2002年7月19日〜21日 谷川岳(1977m)
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ルート:
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1日目 |
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夕方に自宅を出発し、谷川岳の麓に到着したのは日付が変わった真夜中であった。途中寄り道をしながらであったが、一般道だけで来たのがその原因だ。月夜野を過ぎた辺りで豪雨となり、途中で土砂崩れも起こっていた。マチガ沢の駐車場に車を停めるが、一向に止む気配はない。さっそく寝るが、朝に弱いので起きれる自信は全く無く、朝目覚めると既に9時であった。軽く食事を済ませ、谷川岳登山指導センターで水を汲み、登山届けを提出。厳剛新道から歩き始めたのは10時半であった。
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しばらく休憩するが直りそうもないのでのんびり休憩して車に戻る事にする。渋滞に巻き込まれながら8時間も運転した後に睡眠不足のまま登ったので仕方が無い。無理して急ぐ必要はまったくなかったのだが、早く山に行きたいという思いから1日無駄になってしまった。 車に戻ってからは一ノ倉沢やマチガ沢などを観光客に混じって見物する。7月の後半に入っているにもかかわらず、巨大な一ノ倉沢にはかなりの雪が残っていた。この一ノ倉沢はロッククライミングで有名なのであるが、クライマーの姿を見かける事は無かった。雨が降った後は岩が滑って危険なのだろう。 ひと通り見物を終えた後は特にすることも無く、車の中で横になる。沢の流れる音を聞きながら横になるのは気持ちよいもので、すぐに眠りに入る事ができた。
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2日目 |
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昼寝をたっぷりしたお陰で3時半に目が覚めた。まだ外は暗い。レトルトカレーを食べ、今度は西黒尾根を進むことにする。西黒尾根の登山口は登山指導センターのすぐ上にあり、駐車スペースもあるので便利だ。5時、明るくなり始めたところで出発する。既に沢山の人が登り始めている。登り始めてすぐに鉄塔の立っている広場にでる。ここで靴紐を結びなおしてまた登り始める。 最初の2時間はひたすら樹林帯を進む事になるが、何とも無いただの登山道であった。しばらくして岩場が始まると、真夏の太陽が容赦なく照り付けてくる。樹林帯を抜けると谷川岳から天神平、そして湯檜曽川を挟んで反対側には白毛門や笠ヶ岳が見え、景色は最高だ。しかし、天気は最高の晴れで、茹だるような暑さだ。
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山頂(トマの耳)に移動すると、写真撮ってくださいと何回も頼まれることになった。オキの耳に移動した頃、ガスが出てきた。一瞬で真っ白になったかと思えばすぐに景色が広がったりする。茂倉岳の方から来た人に写真を頼まれ、その後話をしたが、茂倉岳の水は冷たくて水量も十分なようだ。 しばらくすると山頂は完全に雲に隠れてしまい、何も見えなくなった。空気が稜線を越えた瞬間、雲が発生して反対側が雲に覆われる。なんとも神秘的である。午後の天気は不安定だ。雷になると厄介であるので、少し急ぎながら茂倉岳へと向かう。すぐに奥の院を通過し、しばらくすると鎖場が現れた。鎖場は大したことは無かったが、稜線から下を覗くと、恐怖である。
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オキの耳から1時間弱で一ノ倉岳に到着する。単独行の老人にレモンをご馳走になる。なかなか酸っぱくておいしい。数分間であるが休憩していると、朝日岳の方から雷の音が聞こえてきた。雷が怖いので茂倉岳避難小屋に向かって歩き始める。茂倉岳山頂を通過し、10分弱で茂倉岳避難小屋に到着。
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真夏の日は長い。辺りは雲がかかっているが、時折太陽がその姿を現し、暖かい日差しが体を温めてくれた。しかし、太陽が隠れると寒さを感じるので防寒着を1枚羽織った。 避難小屋の中には20人弱、ひとりひとりにそれぞれスペースがあり、詰め込む程の混雑ではなかった。外にはテントが2針張られている。外では、”うっちゃんなんちゃん”の”うっちゃん”に似た方が登山靴を修理していた。ソールが剥がれてしまったらしい。幸いテーピングで無理やりくっ付けて歩けるようにはなっていたが、歩いている最中に事故が起こったらと思うとさすがに怖いものがある。
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3日目 |
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茂倉岳避難小屋からは土樽まで下りるだけなのでのんびりと支度をし、7時半頃出発。矢場の頭までは雲の上を歩くような気持ちの良い道だ。高山植物、特にニッコウキスゲがとても綺麗だ。少しずつ降りて行くと、休憩するのに丁度良いピークがあった。遥か下には、関越トンネル用の煙突が見える。しばらくすると関越道が見え、車の音が聞こえ出すと矢場ノ頭だ。ここから少し下ると樹林帯に突入するが、地図に書いてある通り木の根が張り出していて歩きにくい道だ。
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