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2002年07月25日 (木曜) 26日 (金曜) |
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行き 中央自動車道 −河口湖IC - 富士スバルライン − 5合目 帰り 5合目 - 富士スバルライン − 河口湖IC − 中央自動車道 |
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4合目あたりから、霧が出てきて前方が確認しづらい。 途中、道路わきにいくつもの駐車スペースがあるが、ほとんど空いている。結局最後まで進む事ができた様で(霧でよく分らない)、5合目広場下の駐車場に入る。 どれだけの広さの駐車場か、どこに止めれば登山道に近いのか、霧で全く分らず空いている所に適当に停める。 状況確認と昼食を兼ねて、車に荷物を置き、5合目広場に行く事にする。 霧がたちこめたままである。反対側のおみやげ物屋さんが見えない。とりあえず、駐車場から最初にたどり着いた建物に入る。そこは県の休憩所。長女はカレーうどん、私は月見うどんを注文。待つ間、窓の外をきょろきょろ見渡すが、相変わらずの霧。 公衆トイレで用をたす。 私は大をする。ここでは大きいのを出しておきたい。 長女は大が出なかったらしい。出発前にもう一度来よう。 公衆トイレの先に降る階段を発見。駐車上に降りるようだが、我々が車を止めた駐車場だろうか?霧で確認できないが、位置関係がそれらしかったので、階段を降りる。しばらく歩くとステップワゴンを発見。 車で時間つぶしながら、準備をする。粒がハッキリした雨模様となり、カッパを着る決意をする。ザックカバーも装着。 数台先にボンネットを開けた車、故障しているようだ。携帯で車屋に電話をしている。 「酸素の薄い高地では時々あるらしい」と連れの人に説明していた。結構新車に近いがそんなものかな?うちの車、帰りが心配だ。 装備を確認し、いよいよ出発だ。けど何処が登山道入り口だ? 大きい看板でもあれば良いのだが、それらしいのが見当たらない。広い未舗装の道に門柱が両サイドにある。多分これだろう。他の人もここを進む。しばらく平坦な道が続くので、これが本当に登山道かと心配になる。父子の登山者に声をかけられる。「これ 登山道ですよね」 自分は答える「私初めてなものですから。」 あまりにも平坦な道が続くので同じく不安になったようだ。 その不安を解消してくれる、案内板が現れた。 「 」 その登山道に入ると樹海の登り道となり、急がず、ゆっくりと行く事を心がけて進んだ。途中馬のりの客引きの前を通る。「記念にどうだい」 言葉を交わすが、完全自力を目指すので乗るわけにはいかない。長女は乗りたがるが、言い聞かせて進む。先程の父子は子供を馬に乗せて行ってしまった。(何処まで乗せてもらえるのかな) 幼稚園の遠足か? 先生と子供たちに抜かれていく。「どこまで行く気か? まさか頂上は目指さないよな」 地元幼稚園の恒例行事なのだろう。 なにやらスピーカから声が聞こえる。登山指導所のものらしい。6合目が近くなった。トンネルを抜け、階段を上ると6合目に到着した。小屋の改築工事中の脇で小休止する。 6合目を過ぎてからは落石防止のための防壁沿いをジグザクと上っていく。2〜30m前後の直線を上り、クランクする。また真直ぐのぼる。の繰り返し。 路面は瓦礫道だが、小粒の石の部分を選んで歩けば、路面が踏み込みやすく安定して上っていける気がした。 霞んでいて上が見えない。目標がないのは結構しんどい。このくねくね道は何処まで続くのだろうか? 若者グループ・家族連れなど先を超されるが、気にしない。長女のペースでゆっくりゆっくり。そんな中、「今日はどちらにお泊りですか?」と元気に声を掛けてくれた、単独登山の男性が・・ ベテラン者と考え「ここはどの辺りですか?」と質問。 6.5合目辺りである事を教えてもらった。自分がどの辺にいるかが分るだけで本当に気の持ち方が全然違ってくるからうれしかった。 長女に状況を伝え、最後に「がんばれ」と。 何度目かの休憩をしていると、超されて行く登山者が一言「花小屋がみえる」と。上を見ると視界が少し広がり、確かに「花小屋」の文字がみえる。思わず「本当だ」と発してしまう。超していった登山者がこっちに振り返る。「あっ すみません」 あと少しだ。 花小屋に到着。長女はベンチに座り込む。下を見ると登山道が確認できる。だいぶ雲が開けてきたようだ。 花小屋を過ぎると、程よい間隔で山小屋があるのでその都度一休み。次の目標が見え、登っていても楽しい感じだ。 館も同様に一休みしていると、雲が見る見る抜けていく。一気に青空が広がってきた。 いくつかの山小屋を経由する。その都度写真と飲み物を飲み、上を目指した。上の方に赤い鳥居が見えてきた。 を出てしばらく歩くと、赤い鳥居がもう目の前だ。 最後の階段はかなり急だ。赤い鳥居をくぐり「やったー」って感じ。長女はいつものようにベンチの空いているところを見つけて座る。 鳥居荘の中を様子見する。団体が食事中であった。まあまあの込み具合かな? 予約していた事を告げ中に入る。 スペースの一番奥に案内され、折りたたみ式の長テーブルの前に座る。 奥に案内されたという事は、端に寝るのかな。間にはさまれて眠るより、隅っこのほうが良いからね。(寝る時の事を考えるとラッキーか。) しばらくして、個人登山の夫婦二人がテーブルの向かいに案内された。やはり奥側が個人用なのだろうか? お二人と、「初めてですか?ここに寝るんですかね?」 などと言葉を交わす。 回りを見渡すと、食事メニューなどの張り紙もある。 夕食はカレーライスが定番らしいが、辛いのが苦手な長女に食べる事が出来るだろうか? 「スミマセン、夕食はカレーですよね。子供は辛いのが苦手なんですけど、食べられる辛さですかね?」 「う〜ん、どうですかね。」 「他のメニューに変更は出来ませんか」 「うどんとか牛丼とか」 「じゃあ、牛丼にしてもらえますか?」 聞いてみてよかった。この事をカレー好きの長女に伝えて一言、 「辛くなかったら変えてあげるからね」 まもなく、スプーンと水を入れた使い捨てのコップが運ばれてきた。牛丼用に箸をお願いする。 カレーライスが運ばれる。こちらも使い捨ての容器である。食器を洗う事が出来ないから、当たり前か。 長女に味見をさせる。やっぱり「辛い」と言う。 牛丼に変えてもらってよかった。 アルコールは高山病を誘発するのではと心配であったが、そんなに弱い訳でもないので思い切って 「缶ビール1本下さい」 と注文した。前金で 円なり。 向かいに座ったご主人は、持ち込みのビールを飲んでいる。今度来る時は持ち込みにするかな? ビールを飲みながらカレーを食べる。 中身はレトルトカレーだと噂(ネット)で聞いていたが、私が知っている「ククレカレー」でない事は分った。 その為か、手作りの錯覚を感じながら食べた。 牛丼を食べている長女に 「スプーンで食べたら」 とスプーンを勧めたが箸で良いと言い、夢中で食べる。 途中、紅しょうがはいらないと言うので、カレーと一緒に食べる。 二人とも完食。 目の前の食器を片付け始めると、団体さんに対し、連絡事項を山小屋のスタッフ(主人?)が説明し始める。 当然ながら、聞かなくても良いが耳に入る。 これからの予定・頂上での時間予定・下山時の注意・下山後の時間などなどが当事者に告げられている。 時間予定は別として、ネットで予習した用件が時々キーワードとして出る。(下山時の8合目で下山道が分かれている事など) でもなぜ、山小屋のスタッフが説明しているのだろうか? ここの山小屋は団体を扱う旅行会社と同じ系列か、契約をしているのかな。であれば次回は団体が泊まると分っているこの山小屋は避けたい。 説明が終わると寝床に案内する旨が告げられ、団体さんは奥へと入っていった。奥は一体どんな所だろうか? 団体とは別になりたいな。今くつろいでいる部屋のカーテンルームは誰も居ないし、超ゆったり寝る事が出来る。こっちがいいな。向かいの夫婦ともそんな話になる。 ちょっと外に出て見る事にした。 気温も下り、確かに半そででは寒く感じる。 太陽は見えないが、まだ沈んでいないようだ。 その後、3.4人の2組の個人客が鳥居荘を利用するらしくチェックインをしている。内1組は予約なしの様である。平日だとそれも可能なんだろうな。 「寝るところに案内しますので、荷物を準備しておいてください。」 我々の順番がやってきた。 「ここじゃダメですか」向かいの奥様様がスタッフに聞く。 「ここでも良いですけど、この後も団体さんが来ますし、起きた人が、この広間で食事したりで、ざわざわうるさいと思いますよ。」 え〜、まだまだ団体さんが来るの?一体どれだけ来るのか?余裕と思っていたこの山小屋の状況はその前触れに過ぎない様である。 長女にトイレに行かせる。 向かいの夫婦が先に案内された。 長女が戻り、寝床に案内される。 奥は照明を付けていないので、スタッフの懐中電灯を頼りに 奥へと進む。 カーテンが仕切られた上下2段のスペースの下側に案内される。そこにはすでに何人もの先客が頭と足を交互にして横になっていた。 週末やお盆頃の状態はこの雰囲気であるとネットで予習をしていたが、夏休みとはいえ今日は平日だぞ。そんなに詰めなくてもこんなに空いてるじゃん。 と心で思っていると、 「まずはお子様こちらへ、後からここへ7人来ますので詰めてください。」 確かに、幅が2m前後の所に枕が交互に並べてある。 一体今日はここに何人宿泊するのだ。 長女の荷物をスタッフに渡すと、荷物は足元と言うか枕元というか、壁のフックに掛け、長女が横になる。 そのビックリする状況に唖然としながら、私も荷物を渡し、スタッフの言われるがまま、長女とは反対向きで横になる。こうなると最初に横広に寝てしまえばこっちのもの と思い、お尻をズリズリと横に動かすと、スタッフがすかさず、押し返す。「まいった。これで寝られるだろうか。」 残りのスペースに人がくるまで、耳栓・アイマスクなどをセットすべく、長女に渡し自分も装備する。長女は耳栓を嫌がったが、説得し着けさせる。 その後、寝る事に集中しようと、死体のように真直ぐ上向きで目を閉じた。 眠れない。横になってしばらくして隣の人たちが来た。 当然、顔の横は足がある筈だ。男性か女性かも分らない。と言うよりはそれが分らないほうが良いと思い。アイマスクや耳栓は決して外そうとは思わなかった。 長女は時々体制を変えている。隣の人が迷惑がっていないだろうか?心配だ。 眠った後はしょうがないが、起きている間は体制を維持しようと意識したが、どうにも寝床が床面に薄いマットを引いているだけのところで、腰が痛くなり寝返りをする。 でも眠れない。とうとう山頂ご来光登山者の起床時間になり、団体さんに声が掛かる。 という事は2時頃か。7時ころに横になり、その間7時間も眠れずに起きていた事になった。明日(今日)の登山に影響が出なければ良いが・・ 長女は眠れたのだろうか? 団体さんが、出て行ったかどうかが分らないが、20〜30分たった後、左隣に居るはずの長女と体がぶつからない。アイマスクを取って真っ暗ななか手探りをすると、長女の体(頭)がこっちになっている。声を掛けて確認する。長女であった。 団体さんが抜けたので、先客の隣の夫婦が空いたスペースに移動したようだ。これならスペース的に問題ない。予定時間まで多分2時間あまり、眠る事に集中して再び目を閉じる。 でも眠れない。・・・ 目がさめた。どうやらうとうと寝ていたようだ。30分いや20分よく分らない。時計を確認すると山小屋前ご来光班の起床時間までもうすぐ、起きる事とした。 長女はトイレに行きたいと言うので、上を着せて行かせる。しばらくして私も行く。 外は既に人で一杯。小屋の前の細い道に既に座ってその時を待つ人もいる。 雲海が広がり、遠くの空は既にオレンジに染まっている。予想日の出時間まではまだある。トイレに行き要をたす。100円毎度あり 長女は何処だ。寝床に戻るがいない。再び外に出る。 トイレとは反対側のベンチに座っている。 100円が無くてトイレに行けてなかったようだ。 改めて100円を渡し、トイレに行かせる。ところがトイレには4・5人の列が出来ていた。 日の出のタイミングに間に合うか。 私は一旦小屋に入り、カメラとビデオを用意して外にでる。長女も何とか間に合い、後は場所取りだ。 小屋の窓超しに見ようとしている人の邪魔にならないようその間に入り、そこで日の出を待つ事とした。 日の出の方向は、小屋の正面となる。 明るさが増してきた。 その瞬間のタイミングは微妙に回りの人と違うかもしれないが、「出た出た」 写真を数枚、ビデオも回す。 太陽の欠片がどんどんと大きくなる。 山小屋のスタッフが 「それでは皆さん良いですか?バンザ〜イ。バンザ〜イ。・・・」 の掛け声。ビデオを回すが間に合わず。 また、誰かが 「この夏一番のご来光だ」 と話していた。初挑戦で見られるなんてほんとラッキーなんだ。 登っても、ご来光を見る事が出来ない人もいる訳で・・・ 後は頂上まで行けるかどうかだ。 小屋に入り、支度をする。広間は団体さんが優先的に食事をしている。我々はいつの事やら。 でも、事前のネット情報ではおにぎりのお弁当を渡されて終わりのはず。 スタッフルームにいた女の子に 「個人客なんですけど、朝食は?」 確認して、すぐに透明パックの弁当を二つくれた。 もっと早く言えばよかった。 寝床に持っていき、長女に手渡す。 おにぎり二つに、ウインナーとたくあん まあこんなものでしょう。カチカチに冷え切ったものでないのが、付加価値の1000円弁当って事か。 当然、髪もとかず、顔も洗わず、歯磨きもなし。 靴を履き2日目のスタートだ。 いきなりの岩場登りであった。 長女は今日も怖がってかスローペース。 鳥居荘にいた団体さんか、下に迫ってきたので先を譲る。昨日は殆ど意識しなかったが、団体さんメチャ多そう。 団体ツアーのガイドさんが、今日は登山マラソンがあるような事を参加者に説明していた。早めに登らないと道を空けるようになるので、どんどん遅れますよ。とも言っていた。 うちはどうかな、11時頃にはトップが来るらしい。 白雲荘に到着。 ここは、小屋の前が広い。中も余裕があるのだろうか?次に来る時は、こういった所が良いかも。 景色は晴れ渡り、上も良く見える。あれは頂上かな? 白い鳥居が見えてきた。9合目のものと頂上のもの。断念せずに頂上までいけそうだ。マラソンのトップ選手が通過する。ちゃんと走っている。すげ〜。 マラソンの選手も多くなったが、一般登山者も多い気がする。須走口の人が合流したポイントは一体どこなのだろうか? 9合目の鳥居を過ぎ、ひたすら上を目指して歩いた。この最後の直線階段を上りきれば頂上だ。マラソン選手もメチャ多い。長女が鳥居をくぐる瞬間を正面から撮ろうと思い、長女に少し待って登るように言い、足早に登った。鳥居をくぐる。マラソン関係者が「選手は左、一般の人は右に寄って」「スミマセンが一般の人は右に寄ってください。だろうが」と心の中で思いながら、振り返るともう長女が鳥居をくぐろうとしている。「早いよ長女。ちょっと待って」慌ててビデオのSWを入れ感動の登頂の瞬間を撮影する。 本当にがんばったね。涙が出そう。 富士山頂の人ごみ(ほとんどマラソンランナー)を抜け火口の見えるポイントに着く。火口の向こうに本当の頂上(剣が峰)が見える。「結構遠いな。」長女に説明する。快い返事は返らない。 食事をして登る事を告げ、トイレを済ませ、店を探す。(トイレの脇に建物の工事中であった。新しいトイレだろうか?こんど着た時に分るか。) 東京屋という店に入り、ラーメンを注文する。待ち時間に家に電話をする。感動の登頂の瞬間を伝える。ラーメンはインスタント風。それらしく一応トッピングはされてある。批判的な意見が多いが、こんなところで暖かい食事ができれば感謝感謝である。値段は800円なり。食事を終え、お鉢めぐりのスタートである。 お鉢めぐり。どちら回りが良いかは分らなかったが、もし一周できなくても剣が峰に行ってUターンした時に距離が短いと判断し、左回りを選択した。 最初は左手がギリギリの道幅のルートである。チョッとした岩場を登ったりする。前方に建物が見えた。多分NTTの建物であろう。 御殿場口の に着いた。建物はあるが痛んでおり営業もしていない。吉田口との落差のでかさに驚く。 板場道を抜けるとにぎやかな雰囲気となる。富士宮口だ。訓練なのか観光なのか、迷彩服を来た米軍らしき外人さんが数十人いた。目的であった郵便局をたずね、登頂証明書を購入し、また営業していた店で絵葉書を買い、店の中で長女に書かせる。(郵便局内には絵葉書がなかった) 住所名前を書いている時間が休憩時間と化し、最終目標点に向けて出発した。火口を右手に見ながらしばらく歩くと、急な上り坂が目の前に現れた。向こうから男性が降りてくるが、足を滑らせながら危ない雰囲気である。 「帰りはこっちから降りられないな」心の中で思う。 それでも登らないと悔いが残るので、登るのにも怖がる長女の手を取って、足を滑らせながら何とか登りきった。(左側に鉄柵?のようなものがあったが、専用の手摺にしてくれれば嬉しいな) 階段を数段のぼり、ついに日本最高点の剣が峰に立った。時間も遅かったためか、そこには数人のみであった。忘れてはならない記念写真を撮り、また他の登山者の写真も撮ってあげたりし、感動の時間を過ごす。 さて戻るにどうするか?長女に確認するとやはり嫌がったし、せっかくだから、距離と時間は掛かるが、左回りを選び下っていった。 数人に追い越されるだけで、人ともすれ違うことなく、下ったと思えばまた登るのお鉢回りである。途中立ちんぼ休憩を数回し、吉田口登山頂上にやっと着いた。お店に入り、お汁粉を注文する。本当の下山前のひと時である。 長女は靴を脱ぎたがったので、そうさせた。 お汁粉が運ばれた。カップタイプを想像していたがお椀に入れたものであった。はしがないと告げるとそのまますすって欲しいとの事である。ゴミを出さないためか。ごもっともでありそのまますする。 店の外で飲み物を2本( ×2= 円)調達し、須走下山口の前のトイレで用をすませ、下山開始。 下山道は石ころ道で滑りやすい感じだ。長女の手を取って下っていく。最初は軽快だ。当然ながらどんどんと標高が下っていく。あんなにいた人はほとんど見当たらない。 ジグザグ道を何度か反転しながら下りていく。情報どおり歩いた後の粉塵がすごい。人が少ないので粉塵を浴びるケースになりにくく助かった感じがした。 いくつ反転しても下り坂は続く。膝の負担が感じられてきた。 左手に登山道・山小屋が見える。登山道側からの合流道路が走っている。登山時に見えた逆の光景だ。 須走下山道との分岐ポイントにきた。あらゆる情報に注意ポイントである事を知っていたので、軽〜い感動を得た。小休止をするが、下からの風が少し寒く感じた。確かに日が陰ってきている。また、ここの山小屋は皇太子殿下が利用されたそうだ。当然貸し切りなのだろうが。 ジグザクが果てしなく続く。足を滑らせない降り方を交えながら下っていく。途中の小休止で記念の小石を数個頂く。 非難小屋に到着し、小休止する。 ようやく目標ポイントである、 トイレに到着した。日没間際だろうか、かなり暗くなってきた。この時間に下山する人は少なく、そこには4・5人の人がいるだけである。 少年が一人寄ってきて、携帯電話を貸して欲しいと言う。お父さんとはぐれてしまったらしい。 少年はリュックから電話番号の書いてあるメモを取り出しボタンを押す。何とか通じて話していたがすぐに切れた。電波状態が悪くその後はつながる事はなかった。 このまま一人にさせて行く事も出来ず、電波状態が良くなって電話できるところまで一緒に下山する事とする。 色々と話し、お父さんが高山病になり途中の山小屋で待機していること。一人で頂上まで行った事。などを話しながら降りる。少年の歩くペースが、長女には速すぎて、不満を言う。二人でのんびり降りる事が出来なく、少しかわいそうに思うが、この状況では致しかたない。 携帯を見るとアンテナマークが三つ立っていた。すかさず、リダイヤルで電話をする。何とか呼び出し音がなり、少年に手渡す。少年も要件を手短に伝えた。何とか父親と再会できそうである。その後も6合目を過ぎた辺りまで、一緒に降りたが、このままでは逆にペースが遅すぎると考え、いくつか注意点を伝え、少年を先に行かす事にした。 その後、休憩を取った。長女にはあのペースは結構しんどかった様である。日は落ちたのだろうか、辺りは暗くなってきた。うちに電話をかける。 こんなに遅くなるとは・・・ こらから上ろうとする登山客の中にはヘッドライトを照らして来るものもいる。本当に使うとは思わなかった、ヘッドライトをザックからだし、使う事になった。 右手に吉田市の夜景を見下ろしながら歩く。最後の逆の登り坂をがんばって歩いた。 5合目の建物が見えてきた。そう言えば、馬の糞が下に落ちているはずだ。気をつけたいが暗くて見えない。 ついにゴールとなる。売店の中にはもう時間で閉店したものもある。その中で空いている店に入りお土産を調達した。お店を出て最後のビデオ撮影をしていると、その店のシャッターが下りてきた。良かった。車に戻り靴を脱ぐ、長女が言う「自分の足じゃないみたい」 スバルラインを下り、頭に描いた地図を確認しながら、温泉 を探す。途中割引券が置いている。のネット情報からそれと思えるコンビニへ立ち寄るがそれらしきものはなし。携帯で電話し位置関係を確認し、何とか着いた。 場合によってはざこ寝覚悟のため、食事を考える。大広間で自分はそばを長女はとんかつを注文する。大広間は40平米余りあろうか、かなり広い。30以上ありそうなテーブルの半分くらいが埋まっていた。 食事を終え、温泉に向かう。時間をそれなりに決めてそれぞれ、男湯・女湯に入る。中には檜・いわ風呂・ジャグジーなどの露天風呂やサウナも完備されていた。全てを制覇し外に出て、まもなく長女も出てきた。 ネット情報では地下にざこ寝スペースがあるとの事であった。確かに地下への階段は合ったが、使用禁止状態であった。ならば先程の大広間で寝る事になるか? 長女に聞くと抵抗を感じているようだ。自分もさほど眠気を感じないので、そのまま高速に乗る事にした。 「途中眠ければサービスエリアで寝ればいいか。」 と吉田市を後にした。 |
ガスに覆われた5合目の駐車場 |
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小雨の中出発だ |
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吉田口登山道の入り口。 本格的な登りとなる。 |
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馬を使って登る人も・・。 |
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6合目に到着 |
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ガスが少し空けて、花小屋の文字が確認できた。 |
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