2006 山日記



■2006山行記録■

牛岳(987m)
  2006.12.16(土)晴れ 
 Tの腰も幾分か治り、「ちょっと試しに」と二人で牛岳に登ってきた。ヒュッテまでの林道はもう冬季通行止めかと思っていたが、なんの支障も無くヒュッテ登山口まで入ることが出来た。路側帯の空き地には青の車が一台あり、誰か登っているようだ。靴を履き替え10:40久しぶりの山道を新鮮な気持ちで歩きだした。
 少しハイペースで歩き、15分間でヒュッテに着いた。熱くなりシャツを脱ぎ一休みしてTに先頭を譲ることにした。Tは心配していた腰も痛くはないようだ。葉を落した木々の上からやさしい太陽が降り注ぎ、椿の葉がピカピカ光り12月の中旬と思えない穏やかさに心が和み、しずかな幸せにひたった。
        
 6合目ベンチに着くとTが待っていて「牛岳でこんな辛く感じたのは初めてや」と言った。私も同感で「お互いに身体鈍っているね」と苦笑しあった。7合目あたりから雪があり、少しは冬らしくなった。硬くなった雪には幾つもの足跡が残り、常に登られている様子が伺え、それを踏みしめ、12:05頂上に着いた。
 社の前には見覚えのある顔が、「こんにちは」T氏だった。もう昼食を終えコーヒータイムだった。「鳥居が変ったね」と言われ、見てみると鳥居がずっと休憩所の近くまで移動されしかも新しく造り替えられていた。「何時建てられたのだろう」と参道の延びた頂上の様子に驚いた。T氏と写真を取り、休憩所に降るとベンチにはスキー場側から登られた女性二人が休んで居られ、挨拶を交わし私達もベンチに座った。思った以上に風が通り寒く、風除けにツエルトを張った。魚津と富山の方で、暫し山談議をしてから彼女らを見送った。今日の昼食はコロコロ団子を使った(金沢の風習で安産祈願のお餅)ぜんざいだ。甥のお嫁さんの実家から頂いたもので、身体が温まり美味しかったが、お餅・餡の量、おまけにお湯の量が多過ぎて身動き出来ないくらいお腹に応えた。
        
 ゆっくり休んで13:10頂上を後する。限度の越えた満腹の下山がこんなに苦しいものかと思い知らされながら、14:15登山口に着いた。
 トレーニングになったかどうか判らないが、久しぶりの山歩きは2人にとって充実した楽しい時間であった。帰りに柔らかく気泡が着く泉質の湯谷温泉(500−)に入湯して、ここでも初対面の小矢部のO氏と温泉や山の話に花を咲かせ友達の輪を広げ、家路に着いた。
中山(1255m)
  2006.11.26(日)曇り
 6年ぶりに中山に登ってきた。Tの腰がまだ治らず山には登れそうにないので、前から気になっていた新ルートの見学を兼ね、たまには姉妹と山登りを楽しもうと誘ったのだった。
 昨日の天気と打って変わった灰色の空を見上げ、せめて下山までは雨が降らないよう祈りながら馬場島へと車を走らせた。伊折橋からは雄大な剱岳が望め「これだけ見えれば充分だね」と久々の山登りに姉達は胸を膨らませていた。
 駐車場に着くと車が6台位停まり、3組が準備をされている。姉達の心配している熊の不安はなくなり、準備をすませ8:55登りだした。
 姉達は何回か中山に登っているので、自分のペースで登ってもらい衣服調整をしたり景色を眺めたりしながら急斜をジグザグに登ると見る見る間に河原が眼下に小さくなった。登山道には巨木の立山杉が風雪に耐え、幹や枝を痛めながらもどっしりと立っている姿に心打たれ、何百年の時の重さも強く感じもっともっと長く長く生き続けて欲しいと願った。
        
   立山杉の奇巨木         

 標高1100m少し手前の切り開かれた登山道で一休して、「五本杉はまだ?」と遠い記憶を辿ると立派な立山杉が集まる五本杉平に着いた。先着があり写真をとることが出来なかったが、旧友に出会ったようなうれしさが込み上げた。緩やかになった稜線を姉達に先導され軽いアップダウンをこなし登るとあっけなく10:35中山頂上に着いた。
        
   頂上で               ブナクラ谷を正面に降る

 無風の頂上には15人位の人が休んで居られ、ぐるりと一回りして私達も好所を見つけ、腰を下した。剱岳をはじめ、ブナクラ谷、そのコルの右に赤谷山左に猫又山が見渡せ色彩はないが、水墨の重々しい表情の山々が静かに鎮座していた。記念写真をとり終え、おにぎりや温かいものを食べ、おしゃべりをしながら頂上での一時をゆっくり過ごした。15人位のパーティーも着かれ、今日の中山はにぎやかだった。
 お腹も満たされ11:35下山開始することにした。頂上奥の笹を刈り上げた登山道に入るとしっかりと登山道が付いていた。どんどん降り正面にグナクラ谷を見ながら登山道を降り進むと立山川の河原が眼下に近づき、東小糸谷の沢に出た。渡渉して沢横につけられた登山道を2回渡り返すと木に赤いリボンがつけられた登山口に12:25着いた。「なるぼど此処に出るのか」と納得し、知りえた喜びで胸がすっきりした。
        
   東小糸谷の沢にでる            憧れと試練を胸に  

 「ちょっと楽過ぎた?」と聞く「丁度だった」と姉達も満足そうな笑顔で返してくれ、私も満たされた。3人でダラダラと林道を歩き、早月尾根をほんの少し登ったり、馬場島のキャンプ場でコーヒーを沸かし飲んだりしながら13:25中山駐車場に戻った。
中山は無雪で歩き易く、雨にも降られず、晩秋の山を満喫することができた。帰りは湯神子温泉で汗をながし、おしゃべりの絶えない楽しい一日は過ぎていった。
 十石山(2524m)
  2006.11.18(土)晴れのち曇り 
 U氏リーダーの会山行、十石山に登ってきた。今秋、十石山の計画を立てていたが都合がつかず、先延ばししている時のタイムリーなお誘いに喜んだのだが、残念なことにTが仕事中滑って腰を打ち、Mだけの参加となった。
 小雨降る高岡Pを6:00出発して途中一人いこいの村で合流し、参加者5人は白骨温泉へと向かった。
 聞けばリーダーのU氏は風邪を引き食欲もなく不調で顔色も良くなかった。「行ける所まで行きましょう」との言葉に納得したが、岐阜に入ると青空が広がり最高の山日和に、「今日の乗鞍岳は綺麗だろう」「避難小屋での宴会が楽しみ」と期待は大きく高まった。  白骨温泉から上高地乗鞍スーパー林道に入り料金所を過ぎ、右カーブ手前中部電力の無線中継小屋横の空き地に8:55車を止めた。
        
   登山口               カンジキが必要だった

   準備を整え、木につけられた赤いリボンをくぐり擬木の階段を9:05登りだす。10分間ほど歩くと十石山と書かれた道標に導かれ左折し、熊笹の登山道に入った。
 あたりはカラマツの森で落葉の松葉が一面に積もり情緒があり、森は明るく時折うっすらと雪が積もっていたがまたまだ秋の装いだった。ジグザグにきられた登山道を登り続けると、U氏が体調不良で「もし来なかったら下山したと思ってください」と指示を受け、4人で頂上を目指した。
 一登りするとダケカンバの林で平坦になり、コメツガの林へと変っていった。積雪も徐々に増え、新雪の上に成獣の熊の足跡が山を降っている。行き先が反対方向だからいいが、代わる代わる大声を上げながら暗い林を登り続けた。右にセバ谷を見ながら細尾根の登りになった。私は折角アイゼンを持参したのだからとアイゼンを履いた。しかしこれが失敗で、さらさらのように見える雪だったがアイゼンに付着して高下駄のようになりその重さで足が疲れだした。ラッセルの協力をしたいがトレースを辿るだけでも健脚のUさんやTさんに追いつくことは出来なかった。
 バリバリに凍ったアイゼンのベルトをなんとか外し後を追うと11:30Uさんの携帯にU氏から下山した旨の連絡が入り、私達の気持ちも萎えた。積雪は120cm位あり、沈むと膝上に埋まりそのたびに疲れ、カンジキをもって来なかったことが悔やまれた。標高にしてあと350mある。もう誰もが頂上を踏めないことは察しがついた。12時までは登ろうとスパーウーマンUさんが先頭をきり、休む場所を探しながら登り続けた。「此処で休憩にする?」と言われても、「せめてシラビソの樹林帯をぬけるまでは」と我を張って先頭を歩いた。木々の合間から大きく頂上も見え12:20標高2435mまで来た。あと100m、しかし頂上まで40分間は掛かるだろう。
        
   最終地点(左が頂上)              寒くても楽しい一時

T氏、Uさんと「此処までにしますか?」と断念した。Y氏の所まで降り、雪を踏み固め雪上での宴会となった。風は無かったが、気温はマイナスで手袋がバリバリに凍った。お酒で身体を暖め、暖かい物を食べ、避難小屋とまではいかないものの楽しい一時が流れていった。
 13:30下山開始。今季初の冬山を満喫し、パウダースノウーを蹴散らし、落ち葉のカラマツ林を駆け下り、14:50U氏の待つ登山口に戻った。
        
   冬山を楽しむ                    穏やかな景色が見渡せた(中央は御岳)

 下山後の楽しみはなんと言っても温泉。白骨温泉のわたの湯柳屋(500−)に入湯し、白濁した源泉かけ流しの湯船に浸かり、極楽気分。頂上に立てなかったが、この温泉に入っただけで今日の一日分の価値は充分あったと幸せだった。
 帰路の車中には、ほのかな硫黄香の温泉の匂いが漂い、それを道ずれに19:30高岡Pに着いた。
 身体の不調を押し、運転してくださったU氏に心から感謝した日だった。
 岩手山(2038m)
  2006.11.5(日)晴れ 頂上付近のみ濃霧と強風
 朝起きると岩手山の頂上南側に雲が掛かり、すっきりしない。しかし昨夜の天気予報では12時までは晴れでそのあと曇りになっていたから大丈夫と、準備を整えた。
6:00登山届を書き焼走り登山口を歩きだした。平坦と言っていいほどの広い登山道は左側には焼走りが高く土手のように堆積し、右側は雑木林となっていた。焼走りを見ようと登ってみると黒い溶岩が広い範囲に溢れ見ごたえがあり、岩手山もどっしりと見渡せた。
        
   砂場のような登山道               視界が広がり頂上付近も見えてきた

 1時間程歩くと苔の生えた溶岩の登りになり、少しは急斜面になり高度を稼ぐことが出来た。 7:25第二噴火口に着き、砂礫の登山道に変った。樹林帯を抜けると視界が開け、ツルハシまでは山を巻くようなまっすぐな登山道で、見上げれば頂上付近も見え、下界には私達の車がある駐車場もすっきり見えた。
        
   見た目より傾斜あり足が沈む               頂上を見上げる

 砂礫に足が沈み富士山を歩いているような気がしたが、ツルハシからはまた樹林帯のなかに入って単調な登りだった。
 小さい祠と鉄製の鳥居のある大岩の辺りにくると雲行きが怪しくなり、山姿が見え隠れして、「これでは頂上に登ってもなにも見えないかもしれない」と展望をあきらめた。
 9:15立派な平笠不動避難小屋に着き、中はどうなっているかと覗いてみると、掃除も行き届き、二段ベットで空間利用されゆっくり休めるようになっていて、いかにも快適そうだった。
        
   平笠不動の奇岩               最後に見た岩手山頂上

「さて、ここから頂上に立てる喜びを感じながら、最後の登りと行きますか」と思っていると、天気が急変して凄い風の音に驚いた。「少し避難小屋で待とう」と体温を奪われないようにシャツやフリースを着て、その上から雨具を着込み、いつでも登れるようスタンバイしながら風が止むのを待った。
 風は南西から吹き荒れ、地表と平行に猛スピードで雲を飛ばした。そして止むどころか濃霧の強風に変り、暴風になり避難小屋をも揺らした。木々の枝は瞬く間に水滴を落としている。「飛ばされる」、「12時まで此処で待とう」とTが言い、祈るような気持ちで天気の回復を願ったが外は暗くなり、天気予報では午後から悪くなると言っていたことを思うととても期待は出来そうになかった。それより下山さえ危ぶまれ大きな不安が重く圧し掛かった。
        
   まだ余裕 (平笠不動避難小屋)             まさかこんなことになるとは

 断腸の想いだった。まさかこんな結末が待っているとは。岩手山まで時間とお金をたっぷりかけたのに、諦めなければならない辛い悲しい決断だった。
 10:15頂上を諦めることにした。避難小屋を出て降り、樹林帯に入ると風は無い。どうも頂上付近だけの乱気流のようだ。「もう一度登る?」と退き戻るとやはり上部は暴風だった。  諦めきれない想いで「昨日岩手山に登っていたら」「もう一時間早く登っていたら」「馬返しだったらどうだろう」とどうにもならない想いが頭の中でぐるぐる回っていた。
 高度を下げるにしたがって雲間から太陽の光が射した。そのたびに岩手山を振り返り、厚い曇に覆われた山頂を見ては「判断は間違いなかった」と安心した。しかし、二人でどれだけの溜息をもらしただろう。Tが「大間の漁師が本まぐろを捕まえ、取り逃がしたようなものや」とか「岩山(いわさん)に登って来た。」「どうして?“手”は抜かなかったよ」と私。「“手”が届かなかったから」とか駄洒落を言って笑わせた。
        
   第二噴火口を散策               焼走り

 今日は誰一人にも会わない(小鳥一羽は見た)寂しい日だった。焼走りコースは人気が無いのか、それにしても今まで100名山に登って初めてのことだった。
 13:00登山口に着いたが、本懐を果せなかった無念さで盛下がり、握手する気にもなれなかった。
 焼走りの湯に浸かり、ガラス越しに見る岩手山はやはり雲の中だった。下界は晴れているがあの暗雲の中を知るのは私達だけ。「また来よう」
 国道4号線を走り盛岡のジャスコに立ち寄り、夕刻東北自動車道に入った。山形自動車道の古関PAで車中泊して、6日 国道113号を走り中条ICから糸魚川ICまで高速を、宮崎海岸のたからの湯で旅の疲れを洗い落し、14:00自宅に戻った。走行距離は1570kmだった。
 早池峰山(1917m) 姫神山(1124m)
  2006.11.04(土)快晴 
早池峰山
 道の駅“はやちね”が山中でしかもダム湖のほとりのせいか、朝方非常に冷え込んだ。朝食の準備に手間取り6時過ぎに早池峰登山口に移動して河原坊に着いたのが6:35だった。すでに10人位の男女の若者が登り始めるところだった。
 道下の駐車場に車を止め、正面に突き上げる早池峰を見上げ、早池峰ウスユキソウなどのイメージで勝手に女性的な山かと想像していたが、その急峻な登りと岩肌に驚かされた。車にあった古い帽子を見つけ、にわか登山者のようなリュックだが使い勝手もよく、肩に乗せると不思議に登高意欲が湧き上がった。
 6:50登山口を歩き出す。すぐにコメガモリ沢を渡渉して右岸に渡り、道標に従い渡り返しながら忠実にコメガモリ沢を登った。途中には岩から水が染み出した水場もあり、水の豊富さを感じた。
        
   コメガモリ沢を登る                早池峰を見上げる

 7:45にはコウリコウベ(頭垢離)に着き、ここから沢を離れ尾根の登りとなった。御座走りあたりから露岩の連続で、緑色の蛇紋岩をふみながら、巨岩の打石や千丈ヶ岩を眺め、右に巻くように登り進むと9:00頂上に着いた。
        
   岩場ばかりの早池峰                鎖場

 一度の休憩も取らなかったが、男性的な荒々しい岩場は登り応えがあり、早池峰は秀峰だと思った。頂上には早池峰神社の祠があり、大岩には沢山の剣が奉納されていて、昨日の蔵王山といいこの早池峰といい、このあたりの風習なのだろうか。
        
   頂上 早池峰神社前の奇岩で               早池峰山頂上 

 頂上は広く360度の展望を得られるが、地図もなく明日登る岩手山も確認出来なかった。だれもいない静かな頂上の石に座り暫しパンなど食べ休憩をとった。しばらくして東京からの若者達が着き、小田越ルートからも単独の男性二人着き、頂上は賑やかになった。
 頂上を譲り9:25小田越ルートで下山することにした。御田植場に降ると木道が敷かれ夏には多くの高山植物が咲くのだろうと想像したが、日陰では霧氷が折り重なって白く雪の塊のようになって冬の到来を告げていた。
        
   御田植場               天狗の滑り岩 

 9:35剣が峰の分岐に着き、小田越ルートへ降りだす。天狗の滑り岩を梯子で降り、岩場の登山道を降ると多くの登山者にお会いした。10:00五合目御金蔵に着くが、まだまだ先は長く一合目までゴロ石の連続で足場は悪く長く感じた。その後はオオシラビソの樹林帯の登山道に変わり、木道を行くと10:45小田越登山口に飛び出した。道の向かい側には薬師岳の登山口があり、端正な薬師岳が望まれた。
        
   五合目御金蔵                      早池峰山を仰ぎながら林道を歩く

 小田越から河原坊まで2km林道を歩かなければならないが、右に正面にと見える早池峰山を眺めては、充足感に包まれ足取りも軽く11:15河原坊駐車場に着いた。
 今日はあと一座姫神山に登りたい。急いで玉山村の一本杉キャンプ場にナビを合わせ、姫神山登山口に向かった。

姫神山 
 国道4号線を走り玉山村に近づくと女性的でやさしい端正な姫神山がみえてきた。この辺りでは午後4時になると暗くなる。ナビの到着予定時間を気にしながら、一刻も早い到着を望み、コンビニで買った弁当も交代で食べ、常に車を走らせた。そのかいあってか、一本杉登山口には13:25に着いた。
 広い駐車場には案内板や公衆トイレなど整備されていた。焦る気持ちで登山靴を履き準備を整え、芝生の広場を13:30登りだした。
 雑木林を行くと登山口と書かれた道標が立ち登山道となった。しばらく行くと杉林に入りこのコースの由来なった巨木の一本杉が右手奥に見えた。賑やかな声が聞こえ子供から大人まで多くの登山者が下山してこられ人気の程が伺えその都度挨拶をかわした。
 雑木林に変り、ざんげ坂の階段が延びている。名前ほどきつくは無く、登り詰めると尾根に出て5合目だった。この辺りからミズナラの森が広がりその実で母のように動物達を育むのだろうかと深い愛情のような物を感じた。登山道には落ち葉のジュウタンが降り積もり見事だったが、今年は例年とかなり違うようだ。どんぐりがまったく見られなく、これから迎える厳冬に動物達は耐えうることが出来るだろうかと胸が痛んだ。
 
   
   落ち葉のジュウタン               八合目辺りには花崗岩の長い巨石が転がっていた 

 単調な登りで、これで頂上かと思っていると、土場コース90mと岩場コース105mの分岐に着いた。左の土場コースを選び登ると露岩帯に出て、慎重に足を置きながら登ると14:40姫神山山頂に到着した。
    
   姫神山頂上               頂上からの岩手山 

 1124mの低山だが360度の大展望で気持ちがよい。祠にお参りして景色を楽しむと、雄大な岩手山も眺められ最高の気分となった。岩かけに座り、みかんなど食べ頂上に立てた喜びを静かに感じ時間を過ごした。
 日没が迫るので15:00下山開始する。くだりは岩場コースを選び、折り重なった巨岩を慎重に降り、ミズナラの森を抜け、一本杉と握手を交わし、15:55駐車場に戻った。
    
   頂上直下には岩が重なりあう              気持ちの良いミズナラの森を下る 

 今夜の泊まり場所は道の駅“にしね”、温泉は焼走りの湯を予定していたので、まずは道の駅“にしね”に立ち寄り確認してから、焼走りの湯に向かった。
 焼走りの湯は我が家の古いナビでは検索できず、ガソリンスタンドで教えてもらい向かった。道の駅から6kmもあり、新道で到着予定時間も判らず、暗がりの中、心細い思いをしながらかなり岩手山を登り走った。灯りが見えほっとすると、その手前カーブには焼走り登山口があった。
 焼走りの湯(500−)に入り疲れを取り夕食も済ませたが、心は迷っていた。私達は滝沢村、柳沢の馬返し登山口から岩手山に登ろう思ってその地図しか持って来ていない。でも今はもう焼走り登山口に来ているのだ。どう考えても道の駅“にしね”に戻るのは勿体無い。距離や時間を考え苦悩したが、焼走り登山口から登ることに決断して、職員の方に案内書などないか聞くと立派な地図を頂いた。安心して20時までゆっくり温泉で過ごし、焼走り登山口駐車場に移り、此処で車中泊した。
  蔵王山(1841m) 
  2006.11.3(金)晴れ
 連休を利用して東北の山4座に登ってきた。一日目は蔵王山と観光目的で山寺へ、二日目は早池峰と姫神山、三日目は岩手山と計画して、3日の早朝4時半家を出発した。
 魚津まで一般道を走り、魚津ICから中条ICまで高速を走り、途中2回(TとMで)通勤割引を利用して、国道113号、13号と走り、蔵王エコーラインに乗り苅田駐車場に着いたのが11:15だった。
 登山靴を履き、リュックを担ごうとリュックを探すが見当たらない。「なんで!!」多量の荷物をかき分け退かしてみてもやっぱり無く、頭が真っ白になり、血の気が引いた。なんのためにここまで7時間もかけてきたのかと、受け入れられない事実と信じられない現実に呆然として放心状態だった。
 気分も落ち着き、幸い今日登る蔵王山はお手軽コースで暖かいフリースも持っている、バンダナを頭に巻けば何とかなる。下山後必要な物を買えばよいと考え、お姫様山行と決めこんだ。 11:30、リフト乗り場横にある登山道を登りだした。15分間で視界が広がる稜線に着き、観光客に混じりお釜を目指した。
        

 砂礫を少し下ると、静かに佇むお釜がそこにあった。五色岳がパクッと切れ落ちエメラルド色の湖面は瞳のように神秘的で美しく、見惚れてしまった。東側は湖水が流れる谷で、地獄谷のように荒涼とした火山礫がダイナミックに広がり、いかにも対照的だった。
 馬の背に戻り、最高峰である熊野岳に向かう。広い砂礫の登山道には等間隔に長い丸太のポールが立てられガイドのように避難小屋まで延びていた。吹雪や霧で行く手が判らなくなった時には頼もしく役に立つに違いない。今日も晴天で無風なのに耳や手が冷たく、気象変化の激しい山なのだと感じた。
        
   熊野岳方向                    熊野神社 

 避難小屋には行かず、ショートカットの登山道を登り12:25熊野岳頂上に到着した。頂上は平坦で広く石垣で囲われた熊野神社が建っていた。参詣した後、地蔵岳を眺めロープウェイからの登山道や巻き道を俯瞰したりして雄大な展望を楽しんだ。また石垣で囲われた熊野神社境内に入り、此処で腰を下ろし蔵王山に立てた喜びを噛み締めた。
        
   熊野岳頂上のたたずまい                    刈田岳方向  

 12:40頂上を後にする。お釜や苅田岳を眺めながら、駐車場に下る分岐にきた。苅田岳に登ろうと考えていたが、立派なコンクリートの階段や観光客がごった返し、Tが「苅田岳は山にあらず」と言うので、駐車場に降ることにした。
 13:10駐車場に戻った。下山後の楽しみはなんと言っても温泉。湯量の多い蔵王温泉に入りたいと源七露天の湯(500−)にナビを合わせ、エコーラインを下った。
 石鹸が使えない(泡立たない)ブルーホワイトの大露天風呂に身体を沈め、至福の時を刻み、心身とも旅情を楽しんだ。
 大きな満足を得たあと、もう一つ行きたいところがある。芭蕉の句で有名な山寺だ。山用品を買っていると暗くなるので後回しにして、山寺に向かった。
 多くのバスや乗用車が渋滞するなか、なんとか駐車場に車を停め、15:45山寺の登山口の石段を登りだす。根本中堂に参拝し、山門で入山料(300−)を払い、お山に入った。巨木と崖岩の間を薄くらい石段が続いている。岩崖には塔婆の印刻がされたり、胎内堂が崖岩に建ち修行の場となっていたり、後生車が置かれたりといかにも霊山の雰囲気だった。また危険を冒し崖岩に穴を掘り、信仰に身を奉げた人々の熱意などがおのずと伝わって来た。
 しかし現在では、残念ながら芭蕉が詠んだ「閑さや 岩にしみ入る・・・・」の静けさはなく、死者の魂が集まる山という恭しさや幽玄さもなく、観光客の声が満ち溢れていた。1015段の石段を登り奥院で参拝し、五大堂で下界を眺望して、山寺をあとにした。
        
   胎内堂                    奥院の山は紅葉の見ごろ  

 この地方の日没は早く16:00過ぎると真っ暗になった。山寺に来る途中、見つけておいた山形北IC近くにあるスパー“ヨークべニマル”に立ち寄り、簡単なリュックを買った。他の物は併設されたダイソーで雨具上下、手袋、ニット帽子、シートを買い、〆て1500−也だった。こんなにわか用具でも必要な物が揃えば(播隆上人時代を思えば)心強さを感じ心の重荷が取れた。
 明日は早池峰に登る。山形北ICから花巻IC(ここでも通勤割引2回適応ラッキー)まで高速を走り、ナビに案内され21:30道の駅“はやちね”に着き、此処で車中泊した。
  頚城駒ヶ岳(1487m)鬼ヶ面山(1591m)海谷渓谷  
  2006.10.28(土)晴  
 U氏の自主山行に声を掛けてもらい、鬼ヶ面山経由海谷渓谷周回コースに行って来た。 このコースはかねてより登ってみたいと切望していたので、願ってもないタイミングと紅葉の時期が重なり喜びも期待も大きいものだった。
 今日久しぶりにお会いするクラブの仲間は健脚揃いの4名で私達夫婦を合わせ6人はマイクロバスに乗り込み、4時に高岡Pを出発した。魚津ICから高速に入り、糸魚川の海谷三峡パークには6時過ぎに着いた。
 駐車場には6台くらいの車が停まり、その周囲に10人位の人がテントを折りたたんだり、登山の仕度などして居られ、車のナンバーから千葉の方々だとわかった。6:20準備を整え一足先にU氏を先頭に駒ヶ岳に向かって歩き出した。
 いつも2人で歩いていると自分のペースが出来上がり、今日のような健脚揃いとなると最初からトップペースのようでくるぶしのあたりが痛み、大丈夫だろうかと不安になった。“ロッヂこまがたけ”までは広い林道だが、その先の登山道はくさむらの狭い道となり、二番手で歩いていると露はらいの如く、ズボンの裾がずぶぬれになった。Uさんが「後の人は濡れないんだって」とまことしやかに言われるとそうかと納得してしまった。
 このルートからも駒ケ岳に登っているので急登とは知っていたが、梯子、ロープの垂れる岩や道に積もる濡れ落葉が滑り易く、緊張を余儀なくされた。しかし振り返れば、きらら色の日本海が広がり、船の航行や糸魚川の町、紅葉が進む低山の山肌が見渡せ、大いに気休めになった。
         
   駒ヶ岳へはかなりの急登             駒ヶ岳頂上で      

 急登が過ぎブナ林に入ったところで一休み。Aさんの美味しい梨に舌鼓を打ち、ひんやりとした空気に火照ったからだを浸しリフレッシュした。
 葉を落としたブナ林を登り、低木の茂る尾根に出てしばらく歩くと根知からの分岐と合流し、8:25駒ヶ岳山頂に飛び出した。
 先行の長野からの単独男性が居られ、我々と同コースを周回されるそうだ。頂上は360度の大展望で、青空にひと気は目を引く雪の白馬岳、逆光でちょっと冴えない雨飾山、端正な阿弥陀岳、鉢山、そしてこれから行くP1498と鬼ヶ面山、地図を見たり山々眺めたり、栄養補給をしたりと快晴の山頂は快いものだった。そして此処からどんな大冒険が始まるかと思うと好奇心と期待で胸が高鳴った。
        
   鞍部から見たP1410                    P1410から見た鬼ヶ面山  

 8:40駒ヶ岳を降る。味わったことの無い急降下で、一気に落ちるジェットコースターに乗ったよう気がして、あっという間に鞍部に着いた。P1498を見上げれば南側は三角形ですっぱり切れ、そのシャープな姿に驚いた。枝や根を掴みながら登りかえし9:05P1498に着くと穏やかな登山道が付いていて正面にはらくだの瘤のような鬼ヶ面山が見え、行き止まりになり先を歩く3人が待機していた。鬼ヶ面山への一番の難所の降りで、U氏の指示通り1人ずつ下降が終わるまで待っているのだった。上部からは良く見えなかったが順番がくるとその深さがよく判った。ロープと鎖が取り付けられ不安は無いが、高度感はかなりあるところだった。最後の所で足が届かなかったがなんとか掛かり、水平なバンドを伝って、皆の待つところに着いた。
     
   P1410から降る難所(鎖、ロープはしっかりしている)                                            

 枝に捉まりながら特急で鞍部まで降り、鬼ヶ面山への登りとなる。手前ピークでエネルギー補給して北峰鬼ヶ面山を巻き、ロープに助けられ10:25南峰鬼ヶ面山に着いた。地図では北峰に登山道が付けられているが登山道はなく南峰のみとなっていた。
 念願の鬼ヶ面山頂上に立つとうれしさが込み上げ、お山の大将になった気分だった。10人位立つと一杯になるこんな広さの頂上が一番好きだ。展望も最高で梶山新湯(雨飾温泉)を俯瞰したり、鋸山のルートを目で辿ったりとどれだけ居ても居たり無いほど眺めが良かった。
    
   鬼ヶ面山頂上                渓谷に下る尾根から眺める海川     

 黒部の単独女性が着き、千葉の方々は海谷でテン泊する為、大きいリュックを背負っていたと聞かされ、ストックさえ引っかかる厳しい行程を思いだし、さぞ大変だろうと察した。その彼女もこんなところに一人で来るとはかなりの猛女であるはずだ。
 10:55鬼ヶ面山を降り縦走路に出て、海谷渓谷に下る分岐に向かった。途中に雨飾温泉から鋸山を経て海谷三峡パークに行くという年配男女の4人グループに出会い凄い人達が居るものだと驚かされた。
 11:30梶山と海谷の分岐に着き、尾根に降った。Uさんの先頭で急坂を駆け足のような速さに付いて行くのが大変だった。今日のような健脚揃いでは写真を撮っているとすぐ離される。ただただひたすら急斜面を替わる換わる枝を持ち替え、お猿になった気持ちで駆け降りた。次第に紅葉の木々の間から蛇行した海川が見え、瀬音が近づき12:40下降点に降立った。
 「本流に行きましょう」とU氏の指示で10分間ほど河原を歩き、渡渉して休み場所を確保した。素晴らしい海谷の山懐に抱かれ、心身を癒す。美くしい両岸の山々、そして広い河原と清流、風も無くゆったり時間は流れていった。他愛の無い話、美味しいビール(Mは飲まないが)とつまみに笑顔がこぼれる。仲間が居ればこそ。本当に楽しかった。とU氏をはじめ皆さんに感謝した。
        
   美しい海谷渓谷で憩う            海ガ平を独り占め          

 14:00そろそろ帰ろうと立ち上がり、“越後の上高地”を堪能しつつ大自然を我がものとして河原を歩き14:40取入口に着いた。此処で登山道がわからなくなり(両岸2つあった)時間をくったが、U氏の判断で小屋側を選び登山道に出て15:50海谷三峡パークに戻った。
 展望台で千丈ヶ岳の岩壁や鉢山を眺めながら、ハードでおもしろかった一日を振り返り充実感と満足感に浸り、心地よく車へと戻った。
    
   展望台に立ち千丈ヶ岳の絶壁や鉢山を眺める        駐車場脇には美味しい冷水が迸る               

 帰りはシーサイドバレー内にある塩の道温泉(400−)で汗を流し、越中境PAでそばを食べ7:50高岡Pに帰った。



■2006山行記録■