2007.8.5(日)晴れのち曇り
意中の山行はお天気に恵まれず先延ばしとなった。今週あたり身体を動かしておかないと脚力に不安を感じるとMだけだが大日岳に登ってきた。
称名滝駐車場は夏山本番ベストディーということもあって多くの車が駐車され、その前にはたくさんの登山者らが集っていた。
駐車場から10分間で大日岳登山口に着き、7:00に登り始めた。少し登るとハンノキ滝が一筋の白糸を垂らし涼やかさを演出して清々しく爽やかな気持ちになった。
猿ヶ馬場を過ぎ、牛の首に入り鉄製梯子に来た。丁度下山の団体さんと鉢合わせになったが、先に梯子を使わせて下さった。先導者の「ロープを架けます」の声が聞こえ、返って危ないような気がした。
木道に出て暫くは低木の間を歩くと次第に視界が開け、左前方にどっしりとした大日岳が目に入った。まだまだ先は長く遠い。右には大きな薬師岳、右後方には鍬崎山が存在感を示していた。大日平小屋までこんなに遠かったかと、無風で太陽が容赦なく照りつける木道を辿ったが、雨より晴れが良い、どんなに暑くても草原は心地よかった。8:50大日平小屋に着き、ベンチに座りおにぎりを食べパワーアップを図った。
まだまだ遠い大日岳 大日平を俯瞰
9:00大日岳に向け木道を行くと、カラフルな色彩の下山登山者が遠くからでもよく目に付き、昨日のお天気を思うと「こんなに多くの方が」とお気の毒な気にもなった。木道が終わり、ゴロ石の登山道に変ると汗が吹きだした。沢を何回か渡り返す時、思い切り火照った顔を洗いたい欲望にかられたが、日焼け止めが効かなくなると思うと諦めざる得なかった。足が重くなり、時折下界の大日平を眺めながら歩を休めた。大日岳を巻く岩石の登山道から大日小屋が見え始め、もう少しと気持ちだけははやるが、足は裏腹思うように動いてくれず、ヘロヘロ状態だった。この頃から気まぐれなガスが谷から吹きあげ、景色を消していった。
11:15鞍部に到着。抜きつ抜かれつして登った男性二組と三人で腰をおろし暫しの休憩を取り、3人で頂上に向った。先頭を歩いていた若者が立ち止まっている。「雷鳥いますよ」「何処?」見てみると、雪渓と地表の隙間に雄の雷鳥が顔を出し人間観察をしている。まったく人を怖がらない様子だったが、下方まで降る余力はなく石に座って写真をとってみた。(家に帰り見てみると雪に反応して雷鳥は暗く不鮮明だった。)道端にはチングルマやコイワカガミが咲き、心を和ませてくれて11:35頂上に着いた。
可憐な花々 頂上
山名板の脇の石に腰を下ろし、コーヒーを沸かし飲んだ。「なんという幸せ」頂上からの展望は得られなかったがそんな物はかまわない。頂上に立っただけで嬉しかった。
ランチタイムも終わり12:05下山開始とした。頂上を離れたとたん雨が降り出した。大雨にならないうちに帰ろうと急いだが、雨は疎らになった。
雨具を着るのに大日小屋に寄ることにした。ベンチに座り雲の中から浮かびあがる大日岳を写真に納め、雨具を着込んだ。うしろから英会話が聞こえ振り向くと外人の若者客と小屋のアルバイト学生がテントスペースについて話しているようだった。近頃の山小屋アルバイトは英会話もこなさなくてはいけないのかと、物怖じせず会話を交わす日本の若者が頼もしくうつった。もう思い残すこともないと12:20下山にかかる。
岩石の巻き道で登山者と出会い身体を何処に置こうかと迷っていると「関本さん」と声をかけて下さった。なんとT氏の二上山100回記念のときご一緒させて頂いた富山ハイキングクラブのSさんだった。「Uさんも居るよ」と懐かしい顔ぶれに喜びが湧いた。またTがジュッカの山でお会いした男性や白鳥山でお会いしたI氏と嬉しい再会に握手を交わした。最後尾のU氏はわざわざTの近況を聞いて下さり、かなり停滞させてしまった。Kentarouさんやっぱりどこまでもやさしいね、ありがとう。みなさんに「頑張って」とエールを送るのも忘れるほど次々に懐かしい方々だった。
急斜面を下りながら2001の4下旬に大日岳に登った時を思い出した。この斜面を尻シェードで滑ったらあっという間に大日平に降立ったなぁ。でもスピードが殺せず怖い想いをした。「あの時は楽しかった」とつくづく尽きない思い出がくるくるとよみがえった。
大日小屋からの大日岳
静寂に包まれた大日平の地塘
沢水で思いっきり顔を洗い、さっぱりして涼を身体全体で味わい軽やかに大日平の木道に着いた。地塘とワタスゲが揺れ癒される風景に「幸せだ」と一人言をいっていた。
大日平小屋で軽く休みをとり、あとは一気に降下した。頂上で高度計を合わせたのに、あと標高差100mと思っていると誤算で呆気なく15:20登山口に着いた。称名滝に行き交う圧倒的な人々の喧騒に飲み込まれつつ、満足しながら駐車場へと向った。
2001.4.29大日平で
2001.4.29剱岳をバックに大日岳頂上
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八郎坂
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2007.7.22(日)曇りのち小雨
週末計画していた山行計画は天気が悪くお流れになった。しかし日曜日はくもりで雨は降らないようだ。展望を期待せず、蒸し暑くなく、遅い時間から出発できるトレーニング山行を考慮して、八郎坂に登ってきた。
朝、所用を済ませ、称名滝駐車場に着いたら最上駐車場はすでに満車で、その下の駐車場に車を停め、登山靴を履き9:20歩きだした。
タウン着に旅行ツアー札をつけた観光客が大勢下って来られ、好奇な目で見られるのが嫌で目を合わさず歩き、15分間で八郎坂登山口に着いた。
山道はしっとり濡れ、石は滑り易く足の置き所を選びながら慎重に高度を上げて行くと汗が噴き出した。標高1160mあたりで初めて称名滝が望め、ダムの放水を思わせる勢いと、水量に圧倒された。今まで見た中で一番荒々しい姿だと思った。第一展望台ではさぞ良い写真が撮れると楽しみに登ったが、霧中で爆音だけが轟き響き、想像するだけの状態にガッカリさせられてしまった。
称名滝 弘法の木道
霧に包まれながら、第二展望台を過ぎ弘法を目指す。途中の登りで若い男女が下って来られ会釈を交わしたが、山中は寂しい限りだった。登りつめバス路線に出ると視界0で全く景色が見えない。バス路線横の木道は雪の重さで傾き、滑ってとても歩き辛く路線道を歩かせてもらい草原に出た。もちろん大日岳は見えない。低木で若いウグイスがさえずりの練習をして短く鳴くのが愉快でおもしろかった。11:20ベンチに着き初の休みを取る。
Tがやる気なく「今日はここまで」と言う。どうも少し前にあった男女が弘法で引き返してきたのを聞いたらしく、動く様子はなく「もうすぐお昼だ」といいだす。霧の粒子は粗さを増してはいた。「ちょっと情けないよ。もう少し歩こうよ。」とM、Tが「そしたらおまえだけ行って来い」と押し問答が続く。結局ここで終点となった。
ベンチに座りおにぎりを食べていると、真っ黒な顔の単独男性が降って来られた。「その日焼け顔は山の勲章ですね」と声をかけると、目じりにしわが出来素適な笑みが返ってきた。
ベンチで寛ぐT はつらつとした笑顔が素適なK氏
K氏はアルパインクライミングなど山歴40年の大ベテランで、室堂で働いて居られ、お子さんが社会人として独立されたのを機に、エンジニアの職をなげうって、自らの夢を実現すべく、悔いの無い人生を踏み出された方だった。まるで五木寛之の林住期を実践されているようで、潔い生き方に羨ましくまた眩しく感じた。一緒に写真をとらせてもらい、美女平まで行かれるのを見送った。
弥陀ヶ原まで登って来られた単独男性、今ここに着かれたばかりの単独男性とベンチはにわかに賑やかになった。しばし山談議を楽しみ、12:30下山することにした。
八郎坂に降るとますます濃霧になり小雨のようだった。濡れた石に足を滑らせないように気をつけ13:45飛竜橋に着いた。
ちょっと短いトレーニングだったが、久しぶりに身体を動かし、意義ある時間をおくれとても心地良かった。
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妙高山(2454m)
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2007.7.7(土)晴れのち曇り
燕温泉から妙高山に登ってきた。4年前は高谷池にテントを張り登頂したが、次回はぜひ燕温泉の黄金の湯で疲れを癒したいものだと機会を待っていた。天気予報のピンポイントでは6〜12時までは晴れマーク、前回は展望が得られなかったので今回こそと意気込んで出かけたのだった。
家を5時少し前に出て、通勤割引を利用して魚津ICから中郷ICまで高速で走り、燕温泉駐車場に7:15着いた。温泉宿泊者の車も在るのだろうがもう30台位は停まっていた。
準備を整え7:25歩き始める。急坂の温泉街をぬけると薬師堂が見えた。石段を登り拝礼して今日の登山安全を祈願し、7:35妙高山に向けスタートした。
燕温泉街を行く 妙高山が近くに見える
コンクリートが敷かれた道を行くと右に黄金の湯があり、ちらりと男湯が見え満々とした白濁の湯が目に入った。期待どおり下山時が楽しみだとツイツイ足にも力が入り、左折して小石の混ざったコンクリートをただ流したような坂道を登っていった。正面には妙高山が「早くおいでよ」と招いているようで意気揚々だった。登山道を行けるかと直進すると通行止になっていて、工事用舗装道路を歩き、スキー場上部に出た。
7:55右側に妙高山登山口と書かれた案内板を見て、道幅90cmのコンクリートの舗装山道に入る。20分間ほど歩くと小屋が見え赤倉温泉の源湯に着き、太管から流れ落ちる冷水で喉を潤し一息着いた。「帰りも楽しみだね」と先を急ぐ。
称名滝(上)と光明滝(下) 賽の河原を渡渉
正面に称名滝と光明滝が2段に見え、ジグザグの登山道を登ると称名滝の上に出た。賽の河原を2回渡渉して、涸れ沢をつめ、北地獄谷と分かれ胸突き八丁の登りとなった。薄暗い湿った登山道では虫が多く、目の中に飛び込んで来て困ってしまった。慰めは高度計で、何度も何度も確認しながら、「もう少しもう少し」と頑張ると稜線に出て斜度がやわらぎ、いよいよ天狗平かと思っていると、「天狗堂もう少し」の中学生の書いた励まし板が目に入りがっかりしたが、すぐに9:30第一目標の天狗堂に着いた。
後半に備えて祠の横に座り、ゆっくり休憩をとる。しかしお天気が今一つ冴えないのが気がかりだった。ここでも安全祈願をして9:40頂上に向け出発した。
赤倉からの合流点 天狗平 鎖場
休憩を取ると足が重く感じられたが次第に慣れ、光善寺池のぬかるみを踏み、風穴を通過した。Tはどんどん先を行き、懸命に後を追う。頂上はガスに隠れ見えなくなり、虫の大群が容赦なくまとわり付いた。辛抱しながら登り続けると30人くらいの団体さんに出会い随時前に出させてもらったら、先頭は鎖場の前だった。
先を譲って下さり、直登の鎖を掴み登ると足のスタンスがしっかり掘ってあり危険はない。トラバース気味の鎖を進み少し登るともう終わった。低木帯を過ぎると火山岩の登りとなり、疲れからふくらはぎが攣った。幸いすぐに直ったので休むことも無く登ると巨岩が重なる南峰だった。穏やかな山頂の道を辿り三角点のある北峰に11:00着くと、Tがカメラを向けシャッターチャンスを待っていた。
北峰頂上 火打山方向
前回には無かった大きな山名柱が建てられ記念に写真を撮って、火打が見える高台の岩に登り腰を下した。今回も展望は全く無く残念だったが、頂上に立てた喜びは心を開放し穏やかだった。頭上に青空のおおきな丸穴が空き、風も無く太陽が照り非常に暑い。まるで妙高頂上だけを照らしているかのようだ。
寛いだあとは下山後の温泉に期待が高まり11:45下山開始とした。天狗堂で一休みして、胸突き八丁も下りは速い。北地獄谷にくると濃霧となり、まだ13時過ぎというのに光は遮られ夕方のよう暗くなり異様な雰囲気になった。恐竜が今にでも出てきそうで「まるでジェラシックパーク」とTが言う。こんな時一人歩きは嫌だな。ポツポツ雨が落ちどうなるかと思ったが雨具を着るほどの事は無く、赤倉源湯小屋に来るとガスは晴れた。流れ落ちる冷水で顔を洗いさっぱりして、深く切れ落ちた渓谷横のコンクリート山道を歩き、13:50舗装道路脇の登山口に着いた。
光善寺池 黄金の湯 男湯(朝撮影)
14:00黄金の湯に着き、男湯から話し声が聞こえた。いよいよ今日の最大の楽しみを享受する。女湯には誰もいなく貸切で、脱衣所も綺麗だった。早速入湯すると底がヌルっと滑った。泉質はやさしく温度も控えめで源泉かけ流し、疲れた身体にはありがたかったが、歩く度に足裏に感じるぬめりが不快だった。無料だからしかたがない、それでも汗を流しさっぱりと気持ちが良くなり、先客と話が弾み長湯を楽しむTをゆっくり待つ事が出来た。
14:25薬師堂に戻り、無事に下山できたお礼を合掌し石段を下り、濃霧に包まれた人影もない寒々と寂しい温泉街を下った。夏季なのにこれで生計が成り立つのだろうかと自然環境の厳しさを想いはかった
駐車場に着き、登山靴を脱ぎ関温泉に向う。濃霧で先も見えなく運転がままならないが、低速でゆっくり下り、関温泉の登美屋(500−)の鉄成分の赤湯に浸り、髪の毛を洗い暖まった。
妙高CCを過ぎると下界は晴れていた。山の天気は本当に難しい。国道18号線で蕎麦を食べ、新井の道の駅に立ち寄り、通勤割引に適用するよう時間調整して上越高田ICから高速に乗り帰路についた。
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白山(2702.2m)
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2007.7.1(日)晴れのち曇り
全ての雑事から開放され、ようやく山のことだけを考えられる環境になった。しかしTは病気のブランクで脚力が落ち、Mは運動不足の過重から持続性が無くなり、登山旺盛な時期に比べるとかなり見劣りする状況だ。今回の目標は標高差1500mを登る事を課題として、何度も登っている白山に決めた。
7/14からマイカー規制が始まると新聞で読み、現在は別当までマイカーで入れると計画したが、6/30の広告欄で白山山開きだと知った。ちょっと拍子抜けしたが白山は賑やかなほうがいいかと納得した。
4:00家を出発して、森本に向う。今日のもう一つの目的は森本手前から山側環状線に入り最短で白山市に出る事だった。国道8号線を金沢市内に直進して、梅田インターから入るのだが、入り方が判らず手間取ってしまった。期待を上回る高速道路のような道路、森本トンネル、月浦トンネル、卯辰トンネルと驚くような立派な仕様道に驚いてしまった。ここまでは良かったが、若松、野田、高尾では信号が目まぐるしく変り、停止を余儀なくされ時間をくった。早朝時は国道8号線を走った方が時間短縮出来たかもしれないが、一見の価値はあるように思えた。
吉野谷を走ると霧中に巻かれ天候の不安を感じたが、そこを抜けると別世界のように青空が広がり山々の姿が眩しく美しかった。白峰から一ノ瀬の林道を走っても車一台逢わず本当に今日は山開きなのかと訝しくさえ感じた。別当に向ってハンドルを切り進むと片側路肩にズラリと車が駐車され、その多さのギャップに驚き「やっぱりね」と下段の駐車場に降り車を停めた。
6:40別当出合を出発する。損壊したつり橋は新設され、頑強かつ優美でここを通るのは初めてだった。旧橋より手前高部に付けられ全長もかなり長く、ダイレクトに河岸に渡る事ができた。
別当出合に架かるつり橋 甚之助避難小屋で寛ぐ人々
登山道に入ると昨日の雨で草木は潤い色合いも瑞々しく美しい。快く登ると30分間で中飯場に着いた。休まず登り続けると登山者と出会うようになり道を譲ってもらったり、別当谷の深く切れ込む谷や観光新道の尾根を眺めたりしながら、整備された登山道を行くと8:10甚之助避難小屋に着いた。ゆっくりベンチに座り栄養補給して写真など撮っていると、前泊者のツアー客が大勢下山されて来て、広場も狭くなった。
8:25室堂に向かう。休んだせいか足が重く感じられたが、南龍ヶ馬場の分岐を過ぎると展望も開け雪渓のトラバースなど景色も変化に富んで気分転換になった。十二曲がりの急登では延命水を飲み、リュウキンカが斜面を黄色く染め今を盛りに咲き誇り綺麗だった。瞬時に青空が消されガスが一面を支配し、山の天候はほんとうに気まぐれそのものだ。
9:15黒ボコ岩に着く。小休止した後、弥陀ヶ原の木道をゆくがガスで頂上の景色は得られなかった。辛抱強く五葉坂を登るとビジターセンターが現れ9:40室堂に着いた。
十二曲がりでは人の波 弥陀ヶ原は雪解けから目覚めたばかり
ガスが晴れ、頂上と青空が戻った。足が疲れて休んでいたが、晴れると気が急いて否応無く頂上を目指した。鳥居をくぐり社殿に参拝して石畳の階段を登りだした。足が重い、今回で6度目だが通常時では30分間で登っていたところを40分間もかかって頂上に着いた。二人で「足が弱っているね」と感想を漏らしながら10:25御前峰に着いた。
頂上はまたもやガスに覆われ、なにも見えない。しかし今日の課題ノルマをはたした嬉しさは大きかった。白山に登ってこんなに辛いと感じたのは初めてのことだった。剣ヶ峰が見えるいつもの場所に腰をおろし、おにぎりをほうばると満たされ幸せだった。次第に頂上は人が増え始め、11:00頂上を後にした。
室堂では天気が快復 白山頂上
室堂に下る青石辺りの道脇には黒百合がまだ蕾を固くしていたが、しっかりと群生して健気さを感じ、心が温まった。
11:30室堂から休憩無しで下山したが、降りの筋肉は全く衰えを感じなく軽快に下れ、13:20には別当出合いに戻っていた。
油ヶ池、紺屋ヶ池を残雪が隠す リュウキンカのお花畑
今後の課題はやっぱり登りの筋肉を鍛えることらしい。Tは「あんなに登りが好きだったのに、今は嫌いになった。たった三ヶ月でこんなに弱るとは」と嘆いていた。
帰りは一ノ瀬の永井旅館(600−)の温泉で、貸切状態で汗と疲れを取り、さっぱりとして家路についた。夕刻Tは毎日通っている庄川に鮎つりに出かけていった。
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鍬崎山(2089.7m)
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2007.6.23(土)曇りのち晴れ
息子の慶事も済ませ、久しぶりの山行は鍬崎山に決めた。99年の登頂時は曇りで全く展望が得られず失望の溜息をついたが、8年ぶりの今回は晴れの天気予報で今度こそ長大な薬師岳を正面から見られると期待感も大きかった。
6:00家を出発して立山山麓に向うが、上市に入ると小雨が降っていた。予報を信じながらも暗い気持ちで車を走らせるとゴンドラ駐車場に着くころには雨は上がってくれた。
準備を整え、片道チケット(600−)を買うと「何処まで」と聞かれた。「鍬崎山まで」と答えると登山届の記入を求められ、「現在13人が登って行かれた」と教えて下さった。
ゴンドラに乗るとすぐに濃霧に包まれ景色は見えなくなった。10分足らずで山頂駅に立ち高度計を確認して7:30霧中を歩きだした。
しっとり潤いのあるブナ林 ギンリョウソウが多く見られた
暫く階段を登るとブナ林が広がり、霧に包まれたブナは幻想的で趣きがあった。マイナスイオンを身体一杯に浴び、ハルゼミの合唱や夏告げ鳥のホトトギスのさえずりに耳を傾け、足元には純白のギンリョウソウが目を楽しませてくれ、豊かな気持ちで8:00には瀬戸倉山に着いた。
大きく方向を変え尾根を降り、さらに階段を登り路傍のマイズルソウに目を配らせながら行くとベンチのある大品山に8:30着いた。ここでゆっくり休み、鍬崎山に向けて気持ちをリセットした。
広場に向かいその先にある下山時に降る粟巣野の分岐を確認しながら、大品山を大きく降った。いよいよ登りとなり暫く行くと人の話し声が近づき9人グループの内7人が休憩して居られた。瀬戸倉山手前で拾った熊よけ鈴の持ち主を聞くと該当者は無く、「先行者だろう」と教えて下さり追い越した。1750mあたりから青空が広がり、木々の葉は色鮮やかになり気持ちも晴々して爽快だった。あとの2人の方にも鈴の持ち主か聞くと「T&Mさんですね」と声をかけてくださった。嬉しくありがたいことだ。道を譲ってもらい先に出ると視界が開けた所に男女3人が休憩されていた。やっと熊よけ鈴が持ち主に戻った。残雪模様の青く瑞々しい立山、弥陀ヶ原が手に取るように一望出来、見晴らしの良い風景に心も躍る。
大品山の三角点で 七曲のバス道が模様を描く
ピラミダスな鍬崎山も正面に見え登高意欲を掻き立てた。太陽はギラギラと暑さを増し、スポーツ飲料を飲む回数がふえ足も重くなる。かわいい濃ピンクのコイワカガミが単調な山道に彩りの変化を与え気休めとなり、もう少しもう少しと歩を止めず登り続けると10:50鍬崎山頂上に立った。
立山連峰が美しい 期待通りの薬師岳
正面には大きな薬師岳が堂々と鎮座し、左に立山、剱岳も見える。右手には有峰湖が湖水を湛え、その後方には白山が白く見える。「素晴らしい」と声が突いて出、最高のご褒美に酔いしれた。頂上からは湯川谷の砂防水谷出張所の建物群が間近に見え興味をそそる。高岡のS氏も着かれ、「北ノ俣でも会いましたよ」と教えて下さりさらに山談議に花が咲いた。男女グループもS氏のお仲間9人も次々に到着され、頂上は賑やかになった。心身とも寛ぎ癒され、11:35皆さんより一足先に頂上を後にした。
天上の太陽は照り輝き、降りというのに汗が吹き出て木陰に入るとほっとした。大品山が見えてくると霧が湧き火照った身体にはやさしいが、登り返しではやっぱり疲れひたすら無心で13:10粟巣野分岐に着いた。これで降るだけと思うと緊張もほぐれゆったり疲れをとった。
13:20初めてのコースを降り出す。右側が深い谷になっていて尾根を降る。暗いブナ林には赤いペイント印がそこかしこに塗られ道に迷う心配はないが、急斜でガマのような土がよく滑る。気をつけながら行くと平らなP1229に出た。残雪時は直接貯水池に向えるが夏道は北北東に登山道が切られて急斜面の降りが続いた。横に這った細い根っこに靴が嵌り3m位転がり落ちた。脹脛が痛んだが幸い怪我は無くほっとし、辛抱強く降ると林道らしき道にとび出た。右に行けばカラ杉谷に向うと案内板に記されていた。
最初は広いと思ったが山道は急に狭くなり崩壊しているところが何箇所もあり、人の行き来を感じない隔絶された寂しい暗い山道は長く長く感じた。草が延び、踏み後が途絶える処もあり気が抜けない上、カモシカにも2回も遭った。近づいても動く様子も無く、かえって猛進してくるのではないかと恐怖にかられ、水を飲んだり写真を撮ったりと気長に立ち去るのを待ったが、正直二人だけではもう二度と使いたくない道だと思った。
草に埋もれた登山道にカモシカが
導水管を見上げる ようやく厚生年金休暇センターが見えてきた
貯水池に出て川沿いの登山道を下り導水管の横に出て少しは空が開け喜んだが、粟巣野スキー場リフト終点からの降りもゲレンデから段々離れ暗い森林に入り、いったい何処に行くのだろうと心細さで消沈した。ようやく舗装された道に出た時「これで終わった」としみじみ嬉しかった。別荘のような民家の前に出てゴンドラ駐車場に向うが最短コースを知りたく、丁度マウンテンバイクに乗った男性に出会ったので聞いてみると親切に教えて頂いた。家族村を横目にバーべキュー広場を通りぬけ階段を下り、芝生を横切り15:25マイカーに戻った。
鍬崎山に登ったことも忘れるくらい、降りの大冒険のほうが印象強く感じられ、振り返ってみると心地よいだるさに満たされた山行だった。
吉峰温泉にゆったり身体を沈め、疲れと汗を流し帰ろうとしたら、Hさんと偶然お会いした。彼女は八郎坂を登って来られたそうで、やっぱり山好きには今日の天気はじっとしていられない魅惑的な日だった。
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人形山(1726m)
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2007.6.3(日)晴れ
先々週の5/20 Tの復帰登山を人形山に登ろうと登山口まで行ったが、雨が降っていて引き返して来た。そんなことで今週は人形山に登ろうと決めた。
自宅を5:50出発して、一般道で五箇山に入ると横断幕が吊られ“人形山山開き6月3日”が目に飛び込んできた。「エ〜今日じゃない!!!」「静かな山を期待したのに」とがっくり肩を落とす。
中根山荘に至る林道に入るが車にも遇わず、ひょっとしてまだ登山者は入山していないのかと甘い考えだったが、暫く行くと前方に乗用車が5、6台数珠繋ぎで走っているのが見えた。人形山の山開きは登山者を募るのではなく、各自の車で各自が好きなように登るらしい。登山口はもう満車状態で係りの人が「4WDですね」と石デコ斜面の下にある駐車場に誘導してくれた。
車を停め準備をしながら、今日は頂上での休憩場所や下山後の入浴の混雑を予想して「早く登って早く降りよう」と決め、7:30登山口を登り始めた。
グループが多く見受けられ、その後尾に届くときまって「道を譲ってあげて」と列前に出させてもらった。多くの登山者の入山で静けさは無いものの、熊と蛇の心配は要らない。しかし、登山者の後に付くたびに次々に道を譲って下さるのでハイペースとなり休憩なしで9:05に宮屋敷に着いた。
正面には人形山が眺められ、ここでも10人位登山者が休んでおられた。今日は鳥居に新しい〆縄が奉納されるそうで、関係者の男性二人が新しい〆縄を担ぎ上げられ準備をされていた。暫し休んで頂上に向かう。
しめ縄を準備 新緑季ならではの色合い
穏やかな登山道になり、三ヶ辻山の雪渓と新緑が美しい。初夏を思わせる日ざしと鳥のさえずりを身体で感じ、爽快な季節に胸が躍った。汗を拭きながら梯子坂を登り、9:55三ヶ辻山分岐に着いた。
人形山の稜線にはかたかごがチラホラ咲いていたがまだ花はそんなに見られない。しかし白山連山が雄大に見渡せ、痛快で力も湧いた。頂上手前で笈ヶ岳でもお会いした"はるか稜線に"のIさんがもう下山して来られ、ご縁があると再会を喜びあい健闘を称えた。
人形山(奥)を目指し人の列 白山をバックに
10:10頂上に着くが狭く、写真を撮ってカラモン側の広い刈り込まれた広場に向かう。正面に白山を望みながら贅沢な貸し席に座り大休憩とした。右に笈ヶ岳、大笠山、左に野谷荘司、妙法山も手にとるように分かる。寝転び青空を眺め、大きい雲で太陽が隠れるとそれもまた暑さしのぎにはうってつけとなり居心地は満点だった。
登山者も増えてきたので10:55下山開始とした。降りでは沢山の知人とお会いし、また金沢からの80歳のおばあちゃんや幼児まで老若男女の登山者に、Tが「人形山にこんなに人が登るとは!!」と驚いていた。「人形山は喜んでいるね。」まるでお祭りの縁日にでも来ているような賑わいだった。
白山を眺めながら寛ぐ 宮屋敷の鳥居には真新しい〆縄が
11:45宮屋敷に戻ると、鳥居には真新しい〆縄が結ばれ、立派に見えた。石に座り「さすがもう誰も登っては来ない」と言っていると若い男女が着いた。進退を思案していたが結局頂上に向かって行った。
11:50宮屋敷を後にして降るとずぐに単独の2人の老人が登って来られた。最後の方は山崎富美雄さんだった。病気を患ってから15kgも体重が減ったこと、来年には3階建て(1階はトイレ)の中根山荘がオープンすることなどお話下さり、「いつまでもお元気で」とお見送りした。
その後は誰にも会わなかった。人形山の稜線は雲に隠れ空は灰色に覆われた。薄暗い樹林帯は静寂の世界、登山道をひたすら降り13:00登山口に着いた。
開けた視界で目を見張ったのは、駐車場や路肩に溢れかえった車の数で、その多さに驚嘆してしまった。Tは自分の車をも見失った。
車に接触しないように気をつけ脱出し、五箇山荘に向かう途中からホツボツと雨が落ちてきた。五箇山荘の露天風呂に入る頃大雨となり、人形山にいる多くの登山者のことが気に掛かった。あのおばあちゃんはあの幼児や子供たちは最後に会った男女は雨具を持っていただろうかと気持ちも暗くなった。
汗も流しさっぱりしてロビーに向かう廊下で、H.Cの仲間10人と出会った。大滝山に登って来たそうで、ここでも偶然の出会いに驚き懐かしさに満ちた。雨も上がり、砂埃で真っ白だったマイカーは雨で洗われ綺麗になっていて、私達だけには都合の良い天気だったようだ。
Tの復帰第2回目も大成功。「これくらいなら大丈夫」といいながら、まだ山に向かう情熱や意欲には火が付かないようだった。
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僧ヶ岳(1855.4m)
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2007.5.27(日)曇り
2月中旬から登山を禁止されていたTだが完治し、ドクターの許可も出て復帰登山として東又からの僧ヶ岳を計画した。前日にAさんも同行を希望されたので三人で出かけることにした。
Tも久々の復帰登山、Mも笈ヶ岳のリタイアがトラウマのようになり、頂上まで登れるか不安だったが、雄大に迫る毛勝山の風景を眺めながら登りたい一心で期待は大きく膨らんだ。
高岡を5時過ぎに出発して、片貝山荘先の登山口には6:30には着いたが、駐車スペースには車も無く今日は私達だけのようだ。早速準備を整え6:45登山道を登り始めた。
Tを先頭に、息が上がらないようにゆっくり登ってもらった。次第に高度も上がり後を振り向くと毛勝山や大明神岳が望め嬉しくなるが、朝から黄砂の影響か霞んですっきりしなく迫力はなかった。それでも風も止めばどうだろうと期待を持ちつつ、コイワカガミの声援を受けながら懸命に急斜を登りつめた。
8:05伊折山に着いた。前回2004.5/15に来た時はかなりの残雪だったのに今はもう雪はなく、木々は若葉が芽吹き爽やかな佇まいの中に包まれ、「ここまでくれば標高差の半分は登ったね」と気持ちにも余裕がもてた。
霞んでいる毛勝山、大明神岳 心地良く残雪を踏む
成谷山に向かう途中から残雪が現れたが、沈むこともなく歩き易く雪面には靴跡が見て取れ道に迷う心配も無く、雪解けの夏道には可憐なカタクリが目を楽しませてくれた。
8:55成谷山に着き、ゆっくり休む。ここからの毛勝山や大明神岳の眺めは素晴らしいはずなのだが、天気が不安定になり分厚い灰色雲が高速で流れ山々に襲いかかり山容を隠してしまった。「ええ、今日がこんな日になるとは!!」と唖然として僧ヶ岳方向を見ると別又谷側からガスが湧き上がって稜線を越えて流れ込んでいる。天候が不安になり早く頂上に行かなければと気持ちが焦った。
9:05そそくさと立ち上がり頂上に向け雪の稜線を辿る。軽いアップダウンを繰り返して登るとついに霧に飲まれた。「離れずに行こう」と声をかけ合い進むと、一組の御夫婦が降りてこられ、「東又からですか?」と聞いてみると、「橋を渡った所に駐車し、駒ヶ岳まで行こうと思ったがガスが酷くて僧ヶ岳で下山した」と答えて下さった。
成谷山からの僧ヶ岳 僧ヶ岳頂上
三人は濃霧に包まれ、10時前とも思えない鉛色の暗い世界に気持ちも落ち込んだが、もうすぐ頂上のはずと気を持ち直し、雪面を懸命に登ると背の低いオオシラビソが目に入った。もう頂上に近いよ。丘のような雪山の脇を素通りすると降り道の夏道になった。「これ駒ヶ岳への道だよ」と戻り、小高い雪山の上に立った。「ここが頂上?」強風が吹き荒れ、体温を奪い、視界も無い。10:00少し降って笹の中に逃げ込んだ。GPSを出し調べてみるとやっぱり僧ヶ岳頂上だった。
寒風を避けランチタイムとしたが、寒さで憩えずT曰く「お酒をのんでも暖まらない」Aさんはビールを飲んでも酔わないと散々だった。登っただけという砂をかむよな味気なさ、10:30下山開始とした。
ただただ寒かった 残雪の稜線を降る
頂上の雪渓を一目散で下ると不思議と風がなく穏やかになった。途中で2人、5人の二組の登山者に出あったが、あの頂上の状況を思うと気の毒な気がした。時間とランチのご馳走がまだたくさんあるので成谷山でじっくり憩い、Aさんからもらったみかんを食べながら少しは景色が戻った山並みを眺め悦に浸った。伊折山では青空が戻り最後の急斜に備えゆったり時間を費やし、ひたすら降って13:00登山口に戻った。
Aさんはこのコースは初めてだったが、素晴らしい景色と期待させた割には見せて上げられなかったことが残念だった。Tの復帰第一回目は大成功だったが、登りより降りが疲れたと感想を漏らしていた。Mは思った以上に楽だったが、心配だったのでリュックを軽くしたのが功を奏したのかもしれない。
帰路のでこぼこ道を車で降ると多くの車が道端に止められ、中高年の男女グループが山菜取りに入っておられ、驚くばかりの情景だった。
魚津の大谷温泉(370−で安く湯量も多く好きだったが、久しぶりに行くと大浴場がなくなり、2人用の家庭風呂みたいになっていて、整理整頓が成されない食堂の散らかりに失望した)で汗を流しさっぱりとして帰高した。
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笈ヶ岳
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2007.4.29(日)快晴
29日は全国的に晴れマーク、5月に入ると慶事があり、またしばらくは山に行けない。このあたりで身体を動かしておかないと体力不足になるのではないかと危惧しK氏に電話をいれると「会山行の笈ヶ岳に行く」と言われた。今の私にはちょっと荷が重すぎる。いましばらく事故に遭っては困る立場上Tは反対したが、天気が良い日に家にいるとストレスが溜まり精神上よくない。前回は楽勝だったから登れると考え、日頃の運動不足も棚に上げ、参加させてもらうことにした。
2:30高岡ICに集合だったが、メンバーの一人が寝坊して大きく出発が遅れた。参加者は8人でリーダーA氏をはじめ3人は先先週にも笈ヶ岳に登っている。今回はゲートが開いていると安心していたが、予想に反しゲートが締まっていて、朝8:30から夕刻5:30までが通行可となっていた。しかたなく準備を済ませ林道を歩きだした。30分間位歩るくと、中宮温泉関係者の軽トラが対向から走ってくるのでお願いして、運転者2人が引き返し車を取りに行ってもらい、白山自然保護センターPまで乗り入れることが出来た。どういうわけかもう駐車場は満車状態だった。
6:25自然保護センターの裏の登山道を登り出す。20分間で野猿公園に着きストックを仕舞い6:50ジライ谷の急斜を登りだした。一回目の休憩までは順調だったが、その後大きく疲れだした。足が鉛のように重く感じられ、おまけにストックが枝に引っ掛かり押し戻され、思うように登れない。汗が噴出しペースも上がらない。先頭を歩かせてもらったが、これでは初登頂の3人に迷惑がかかる。「やっぱり調子が出ません、だめですここでリタイアします」とリーダーに申し出た。一度登っていることを考慮して「ここで30分間位身体を休め、下山するか登るか様子を見て決断してください」と指示を受けた。明らかにいつもの調子と違っている。メンバーを見送ると張り詰めた気持ちが開放され肩の重荷が取れた。8:20だった。
野猿公園、気を引きしめて登るぞ 冬瓜山、シリタカ山を眺め不調を嘆く
暫く休むと登れる気がした。しかし登り始めると自分でも可笑しいくらいヨタヨタと情けない足取りで、我ながら笑いが込み上げた。ストックが枝に引っ掛かり枝に弄ばれているようで前に出させてもらえず押し戻され、むきになってみるがやっぱり押し戻される。次第に神様が「行くな」と言っている様に思えてきた。もし怪我でもしたら大変、Tの顔が思い浮かんだ。しかし、せめて冬瓜山の姿ぐらい見てこようと登り続け、P1271まで登った。次はせめて冬瓜山の稜線まで行き雪を踏もうと考えたが、どうせ登頂を諦めたのだし行ったってなんになるのだろうとバカらしくなり9:00下山を決めた。皆が下山するまで嫌になるほど時間があるだろう。りんごを食べたりコーヒーを飲んだりしながら稜線を眺めながら時間を費やした。
下山の登り返しでは右内太ももが攣り、「やっぱり今日の決断は間違いではなかった」と清々しいくらい心からそう思えた。右膝の皿が痛み安心して体重を掛けられない、事故を起こしてはメンバーにも迷惑が及ぶだろうと思うと、慎重に慎重にと心掛け丁寧に急斜を降り、10:45野猿公園に戻った。
東屋の椅子に座り風景を楽しんだがマムシに注意の看板が気になり、この時期いるはずもないのに、天上から落ちてきたらどうしょうと想像が膨らみ落ち着けなかった。そそくさと立ち上がり、遊歩道の斜面に咲くカタクリの大群や川の清流を眺めながら11:10自然保護センター駐車場に戻った。
借りたキーで車を開錠して、登山靴を脱ぎ身軽になった。昨夜の睡眠不足から横になりたいが、どういうわけかエンジンが掛からず窓を開けることが出来なかった。ドアを開けたまま寝ることも無用心、車内温度はかなり高く到底眠る環境ではなかった。
自然保護センターに何回も訪れたり、河原に降り流れを眺めたりしても時間はそうそう過ぎ去りはしない。しかし、自然の中にいる喜びは大きくとても幸せだった。せちがない社会に生き、こんな時でなければそうそう待つこともないだろう、少しは気長になったような気がした。
ブナの花と満車の駐車場 山にほんのり感じる芽吹き色と清流の輝き
16:45メンバー7人が登頂を果たし元気よく帰って来られ、「お疲れさんおめでとう」と出迎えた。快晴の下、頂上は360度の展望が得られたと興奮気味で大満足の様子だった。
今日の登山者は60〜70人いたかもしれない。話によればシリタカ山から笈ヶ岳を眺めたら雪上に一本の道がくっきり続きアイゼンも要らなかったのだそうだ。
帰りは一里野温泉天領(600−)で汗と疲れをとり、帰路では大きな大きな太陽の落日を見守りながら、20:00に高岡ICに戻った。
■2007山行記録■
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