フルマラソンから急遽変更
田沢湖 20km

田沢湖のフルマラソンには過去2回挑戦した。 2001年の初挑戦は 4時間02分49秒だった。 前半の 22.2kmは順調に走り、1時間57分48秒、 後半の田沢湖1周20kmは半分ぐらい歩いて、2時間05分01秒。 昨年の挑戦では、トレーニングは積んだつもりであったが、 気温が高く、やっぱり後半にバテテしまい、4時間17分00秒も かかってしまった。(後半は歩き) 今年は何とか歩かずに最後まで走り抜けたいとエントリーはしたが・・・
バテバテの20km
半年前(4月末)に仕事を辞め、思う存分にマラソントレーニングが できるはずだった。 4月までは単身赴任生活で、朝4時半に起きて、6時半まで走っていた。 その日の体調により距離は変動し、体調の良い時は24km、 体調不良時は12km、平均的には16km走った。 月間走行距離は350km内外であった。 5月からは会社に行かないのだから、いくらでも走れるはずであった。 しかるに・・・・・・ 「何時でも走れる」と言う思いと、「仕事をリタイアしたのだから」 との想いで、ついついのんびりし、走る回数、距離が激減した。 5月走行距離 わずかに120km そして6月には長年の夢であった四国行脚に出かけた。 「歩くのも走るのもほぼ同じ」と考えたのが間違いで 毎日 40km以上も歩いたが、どんどん体重が減り、肝心の足の筋肉も 痩せ衰えてしまった。  36日振りに帰宅してからは半月ぐらい寝ていた。 6月走行距離 ゼロ 7月走行距離も実質ゼロ 8月は相当がんばったつもりだが、それでも 90km そんなことで走り込みが全く足りず、家の周りを3kmも走ると 息が切れる有様だった。(ランナーズハイの喪失)  それでも恒例の田沢湖マラソンはフル 42.2kmにエントリーした。 (エントリー時点ではトレーニングを再開すれば何とかなると 思っていた。)  大会前日、妻と言い争いになった。 「現状のトレーニング不足でフルを走ったら体を壊してしまう。」 と中止を求める妻と「だからこそフルを走って見る」と言い張る 自分と・・・・  当日早朝、仙台を出発し、会場で相談したら「エントリー変更 しては?」と勧められ、急遽 20kmに変更した。  20kmはフルマラソンの前半を省略して田沢湖を 1周するもので、 過去2回とも途中から歩いたコースである。 特に13km(フルでは35km)過ぎから高低差50mの峠を登る所では ランナーの半数以上が歩いてしまう難所がある。 今回はそこを走りきろうと目標を変更した。 そして結果
2時間01分17秒
何と2時間以上もかかってしまった。 歩かず最後まで走ることはできたが・・・・ 以下は各ポイント毎のタイム  3km 18分47秒  6km 17分16秒/36分03秒  9km 17分06秒/53分09秒 12km 17分41秒/1時間10分51秒 15km 19分38秒/1時間30分29秒 18km 18分53秒/1時間49分23秒 20km 11分54秒/2時間01分15秒 スタートは大混雑で、ピストルが鳴り花火が上がってから スタート点通過まで27秒もかかった。 その後も隣の人にぶつかりそうになりながら、ノロノロ 走るしかなかったがこれは他のランナーも同じ。 3kmを過ぎたあたりから、やっと走れるようになったが、それでも タイムを見ると 5分/kmよりはるかに遅いペースになっている。 5km過ぎからスピードを上げたつもりだが、結果的には 5分40秒/kmも かかっている。  昨年までは前半は抑えた積もりでも、4分50秒/km、中盤は 4分40秒、 そして後半はスタミナ切れとは言うものの30kmまでは5分/kmを切って 走っていたのに何たることだ。  13km過ぎからの峠道は元々ゆっくり登る積もりだったので予定通り だが、峠を降りてもスピードは戻らない。 そして最後のラストスパート 1km 2001年は、41km走った 最後の1kmなのに5分13秒、2002年も同じく41kmの後で、 かつ気温の高い悪条件なのに5分18秒、それなのに、それなのに 今年はたった19kmしか走ってないのに何と5分54秒もかかった。 妻は「だから言ったでしょう。もう年なんだから」と勝ち ほこったように言う。 歳を言うなら山田敬三さんは70歳を過ぎてフルマラソンを走り 4時間を切ってゴールした。 歳ではない。トレーニング不足なのだ。 来月は北上フルマラソンにエントリーしている。 2001年には初めて4時間を切り3時間43分04秒で走ったコースだ。 どうしよう。 目次に戻る