2008.4.29(火)晴れ
今年の連休後半は息子夫婦の帰郷で家を空けられない。せめて前半には意中の山に行きたいと目星をつけていたが、Tが風邪を引きまるでやる気がない。そんな様子を見ているとMも登高意欲が薄れ見送り気分が高まっていた。
しかし、天気予報を見ているとこの一週間は晴れマークが続き特に29日はピーカンの晴れマークで、これを逃したらストレスが貯まるだろうと比較的楽な金剛堂山に登ることに決めたのは前日の夜だった。
やる気の無さから準備も朝起きてからという具合で、途中でコンビニに寄りパンを買い利賀に向かった。
まだ芽吹きのない裸木は柔らかい早春の陽を浴び、枯地にはフキノトウが顔をだして春の暖かさを歌っている。やっぱり自然を五感で感じられるのはいいねと、栃谷登山口に着くと三河ナンバーの車が一台駐車されていた。
雪解け水を集めた百瀬川のせせらぎを聞きながら身支度を済ませ、8:10仮橋を渡った。
いつもながら歩き始めは身体が重いが、登山道にはイワウチワが可憐な花を咲かせ、薄桃色がやさしく微笑みかけてくれて、次第に軽調になってきた。標高1000mあたりから残雪が見受けられ、多くの登山者の足跡が印し素直にそれを辿った。原生ブナ林あたりで先行者の単独男性の姿を捕らえ、挨拶を交わしたいと追ったが健脚者のようで返って離されてしまった。
イワウチワの盛り ブナの周りから雪が消え始める
9:40一服金剛に着き、はるかな頂上を眺める。まだ疲れもなくそのまま山を降った。穏やかな陽気に身体を任せ、三ヶ辻山や人形山の銀嶺に目を奪われ快い山登りだった。
穏やかな日差しを受け頂上を目指す 金剛堂山頂上でH氏と
10:40金剛堂山に着くと、男性が迎えて下さり「健脚ですね」とご挨拶をした。男性は連休を利用して富山の200、300名山を登りに来たのだと教えて下さり、昨日は人形山(登山口まで入れたそうだ)に、昨々日は西赤尾からブナオ峠まで林道を歩き11時間かけて大門山に登頂さられたそうだ。それから明日は白木峰、医王山、鍬崎山、毛勝岳、と続く。Tが「東又からの僧ヶ岳も良いですよ」と口を挟んだ。「初雪山も良いそうですね」と言われ、ピーンと来た。「それってTが言ったのではないですか?」どこかで出会ったような顔、「どこかで会いましたよね?」「雪倉ですよ!」なんと偶然も偶然、こんな事があるのだ。去年9/1に朝日小屋で同室となった愛知のHご夫妻のご主人だった。御夫婦は白馬から雪倉を超え小屋に泊られ、翌日蓮華温泉に降られた。H氏はTが言った初雪山が気になり、「それがきっかけで富山に来たようなところがある」とうれしいことを言って下さり、一気に心が打ち解けた。ところで「奥さんは?」との問いに、用事があって5/1に金沢で落ち合うのだと教えてくださり、懐かしさが込み上げた。コーヒーをごちそうしようと思ったらコンロのガスが軽い、おもてなしも出来ず返ってプチトマトを頂いてしまった。
穏やかな奥金剛堂山 三ヶ辻山と人形山が美しい
H氏は奥金剛まで行くとおっしゃり、良い機会とお伴させて頂くことにした。Tはもうお酒を飲んでいたが同意して、11:20奥金剛に向け頂上を降った。
穏やかな雪原を横切り、最高峰の中金剛に登ると、奥に白雪の優しい二つの丘のような重なりの奥金剛が見え、初めて見る風景に気が勢いで雪斜面を大きく降った。雪面は綺麗で心地よく、人の訪れを感じない。解放感に包まれながら軽く登ると11:45利賀川源流と山名を刻んだ柱の立つ奥金剛に着いた。
奥金剛堂山にたたずむ 奥金剛からの中金剛堂山(奥)
頂上からは息を飲むような美しさで三ヶ辻山や人形山が際立ち、その背後には白山や別山が白く輝き見飽きぬ情景だった。風も無く、静寂の中にただゆっくりした時の流れがあるだけだ。しばらく寛ぎ、12:05金剛堂山に戻ることにした。
中金剛からは頂上に多くの登山者が憩っているのが見え、ふっと現実に引き戻されたような気がした。
中金剛からの金剛堂山 タムシバとマンサクが見送ってくれた
12:35金剛堂山に戻り、ゆっくり頂上を楽しみたいH氏とお別れして、下山開始とした。このところ雪上の降りばかりで膝の衝撃が無かったのに、慣れない夏道では結構足の疲れを感じた。去年はこんなことを感じただろうかと老化を嘆いていると眼下に車が見え、14:10駐車場に戻った。
今回の金剛堂山はなんといっても、H氏にお会いしたことだ。時折り神様は唐突にサプライズを用意して下さる。だから尚のこと感激するのだろう。お天気も良好、奥さまと二人で富山の山、楽しんで行って下さい。お元気で。
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山菜ハイク
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2008.4.20(土)曇りのち晴れ
E氏リーダーの山菜ハイクに参加してきた。ベテランから初心者まで24名が春の恵みを期待してマイクロバスに乗り込み、野山をかけめぐりたっぷりと1日楽しんできた。
セリやクレソンはどう料理するの? ノカンゾウもおいしいよ
宝探しのよう 藪にも入りました
ヒキガエルとオタマジャクシ こんなに立派なゼンマイが
手分けをしてごちそう作り 山菜づくしに舌鼓
ノカンゾウは酢味噌和え ワラビは酢醤油 コゴミは辛子味噌和え
タラの芽、コシアブラはてんぷらで ヨシナは昆布和え 山菜ごはんも出来上がり
まだまだ、タケノコやウドやフキやセリなど沢山のお料理がでてきました
山菜取りの指南役、前もっての山菜採取、宴会準備、車の運転とE氏には多大なお世話になり、心から感謝したい。
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福地山(1671m)
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2008.4.12(土)晴れ
富山の残雪期限定の山に登ろうと考えていたが、藪漕ぎを考えると気持ちも退く。ピンホイント天気予報を見ていると飛騨市が晴れマークになっていて心が大きく揺らいだ。登山口は950mで残雪もまだまだ十分だろうと期待して、初めての福地山に登ることに決めた。
新平湯温泉街を過ぎすぐに右折して、福地温泉街を通りぬけると駐車場があり、そこに車を停めた。このあたり雪の一かけらもなく、かなり春が進んでいるようだ。山は目の前にあるが登山口はどこだろう。ちょうど掃除をしている旅館の人が居られ聞いてみた。登山口は御宿“飛水”の前で横断歩道があり、すぐに分かった。どうも見逃して車を走行してきたようだった。
身支度を整え、少し戻るように坂道を降り登山口に立ち、7:25登りだした。 鬱蒼とした杉林は暗く陰気だが、急斜面をジグザグに幅広い登山道が切られ、登り易くなっていた。
期待しながら登りだす 無雪の登山道
次第に温泉街が眼下に離れ、落葉樹になり林は明るくなった。1200mあたりに少量の残雪があり、大小2つの新しい足跡が見受けられ、先行者がいるようだ。
谷コースの分岐に着き、もちろん憮然平へと向かう。1300mあたりでようやく残雪が繋がるようになり、多くの古い足跡が読み取られ、かなり人気度の高い山のようだ。ツボ足でも充分行けるが、Tは担ぐより履いた方が得だとここでスノーシューをはいた。
9:35憮然平に着く。想像していたより寂しく、狭い感じがしてなにも無いところだった。ただ憮然像が低く座っておられ、どんなお言葉をかけてよいのか、わからなく戸惑った。
憮然像が陽を受け座っておられた 拍子抜けするほど整備されている登山道
カンジキを履き地図を見て、多くの足跡に導かれ尾根に向かう。ここから登山道は無く尾根伝いに登るのかと思っていたら、幅広な登山道が斜面に切り開かれていて、あまりの手厚さに失望してしまった。誰でも登れるハイキングのような様相だった。
味気なく第3展望台に登ると焼岳が大きく見える。それでも頂上からはもっといいだろうと、立ち止まらず降って頂上に向かった。無粋な登山道はまだまだ続き、頂上付近まで続いていた。
10:40頂上に着いた。男女二人が出迎えて下さり、素晴らしい槍、穂高の絶景を4人でワイワイいいながら堪能した。お二人は福井の方だった。お二人はばっちり写真を撮られたようだが、残念なことに笠ヶ岳が厚い雲に覆われ、いつまでたっても姿を見せてくれなかった。絶対見るまでは下山しないと決め、見晴らしの良い所に腰をかけ無風の頂上でゆっくり憩った。
山名柱が顔を出している 頂上からの穂高は痛快だ
無風の頂上で憩い、笠ヶ岳のお出ましを今か今かと待つ
笠ヶ岳を覆い隠す厚雲は一向に動かず動きそうな気配もなかった。快晴と意気込んで来たが、思うように行かないのが自然の常、そうこう考えていると小矢部からの男性3人が登ってこられた。少し歓談して彼らに頂上を譲り11:55下山することにした。
焼岳の大きく厳しい姿が圧巻だった うららかな春に包まれる山間の温泉地を見下ろす
下山時は第3展望に登らず、ショートカットして降ると25分間で憮然平に着いた。憮然さんに別れを告げ、無雪登山道を降り、杉林を抜け、林道造成工事の現場から直接駐車場に降り、13:05マイカーに戻った。
あとのお楽しみは地元温泉に入湯すること、うららかな陽光を肩に受けぶらぶら散策しながら歩いて昔ばなしの里(500−)に着くと、「二つとも貸し切りで、30分間待って下さい」と言われた。ばかばかしくなり辞退して、荒神の湯で汗を流すことにした。
今日は私たちにとってあまり巡り合わせの良くない日だったのだろう、山行は物足りなさを感じ、達成感もなく、いま一つ感動もなく、味気なさだけが残った。
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横岳(1623m)
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2008.4.5(土)晴れ 残雪期限定の山で、しかもお天気が良好とくれば雄大な景色が見たくなる。その条件を両方満たす横岳に登ってきた。
一番の心配はどこまで車が入れるかということだ。神岡町跡津川まで、それとも佐古まで?予想がつかないので、長距離の林道歩きを想定して、5:00に家を出発した。
41号線を走り、跡津川橋を渡り、左折して大多和に向かった。道路は思った以上に狭まかったが、神岡町跡津川まではそれなりに行けた。しかしその後すぐに通行止めの案内板とバリケードスタンドが2つ並んで置かれていた。まだ佐古までかなりあるはず、自己責任として1つ退かして中に入った。極狭の道となり心細い限り、カモシカが出てくるやら、谷側は川底まで深い崖になっているやら、小落石が転がるやらと、運転に神経をすりへらしながらゆっくり走行した。くねくねと曲がりながら行くと佐古に着き、廃屋のような建物を見送りながら尚も進むと、鉄製ゲートが設置され通行止めになっていた。
ゲート前に車を止め、絶域に来たような暗い気持ちで無口に身支度を整えた。山側にはヘァーピンカーブから続く林道が見え、6:45崖斜面を登り林道に立った。
佐古の先にあるゲートが行き止まり 佐古、大多和中間地、祠のある支尾根に取りつく
林道にはぎっしり積雪があり、スノーシュウの足跡が残っていた。「だれか近日登ったんだね」とそれを踏みながら歩いたが、途中でTはスノーシュウ、Mはカンジキを履き、効率を上げ林道を歩き続けた。ヘァーピンカーブを過ぎ、左に谷を見ながらここから尾根に取り付く。スノーシュウの足跡は大多和に向かっていた。
7:30登り口にある祠に安全登山の祈願をして支尾根を登り出した。穏やかなまっさらな雪斜面は登り易く、明るい林で心も解放され快いものだった。だんだん急斜面になり北に方向を変え尾根に入った。もうそろそろ大多和から登る足跡に出会ってもいいものだがと思ったが形跡はなく断念したのだろ、斜面は美しく滑らかで少しの凸凹もなかった。尾根上のシンボルともいえる大木が現れ、感嘆の声を上げる。朽ちた枝を雪上に落とし哀れだったが、まだ悠然と立ち尽くして風格があった。
支尾根を登る 取捨選択して樹齢を重ねる大木
P1047を下り、GPSに誘導され急斜を登ると林相は一変し白樺林となり、青空にすらりと幹を天に伸ばし、雪と相まって明るい白い林だった。右の谷に近づき二重山稜を行くとブナ林となり時折巨木のブナも見受けられた。次第に細いブナに変わり登りつめると稜線に出た。
標高1150mあたりから白樺林が広がる 稜線に出ると白銀の山々が見渡せ心が浮き立つ
「これは何だ!素晴らしい!」白雪で覆われた山々が目に飛びこみ、息をのむ美しさだ。「来てよかったね」「美しすぎる」と二人で心から共感しあった。緩やかな稜線歩きは心も躍り、笠ヶ岳や北ノ俣が白く雄大に並び、目を虜にした。
純白の山々に魅了される 稜線が長く感じられた(右奥は天蓋山)
この時期一級の山だろう 雪原の横岳頂上
素晴らしい展望を眼にすると頂上も近いと錯覚するが稜線歩きは延々と続き、非常に長く感じられた。最後の急斜面を乗り越え、なだらかになると雪原になり、10:20頂上に着いた。
正面には薬師岳が大きく聳え、その右には北ノ俣、その横には黒部五郎、少し離れて笠ヶ岳が望めた。左に目を向ければ西笠山、東笠山が白く際立ち美しい。その間には剱岳や立山、鍬崎山などが見渡せ、雪質、雪量、天気など横岳登行の最適日に登れた喜びに満足した。
頂上は風が吹き非常に寒い。Tが二人用の竪穴を掘ってくれ、その中に入り、薬師岳を眺めながら、ランチタイムをたのしんだ。居心地は良く1時間以上いたが、お酒を飲まないMは寒くなり、まだまだ居たいTを急き立て11:30下山開始とした。
西笠山、東笠山を背景に 雄大な薬師岳を背景に
降り時には雪も緩み、あんなに長いと感じた稜線もあっという間に降り、白樺林を過ぎ、支尾根入口に付けた赤テープを外し、12:50祠のある登山口にあっけないほど早く戻った。
林道の脇には雪解け一番のフキノトウが顔を出ていて、二人で摘みお土産にした。「今の時期、一級の山だったね」と賛辞すると、Tは「人はいろいろ旅に出て、名所旧跡、景勝地に出かけるけど、自分にとって稜線に出てぱっと広がった山の白さと美しさは、こんなに近くにいながら勝るとも劣らない感動の風景だった。」と語り、二人で称賛しながら林道を歩き13:20車のあるゲートに戻った。
山登りはすんなり終わったが、不安がある。横岳の一番のネックは林道だろう。車一台がやっとという狭さ、もし対向車が来たらすれ違うことができない。せめて跡津川まではあいたくないと願い、車を運転した。幸い猿には出会ったが対向車にあうことはなく、それどころか今日は人っ子一人出会わなかった。
41号線に出たら現代社会に戻ったような空間と時間の流れを感じた。車は快適に高速回転し、お陽さまはまだ天上にいる。春日温泉ウィンデー(600−)でゆっくり汗を流し、おもむろに家路についた。八尾からは剱、立山、薬師が純白に輝き大きく見える。うららかな春と言うより、陽光は漲りぎらぎら照りつける太陽はまだまだ空高く、初夏をおもさせた。まるで横岳に居たことが幻で夢の中の出来事のように思われてならなかった。
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マルツンボリ山(1235.8m)
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2008.3.30(日)晴れのち小雨
先週白鳥山に登った時、思った以上に雪が締まっていた。この分ではマルツンボリ山にも登れるのではないかと、長年持ち越していた計画を決行した。
6:00家を出発して一般道を走り五箇山に向かった。五箇山トンネルを抜けると先も見えない濃霧に面食らったが、山を下り上梨に着くと霧は消え一安心した。
橋を渡り五箇山荘を過ぎ、人形山登山口手前の羽馬家前駐車場に車を停め、準備を整えた。今日の天気予報は午後から雨ということを肝に銘じ、正面の高場にある小屋に向け切られた小道を7:30直登した。
小屋前に着き少し行くと森林浴コース道に出た。少しだけでも遊歩道が利用できるかと期待したが違った方向に向かっていて、すぐに尾根に取り付き杉林の急斜を藪漕ぎしながら登り進んだ。こんな急斜で林業を営んでおられるのか、間伐や枝うちがされ、その御苦労を思いつつ、足場の悪い斜面に転がる丸太を乗り越えたり、避けたりしながら懸命に登り続けた。標高520m辺りから残雪が見られるようになり、雪を拾いながら谷にぶつかる標高570mに着き、ここに目印の赤紐を枝に取り付け、方向を右に取った。
取り付き尾根を登る 800mあたりの立派な杉林
谷を左に見ながら少し登ると積雪もしっかりあり、ここでTはスノーシュウにMはカンジキを履き、疎林を登り行くと目印のリボンが木に巻かれ、応援を受けているようで元気も出た。
標高670mあたりで林道に飛び出し驚いたが、尚直進して昨日降った新雪を踏みしめ真っ白な美しい急斜面を登った。谷も埋もれ緩い斜面になると太い杉が整然と林立して、その昔こんなところまで作業に登られたのは大変だったろうと感心したり、自然林の樹木を見上げれば霧氷が付き、その清々しさにも目をうばわれたりした。
繊細な霧氷が清々しい 正面にマルツンボリ山を見ながら稜線を行く
P987の南側をトラバースして、P928に繋がる細尾根に入りたかったが、杉林に阻まれGPSが衛星を捕えずルートを外し、時間を大きくロスしてしまい、頂上まで行けるかと不安を感じた。樹幹や枝の隙間から空が見えるところを探し、GPSを頼るとなんとか方向が判り脱出し、目印の赤ペンキが目に入った。赤いペンキに導かれ細尾根を行くと10:10にP928に着いた。
距離にしてここが半分と言うところだろうか、視界が広がり解放感がある。直角に方向を変え南に進路をとり、正面にマルツンボリ山を見ながらロス分を埋めようと意気込んで歩き続けた。左カンジキがゆるんで、おかしいと思いつつ歩き続けると突然足が抜けた。見てみると前太ベルトが切れて用を足さない。幸い太いビニール紐を二重に巻き補修して、休む間もなく飴を口に入れ先を急いだ。
新雪に覆われた山は美しい 3/8に登った大滝山を懐かしく望む
大きく降るとまた林道に出て、一体どこまで林道が付くのだろうと半ば呆れてしまった。Tの力強いステップを踏み急斜を登ると平坦な稜線歩きになり心にも余裕がもてたが、Tにはどんどん離され疲れが出てきて長く感じられた。美林のブナ林に変わり、目の前に深緑色の杉林に包まれたマルツンボリ山が迫った。あと一登りと気持ちを奮い立たせTを追ったが、今度は右カンジキから足が抜けた。「またカンジキ壊れた」と大声を出しTに知らせ、調べてみると返しリングから小ベルトが抜け外れていた。胸を撫で下ろし、Tに「先に行って」と叫び修復して、灌木の斜面をマイペースで登り終えると平坦になり、トレースを追うと12:05頂上に着いた。
大笠山や笈ヶ岳か ご難続きだったが、やっと頂上に着いた
頂上で憩う 頂上からの春木山と奥は人形山
Tはベンチを作って休んでいた。GPSで三角点を探し3mまで迫ったが、ぐるぐる回っても0mにはならなかった。灰色の空に春木山は見えるが、三ヶ辻や人形山は雲に隠れ見えない。それでも人形山への尾根が真横から眺められ興味深く見入り、マルツンボリ山に登れた喜びがひたひたと沸いていた。湯を沸かしカップ麺を食べ、コーヒーを飲んでいるとカザハナのような雪が舞って来た。午後から雨の予報は当たっている。帰り支度をして12:45下山開始とした。
御世仏山を見下ろし降る ヒゲなど出て見苦しいが赤は登り、紫は降り
柔らかい新雪を駆け下ると、カンジキに雪が付着して重く厄介だったが、P928の登りやP987の登りをこなし、雨に遭わないよう懸命に降った。登山時にカンジキを履いた場所まで来ると小雨に変わった。此処でカンジキ、スノーシューを脱ぎ、雨具を着て、足場の悪い急斜の尾根を注意深く降り、15:30羽馬家前駐車場に戻った。
大した雨にも遭わず、念願ルートからのマルツンボリ山にも登頂出来、貸し切りの山行は二人にとって大満足に終わった。これもGPSのお陰だろう。
すぐに温泉に入れるのは嬉しい。けだるさを感じつつ五箇山荘の湯船に身体を沈めて、ゆったり時間を過ごす。身体も温まりさっぱりとして、帰路についた。
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白鳥山(1286.9m)
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2008.3.22(土)快晴
全国的な好天に誘われて、Tの要望で白鳥山に登ってきた。今回のルートは上路の十二社神社から取付く北西尾根を登り、山姥ノ洞のあるシナ谷を挟み、正面尾根に降るルートだ。
家を5:30出発して、一部高速を利用して上路に着いたのが7:15で、正面尾根取り付地まで様子を見にいったが車は無く今日は私たちだけのようだ。
寂しい気分で十二社神社まで戻り、駐車場に車を止め身支度をしていたら、向かいの家の老主人が物珍しそうに話しかけて来て下さった。
7:30神社の参道を歩きだす。神社で無事下山を祈願して拝礼し、裏林を行くと結構雪が沈みスノーシューを履いた。左側寄りに行くとまっすぐな道路が延びていて、雪を拾いながら歩を進めると 末端尾根にぶつかった。
見上げる急斜面には何時のものか浅くステップが残り、それを踏みながら尾根に立った。少しの藪漕ぎをすると積雪も十分になり、スキーの滑降跡などが見られかなりの人気度がうかがえた。
この時期ではザラメ雪がカチカチに凍った状態で、等高線でうかがうよりはるかにきつい傾斜を滑落しないよう神経を使い、つま先を立てての登行を余儀なくされ、ふくらはぎがピーンと張り、鍛えの無いわが身にとってはきついものだった。
P881に向かう カチカチの雪は登り辛い
それでも、順調にP621を過ぎ、P881への登りに差し掛かる。ルート一番の勾配とカチカチ雪で不安はあったが、慎重に登り続けると次第に傾斜は緩み、対岸稜線奥に白鳥小屋が小さく見えてきた。緊張が解けるとゲレンデのような開放感のある場所に出て、「下の一番の勾配もそうだけど、疎林で山スキーの人には応えられない良いところだね」と、Tと同感しあった。
9:40P881の稜線に着いた。360度の展望で正面には、海から大鷲山、焼山と続く稜線や、黒菱山から大地山に繋がる稜線、大地山から初雪山に繋がる稜線が白く輝き、左に目を移せば、棚田のような稜線ピークが階段のように高度を上げながら白鳥山へと連ねていた。
白鳥山へ棚田のような階段が 春の使者マンサク
まだまだ遠い、一休みして頂上へと向かう。シナ谷側の残雪には雪崩を起こしそうな亀裂が入り、その内に入り込まないよう注意をしながらマイペースでTを追った。緩斜の割には足が重く思うほど速度は上がらず、元気なTにどんどん離された。風も吹き寒く、気持ちも萎えるが、休まず懸命に登り続けた。所々のピークでTは立ち止まり、風を避け何回も待っていてくれた。
この稜線は2002.2に登ったことがあるが、こんなにきつかったかなと思い出していると、次第に風も止み、前方を歩くTが「おお初雪山」と大声で叫んだ。さっきから見えているのになんと大袈裟だろうと呆れていると、稜線が合流するあたりで大きく壮麗な初雪山が目に飛び込み、「わぁ凄い、綺麗」と魅了された。
もうゆるやかな丘になり、白鳥小屋はだんだん大きく見え、Tがもう着いている。今日は私たちだけと思い込んでいると驚いたことに正面尾根から山スキーの単独男性も着かれ、Mも11:00白鳥小屋に着いた。
登り来た右尾根をバックに 白鳥山が近づく
スノーシューを脱ぎ、小屋正面の2階の窓から中に入れてもらう。暖かい日差しの頂上もいいが、やっぱり屋内でゆっくり食べるランチは心を解き放つ。男性は上越の方だったが、小屋には入って来られなく、すぐに下山されたようだった。
栂海新道と犬ヶ岳 初雪山と剱岳
その後、東京からの二人男性、単独男性いずれも山スーキーヤーが集い、今日の白鳥山は6人のものだった。ゆっくり休憩して、12:30下山開始とした。
下山ルートは正面尾根を下る。トレースも無く不安もあったが、たっぷりの時間とお天気が良いので、GPSの誘導と2006.3の記憶を頼りに降るつもりだった。私たちの下山と同時に東京からの二人組山スーキーヤが滑降されて行き、そのあとを追った。鳥居杉を見ながら降って行ったまでは良かったが、途中で複雑な地形の谷を巻くように行くとスキー滑降跡がありそれを辿った。
穏やかな海を眺めながら小屋を後にする 白鳥山を振り返る
シナ谷と湯ノ谷に挟まれた尾根入り口まではまだ距離があるとGPSを見なかったのが間違いだった。なんとスキー跡は1017mから一ノ谷に滑りこんでいた。GPSでウエイポイントを入れてみるがN位置が違っていたのか、明らかに違った尾根に入り込み、急降を下っていた。こんなところでは無かった、こんな感じでは無かったと記憶をたどりつつ、谷に挟まれた尾根では軌道修正は出来なかった。GPSによればかなり東に寄っていることが判った。左の谷が消える場所まで降り、危険な急斜面を登り、危険な急斜面をトラバースして、やっとの想いで意中の尾根にたどり着いた時は、「これで家に帰れる」とやっと生きた心地がした。
やっと意中の尾根に戻って一安心 大きく東に反れた軌跡
その後も何度も何度もGPSを出しては方向を確認し、地図を見ては安心して降った。P631当たりの尾根上はもう雪が解け藪になっていてスノーシューを脱ぎ、15:45林道に出てようやく緊張は解け危険な大冒険の山行は終わった。
16:00車に戻ると、朝話しかけて下さった老ご主人が家前の雪掻きをして、私たちの帰りを心配して待っていて下さったようだ。降り時間は登り時間と同じ3時間30分も費やしたことになる。
今回の山行ではGPSの有難味がよくわかった。ただ方位を見るのには高度計よりコンパスの方が正確だと思い知らされた。なにはともあれ無事下山出来たことが幸いだった。
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長倉山(1660.6m)
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2008.3.16(日)曇りのち晴れ
A氏リーダーで会山行の長倉山にMだけ参加して登って来た。
今日のメンバーは18名で、高岡Pを6:00に出発し、昨日、刈安から倉見まで通行可となって津幡間が全面開通した国道8号線を初走行して、快く一里野スキー場へと向かった。
8:00に一里野スキー場駐車場に着くと、もう満車状態で多くのボーダーやスキーヤーがつめかけ賑わっていた。広いゲレンデは櫛目模様で万全に整斉され、白銀が青空に映え期待通りのお天気に胸も大きく膨らんだ。
身支度を整え、H氏の留守を除き17名はゴンドラ(500−)チケットを買い、標高差500m弱を軽々とゴンドラに持ち上げてもらい、8:30頂上駅に立った。
一里野スキー場ゴンドラ乗り場に向かう 加賀新道登山口前の林道を行く
今日は山スキーが3人、ボードが1人、スノーシュー、カンジキが13名で、グループを二手に分け、出発することになった。
8:40準備を整え、山スキーの3人を先頭に、歩き(くだり)出した。雪は締まり歩き易く沈まない。一度降ってから登り返すと9:00林道に出て加賀新道の登山口だった。
本来ならばここを登るのだが、アップダウンを嫌い左方向に林道を進み、直角に曲がる林道地点から谷に入り、檜倉の次のピークにダイレクトに登った。
このあたりから風が出て、雲行きがあやしくなり、灰色の空が覆いかぶさった。「こんなはずではなかったのに」と水墨画のような白山釈迦岳から延びる七倉山をさびしく望んだ。
しばし休憩して、しかり場分岐へと急斜を登り返す。このあたりには巨木のブナが多く見られ、その堂々とした姿に見とれてしまった。見晴らしの効く1250mの尾根にでると、白く輝く大笠山や笈ヶ岳が美しく細部まで良く見通せ、冬瓜山やシリタカヤマなど興味深く懐かしく見入った。
中央左には大笠山、右には笈ヶ岳が美しい
やがて高度を上げると疎林になり、樺などの木が点在し雰囲気も雪山らしく、谷を隔て檜新宮参道が湾曲しながら繋がって、しかり場が近いことを思わせた。
しかり場に至る登りでは風が吹き上げ、寒さも感じられどうなるここかと心配したが、登りつめると無風となり、10:50分岐の高台に着いた。
分岐直下を登る 垂直の雪壁が行くを阻む
「なんと素晴らしい風景か、何という遥かなる遠いき道のりだろう」唖然とした。白山がピカピカ光って見える。手前には細尾根を連ねてこぶのような山容の長倉山が見えた。
次々に着く女性メンバーたちが「もうここで十分満足」と尻込みする。A氏に頼まれ偵察に行くことになった。少し降って調べると、コルからの登りが垂直な雪壁になっていて、ピッケルアイゼンが必要だ。しかも雪庇の付く細尾根は両脇が深く谷に沈みこんでいて、いかにも立ち入れない。「これは危険」と引き返し、A氏に×と合図を送り、今日はここまでと相成った。
長倉山と四塚山を経て白山に至る加賀禅定道
先着のスキー組がテーブルを掘って下さり、一同円陣に座り楽しい宴会となった。たくさんの御馳走が飛び交い、会話も弾む。十分に心身とも癒された後、帰り仕度が始まった。スキー組は檜新宮参道に滑降し、私たちはピストンで来た道を戻ることに決め、後から着かれた大阪からの10人位のパーティーに頂上を譲り、12:10下山開始とした。
楽しく賑やかなランチタイム Kさん神奈川に帰っても富山のこと忘れないで
スキー組は檜新宮参道に滑降 白山をバックに
下山時では、時折尻セードを楽しみながら童心に戻り、雪山ならではの解放感にはしゃいだ。13:10加賀新道の登山口に戻り、皆が揃うのを待ち、小さく赤い屋根が見える山頂駅へと降った。
巨木のブナが多くみられた なっと言っても下りは尻セード
途中には老若男女(60代〜8才)40人位がカンジキを履き、自然の観察体験を楽しまれていて、その様子を微笑ましく見ながら、雪道を譲った。
13:35山頂駅につき、下山のコースを中級ゲレンデと決め、遠慮しながら邪魔にならないよう端を歩き、最後にはショートカットで急斜面を滑落しないように慎重に、かつスピードが殺せないほどの興奮を伴いながら大胆に尻シェードで滑り降り、14:20駐車場に戻った。山スキー組はもう着替えを済ませ、N氏は再度ゴンドラに乗り、一滑りに出かけられていた。
満足顔の一同が揃ったところで、下山後のお楽しみはなんと言っても温泉だろう。国民宿舎白山一里野荘(400−)のまろやかな湯に浸り、疲れと汗を流しさっぱりとして、帰高の途についた。
久しぶりの岳友との山登りは楽しいもので、大いに食べ、大いにしゃべった、大満足の一日だった。これも皆様のお陰、A氏のお陰、心から感謝したい。
また、加賀禅定道は18kmと長い道のりだが、加賀側からの表参道として栄えた歴史のある修験の道、何時かは避難小屋に泊って、ぜひ御前峰まで行きたいものだと希望が大きく膨らんだ。
■2008山行記録■
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