遍路-28 横峰寺 VS 香園寺

6月28日

さ〜て、さ〜て、さて さて ・・・・ 遍路旅も26日と
なりました。

 昨日は楽をしてしまったので、今朝は昨日お接待でいただいた
パンを食べて、4:10 暗い内にヘッドランプを点け、カッパを
着て出発する。
 すきっ腹を抱え、山すそを縫い、田んぼの中、大きな川の
堤防と歩くが中々食堂はない。
国道を横切るときに自動販売機が見え、そこでカロリメイトを
買って飲み、腹の足しとする。
休んでるといつか会ったマツモト某に似た青年が国道を横切って
いくのが見えた。どこか近くで野宿したのだろうか?

 やがて道は横峰寺への登りとなる。このあたり全体は
石鎚山が修験の中心で横峰寺は石鎚神社の山門あるいは
付属物のように感じられ、道標も石鎚山へ何kmというのが
多い。
そんな中でも遍路標識はあり、それによって車道から山道に入る。

 暗い山道を登るとまた車道に出る。東屋があり野宿している
青年に合う。さっきのマツモト君は30分ほど前に行き、
その他に(ナガシマ君らしい)青年が一緒に野宿して
2時間前に登って行ったとのこと。
 当の本人は足が痛いので今日はここでノンビリ休養すると
テントに潜り込んでしまう。

 山道は急になり、ゆっくりゆっくり休みながら登り、
9:00やっと横峰寺着。
やっぱりナガシマ君とマツモト君が休んでいる。
ナガシマ君は札幌在住で自転車で全国を旅行する途中、
徳島に自転車を置き、歩き遍路をしており、途中何度も
山伏さんと同じ場所に泊まったとのことだ。
当然ながら同じようなルートで歩いていれば多少の
速い遅いはあっても「世間は狭いなあ」となる。

 参拝者はそれほどいないのにたくさんの納経帳、
掛け軸、白衣を抱えた人で納経所は混んでいる。
多くの業者が代参し、納経のみしているのだ。
帰りは反対側の山門を経て山道をガタガタガタガタと
ヒザを笑わせながらの下りとなる。モモも痛くなる。

 途中で、おとといの晩に一緒だった千葉の岸さんが
登ってくるのに会う。
 先に61番.香園寺に行き、そこに荷物を置いて
60番.横峰さんに往復するのだとのこと。
いわゆる逆打ちとなるがはるかに楽な日程とはなる。

山道を下りきって61番の奥の院。道場らしき建物に
50人程が集まり、一心不乱に読経している。
何か気持ちが悪い。 
香園寺の本殿はそこから更に車道を3kmも下る。12:10着。

 ここの寺は超近代的?な鉄筋コンクリートの大きな
建物で外見からはお寺とは思えない。
中に入ってさらにビックリ。
階段状に椅子が並び、1000人収容の劇場かコンサートホールの
趣である。あまりアリガタ味はない。

 標高750mの深山の古色蒼然たる横峰寺と平地の
鉄筋コンクリート製コンサートホール調の香園寺の対照が
妙である。
この寺の建築様式も200年後には一般的に寺として受け入れ
られるのであろうか。
お参りと納経を済ませ、街道のラーメンショップで遅い昼食。

 61番から62番、63番と次々と続き、64番.前神寺も街道から
チョッと山に入った所にある。
今日は15:00までに5つもお参りした。
しかしここから次の札所は45kmも先になる。ここに宿はあるが
、それでは明日がつらい。今日中に行ける所まで行かねばと
約18km先の新居浜市のビジネスホテルを予約する。

 歩く、歩く、ひたすら歩く。途中お接待が多い。300円、
オロナミンC、200円、まんじゅう、サンドイッチなどなどを
いただく。
また2回目の昼食に入ったうどん屋では、やまかけうどんを
注文したら「それだけではお腹が空くから」と大盛り肉を
載せてくれた。

物品ではないが、コーヒーショップで談笑中の5名の女子高生は、
立ち上がって「がんばって〜」と手を振ってくれたし、
行き会って立ち止まった老婆は
「今日は良い日だ。お大師様に逢えた」と言って合掌してくれた。

 国道バイパスで新居浜に入る。別子銅山は現在はほとんど
採掘してないが、夕陽の照り返しに浮かぶ赤茶けた山肌が
不気味だ。
それでも精錬は瀬戸内海の離れ島(四阪島)で行ったため
亜硫酸ガスの被害は少なく、足尾のような全山ハゲ山には
なっていない。
 また足尾鉱毒のような深刻な公害も起こしていない。
三井と古河の考え方の違いであろうか。

 帰宅の車で込み合う新居浜市街のバイパスを抜け、途中の
コンビニで夕食用の弁当を買い、すっかり暗くなった
19:40にビジネスホテル着。

今日は何と 71,248歩 約50km 雨の中を歩き、足は
メだらけだが 多くのお接待を受けとても暖かい日だった。
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