ミニ語録
このページでは、日頃の悩みや思いつきを気ままに綴ってみました。
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(笑)
● .谷口原稿 ..1.「場所」と「ところ」 一般に、日本語話者にとって場所を表す日本語として真っ先に思い浮かぶ語としては、「場所」と「ところ」があげられるであろう。そこでここでは、これら両語の意味・用法について、いくつかの観点から比較分析してみたい。これらの語の表す意味については、従来の研究や国語辞典などにすでに詳細な記述がみられるが、それらの成果をふまえ、ここでは、その主な観点として「場所」「時間」「その他」の点から考察してみたい。 ...1.場所の概念 まず、これら2語に関わる最も基本的な意味概念として、物理的な場所を表すかどうかという点について考えてみたい。たとえば「場所」という語は、 ()あすのパーティーの場所はどこですか? のように、問題なく物理的な場所を表すことができる。同様に「ところ」という語も、 ()この町はいいところですね。 のように、問題なく物理的な場所を表すことができる。 次に、このような物理的な場所を表す「場所」と「ところ」の使い分けについて考えてみたい。上の例文()()において、「場所」「ところ」の置き換えを試みてみると、()については、「ところ」の代わりに「場所」を用いて、 ()この町はいい場所ですね。 と言うことも可能であるが、逆に()の「場所」の代わりに「ところ」を用いて、 ()?あすのパーティーのところはどこですか? とすると、不自然な日本語となってしまう。同じように、 ()あすの会議の場所を教えて下さい。 ()この新興団地は、場所はいいが、買い物に不便だ。 のような「場所」の文を、「ところ」に変えると、 ()?あすの会議のところを教えて下さい。 ()?この新興団地は、ところはいいが、買い物に不便だ。 のように、不自然な文となる。しかし、次のように修飾語句をつけると「ところ」でも可能となる。 ()あすパーティーがあるところはどこですか? ()あす会議の開かれるところを教えて下さい。 ()この新興団地は、いいところだが、買い物に不便だ。 一方、「場所」は、上のような修飾語句のついた文においても、 ()あすパーティーがある場所はどこですか? ()あす会議の開かれる場所を教えて下さい。 ()この新興団地は、いい場所だが、買い物に不便だ。 のように、自然さを保っている。このようにみてくると、一応「場所」も「ところ」も物理的な場所を表し得るといえるが、「ところ」の場合は、単独語としてはやや難しく、何らかの修飾語句が付くという制約があるといえる。 以上のことから、これら2語について、純粋に物理的な場所を表す汎用度を単純に序列するとすれば、場所>ところ、の順になると思われる。 ...2.時間の概念 次に、「場所」「ところ」の2語における時間的な意味・用法についてみていきたい。まず「ところ」は、 ()弟はいま部屋で勉強しているところだ。 ()いまちょうど帰ったところだ。 ()これから出かけるところだ。 のように、時間をあらわす表現が非常に多様である(注:「ところ」はこの他にも「(〜した)ところで」「(〜した)ところが」「(〜した)ところに」のように、格助詞と結合して別のはたらきをするものもあるが、本稿ではこれらは考察の対象としない)。これに対し、「場所」は、 ()* 弟はいま部屋で勉強している場所だ。 ()* いまちょうど帰った場所だ。 ()* これから出かける場所だ。 のように、「ところ」に代わることはできず、また、その他の表現、語句もちょっと思い浮かばない。 また、さらに言えば、「ところ」には、時間の用法がさらに発展したものとして、次のように場面や状況を表す用法も存在する。 ()せっかくお越しのところ、主人が不在で申し訳ありません。 ()君、ちょうどいいところへ来たねえ! このほかにも、「ところ」には、次のような、当然の状況や限界点を表すと思われる用法がある。 ()本来なら社長がごあいさつい伺うところですが、出張中につき、私が代わりに参りました。 ()その投手は、7回まで投げたところで降板した。 これらの場合も、「場所」は、こうした意味を表わすのは難しいようである。 以上の観察から、時間に関わる意味・用法の可能性について、両語の序列をつけるとすれば、先とは逆に、ところ>場所、の順になると思われる。 ...3.その他 最後に、その他の各語における独自の用法をあげておくと、「場所」には、 ()初場所 夏場所 秋場所… のように大相撲の大会を表す特殊な用法があることはよく知られている。また、「ところ」には、これまでみた用法のほかに、 ()駅のところで待っているよ。 のように、漠然とした近くの場所を表す用法や、 ()そこがあいつの憎めないところだ。 のように、要素を表す場合、さらに、 ()医者に行ったところ、はしかと診断された。 のように「〜てみたら」と同義の用法もある。 以上、「場所」「ところ」の2語の意味・用法について概観したが、最後に、日本語学習者にみられる誤用に関してひとつだけ言及しておくと、学習はときおり、次のように「場所」と「ところ」の使い分けが適切にできない場合があるようである。 ()A:それではあした9時に会いましょう。 B:はい。あのう、ところはどこですか? この場合、Bは「ところ」の代わりに「場所」を用いるべきであるが、日本語教育では「場所」よりも「ところ」の方が早く導入されるせいか、往々にして学習者は「ところ」で代用しがちである。 ..2.「だけ」と「ぶん」 ...共通点 次に、使い分けの難しい日本語の類義語の2つ目として、「だけ(丈)と「ぶん(分)」について考えてみたい。まず、両語について、その中心的な意味を『岩波国語辞典(第三版)』で調べてみると、「だけ」については、「程度・範囲の限界を示す」(p.)、また、「ぶん」については、「別々にしてくぎりをつける」あるいは「全体から分けて考えられるもの」(p.)といった規定がなされている。(注1:また、「たけ」の由来については「名詞『たけ(丈)』の転」との記述もみられる。) このように、両語の基本的な意味は全く同一であるとはいえないかもしれないが、両者ともに、ある事柄の違いによって、それに関連する結果的事象に違いが生じる、という意味を表わす点において、共通性を帯びていると思われる。実際の日本語文においても、以下のように、両者は言い換えが可能な場合もかなりみられる。 ()彼はスタートに出遅れただけ、後手に回ってしまった。 ()彼はスタートに出遅れた分、後手に回ってしまった。 ()誰でも苦労しただけ、喜びも大きいものだ。 ()誰でも苦労した分、喜びも大きいものだ。 これらは、若干のニュアンスの差が感じられるものの、両者ともに、文法的には問題なく、意味的にもそれほどの違いは感じられない。更に、これらは、「それだけ」「その分」のように指示詞と結合して接続詞的に機能する点でも共通している。例えば、()の文は、次のように言い換えることもできる。 ()彼はスタートに出遅れた。それだけ後手に回ってしまった。 ()彼はスタートに出遅れた。その分後手に回ってしまった。 このように、「だけ」「ぶん」の2語は、ある程度の意味的、機能的な平行性を持っているといってよいであろう。 ...相違点 以上、「だけ」「ぶん」の共通性について考察したが、それでは、これらは常に言い換え可能かといえば、そうとはいえず、いくつかの異なった意味・機能も持っている。 第一に、次のように、「ぶん」はある名詞を受けて、代名詞的にふるまうことができるが、このような場合には、「ぶん」を「だけ」に置き換えることはできない。 ()このケーキはお兄さんの分だから、食べてはいけないよ。 ()このケーキはお兄さんのだけだから、食べてはいけないよ。 ()きのうお届けした分は、もうお支払いいただいております。(運送業者) ()きのうお届けしただけは、もうお支払いいただいております。(運送業者) ()これからご注文いただく分の配達は明日以降になります。(デパートで) ()これからご注文いただくだけの配達は明日以降になります。(デパートで) これは意味的な問題というより、本来、「分」は名詞として、「だけ」は副助詞としての性質を有していることに起因するものと思われる。 第二に、それと関連する現象であるが、「だけ」と「ぶん」は結合して一語のようにふるまうことができるが、その順序は「ぶん+だけ」に限られ、その逆の「だけ+ぶん」となることはできない。 ()彼はスタートに出遅れた分だけ、後手に回ってしまった。 ()*彼はスタートに出遅れただけ分、後手に回ってしまった。 ()誰でも苦労した分だけ、喜びも大きいものだ。 ()*誰でも苦労しただけ分、喜びも大きいものだ。 ()()のような「分だけ」という語句では、意味的には「だけ」よりも「分」に重心が置かれているものと思われる。 これらの ()働いた時間だけ、報酬をもらう。 ()*働いた時間ぶん、報酬をもらう。 今月は新しいテレビを買っただけ、出費がかさんだ。 今月は新しいテレビを買った分、出費がかさんだ。 ..注 1.「ところ」の意味用法についていくつかの国語辞典をみてみると、特に最近の辞書(例えば『明鏡国語辞典』)においては、その説明が詳細になされており、日本語学習者への配慮がみられる。 ..参考文献 『明鏡国語辞典』北原保雄編、2003、大修館書店 『岩波国語辞典第三版』西尾実他編、1984、岩波書店 『日本語教育事典』日本語教育学会編、1982 ..メモ ...ところ【所(処)】 一.[名] @《連体修飾句を受けて》 物が置かれたり事が行われたりする、具体的な場所。「ピアノを置く〜」 A《「…の〜」の形で》 ア.《基準となる人を受けて》 その人が住んだり所属したりしている場所。「伯父の〜に下宿する」 イ.《基準となる人を受けて》 その物のすぐ近く。…のそば。「電柱の〜に犬がいる」 ウ.物の部分を場所としていう。…の箇所。「肩のすぐ下の〜が痛い」 B《「…の〜」の形で、体言を修飾して》 (※文語なので省略:谷口) C《多く、固定的な言い回しで》ある<抽象的な>場所。特に、それぞれにふさわしい場所。また、物語の舞台となる場所。「天候は〜によって異なる」「〜狭しと暴れる」 D《連体修飾句を受け、抽象的な事柄に使って》問題となるその部分や側面。点。「そこが彼の偉い〜だ」 E《連体修飾句を受け、時間的位置を規定する》そのような場面・状況・事態・場合などの意。「家を出る〜を見た」「ちょうどいい〜に来た」 ア.《「今[今日]の〜」「この〜」などの形で》今の時点を中心とした一定の時間。「今日の〜はこれで終わりだ」 イ.《「早い〜」の形で、副詞的に》早いうちに。早いとこ。「用事は早い〜済ませてしまおう」 ウ.《…(ようと)する〜だ》「…ている〜だ」「…(てしまっ)た〜だ」などの形で、現在または現在に近い過去を表す語を伴って》動作が、直前・最中・直後にある意を表す。「今手紙を書いている〜だ」 F《数量・程度・範囲などを表す連体修飾句を受けて》おおよその程度や漠然とした範囲を表す。「大体の〜はわかった」 G《連体修飾句を受けて》 ア.その語句の表す事柄の内容の意。「それこそ私の望む〜だ」「聞く〜によるとこうだ」 イ.《「AのBする〜となる」の形で》(※省略) ウ.《「…〜の」の形で、下の体言に続けて》上の語句が連体修飾語であることを明示する。「彼らが信ずる〜の神」 H《「…〜から」の形で、活用語の連体形を受けて》物事の原因や契機、出自や来歴などの事情を表す。…ことから。「病気がちな〜から欠席が多い」 I《「…〜」の形で、完了の助動詞「た」を受けて》次に続く事柄のきっかけを表す。「お願いした〜が、断られた」 二.(造) @《「どころ」の形で》 ア.それにふさわしい場所やもの。「身の置き〜もない」「見〜がある」 イ.それを行う場所やもの。「打ち〜が悪い」「とらえ〜がない」 ウ.それがとれる場所。「米〜・茶〜」 エ.それを供える場所。「お食事〜・そば〜」 A場所を数える語。「ひと〜」 B[古風な言い方で]貴人を数える語(※省略) (『明鏡国語辞典』北原保雄編、2003、大修館書店、p.1175-1176) ...ばしょ【場所】[名] @何かが行われたり存在したりする所。「約束の〜に集合する」 A人がいる所。「〜が悪くて舞台が見にくい」 B大相撲の興行をする所。また、その興行の期間。「本〜・初〜」 (『明鏡国語辞典』北原保雄編、2003、大修館書店、p.1323) ...だけ【丈】[副助] @程度・範囲の限界を示す。「できる〜努力する」 ▽名詞「たけ(丈)」の転。 A<「〜に」「〜ある」の形で>その事柄・身分に相応する意を表す。「苦労した〜に経験を積んでいる」 B<「〜に」の形で>……だから、なおさら。「予想しなかった〜に喜びも大きい」 (『岩波国語辞典第三版』西尾実他編、1984、岩波書店、p.670) ...ぶん【分】 @別々にして、くぎりをつける。また、くぎりがつく。「分割」「分裂」 Aある単位より更に細かく分けた値を表す時に添える語。「五分五分」 B全体から分けて考えられるもの。「ふえた分は貯金する」 C分けて割り振られたもの。「取り分」 Dそうある状態。「気分」 E何かに対して占める分量。「分が悪い」 Fその物事がそうある様子・程度。「この分ならもう心配はいらない」 (『岩波国語辞典第三版』西尾実他編、1984、岩波書店、p.979) ...日本語初歩 (「ところ」の扱い) 「ジョンさん、どこへ行きますか。」 「ともだちの ところへ 行きます」(p.84、第11課) (「場所」はなし?) ...ところ(接続助詞) 前に述べてある事柄を、後で述べる事柄と、きっかけや前置きや時間的先後といった関係でつなぐ。「ちょっと見たところ、よさそうにみえた」「ひどく苦しんでいたところ、彼が助けてくれた」などがこれである。(『日本語教育事典』日本語教育学会編、1982、p.403) ...だけ(副助詞) (1)ある事物を限定的に取り立てる。これには程度や範囲や数量などの限定がある。また、それに限定することによって、それを最低線として示す。「1,000円だけある」「これだけがぼくの取り分です」 (2)「勉強すればするだけ成績が上がる」「練習しただけうまくなった」 (3)順当ならばそれに応じて起こると予想される事象と反対の事象が生じる場合のきっかけとなる事柄を限定的に示す。「いつもは体が丈夫なだけ、一度病気になったら危険だ」(『日本語教育事典』日本語教育学会編、1982、p.408) ●日本人らしいエピソード これはひろさちや氏の本で読んだものだが、私の大好きな話なので備忘録に書き留めておこう。 ある日本人観光客のグループがインドかどこかの国を訪れた際、帰る前に現地で自由に買い物をしたそうだ。その時、ある日本人がある店できれいなじゅうたんを見つけ、その店主と価格交渉をした末、その品物を買った。ところが、バスに帰ってみると、同じ店で同じものを、もっと安く買った客がいることを知り、あわててそのバスを降りて店に帰り、店主に文句を言ったそうだ。もちろん店主は「あなたはこの値段でいいといったのではないか!」と言い返した。 …その後どうなったかは覚えていないが、その実話はとても日本人の気質を象徴しているように思う。私自身もそうだが、とにかく日本人は他人が気になる、他人と同じでなければ気がすまない、物事の判断基準が他人にある、そんな気がするのだ。最近は少しずつ変わってきているとは思うが、基本的に日本は村社会なのだろう。 それはともかく、私はこの話が大好きだ。よくも悪しくも、これ以上に日本人の国民性をわかりやすく表している話を私は知らない。 ●梅雨入り きょうから梅雨入りだ。きのうまではカラッと晴天だったのに、あっという間に雨空だ。たしか朔太朗か誰かの詩に「きっぱりと冬が来た」という一節があったが、今年のように梅雨もまた「きっぱりと」来ることがあるものだ。 ところで、梅雨は「入って」「明ける」のが一般的な言い方だろう。複合名詞化した「梅雨入り」「梅雨明け」といったことばもよく使われる。「明ける」と言えば、このほかにも「年明け」がある。否、まだあるぞ。「休み明け」「週明け」そして「夜明け」…日本人は「明ける」のが好きなのか。いつの時も「明ける」のを待ち焦がれているのかもしれない。 今年の梅雨入りは6月13日の朝から。これだけはきっぱりと記しておこう。 ●腰痛に思う 最近また腰が痛くなった。はっきりとした痛みではないが、体の芯から鈍い痛みが伝わってくる。このまま一生直らないのだろうか?と不安になり、医者や鍼、マッサージなどに救いを求めてあがいてしまう…こんなことがあるとふと思う。生きているうちは、物やお金、仕事、財産などほしいものだらけだが、反面、人生には「ない」ことの恵みも多いのではないかと… そんなことを考えながら、今の自分の周りを見回してみる。とりあえず、大病がない、歯痛もない、洗い物もない、人間関係のもめごともない… こんなふうに考えると、案外「ない」ことも悪くはないな、と思ったりする。いったい人間の最期には、手にすればよかった後悔と手にしなければよかった後悔のどちらが多いのだろう? ●「コピー型人間」と「カット型人間」 人にはいろいろなタイプがあるが、データの移動に例えると、コピー型の人とカット型の人がいるような気がする。前者はまず現状を維持しながら次に進むタイプ、後者は現状をいったん削除してから次へ進むタイプだ。これは人の性格ともいえるだろうが、私はどちらかといえば、後者型だ。まず切り捨ててから次へ行く、否、切り捨てなければ次へ行けないといったほうがいいかもしれない。 しかし、私の周りには、元を切り捨てずに世の中を歩んで行く人もいる。たしかに、削除するのはいつでもできるのだから、まだ若いうちからあれこれ捨てることはないようにも思えるのだが、多分性分なのだろうか、こればかりはなかなか直らない。我ながら賢くもない損な生き方だな、としみじみ思うこの頃である。
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