2011.9.24(土)曇りのち晴れ
杁差岳の登山口、奥胎内ヒュッテに着くと雨が降っていた。18時はもう真っ暗で、薄暗いライトの明りで夕食を済ませ、明日の準備もせずシェラフにもぐりこんだ。車の中は雨で濡れた雨具やスパッツ、リュック、タオルetcごった返していたが、暗さと雨ではお手上げ状態だった。
朝4時に起きると雨は止んでいた。今日のコースは足の松尾根を登って杁差(えぶりさし)避難小屋で泊まり、明日下るというものだ。シェラフやシート、二日分の食料と水、着替え、忘れ物が無いように気をつけリュックにぎっしりバッキングして、ようやく出発の準備が出来た。
奥胎内ヒュッテから足の松尾根登山口までバスが出ている。第一便(5:50)に間に合わず、第二便(6:10)のバスを待った。掲示板には頼母木(たもぎ)避難小屋には水豊富と書いてある。Tは水を捨て頼母木避難小屋で泊まろうと言ったが、宿泊者のほとんどが頼母木避難小屋に泊まるらしく混雑が予想された。「折角2日分の水も用意したのだから杁差避難小屋で良いじゃない」と説得してバス(300−)に乗り込んだ。
バスを降り、重いリュックを担ぎ6:25足の松尾根登山口を登り出した。広々としたブナの原生林で御用平と記され、気持ちの良い林だ。そこを進むとすぐに急斜面の尾根にぶつかった。
御用平 すぐに急登が始まる
ここから急登がはじまる。網目状に飛び出した根が、足の踏み場となって長いロープが下がっている。「ここを登るの」重いリュックが肩に食い込む。「どうせ今日は小屋泊まり、ゆっくり行こう」と一歩一歩、滑らない様に気をつけ登った。
尾根の登山道は名前のごとく松が多い。絡み合った根と石が踏み固められ、無用な整備は一切されていない。自然体の登山道にTは「素晴らしい、素晴らしい」と感激しきりだ。両脇がスパット切れ落ちたやせ尾根を根気よく登り続け、岩場を過ぎると7:20姫子ノ峰に着いた。
足の松尾根は名前の通り松が多い ヤセ尾根の岩場を越える
見晴らしもよくなったが、急登のやせ尾根は続き足もとに神経を使う。岩場や幾つかの軽いアップダウンを繰り返し登ると眼下に滝が見え、その先が英三の峰だった。
まだまだ大石山まで標高がある。ゆっくりとしかし確実に標高を稼ぐ。ヒドノ峰から少し下ると水場の分岐があり、右に進路を変えブナ林を登った。
尾根は広くなり、灌木帯になった。青空が広がり眺望もよく9:20イチジ峰に着いた。目前に大石山からのコルと鉾立峰が見え、気合いもはいる。栄養補給して小休した。
まだまだ先は長い。重いリュックを「どっこいしょ」と持ち上げ、大石山に向け歩きだした。
登りつめると西ノ峰についた。ここから左前方に杁差岳全景が見え、右には頼母木避難小屋や地神山の繋がりが見渡せた。なんと言う素晴らしい風景、早る気持ちで大石山へ向かった。
昨日登った二王子山を背にして 大石山からの杁差岳(奥)手前は鉾立峰
10:25大石山に着き、左に回り込む。 「わあ奇麗」絶句する。「良い山だね」感激の嵐、緑に覆われたコルに一本の小道が鉾立峰に続き、その奥にたおやかで美しい杁差岳がメルヘンチックにやさしく輝いていた。「穏やかでなだらかな山並、さすが飯豊だね」
杁差岳に向かい大石山を大きく降る 鉾立峰に到着(バックは門内岳)
大石山を大きく降り、草原に出るとまだハクサンイチゲやミヤマシャジンやミヤマナデシコなどが咲いていて驚いた。このあたりで単独日帰り男性にお会いした。急登を登り11:15鉾立峰に着く。
このあたりでも男女の日帰り組にお会いした。皆さん健脚揃いでお元気だ。鉾立峰をもう一度大きく降って、緩やかに登り進めると11:45杁差避難小屋に着いた。
小屋には女性グループが二組10人くらい居られ、一組は日帰り下山、一組は頼母木避難小屋へ行かれるそうだ。混雑しているのでリュックを小屋に置き、空身で頂上に登った。
杁差岳避難小屋と杁差岳 杁差岳頂上
頂上からは飯豊本峰から大石山の縦走路が見渡せ、その長大さに見入ってしまった。ガスが湧き始め寒くなり小屋に戻った。
まだ12時前、軽身で日帰りすればよかったと後悔したが、たまには山上でゆっくり過ごし、夜空を見上げるのも良いかと思いなおし、登山靴を脱ぎ二階へ上がった。
思った以上に奇麗で快適そうだった。「まるで別荘みたい」とはしゃぎ、小屋のゴザを敷いて場所を確保した。
Tは早速、酒を出し上機嫌、Mはおにぎりを食べたりコーヒーを沸かしたりご満悦、Mはお腹を満たすと、後はすることがない。避難小屋のノートを読んで時間を費やすが、なかなか時間は過ぎなかった。二階の窓から頂上が良く見え、「だれか来た」と喜ぶと登山者は頼母木避難小屋へ行かれるのか下山していった。「今日は二人だけかな」と急に寂しくなった。
14:40ごろ待望のご夫婦が小屋に来られた。「嬉しい」ほっとしてTとも会話がはずむ。その後二人組の登山者も着かれ、避難小屋は6人になった。
夕食を食べていると、一階からご夫婦のご主人が、わざわざ二階へ肴のおすそ分けを持ってきて下さった。私達も一階に下り、お仲間に入れてもらった。ご夫婦は栃木在住でご主人は地元出身の方だった。今日は大石ダムから東俣を登って来られたそうだ。男性二人は柏崎在住の方々で足の松尾根から登って来られたそうだ。山談議に花を咲かせていると時間の経過も速い。夕日が赤々とガラス窓を照らした。
夕映えの飯豊連峰 夕陽を楽しむ
また単独の年配男性が小屋に着かれた。男性は大石ダムから西俣を登って来られたそうだ。なんでも普通は大熊小屋で一泊するらしいが、大変なつわものだ。
外は雲一つ無い夕晴れで6人で頂上へ登った。頂上に立つと360度の大パノラマで、素晴らしい夕景に心満たされながら、山々の名前を教えてもらった。夕日はあっと言う間に佐渡ヶ島へ落日した。それでも暮れなずむ時と空間を愛しみながら、ゆっくり頂上に留まった。
頂上で日の入りを待つ 佐渡ヶ島に太陽は沈んだ (中央は東港火力発電所 )
小屋に戻って、寝る準備に取りかかる。西俣から登って来られたTo氏は2階の私達の横に寝床を造られた。夕食の湯を沸かすのにガスを使われ、部屋も暖かくなった。
まだまだ眠りには就けない。外に出て今度は夜空を見上げる。満天の星々は白く輝き、天の川もうっすらと見え、星が近い。全ての星が一等星のように大きくて星座などまったく分からなかった。遠い遠い宇宙からの光と、宇宙の広がりに感激して、部屋に戻りシェラフに入って、To氏と雑談しながら眠りについた。
2011.9.25(日)晴れ
長い夜だったが、良く眠れた。寒くてシェラフから出るのに勇気がいる。6時過ぎ起きて、朝食の準備に取り掛かった。温かい味噌汁を飲むと身体も暖まり、活力もでた。
持物をリュックに詰め、出発する準備が出来た。もう一度頂上に登り杁差岳にお別れを告げ、御世話になった皆さんにお礼を言って7:20下山開始とした。
楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます。 さわやかな朝光を受け下山する
今日のお天気は快晴だ。清々し空気と大自然の奥山に居る喜びを感じつつ、鉾立峰を登る。頂上に登ると爽快だった。大石山に登り返していると頼母木避難小屋からの登山者に会った。
8:20大石山の分岐から足の松尾根に入る。下りは速いものだ。英三ノ峰から姫子ノ峰の間は痩せ尾根で足を滑らせると危険だ。ゆっくり下って10:45登山口に戻った。
これで見おさめ、良い山でした 奥胎内ヒュッテ
先に着いたTが待っていた。バスは13:00始発なので、林道を歩こうとしているとバスが来た。バスが止まり、交渉すると「今日はサービス」と300−で乗せて下さった。ラッキー!
お陰で11時前には奥胎内ヒュッテに着くことが出来た。ホテルの様なヒュッテでお風呂に入り(600−)、レストランで飯豊弁当(1200−お勧め)を食べ、全てに満たされながら中条ICから高速に乗り、帰路についた。
杁差岳は素晴らしい山だった。登山道は自然をそのまま活かし、むやみな整備がされていない。根が階段のように張り、四方八方に飛び出している。それでいて危険な場所にはしっかりロープなど施されていた。登り甲斐もあり、山容も穏やかで御花畑も広がって、眺望も素晴らしかった。秋の紅葉時も素敵らしい。
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二王子岳 (1420.1m)
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2011.9.23(金)曇りのち雨
全国的に三連休は高気圧に覆われ好天が続くようだ。しかし計画していた(二王子岳と杁差岳)新潟の23日は微妙で雨マーク、まだ何処の山に行こうか決めかねていた。22日の11時の天気予報を確認する新発田市は不安定ながらも日中は晴れるようだ。
「計画決行」と準備を進め18:00新潟に向け出発した。北陸高速に入ると「朝日から糸魚川まで雨通行止」と掲示案内が目に入った。「ショック」「でもそのうち解除されるかも」と楽観していると、有磯海PAや入善PA付近の走行車線に大型トレーラやトラックがPAに入れずズラリと縦列して異常事態であることが分かった。仕方なく朝日ICで高速を下りると一般道の8号線も通行止めだった。
ここでも大型車が国道に縦列して、動かない。スーパーの駐車場に入って情報を集めると13時から待っていると言う神戸の男性にも会った。結局は国土交通省の厳しい雨量規定があり、いつ開通するか分からないと言うことだった。運よく1時間待ちで、一般道だけ通行許可が出て、ノロノロながらも糸魚川まで行くことが出来た。その後糸魚川から高速に乗り、新潟手前の黒埼PAまで行き、11:00ここで車中泊した。
黒埼PAで朝を迎えると素晴らし天気だった。喜んだのもつかの間、飯豊山地方面には厚くて黒い雲が広く湧いて、心なしか気分も沈んだ。
6時身支度を整え二王子岳登山口に向かう。聖籠新発田ICを降り、ナビに案内され二王子神社の登山者用駐車場に着いた。
もちろん誰もいない。山の木々が大きく揺れ、お猿のけたたましい甲高い叫び声や鳴き声が響き渡り、恐怖すら覚える程だった。
二王子神社に出ると立派な社殿が建っていた。ひっそりと人気のないこんな山奥にこれほどの建物があるとは、歴史を感じ地元の方々の根強い信仰心が窺われた。
神社前には車が一台駐車されていて、だれか先客がいるようだ。小雨が降り出し雨具を着て7:40登り始めた。
二王子神社 左が清流、右は登山道(下山時写す)
登山道脇には小川が流れ川床が花崗岩という美しい清流は心まで澄ませてくれる。杉林は鬱蒼として心静かに聖域へ向かう参道の様に思えた。緩やかに歩くと1合目となりここから傾斜が増すようになった。
杉林を行く せせらぎを配した御庭を歩いているよう
雨も止み雨具を脱ぐと開放され歩きやすい。登山道には土嚢が敷かれとても登り易かった。神立石や一王子神社を過ぎ、4合目あたりで地元の女性2組に追いついた。挨拶を交し先行する。
神子石 切り通しの花崗岩の登山道
9:20五合目の定高山に着いた。登っている時、金剛堂山に似ていると思っていたので、まずは第一目標をクリアーしたことでリラックスした。天気は不安定で曇り空、時折雲間より薄日がさし回復の兆しに気を良くして、頂上に着くころには飯豊連山が見えるのではないかと、大きな期待を膨らませた。
登山道は樹林帯の中で景色はない。二王子スキー場ニノックスでドリフトの練習をしているのかエンジン音の爆音が絶えず聞こえ、自然愛好者としては少し興ざめの感があった。
油コボシの花崗岩露岩を越え、標高1300m位で視界は開け避難小屋のある頂上が見えた。お花畑に成るであろう緩やかな斜面の横に登山道が続いている。少し登ると湿地になり地塘などもある素敵な所だった。登山道を登ると三王子神社の祠かあり、このあたりから雨が降り始めた。風が無いので傘をさし、平坦な登山道を辿り避難小屋に10:40着いた。
8合目から避難小屋が見える 三王子神社
リュックを下し、頂上を踏む。あいにくの雨では展望は無い。広い頂上もこんな日ではただ寒々として閑寂さを引き立てた。記念写真を写し避難小屋に戻り、厚着してお腹を満たした。暫くすると先ほど会った女性二人も着かれた。
避難小屋と頂上 二王子岳頂上
30、40代の女性で阿賀野市の方だった。二王子岳山開きなどにも参加されるそうで、二王子岳しか登ったことがないと言われた。「それにしてもどうしてこんな日に登るの?」と聞くと「そのうち晴れるかと思って」といたって大らかな方々だった。靴や雨具など登山装備も揃わない割に二人ともとても健脚者だった。
御二人に後を譲り11:40下山開始とする。雨は益々強くなり早足で下山していると、9合目下の三王子神社辺りで男性二人組にお会いした。今日の物好き登山者は6名だった。始終雨に打たれながらも13:30二王子神社登山口に着く。雨具、スパッツ、手袋、登山靴全てずぶ濡れだった。
下山後、あやめの湯へ行くと機械の故障で休館していた。地元の方に情報を頂き、城山温泉(700−)で汗を流し、イーオンで買い出しを済ませ、杁差岳の登山口である奥胎内ヒュッテに向かって車を走らせた。
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金剛堂山 (1638m)
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2011.9.18(日)晴れ
折角の連休も台風と前線の影響で計画倒れになり、Tと日帰り温泉にでも行こうと決めていた。
朝6:30目が覚めると光が満ち溢れるピカピカのお天気だ。「うそ、こんなによい天気になるとは!」「こんなことが分かっていたら、もっと早起きしたのに」
Takuは「金剛堂山にでも行ってくる」と言う。Mは急な誘いに乗り気ではなかったが、Tを起こし聞いてみると「行く」と言う。Mも心を決め、お伴することにした。
7:15家を出発して156号線を走ると、立山連峰がくっきりと遠望でき、高山を目指している人が羨ましく思えた。
途中コンビニでパンやおにぎりを買い、栃谷駐車場に向かう。利賀に近づくと金剛堂山が目に止まり、頂上は雲で覆われていた。「こんなよい天気に、頂上は雲の中とは、ついてない」と落胆しながら登山口に着いた。広場には、つくばナンバーと富山ナンバーの車が2台駐車されていた。
準備を整えMを先頭に8:35歩き出した。登山道を覆う野草はしっとり雨に濡れ、昨日の雨を想わせた。ズボンの裾を濡らした深草も消え、沢を渡り山道を登る。
強い日差しを受け、登り始める オオカメノキの実も赤くてかわいい
特急のTakuを見送り、Tと二人気ままに、歩き慣れた登山道を登った。10:00片折岳に着き、正面には金剛堂山が見える。頂上は晴れていた。この時期草木が濃く、景色は得られない。登り返し尾根に出ると展望も開け眼下にはスキー場や立山連峰などが見え、少しの安らぎを得た。しかし、風が強く大きく幹や枝を揺らし、ゴーゴーと空に唸りを上げ、威圧した。
頂上に向かって片折岳を降る わぁい〜富山湾もよく見える
中高年の単独男性が下りて来られ、挨拶を交す。茨城を出て今日で10座目の登頂だそうだ。明日は人形山に登るとのこと、無事な山旅を祈りお別れした。
剣岳もすっきり見える ナナカマドの実がたわわに実る
4Km地点でTは速度を上げた。Mは一杯一杯、ナナカマドの赤い実がたわわに実り、彩をそえる。紅葉には早いが真紅の実は心を引き付けた。それらに元気を貰いながら、もう少しもう少しと足を進め、10:55二人の待つ頂上に着いた。
御二人さん、お待ちどうさま 風を避けて憩う
頂上からの中金剛 中金剛からの前金剛
Takuはもう中金剛へ行って帰って来たのだそうだ。祠の陰で風を避け、腰を下し冷たい水を飲む。「ああ幸せ」 一息つき、おにぎりやカップ麺など食べ、身体を休めた。
頂上からの立山連峰も頂部に雲が掛かりちょっと冴えなくなった。中金剛を眺めたり、コーヒーを飲んだりして寛ぎ、11:35下山開始とした。
ナナカマドロードを下る アサギマダラが飛び交っていた
下山途中、メールを頂いたことのあるSa氏が登って来られ、声を掛けて下さった。初めてお会いしたが、やさしそうな方で、短い時間ではあったが山談議を交わしお見送りした。また天気が好転したせいか、多くの登山者にもお会いした。
13:10駐車場に戻ると車で一杯になっていた。隅にはキャンプ用のテントも張られ、ファミリーで魚釣りなどされていて、贅沢な心の豊かさを感じた。
下山後、天竺の湯で汗を流し、利賀そばの郷、ごっつお館(なかしま)でざるそばを食べ、明日は本当に天気予報通り雨が降るのか疑いながら、強い日差しを受けつつ帰路についた。
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僧ヶ岳 (1855.4m) 駒ヶ岳(2002.5m)
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2011.9.11(日)晴れのち曇り
頭痛に襲われたり、台風の影響を受けたりして、山に行けなかった。久し振りに3人で白馬に行こうと決めていたがTakuは急に休日出勤となり、二人で近場の僧ヶ岳と駒ヶ岳に登ることにした。
家を5:30出発して一般道を利用して宇奈月へ向かう。温泉街から登山口に向かう林道では20匹ほどの猿がのんびり移動して林道を塞いでいた。微笑ましく親子猿を見送りながら「そう言えば成谷山にも沢山いたな」と僧ヶ岳一帯だったことを思い出した。
7:30烏帽子尾根登山口に着くと車が10台位停まっていて、準備をされている方々もちらほら目にはいる。Uターンして路肩に車を停め私達も身支度して7:45登り出した。
登山道から木々の切れ間より緑濃い僧ヶ岳が見える。よく踏まれた登山道は歩きやすく1時間で宇奈月尾根分岐に着いた。このあたりではアキノキリンソウやオヤマリンドウなど秋の花が咲き、空も爽やかで心地よかった。
僧ヶ岳が見え期待も膨らむ 秋の草花が季節の移ろいを感じさせる
前僧ヶ岳への登りでは沢状の登山道が雨水や流水に浸食され、右や左に足場を求めながらの登りとなった。登りきると眼下には黒部の町が広がって展望もよい。ぬかるみをさけながら先を急ぎ前僧ヶ岳に着くと、Tが待っていた。
二人で仏ヶ平に下ると、草原には盛りの過ぎたマツムシソウが倒れかけ、リンドウの薄紫はいかにも寂しげに感じた。
僧ヶ岳への尾根を登ると眼下には宇奈月ダムが見え、朝日岳や白馬など眺めが良い。もう下山者が下って来られ、ご挨拶など受け、9:45僧ヶ岳に着いた。
仏ヶ平と奥には駒ヶ岳 「稜線を楽しもう」駒ヶ岳に向かう
久々の山のぼりで脚力を心配したが、とても快調だ。ここで初めての休憩を取って、水分や栄養を補給して駒ヶ岳に備えた。
9:55「稜線を楽しもう」と駒ヶ岳へ向かって下る。登山道は草が刈られ比較的歩きやすくなっていた。とちの湯からの尾根合流手前から急に疲れが出始めた。なにしろ暑い。涼風を期待したが無風で、ただただ喉が渇き、汗が噴き出た。それでも前進していればそのうち着くだろうとマイペースを決め込み登り続けた。Tが先を行き離れた頃合いをみて待っていてくれる。凍らせたスポーツドリンクが喉を潤す。どれだけ水分を摂っただろう。真夏のような暑さに体力は消耗し、左太ももが軽く攣った。「行けるかな?」不安がよぎる。大きく足を上げ踏ん張ったら間違いなく攣るだろう。Tは「いつでも止める」と言う。気力は充分あるのだが、核心部の岩場を登れるか心配だった。Tに「一人でもいいから駒ヶ岳を踏んで来て」と頼み、Tの後を追った。小幅で腿をいたわりながら歩くと痛みは消えた。これだったら行けると核心部の岩場を乗り越し、小ピークを越え11:25駒ヶ岳に着いた。
北駒ヶ岳辺りを歩く、とにかく暑い やっと着きました
ほっとして腰を下すが、食欲は無い。頂上に着くと待っていたかのように山頂はガスに包まれ景色は無くなった。僧ヶ岳から一緒に来た富山の単独男性も着かれ、3人の憩いの場となった。梨を食べ、あとはコーヒーを飲む。汗でお腹が冷え痛んだが、暫く暖めると治ってくれた。
11:50下山開始とする。ガスで少しは涼しい。いくつかのアップダウンをこなし、僧ヶ岳への登りをやり過ごし13:05僧ヶ岳に着いた。
気ままなガスが時折晴れる こんなに若人がいるとは驚き、嬉しいかぎりだ
頂上には多くの若者が憩いでいて、休憩場所もなくそのまま下った。仏ヶ平で小休して14:30登山口に降り立った。
今日の駒ヶ岳は4回目となる。稜線の秋風を期待していたが、真夏のように暑くバテバテだった。しかし一カ月ぶりの山登りにしては良く頑張った。満足しながら下山して、宇奈月温泉のフイール宇奈月(500−)で疲れと汗を流し、新湊の道の駅で白エビかきあげを食べ帰宅した。
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赤沢岳 (2677.8m) 針ノ木岳(2820.6m)
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2011.8.16(火)曇りのち晴れ
お盆休みに何処の山に登ろうか、絞り込めずに悶々としていた。しかし何処にも出かけ無いのはストレスが溜まる。標高があって涼しく、刺し虫がいない所で、初めてのところを考慮して、後立山を縦走することに決めた。
16日4時家を出発して、魚津ICから糸魚川ICを高速で、その他は一般道を走り7:15扇沢に着いた。市営駐車場は満車で誘導員の了承を得て白線内の路上に車を止め、登山準備に取り掛かった。
7:30柏原新道登山口に下る。10分間で登山口に着き、ここで登山届を記入し7:45登り始めた。
扇沢駐車場はもう満車、期待を胸に出発 登りやすい柏原新道
柏原新道は歩きやすく樹林帯で涼しい。幸い、虫もいなく快調に高度を稼ぐことが出来た。ガスも上がり、眼下には扇沢ターミナルが小さく見える。またこれから行く対山の岩小屋岳には青空が出て、大きな期待が膨らんだ。稜線上の種池山荘も見え、○○岬と書かれた丁寧過ぎる標識を次々にやり過ごし、巻き道を通過してひと登りすると10:45種池山荘に着いた。
柏原新道から扇沢を隔て岩小屋沢岳(左)が見える 青空がまぶしい種池山荘に到着
山荘前のベンチに座っておにぎりを食べ休憩をする。おのずと視線はこれから行く岩小屋岳方面に向く。穏やかなコルから登山道が手に取るように見え、まだ見ぬ黒部側の景色の出会いに気持ちが高まった。
爺ヶ岳をバックに山荘前で 蓮華岳(左)、針ノ木岳(中)、これから行く稜線(右)が見渡せる
11:00新越小屋に向け、歩き出す。整地されたテン場に感心しながら、登山道を下りコルに出た。このあたりはお花畑でハクサンフウロやウサギギクやエンゴサクなどの花々が可憐に咲き目を楽しませてくれた。
山荘からコルに下る 御山谷雪渓を抱え立山が輝く
登りに入ってダケカンバやツガの林間をぬけると黒部側に出て、御山谷の雪渓が残る立山がどっしり青空に映えて美しい。何度も写真におさめ感激しながら、手入れされた登山道を登り下りして歩を進めた。残念だったのは剣岳の頂部に雲が掛かって全容が見られなかったのが心残りだった。
岩小屋沢岳に到着 新越山荘が目に入る
いくつかのピークを過ぎ12:20岩小屋岳に着いた。山名柱を見て一安心、穏やかに下って、少し登り返しP2623に立った。後ろからずっと単独女性が同ペースで登って来られた。「速いですね」とお褒めの言葉を頂き「あなたこそストック無しで速いですね」とご挨拶を交し、三人で降ると眼下コルに新越山荘が見え、12:50山荘に着いた。
受付をして部屋に案内されると単独女性Yさんも同室だった。着替えを済ませ3人で小屋前のテーブルに出て、コーヒーを飲んだり、お酒を飲んだり、山談議に花を咲かせたりして、楽しい山上での時間をゆっくり過ごした。Yさんは東京在住で単独で朝日岳〜白馬岳(不帰険)〜唐松岳〜(キレット)鹿島槍と縦走されて来た、精神力、行動力、体力を持ち合わせた、知的な猛女だった。お話を聞いて、ただただ脱帽するばかりだった。
針ノ木岳、スバリ岳を眺めながら憩う 夕食タイム
今日も午後3時頃から雨が降り出し、部屋に入って身体を休め、5時の夕食を待った。食事後テレビの天気予報を見ると長野北部は13時から雨で、明日はお天気らしい。ほっとして部屋に帰り、最大20名の部屋に5人と言う贅沢な意場所を貰い、ゆったりと布団に横たわった。
■8月17日(水)曇り一時雨
4:30部屋に灯りがついた。窓からはダケカンバが大きく揺れ、霧で視界はない。気落ちしながら朝の身支度を済ませると、5:00食事の用意ができたと声が掛かった。
心なしか皆さん(17.18人)も浮かない顔で笑顔がない。食事後、玄関付近は忙しくなり雨具を着て次々に出発されていった。
5:45私達も防寒用に雨具のジャケットを着て山荘を後にする。風があり寒い。宿泊者の大方は爺ヶ岳方面に向かわれた。
稜線漫歩を楽しみにGO 風に煽られながら鳴沢岳に着く
今日は稜線漫歩、とても楽しみにしていたので早い天気の回復を願いながら鳴沢岳に歩を進めた。景色もなくひたすら登ったため35分間であっけなく鳴沢岳についた。視界不良写真だけとって赤沢岳に向かう。細尾根、ガレ場、浮き石と注意を払いながら行くと雲が少し晴れ、黒部平のロープウェー駅や内蔵助平に薄日が射し目を引く。尚の回復を願ったが、山々の上部は濃い灰色雲に呑まれ願いは届かなかった。このあたりがトンネルの真上辺りだろうか。
雲が晴れない稜線歩き 黒部平や内蔵助平に薄日がさす
単独男性やYさんと合流して7:05赤沢岳に着く。ここも視界不良。針ノ木岳へ大きく方向を変えて降る。雲の中から突然眼下に黒部湖が現れた。「わあ、見えた」と感激しながら、写真に収める。秘境の黒部湖は静かに湖水を湛え、なににも動じない荘敬さがあった。
鳴沢岳が遠くなる 赤沢岳
雲の中から黒部湖が現れた スバリ岳に向かう
スバリ岳に向かうこのあたりから岩場まじりの登山道になって登ったり降ったりと結構忙しい。登山道の傍らにはトウヤクリンドウの花が風に揺れ、いかにも寂しい風景だった。それでも雷鳥の親子が姿を見せ、3羽のひな鳥の愛くるしさとそれを見守る母鳥のまなざしに心が癒された。気長にジグザグのザレ場を登り、岩場を乗り越えると8:40スバりリ岳に着いた。
雲の中のスバリ岳 とうとう雨が降り出した
視界0、風も強く岩陰に座ってパンを食べお腹を満たす。このあたりで針ノ木岳からの縦走者に多くあった。身体が冷え8:55頂上を後にする。下りのガレ場にはコマクサが多く咲いていて灰色の世界に唯一色合いを添えて応援してくれた。次第に霧が雨に変わり強くなった。急いで針ノ木岳に向かう。
マヤクボのコルまで下ってTは雨具ズボンを着る。Mはそのまま針ノ木岳に向かった。三回目の登頂だったが前回の2回は晴れだった。「針ノ木岳とは相性が良いはず」と懸命に登り続けると雨はやっぱり止んでくれた。9:40頂上に着くがもちろん視界はない。Yさんと3人でお花畑を愛でることなく急いで針ノ木小屋へ下った。
針ノ木岳 針ノ木小屋で休憩
10:10針ノ木小屋に到着。ここでコーヒーを沸かし身体を暖め一息ついた。あとは降るだけ、心にも余裕が持てる。
10:30下山開始とする。雪渓は薄く切れ落ち、全て夏道の高巻きルートだった。これでもか、これでもかと、アップダウンが続く。2001.8/25を思い出して下るが、こんなに長かったかと記憶の曖昧さにたじろぎを感じる。近年の思い出は2005.5/28雪渓を快適に下った楽しさが記憶され、針ノ木岳は雪渓を登れる時期を吟味すべきと感じた。
高巻き登山道を下る 恋い焦がれた湧水
下界は晴れていた。大沢小屋を経て、恋い焦がれた湧水に再会して腹いっぱい冷水を飲んだ時、言いようのない幸せを感じた。顔を洗いすっきりリセットして、13:05扇沢駐車場についた。
天気には恵まれなかったが、とても登り甲斐があり、充分な満足度だった。下山後大町温泉の薬師の湯で汗を流し、行動を共にしたYさんを信濃大町駅に送り、帰宅の途についた。
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白山 (2702.2m)
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2011.8.7(日)曇りのち雨
このところお天気が安定しない。白馬岳に登ろうと思っていたが長野の天気が悪く、比較的天気の良い白山に計画を変更した。
今回は石川側の別当からTakuと 3人で登る。家を4時過ぎ出発して、一の瀬の駐車に着いたのが6時を回っていた。案の定満車で、スペースを確保するのに苦労した。
準備を整え、バス乗り場に向かう。今まで見たことのない大勢の若い山ガールが多彩な色彩のファッションで身を包み闊歩する。「やっぱり白山は違うな」人気度の高さが窺われた。
乗車券(片道400−)を買い、バスに乗り込む。満員になるまで発車しないのか結構待たされ、6:30やっと動きだした。
別当に着くと、広場には幾つもの団体登山者が記念写真を撮ったり身支度を整えたりして華やいでいた。
6:50出発して、吊り橋を渡り登山道に入る。Takuは健脚なので甚之助避難小屋で待ち合わせることにして、各自のペースで登ることにする。登山道にはビギナーや大学生など多くの若者が登行し、歩行ペースが速く次々と追い抜かれる。「みんなこんな速いペースでは1500mの標高差はもつのかな?」と老婆心から心配になった。
久々の山登り楽しんで来よう 新しい甚之助 避難小屋
登山道は敷き石が組まれとても歩きやすい。8:15には新しい甚之助小屋に着いた。中に入ると二人は首を長くして待っていた。それにしても清潔で快適な避難小屋だ。新しいベンチに腰掛け冷たい巨峰を口に入れると元気がでた。
小屋を出て登るとすぐ上に旧避難小屋が目に入った。新しい避難小屋は新たな場所に建てられていたのだ。
黒ボコ岩へ向かう巻き道では多くの宿泊下山者が下って来られ、譲ったり譲られたりしながら歩み続けた。
このころからガスが出て青空は雲に隠れた。黒ボコ岩手前の急斜面はお花畑、ハクサンフウロやシモツケソウやミヤマナデシコなど色彩が豊かで目を楽しませてくれる。チョロチョロと流れる延命水では竹コップで冷水を受け、有難く飲みほす。美味しく長生きできるような気がした。
黒ボコ岩直下のお花畑 弥陀ヶ原のコバイケソウ大群落
黒ボコ岩に着くと、ここでも多くの登山者が休憩をしている。それを横目で見ながら弥陀ヶ原へ向かった。草原はガスで景色は無い。しかし、コバイケソウの大群落が静かに白い花を広大にちりばめ、落ち着いた霊山の品格を盛り上げていた。
木道を歩いていると今まで白山に登った中で、一番の疲れを感じた。「白山て、こんなにきつかったかな!!」と脚力低下を嘆きつつ「あと一登り」とゴロ石を懸命に登り9:40室堂に着いた。
TとTakuは広場で登山者と歓談しながらベンチで待っていてくれた。お天気も回復して頂上も見渡せ気持ちも高揚する。栄養を補給して神社に拝礼して10:00頂上に向け登りだした。
頂上に向かう途中ではクルマユリ が咲き競う やっぱり定番の記念写真に
TakuとTは元気がよく、すぐに離され姿が見えなくなった。今日のMは疲労困憊、足が重く感じられた。それでも休まず登り続け10:40頂上に着いた。
頂上にはあふれるほどの人盛りで、笑顔が輝いている。いつも休憩する場所に回り込むと二人は岩に座って美酒を飲んでいた。Takuは剣ヶ峰が気になるようで「あそこにピンクの印がある」とすぐにでも頂上に立ちたくて仕方がないようだ。今回は諦めてもらい3人でゆっくり至福の時を過ごした。
火口湖と大汝峰 行列の登山道
11:10頂上を後にする。室堂に戻って広場のテーブルでコーヒーを沸かそうとした時、雨がボツリと落ちた。屋内に入って様子を見ていると雨は止んだ。軒下に陣を構え、熱いコーヒーを飲む。温かいものは気持ちを落ち着かせる。
室堂で憩う人々 喧噪を避け エコーラインに入る
下界の温泉が恋しくなり12:05下山開始とする。人の多さに嫌気がさし弥陀ヶ原からエコーラインで下ることにした。こちらのコースは人に会うことは稀、静かに花を眺めたり、南竜ヶ馬場を俯瞰したりして、楽しみながら12:45分岐まで来た。
ハクサンコザクラの大群落に心弾む メルヘンチックな 南竜ヶ馬場
南竜ヶ馬場
空から雨粒が落ち始めいやな雰囲気、次第に本降りとなった。雷鳴が遠くで響きどんどん近づいて山の色彩がなくなっていった。Mは傘を出したが、TとTakuはそのまま甚之助避難小屋へ向かって駆けていった。
13:10甚之助避難小屋で雨具を着ようと意気込んで着いたが、一人も入れないくらい人々がひしめきあって、動きが取れない。TakuとTにも会えず、トイレで雨具を着こんで、外に出でた。登山道は沢状態になって泥水が勢いよく流れる。運動靴や雨具の無い登山者も多く、とても酷な大雨だった。
先に下ったものと思っていたTakuが追いついた。「会えてよかった!」「小屋にいたの?」と一安心して、懸命に下り、14:05別当に着いた。
あの雨は一体何だったのだろう。別当では青空が広がっていた。3人が揃い、バスに乗り一之瀬駐車場に戻った。
この時期、石川側の白山は人が多すぎて、いささか疲れる。「やっぱり白山は岐阜側からの方が良いね」と3人で同感した。
ビジターセンター前の永井旅館で汗を流し、Takuの案内で県庁近くの日本料理“台場”で夕食を済ませ、大満足して20:10帰宅した。
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南駒ヶ岳 (28415m) 越百山(2613.2m)
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2011.7.17(日)晴れ
連休は晴れ続き、久々に200名山狙いで南駒ヶ岳と余力があれば安平路山に登ろうと決めた。日帰り南駒ヶ岳、越百山周遊は距離19km、累計標高2000mを超すハードなコースで不安はあったが、もし叶えられれば素晴らし山行になるだろうと期待も大きかった。
16日(土)11時頃家を出た。Takuは17日知人からのお誘いを受け西穂高岳の西尾根から挑戦するはずになっていたが、気合いはいり過ぎのトレーニングで15日朝 足を痛め、痛恨の底にいた。それでも羨望の念を抑え「頑張って来てね」とやさしく声を掛けて、出勤して行った。
久々の遠出「楽しんで来よう」と、Tと二人大桑村の須原へ向かう。高速で高山へ、その後R361を走行し木曽福島の二本木温泉(600−)で上質な泉質の温泉に浸かり大満足して、須原駅裏から伊奈川ダム林道を走り、4:30駐車場に着いた。
駐車場には車が30台位駐車していてほぼ越百小屋泊のためか無人だった。
17日3時頃目が覚め、朝食をとりゆっくり準備して4:15登山届を投函し歩き出した。すぐにゲートがあり、今朝橋を渡り空木岳への分岐を右折してケサ沢の瀬音を聞いたり道端のホタルブクロを眺めながら林道を延々歩く。下山時の越百山登山口を確認して、尚林道を歩きニワトリ小屋橋に5:30着いた。
花崗岩の林道 南駒ヶ岳 ケサ沢登山口
鉄パイプの梯子を登って、いよいよ登り始める。笹が生茂りその斜面にジグザグに切られた登山道があった。等間隔に合目を知らせる標識があり励みになる。左に御嶽の眺望を楽しんだり、ウグイスの美声に感心したり、涼しさも手伝ったりで順調に高度を稼ぎP2411三角点には8:15到着した。
視界のない樹林帯を黙々と登る P1946を過ぎると樹間から神々しい御嶽がみえる
立ち止まって休憩すると、虫の大群が襲い掛かってくる。持参した香取線香も効かず、とても寛げるものではなかった。
このあたりはまだ樹林帯だったが、傾斜も緩み少し気持ちにも余裕が持てた。切り立った大岩の間を通って岩の上に上ると、素晴らしい御嶽や乗鞍の景色が迎えてくれた。その眺めを見ながら鱒ずしを食べ栄養補給した。相変わらず虫が集まり顔や腕や首を刺して、チクリちくりと痛たい。
腰を上げ、登るとすぐにP2591に9:00着き、南駒ヶ岳や空木岳の雄姿が見渡せた。標識には頂上まで1時間と書いてある。思ったより早く着くとうれしさが込み上げ勇気が湧いた。
視界が開け空木岳が大きい 右には三角推のP2712を従えた南駒ヶ岳
此処からはいったん下りP2712に登る。登山道は笹としゃくなげで埋め尽くされ藪漕ぎ状態になった。懸命に登ったにも関わらずP2791に着くと頂上まで45分と書かれていた。「うそでしょう!!」「絶対に15分では来れないよ」この当たりで単独に男性が下山されてきた。
登山道は笹やシャクナゲで隠れている いよいよ岩場の登りとなる
P2791を右に巻き、少し下っていくと岩場の登りになった。慎重に登り越し、頂上直下に出るとゴロ岩が山積して、深底に落下しないように飛び越えたり這い上がったりして結構疲れた。岩場にはペンキマークはあるものの消えて見えにくい。小石のケルンを頼りに右へ進むと10:40南駒ヶ岳の頂上に着いた。
360度の大展望 何処から登っても登り甲斐のある南駒ヶ岳
360度の大展望、花崗岩の山は美しく白くて華麗だ。言いようのない喜びを感じながらあちこち方向を変え、シャッターを切る。残念ながら南アルプスは雲の中、しかしその切れ間から富士山が顔をだしていた。「それにしても越百山まだまだ遠いこと。」
石に腰掛けランチをとる。こんな標高が高いのに相変わらず虫が纏わりつき閉口してしまう。やっぱり北アルプスと大違い、ここは中央アルプスなのだ。
擂鉢窪避難小屋と百間ナギ 花崗岩の山肌は華麗で美しい
11:00先は長い、気ぜわしく越百山一周を目指し頂上を下った。花崗岩の奇岩や奇峰に目を奪われながら南ピークに着き、ここから大きく稜線を下った。正面には仙涯嶺がそそりたち、縦走路の強烈なアクセントを演出している。根気よく登り、岩を巻いたり登ったりして通過した。
南駒ヶ岳を下って振り返る 仙涯嶺のコルまで大きく降る
仙涯嶺がそそり立つ 仙涯嶺登りからの南駒ヶ岳
稜線は花崗岩が崩壊して砂礫化してよく滑る。時計回りで来たから良かったが、反時計回りでは足がずり下がり不安定で相当疲れるだろう。時折辿ってきた雄大な眺めを振りかえり、素晴らしい風景に満たされ、この縦走路を歩いている喜びをひしひしと感じだ。どちらかと言うと駒ヶ岳から空木岳の稜線より美しく素敵に感じた。
美しい花崗岩の仙涯嶺 庭砂を敷いたような縦走路に感激
長い長い稜線は緩やかな登りとなり無心に登ると13:15越百山に着いた。頂上からの稜線は安平路山へ繋がっている。大平から日本一の悪路を走行するよりここから稜線を歩いたほうが早いように思えた。しかし猛烈な藪漕ぎを強いられるらしいが。
穏やかな越百山への登り 越百山に着いてほっと一息
頂上で暫し休憩して栄養を補給して、コルに建つ赤い小屋に目を向ける。「さあ下ろう」これで見えなくなる南駒ヶ岳に別れを告げ、13:30下山路を踏み出した。
飲料水が心細くなってきた。ギラギラに太陽は照り、身体は熱い。低木の木陰に入るとホットした。「小屋でコーラーを飲もう」を合言葉に懸命に下ると14:00越百小屋に着いた。
期待したコーラーは無かったが、CCレモンはあった。ポカリも買いほっと一息つき、宿泊の登山者に下山路の水場を聞き、気持ちをリセットして14:10小屋を後にした。
越百小屋 ケサ沢の清流
途中の水場はすぐに分かった。手が切れるように冷たい水で顔を洗い、ガブガブ喉を潤すと生き返った。ここにも大群の虫が居て襲いかかってきて、あちこち刺されボコボコにされた。(Mだけ)急に嫌気がして「明日の安平路山、止めよう。まるでみすみす虫の餌食になるみたい」「シャクナゲの時期か秋に登ろう」とTに告げ、うなずきあった。
水の心配も無くなると気持ちも開放され、足も快調に動いてくれた。下のコルに着くと標識に登山口まで30分とあった。Tの下りが速くなって付いて行くのが苦痛だ。足の裏が痛くなりこの下りが一番疲れた。
堰堤の上でTが待っていてくれ、16:10福栃橋に着いた。「やったね。」「後は林道だけ。」もうここまでくれば安心だ。ラムネ色の渓流を覗きこんだり、渓谷の花崗岩の巨岩に目を奪われたりしながらひらすら歩き、16:55駐車場に着いた。
「良かったね」「大満足」「南駒ヶ岳素晴らしかった、良い山だった」と喜びながら、登山靴を脱ぎ心身とも開放された。
下山後、恋路の湯(500−)で汗を流し、夕食を食べ、閉館時間まで2回温泉に入って疲れを取った。計画では安平路山に近い道の駅“賤母”を予定していたが、大桑の道の駅に戻り、ここで車中泊した。
18日 時間が空いたので開田高原の御嶽明神温泉“やまゆり荘”(600−)に立ち寄り、ゆっくり温泉を楽しみ13:30帰路についた。山行は充実。おまけに温泉三昧楽しい連休を過ごし大満足しながら16:30帰宅した。
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松尾峠 (1971.5m) 弥陀ヶ原散策
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2011.7.3(日)曇り
Takuが単独で薬師岳の日帰りを計画している。私達も同行することにして、準備を整えた。夕刻の最終天気予報が曇り時々晴れから 曇り時々雨に変わった。午後からがあまり良くない。山の天気は不安定、熟慮した結果中止することにした。それでも準備した食料は無駄にしたくない。「早めに下山出来て、景色に拘らない所は?」と思案して八郎坂から松尾峠弥陀ヶ原散策に決めた。Takuは拍子抜けのようだったが、まだ行ったことが無いので了承した。
5:30家を出発して、称名滝駐車場に向かった。駐車場に着くと結構な台数の車が駐車されている。車前で3人が準備をされていて、よく見るとO氏とSe氏だった。「何処に?」とお聞きすると「大日岳」と答えが返る。私達にも「何処に?」と聞かれるので「簡単な反対側」と返答すると「反対側に山はあったか?」と茶化される。「そう乙女坂ですよ」
7:00歩き出す。15分程歩いた時、車外に忘れ物をしてきたことに気が付きTakuが駐車場まで戻ってくれた。二人は飛龍橋のたもとで待ったが、非常に寒かった。
久々の八郎坂 通行止のバリケードを越えて
Taku が着き、7:30橋を渡って通行止めのバリケードをまたいだ。八郎坂は7月1日から通行可となったはずなのに。登りだすとひんやりとした登山道は、打ち水を打ったようにしっとりと濡れ草は刈られ、客を迎えるように掃き清められているような清々しさだった。岩石を滑らないように気をつけながら登ると、力強い瀑布が目に飛び込む。こんな水量の多い称名の滝は初めて、その凄まじい崇高さに心打たれた。
水量が多く見事 凄まじい飛沫を上げダイナミックだ
8:50八郎坂下山口に着く。車道に出るとニッコウキスゲが競い合って咲いて、心が和む。大日平を横目で見ながら木道に入って弘法の休憩所のベンチで一休みした。
弘法ではニッコウキスゲが花盛り 弥陀ヶ原に向け木道を行く
腰を上げ弥陀ヶ原に向け、車道を横切り木道に乗る。木道沿いにはチングルマやタテヤマリンドウやコイワカガミが咲き、目を楽しませてくれた。
10:00追分分岐に着き、右折して松尾峠に向かった。小沢には雪解け水が勢いよく流れている。笹原や池塘は雪が解けたばかりで花の芽吹きがない。まだ残雪がある所もあった。
雪解け間もない地塘は芽吹きもない 峠への登山道にはまだ残雪があった
10:25 松尾峠に着き、先に着いたTakuの横に座った。標高2200m位から上は雲が掛かりザラ峠はおろか、山並などは見えない。立山カルデラを覗きこみ砂防堰や沼池など俯瞰した。
松尾峠で寛ぐ 立山カルデラを俯瞰
その後2組3人が到着された。お腹も満たされ、11:00弥陀ヶ原に下る。分岐で1周コースを選び急斜を下り追分分岐に戻り、弥陀ヶ原散策とする。
車道を横切り、小沢を軽く下って一ノ谷方向へ向かい、分岐で弥陀ヶ原ホテルを目指した。二人の楽しみはホテルでの冷たいビール、草原はまだ目覚めたばかりの色彩の無い寂しさだった。
弥陀ヶ原を散策 山での冷たいビールは格別か
11:20弥陀ヶ原ホテルに着き、ビールやアイスクリームを食べ、ゆっくり憩い12:00下山開始とした。
追分まで戻り、帰りは木道を歩かず、車道を歩いた。登行時、車道を歩いた一団が追い越して行ったので、試してみたが、やはり距離が長く二人に不評で批難轟々だった。「反省してます。ごめんなさい」
午後から天気が不安定と思っていたが、天気は好転して大日岳や薬師岳の全容がすっきり見えるようになった。「こんなのだったら薬師に行けたね」Takuのため息が漏れる。
こんなに良い天気になるとは(大日岳) 薬師岳も全容を見せ、心ざわつく
13:00弘法の休憩所に着き一休みして、八郎坂を下り14:30飛龍橋に着いた。今日も多くの滝見物の人々が行きかっていた。
今日の称名の滝は水量が多く、ダイナミックで一見の価値はあったし、松尾峠に至る笹原と地塘の風景も美しかった。私達にとって満足が行くものだったが、takuにとっては消化不良のようにすっきりせず不満そうだった。(三日後の6日、単独で薬師岳に登った)
下山後、森の雫(値上げしていた)で汗を流し、帰路についた。
■2011山行記録■
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