2006.5.6.(土)晴れのち曇り
8日目 今日は日帰りで天神尾根を登り塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳まで行く、距離にして17km累計標高1930mという長丁場のコースで、早い出発を覚悟した。
準備を整え5:30林道を歩きだした。橋を二つ渡りしばらく進むと、壊れかけた本谷山荘が悲しく建っていて、その前を通り過ぎると広い場所に出た。右に書策新道と書かれた矢印と直進した少し登ったところに源次郎沢上部の案内柱が立っていた。「おかしいな、天神尾根のはずなのに」と地図で確認してもやっぱり此処しかない。でも沢に入ってしまったらどうしようと大いに迷ったが、Tが登って見てくれると案内板の正面には「花立山荘を経て塔ノ岳と書いてある」と言い、「そうそう、その言葉を待っていたのよ」と直進して登山道を歩き始めた。
天神尾根は570mを一気に登り大倉尾根と合流する急登だがジグザグに切られ、歩き易くなっていた。薄暗い樹林の中を黙々登ると大倉尾根と合流し、登山道は幅広くなりベンチなど置かれ公園のようだった。整備の進んだ山道を登ると大倉尾根36、37、など番号が目に付き、緊急の時はこの番号を知られて下さいと書かれて、「親切だな」と感心した。また篤志家の方々によって植林がなされ、小さな苗木が金網の柵の中で大切に育っていた。
大倉尾根を登る 塔ノ岳が見えてきた
花立山荘を過ぎ、分岐を右折したら、塔ノ岳の山頂小屋が大きく見えるようになってきた。左手には雄大な富士山が雲の上に聳えていて、その大きさにびっくりしてしまった。頂上に見えていた小屋は日ノ出山荘で大きく傾き残骸のように痛々しく、目標にして登って来ただけに心が落ちこんでしまった。
塔ノ岳頂上で 塔ノ岳からの富士山
7:40塔ノ岳頂上に到着。広い平坦な頂上は富士山の展望台だった。雄大で堂々した富士山はやっぱり別格だなとその美しさに魅了された。「まだまだ先が長い」と尊仙山荘の左横を通り、7:50丹沢山に向けて出発した。
標高差100m下り、登り返しの日高や竜ヶ馬場のピークが待ち構えるが、見晴らしもよく笹で覆われた山肌に鹿が草を食んだり、木道や木の階段が設置されたり、と穏やかで気分は最高に良かった。またずっと富士山が見えることも励みになり疲れなど全く感じず、不動ノ峰を丹沢山と思っていたので、呆気なく8:50丹沢山に到着した。
よく踏まれた登山道 丹沢山頂上
頂上は広く奥右にみやま山荘が建っていた。その前には休憩用に大きなベンチそれともテーブル?ともつかない木製の足付すのこ板が4つも設置され、ゆったり休むことが出来た。目前の木にウグイスが止り、鳴く姿を見たのは初めてで、これもラッキーと嬉しくなった。100名山の丹沢山だが、ここでもゆっくり休むことは出来ない。最高峰の蛭ヶ岳に向けて追われるように9:05出発した。
標高差120m下り、不動ノ峰の登りではバイケイソウが新緑の葉を膨らませ、地床を若草色に染め、笹原の中ではキクザキイチゲの白や紫の花がポツポツ咲き、単調な色の中で彩りを与えてくれた。棚沢ノ頭を降り、鬼ヶ岩ノ頭ではコイワザクラが岩石の狭間に紅ピンクの可憐な花を咲かせて目を楽しませてくれた。漸く蛭ヶ岳の登りに入り、緩やかに登ると「ガンバッタネ、パル犬」と書かれた案内板が目に入った。蛭ヶ岳山荘前の犬小屋にパル君があごを落とし鼻をピクピクさせ、めんどうくさそうに上目使いで出迎えてくれた。小屋の左に社があり、そちらが高くなっているので行って見ると正面には大きい絵を書いたような富士山が目線の位置に見え、10:30蛭ヶ岳頂上に着いた。
蛭ヶ岳と丹沢主脈縦走路 蛭ヶ岳からの富士山
ベンチに座り富士山を眺めながら暖かいコーヒーを飲むと喜びが沸き、静かで豊かな幸せを感じずにはいられなかった。贅沢な時間至福の時をゆっくりと味わった。
10:45下山開始とする。とは言っても着た道を忠実に戻るだけ。鬼ヶ岩ノ頭の登りあたりから霧が出て景色が見えなくなった。丹沢山から蛭ヶ岳の間では、すれ違う人はめったに居なくここまで足を伸ばす人は少ないようだ。景色のない寂しい登山道を大きな登り下りを繰り返す丹沢主脈縦走路だったが、帰り道と思うと苦にもならず12:00には丹沢頂上に着き、熱いココアを飲み一息ついた。
さあ今度は塔ノ岳と腰を上げ、下り降ると「天気の崩れがはやいね」と登山者の間から声が聞こえた。「そうだ。この人たち富士山を見ていないのだ」と気の毒に思った。13:00塔ノ岳に着くと展望もなく重苦しい灰色の空の下に80人ほどの登山者がいた。大抵の人は塔ノ岳を目的にくるのだろう。
蛭ヶ岳から塔ノ岳まで登りが7つもあり、これでもう降りだけと思うと気が楽になり、意気揚々とやり遂げた満足感を勲章に14:25戸沢駐車場に戻った。
思ったよりも早く着き、家に帰れる時間だったが、一つでも多く、日本の違った温泉に入りたい私達は(条件は安い、掛け流し)箱根の太平台の姫ノ湯(400−)に行くことにした。小田原に出て箱根に入いり、脇道の狭い道をぬけると姫ノ湯はあった。湯量は多いが熱すぎて加水してあった。それでも熱いので長湯は出来ず、憩うことは出来なかった。Tがこのために此処まできたのかと腹立たしく言ったのには私も遠からず同感だった。此処から御殿場のアウトレットに行ってみようとR138を走り乙女峠を越え御殿場に着いた。
古いナビでは検索できず、場所を教えてもらいやっとの思いで駐車場に辿り着いた。幸い今日は20:00まで営業していて見て回ることが出来たが、とりわけ欲しいものが有るわけでもないし、まず案内板を見ても全てが横文字で閉口した。一般的なブランドは分かるが、大方のブランドは読めず、安いわけでもないし二人で「まるでショッピングモールだね」と文句を言いながら、孫の服だけを買った。ここも来るだけの価値はあったか?と首をひねった。やっぱりアウトレットは良いものが安くなくちゃ。
今晩は小山に出来た道の駅で車中泊することに決めた。コンビニで場所を教えてもらい道の駅に急いだら、新しく出来たのに多くの車が利用していたのには驚いた。
9日目 5/7(日)小雨のち曇り
6:00御殿場から東富士五湖道路、中央自動車道、長野自動車道を乗り継ぎ松本に、松本からは一般道を走り、13時無事に自宅に帰った。計画通り、6座の100名山の頂上を踏むことが出来、温泉にも8湯入ることが出来き上々の山旅となった。
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筑波山(875.9m)
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2006.5.4.(木)晴れ
6日目 二宮道の駅を発ち、筑波山神社にナビを合わせ走ると神社の前に出て、ホテルの駐車場に入ってしまった。当然といえば当然なのだが、大きな勘違いしていてロープウェイ乗り場はここではなかった。お土産屋さんのおじさんに聞くと「戻って信号を左折」と教えてもらい、山道を走りながら、そう言えば“つつじがおか” だったと気がついた。
有料駐車場に着くと駐車券は出ないが、停止バーは上がったままで入場可となっていて、もう結構な台数が停まっていた。山に目を向けると急勾配の登山道を登っている人がちらほら見え、登山口に近い場所に駐車して、準備を整え7:20階段を登りだした。
筑波山にかかる笠雲 登山口の様子
コンクリートが割れお粗末だったが、傍らにはスミレが咲きウグイスは鳴きと如何にも春らしく心もルンルンと軽やかだった。最初から急登で驚いたが、あたりには名前のとおりつつじの木が多く生え、新芽を出しているのを見るとどんな色の花が咲くのかと思いをめぐらせた。やがて平坦となり樹間の整備された山道を行くと弁慶小屋に着いた。
絶妙に引っ掛かる弁慶七戻し 夫婦喧嘩しませんように
右折して進むとすぐに巨木の杉が2本立ち、その奥に大岩が現れしめ縄が下がり弁慶七戻と書かれた案内板があった。絶妙に岩が引っ掛かりトンネルのようになっていて、弁慶が7回も躊躇して戻ったとされる岩を見上げた。次に高天原という狭い岩の通路を行くと社があり、ここは夫婦和合の神社と書かれてあった。日頃喧嘩ばかりしている我夫婦には有り難い神社と二人で念入りに御参りして先に進んだ。今度は母の胎内くぐりの案内が目に止まり、浅い洞窟のような所に入ってみた。「おもしろいね。」と期待もしてなかっただけに嬉しくなった。
母の胎内くぐり 出船入船 大仏岩
出船入船、北斗岩、裏面大黒、大仏岩、ネーミングも上手付けられ、「似てる、似てる」と本当に楽しかった。「筑波山て、いい山だね。」と感心して登ると女体山の神社裏に着き、階段を登って8:15女体山御本殿に着いた。
柏手を打って参拝し、右横の岩山に乗り記念写真を撮り、岩の頂上に立って下界を覗いて見たが霞んで遠くは見えなかった。ロープウェイが動き出したのか、子供連れの登山者が目に着くようになり、男体山に向かうことにした。
女体山 男体山
電波塔が何機も立ち景観が悪かったが、途中ガマ岩があり小石を拾ってガマの口に投げ入れ遊んだ。なかなか入らないので真剣になり、やっと入った時は大声で子供のようにはしゃいだ。
緩やかに降るとお土産やさんが建ち並ぶ御幸ヶ原に着き、広い広場には多くの人が集っていた。奥の広い階段を登り男体山に向かうと8〜9分で神社に着いた。ここでも安全祈願をして、山名柱の前で順番を待ち記念写真をとった。少し降り女体山が見える岩で腰を下ろし休憩して9:00下山することにした。
御幸ヶ原でコーラーを飲もうとリュックを下すと財布を忘れたことに気がつき残念な思いをして、ガマの油やその他のお土産を見る気にもならなかった。女体山までの広い道は老若男女で埋め尽くされ、縁日に来ているようだった。女体山からの降りの岩場では登りと降りの登山者で渋滞が続き、本当にファミリーから愛されているのだと感じた。今まで多くの山に登ったがこれほど多くの3〜4歳の子供が岩を登る、または同伴するのを見たことがなかった。大年寄りのおばあちゃんもよく見かけ、みんな健康的でいいなと感心しながら10:05駐車場に戻った。
駐車場は大変なことになっていた。誘導者がいなく、駐車スペースがないのにどんどん車が入って来て通路を塞ぎ、酷いものでは空きスペースを探しに行って車の中に運転手がいない場面もあった。一番奥に駐車した私達は駐車場に出るだけで30分間も費やしてしまい、ちなみに料金は400−だった。
今回の山旅でもう一つ大きな目的があった。横浜で一暮らしをしている息子の住居を見てみたいと言うことだ。つくばには妹夫婦が住んでいてお招きを受けたが、今回は遠慮して直接息子に会いに行くことに決め横浜に向かった。途中の取手市のスーパー銭湯湯楽里(550−)で汗を流し、タウン着に着替え、柏ICから高速に乗りK2に入り横浜駅西口で降り、携帯電話で待ち合わせした場所や時間がばっちり合い、上手く再会できた。
息子の案内で、みなとみらいや山下公園方向に走ると観光客で溢れ人の山、駐車場にも入れない事態に嫌気がさし、日産スタジアム(旧横浜スタジアム)の見物に行こうと決め車を走らせた。駐車料金400円を払い中に入ったが、本日はスタジアム内には入れませんと言う言葉に愕然とした。仕方なく外から見学して競技場の周りを歩いてみた。風が強く寒くなったので、帰ることにして、夕食を食べSOGUで買い物を済ませ、息子のアパートに着いた。狭いながらも快適な生活を送っているようで一安心し、車中より広々としたスペースでぐっすりと眠った。
日産スタジアムで
7日目、横浜の観光名所も以前訪れていたので興味がなくどこに行こうか迷って、インターネットを調べていると三渓園が目に止まった。息子もまだ行っていないというので三人で出かけることにした。
三渓園(500−)は原三渓が京都や鎌倉から歴史的価値のある建物を移築したもので、想像を絶する建物の洗練された美しさとその数に驚き、半日があっという間に過ぎて時間がたりないくらいだった。日本建築の真髄を目の当たりにした三人は興奮が覚めやらず、紀州徳川家からの臨春閣や春日野局が住んだ聴秋閣、旧矢箆原家の合掌造りの見事さに酔いしれ充実した時間を過ごすことが出来た。
三渓園で
14:00息子と別れ、明日登る丹沢山登山口に向かった。秦野市にある鶴巻温泉弘法ノ湯(1000−)に立ち寄り、近くのスーパーで食料調達し、塔ノ岳最短の天神尾根登山口作治小屋に向け未舗道の悪路を走り、河原の駐車場に着いた。河原では二組のおよそ15人がバーベキュウを楽しんでいた。
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那須岳(1916.9m)
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2006.5.3(水)快晴
5日目、朝起きると車のガラスに雪が凍って付着していた。おどろいて外を覗いて見ると広い駐車場は真っ白で、強風に削られた雪が凸凹になり鱗のように凍結していた。初冬の清らかさを感じさせる透明感、凛とした冷たい空気の中、橙色の朝日が少しずつ昇り始め、神秘的な色と後光が神々しくて、慌ててカメラを探しシャッターを押した。
車は6台位停まっていたが、三斗小屋温泉などに泊まっているのか不在で、ただ横浜ナンバーの車には単独の男性が居られた。
朝食を取っていると、横浜の男性が早々と登って行かれるのが見えた。次第に駐車場にも車が増え始め、慌しくなってきた。私達も準備が整い6:40登山道を出発した。
荘厳な夜明け 鞍部には峰の茶屋避難小屋
登り口付近は積雪があったが次第にゴロ石の登山道になり、右に剣が峰や朝日岳の勇壮な岩稜を眺めながら気持ちよく登った。ガンコウランがまだ冬の装いで赤茶色の枝が地表を被い山肌が赤褐色に見え、新緑になると緑で覆われまた一味違うのだろうと想像した。ぬけるような青空と山々のコントラストが美しく、山の荘厳さを感じずにはいられなかった。「いい山やね」「すばらしい」と何枚も写真を撮りながら7:20峰の茶屋避難小屋に着いた。
朝日岳南面 美しい樹氷群
剣が峰の雪斜面をトラバースして朝日岳の鎖を慎重に巻き、登り進めると朝日岳の肩に出た。先行者が4人おられたが、一人は朝日岳に登って行かれ、私達は直進して三本槍岳を目指した。このあたりからの樹氷は驚くほど美しく、海老のシッポと言うよりも丸太い白い珊瑚を思わせ、こんな樹氷は初めて見た。
8:15隠居倉分岐の標識に着くと、360度の展望が得られ、茶臼岳、朝日岳、清水平、三本槍岳と見飽きぬ風景が目を楽しませてくれ心が和んだ。少し下り、登り返してP1900を踏むともっと美しく、仙境にでも居るような大きな喜びに包まれた。清水平に降り、木道を歩き、溝状の登山道に来ると雪道とその両脇の低木に樹氷の花が真っ白に咲き、顔近くに清々しい冬の感覚を感じ、冬に舞い戻ったようなキリッとした感触が堪らなく良かった。
清水平からの朝日岳 三本槍岳全景
大きく左に曲がると目の前に三本槍岳がどっしり全容を現し気が勢だ。潅木の雪原を緩やかに下り三本槍岳の真下に出て、雪斜面を登り右よりに進むと夏登山道に出た。低木の中を潜りながら登ると先行の3人が降りて来られ「先行ありがとうございました」とお礼を言うともう頂上だった。
9:15 三本槍岳に到着した。「やった」と、素晴らしい展望に感激してどの方向にもシャッターを押したが、馴染みがないため朝日岳と茶臼岳以外はよくは分からなかった。風が強く休む場所がなく少し降ったところの雪上で休憩を取り、今日も頂上を踏めた喜びに浸った。
9:35下山開始する。雪斜面を降る頃から多くの登山者と出会った。太陽は高くなりその熱で樹氷は消えかけ、あのシャプーな朝限定の樹氷に会えた喜びを胸に刻み、早刻に登って本当に良かったと満足した。
三本槍岳頂上 朝日岳頂上
帰りに朝日岳に登り、頂上で栃木の山会の人達に日光白根山や鬼怒沼山などを教えてもらい、松本市の若者にも山情報を頂き皆さんと別れ、峰の茶屋避難小屋には11:30着いた。
小屋の前にも多くの人が休んでいて茶臼岳方面を見上げると大勢の観光客やファミリーが登山していて、人気スポットのようだった。来た道を降り11:55駐車場に戻った。
恵比寿大黒岩 茶臼岳全景
駐車場も満車で白線外にも車が埋まり、多くの人でごった返し活気づいていた。着替えを済ませ有料道路を下り、殺生石の前にある元湯鹿の湯(400−)で疲れをとり(超お薦め)楽しみにしていた塩原温泉に向かった。
好天とゴールデンウィーク初日とあって対向斜線は数珠繋ぎの混みようだったが、我車の車線は順調に走り塩原温泉についた。1つの旅館で3〜4の泉質が違う温泉に入れると楽しみにしていたが、(中でも私は炭酸水素塩泉に入りたかった)インターネットで調べたお目当ての旅館は炭酸水素塩泉ではなかった。元湯を勧めて下さったが、ナビで調べると6kmもあり、途中面倒になり道沿いの杣の湯(600−)単純アルカリ泉に入り源泉掛け流しの湯を2回楽しみ身体を癒した。
明日は筑波山に登る。なるべく近くまで車を走らせようと一般道を走り、どこかに道の駅はないか探しながらの走行となったがなかなか見当たらず、漸く暗がりの中二宮道の駅に辿り着いた。ここもかなりの車が停車していて、安心して眠ることができた。
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安達太良山(1699.6m)
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2006.5.1(月)小雨のちガス
3日目 朝、つちゆ道の駅から吾妻小富士が霧の中から見え隠れしている。前線が福島に居座り動かない。雲が切れ喜ぶとまた雨が降り出す嫌な天気だ。お昼から天気が快復するとの予報に微かな期待を抱くが、目まぐるしく変る状況ではなんとも言えない。一切経山は諦め午後から安達太良山だけ登ることに決め、午前中は岳温泉で時間を費やすことにした。
岳温泉に着いたのが8:20だったが、早朝から温泉に入れてくれるところは無かった。ここにいても仕方がないと奥岳の湯登山口に行ってみることにした。広い駐車場には5台くらい車があったが、大半は観光客のようだった。強風が吹き荒れ時折小雨も混じり、重い空気の中で、ひたすら天気の回復を祈った。
あだたらエクスプレスも強風のため運休している。その中登山者夫婦が林道を歩いていくのが見えた。その後にも登山者の車が着き、夫婦と単独男性が準備をして登っていった。強風は吹いているが、小雨は止んだ。「登ろうか?」と合意して準備を始めた。
9:00富士急ホテル前の林道を歩きだし、しばらく行くとくろがね温泉との分岐があり、私達は五葉松平方向を選択した。丸太階段を登り今はもう無雪のスキー場に入った。最短で登りたいと考え雪着きの急斜面のゲレンデを直登し、あだたらエクスプレス山頂駅を目指した。途中ゲレンデで100円玉5枚を拾った。スキー場では結構小銭を落とすのだろうか、良いアルバイトになった。しかしTは一枚も見つけられなかった。灰色の霧の中にぼんやりと黒く山頂駅が浮かびあがり、寒々として人のけはいも感じられず、薄気味悪く感じた。
9:50山頂駅の登山口に立つと昨日登った登山者の足跡が読み取られた。それに従って登っていくと五葉松が繁茂する五葉松平に着いた。登山道の木々には赤いリボンが括り付けられ、雪原には細竹に赤布を付けた目印棒が雪に刺されコースを見失うことはなかった。風がビュウービュウー吹き、視界もない悪条件では一刻も早く頂上に立ちたいという気持ちが身体を前ヘ前へと押し出してくれた。10:25仙女平分岐に着くとこのあたりでは雪がまったく無く、登山道も凹を通るので風除けになりほっとするところだった。
森林限界も過ぎると強風が吹き荒れ雪面のトラバースでは突風に煽られ対風姿勢で踏ん張りながら落ち着いて歩を進めた。もうすぐ頂上と自分を励ましたが長く感じ、まだかまだかと冷たくひえた身体を思いやった。「Tが着いたぞ」と大声を出してくれ10:45待望の安達太良山頂上に着いた。
山名板の前で写真を写し、雨具を着こんで身体を暖め、帰りの強風対策にアイゼンを履き、「長居は無用」と頂上を後にして仙女平分岐まで降った。
11:10ここで休憩を取り 困難の中やり遂げた満足感から、言いようのない幸せを感じた。来た雪道を下り11:35山頂駅に着くとロープウェイは動いていたが、人影も見えず、屋外に出る人はなお居なかった。
山頂駅から下はガスは晴れお天気は回復していた。雪斜面のゲレンデをザクザク心地よく降り、林道を歩いて12:10駐車場に戻った。山中では誰にも会わなかったし、先行者がもう下山していたので、登頂したのは私達だけのようだった。
着替えを済ませ車に乗り込み、暖かいコーヒーを飲みながら頂上付近を見上げると、厚い黒灰色の雲にすっぽり隠れ、「良い時に決行したね」と二人で喜びあい、次の目的地 岳温泉に向かった。
温泉街で蕎麦を食べ、目と鼻の先にある岳の湯(300−)に入湯した。薄青色の湯に白い湯の花が浮遊しとても気持ちが良く、長湯をして思いきり寛ぎ癒された。湯から上がると今度は桜見物と鏡ヶ池と桜坂を散策して、満開の桜を愛でた。
明日の天気も良くないらしく、会津若松付近の観光日にあてる事にした。先ずは、ねぐら探しとナビで道の駅を検索すると安達に在った。時間がまだ早いので、二本松城(霞ヶ城)を見学し、スーパーで買出し、国道4号線にある道の駅安達に着いた。4号線は高速道路のようで中央分離帯が上下線を仕切っていて下り線から直接入れなく、情報を知らない私達は右往左往した。道の駅安達(智恵子の里)は今まで利用させてもらった中では、一番デラックスで並外れた車数が停車していた。
4日目 5/1 昨夜から雨が降り続いて思ったより天気が悪い。「どうせ今日は観光だから」とゆっくり車で過ごし、その後二本松の智恵子の生家に出かけた。造り酒屋のお嬢さまだった智恵子の青春時代の幸福と精神分裂病になった後生の両極端な人生の波乱になんとも切ない思いが心を曇らせた。しかし病床で制作した切り絵は、驚くようなセンスと色使いで、最後まで芸術家としてのプライドがそうさせたのかと作品を見ながら次第に私も幸せな気分になった。
智恵子の生家 等身大の野口英世博士と
智恵子の愛した安達太良山は昨日まったく姿を見せてはくれなかった。今日は見られるかと楽しみにしていたが、なお天候が芳しくなく見えず仕舞いで、痛恨の思いで二本松を後にした。
二本松ICから高速に乗り猪苗代湖に移動して、野口英世生家、ガラス・ビール館、など見物して会津若松に入った頃にはお天気は快復してきた。
御薬園 この場所から(飯盛山)鶴ヶ城を望んだ
鶴ヶ城 茶室麟閣
白虎隊の自刃地飯盛山、名庭御薬園、鶴ヶ城、茶室麟閣を観光して、一般道R118を走りスーパーで食料調達し、途中芦ノ牧温泉福泉(350−)に入湯して、明日登る那須岳登山口駐車場に18:50に着いた。
標高1460mの駐車場は強風で冷え込み、7〜8m離れた公衆トイレに行くにも強い決意が必要なくらい烈風が吹き、夜中中車が揺れ、飛ばされるのでないかと心配するほどだった。
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磐梯山(1818.6m)
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2006.4.30(日)晴れ
2日目は磐梯山に登る。遠望していると富士山のようにシャープで勾配がきつく6本アイゼンで登れるか心配だった。昨日はトレースもなく出会ったのは2人だけ、「こちらの人はこの時期、山に登らないのか」と不安は増幅した。
裏磐梯道の駅は快適でぐっすり眠れ、朝食を食べた後、五色沼散策に出かけることにした。磐梯ゴールドラインの開通時間を気にしていたが、入口前を通過するともうゲートが開いていた。「早いね」と確認して素通りし、五色沼西入口駐車場に着いた。
柳沼から探勝路を歩くと結構残雪が残り、普通の靴では歩きにくい。道もぬかるみ気を遣ったが、コバルトブルーの湖水を見ているといつしか気にもならず、今度の沼はどんな色かと好奇心で一杯になり心も弾んだ。中学の修学旅行で訪れたが、あの時は毘沙門沼しか見なかったような気がしたが懐かしさで嬉しくもあった。2.7km歩き一番大きい毘沙門沼を見て引きかえすことにした。太陽の光が強まり復路の方がどの沼も神秘的で鮮明な色を際立たせ、「晴れた日でよかったね」と自然の不思議を思いやった。
裏磐梯の磐梯ゴールドライン(730−)から八方台は思った以上に近く、9:00に到着した。昨日と違って山ヤさんの車が5台位停まり、心丈夫で有り難かった。ゆっくり準備をして9:20登山口を登りだした。
入口から2〜3mくらいの積雪がぎっしりあり、トレースもしっかりついていた。斜面をトラバースしながら進むといつしかブナ林に入り、見事な林を貫けると硫黄臭が鼻についた。目前の窪地の左少し上がったところに廃屋となった青いトタン屋根の中ノ湯が哀れな姿をさらして、右奥には三角形の磐梯山が堂々と聳えていた。トレースは二つに分かれ、私達は中ノ湯に降りてみることにした。9:45中ノ湯に着き、浅い池のようになった源泉から泡がブクブク湧きだし、Tが手を入れてみた。「冷たい」と予想に反した言葉が発せられ、今は雪解けだからだろうかと寂しい気持ちになった。
広大なブナ林を歩く 廃屋と化した中ノ湯跡
中ノ湯を回り込むと裏磐梯登山口から登られた二人の男性と出会った。先を譲られ、急登すると左がバッサリと切れ落ちた見晴らしのよいところに出た。赤茶けた不毛の尾根や岩峰が爆発当時を連想させ荒々しく、その向こうには桧原湖や西吾妻山など望まれた。
急斜面のトラバース 登高意欲を掻き立てる磐梯山
P1550を巻きながら急斜面を登り詰めると10:45なだらかな平坦地に着き、磐梯山が真近に迫り登高意欲を掻き立てた。ここでアイゼンを履き、弘法清水小屋には寄らず最短で頂上を目指すことにした。段々勾配がきつくなり私はピッケルを刺しながら登ると、やがて弘法清水小屋からのトレースと合流して11:35磐梯山頂上に立った。
頂上には雪はなかった。360度の大展望だったが、猪苗代湖が大きすぎるのと霞んでいるのであまり興味が持てず裏磐梯側に座り、あんなに登頂できるか心配したのに今頂上に居るのだと思うと感慨深いものがあり、喜びが穏やかに広がっていった。
磐梯山でバンザイ 磐梯山頂上からの櫛ヶ峰
12:15お腹を満たし、風景を楽しんで頂上を後にした。皆さんの登られたトレースを踏みながら弘法清水小屋経由で降り、途中P1550の巻き道で谷に向かってトレースを見つけ、そこを下ると短時間で中ノ湯の分岐に着いた。得したようで気分は最高だった。素晴らしいブナ林を眺めながら、13:35登山口に戻った。
明日は一切経山と安達太良山に登りたいのと、道の駅が土湯にあるので土湯温泉にナビを合わせた。R115を走り長いトンネルを貫け、多額の施工費がかかっているだろうバイパスを走り、土湯温泉のサン・スカイ・つちゆ・こけし湯(250−)に着いた頃には雲行きもあやしくなり山々はガスの中に消えていった。
土湯温泉の湯は熱くて長湯は出来ない。熱い湯に慣れない私は寛ぐことは出来なかった。夕食を温泉街の食堂で食べようと場所を教えて貰ったが、谷あいの温泉街は道が狭く、駐車スペースも無く、立ち寄り客には居心地の悪い場所だった。2軒ある食堂も早々と店じまいして商売けがなく、あと一軒は休業だった。雨は容赦なく降り続き、心まで暗くなった。しかたなく温泉街の“なんでもやさん”で料理パンとポテトサラダを買い、車に戻って寒々と食べた。雨と強風を考えると、山の上にある道の駅で泊まるのに気分は乗らなかったが、公衆トイレすら鍵がかかるこの場所では落ち着くことは出来ず道の駅つちゆで泊まることに決め、山に向かって車を走らせた。
道の駅に着き、寝る準備をしてシェラフに潜りこんでいると暴走族が来て、車をスピンさせては騒音をだして寝られる状態ではなかった。幸いワゴン車が駐車場の、ど真ん中に停車してくれ、その車が邪魔になるのか諦めて何処かへ行ってくれた。漸く安心して寝ることが出来ると思ったが、明日の天気が心配でなかなか眠りにつくことは出来なかった。
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西吾妻山(2035m)
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2006.4.29(土)晴れ
連休を利用して、南部東北の山(吾妻山 磐梯山 安達太良山)と関東近辺の山(那須山 筑波山 丹沢)に登ってきた。
4:30家を出発して、北陸自動車道を北上し磐越自動車道に入り会津坂下ICで下り、喜多方に向かった。桜が満開でやさしい青空とマッチし、ぽっかり浮かぶ長大な起伏の少ない飯豊山のどっしりとした白い山並みの美しさも相まって、これから始まる旅の期待が大きく膨らんで心は晴れやかだった。
R459を走り桧原湖に出て、白布峠に着いたのが9:30だった。此処から西大巓(にしだいてん)を経て登ろうと考えていたが、広い駐車場には車が2台停まっているだけで観光客のようだ。おまけに屋台が出て、5~6mの積雪が残るこの時期では登山は皆無、とても理解されないと抵抗もあった。もちろん踏み跡もなく西大巓や西吾妻山を目で追って二人だけでは無理と白布峠からのコースをあきらめ、米沢側の白布温泉から登ることにして、峠を降った。
10:00天元台ロープウェイの駐車場に着くと多くのスキーヤーが訪れていて、一番下の駐車場に誘導された。パンクのような爆音と白煙が立ち上がり、気分が悪くなる中準備をして歩きだす。高台の駐車場に来ると爆音の正体がわかった。火縄銃の実演練習のようで古式豊かな陣羽織を着た男性4~5人が白煙を上げ発砲していた。
白布峠手前からの磐梯山と桧原湖 リフトからの飯豊山(後方)
チケット売り場に行くと20分発のロープウェイは発車したばかりで結局40分発の乗車となり無駄な時間を費やしてしまった。登山届を出すように促され、事実登山者は私達だけで好奇な目で見られ肩身が狭かった。ロープウェイ(630−)を降り、リフト券を買う時、Tが「今日登山者はいましたか?」と聞くと「朝10人位登っていきました。」と教えてもらい、ほっとした。リフト三機に乗り継ぎ(900−)ゆっくり動くリフトの高場からスキーヤーの様子を観察したり、後方を振り向いては飯豊山や朝日岳など眺めたりしてリフト終点に着いた。誘導のおじさんが「左に進んで」と指示し、そのまま左に追いやられてしまった。
11:30右にロープが張られ気になったが、「高場高場と登るまで」とアイゼンをつけ急登すると微かなトレースにぶつかり、それを辿った。標高差130m程登るとトレースは無くなり、行き止まっていた。どうやら中大巓の頂上付近に来たらしい。広大な雪原の大凹(おおくぼ)を挟んで右奥彼方にたおやかな山容の西吾妻山が目に入った。
凡天岩 籐十郎方向、広大なゲレンデのようだった
急いで降ると雪が沈み、カンジキを履くことにした。雪面が凍りバリバリ音がして小気味良く、リフト終点から来たトレースとも合流した。頂上かと思って登った山は凡天岩で、軽く降り50mくらい登ると西吾妻山頂上に着いた。
シラビソの陰から声がしたので行ってみると男性2人のスキーヤーが休んでおられ、「頂上はもう少し先です」と教えて下さった。平坦な頂上には何もなく期待外れだったが、12:35一番高いと感じるところで写真を写し、私達も風避けにシラビソの陰に入って避難小屋の見えるところに腰を下ろし大休憩とした。出会ったのはこの時この二人だけだった。
西吾妻山全景 どこが頂上か判らない西吾妻山頂上
帰りは若女平を通り、標高差1200mを降り白布温泉に着くコースをとった。GPSに尾根の緯度経度を入力して12:55下山開始とした。
もう後戻りは出来ないと緊張しながら、左の谷に入り込まないよう暗い森を駆け下ると漸く待ちに待った若女平に14:00着き緊張がほぐれた。白樺の木が間隔を保って立ち並び明るく心癒される空間があった。「きれいやね」と感心していると、新しい熊の足跡を見つけた。急に怖くなり、二人で「おおーい」「おおーい」と大声を出して熊が出てこないことを祈り続けた。次第に痩せ尾根になり右の雪庇に気を付けながら下るとカモシカが現れ道を譲ってくれ、雪庇の強度が判るのか上手く歩くものだと感心させられた。雪の急斜面をトラバースしながら籐右ェ門沢に下る場所に来てここでも緊張が走った。夏道のリボンが見えこれで安心と思ったのもつかの間、道は藪と雪で隠れまったく解からなくなっていて、空洞に足を取られたり、胸まで陥没したりとさんざんくるしみ疲れ、ヘトヘトになりながら15:30登山口の橋を渡ることが出来た。
シラカバが立ち並ぶ若女平 痩せ尾根に気を付け降る
無事に帰られたから言えるのだが、「おもしろかったね」と口から突いて出るのが不思議、二人で「楽しかった」と共感しながら大満足した冒険コースだった。
早稲沢温泉の民宿越後屋で(500−)疲れと汗を流し、桧原湖の東岸をドライブしながら一周して道の駅裏磐梯で車中泊した。
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コット谷
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2006.4.22(土)晴れ
コット谷から早乙女岳に登ろうと出かけてきた。
3:40家を出ると雨が降っていた。止みそうな様子は無く、ワイパーの力強い動きに気分は落ち込み、天気予報を信じてはいるものの、大日橋を過ぎても止まない雨に気力を削がれた。上市に入ると漸く雨は止み、藍色の雲間に断片的に黒い山々の山容が認められ、やっと山に登ろうと気持ちが高まってきた。
青少年研修センター前の通行止めゲートに着くと石川ナンバーの車が停まり、山スキー単独男性が準備をされていた。私達も準備を済ませ一足遅れて5:12ゲート横を通り抜け出発した。
道路にはうっすらと淡雪が積もり、車の通った車輪跡が羨ましく、「私達も乗り入れたいね」と成らない事を言いながら、堂々と聳える美しい剱岳を眺めながら気長に歩いた。思ったより時間はかからず、30分間で小又橋に着いた。
小又川左岸をツボ足で行くと第二堰堤手前あたりのデブリで金沢のO氏に追いついた。「トレースありがとうございました。」と感謝して前にでた。下界での雨は山では雪になり積雪が段々深くなり第四堰堤を過ぎた所でカンジキを履き、O氏はスキーを履かれた。
60〜70cmはあるだろうか、誰も踏み入れていないバージンスノーを三人で交代しながらラッセルし、堰堤を乗り越えコット谷を目指した。晴れ渡る青空と雪化粧した木々が美しく、広いコット谷に積もった雪はどこまでもふっくらと清らかで、「4月下旬なのに素晴らしいこの冬景色は」と、そうそう経験できない体験に幸せを感じた。
雪が重くなってきて段々カンジキに雪が絡み、足が疲れ始め、「これでは早乙女岳にはいけないね」「コット谷鞍部までにしょうか」と弱気になってきた。標高1170mあたりで休んでいると若い男女が登ってきて「ラッセルありがとう」と声をかけてくれた。「今日は三人だけかと諦めていました。凄い助っ人で嬉しいです」と挨拶して見送り、ひょっとして早乙女岳まで行けるのはと内心喜んだ。
先頭を行くO氏が二人の山スキー下山者と話をしている。二人は富山山想会のT氏と会員方で、「五泊四日で山に入ったが二日間は大雪でホワイトアウト、テントの中に閉じこめられていました」とお話して下さリ、滑降されていった。
若い男女は短めのスキー板を履いて居られ、その後を歩くのは非常に楽であり難かった。若い男性の力強いラッセルのお陰でコット谷上部の急勾配も難なく登れ10:28コット谷鞍部に着いた。
男性にお礼を言いたかったが、間を入れず早乙女岳に向かって登って行かれ、お名前も聞けなかった。Tに「早乙女岳に行く?」と聞くと「今日はこれで充分満足や」とやる気の無い言葉が返ってきて、私もリュックを下した。未踏となれば気構えも違うのだろうが、2001年に大熊山経由で早乙女岳に登っているので確固たる執着はなかった。此処から2時間いやこの雪ではもっとかかるかもしれないと思うと、動く気にはなれなかった。
正面ブナクラ谷 右赤谷山、左毛勝三山 剱岳
コット谷コルからは剱岳と北方稜線、ブナクラ谷を挟んで右に赤谷山左に毛勝三山が一段と白い山容を際立たせ、またブナクラ谷コルの後ろには白馬岳と旭岳が顔をだし、ダイナミックな風景に魅せられ何回もシャッターをきった。O氏も着かれ、風の当たらない雪の壁を背に暖かい太陽の光を身体一杯に受け、中年組三人はランチを摂り至福の時を過ごした。11時過ぎに福井からの山スキーの若者が着き、ゲートを9時に出発したと聞いて三人は驚き、「二人が先行しているし、充分に早乙女岳に登れる。」と勧め、彼を見送った。
11:30下山開始する。降りは早いものでO氏はスキーであっという間に姿が見えなくなった。コット谷は開放的で広いが、小又川に来ると山が迫り急斜面の谷から新しく雪崩が発生していて自然の脅威を見せつけられ、恐々と早足で通過した。しばらく歩くとやがて小又橋が見えて来て、13:10仮設工事事務所駐車場に着いた。
青と赤のマウンテンバイクが仲良く繋がれ、あのカップルのだとすぐにわかった。黄色は福井の若者のもの、ふと林道対策も考えなくてはと思いつつ、暖かいコーヒーを飲みほし、山の余韻に浸っていると、Tが「車が来た。」と大声で叫んだ。もう恥じも外聞もない、「すいません、ゲートまで乗せてください」と頼んだら、コット谷でお会いした富山山想会のお二人だった。
馬場島の友人の所で休憩してこられたそうで、快く乗せて下さりリュックまで持ってもらった。あっという間にゲートに着き、お二人のやさしいお心に触れなお一層嬉しい思い出が加わった、幸せな山行となった。
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猪臥山 (1519m)
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2006.4.9(日)曇りのち晴れ
猪臥山に登って来た。富山ハイキングのM氏からも新しく出来た散策道情報を頂き、どのコースで登ろうかと迷ったが、今回は小鳥峠まで登り林道を行く間違えの無いコースを選択した。
6:00家を出発し、ETCの初使用を試みるため東海北陸高速に乗り、五箇山ICで降り、また無料の白川ICまで乗り継いだ。最初の通過時はどきどきしたが、バーが作動して上がると「いいね」と喜び、ドライブ気分で高山市畝畑に向かった。
御母衣ダム周辺にはあちらこちらと車や登山者が集いお目当ての山に向かう順備姿の中高年を目にして、他人事ではない信仰にも似たその並々ならぬ情熱に苦笑した。
荘川ICから清見ICまで高速に乗り、夏厩から卯の花街道に入った。戻るかたちで不経済とは思ったが、新しい散策道の確認と長い(4.5km)長い猪臥山トンネルを通過してみたい思いが強かったからだ。清見側トンネル手前の左側にあるはずの散策道の大きな看板は見過ごしてしまい(少し奥まったところにあるのかもしれない?)、トンネルを貫け、道の駅いぶしまで来てしまった。畝畑は道の駅手前を左折するはずだったのに道はなかった。古いナビを頼っても現在地は宙に浮いて分からない。幸いレストランに人影が見え小鳥峠への道を尋ねることが出来、「ここからもう少し降って三差路を河合方向に左折」と教えてもらい、また「こんな時期に猪臥山に行って、ヘリ要請されんなよ」と注意された。
教えられた通り、左折して民家を過ぎどんどん奥へ奥へと走り進めると道は狭まり、作業道通行止めと書かれたガードがあったが、横をすぐりぬけ車一台やっとの林道を除雪最終地点(標高887m)まで乗り入れた。
林道除雪最終地点 小鳥峠
準備を済ませ8:30畝畑川の橋を渡り林道を歩き始めた。圧雪の上に枝打ちされた杉枝が厚く折重なって散らばり、林道とは思えない荒れ様だった。しばらく進み高場に目を配ると林道らしきものが見え、直登しながらその林道に出た。つぼ足では結構沈むのでここでカンジキを履くことにした。昨日降った雪が黄砂で汚れた雪を隠し、真っ白な風景に気分は良かった。3箇所ほどヘアーピンカーブの重なるところはショートカットして進むと、小鳥(おどり)峠には45分間で着いた。
林道の様子 ブナの林を気持ちよく登る
小鳥峠はまるでスキー場のようなところで、開放的で伸びやかな雪原が広がり爽快な美しさがあり「きれいだね」と二人で共感しあった。お社に一礼し、その前で軽く休憩をとった。
9:20猪臥山に向かって林道を歩きだす。Tは林道歩きが嫌だと樹間を登るが結局同じ時間で林道に合流し、その後は林道を歩いた。P1250を過ぎ左に谷を見ながら大きく弧を描く場所に来ると正面に猪臥山の全景が望め胸が高鳴った。標高1330mあたりから直登し、林道らしきところに出たが、積雪が多く林道は埋もれ判り難くなっていた。林道を無視し、高場高場とブナの樹間を登り、広い雪原を横切ると大きな黒い鳥居の前に出た。鳥居を眺めながら此処は信仰の山なのだと身が引き締まった。鳥居をくぐり頂上を目掛けて登り、シュカブラの風紋を切りながら、10:45猪臥山山頂に立った。
鳥居と右が頂上 猪臥山頂上
頂上は思ったほど広くなく、360度の展望が得られた。貸切の山で「まるでお山の大将みたい」とはしゃいだが、強風で帽子や上着が飛ばされないかと不安だった。持っている上着を全て来て「猪」だけ飛び出た山名柱の前で写真を取った。白山や白木峰、金剛堂山、と北アルプス(上部に雲が掛かり全容見えず)など眺め満足して、少し降った頂上お社の陰に飛び込んだ。
社の周りは雪が削られ、良い空間と喜んだのもつかの間サーキットのように風が巡り非常に寒く、ツエルトを出しその中で休憩することにした。狭い空間だが湯を沸かし身体を暖めるとほっとして心も和んだ。
頂上のお社 スノーモービル
帰り支度をしていると、頂上から人の声が聞こえ、覗いてみると5〜6人の男性スキーヤが頂上に立っていた。彦谷方面から登られたそうで、お社を譲り12:00下山開始とした。
50分間で小鳥峠に着き、標高930mあたりでスノーモービルの男性二人に出会った。スノーモービルは林道を駆け跳ねて行ったが、いろいろな趣味があるものだと感心し、13:30車デポ地に着いた。
まだ天上にある太陽の日差しは強く、頂上にいたあの寒さが嘘のようで面くらったが、暖められた車内に座ると母の胎内に抱かれたような安らぎを感じた。帰りは古川の桃源郷温泉すぱーふる(500−)で疲れをとり、国道41号線を走り帰宅した。
猪臥山は林道が開通すると10分で登れる山になるが、残雪のこの時期畝畑から登ると結構登り応えもあり、思った以上に満足のいく山だった。
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