遍路-30 漆黒の闇に我子を聞く
6月30日
さ〜て、さ〜て、さて さて ・・・・・ 遍路旅も
28日です。
昨晩は、納経所での交渉不成立で境内の東屋での野宿を
余儀なくされた。
あるだけの衣類を身に付け、タオルでほっかむりをし、
そばに蚊取り線香を焚く。
ベンチに寝れば気分は良いが幅が狭く、転げ落ちる心配が
あるので、コンクリート地面に横になる。
18:00過ぎには納経所に詰めていた「世話人」が帰り、
寺は無人となったようだ。
公衆電話の明かりの他は、建物のアチコチに設置されて
いる火災報知器の赤い灯があるだけで、暗闇である。
うとうとしては目がさめる。ヘッドランプをつけて
トイレに行き、また横になる。
キャッ、キャッと遊ぶ子供らの声で目をさます。
耳を澄ますがシーンとした漆黒の闇だ。
ウトウトするとまた聞こえる。
笑い声に「トーチャン」と呼ぶ声も混じり、ハッとして
目が覚める。
30年前に生後30日足らずで逝ってしまった次男の声
だろうか。
黄泉の国でもいくらかは歳をとるのだろうか。
時計を見るとまだ 2:30だ。寒くなって来た。
起きあがってベンチに座って夜を明かす。
残念ながら子供の声はもう聞こえない。
5:00 明るくなるのを待って出発。曇り空。
尾根沿いの細い車道を歩き、山を下ると工事中の
ブルーシートのかかる番外札所.椿堂に出る。
中に入り、大きな椿の木の下で朝食を摂り休んでいると
「お茶どうぞ」と声がかかる。
若いご住職さんだ。お参りし納経をお願いすると
「歩き遍路さんには納経料お接待」と言う。
昨晩のことを話すと「三角寺さんは住職が居るはずだよ。
ただ宿坊は20年も前に廃止しているので今は泊めて
くれないはずだ。ここには通夜堂があるが、ご覧のように
工事中で手狭で使えない。でも電話をもらえば何とかできた
のに・・・。お腹すいたでしょう。」と大きな大福餅を
2ケもお接待していただく。
「雲辺寺への登りは大変にきつい。多少遠回りになるが、
トンネル手前に旧街道があるのでそれを行くのが良い」との
椿堂住職のアドバイスに従い、「国道経由 9.2km、
左道 11.6km」の案内を左にとって旧街道に入る。
初めはややきつい登りだがやがてなだらかな道となる。
あちこちの遍路標識で山道に入ったり、車道に戻ったり
しながら徐々に山に上がっていく。
県境マンダ峠などには古い街道の由緒を書き記す案内板がある。
国道をトンネルで抜けて一旦徳島県池田町に入って急登
してくる山道を合わせて、さらにダラダラと送電線の下を
登ると山の上にロープウエーの鉄柱が見える。
12:40 やっと標高950mの雲辺寺に着く。
納経所で休んでいるとマツモト君が登ってきた。聞けば
今朝5時に三角寺の手前の民宿を出て、6:45三角寺、
椿堂、国道トンネルをくぐり、佐野部落から急な山道を
休み休み登って来たとのこと。さすが若い人は違う。
昨日、自分が3時間もかかった三角寺への登りを2時間足
らずで登り、追いついてしまうのだから大したものだ。
(通過時刻が気になって確認すると、やはりお参りも納経も
しないでただ歩いているとのこと)
今晩の宿をどうしようかとつぶやくと「この下の民宿は
休業中でダメ」とのこと。マツモト君は4km程も脇道に入った
宿を予約したと言う。
こちらは多少遅くなっても、観音寺に入りたいと電話しよう
とするが、携帯電話は通じない。ロープウエーで下る道も
あるがもちろん自分は歩く道を選ぶ。
マツモト君と一緒に山道を1時間程下るとやっと電波状況が
良くなり宿を予約する。
延々と山道を下り、途中で脇道へ行くマツモト君と別れ、
車道に出ても更に下って 14時チョッと前に67番.大興寺着。
石段を登ってお参りし石段を下りて、「さあ、どっちに行けば
いいのかなあ」とつぶやくと、ウエストポーチをつけ、
タバコをのんでいたおじさんが「こっち」と教えてくれる。
「お腹が空いたので回り道をしてでもうどんを食べたいのだが」
と言うと「それなら国道に出て遍路道の逆方向に300m程行く」
とのこと。
礼を言って田んぼの中の道を国道に向かって10分ほど歩くと
後ろから来た軽トラックが止まる。
さっきのウエストポ−チのおじさんだ。「そこの国道を
右折だよ。」と念を押し更に「何かのご縁だからお昼ごはんを
お接待させてくれ。車に乗って」と言う。
「四国では乗り物に乗らないと大師さまと約束しましたので」
とお断りすると「じゃあ先に行って待っているから」とのこと。
約10分の歩きでうどん屋に着くとウエストポーチ氏が待って
おり、一緒にお店に入る。
「何でもお好きなものをどうぞ。お疲れでしょうからビールでも」
とのお申し出にありがたく「修行中で、ビールはダメ、
肉うどんを」と注文する。
「会社がつぶれ、おととい首になったんだ。今日は職安に
行ってきたんだがこの辺では何の仕事もない」
「会社の状況はずうっと前から悪く、退職金どころか先月から
給料も欠配状態なので、外食なんてずうとしてない。今日も
お昼は家に帰って食う」とウエストポーチ氏は自分の分は注
文しない。
そんな状況なのに「お遍路さんに逢ったのは何かのご縁だ。
是非お接待させてくれ」と自分はお茶を飲んだだけで1000円札
を置き「遠回りさせてゴメンな。話を聞いてくれてありがとう。
ここからの道はメモしたから」と出て行ってしまう。
「お接待」とはここまでするものなのだろうか。自分にはとても
できない。
小雨がパラツイたり止んだりの空の下、ウエストポーチ氏の
書いてくれた地図を見ながら歩く。
遍路標識は全く無いが地図通りに信号や交差点が現れ道が正しい
と確認できる。
17:30 国道に出る前の込み合うスーパーマケットで牛乳を買い
外のベンチで飲んでいると、50歳ぐらいのご婦人が
「お口に合うかどうか」と言いながらレモンティーと野菜ジュース
のパックを差し出す。
ああ、またお接待されてしまった。
国道11号を横切り、疲れた足を引きずりながら、まっすぐに
観音寺の市街地に入り、工事中のJR駅前に出ると目指す旅館の
看板が見えた。
ビルの2階がフロントになっているので、痛い足をかばいながら
登って行くと「岸さんは、食事付きなのでここではなく、別館」
と地図を渡され、手すりにつかまって階段を下りて、3分ほど先の
別館にやっと到着する。
駅前の好立地にもかかわらず、立派な旅館なのに宿泊者はたった
2名と寂しい。
55,912歩 山登りは疲れた。でもいろいろなお接待があった。
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