遍路 -22  速足夫婦は健脚

6月22日

さ〜て、さ〜て 遍路旅は20日目に入りました。

 昨日は早めに宿に入ったので、今朝は6:40発と早発。雨は
降ってない。
約3km先の42番.仏木寺に向かっていると、向こう側から、
例の速足のご夫婦が戻って来る。聞けば昨夕、門前の民宿で
断られたのはこのご夫婦でやむを得ず、42番の近くまで行って
宿泊し、お参りのため41番に戻る所だと言う。

・・・と言うことは42番に宿はあったのだから、本来は41番の
納経を済ませていた自分が42番まで歩いてそこに泊まり、
このご夫婦を41番に泊めてやれば良かったのだ。
世の中うまく行かないものだ。

 42番からは遍路道で県道をショートカットし、きつい峠道は
トンネルで楽をし、石段を下って住宅地に入り、迷いながら
3時間もかかって11kmを歩き、昼近くに43番.明石寺に着く。

大きな売店がありやっと遍路笠を買い求める。これでやっと
お遍路さんの形に戻る。門前で大師うどん大盛りをいただく。

 この先は何と68kmも札所がない。途中大洲市あたりに泊まる
ことになる。
お大師様が橋の下で寒さに震え、1晩が10夜にも感じて夜を
明かしたと言う十夜ケ橋に泊まりたいとお寺さんに電話すると、
「いいですよ。トイレの隣に通夜堂がありますからそこにどう
ぞ。但し火気厳禁ですから食事は済ませて来て下さい。」と
快諾いただく。ありがたいことだ。

 延々と国道を歩く。鳥坂峠は楽なトンネルをやめて遍路道に
入る。夕方暗くなるころ、大洲市街に入る。
ここで後ろから例の速足夫婦に追いつかれる。なんて速いのだ
ろう。朝には往復で7kmぐらい後ろを歩いていたはずなのに。
 奥さんは「昨晩は予約もせずに宿を断られた。今夜は大洲市
の入り口の宿を予約した」と言い、街に入る。

 きれいな街だ。街の真中に肱川が流れ、両岸には築地塀が
連なり、川岸には何艘もの屋形船が浮かんでいる。
いつか遊びに来たい街だ。街中の洋風レストランで夕食を済ま
せ、さらにコンビニで夜食と明日の朝食用にパンを買い求め、
19:30真っ暗になったころ今夜の宿にの十夜ケ橋の通夜堂に着く。

 弘法大師が寒さに震えて夜を明かしたとの伝説からさみしい
山の中かと思っていたが、来て見ると繁華街ではないものの
国道に面し、人通りも多い賑やかでな所だ。

 通夜堂とは言っても先日の山の中のお寺のそれとは大違いで、
12畳間ぐらタタミ敷きで布団まである。
無人の宿泊所という趣きである。電灯もあったが、あえて
ヘッドランプの明かりで日記を書いているとガラガラっと戸を
あけて若い二人連れが入ってくる。

 内一人は僧形である。衣服の汚れは無く、顔もきれいでお遍路
さんには見えない。「電気を点けろ」と乱暴に言い、コンロを
出して炊事の支度を始める。
 「火気厳禁と言われていたが・・・・」と言ってみると、「そ
んなのは良いんだよ」と意にも介さない。

「お疲れ様でした。今日はどちらか歩かれたのですか?」と声を
かけると「歩くことなんか意味が無い」と言い放つ。「
 もう米はないのか。明日はもっと米を貰うようにせねばな」
なんて言っている所をみるとどうやら托鉢にせ坊主のようだ。
どこの寺に行っても「境内およびその周辺での托鉢行為を禁ずる」
と書いてある。きっとこのような輩がいるからなのだろう。

 夜中になってもマンガ本なんか読んでいるので「明日は早立ち
しますので休ませていただきます」と横になると、やっと電気を
消したが、それからもヘッドランプでマンガを見ていた。
気持ちの悪い人たちだ。貴重品をお腹に抱えて眠る。

 今日は歩きに歩いた。 60,074歩 約46kmか
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