遍路-32 財布を落とし大慌て
7月2日
さ〜て、さ〜て、さ〜て 遍路旅も30日、1ヶ月となり、
いよいよ終盤です。
昨晩は思いがけず善根宿に泊まることができた。
同宿の山伏氏は岡山の方で、お父上が有名な修験者とのこと。
山伏にもいろいろな流派があるが、彼らは前神寺を本山と
する西国では最強の集団で全国から信者が集まって来るという。
但し加持祈祷ではオマンマを食えず、お父上は別に職業を
持ちながら修行を重ね、100回以上の四国めぐりをし、
高野山の1000日回峰も経験した大変な方とか。
「親子だから話ができるが、そうでなければ雲の上の存在」
と肩をそびやかす。大変な方のようだ。
今朝は晴れ、6:00 朝の勤行に参加しようと本堂に行くが
その気配なし、大師堂に行くと外を掃除しているおばさんが
いたので「朝のお勤めはどこでやってるのでしょうか」と
尋ねると「若い僧が2人で各僧坊を回っているがまとまった
勤行は何かの行事の時だけ」とのこと。
これだけ大きな伽藍では100人を越える僧が居ると思うが、
街の真ん中にあるだけに、仙遊寺とは大違いで堕落している
ようだ。
宿に戻り、部屋の中の仏壇で山伏君に丁寧にお勤めをして
いただき、朝食後、部屋を掃除、施錠し、カギを宿坊に
お返しし、大家さんにお礼の手紙をしたためて
7:00、山伏君と一緒に出発する。
街中を歩いていると、自転車に乗った、長靴、麦藁帽子、
野良着のオバサンが追い越して止まる。昨晩の大家さんだ。
昨晩は知性的な麗夫人、今朝は朝の農作業に向かうおばさん
とその落差に驚く。
古い遍路道を細かに教えていただき、街を外れて畑の中、
田んぼのあぜ道を通り、踏み切りでもないところで線路を
横切り、交通量の少ない街道を選んで、76番・金倉寺を
見つけてお参りする。
山伏君のお参りは、一般の参拝とは異なり修験の方式で、
お辞儀の仕方から、印の結び方、読経とすべてダイナミック
である。一緒に読経する。
次の札所への途中、少し回り道になるが、有名な善根宿
「まんだら」があるとインターネットで調べてきた山伏君の
誘いで、寄り道して見る。
小さな工場の敷地内にプレハブで建てられた10坪ほどの
休息所兼宿泊設備で、30歳くらいの青年が「4日ほど泊まって
いるんだ」とコーヒーを飲んでいる。
ここをねぐらにしてアチコチ遊び歩いているらしい。
オーナーは45歳ぐらいスキンヘッドの工場経営者で、
「ここで若い人の話を聞くのが楽しくて・・・」とニコニコ
してやってくる。
従業員が2人やってきて同じようにニコニコしてお茶を飲んで
いる。どうも自分が今まで経験してきた会社とか工場とかとは
イメージが違う。
最近スポーツの世界では「楽しんでやるのが一番。苦しい
トレーニングなんかゴメン」と言うのが流行っているが、仕事も
その延長にあるのだろうか?
山伏君は工場の従業員と思しきお姉さんから悩み事相談を
受けている。
何でもそのお姉さんの東京に住んでいる親戚の人が「モノノケ」
に憑かれて大変なので一度観てもらえないかと言う様なこと
らしい。
結局、山伏君の倉敷在住のお父上を紹介し、ご祈祷を受ける
ととなったようだ。山伏君は「お礼は一切受け取らないので
のつもりで・・・」としつこく念を押していた。
何度か一緒になった札幌の青年(職にも就かず、アルバイト
でお金がたまると自転車で旅に出る生活を2年以上続けている
風来坊)がやってきて、またお話が続き、そんなことで
「まんだら」では1時間以上休憩してしまう。
久しぶりに暖かく晴れ、3人連れののんびりした道中になる。
丸亀市街に入って、「健康ランド(温泉)に行く」と言う山伏君
と別れ、更に足の速い風来坊は先に行ってしまい、やっと
一人旅になる。
78番・郷照寺は平地ではあるが石段を登った先、久しぶりの
登りとなり杖を突きながら登る。
お腹がすいたなあ。とうどん屋を探すが、ラーメン屋
ばっかりでなかなか無い。坂出駅を過ぎ、市役所付近で
やっと大きなセルフサービス方式のうどん屋を見つける。
アジてんぷらをとり、ぶっかけうどん大盛りを注文する。
仙台で言えば半田屋方式でお盆に食べたいものを取り、
お金を払うカフェテリア方式だ。靴を脱いでゆっくり食べる。
遍路道に戻り、町道に入り、ちょっと山道を登ると
天皇寺に着く。
ここでまた山伏君、風来坊と逢う。「健康ランドが見つから
なかったので」と山伏君。「コンビニで今日発売のマンガを
立ち読みして遅くなっちゃった」と風来坊。
3人でおしゃべりしながら、お参りを済ませたのは15:40。
次の国分寺は7.2km先、どうしよう。「17:00にぎりぎり
間に合う。行くか。」 「行こう」と二人は出ていく。
自分はどうせ間に合わないと今夜の宿を予約する。
(国分寺門前の宿は満杯と断られ、そこから500m程先の
民宿を予約)。
街道に出ると先行の二人は500m程先を歩いている。
どうせ追いつけないと街道を離れて遍路道に入るべく橋を
渡る。
「どうせ17:00の門限には間に合わない」と一旦は思った
ものの「ひょっとすると間に合うか」との欲も出て、
急ぎ足になる。
国分寺の町の手前で、街道沿いに歩いていった先行の二人が
横切るのを見る。「なんだ。大して早くはないな。こっちの
方が近道だったんだ」と裏道を急ぎ17:03、国分寺納経所に着く。
3人で「お願いします。お参りさせて」と粘って、
ルール違反だが、お参りを後にして、納経を先済ます。
「言ってみるものだね」
「途中のコンビニで今夜の食料を買ってたら遅くなっちゃった。」
「それにしても事務的な納経所だね。もう門を閉めている」などと
ゆっくり3人でおしゃべりして、「今夜は国分寺の駅で
野宿するよ」と言う二人と分かれて500m先の宿に向かう。
宿につき、「宿賃先払いでお願いします」と言われ、お金を
払おうとしてさあ大変。財布が無い。
ザックの中の封筒から別のお金を出して宿代は払ったが、
部屋に入ってすみからすみまで探しても財布が無い。
さっき国分寺で納経して300円払っているので、そこで
落としたのか。と電話帳で国分寺を探して電話するが、
納経所は閉まっておりわからないとのこと。
現金は大して入っておらず、別のお金もあるし、貯金
通帳もあるので旅費の心配はないが、財布には
クレジットカードと免許証が入っている。自宅に電話して
カード会社の電話番号を聞き、カード会社に紛失届けをする。
カード会社から「免許証もあるのだから警察に紛失届けを
出す必要あり」と示唆いただき、国分寺の交番の電話を
調べて届ける。
「明日にも、交番に寄るように」との指示があったが、
「遍路旅で急ぐので」と言うと「お遍路さんなら仕方が
ないな。ならば、もし拾い物で届いたら連絡するが、
今のは仮に聞いたことにするので、仙台に帰ったら
仙台の警察に正式に届けなさい。」と言ってくれる。
四国では「お遍路さん」となると大抵は便宜を図って
いただける一例だ。
今日は最後にドタバタしたが、
3人連れでのんびりたのしい旅だった。46,913歩
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