓜山に心が馳せた。核心部はナイフリッジと手前のきつい登り。きつい登りは三点支持で通過できるが、ナイフリッジに雪が付きそれに足を滑らせたら、お終いだ。と非常に緊張した。それでもなんとか通過し、雪の急斜面を恐々下りると先行者の方がアイゼンを付けて居られ、心からの謝辞を述べ、私達もここでアイゼンを付けた。 ここからシリタカ山までは穏やかな登りで、正面左の笈ヶ岳や後ろの白山を眺めては心が弾んだ。しかし、強風が谷から吹上げ非常に寒く、雨具の上着を着込んで体力消耗を防いだ。シリタカ山から鞍部に下りるのが怖く、ここでピッケルを出し安全確保する。「それにしても先頭の二人は強いな。」どんどん離される。 6本アイゼンでは新雪が滑り、下のカチカチの残雪に喰らいつかず、先を行くTが、身動き出来なくなり、下方の私がピッケルで足場を堀り、救出した。危険な急斜面と藪を払いながら三方岩からの分岐に出た。 ここからはもう安全地帯で、「もうすぐ、笈だ。あと少しで念願の笈の頂きに立てるんだ」と興奮を抑えながら10:40笈ヶ岳頂上に到着した。 ![]() 頂上からの眺めは最高でなんと言っても白山は圧巻だ。去年辿った大笠山からの縦走路も甘く切なく見つめ、断念した1つ手前のピークの平な頂上を見下ろし、「あんなに低いのか」と懐かしんだ。 始終先頭を行き、ラッセルして下さったのは石川のM氏で「ありがとう。凄いですね。一人で登ったようなものですね。」と挨拶すると「いつも一人ですから」と返答され、頂上では一番輝いていた。2番手は金沢ハイキングのKさん。明るさと体力を持ち合わせた元気な人だった。あとは福井からきた男性三人組み。段々頂上は賑やかになり13人となった。旧知の人といった和気藹々さで、楽しくゆったりとした時間を寛いだ。(あとから4人到着) 11:45楽しかった頂上をあとにする。帰りは冬瓜平に下山する事になった。途中シリタカ山北ピークで山毛欅尾山からの男性二人と出会う。 連帯感も生まれ気持ちが一体化し、同パーティーのようになった私達は、一丸となって谷に下った。雪崩の心配から脱出し、冬瓜平に着いた時は大変うれしく、碧空に笈ヶ岳とその稜線がくっきり浮かび、「私の姿を忘れないで」と囁き、痛烈な印象を残してくれた。3:25野猿公園に着き、お猿に会えるかと見渡したが結局会えず、3:45駐車場に戻り着いた。大門温泉で疲れを取り、19:00帰宅した。 念願の笈ヶ岳に登れ、感慨深くうれしさが込上げてくる。山の勲章でももらったような、充実感と達成感が心を満たし、いつまでも心地良かった。そして改めて笈ヶ岳の山域の奥深さを思い知らされ、心に残る山行となった。好天にも恵まれ、人にも恵まれ、全てのおかげで登頂出来たのだろうと感謝の気持ちで一杯になった、快い日だった。 |
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2004年04月30日 13時56分48秒
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2004.4.25(日)晴れ 残雪期に登りたいと思っていたが、のびのびになっていた濁谷山と大平山に登って来た。最初の計画では虎谷から濁谷山だけを考えていたが、富山ハイキングクラブの方々が大平山経由で登っておられる報告を見て、では白嶺を眺めながら稜線漫歩を楽しもうと決行したのだ。 平沢・池の原林道を行ける所まで行こうと車を走らせ、680m地点でとうとう雪が現れ、通行不能となった。左奥の谷越しに、可愛いくお碗のような大平山が見え、期待が膨らみ、8:15林道を歩き出した。 大きく右にカーブする峠の左に大平山登山口の標識が立っていて、ここでスパッツをつけ8:35登山道である階段を登り出した。 夏道と残雪が交互していたが、標高770m辺りからぎっしり雪があり、昨晩から降ったのか新雪が15〜20cmほど積もり、心が洗われるように清々しかった。3月を想わせる新雪と愛を囁く小鳥のさえずりがちぐはぐで、それが返って新鮮で味わい深く、楽しく緩斜面を登った。 大平山直下の急斜面ではTが先行し、新雪に付けたステップのラインが、陽光に反射し浮き上がり、美しい。慎重に足を滑らせないように気をつけながら、9:25大平山頂上に到着した。
正面には僧ヶ岳から駒ヶ岳の稜線が目を引きつけ、横には白嶺の毛勝山も神々しく光っている。南東に目を移せば濁谷山への稜線が延びて、「早く行きたい」と心が騒いだ。 稜線上は痩せ尾根で、藪漕ぎに突入したが、西側には夏道が切ってあり、赤ペンキの印が付いた竹製の板が等間隔に差してあった。 稜線漫歩と考えていたが、P1074mまでは景色が見えず、足場も悪く懸命に歩いた。P1074mを手前のピークと勘違いしていて、「あと1つのピーク越えや」と下りだす。先頭を交代しながら登って行くとTが「着いたぞ。360度の見晴らしや」と叫ぶ。「うそ、あと1つあるはずや」と、私も登り詰めると10:45もう濁谷山の頂上に立っていた。
「素晴らしい」「綺麗やね」ど真ん中には堂々とした毛勝三山が、左には新緑の若葉と頂部の雪のコントラストが美しい僧ヶ岳と駒ヶ岳が、右には東芦見尾根の後ろに剣岳の雄姿と端正な大日岳が並び、それぞれが青空に映え、息を呑む美しさだ。 「こんなに短時間で登れ、こんなに素晴らしいところに来られるとは、富山に生まれてよかったね。」と心から安らぎ、贅沢な展望レストランでランチタイムを楽しんだ。「こんな良い日に誰も来ないなんて勿体無いな」とTがしきりに残念がり、本当に「この新雪は私達だけに見せるために降ったのやね」と同調した。 充分満喫して11:40下山することにした。50mほど下ったら、65歳ぐらいのご夫婦が登って来られ、「抜群の展望でしたよ」と挨拶し、お見送りをした。「いいな、やっぱり夫婦二人、元気で居らんならん」といたく感激していた。 下山途中4人組の中高年の方々が登ってこられ(全て大平山経由)、今日の濁谷山からの眺望会は8名の観客で、少しは賑わいをみせ、心なしかうれしかった。来た道を戻り、1時間で大平山に着き、13:00登山口に到着した。 まだ雪のある林道には、人が入らない為たらの芽が多くあり、私のような節穴の目でも見つけられ、うれしくお土産にした。 帰りは大谷温泉(350−)で汗をながし、コージツにより17:00帰宅した。 |
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2004年04月26日 19時21分34秒
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