心模様

高齢者を抱えていますと、実感としてこれから自分に来る老いを考えさせられます。
母に対して、出来る限り優しくしてあげよう。
姑と一緒に住んでいますと、同じ事を母にしてあげたらとどんなに喜ぶかと思うのです。
その反面、たまに母に会うとどうしようもない老いた母の頑固さ、もう少し丸くなれないかと、主人は私に言うのです「おまえににてるところがあるぞ」と、私はドキットします。自分でも思います、私の悪いところを拡大鏡で見ているよう。

主人の友に言うのです、姑は尊敬できるくらい知的な姑、でも人間性に欠けるかな」、私の母は、喜怒哀楽のはっきりした人、いいときはこの性格は明るくて自分の母でいながら自慢の母でした。
姑とは正反対の性格です。
どちらもいいところあり、わるいところありというとこかな。
悔いのないよう孝行しとこうと思うのです。
母の面倒見ている姉は、毎日となると大変のようです。
私たちに大変さを訴えますが、私は姑を見ている立場、なにも言えずただ聞くのみ。とても辛い立場にあります。私の姑に対する不満は誰に訴えればいいのでしょう。市内に2人の義姉妹がおりますが、なにも言えません。

掲示板で、いろいろな方々が老人介護をしている様子など読ませていただきました。まだまだ大変な思いをしている方がたくさんいると思うと元気が沸いてきました。

私の母は、6月中頃より住んでいる姉とうまくいかず、私の店の近くに呼び寄せることにしました。
家にいるときは姑のこと、店にいるときは母のことと思い、店の近くにしました。家の近くだと姑、母と頭が混乱してきます。
姑の朝食の時は私たちはお茶だけにしています。一緒に食べるとあとかたずけやらで店にいかれなくなるからです。主人はパン食で店の方が焼きたてのおいしいパンが食べられるから店で朝食。
朝、姑の味噌汁を作るときに母と私のも作って朝食のお届けです。僅かな時間ですが朝食をいっしょにしています。
今まで、母を私たち家族の1人と考えています。昨日の夕食はこれなのよ後で食べてと、食のうるさい母は、時には味付けやいろいろ文句もいいますが、感謝はしてくれます。母は随分遠回りしたわ、引越しのたびに無駄な費用も使ってしまったと。

私は今まで自分は姑がいるから面倒は見れないと思っていました。できるではないですか、気持ちさえあれば、今はほんとうに負担にはなっていません。毎日が張り合いがあります。
先日母が妹のところに泊まりに行きました。なにかその日は物足りなかったような気がします。母にいうのです「もう死んでもいいよ、孝行できたから」月一回姉と三人で小旅行をしています。

今年も姑、私の母に囲まれ、また息子の結婚式と忙しい日々になりそうです。
姑が夜遅くまで戸締りが気になるのか、ガタンビシと、ひどい時は夜中まで、私たちがガマンできなくなると、「明日仕事なのでもう寝てね」と頼みます。
姑は昼はとってもしっかりしていますが、夜の戸締りの時間になると困ってしまいます。

私の母も実の娘なので、私の持っていく料理に遠慮なく「これは甘すぎるだとか、この味噌は余り良い味噌ではないだとか、硬すぎるなどと文句ばかりいいます。時には、猜疑心で急に私に対して、考えられない事を言って、時折私を困らせます。
私は母の笑顔が見たいのになかなかうまく行かないことがあります。でも遠く離れて心配しているよりも良かったと思っています。

2月の夜中、母は転んで足を折ってしまいました。
母一人、電話するにも電話に手が届きません、死ぬほど痛い足を両手で持ち上げたそうです。骨の音がボキっとしたそうです。
救急車を自分で呼び、姉に電話し、姉から1時30分ごろでしょうか私に電話がありました。
私の家のほうにはあまり電話をすることが少ないのですぐには番号が出てこなかったそうです。
私たちが駆けつけたときは、救急の方たちが待ってました。
ガラスを割って入ろうかとおもったのですが、母が私たちが来るから待ってくれと言ったそうです。私が鍵を開け、ドアを開けようとすると大変チェーンがかかって入れません。
向うのほうに母の倒れている姿は見えます。
救急の方たちと困っていると、一人の方が下敷きのようなもので差し込んで上下に動かし開けることができました。
病院の先生より、大腿骨の骨折、手術に際し出血も多いし低血圧数値も最低ギリギリのライン、手術中はもっと下がります、ガリガリに痩せている母には絶える事ができるかどうかと、万が一のことも考えておいてくださいと。

それから3ヶ月、今自分の住まいに戻っています。
朝をいっしょに、夕方店を1時間位早く出て母の所に行き、
簡単な夕食を作り、さらにガリガリに痩せた母を太らせたく、「あれを食べて、これを食べて」と声をかけます。母は「病院の看護婦さんなら文句も言わず食事を下げてくれる。ここでは一生懸命食べなくてはならない。」などと贅沢な文句をいいます。食べ終わるのを確認し店を終えて帰る主人と落ち合い姑の待つわが家に帰ります。

生きているのが精一杯なのでしょうか、考えられないほど自分勝手になります。

先日の日曜日、私もストレスが溜まるので、今日は立川の公園に行ってこようと思い、主人と姑の朝食の用意をし置手紙に立川までいってきますと。
朝早く人のあまりきていない公園を目指して出発しました。
立川の駅より、母に電話で「今日は店が休みなので朝はいかれませんよ、今立川にいます、1時半ごろそちらにいきます」と、私は母のところになるべく早く帰ろうと、公園内をお茶も飲まず、食わずで2時間位あるき、母のところへ昼食を買っていきました。やはり機嫌があまりよくありません。
1時間ぐらいいっしょに居て、我が家に戻りました。
家には主人の妹さんが来ていました。

話は変わりますが、先日は小姑さんたちは、(私たちが息子の結婚式でこの家に入って以来、夫婦で5日間留守にする) お姉さんの家に預かってもらう約束だったのですが、妹さんが母は姉の家はいやがるのでホテルに泊まると5日間インターコンチネンタルにお姉さんや妹さんと宿泊しました。
費用は姑の預金から落とし、このときとばかりご主人や子供達を呼び寄せ、大変なパーティーです。傍から見たらとっても親孝行な娘さんたち。

姑は当然今まで娘たちには費用を出させたことはありません。
今回の費用も娘に預けてあるところから払うのは解っていると思います。
日々自分の物の些細なものにも私には収入は無いと、一点張り、娘たちが来ると、必ずお鮨を取り、面倒を見ている私たちには絶対にこのようなことはありません。

姑の良いところは、私の母のようにうるさいことはいいません。文句も言わず感謝もせず、たんたんとしています。
とっても利口な母です。
なにをしてもあたりまえの世界、疲れてきます。
はやく自分が何かを切り替えて変わらないと思うのですが、むずかしいですね。

ここはグチばかりですみません。
先日はとってもショッキングな出来事が、主人のお姉さん、姑の預金通帳を全部自分が管理するといわんばかりに持っていってしまいました。

私は金銭的なことで言っているのではありません。
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私と横浜
母が店から4分の
所に引っ越して来
ました
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