遍路-27  法話に涙

6月27日

さ〜て、さ〜て、さて さて ・・・ 遍路旅も25日めです。

 宿坊の朝は、和尚様のお勤めから始まります。
6:00 本堂に行くと和尚さんの他に、ナガシマ君、千葉の
岸さん、先達の爺さん、高松のご婦人が既に座っている。
やがて読経が始まりおなじみの般若心経は我々も唱和する。
読経は30分程度で終わり、50歳前の若い和尚さんの
法話となる。

 本来は衆生みな平等と言いながら和尚に階級を設けて
いることの矛盾、
 自分はまだまだ修行不足なのに既に弘法大師よりも上の
階級にいる矛盾、
 イラクの戦争を支持しようとする政府に何の抵抗もしようと
しない教団などなどの指摘、
 立派な宿坊をお布施で建てながら団体客がいないと採算が
合わないと宿坊を開けない仲間のお寺への批判などなど・・・・。
 自分は僧の階級の象徴たる袈裟は嫌いで、階級による違いの
ない作務衣で説法すると言う。

 また、数日前には夜中に(以前、重病の老母を背負って
お参りし、病気が回復したのに交通事故でその老母を亡くした)
青年が来て「もう生きていく気がしない」と言うのに
半日付き合って一緒に考えたこと、
 老人ホームに暮らす老婆が「もう先が短かく、ここにいれば
お金はかからないから」と全財産をお寺さんに寄付して子安観音
を建てていること、
 和尚さん自身、彫刻を学び、太平洋戦争の犠牲を弔う
「群像」を製作中で高野山に建立する予定、
 この寺に小僧として来てから25年間、ユンボなどの重機を
操作して自ら参道を作り、大工仕事をして温泉付き宿坊を作り、
どこに遊びに行くでもなく子育てをしたが子供は伸び伸びと
育っている、
 など延々と1時間の法話を聞く。
聞きながら涙が流れるのを抑えきれない。

 朝食は昨晩の小豆玄米ご飯の残りを粥にしたもの、普通の
白米ご飯もあったが、心尽くしの精進料理には玄米粥の方が合う。
お代わりを3回もして平らげる。

 7:40 納経を済ませて出発。昨夕は1時間かけて登った道も
下山はわずかに15分。
そこから町中の道を迷いながら 11:00 国分寺。
小雨の田園の中の国道やら山道やらを迷い迷い食堂は無いかと
探しながら歩き13:00 小さなタコヤキ屋に入る。
 案の定、中は食堂になっており、どんぶり飯とホタルイカの
てんぷらとおでんの遅い昼食とする。
見た目は小汚いが中々おいしい。

 ここでまた道を間違えて現在地不明となる。畑の中に
大工さんの作業場があり、仕事をしていた方に聞いて
やっと現在地を確認する。
街道に出てお店で「牛乳を」と言うと「どうぞ、お接待です」
となってしまいおまけにパンまで貰ってしまう。

 朝は自転車のオバサンに300円、さっきは三芳駅前で
酔っ払いのおじさんに70円、そして今は牛乳.パンと
3回もお接待をいただいてしまった。
 昨晩の宿坊でのお話合いでは東京のフリーライターも千葉の
退職サラリーマンも「そのようなお接待を受けたことがない」
と言っていた。違いは何だろう。

 ひとつは歩く速さ・・・人のいる所ではゆっくり歩き、
必ず挨拶する。

 更に装束と風貌・・・・遍路笠、白衣、白いズボン、金剛杖、
数珠、それに痩せこけて髭ぼうぼうといかにも遍路行者らしく
なってきた。

 それとも単に物欲しそうな顔をしているのか?

15:00 生木地蔵着。まだ早いが、この先には20km以上も宿が
なく、雨が降り続く中での野宿もつらいものがあると、
ご住職にお願いして通夜堂をお借りし今夜の宿とする。
少し戻ってスーパーマーケットでお弁当を買い夕食とする。
お風呂は無いものの畳敷きのきれいな部屋で布団もあり、
ゆっくりと眠る。

 今日は のんびりと わずか 39,341歩 27kmくらい
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