遍路-37 高野山、そして仙台へ
長い長い四国巡礼の遍路旅は終わりました。
7月6日
18:15 徳島港出航、船中でお弁当を食べ、横になる。
20:20 和歌山港着。連絡が悪く、JR和歌山には21:20着(タクシー
なら15分の距離と後で判明)。21:35 和歌山発、22:40橋本着。
駅前の交番で「どこか宿を」と尋ね、電話するが応答なし、もう
寝てしまったのだろうか。
「まあ行けば何とかなる」と駅前の通りを下っていくと、真正面に
古い大きな旅館。お客さんか?車が止まった。
何とか頼んでみよう。と声をかけるとお客さんではなく宿のオカミ
さんとお子さん方だった。今日はお休みにしてお出かけし今帰って
来た所と言う。
ラッキー。お大師様のお導きで今日も暖かい布団に寝ることが
できた。川に面した落ち着いたとても良い旅館だ。
翌 7月7日、早朝、5:20 そおっと宿を抜け出す。(宿賃は前夜の内に
支払い済み)
電車もケーブルカーも、そして山上のバスも客は一人で貸切状態。
7:00 高野山奥の院前着。静かな参道を歩き、奥の院にお参り。
誰もいないように見えたので大きな声で般若心経を読む。
目を凝らすと暗い本堂の奥に3人連れが座っている。しばらくして
立ち上がる。真ん中で泣き崩れている25歳ぐらいの女性。
両脇で支えているのはご両親か。
よほどつらい想いでの参拝なのだろう。
両脇を抱えられ引きづられるようにして出ていく。
裏に回るとお大師様の墓所、お線香だけではなくいろいろなお
供物が上げられている。中に入りうす暗い地下に降りると、位牌堂
に似た構造で各県の標識がズラーっと並んでいる。一つづつお参り
する内に、無性にありがたく、また悲しく泣けてくる。
一通りお参りしてもまだ納経所は閉まったまま。外のベンチで
時間をつぶし、休憩所でビデオなどを見て、8:00 やっと開いた
納経所で記帳してもらう。
高野山には全山に多くの僧坊がある(僧2000人とか)他、
お寺さん経営の(?)郵便局、消防署、銀行、病院、幼稚園から
大学までの学校などがある。
バス会社は南海電鉄の系列のようだが運転手さんはお坊さんのような
感じがする。
何でもありだが、旅行会社は無いのでとにかく大阪にでること
とし、ケーブルカー、電車を乗り継いで11:56難波着。
地下街で旅行会社を見つけ、夜行バスを申し込むが満席。
しばらく考え「名古屋⇒仙台のバスは?」と聞くと、余席あり。
地下街でうどんを食べ、近鉄の急行にのり名古屋へ、名古屋から
夜行バスで仙台へと36日振りに帰り着き、やっと旅は終わった。
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