2007.10.20(土)曇り時々晴れ
元高岡H.Cのメンバーで現在長崎に在住のKさんと金剛堂山に登ってきた。Kさんにとって金剛堂山は高岡にいた頃のトレーニングの山で、懐旧登山といったところだ。
20日の天気予報は一日中弱雨で、雨具を着こんでの山歩きと覚悟していたが、利賀村に向うにつれ雲間から日が射し、時折青空がのぞくようになった。
栃谷登山口に着くと、驚くことにこんな日でも車が一台駐車していて、先行者がいるようだ。山は静か過ぎてもつまらなく、じんわりうれしい気分で準備を整え7:05百瀬川に架かる橋を歩き出した。
小沢を渡り、ジグザグに切られた丸太の階段登山道を行くと、眩しいくらいの木漏れ日が射し、枝葉を見上げれば青空も見え「もうお天気の心配はないね」と、うれしい誤算に三人は喜び勇んだ。
整備の行き届いた登山道は歩き易く、青々としたブナの大木を見上げたり、ナナカマドの赤い実を眺めたりしながら、9:25には P1346に着いた。
ナナカマドの実がたわわに実る P1346からの金剛堂山
このあたりから紅葉が始まっていて、正面には金剛堂山の山容がどっしりと望めたが、曇り空の紅葉は鈍く印象は薄い。小休止をして、大きく降だり、登り返しながら高度を上げると雲間から太陽が輝き、モミジやナナカマドの鮮やかな紅葉がもっと際立ち、存在感を主張して目を虜にした。「来てよかったね」と思い思いに三人三様カメラを向けてはシャッターを切った。スキー場からの尾根には陽光があたり錦繍を織り成す山の装いにうっとりと魅了させられた。「最高の時期だね」「こんな素適な金剛堂山初めてかも」と高揚しながら、素晴らしい風景を堪能しつつ、足取りも軽るかった。
全山見事な紅葉 鮮やかなモミジの紅葉に感嘆!
10:30頂上に着くと、帰り支度をされていた男性が二人居られた。見るとS氏とO氏だった。懐かしさのあまり興奮して声を掛けると、後に続くKさんも驚き、元同僚の再会に興奮ぎみだった。O氏とS氏もまさか九州のKさんに会えるとは予想外だっただろう。Kさんは昨日の19日に、立山カルデラ見学の抽選に当り来県されたのだが、悪天の為中止になり、がっかり肩を落とされていたのだが、二人の再会で大いに穴埋めが出来たのではないか、「よかったね懐かしい人たちに会って」と大いに盛り上がり、頂上には笑い声が渦巻いた。
偶然の再会に喜ぶ S氏、O氏、Kさん 秋の装いを身にまとう金剛堂山
ひとしきり話は弾み、その後お二人を見送った。静寂の戻った頂上でコーヒーを飲み、リュックをデボして中金剛手前の歌碑まで往復することにした。広々とした風衝地帯に青空を写す地塘、緩やかに細く登山道が丘に延びる。大自然の中に身を置く喜びを感じつつ、心は浄化し爽やかだった。
中金剛山 青空を写す地塘と金剛堂山
前金剛に戻り、11:35下山開始することにした。
鮮やかな紅葉黄葉に見送られ、今年一番の錦秋に大満足しながら快調に登山道を下り、13:00登山口に戻った。
車に着くと雨が降り出し、車に乗り込むと雨粒は大きくなった。「もう、どれだけ降っても構わないよ」と今日のお天気に感謝し、天竺温泉へと向った。
Kさんのリクエストだった金剛堂山だったが、とても楽しく登れ、ジャストタイムの紅葉にも大満足の山行となった。
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大笠山(1821m)
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2007.10.13(土)曇り時々晴れ
登り応えがあり、アクセスが容易と言うことで、久々に大笠山に登ってきた。
6:50家を出発して、東海北陸道を利用して桂湖の登山口に着くと、なにわナンバーのマイクロバスや名古屋、新潟、富山の車が4台駐車していて、今日は多くの登山者が入山しているようだ。駐車スペースが無いので桂湖の橋をわたり岐阜側に車を止め、身支度を整え、富山側に戻り大畠谷にかかるつり橋の前に立った。
7:50深い川底の清流を足下から眺め、つり橋を渡りはじめた。正面には鉄製の頑強なハシゴがあり、それを掴むと気持ちが引き締まった。慎重にハシゴを乗り継ぎ、クサリの張られた階段を登るとあっという間に高台に出て、緊張もほぐれ桂湖を見る余裕も出来た。瀬音を聞きながら注意を払い岩石を越え尾根に取り付く。尾根前方には痛々しい大規模な山崩れが目に飛び込み、自然の厳しさを感じた。登山道が崩壊地の横を通り、山の侵食が進む様を見るのはあまり気持ちがいい物ではない。
変り映えのない急斜の登山道を黙々と登り高度を稼ぐが、“桂湖1.6k大笠4.6k”の標識を見てがっくり、まだ3/1も登っていないのかと溜息が漏れた。
ようやく急登も終わり、左側の木々隙間から笈ヶ岳が見え、ナナカマドの赤い実がたわわに実る色彩に気分も一新し心も華やいだ。にわかに登りとなり歩き進めると前笈ヶ岳だった。
前笈ヶ岳で一休み ブナの大木を眺めながら大きく降る
10:10ここで一休みし、頂上を見渡すと木々は色づいてはいるものの紅葉はまたは早いようだった。道のりはまだまだ遠い、登山道に戻り、少し下り次のピークへの登りとなった。見晴らしの利くピークなので、元気よく勇んで登ると頂上付近斜面に蛇がいた。ひなたぼっこに出て来たのだろう太陽は照り暖かい。急斜面ゆえ蛇とは至近距離でぞっと背筋が寒くなり驚きの大声を出すと蛇も驚き静かに茂みに姿を隠した。
大きなアップダウンをこなし尾根の南側に切られた登山道を歩くとまたもや大きな太い蛇が登山道を横切った。「きゃ〜蛇」とその場に立ち尽くしTを待った。戻ってくるとは思わないが動悸が打ち、先に進む気が萎えた。10月の中旬しかも結構な標高もあるのに蛇が出るとは予想もしなかった、やっぱり今年は暖かいのだろうか。Tに先頭を代わってもらって登るとすぐに「避難小屋や」とTが言い、ホースから流れる水場に吸い寄せられるように近づいた。思いっきり冷たい水で顔を洗い心身とも憩った。
大笠山の全景 避難小屋の前の水場
11:15避難小屋から頂上に向うと、尾根を直登するようにロープが垂れ下がり新しい登山道に替わっていた。03 4/28時は雪上だったので判らないが00 10/22に来た時は尾根の北側を巻いたはずと、頭の中で色々と当時を思いだし、地形を見渡したが合点がいかなかった。登山道は背丈の笹に藪に覆われ、まるで藪漕ぎ状態になった。笹薮中ぬかるみの場所で休憩中の登山者4人にお会いした。「熊になった気持ちですね」と冗談を言われ、同感しながらまた藪をこいだ。
笹から開放され奈良岳の稜線に出ると、もう着いたも同然、左折して頂上に向うと4.5人の登山者が満足そうに下山して来られ、軽く会釈してすれちがった。
頂上に近づくと大勢の登山者の姿が目に飛び込みあのマイクロバスの方々らしい。12:00大笠山に到着した。
頂上の光景 頂上からの笈ヶ岳
休憩する場所もないほどの盛況ぶりで、笈ヶ岳に目を移せば雲で見え隠れしている。白山は見えるが特筆するほどの美しさでもない。空いたスペースに腰を下しランチタイムにした。聞けば25人のツアーで、3泊4日で大阪から来られ、明日は三方岩だそうで、300名山を目指しておられる方々だ。先々週もこの半数が雨の中、毛勝岳に登ったのだと言っておられた。お元気でかつリッチな中高年(もっと上かも)に脱帽だった。
ツアーの方々が下山され頂上は広くなった。富大医学部の山岳部員3人と同行の先生1人と私達、6人の頂上になった。この折何処の山に行っても中高年ばかりで学生や若者に逢うことはまず無い。気負わない姿勢が爽やかだった。
下山しようとしていると2人の中高年男性が登って来られ、入れ替わり私達は下山することにして12:55頂上を後にした。
分岐でも2人の中高年女性が登って来られ、出発された時間も遅いはず、みなさん足に自信のある方ばかりなのだろうと見送った。下りの藪漕ぎはとても楽ですぐに避難小屋についた。冷水でまたまた顔を洗いさっぱりして、3つのピークを超え14:20前笈ヶ岳に着いた。
これで降り一方とばかり登山道を一気に下り、最後のクサリ、ハシゴを丁寧におり15:50つり橋を渡り登山口に戻った。
P1550あたりが紅葉最盛期 大畠谷橋に到着
大笠山の紅葉は寒暖の差が無いのかあまり感動は無く、登山自体もなんとなく物足りなさを感じた。
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十石山(2525m)
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2007.10.6(土)曇りのち晴れ
三連休は山行きを諦めていたが息子の帰省が一日遅れ、天気も良さそうなので十石山に登ってきた。
去年の11/18にクラブのメンバーと登った時、カンジキを持参しなくて積雪に阻まれ、後一息と言う所で引き返し頂上に立てなかったのが気がかりで、再チャレンジの機会を待っていたのだった。
5:45家を出発して白骨温泉に向った。途中、荒神の湯で朝湯を軽く楽しみ、十石山の登山口カーブに着いたのが8:20だった。この時期紅葉を期待した登山客に出会えるかと思っていたら誰もいない。「今日は私達だけの貸切だね」とちょっと寂しい気持ちで準備を整え、8:30登りだした。
10分間ぼど歩くと十石山に入る分岐に着いた。背丈ほどの笹が生茂り登山道を覆い隠している。急に心細くなったが、ひるまず分け入り登りだした。カラマツ林に切られたジグザグの登山道に来ると幾分笹が邪魔しなくなったがそれでも道幅は狭く、この先登山道はどうなっているのだろうと不安だった。標高差300mを登るとコメツガの樹林帯になり登山道は広く歩き易くなった。各二人の熊よけ鈴がよく響き、奥深い山中では用心棒のように頼もしく思えた。だた重苦しい曇り空の森中はなお暗く、枝を広げた大木のコメツガが大自然の只中に居る喜びと畏れを思わせた。
尾根の登りに入ると、空から雨粒が落ちだし大木の下で雨宿りをした。「こんな天気だと思わなかったね」としばらく足を止めていると雨はやんでくれた。コメツガからシラビソに樹相が替わると空は広くなり、景色も一変し開放感も生まれ、重く感じられた足も心身とも気分が軽くなった。
シラビソと背丈の低い笹の登山道を登って行くと見覚えのある景観が目に飛び込み「前回は此処まで登ったよ」と懐かしく思い起こされた。空を見上げると所々に青空がのぞき始め、木々を照らした。
頂上付近は紅葉が見ごろ 草紅葉と露岩
樹林を抜けると前景に赤や黄色の紅葉が進む十石山の斜面が目に飛び込び、「綺麗だね」と期待以上の秋の装いに胸をときめかせ高揚した。「こんなに良い時期なのに、私達だけとは勿体無い」と草紅葉と白い大石の点在する風景に見入った。斜面を登りつめると平坦地に着き、その高場にどっしりした立派な十石峠小屋が見えた。
十石峠小屋 なだらかな高台が頂上
11:10小屋の前を通り裏に出ると広々とした広場があり、とても眺めが良い。地図に従い左奥方の頂上に向う。ハイマツを分け登山道を進むと草付きの平坦地があり振り返ると、穂高、焼岳、笠ヶ岳の絶景が見渡せた。「頂上は何処?」と背丈程あるハイマツの中を行くと木に幾つかのリボンが付けられ、小さく刈られた地に三角点があり、11:25頂上に着いた。
十石山頂上 十石峠小屋と雄大な穂高の眺め
乗鞍岳方面も見たいのでもう少し進めるかと思ったが行き止まりになっていてしかたなく退き、草付きの広場に戻り、休憩場所とした。十石山は穂高岳の展望台だったのだ。雄大な眺め、焼岳が貧祖粗に見えるのが驚きだ。先週といい今週といい、見飽きぬ絶景をゆっくり堪能し、悦にひたった。ハイマツを風除けにすわると、暖かな太陽がやさしく身体を包んでくれた。心身とも癒され下山しようとして小屋の方向に目をやると男女二人が登って来られた。挨拶を交わそうとしばらく待つと若い男女で男性は長靴を履いておられ地元の方だという。「素晴らしい展望ですね」と労をねぎらい頂上を譲り12:05下山することにした。
十石峠小屋に立ち寄り、中に入らせてもらった。まるで営業の出来る山小屋のような広さで、快適な空間だった。生活用品が棚や土間に並び「これら全てが担いで運ばれたのだね」とその多さに驚き、熱い想いがうかがえた。ドアノブに掛けられた紐を丁寧に巻きつけ12:15下山開始とする。
焼岳(中右)と笠ヶ岳(奥左) ハイマツに邪魔された乗鞍岳
小屋前庭にはアザミがドライフラワーのように立ち枯れ、チングルマは真っ赤に色付き地を覆っている。秋真っ只中。お勧めの時期かもしれない。眼下には紅葉した木々がパッチワークのように配色され心が和む。何回も立ち止まっては写真に納め、行く秋を見届けた。
十石峠小屋の室内 紅葉のパッチワーク
登山時あんなに暗かった樹林帯は太陽の光が射し明るい森に代わり、気分も軽く快調に足を運び、14:10駐車場に戻った。
頂上からの展望は乗鞍岳全景こそ見えなかったが、雄大に迫る穂高は圧巻だった。何回も何回その風景を想い浮べつつ、大波のように痛快な気分が押寄せた。
帰りは白骨温泉に立ち寄り、わたの湯柳屋(去年より200−値上げして700−だったのが残念)に入泉して、硫黄香を身体一杯に匂わせ、満足しながら家路についた。
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餓鬼岳(2647m)
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2007.9.29(土)曇りのち晴れ
先週の連休に計画していた餓鬼岳だったが、急用と天気に慎重になり過ぎたことでチャンスを逃した。来週も所用があり山には行けないことを考慮すると今週がベストだ。天気予報を睨み、金曜日に登山口まで行き車中泊し、土曜日に日帰りで登ることに決めた。
前日自宅を15:30に出発し大町に向った。富山を過ぎる頃になると、雨は益々強く激しさを増し夕刻のように暗くなったが、「明日は晴れのち曇り」と思うと心は軽やかでウキウキ状態だった。糸魚川あたりでは雨がやんだ。白馬で食事をしながらテレビの天気予報を見ると、なんと期待は外れ曇りに変っていた。がっくり落ち込みながら、夜道をナビに導かれ白沢登山口へと向った。
すりかえも出来ない狭い暗闇の中を心細く走行し20:30登山口に着いた。山中の駐車場には車が2台停まって居て、一台には人が居るようだ。ほっとして寝る準備をして横になると、雨が降って来た。Tが「明日、雨だったら登山はやめよう」と言い、Mも同意し眠りについた。
早朝目が覚めると、まだ雨はやんでいなかったがそれほど気になるものではない。5時半に出発と決め、朝食の準備に取り掛かると、一台の車も到着した。ゆっくり準備を整え終えると雨は上がった。
5:35歩きだす。10分間程幅広い道を歩くと白沢登山口に着いた。此処から白沢に下り、少し樹林を行くと最初の橋が架かっていた。白沢はベイジュ色の岩や石が転がり明るい綺麗な沢だった。高巻きやへ攣りの登山道をハシゴやくさりを頼りに右岸左岸と渡り変え、白沢をつめていく。紅葉ノ滝を過ぎ魚止ノ滝までは特に景観が美しく見惚れてしまった。
ハシゴやくさりが設置され有り難い 魚止ノ滝
6:50最後の水場に着いた。角材がベンチ代わりに置かれ格好の休憩場所だった。此処から沢と離れ大凪山までの厳しい登りが始まる。高山植物は見られなかったが、大小様々なきのこが足元に生え、秋道に色どりと到底食べられないだろうなどと想像力が働き、大いに気休めになった。この辺りではガスが上がり景色は無く、絶望的だった。
8:45標高差1000mを登り大凪山に着くと気持ちも楽になった。頂上まで2:30、下り白沢まで2:30と標識が立っていた。穏やかな登りのコメツガの樹林帯を行くと、ガスが消え正面に一瞬餓鬼岳が姿を現した。「わあ、餓鬼岳が見えた」と嬉しさの余り感嘆していると、丁度下山途中の男性二人とすれちがった。「頂上は晴れていますよ」と嬉しい情報をもらい、足取りも俄然軽るくなった。
登山道はきのこに変り、ツルリンドウやゴゼンタチバナの赤い実が秋を感じさせ、オヤマノリンドウが変色した蕾のまま葉を赤紫に染めていた。だんだん餓鬼岳が近づき大きくなると、百曲りに差し掛かった。そう言えば火打山に十二曲があったけど、百曲りはちょっと大げさではないかと思いながら登ると、百とばかりは言えなくもうんざりする程のジグザグが切られていた。稜線に出るとまたもや次の稜線が見え、それに向かい辛抱強く足を運んだ。
登りつめると小屋まで10分と書かれた標識が目に入り緊張もほぐれた。崖横に切られた登山道を慎重に進んだが、こんなに狭い何処に小屋があるのだろうと前方の高場を見ると薄緑の建物が目に飛び込んできた。
小屋からの餓鬼岳 小屋前庭からの野口五郎岳
10:50餓鬼岳小屋に到着。小屋前のベンチのある花崗岩の白砂に覆われた高台に登ると、素晴らしい風景が待っていた。予期せぬ美しさに驚き言葉を失った。槍が見えるあのかっこ良い頂(剣ズリ)はなんだ、燕山荘が見える、白い山が野口五郎、烏帽子も見える、裏銀座の山々が手に取るように見えた。しばらく山に見入り振り返れば餓鬼岳がすぐそこに、「頂上にいこうよ」とTに催促してリュックを持ち上げ頂上に向った。
頂上の祠と裏銀座全景 K氏(左)とA氏(右)と
花崗岩の山は美しい、白砂を踏み11:05餓鬼岳頂上に着いた。先に出発されたお二人はもう休んでおられ、挨拶を交わし祠のある頂上を踏みしめた。餓鬼岳からの眺望はもっとも大きな驚きだった。雲海が広がりその上に、立山、剱岳が大きく見える、名立たる名峰が重ならず、記念写真のように整然とならび美形でおすまししている。祠の後には唐沢岳が近くに見える。餓鬼岳は北アルプスの中央に位置し、この上ない北アルプスの展望台だったのだ。この良き日に頂上に立てた喜び、見飽きぬ風景を堪能しながら山座同定をして、東京のA氏と茨城のK氏と4人で喜びを分かちあい、山談議に夢中になった。
中房から東沢岳を経由して餓鬼岳にそして燕山荘に一泊してまた中房に戻ると言う元気な若者、松本からの単独女性は白沢からピストンでやはり日帰り、頂上は6人になった。
いずれにしても今日の山登りには大きなご褒美だった。あっという間に時間が過ぎていった。
雲海に浮かぶ七倉岳、北葛岳(後には針ノ木岳、蓮華岳) 剣ズリと槍ヶ岳
11:50下山開始とする。東京のA氏と三人で下る。聞けばA氏は65歳、昨日は針ノ木岳、蓮華岳を登られ、今日は餓鬼岳の日帰りと、とんでもない超健脚者なのだ。夏季は登山、冬季はボランティアで、タイ王立学校で日本文化の教師をされ、心身とも若く豊かな人生を送って居られるのだ。田舎者の私には夢のような話だが、精神面では見習うべき点が多いように思われた。
頂上からは雲の切れ間より大町の家並みがのぞく 頂上付近だが紅葉にはまだ早いようだ
下山途中にはかなりの登山者とお会いした。紅葉もまだ早いようで、餓鬼岳はまだ当分登山適期が続きそうだ。大凪山と最後の水場で休み15:15白沢登山口に戻った。
無事日帰りをやり遂げた喜びからTとA氏に握手を求め、全てのものに感謝した。それにしても頂上から展望は忘れえぬ素晴らしい風景となり脳裏に焼き付き、大満足の山行となった。
下山後は大町温泉の薬師の湯で汗を流し、昨日は定休日で食べられなかった白馬村の白馬飯店に立ち寄り夕食を済ませ、帰路に着いた。
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大猫山(2070m)
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2007.9.9(日)晴れ一時雨
久しぶりにT氏から電話を頂き、懐かしい元気な声を聞いて嬉しくなる。真川から遡行して太郎平へ、薬師小屋から赤木沢の沢登り山行のお誘いだったが、残念ながら土曜日に所用があり参加できなかった。日曜日はどうしょう、家庭菜園の秋野菜植付けに畑でも耕そうかと思っていたら、Tが大猫に行こうと熱心に言う。畑も耕してくれ、お天気も午前中は良さそうなので出かけることにした。
5:30家を出発して馬場島に着いたのが7時少し前だった。ブナクラ取水口に入る林道三差路に来ると、通行止めの鎖が張ってあり、予想もしない出来事に驚き唖然とした。
戦意を無くしたTが「温泉にでも入って来るか」と言うが、こんなに早い時間からでは何処も開いていないだろう。途方にくれ車の中で進退を思案していると、男性一人が断念して帰って行かれた。金沢からの単独男性は「猫又山に行くが、歩きに来たのだから行ける所まで」と出発して行かれた。Tがやる気なさそうに「中山でも登る?」と言う。「折角来たのだから、大猫平までだけでも行こうよ」とだらだらと準備に取り掛かり、歩き出した。若い男女が偵察から帰って来られ、鎖を外し車で林道に入っていかれた。ゲートに着き、よく見ると鎖は簡単に外せるようになっていた。「私達も車でいこうよ」とTに車を取って来てもらい、乗り入れて取水口に向った。途中、金沢の男性を拾い、駐車場に着くとびっくり、もう満車で私達の車一台分がかろうじて駐車出来る状態に苦笑した。
7:30大猫の登山口を登り出す。沢音を聞きながら、やせ尾根の急斜を登ると汗が噴きだした。高度計を見ながら最初の標高差400mを登ると急登も気にならず、ゆとりを持って登れた。剱岳も見え、「やっぱりかっこ良いね」と山日和に胸が弾んだ。
剱岳も見え期待が高まる 大岩を下る
アップダウンの緩い登りを標高差150m程こなすと、大猫平まで標高差300mの急登。疲れも無く、今日は足も軽やかだった。
10:00大猫平に着いた。高山植物の花々はもう無く秋の装いだが、青空と地塘と剱岳はやっぱり絵になる。気分も最高、少し休んで、さあ最後の登りの標高差200mがんばろう。頂上直下から誰かが「ヤッホー」と声をかけてくれる。それに答えて「ヤッホー」と返す。日差しが強く、日陰もなく非常に暑い。ここは辛抱と一歩一歩登ると声をかけて下さった方が休んで居られた。「頂上には15人位居ますよ。頑張って」と励まされた。そんなに人が居るのかと思うと俄然元気が出た。
大猫平で 大猫山へ あと一登り
大猫平を俯瞰 三角点から猫又山方向
11:00大猫山三角点に着いた。三角点に登ろうか迷っていると「関本さんじゃないですか?」と声をかけて下さる方が。去年2/19猿ヶ山でご一緒させて頂いた富山労山のSさんだった。懐かしさのあまり握手を求め再会を喜んだ。彼は山スキーをされているからそうそうお会いすることもないと思っていたのに、こんな偶然の出会いが山では嬉しさを倍増させるのだ。ご挨拶を終え、私達のお気に入りの場所へと移動した。
11:10お気に入り場所には単独男性射水市のF氏”気ままに山登り”が休んで居られた。「ここはいいですね。寝転べるから」と声をかけると、やさいい笑顔が返ってきた。
さあこれからが楽しみと思う間もなく、急激に雲が流れ谷から勢いよくガスが上がり、山々の姿があっという間に飲み込まれてしまった。「うそでしょ!!」せめて頂上からの写真一枚ぐらい撮らせて欲しいのにと激変ぶりに肩を落とし、朝の30分間のロスが悔やまれた。
そのうち雲は一掃して剱岳も顔をだしてくれるだろうと楽観してシートを広げ敷き、F氏と山談議を交わしながら待ち望んだが、ますます雲は厚くなるばかりで次第に諦めの境地へと気持ちは沈んでいった。
剱岳が見えなくなる F氏とお気に入りの場所で
一足先にF氏は下山され、二人はシートに寝転んでみるが肝心のスクリーンには大スターが居ない。「今日はただのトレーニングだったね。」と山頂の虚しい時間を過ごした。
大猫山三角点に戻り写真を撮り12:00下山開始とした。大猫平に入ったところで、メスのクワガタを見つけた。姉の孫のYちゃんが大昆虫好きなので捕獲しプレゼントすることにして持ち帰った。標高1750mあたりでとうとう雨が降りだし雨具を着る。10人位のパーティーが下山されていて、先を譲って下さった。その中の一人の女性から「牛岳で会いましたね」と声をかけて下さった。顔をみると今年2/17牛岳でお会いしたIさんだった。ここでも偶然の再会に胸がはずんだ。
雨は上がり、蒸し暑くなり雨具を脱ぎ、ひたすら急坂を下って、14:35駐車場に戻った。
 
今日の山行は不発のような物足りなさを感じたが、その反面懐かしい人々の出会いがあった。また頂上にはテントが張られ、草刈りなど成され、猫又山に向け登山道の開通も真近いように聞く。ボランティアーとして日々山に入り、手入れをされている方々がいる。「トレーニングみたいな山行」と生意気なことを言っていられるのは、この方々の熱い想いと労力のお陰、ほんとうに有り難いことだ。心から感謝したい。眺望には恵まれなかったが、SさんIさん、どちらもTの病気を気づかって下さった。人の暖かさ素晴らしさを感じた今日の山行だった。
帰りは湯神子温泉で身体を癒し(ここでもF氏とお会いした、後日7/22の八郎坂、弘法ベンチでもお会いしていたことが判明)、富山の姉の家に立ち寄りクワガタをプレゼントし、ファボーレで夕食を済ませ、家路についた。
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朝日岳(2418m)雪倉岳(2610m)
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■2007.9.1(土) 曇りのち晴れ
土日の天気はどうなのだろう?何処か山に行きたい反面なんとなく気乗りがしない。Tの乗り気に押され山行選定をした。加賀方面は晴れということで野谷荘司山と決めたが、一番行きたいのはこの夏計画していたにも関らず、天気に恵まれなかった鉱山道を降る雪倉岳だ。白馬方面はどうだろうとピンポイントで調べてみると、土曜日は晴れのち曇り日曜日は曇りで、なんとかもちそう。一気に盛り上がり「雪倉岳に行こう」と決定したのが、金曜日の夕刻だった。
早朝4:00自宅を出発して、蓮華温泉に着いたのが6:45だった。広い駐車場は車が閑散とし7台くらい駐車されていた。やっぱり夏山シーズンは終ったのかと、そこはかとなく寂しい気持ちにさせられたが、山々はしっかり姿を見せて迎えてくれた。
準備を整え7:00歩きだす。砂利道から木道に変る登山道は、昨日の雨で濡れ非常に滑りやすく細心の注意を要した。兵馬ノ平を過ぎ樹林帯を降っていると、中高年御夫婦が登って来られ「木道が滑るので怖いですね」と声を掛けると、重そうなリュックを担いだ奥さんが「足を挫いたので帰ります」と答えられた。折角、埼玉から来られたのにさぞ残念、無念だったことだろう。
瀬戸川の橋 大岩に架けられた白高地沢の橋
登山者もいない山中は熊が怖い。北海道の知床で買った土産のヒグマ除け鈴がよく鳴り響き頼もしく思えた。瀬戸川に架かる橋を渡ると登りにかかる。ひようたん池を過ぎたあたりで声が聞こえ、男女3:1の4人のパーティーが休み終え歩きだされるところだった。今日は私達だけと思っていたが、やっぱり同行の登山者に逢えるのは嬉しいものだ。そのパーティーの後に付き歩き続けた。
9:10白高地沢に着く。2003年に歩いた時と沢は一変し、川に架かっていた橋は無く上流の大岩を利用して頑強に造り変えられていた。その袂岩に座り、初めての休憩を取った。前回よりかなり沢が荒れていて、ゆっくり憩った地の面影は全く無かった。
橋を渡り、下流に向けかなり戻ったところに登山道があった。その分上流に橋が移動したことになる。
登山道はまるで沢のようにいたるところから清水が流れ、見た目には気持ちが良かったが、足の踏み所を選ばなければならなかった。
カモシカ坂を登り終えると視界が広がり木道の階段になった。振り返ると鋸岳や雨飾山が青く見え、正面の目線には緑の山中に赤い屋根の蓮華温泉が小さく見えた。
木道の階段を登ると明日登る雪倉岳がどっしり大きく見え、何回も何回もシャッターを押さずにはいられない熱い想いが込み上げてきた。盛りも終わりかと諦めていた高山植物も咲き、淡青紫のハクサンシャジンやマツムシソウ、濃赤紫のカライトソウやシモツケソウの鮮やかな色彩の花々が目を楽しませてくれ心も躍った。
五輪高原の木道からの雪倉岳 カライトソウと雪倉岳
花園三角点を過ぎた休憩場で一休みしていると、下山の単独の男性や、男女4人パーティーが一同に集結して大休憩になった。東京の初老単独男性は悪天のため4日間も山小屋に停滞し、あげくのはては栂海新道に下るところを蓮華温泉に降ってしまったと落ち込んで居られ、男女4人パーティーは富山市の方々で私達と同じ朝日小屋で泊まることがわかった。
一足先に腰を上げ、青ザクに向け登りだす。こんなに近かったかとおもうほど身体は軽かった。五輪の森を抜け、正面に朝日岳を眺め、左に目を移せばカールを抱いた雪倉岳がいつも見えた。誰もいない山域を独り占め「幸せだね」「綺麗だね」を連発しながら、楽しみにしていた岩から染み出す清冽な水を今回も飲む。余り冷たいので喉につかえ、多くは飲めない、胃の中から冷やされ身体がブルブルと寒さを感じた。
独り占めの風景(雪倉岳・左 旭岳・右) 岩から染み出す清冽な水
ここから吹上ノコルまで高山植物の花盛りで斜面一面に花が咲き乱れる光景は見事で興奮し驚いた。登山道はまるで小川のような清流になり、9月にアヤメの群集が見られるとは、本当に素晴らしい水豊富なお花の名山だとつくづく思った。
13:05吹上ノコルに着いた。軽くお腹を満たし、朝日岳頂上への登りに入る。この斜面も前回よりかなり荒れていて、自然の厳しさを感じずにはいられなかった。次第にガスが湧き景色を消していった。黙々とマイペースで登り続けると13:50朝日岳頂上に着いた。
白馬の旭岳が鋭く三角の山容を見せてくれたが、あとは綿のような薄い白雲が山影を気まぐれに隠し、充分満足のゆくものではなかった。方位盤にくいつき山の方向を確認したが、山は見えない。ただ低く初雪山だけが全形を見せてくれ愛しく思えた。
朝日岳山頂 朝日小屋が近づく
頂上を後にして高山植物を眺めながらしばらく降ると、眼下にはいつ見ても可愛いメルヘンチックな親子の赤い三角屋根の朝日小屋が見え、大きく心が癒された。コルに着き、明日歩く水平道を確認して、最後の登りを辛抱強くこなすと14:40朝日小屋に到着した。
受付をしようと大声で挨拶すると、管理人のゆかりさんが出て来られ、食事面や遭難対策上、予約が必要だったことがわかった。幸い快く受け入れてくださり、部屋に上がらせてもらった。
着替えを済ませ小屋前のベンチに座り、Tはお酒 Mはコーヒーをのみ、一日の行程を振り返り、労をねぎらいあった。夕食までのこの時間が大好き。風も全く無く、山はやさしく、ゆったりした時の流れと山上の空間を充分に楽しませてもらった。
本日の宿泊者は10名で、生野菜や豆腐のお料理は、山小屋とは思えない。八畳余りの部屋に4人、広々と布団を敷き、名古屋の御夫婦と山談議を交わしながら眠りについた。
■2007.9.2.(日) 曇り一時雨
今日の天気はどんよりとして今一つ冴えない。昨日 宿泊の受付をした時、今日の予定を聞かれ「雪倉岳を登り鉱山道に降る」と答えると、「少し雨マークが出ていて、もし大雨になったら雪倉から鉄砲水が落ち危険だから注意が必要」とアドバイスを貰った。また「鉱山道分岐まで行き、そこで判断して雨が強かったら三国境経由で下山するよう」との助言だった。
朝小屋のパソコンでピンポイント天気を調べてみるが昨夕から更新はされていなく6時から12時まで弱雨となり降水量は0となっていた。もしも鉱山道を下れなかった場合を考えるとかなりの時間が必要となる、朝食を食べ、すぐに出発することにした。
朝日小屋を下り水平道に入る 小桜ヶ原の地塘の風景
5:30小屋に別れを告げ、水谷コルから水平道に入った。1時間余りで朝日岳の分岐に着き、直進して樹林帯を行くと木道が敷かれた小桜ヶ原に出た。まさに山上の楽園で、とても癒される風景が広がっていた。正面には雪倉岳が大きく横たわり、西から灰色雲が強風に乗って次から次にぶつかり山頂を見えなくした。時折雪倉岳が姿を見せ、このまま晴れてくれれば良いのにと期待しながら赤男山を巻き、燕岩の崩壊ガレ場を越え、雪倉岳の標高差600mの登りとなった。
北面の岩峰を避けトラバースする斜面は色彩豊かなお花畑が広がり疲れを忘れさせ、谷を隔てた向かい側には花園三角点の穏やかな平原がみえた。
なだらかな稜線に出ると雪倉山頂と眼下に雪倉池が見えカメラに納める。カールを抱く頂上と稜線の長い繋がりは幌尻岳を想い起し、ゆっくりしかし確かに頂上に近づいた。途中、朝日岳を望もうと振り返ると朝日の市街と海が見えた。この調子なら鉱山道には行けるだろうと安心しながら、ザレ場に咲くトウヤクリンドウの花に見入った。
赤男山の燕岩 雪倉岳頂上
9:10雪倉岳頂上に立つと期待は大きく裏切られガスと強風に変った。風除けの場所も無く、黒御影石の山名碑の前で写真を撮るとすぐに下山し、避難小屋で休憩することにした。
黒い屋根の避難小屋が見えるとガスは雨に変り、強風は益々強さを増し吹荒れた。避難小屋の入口を探すのももどかしい程の荒天だった。
アルミの扉を開け中に入るとほっとした。薄暗い中で登山靴を脱ぎ板の間の奥に腰を下し、「避難小屋って有り難いね。別世界だね」「まるで避難小屋に着くのを待ったような雨風だね」とゴォーゴォービュービューと吹き荒れる暴音に不安を感じた。お腹を満たした後はしばらく呆然としていたが、此処で停滞していても仕方が無い。雨具を着込み、スパッツを履き、手袋をして、完全防備して10:10避難小屋を出た。
こんな風雨になるとは 塩谷精錬所跡
幸いなことに鉢ヶ岳を巻く登山道は風が当らなく、雨もガス程度になった。もし三国境から下るとしたら、小蓮華岳の稜線を歩く時、強風で飛ばされないだろうか?返って危険ではないか。それならば谷に下ったほうが安全だろう。しかし鉱山道に入ってから大雨になったらどうしょう?登山道を歩きながら問答を繰り返した。雨具とスパッツをつけると足が上がらず登りが辛い。三国境までの200mの登りはかなりきついだろう。その後の苦労を考えると、降水量0の天気予報を信じて鉱山道に下ることを決めた。
10:45分岐に着く。なだらかなハイマツのザレ場斜面を下ると10羽くらいの雷鳥がいた。人間を怖がらないので超接近してくれたが、じっとしていないので良い写真は撮れない。しかし大いに心を和ませてくれた。
広いザレ場の斜面は濃霧でペンキマークが見えにくかったが、かすかな踏み後を辿ると必ず赤のペンキマークがあった。慎重に二人でマークを確認しながら下ると沢筋に出て高山植物の中に登山道が切られ道に迷うことは無かった。塩谷精錬所跡を過ぎ、いくつもの沢が流れ込む鉢ヶ沢を高巻きしながら登山道はついていた。沢を横切る時は高場から登山道が見渡せ、道に迷うことは無かった。核心部は雪倉上の沢を下り、渡渉して高台の登山道に登るまでだろうか。
11:45誰にも会わない覚悟で下っていたのに、突然人の声がして驚いた。男性4人の山男が登って来た。あちらも「熊かと思った」と第一声だった。「どちらまで?」と聞くと「頂上まで。」「ええ、日帰りですか?」「そう、秘密の場所まで」と元気よく登っていかれた。
男性たちの情報では瀬戸川には橋が架かっていて心配はないという。
神ノ田圃 登山道が埋もれている 瀬戸川の橋を渡るともう安心
比丘尼飯場を過ぎ、神ノ田圃に着いた。2本の案内柱が裂けて読めない。熊がかじったのだろうか。急に怖くなり鈴がよく鳴るようにザックカバーの外に出した。事務所跡過ぎ、涸水沢を下り、急降下すると瀬戸川が見えて来た。踏み跡につられ沢のような道を下ると河原が見えた。しかし橋もないし道も途絶えた。これは変だと元に戻ると手前にペンキマークの登山道があった。マークに導かれ河原の草つきを歩くと橋があり、13:40瀬戸川を渡った。
ここまでこればもう安心。雨具を脱ぎ休憩を取った。
崩壊の進んだ崖のような黒ザクの斜面を慎重に進み、樹林帯に入った。水平な登山道には木道が敷かれそこを単調に歩くとカモシカ展望台分岐に来た。標柱には雪倉岳登山口5時間と書かれている。蓮華温泉の矢印を確認して歩き進むと昨日歩いた朝日岳への木道と合流し、14:45蓮華温泉へと戻った。
駐車場で靴を脱ぎながら山を眺めると、青空にすっきり雪倉岳や朝日岳が望めた。私達が苦労したあの厳しい風雨はなんだったのだろう。それでも雪倉岳の頂上を踏めたこと、鉱山道を下れたこと、無事に早く帰れたことなど、二人には大満足の二日間だった。
蓮華温泉で(800−)疲れと汗を流し、心地よく帰宅の途に着いた。
■2007山行記録■
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