遍路-34 勢ぞろい
7月4日
さ〜て、さ〜て、さ〜て、さて さて 32日目、もうわずかに
なりました。
昨晩のホテル(とは言っても郊外の連棟式アパートの空き部屋を
活用している感じ)で携帯電話を確認すると自宅からメールが
いっぱい入っている。
財布が見つかったと何と天王寺より連絡が入ったとのこと。
中身もすっかり無事で届くとはこれもお大師様のおかげか?
しっかりオカワリして腹いっぱいの朝食を摂り、6:50出発。
曇り。屋島は高松市民のハイキングコースになっており、早朝から
多くの市民が朝の散歩に訪れている。広く緩やかにジグザグに切って
あるコンクリート製歩道を40分かけて登ると屋島寺。
下りは暗く狭く急な古い遍路道。ガケを降りるような感じで、
それでも途中、大きく甘いビワをつまみ食いしながら、海岸まで
下り、次の五剣山へと登る。
住宅地の中の登りだがなかなか厳しい。ケーブルカー乗り場を
横目に見て遍路道を登る。
ここは全体として神社の中の一部にお寺がある形式で山の上にまず
大鳥居がありそれをくぐると遠慮気味にお寺の境内がある。
納経所でマツモト君に会う。昨晩は高松市内のホテルに泊まり、
今朝出て屋島を越えて来たとのこと。やっぱり若い人は速い。
下りは車道。マツモト君と一緒に高松市内を遠望しつつ下り、
途中、南無大師遍照の旗が何本もはためいている山道を見つけて
「遍路道だろう」と入る。
どんどん下って行くが遍路標識は出てこない。小さなお地蔵さん
がありその縁日のようだ。道はそのまま下っているので、
「いずれどこかに出るから」と二人でそのまま下る。
市民墓地に出て車道となるがどうも様子が変だ。屋島が目の前に
見える。元の登り口にごく近いところに戻ってしまったようだ。
いまさらどうにもならないのでそのまま下り国道に出る。
約1時間半のロスか?。「まあいいか」と二人で笑いあう。
正規の道と合して遍路標識を見て昼食。
あくまで讃岐うどんにこだわる。マツモト君はうどんは苦手と店の
前で別れる。
13:00志度寺。のんびりとベンチに休んでいるのはおなじみの
山伏君と札幌の風来坊君。
離れた所にはさっき分かれたマツモト君も。
それぞれ一人旅なのだが、ときどきこうやって一緒になる。
今日中の大窪寺はどう考えてもムリと判断して、87番・長尾寺
門前の民宿を予約する。(今日はお休みをいただいて出かけている。
帰りは夕方遅くなる。と言うのをムリにお願いする)。
お参り後、郵便局を探して少々回り道して最後の路銀の補給をする。
一緒に歩いてもペースは合わないのでと自分は最後にゆっくりと
歩き始める。でも一時間もしないうちに休んでいる先行組に追い
ついてしまう。
長尾寺へは迷いようもない一本道。時々遍路道に入り、犬に吼え
られたりしながら午後の暖かい日差しをあびてのんびりと歩く。
一人遅れて15:40長尾寺着。案の定、山伏君らが待っている。
明日は最終日。何となく人恋しくて、こうやって待ってしまうの
だろうか。
しばらくのんびりと4人でおしゃべりする。山伏君は例によって
修験の心得を若手に講義している。
マツモト君は何を考えているのかわからない。5月10日過ぎから
一日20km程度歩いて宿に泊まっているという。もう50日をはるかに
越えており費用も大変なことだろうに・・・。
札幌の風来坊は自転車を高松の郵便局に預けて、野宿だけで歩いて
いるとのこと、ある意味で典型的な若い風来坊だ。
マツモト君は自分とは別の民宿泊まりとのこと。
山伏君と風来坊はこの先2時間ぐらい歩いた所にある「道の駅」に
野宿すると出発する。
宿は本当に寺の目の前。入るとご主人がお孫さんを連れて散歩に
出かける所だ。
お話しすると何と花巻の出身とのこと。「花巻の人がなんでここに
居るの?」と聞くと「いま帰ってきた所」とオカミさんが出てきて
「まあ、いろいろあってね。ここに住み着いちゃったの。」との
こと。
お盆には花巻まで帰省するという。どうも昔々に遍路か何かで
ここに来て、遍路宿をしていたこの家の娘さん:今のオカミさん:
とできちゃって居ついたようだ。
新聞の切り抜き、感謝状などのコピーがアチコチに貼られている。
ここは名物遍路宿のようだ。いい所に泊まった。
今日は、時々会う人々が勢ぞろいでのんびり楽しく歩き、また
諦めていた財布も見つかりとてもいい日だった。
41,457歩 約 29km
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