2006 山日記



■2006山行記録■

皇海山(2144m)  赤城山(1828m)
  2006.10.22(日)晴れ
■ 皇海山
 利根役場の駐車場は一晩中外灯が点き、静かで安心して快眠できた。4時過ぎに起き朝食をたべたり、ポットのお湯を沸かしたり、持ち物の点検したりと夜が明けるのを待った。
 今日はTさんも皇海山と黒檜山(赤城山最高峰)に登る。一緒に登ろうと約束していたが、携帯電話が圏外で連絡が取れず、5:30登山口に向かって出発した。
 栗原林道は未舗装の悪路と聞いていて不安だったが、林道としてはそんなに驚くほどのことは無く、早朝ゆえ対向車にも会わず65分間で皇海橋に着いた。
 皇海橋手前にはもうかなりの車が停車していてTさんの車もあった。隣に停めた福井からの5人グループが30分位前に登って行かれたと教えて下さり、私達も靴を履き準備に取り掛かった。マイクロバスが着き25人程の団体さんが降りてきた。マイクロバスは引き返していったが、擦り替えを考えると先に着いて良かったと胸を撫で下ろした。
 皇海橋を渡り、6:45林道を歩きだす。5分間くらい歩くと左側に皇海山と書かれ案内板があり、山道に入った。紅葉の木々を眺めながら踏み跡を辿ると沢に出て、飛石を踏んで渡渉した。沢沿いを歩くと心地良い沢音と白い飛沫が清々しく感じられ、穏やかなやさしさに包まれているような気持ちになった。山中はカラマツ林となり落葉して地表を金色に染め、深秋の趣があった。
        
   皇海橋                    せせらぎを聞きながらの登山道      

 中間地点の広場で福井のパーティーが休んで居られ、追い越した。次第にゴロ石となり大きく右折し登山道は沢道となった。「まるで沢登りだね」「増水したら登れないね」と言いながら登ると道標があり、右側急斜面に直登の登山道が目に入った。「変化に富んだおもしろい山だね。」「こんなところを登るの」と滑りそうな土に注意しながらロープや枝に捉まり登り進めるとコルが見えて来て8:00鋸山の分岐に到着した。
        
   沢登りのような登山道           鋸山十一峰       

 正面に、木々の間から鋸山十一峰が望めその精悍さに驚き、庚申山経由で登った浜松のNさんのことを思い浮べた。ここで一休みして昨夜レストランで造ってもらったおにぎりを半分食べ、最後の登りに備えた。
         
   稜線上の倒木                          庚申二柱大神の銅碑         

 鬱蒼とした原生林を登ると大木が倒れた笹原に出て緩斜面になった。大木を跨ぎ過ぎると序々に急坂になっていった。下山者が見えTさんかとわくわくしたが別人で、がっかりしたが、熊避け鈴の音が次第に大きく聞こえ今度こそTさんと大声で「トヨチャン」と叫んだ。「携帯での連絡取れなかったね」と残念がり富山の山にでも居るような錯覚だった。「赤城山に行くよね」「行く行く」「先に行ってて」と約束して、私達は頂上を目指した。道は平坦になりシラビソの林を行くと8:45皇海山頂上に着いた。
        
   頂上からの日光白根山                 皇海山頂上          

 楚々とした頂上で、小さな庭のようで真中には三角点が立っていた。木々に隠れ北方面だけの展望だったが、男体山や日光白根山などが見え、Tは「ブルースカイ ブルースカイ」と駄洒落をいって喜んでいたが、本当に青空が綺麗だった。
 シラビソの木に囲まれ腰をおろし静かにコーヒーを飲む。「ああしあわせ・・・」福井のパーティーが着かれ頂上を譲り下山することにした。
 下山時、20人〜30人の団体さん三組に出会ったが、栗原林道の悪路の評判からツアーに参加されているように思われた。沢を降りカラマツ林を降り10:35駐車場に戻った。
        
   ロマンチックなカラマツ林             栗原林道からの皇海山          

 ログハウスのトイレに行くと頂上でお会いした東京の単独女性が居られ、1時にタクシーが来るので待っているのだと言う、気の毒になり同乗を勧めたが、キャンセルも出来ないし待つと言われた。こんなところまでタクシーで来るとはいくら料金が掛かるのだろう。
 これから赤城山に登るのだが大沼の登山口までには2時間はかかる。靴を履き替え、ナビを合わせ出発した。栗原林道では5台の車と出会ったがなんとか回避したが、思った以上に時間をくってしまった。

■ 赤城山(黒檜山)
 我が家の車は紺色なのだが、栗原林道から下って車を停めてみたら砂埃で後側は真白、両側面もほぼ同様になっていた。こんな汚い車で一般道を走るのがはばかられるが仕方がない。
R120を走り、薗原ダムの湖畔に下り、赤城道路に入った。以前は有料だったようだが、今は開放され快適なドライブが楽しめる。その快適な道路だったが私達には長く感じられた。時折雲が空を覆い、折角赤城山に登っても大沼が見えなかったら寂しいと天気の回復を願った。
 五輪峠から下りになり緩いカーブを曲がると道路側帯に車が15台くらいあり、T氏の車も停まっていて黒檜山登山口と判った。ぼっとしていると通り過ぎるところだった。
        
   地蔵岳と大沼           赤城神社       

        
 スペースを見つけ停車して準備を整え交通量の多い道路を渡り12:30登りだした。 標高差470m弱でファミリーにも登られる人気の山のようだ。最初から急登で少し登ると大沼が見渡せる尾根に出た。痩せ尾根を登ると願いがかなったのか雲が無くなり紅葉の木々の合間から黒檜山が望め、うれしくなった。
        
   黒檜山       

 途中で知らない男性二人に「きのう至仏に登った御夫婦ですか」と聞かれ「どうして知っているのですか」と答えた。T氏の計らいらしく、お二人にお礼を言って別れた。しばらく行くと皇海山で最初に降りて来られた男性にお会いした。やっぱり皇海山と赤城山は対で登られているようだ。「おおーい」とT氏の声がして、やっと合流できた。T氏は私達を待っていて下さったのだ。3人で頂上に向い13:35頂上に着いた。
        
   音楽と道楽人生巡礼のT氏と頂上で      

 頂上は広く開放的で眺望も利くはずなのだが、中高度に雲が湧き山の姿を見ることは出来なかった。T氏と記念写真を撮って3人で座り、予想以上に早い時間に二座とも登れたことやお天気に恵まれたことを喜んだ。ただ余りにも呆気なく登ってしまった赤城山にはこれと言った特徴がなく印象は薄いものだった。深田久弥は「赤城は登山と言うより逍遥という言葉のあたる、大きなプレイ・グランドであってその中心は、山上の火口湖の大沼である。」と、なるほど大きくうなずいた。
 13:55下山することにした。快適に大沼を眺めながら降ると、こんな時間からでも何人もの登山者に会った。やはり普通の山とは少し違う観光の山かも知れないと思いつつ14:35登山口に着いた。
 T氏とお別れして、私達は白沢の望郷の湯で疲れを取り、沼田で蕎麦を食べ、高速に乗り10:00自宅に戻った。
 
至仏山(2228m) 
  2006.10.21(土)晴れ時々曇り 
 土、日、を利用して群馬の100名山を三座登ってきた。初日は至仏山に登る為、4時家を出発して戸倉に向かった。新潟の塩沢あたりを走っていると小雨が降り灰色の空だったが、関越トンネルを抜けると青空でまばゆい光が満ち、暑くてたまらなくなり、「トンネルを抜けると青空だった」と二人ではしゃいだ。
 沼田ICで高速を降り、帰宅時に入湯する予定の下調べに道の駅白沢に立ち寄り、R120をはしり鳩待峠行のバス乗り場戸倉駐車場(1000−)に着いたのが8:45だった。
 満車と書いてあり駐車場に入れるか心配したがなんのことは無く多くの空きスペースがあった。準備を整え乗車券(片道900−)を買い、待っていると9人乗りマイクロバスが発車するにはあと4人乗車客を待たなければいけないのだそうた。待合場でおかしなことに気がついた。マイカーが林道を行き来して鳩待峠に入って行く。どうも規制が解除されているようだ。去年は6/25に至仏山に登ろうと鳩待峠まで入ったものの入山禁止で泣く泣く諦め引き返したり、今回またしても要る要らずの出費を重ねてしまったと悔しくなった。
 乗車客9人が揃い、9:10発車した。運転手さんが言われるには鳩待峠の駐車場は朝6時には満車になったのだそうだ。それを聞くと少しは気もまぎれたが、鳩待峠の駐車料金が2500−と書いてあったのにも驚かされた。
 9:35登山届を書き歩きだす。熊笹の中をしばらく行くと木製の階段となり、登っていくとP1867の直下に出て展望が開け、燧ヶ岳や尾瀬の山並み、日光白根が見えた。左折するように木道が巻いて延び、再び樹林に入って進むと尾瀬ヶ原の展望が一挙に開け、丁度休憩によい平石に座り一休みした。お天気が芳しくなく、至仏山は雲に隠れ見えず時折小至仏山が姿を見せてはまた消えていった。
        
   オヤマ沢田代               小至仏山       

 オヤマ沢田代を過ぎ、正面には小至仏山の岩稜がそそり立ち登高意欲をかき立てる。長い木製階段を登っていると、雨具を着た下山者が何人も降りて来られ「非常に寒いですよ」と薄着の私達を見かね忠告して下さった。岩場を登ると西側から風が吹き上げ、ガスの中にまぼろしのように一瞬奈良俣湖の水面が見えたかと思うと、もう濃霧があたりを厚く覆った。
        
 ハイマツと岩場を登り抜け11:30小至仏山頂上に着いた。雨具を出すのが面倒だったのでフリースを着たら身体は暖まり至仏山頂上に向かう意欲もわいた。至仏山は尾瀬ヶ原から見ていると穏やかな山と思っていたが、西側(日本海側)からの厳しい気象変化の大ききい山だったのかと思い知らされた。身体は暖かいが頭と耳が冷え耳はちぎれそうに痛み、雨具を着なかったことを悔やみながら懸命に至仏山に向かった。この山の岩石はすべすべで滑りやすく、ぬかるんでいて不用意に足を置くと滑って転んでしまう。注意深く緊張しながらも12:05至仏山山頂に着いた。
        
   仏さまが並んでいるように見えた岩石                    至仏山       

 頂上は無風状態で快適だった。ゆっくり休んだが霧の中ではすることはなく12:30下山することにした。下山ルートは山ノ鼻に下り200m登り返し鳩待峠に戻るコースとした。
 登山道を降ると霧が晴れ、眼下一面に広大な尾瀬ヶ原が現れ、雲間から光が射し尾瀬ヶ原に息吹が戻った。美しいとカメラを取り出しシャッターをきった。「こちらの登山道を選んで正解だったね」と喜び尾瀬ヶ原の表情の変化を楽しんだ。このルートも青石や黒石が多く滑りやすく神経を使いながらの下山だったが、樹林帯に入るとほっと開放され、その暗い樹林を抜けると突如広大な草紅葉の湿原のなかに2本の木道が延びシラカバが林立してその奥に青空を背景に燧ヶ岳がやさしく迎えてくれるのだった。
        
 下山途中からご一緒し、明日は燧ヶ岳に登るという岐阜のTさんと別れ、草原のベンチに座り至仏山を振り返ると雲は無くすっきり頂上が眺められた。今日の一日を振り返り満たされ心地良かった。山ノ鼻で休み観光客に混じりながら木道と階段を登り15:05鳩待峠に戻った。
        
   燧ヶ岳               至仏山       

 客待ちをしていたマイクロバスに飛び乗り、紅葉真っ盛りの笠科川沿いの山々に見惚れながら15:30戸倉駐車場に着いた。
 明日は皇海山に登るためR120を引き返し老神温泉で疲れを取ろうと考えていたが、吹割の滝の手前4kmから渋滞があり、途中の看板を見てささの湯(500―)に立ち寄り時間を費やすことにした。源泉掛け流しのお湯で温く身体の中からじんわり暖まり充分満足できた。
 R120に戻り、今夜の車中泊に備え利根役場の駐車場を見に行った。環境が良いことを確認してから、レストランに夕食を食べに行き、利根役場の駐車場に戻り車中泊した。
白山(2702m) 
  2006.10.14(土)晴れ
 紅葉を期待して白山に登ってきた。 大白川ルートは高速を走れば我が家から1時間半弱で登山口まで行け、夜明けが遅いこの時期にはアクセスに労しないことは重宝である。
 登山口には千葉や名古屋方面ナンバーの車を含め15台くらい停まっていて、人気も高いようだ。白水湖あたりではまだ紅葉には早すぎ気持ちがダウンしたが、大倉山付近まで登ると見事な紅葉が広がり、燃え立つ彩りが錦のように複雑に絡み合い美しい模様となって織り上げられていた。
  

        
 室堂に着くと霧が湧き寒々としていたが、多くの登山者が晩秋の白山を楽しもうと集い、ひっきりなしに頂上を目指して登って行かれた。頂上に着く頃には霧が晴れないかと期待しながら登ったが、期待は外れ火口池などは見えるもののそれ以外の展望はなかった。頂上にいても景色が得られなかったら何をすることも無く退屈で、下山後の温泉に気がとらわれ、35分間で下山開始することにした。
        

        
 往路を降ると多くの登山者が登って来られ、大白川ルートでこれほどの人に会うのは初めてだった。ほとんどの方は室堂に泊まるのだそうだ。
 太陽は天高に輝き、紅葉を照らし一層色が映え鮮明さを増しその美しさに酔いしれ、カメラを出しては立ち止まり、大倉山避難小屋までは登った時間と同じ位時間を費やした。下方に白水湖の浅葱色の湖面も見え、想像を越える配色に驚き強く印象に残った。自然の摂理なかで繰り返される、厳冬に打ち勝つ山のパワーが狂気爆発しているようで、その圧倒的なスケールの大きさで力の限りのパーフォマンスに、立ち会える自分が幸せで深く静かに喜びを感じた。
        

        
  13:50登山口に戻って、Tがこだわりインターネットで調べた平瀬温泉の入湯可の旅館に行ったが結局は断られ、共同浴場のしらみずの湯に入湯することになった。そして白川郷で美味しい蕎麦を食べようと楽しみにしたが、秋祭りで休業していて、下山後はことごとく希望が叶えられず、仕方なく一般道を走り家路に急いだ。
焼岳(2455m) 
  2006.10.9(月)晴れ
 7,8日と発達した低気圧の影響で日本列島は大荒れとなり、海、山では多くの遭難事故があいついだ。高山では吹雪となり相当の降雪を記録して、山々は白く色を変えた。連休最後の日は文句無しの好天で山日和、「雪を纏った北アルプスを見て来よう」と焼岳に登ることに決定した。
 今回も中尾温泉からのルートをとり、駐車場には6:35に着いた。車は6台位停まっていて、湘南、岐阜ナンバーの2組が身支度をしていた。軽く食事を摂り準備を整え私達も少し遅れて6:50歩き出した。
 しばらく林道を歩き、沢を渡り登山道に入る。今年の紅葉は遅く木々は青々として、昨日の雨で森はしっとりして潤いがあった。30分間で林道最終の登山口に着き、本格的に登り出す。
 奥穂で遭難され救助に向かうヘリコプターの騒音を聞きながら、早く見つけてあげて欲しいと祈りつつ急斜面に切られた登山道を登ると、白水ノ滝があっという間に下方になっていった。先行の方々は林道を歩かれたのか会うことはなかった。コメツガの巨木やブナの大木に触れながら行くと、樹間から真白な雪化粧をした笠ヶ岳が大きく見えて素晴らしい光景に心も弾み、力も湧いてきた。
        
   中尾登山道からの笠ヶ岳     上高地と明神岳        

 8:35綱秀神社に着き此処で初めての休憩を取った。樹林帯には太陽の光線が届かず、休むと身体が冷えとても寒い。じっとしていられず、早々に中尾峠へと向かうことにした。
 ナナカマドが紅葉なかばにして落葉している。風情がないなと思いながら稜線を見上げると上高地からの登山者が列を成し歩いている。誰一人に会わず、閑寂な登山道を歩いて来たものには突然の出現は大きな驚きだった。
 
 
   中尾峠で(笠ヶ岳)     中尾峠からの焼岳  

 9:05中尾峠に着く。焼岳の溶岩ドームが荒々しく迫り、私達の目を釘付けにして魅了した。石の上に座り、いたるところで噴煙を上げ活動する地表と、色とりどりの色彩を身に纏った登山者の様子を眺めながら、ゆっくり休んだ。
 此処からが正念場と腰を上げ登りだす。振り向くと穂高連山が白く気高く輝き、槍ヶ岳も見えて来た。「美しい」とカメラに納め、何度も振り返った。次第にうっすらと雪が積もりこの時期では味わえない良い体験と嬉しかったが、滑らないようにも気を遣った。
       
   焼岳でもうっすら雪が      焼岳直下の噴煙 
   中ノ湯からの登山道と合流するとまた多くの登山者が休憩していて、今日の焼岳は満員状態のようだ。順番を待ち噴煙を上げる横の岩場を乗越し、10:10頂上に着いた。
 お祭りのような人出で広い頂上も狭く感じたが、乗鞍や白山も良く見え大展望に大満足した。笠ヶ岳が正面に見える静かな場所を確保して座り、山座同定をしながらランチタイムを楽しんだ。白く輝く穂高連峰をはじめ黒い槍、純白の双六、抜戸、笠、下界では中尾温泉、穂高温泉が箱庭のようで、山の中腹には穂高ロープウェーの山頂駅や西穂高山荘が点在し、見飽ぬ眺望に酔いしれた。  隣の男性が携帯電話で話す声が聞こえ「奥穂に登るつもりだったが、アイゼンを携行しなかったので、上高地から見える煙の出る山にいる」と会話され、なるほどだからこんなに人が多いのかと納得した。
 
 
   焼岳頂上 
 充分癒されたところで11:00下山することにした。上高地を俯瞰しながら下ると、緑屋根の焼岳小屋にも興味が沸き、寄り道することにした。中尾峠から一登りすると焼岳展望台に着き、多くの人が休んでいた。此処からの焼岳は雄大で急斜面の山肌が重なりドレスのひだのように流れ落ち美しく新しい感動があった。ピークを降り、笹の小道を行くと林間に緑屋根が足下に見え、11:45焼岳小屋に着いた。
        
   焼岳展望台から     焼岳小屋から        

 なんと小屋前には巨岩があり、小屋の庇とその岩の間から、計算し尽くされたように焼岳が見えた。北斎の版画のような素適な構図に感激して何回も写真を撮って喜び、小屋前の椅子に座り下山に備えた。
 11:55中尾温泉に向け降り出す。すぐに西穂山荘への分岐があり中尾温泉は直進となっていた。あまり歩かれていないようで暗く寂しい山道だった。中尾峠からの道と合流して、往路をひたすら降り、登山口の沢で顔を洗い、13:25駐車場に戻った。
 焼岳の恩恵、中尾温泉山本館(500−)に入湯したが、熱すぎて憩うことはできなかった。しかし、さっぱりとして正面の錫丈岳の岩峰を眺めていると身体中が爽快さに包まれていった。

北ノ俣岳(2661.2m) 
  2006.9.23(土)晴れ
 高原の草紅葉と爽やかな秋風に会いたくて、北ノ俣岳に登ってきた。
 夕刻会合があり登山口には15時までには戻りたい想いから、前日に飛越トンネルの駐車場に入った。霧が湧き不気味でこんなに飛越トンネルまで遠かったかと暗い林道を不安な気持ちで走り続けると、18:30霧にむせぶ弱々しいオレンジ色の外灯の光が目に入った。広い駐車場には2台の車が停まっていたが人の気配はなかった。夕食を食べ、身体も暖まったところでシェラフに潜り込み、車中泊とした。
 夜中、何台か車が着きテントを張ったりしていたが、空は満天の星空となり、全ての星が一等星のように大きく輝き、透明で凛とした暗黒の空に歌いながら光を放っていた。
 4時に起床して、朝食を食べ、準備を整え微かに登山道が見える5:10登りだした。
 登山道は幅広く、ヘッドランプは必要としなかった。急斜面を登り軽いアップダウンを繰り返し平坦地に出た。5年前に来た時はかなりのぬかるみで歩き難かった所も切り株が敷かれ、大きく広げた水芭蕉の葉が力なく地に張り付いていた。針葉樹の森には巨木も多く深い森に迷い込んだ童話の主人公になったよう感覚で楽しく、わくわく胸が躍った。P1700mで大きく降るところで単独男性(岐阜のS氏)が追いつき、道を譲った。
 6:40打保の分岐に着き一休みした。ひんやりとした登山道にはオヤマノリンドウが多く咲き青紫色が涼しげな秋を一層体感させてくれた。少し登ると平坦な草原になり疎らな木々の合間から柔らかいシルバー色の朝日が斜光して、やさしくきれいでどこまでも女性的で、庭園を歩いているような安らぎだった。いくつかの平坦地を繰り返し、鏡池を過ぎ一登りすると7:35寺地山に着いた。
       
   水ノ平にやさしい朝日がさす   小さな小さな鏡池        

 頂上の奥に展望地があり覗いて見ると、長い尾根の裾を引きずる薬師岳と大日岳や剣岳が望め、雄大な眺めに酔いしれた。三角点に戻り一休みして、北ノ俣岳に向かう。
 正面には緩やかな大きい山容の北ノ俣岳がどっしり鎮座して、逆光からか霞んでだただ遠くに見え気持ちを引き締めながら降った。避難小屋分岐に着くとS氏さんが休憩を終え登って行かれた。
 8:25三角屋根の避難小屋に着いた。以前訪れた時は戸が開き、人が溢れ満員状態だったが今はひっそりとして誰も居ない。懐かしく眺めながらドラムかんに陶々と引水してある冷水で喉を潤し、粗末なベンチに座り栄養補給をしてゆっくり寛いだ。
       
 8:40木道を戻り北ノ俣に向う。期待していた草原は草紅葉になり茶色に染まって、木道の傍らには池塘が点在し青空を写し美しさこの上ない。この風景を見に来たのだと思うと嬉しさが込み上げた。そしてやがて寺地山がどんどん低く遠くに小さくなっていった。
 高度を上げるとハイマツ帯になり登山道は埋もれダブルストックが邪魔になりとても疲れだした。青空に突き上げる急なザレ場を辛抱強くジグザグに登りきると、右に稜線が延び北ノ俣頂上が見えた。少し降り太郎平の分岐に10:05着くと、雲の平を中心に奥黒部の大展望が広がっていて歓声をあげた。右には槍ヶ岳が顔をだし、左に目をやれば白い薬師岳がカールを抱き神々しく聳え、「うつくしい」と喜びが沸いた。
       
                    頂上からの薬師岳       

 10:15北ノ俣岳に到着した。先着のS氏に写真を撮ってもらい、三人で山を眺めた。正面には鷲羽岳や水晶岳や赤牛岳が望め、右稜線を辿れば黒部五郎岳その後には乗鞍岳、御岳、後を振り返ると白山が見え、最高のお天気に感謝した。北ノ俣岳にはこれまで4回頂上を踏んだが、2回の縦走時にはこんな感激は無かった。しかし不思議と好天に恵まれ天気の相性は良い山だ。福井の男女が着き、今日は黒部五郎小屋泊まりだそうだ。S氏に別れを告げ一足先の10:45下山開始することにした。
       
 景色を堪能しながら、降りると多くの登山者が登って来られた。「できればもう一週間くらい遅くてもよいが、この時期本当にいい山だ」と二人で話しながら降り、時折吹く秋風を頬に感じながら1時間で避難小屋分岐に着いた。
 寺地山との最低鞍部あたりで単独の若い女性に会い、「どこまで?」と聞くと「避難小屋」との返答があり、勇気あるなと感心し見送った。その後は誰にも会わなかった。日はギラギラ照り、寺地山の登り返しでは木陰に入るとほっとしてそのまま留まって居たいほどだった。
 12:20寺地山に到着、気温は益々上がり直射日光の当たる場所では汗が噴出し、朝感じたしっとりしたやさしさはまるでなく、違った山を降っているように思えた。幾つかのアップダウンをこなし、14:25駐車場に戻った。
       
   奥が寺地山       飛越トンネル駐車場        

 思った以上に早く着け、ゆっくり割石温泉で汗を流し18:00帰宅した。

大猫山(2070m) 
  2006.9.18(月)晴れ
 連休を利用して遠出を考えていたが、台風13号と秋雨前線による影響から諦めた。しかし敬老の日はお天気が期待できるため、どこかの山に登りたい。選考に苦慮したが大猫山に決めた。
 大猫山は2001.7.29に高岡ハイキングクラブ9名で富山県山名録(桂書房)の大猫山を担当執筆された小林喜一氏に大猫山から猫又山までガイドしてもらい登った山だった。枝を踏みながらの猛烈な藪漕ぎと踏み場所に困るほど一面のお花畑に感動し、猫又山に辿り着いた時の言いがたい充実感は今でも色あせない屈指の思い出山行となった。しかし、その時の大猫山はただの通過点に過ぎず、ピークも有ってないようなもの、閉口する程の超急登、剣岳は見えるがよそよそしく、余り良い印象が持てずにいた。しかし年を重ねると懐かしさから、また二人で歩いてみたい感情にとらわれたのだった。
 5:35家を出発して馬場島に向かった。7時過ぎブナクラ谷登山口に着くと、県外ナンバー2台を含め9台くらいの車が川側にずらり並んで停まり、人影はなく水音だけが響き静まり返っていた。大猫山登山口側に車を停め、5月から大猫山で行方不明になられた富山の男性の真新しい情報収集願いを読みながら、ご家族のやさしさと無念さが伝わり心は痛んだ。「皆さん赤谷山にいかれたのかね」と推測しながら準備を済ませ、7:20登山道を登り始めた。
 「今日、誰か登っている。」とTが言うので見てみると確かに新しい足跡が確認出来、深山に入る緊張感も幾分和らいだ。熊避け鈴を響かせながら、急登するとアキレス腱が延び痛みを感じやっぱりただの山ではないと再認識したが、だんだん慣れて来て痛みも消えていった。5年前より登山道がしっかり付き、登り易いように思えた。
 頂上までは標高差にして1100m強の登りがあり、支尾根の緩斜面までの400m、大猫平までの500m、頂上までの200mと3パターンに分け、気持ちの切り替えを計った。
 高度を上げるにつれて剱岳が鋭く異彩を放ち、右に見えたり背後に見えたりとその大きさと威容に目を奪われシャッターを押さずには居られない絶景が待っていた。日本海を北上する台風の影響からか異常気象で、はっきりくっきり馬鹿デカイ山容にこんなによく見えるのかと驚きの連続だった。また登山道もアクティブな要素を必要とし一味違うキツイ登りに飽きが来ず、断然大猫山が大好きになっていった。
       
 10:20大猫平に着くと池塘が点在し穏やかになり、頂上も見えてきた。最後の登りを登っていると、強風がビュービュー唸り怖く不安を感じたが永くは続かなかった。男女二人が下山してこられ、その後単独の男性も降ってこられた。足跡は一人と思って居たので驚いて話し掛けた。男性が「まだ5人位は居ましたよ」と教えて下さり、今日は大猫山に人気の軍配が上がったようで人恋しく、頂上を目指した。
       
 Tが快調に登り私は疲れだし、距離が離れ出した。大きく降り、登りに入ったところで、また単独の男性が降りて来れ軽く会釈を交わし、登り詰めるとTの姿は見えなかった。
 11:05もう頂上に来ているはずなのだが、しっかり刈り上げた登山道が延び3つの軽い丘を越えた。見晴らしの利く平らな丘にはテントが張られ、主の帰りを静かに待っていた。それにしてもTはどこまで行ってしまったのか?次のピークに行くとTが戻ってきた。「行き過ぎだよ」と大声で文句を言うと、「藪の刈り上げ最終まで行って来たが、人は居なかった」と言った。
 11:20テントの張られたピークまで戻り、四角く刈り上げたふわふわのスペースに腰を下ろし、正面の剱岳をご馳走に贅沢なランチタイムにした。頂上は風もなく暖かで平和そのもの、穏やかな大自然に包まれ寝転んだら、身体の力も抜け幸せそのものだった。
       
 黒部から来られた単独の男性が着かれ、私達の1時間遅れで登ったと言われた。彼も刈り上げた登山道が気になったのか偵察に行かれ、しばらくして「下方に3〜4人の人が見えた」と戻って来られた。3人で雑談を交わし、「九州の災害を受けた人には申し訳ないが、台風のお陰で滅多に見られない光景が見られた」と思う存分景色を楽しんだ。黒部の男性は帰りの運転を考えお酒はもって来なかったと言われ、手持ち無沙汰から早々に下山され、二人だけになった。見飽きぬ風景に写真とり放題と、同じような写真をどれだけ写しただろう。一ノ越山荘も肉眼で見え、早月尾根、小窓尾根、赤谷尾根、北方稜線、池ノ平山、赤谷山が手にとるように見え、悦に浸った。
 帰り支度をしていると賑やかな声が聞こえ、折角の山での出会いを期待して少し待ったが姿は現れず(後日HPで見ると元さんグループと判明した。会えずに残念!)12:20下山開始とした。
 10分間ほど降ると登山道の右に延びる踏み跡があり、登ってみると赤のペナントに大猫山2055mと書かれた布が吊るされていた。富山県山名録では2070mになっているのでやはり頂上ははっきりせず、釈然とはしなかったが、写真をとり12:30此処を後にした。
 降りは早いもので13:00には大猫平に着き、1700m〜1550mを慎重に降り、軽いアップダウンをこなし、急降下では速度を殺すのに足に力が入り本当に疲れ、駐車場が見え始めると安堵感に包まれほっとして、15:00登山口に降立った。
 剱岳は一日中素晴らしい姿を惜しみなく見せてくれ、声援を送り続けてくれた。私にとって大猫山のイメージ一新され、最高の山に変った。しかし、行きは良い良い帰りは怖い、膝が笑う手強い山でもあり、翌日は大腿四頭筋が痛み階段の昇り降りに「痛い痛い」と口から突いて出る情けない始末だった。

大日平(1725m) 
  2006.9.9(土)晴れ
 野谷荘司か大日平か、どちらにしようか迷っていたが、同行のNさんが大日平を希望され、草紅葉にはまだ早いが、高原の涼風は頬を撫で心地良いだろうと期待して登って来た。
 7:15ごろ称名の駐車場についたが空きスペースが多く見受けられ、もう夏山シーズンは過ぎたのかと、一抹の寂しさをおぼえた。
準備を整え7:25歩き出す。15分間弱で登山口に着いたら、ばたばたと登山者4〜5名が着かれ、今日の大日岳は人気スポットらしい。その後も2人位に先を譲り、私達3人はゆっくりと登った。
 8:20猿ヶ馬場で一休みして、牛の首を目指す。Nさんは難所を想像していたらしいが、登山道が整備されていて安堵感が伝わってきた。しかし次第に疲れ顔になり、見晴らしがきくベンチで一休みをしょうと歩いたが、なかなかベンチがなく正面には茶色の大日平小屋が見えて来た。急ぐ旅でもなく時間が一杯ある。「休む?」と聞くと「休む」と返答があり、古材が並べ敷かれた所で休憩を取った。
       
 大日岳の見晴らしもよく、弥陀ヶ原ホテルや天狗山などが見え、後を振り向くと鍬崎山や富山平野が見渡せた。古材に腰を下すとワレモコウがアズキ色の花をいくつもつけ、花のないこの時期に目を楽しませてくれた。
 元気が戻ったところで大日平小屋に向うと、9:55小屋の前には3人の方が休んでいた。残りの方は頂上を目指したのだろうか姿は見えなかった。私達は不動滝を見る為小屋の後ろにまわり展望台に立った。雄大な自然の中に白く瀑布が見え、その流れが河となり谷をえぐり称名滝に落ちていく姿を荘厳な気持ちで見守った。
       
 小屋から大日岳に向かう木道を進み、最初のベンチに座り3人だけの贅沢な空間を確保した。静けさと大日岳の眺めを我が物にしてランチタイムを心行くまで楽しみ、「幸せやね」と太陽に包まれながら、ゆったりと開放された時を過ごした。
 大日平小屋に戻り、少しは協力しなくてはと自動販売機の前に立ったが、欲しいものがなく、有料トイレだけ使わせてもらった。オーナー御夫婦は暖房用の燃料にと廃材をせっせと屋内に入れておられ、山ではもう冬支度なのかと下界とのギャップに納得しながらも、四季の移ろいの早さに戸惑った。
       
 11:20お礼を述べ、大日平小屋を後にした。木道を歩いていると強い太陽の日差しが眩しく、木陰に入るとほっとした。牛の首からの降りは真夏の太陽を思わせジリジリと暑く汗が噴出し温度を確認したら32度もあった。猿ヶ馬場で一休して登山口には13:00に戻った。
 今の大日平は高山植物もあまりなく、紅葉も全く始まっていない中途半端な感じだったが、家でゴロゴロしているより、友と草原を渡る風を感じながら山中に身を置く喜びはなにより嬉しいものだった。  駐車場近くのレストハウスでソフトクリームを食べ、下界の温度は34度を示していた。吉峰の湯に向い、受付で「親王陛下お誕生お祝い」のタオルのプレゼントをもらい、ちょっとラッキーな気がして、良い記念のお土産になった。

五竜岳(2814m) 鹿島槍ヶ岳(2889m) 
  ■2006.9.2(土)晴れ
 北アルプスの100名山で五竜岳だけが残っている。アクセスが近いことからいつでも行けると思っていたが、経済的に安くあげるのに遠見尾根ピストンにするか、登り口と降り口が違いタクシーの回送が必要な八峰キレットの縦走にするか、大いに迷って決行を先延ばしにしていたのだった。
 好天が続くこの週末、音楽と道楽人生巡礼のT氏からアドバイスや情報を頂き、八峰キレット縦走を決断した。しかし、この時期テレキャビンの始発が遅く、到底キレット小屋までは行けない。それなら二日目に五竜山荘から八峰キレットを越え赤岩尾根に降りよう。暗くなると山中でタクシーを待つのも怖いし、前日に車を大谷原に置いておけばすぐに帰れる。またもし疲労度が大きく下山が厳しい場合は冷池山荘で泊まればいいと柔軟に考え、金曜日お昼に五竜山荘宿泊予約を入れた。
 5時に家を出発して、魚津ICから親不知ICまで高速で走りあとは一般道で白馬に向かった。白馬駅に立ち寄り、客待ちしている先頭タクシーに「大谷原からエスカルプラザまで乗せて欲しい」と頼み、先導してもらいその後を追った。
 サンアルピナスキー場を通過して赤岩尾根の登山口大谷原に着いたが、橋の奥は満車で橋の手前に一台分の駐車スペースがあり、そこに車を停めた。登山靴に履き替え、リュックをトランクに入れ、タクシーに乗り込みエスカルプラザに戻った。(ちなみに料金は5860−だった。)
 やさしい運転手さんの指示通りエスカルプラザの階段を登り、屋外に出て少し行くと乗り場が在った。チケットを買うと(テレキャビン860−、リフト350−)登山届を書くように言われ従い、テレキャビンに乗り込んだ。お花畑を散策しながらがらリフトに乗り継ぎ、標高差700mをいっきに運んでもらった。
 9:20薄霧の中ハクサンシャジンの可憐な花に見送られ登りだす。すぐに地蔵の頭に着き、少し下り行くとまくら木の階段が続き、賑やかな女性の声がして見返り坂に出た。このあたりから太陽がサンサンと照り、首の日焼け防止にハンカチを帽子下に挟んだ。二の馬髪に出ると唐松岳、五竜岳が正面に見え、遠見尾根が横たわるように延びて、登高意欲をかき立てた。
      
   五竜岳と手前が遠見尾根        

 小遠見、中遠見、アップダウンをやり過ごし11:15大遠見に着き、初めての休憩を取った。此処から鹿島槍の吊尾根が見え始め、どっしりした五竜岳も雄々しく、池に写る五竜岳はとても素適だった。
       
 西遠見から下り、白岳の急登に入ると異変を感じた。今まで歩いている時足がつったことが無いのに痛みが走り、慌てた。此処しばらく山に登っていないし、お手軽登山ばかりだったなと体力不足に心は穏やかではなかった。明日は13時間半の行動が待っている。本当に行けるだろうかと大きな不安がよぎった。騙しながらゆっくり登り続けるが、段々前に足が出なくなった。短時間に2回の休憩を取り、梨を食べたら元気が出た。暑さのせいで食欲がなく、水ばかり飲み過ぎ塩分不足となってしまったようだ。五竜山荘が同目線になり後一息と励ましながら白岳を登り、13:30五竜山荘に着いた。
 受付をして、指定された部屋に行くと不在だったが2組の夫婦と思われる布団が敷かれ、私達も二人で一枚用の大きな布団を広げて、横になり心身とも安らいだ。
       
 疲れも取れ元気が戻り、山荘前のテーブルに出て、五竜を眺めながら、Tはお酒、私はコーヒーを沸かし、東京の男性や八ヶ岳でガイドをされているM氏やそのお仲間と歓談しながら、山上のゆったりした時の流れを楽しんだ。どんどん登山者が着かれその多さに驚いた。富山側には雲上に毛勝三山が青く並んでぽっかり浮かんでいた。

                                ■2006.9.3(日)晴れ時々霧 
 夜中目が覚めると、足の痛みも無く快調のようだ。ためしにトイレに立ってみたが、疲れも快復して不安は一掃されていた。
 今日は五竜岳まで300m登り、キレット小屋まで400m降り、鹿島槍まで500m登り返し、山頂から1660m赤岩尾根を経て降るコースで、時間にすると13時間半かかることになる。
 山荘を早朝4時半に出発することに決めていたので、準備に取り掛かろうとすると4:00丁度、廊下に明かりが灯り、早出の人が動きだした。幸い自炊室にも明かりが灯っていたので、リュックや所持品を持込み、準備をしていると身体が寒くなり、熱いコーヒーを沸かすことにした。そして昨夕渡してもらった朝弁当もかさばることからここで食べて行く事にした。
 身体も暖まり4:45山荘スタッフにお礼を言い、ヘッドライトを照らし登山道を歩き出した。オレンジ色の雲が細く横にのび、空は桃色に染まって美しく清々しい一日の幕開けだった。すぐにヘッドライトは要らなくなり、オレンジ色に山肌が照らされ、その岩稜を登りきるとキレットの分岐となり右折して少し行くと5:50五竜岳山頂に着いた。
       
 剱岳が圧巻でその左には赤牛岳、水晶岳、槍ヶ岳がはっきり見え、その前には鹿島槍の吊り尾根が弧を描き、八峰キレット縦走路が見渡せ、素晴らしい眺望が空に広がっていた。
 6:00いよいよ縦走路に入る。ザレ場の急斜面を降って行くと黒い岩峰がたちはだかって威容を放つ。G5を乗り越すと、傾斜も緩くなりガレ場の登山道をひたすら辿った。道端にはトウヤクリンドウのほかは時期を終えたのかあまり花は見受けられず、秋の気配が漂っていた。
       
 7:55口ノ沢コルに着きここで3回目の休憩を取った。今日は昨日の教訓をいかし、早めは早めに塩分やクエン酸の補給に努め、みかんなどを摂って万全をきした。ここからは岩場の登りでTが快調に登って行きすぐに離された。私はマイペースを決め込み一歩一歩確実に足を前に出し、後を追った。幾つかの岩場の登降を繰り返しながら、T氏やI氏が一日目でこんな遠くまで登って来られたのかと、その行程の厳しさに驚きやっぱり凄いと実感しながら歩き降ると、突然黒い鎧を着たキレット小屋が目に飛び込んできた。
       
 8:55八峰キレット小屋に着き、厳境に建つ強さと愛おしさが込み上げ、小屋の前に立ち写真を撮った。正面には剱岳が聳え、八峰やチンネ、三ノ窓雪渓、小窓雪渓が手にとるように眺められ、まるで剱岳の展望台だった。予定時刻よりかなり早く着き、身体も快調で今日の完歩が確信できた。
 昨日の遠見尾根では厚手のズボンが暑く気になってしかたがなかったので、薄手のズボンに履き替える為トイレを借りたら、床がピカピカに拭かれ、土足OKと書かれていたが心苦しく靴をぬいてしまった。自然を敬愛し畏敬の念を持たれながら山に携わって居られることが、自分自身に妥協を許さず、謙虚さと厳しさを強いる高い精神性が伺え、凡人の私にもビンビン伝わり、爽やかに胸に染みた。
 八峰キレット小屋から鹿島槍までは標高差500mの登りが待っている。水からスポーツドリンクに替え、焦らずゆっくり登ろうと9:15小屋を後にした。
       
 いきなり岩場を急登すると、トラバース用の鎖が張られていた。八峰キレットは最低鞍部だからまだだろうと思っていたら、梯子がありそこを降りると右に深い谷が落ち込んでいた。鎖を頼りにトラバースするともう普通の岩場になっていた。一番の核心部と思っていたが、しっかり整備され拍子抜けしてしまったが、昔は難所だったのだろう。安全に通過できることに感謝しなくてはいけないと思った。
 鹿島槍ヶ岳の北峰分岐までは予想通り体力勝負で長く感じた。Tは快調に飛ばし北峰分岐で待っていた。10:30分岐に着くと「北峰に登る?」と聞くので「もちろん」と即答した。南峰は2002年7/7に登頂していたが、北峰は未踏で是非登りたいと楽しみにしていたのだ。リュックをデポして北峰に向かう。7分間で頂上に着いたがガスで何も見えなくなっていた。手持ち無沙汰から石を積み記念に残して来た。北峰分岐に戻り一休みして、最後の登り南峰を目指した。
       
 岩場の登りは疲れたが今吊尾根を歩いていると思うと喜びが込み上げ、どこから見てもわかる吊尾根スカイラインを、自分が歩いたラインに出来ると思うと愉快だった。
 11:20鹿島槍ヶ岳南峰に着いたが、ここもガスで何も見えない。5〜6人の人が居られたが、2回目ではあまり頂上での感激は起こらなかった。さあ、「此処から降り」とザレ場をジグザグに降り、冷池山荘に向かった。途中には雪解けが遅かったのか高山植物が色とりどりに咲き、目を楽しませてくれ心が和んだ。
       


 12:50冷池山荘に着いた。前に来た時はみすぼらしい小屋だったが、今はハイセンスに生まれ変わり、かわいいお嬢さんが受付でテキパキ采配していた。自飯室に座りビール(550−)とコーラ(350−)で乾杯し、おいしいラーメン(700−)を食べ、残らずスープも飲み干し、満足して山荘を13:15に出た。 13:30赤岩尾根分岐に着き、降り出す。少し行くとトラバース用に鎖が張られ、男性が二人いた。登るでもない降るでもない様子でおかしいと思ったら、「今から中学生が130人来ます」と言われた。浮き石を谷に投げ安全確保をされて居たのだった。了解して降ると長野県の中学二年生だった。痩せ尾根だったので先生の指示どおり、みんな腰を下して座り、私達二人を通過させて下さった。朝6時に出発したそうだが、普通のシューズを履いての登山はキツイものがあり、みんな疲れている様子だった。しかし今日の冷池山荘はさぞ賑やかだろうと空想してしまった。
 沢音が聞こえ始め14:20高千穂平に着いた。どこから聞こえるのかと水音の方を探すと滝がまっすぐ白く落水してあまりの大きさに驚き見惚れた。鹿島槍の雪渓が溶け出し季節限定の滝なのだろうか。いい物を見たと喜んだ。
 赤岩尾根は危険なところは無いが、木製の梯子が多くかけられて居て、歩幅が合わず滑りそうだった。林道まであと標高差200mくらいで後方から足音が聞こえ振り向くと鹿島槍頂上直下でお会いした魚津の男性だった。日帰りで赤岩尾根をピストンだと言う。3人で一緒に降り北股本谷には15:40着いた。
 以前は堰堤下のトンネルを渡ったようだが、今は仮設橋が架かっていた。3人で雑談しながら林道を歩き大谷原ゲートに16:30着いた。行動時間は休憩時間を含め11時間45分だった。
 やり遂げた喜びが込み上げ、鹿島川に架かる橋の上で満面の笑みを浮べ写真を撮った。そして待っていてくれた愛車に向けてもシャッターを押し、全てのものに感謝したい気持で一杯だった。
       
 長い長い一日だったが疲労感もなく、自分にまだこんなに底力が有ったかと嬉しくもあり、おかしくもあり、不思議でもあった。
 下山後の楽しみは温泉と食事。白馬に戻り、ぬるく赤い泉質の倉下の湯で長湯を楽しみ、筋肉をほぐし、白馬飯店で五目そばを食べ、21:30自宅に戻った。