山だより

赤谷山(2260m)


装備 参加者
特になし 山城 中市 前田(信) 中田

コースタイム

平成13年5月20日(土)   天候 曇り一時晴れ

地点1 地点2 地点3 地点4
上市町役場(集合) 5:00 馬場島から少し先 6:05 6:30 取水口 9:15 ブナクラ峠 9:40
11:50 赤谷山 13:30 13:50 ブナクラ谷右俣 14:50 取水口 15:30 馬場島から少し先
16:30 上市町役場(解散)

その1

上市町役場に集合したときから、ポツポツと雨が降っていた。これが歩き始めるまで続き、今日の山行は失敗であったと反省した。車は馬場島から5分も走れずに路肩に停めることとなる。ここには練馬と横浜ナンバーの車が先客として停まっていた。そこから10名が同じ赤谷山へ向かってアイゼンやピッケルなどを備えたフル装備で出発。傍らの我が山岳部は一つ間違えば山菜取り・・・

さて、そんなことにもめけずに林道を歩き始めるとすぐに除雪用のパワーショベルが立ちはだかった。それをわき目に見ながらなおも歩く。一つ目の橋は架かっているが二つ目の橋は冬場には取り外されていた。春先は堰堤まで車で行くことは不可能と分かった。

今回のテーマは雪。普段であればすぐに目に付く堰堤の鉄梯子すら雪に埋まっていた。今年は本当に雪深い。しかし谷が全て雪で埋まっており、ルートを気遣う必要がなく、この点では春山の良さを満喫できた。

途中で前述の東京からのグループを追い越す。しかしその歩む姿は新興宗教そのもの。今後は新興宗教団体と呼ぶこととする。その後休憩を取っている間に追い越されることとなったが、雪面のどこでも通ることができるにもかかわらず、我がグループが休んでいるド真中を通ろうとした。山城さんに至っては、彼ら新興宗教団体のために荷物と体をどけなければならない始末。またそれを当然のこととして、黙々と歩く新興宗教団体。何とも異様な光景であった。




その2

こんなこともあって、新興宗教団体とは別の道を歩くべくブナクラ峠を目指した。(この新興宗教団体はブナクラ峠を通らずに赤谷山を目指した。)息絶え絶えになりながらようやくブナクラ峠へ辿り着くと、曇り空にもかかわらず白馬方面が気持ちよく眺められた。そこでブナクラ峠にて大休憩。いつもながら山城さんのザックの中には豊富に食べ物が詰まっていた。ジャムなんかは瓶のまま入っており、まるで冷蔵庫のようである。

ここから先は稜線に沿って進むこととなるが、大部分が雪に埋まっている。ほとんどは黒部谷側の雪渓を歩くが、雪渓には大きな裂け目があり、フッと登山研究所の惨事が頭をよぎる。気をつけながら進むと、あの新興宗教団体の足跡にぶつかり、ここから随分と楽をさせてもらう。このため、今後は悪口を言わないこととする。

黒部側ではほとんど無風状態であったが、稜線近くは馬場島方向からかなり強い風が吹いていた。そのため休んでいても寒い。歩いては少し休むという動きを繰り返しながら、漸く頂上が見えてきたあたりで、馬場島側を移る。ここだけは雪が付かないのか、くっきりと出た夏道を進むと間もなく頂上に到着した。

赤谷山の頂上を踏むという念願が叶い、ゆっくりと深呼吸したところ・・・何か臭う。なぜこんな所でウンコのにおいが・・・と不思議に思いながらも、休憩場所を探していると、雪に掘られた大きな穴になぜか茶色いものが見える。臭いの元はこれであった。しかも穴が幾つもある。何かしら雪まで黄色く見え始めたが、ウンコは生き物の宿命とあきらめ、できるだけ端っこで休憩した。




その3

風も強く寒そうに着込んでいるにもかかわらず、飲み物は冷えたビール。不思議だけれどやめられない。しかし、大宴会も終わりに近づくと雲が切れ始め、今まで全貌が見えなかった剣岳が漸く顔を見せた。

帰り支度を整え、下り始めて間もなく燦燦と太陽が出てきた。もう少し早く顔を覗かせて欲しかったが、もう一度引き返す元気はない。その代わりに、正面の毛勝三山を十分に堪能しながら、雪の上を餓鬼のように駆け下りる。やっぱり雪面は膝にやさしく、そして楽しい。

帰り道はブナクラ峠まで行かずに、新興宗教団体が登った手前の谷を下る。ここを駆け下りるのがまた楽しい。アッという間にブナクラ谷を下りてしまう。振り返ると遠かった赤谷山が午後の陽を浴びて綺麗に見えている。下山時にすれ違った単独の登山者が、一番の赤谷山を堪能できたことであろう。ゆっくりと車を停めたところまで戻り、無事に帰って来られた心の余裕であたりを見回すと、本当にたくさんのカタクリと二輪草が咲いていた。


とやまCity 山岳クラブ